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長男は大人になる③


 ようやく帰ってきた。

 往路よりも多くの荷を積んだ馬車は、トルトゥーガに辿りつく。


 家族会議のあと、方々への挨拶は軽めに済ませて急ぎ王都をあとにしたんだ。

 またすぐイエーロが戻ってあちこち挨拶して回るんだから、何度も予定聞いて時間とってもらうのも申しないっつう理由で。


 ちなみに仕立て職人のサストロは、イエーロと入れ替わりでうちの領地に引っ越すとのこと。

 店に誰もいねぇんじゃ改修の手が止まっちまうから、非常にありがたい申し出だった。ベリルが不満タラタラだったのは言うまでもない。


 

 帰宅した翌日には、布生地や食料品なんかの土産物を分配して、そっから宴だ!

 デッカい亀肉を焼いて食う。つづけて酒で腹まで流し込む。


 くぅううっ。こいつが一番だぜ。


「やっぱりうちの焼肉が一番美味いぜ!」


 だったら王都になんか行かなきゃいいもんをよぉ……。


 イエーロは悪ガキたちに囲まれて、王都の話をせがまれてる。なんか屋台の話ばっかりみてぇだが、楽しそうでなによりだ。


 まだ王都で暮らすって話はしてないらしい。

 このあと少し腹が落ち着いたあたりで、諸々の報告と併せて伝える予定になってるから、仲間に言い出すんならそんときか。


 ヒスイとベリルは、女衆とキャイキャイ話してる。

 おおかた装飾品が人気だったとか仕立て職人のことなんかを先に喋っちまってんだろ。


 で、俺はといえば……。


「旦那。どうしなさったんですかい?」

「おうブロンセか」


 コイツから話しかけてくるなんて珍しいな。


「オメェ、住まいを移すのに抵抗あるか?」

「……多少は。行き遅れの妹がいますんで」

「なら問題ねぇか」

「え⁇ なんの話かサッパリでさぁ」

「じきにわかる」


 中途半端な心積りさせちまったが、俺が先に喋っちまうわけにもいかんからな。


「イエーロ‼︎」

「——な、なに? 父ちゃん」


 おいおい、叱られるみてぇな顔すんなよ。違ぇから。俺ぁオメェの見せ場を作ってやるつもりなんだぞ。


「王都での成果諸々を、ここにいる全員に聞かせてやれ!」


 いきなりすぎる指名に戸惑ってはいるが、イエーロは「ちょっと待ってて!」と、先日使った覚え書きを取りに走る。


 我ながら唐突だとは思う。でも王都をたつ前に一回やってんだから大丈夫だろ。聞き手が増えただけだ。

 もし失敗してもいいさ。ここにはオメェの味方しかいねんだからよ。


 それに、俺らの今後が大きく変わるってぇ話なんだから、次の世代の口から聞かせてやるべきだって考えもあってのこと。

 あとはクロームァにいいとこ見せる機会にもなんだろ。トチらなきゃあな。


 みんな飲めや歌えやはほどほどに控えて、うちの長男を待ってる。が、一向に戻ってこねぇ。


「イエーロくんったら、ずいぶんと遅いわね」

「ひひっ。兄ちゃんベタすぎーっ」


 なーんてヒスイとベリルの声が聞こえたところで——


「お待たせ!」


 白い衣装に身を包んだイエーロが。

 こないだ俺の正装といっしょに作ったやつを着込んでた。


 全体のカチッとした作りに、キラリと銀色の飾りが光る。

 親の贔屓目かもしれんが、ずいぶんと立派に見えるぜ。


 その姿をじいさん連中や女衆からやいのやいの誉めそやされて、やや照れつつも、しっかりとした口調で報告をはじめた。


 どいつもこいつも好き好きに疑問を口にして、イエーロはそれぞれに答えていく。


 ときには場が湧きあがりすぎて滞る。

 とくに『トルトゥーガ竜騎士団』の名乗りを許されたってくだりでは、発狂に近い盛りあがりだった。

 それだって落ち着くのを待ち、いい間をとってから話をつづける。


 そうして最後に、


「アンテナショップには、オレが行くことになったから。父ちゃんが付けるお目付け役が誰なのかは聞いてないけど、そのときはよろしく」


 と、王都で暮らす旨を伝えた。


 で、締めくくるのかと思えば——


「あと……、ついて来てほしい人がいるんだ!」


 イエーロ。オメェなんつう青くせぇマネをっ。


 沸点超えた女衆はキャーキャー湧きに湧き、一斉に一人の娘に目を向けた。


 悪ガキのホーローは「オ、オレか?」とかボケたこと抜かしたが、その他の者は意図がわかってるらしい。

 自然と、二人のあいだに誰もいなくなる。二人を囲むような空間のできあがりだ。


「クロームァ! オレと……、オレといっしょになってくれないかっ」

「————っ‼︎」


 口許を押さえて、瞳を潤ませるクロームァ。

 その姿から目を逸らさないイエーロ。


 フンフン鼻息荒く前のめりになる女衆。

 真っ赤になって口をパクパクさせる悪ガキ共。

 ムズ痒くって身悶えるオッサン連中。

 微笑ましく見守るじいさんばあさん。

 ハラハラ見守るブロンセ。

 ヒスイはニコニコしてる。

 ベリルはフヒフヒしてる。


「「「……………………」」」


「オレの、つつ、つ、妻にって意味で言ったんだけど……」


 おいコラ! そこで吃るな、不安そうな顔みせんなっ。


「……わたしで、いいんですか?」

「オレ、クロームァがいい!」

「はい!」


「「「————————————‼︎」」」


「「「————————————‼︎」」」


「「「————————————‼︎」」」


 こっからは誰がなにを喋ってんのかサッパリになった。

 ギャーギャービービーと、泣いてんのか叫んでんのか笑ってんのかまったくわからん。とにかくバカ騒ぎだ。


「んぼ、坊ちゃん……妹を、クロームァを、っ、よろしく頼んます……ゔゔ」


 隣で咽び泣くブロンセに声をかけてやれない。

 ただ、俺は上を向いて、ひたすら喉奥のほろ苦く塩っ辛いモンを酒で流し込んでく。


「ぐゅ……ょぉ、よがっだでぇぇぇマジよがっだぁぁ〜。にいぢゃんんんっ、クローぶぁぁぁぢゃ〜んっ、っ、ゔっ、おべ……ぐずっ、ぅおべでどぉぉぉ〜ゔ‼︎」


 言いたいことは、ベリルが代わりに言ってくれてるみてぇだしよ。


 

 イエーロ出立の日——


 うちの連中が、出来上がった魔導ギアや装飾品なんかを次々と馬車に運び込んでく。


 しばらくは、出来上がったモンが荷台いっぱいになったら順次アンテナショップへ送ってく予定だ。

 イエーロは、その第一便で女房より先に出ていくんだそうだ。


 少しでも店や住まいをいい状態にして女房を出迎えてぇんだろう。そういう見栄を張りたい気持ちはわからんでもない。


 つうわけで、クロームァは次の次の便だ。


 それまでにヒスイが算術諸々を仕込むらしい。

 ベリルも「接客じゅちゅを仕込むし」とか言ってやがった。あと、田舎モンだと嘗められんよう可愛い服もたくさん持たせるんだとさ。


 最初の年は、こっちも生産体制を整えたり輸送の方法を練ったり領内での仕事が忙しいっつうことで、一年ほど俺もヒスイも王都へ顔を出さないことにした。

 その代わり、報告書と手紙のやり取りは品物を運び込むたんびマメにさせるけどな。


 どうやら支度が整ったみてぇだ。

 ブロンセが、こっちへ出発の挨拶にくる。


「では旦那。坊ちゃ——イエーロ殿のお目付け役、しっかり果たさせてもらいやす」

「おう。もうブロンセはアイツの義兄貴(アニキ)なんだからよ、遠慮なしでビシバシ頼むぞ」

「もし手に余ることがあった際には、ダークエルフのコミューンを頼りなさい。あの娘たちにはよく言い聞かせてありますので」

「承知しやした。旦那っ、奥様っ」


 見送りはイエーロの身内と運送兼護衛の家族だけで、それぞれにしばしの別れを惜しんでる。


 イエーロは御者台に乗る前、見送ろうとするクロームァの元へ寄り、その手を握る。

 そして目で通じ合うこと、しばし……。


「じゃあクロームァ、王都で待ってるから」

「はい。わたしもイエーロさんのお役に立てるよう、会えないあいだ励みますので」


 頼むから、親父の前でイチャつかねぇでくれ。


「兄ぢゃぁぁ〜んんっ。あーじ、毎月いぐかだぁ〜ぁぁっ。ずびっ、めっぢゃ遊びいぐじぃぃ」


 ムチャ言うな。片道十日くらいかかんだぞ。毎月だと月の半分以上を馬車んなかで過ごすハメになっちまうだろうが。


 つうかベリル、二人の邪魔してやんな。


「父ちゃん。オレ、手紙書くよ」

「おう」


 毎日書け。忘れんなよ。


 こっからイエーロは店の内装を整えて、準備が整ったらすぐ店開きとてんてこ舞いだ。作業場を整えたり挨拶まわったり、息つく暇はないだろう。

 おまけに申請なんかの机仕事もある。慣れねぇどころか知らんことばかり……。


「もう父ちゃん。オレより不安がらないでよ」


 だが、王都で過ごしたたった半月ほどで、イエーロは見違えるほど成長した。それが、俺のいないところで年単位ともなれば、もっとスゲェもんになるに違いねぇ。


 ずっと惚れてたクロームァと二人きりにさせんように義兄貴を目付けにつけた。

 女房が側にいれば、ダークエルフの美人にうつつを抜かすこともないだろう。


 ああくっそ。まだぜんぜん安心できねぇ。

 が、いまは長男の成長を喜ぼう!


「父ちゃん。母ちゃん。ベリル。いってきます」

「いってらあ」

「ひっぐ……いっでだぁあぁあぁ〜ぁ!」


 たった一年ほど長男の顔を見ないだけ。

 ちぃと長ぇが、こんなもん傭兵やってりゃあしょっちゅうだ。

 しかし、帰ってくるところから息子が巣立ってくのは……、ちっとクるもんがあんな。情けねぇ話だが、どうにもタラタラと喋れそうにねぇ。


「せいぜい励め」


 ったく。こんなセリフしか出てこねぇ自分がイヤになるぜ。


「励むよ。オレ、たくさん励む!」


 こうしてイエーロは王都へと向かった。




 一年後——


 ようやくゴタゴタも落ち着いたんで、俺ら家族は王都へやってきた。

 目的はもちろん、イエーロに任せたアンテナショップの視察だ。


「あらあら、ベリルちゃんったら慌てちゃって。転ばないようになさい。駆け足になっているわよ」

「違うもーんっ。ウキウキしすぎな父ちゃんに合わせてあげてんのーっ。まったくどんだけ兄ちゃんに会いたいのさー。つーかオッサンのそーゆーのマジ需要ないかんねっ」

「やかましい。励んでるって報告はちょくちょく寄越してきてても、実際に顔合わしてみねぇとわからんこともあんだろうが」


 逸る足取りに任せてアンテナショップに到着。

 仕立て屋だった場所は、見違えるように改装されてた。いまはド派手な雑貨屋といった外観だ。


 店先で出迎えるイエーロ。すぐ隣には仲睦まじく並ぶクロームァ…………と? え?


「あらまあ可愛らしい」


 コイツがブロンセじゃねぇのはわかる。アイツには、俺らが王都についたと方々に触れまわってもらってるからな。

 つうか、そもそも身体の大きさが違う。

 

 で、誰そのちんまいの、誰?


「ふひひっ。兄ちゃんってば、クロームァちゃんとめっちゃ励んじゃったみたーい」

「……お、おう。みてぇだな」


 俺、そういう意味で言ったんじゃねぇぞ。

 つうかこれ、とんでもない報告漏れだろ。


 クロームァの腕に抱かれた赤ん坊は、見覚えあるツラだ。ヨダレ垂らしておバカそうなところなんかイエーロのガキのころにそっくりじゃねぇか。


「んぷぷ〜っ。ねーねーおじーちゃ〜ん、いまどんな気持ち〜? ねーおじーちゃんってば〜」

「うっせ、オバサン」

「——ゥオ⁉︎ オバサンじゃねーし! あーしまだぴっちぴちの六歳だもんっ」


 この件も含めて、イエーロには一年間をキッチリ語ってもらわねぇとな。

 こっちも話すことは山ほどあるんだ。


「親父、御袋。オレとクロームァの子だ」


 参ったねこりゃあ……。

 もうイエーロは、俺を『父ちゃん』とは呼んでくれねぇらしい。


 ま、これはこれで悪くない。そう思った。

あとがき


 これにて第二章完結です。

 次章からは、飛ばしてしまった一年間をお届けします。お楽しみに!

 

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 執筆の励みになりますので、なにとぞ応援のほどよろしくお願いします。

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