足取り、色とりどり。
小説家になろう企画
夏のホラー2023、テーマ「帰り道」
人によって、帰る場所は違う。
人によって、大切なものは違う。
家族がおり、大切であれば、帰り道は自動的に自宅へのものとなる。
人によって、見える世界は違う。
人によって、拠り所は違う。
家族がいない、あるいは頼れるものでなければ、帰るべき場所は自宅ではないと……そう思う人がいるかもしれない。あるいは他人が、行政がそう判断するかもしれない。
「帰りたくない……」
少女は何百回目か、そうこぼす。
母親の恋人から受ける暴力は、すっかり馴染みのものとなった。
それどころか日増しにエスカレートする一方で、とうとう初めてを奪われた。
一歩進む。
母の助けはない。娘を女として見ているのは男だけではないからだ。
また一歩、進む。
ニュースや創作物においてそういうことは「よくあること」だけれど。
誰にも話すことはできない。学校の友だちと話すには、重すぎる……
糸が切れたように止まって、動けない。
帰り道。それは突然訪れる。交差点の横断歩道を渡る途中でうずくまり、泣く。
「わ゛あ゛ぁ゛ぁぁぁ!!!」
堰を切ってあふれる涙は止まらない……どこにいるのかも忘れるほどに。
その異様な光景を目にするものがいた。少女の友だち。
謎が多くどこか陰りのある彼女が気になり、なんとなくついてきて、それを見た……
(あの娘、怖い……距離、取ろ……)
そう思うと、すぐに踵を返して帰ってしまう。足取りは、なんてことはない。今はまだ。
泣いている間、交通量が少なくはない道路に、車がやってくるのは必然だ。
そこは運転手にとってちょうど死角にあった。大半は安全運転を掲げて徐行などしない。
どん!ぶつかる。
きぃぃっ!反射でブレーキを踏むものの、急には止まれない。
当たったショックで、向かうべきでない方向にハンドルを切ってしまう。少女が転がった場所。
追い打ち。ぐぐっと身体に乗り上げ、ごりっご……ちっ……
「あぁ……」
ドライバーがその感触に嘆く。弾けてはいけないものが、破裂してしまった……
見たくないが、目を背けることができずに……
彼女は血に塗れていた。口から血を吐き、擦れて衣服の繊維と皮膚が入り混じりぼろぼろ、液体を滲ませ続ける。
「んーっ、ん゛ーーっ」
生きようとする力なのか、げんこつはひたすらに地面をだん!だん!と打ち続ける。
拳が青くなっても、やめない。びくんびくんと跳ねる身体は、段々と落ち着き始める……
ようやく動かなくなるそれを見て、よかったと思う……
運転手の、不注意による過失割合は高く認められ、それによって彼の心と家庭は崩れる。
彼の帰り道は今後、どうなっていくのだろう?
その事故による損傷は酷く、彼女は命を落とす。
親にとって幸いなことに、虐待の怪我は見落とされた。
慰謝料も入ると、喜んでいる。
弾む足は、そこを通る。
その事故現場を仕切っていた警察官の女性。午前様というには明るすぎる。
仕事が終わって、へとへとだ。
宿舎へ帰る途中、事故現場に寄ってみる。
「わぁ……」
そこには大量のお花やお菓子、メッセージが供えられていた。
法には触れているかもしれない。近所迷惑かもしれない。雨が降ればぐちゃぐちゃになるだろう。
(そうなったら、私が片付けよう……)
それでも人が人を思う心を大切にしたい。手を合わせる。その最中……
「こんなもん!」
お供え物をぐしゃぐしゃに崩していく、日中から千鳥足でふらふらと酔っぱらう男性。
死者への冒涜。
「何してるんですか!?」
止めようとする。
「こんなものはなぁ、通行人や近くに住む人間には迷惑なんだよ~知ってっかぁ!」
「俺は知ってるぞ!大体この女にそんな価値があるのか!?間抜けじゃねえか」
かっと頭にくるが、抑える。そして続く言葉に青ざめる。
「こいつは弱いから、女だから虐められて死んだんだよ!俺の玩具!女のサンドバッグ!父親が誰かもわからねえ!」
え……今、なんて……?唖然とする。その間に、男は機嫌よく去っていく。
気持ち悪い胸のもやもやが取れないまま、帰途につく……
交差すべきではなかった。出来事。
それから彼女は勝手に調査を始める。
隣人によれば、その男は、死んだ少女の母親。その恋人であるという……
お喋りな隣人は、続ける。母親が夜の仕事をしていること。亡くなった娘の叫び声を聞いたことがあったこと。面倒だから、何も行動を起こさなかったこと……
頭の中で点と点が繋がってしまう……その線は彼女の心をぎちぎちに縛って、離さない。
もうやめよう。身辺を整理する。
制服をきっちりと折りたたむ。その装備以外は置いていく。
誹りを受けることを免れない組織。同僚について想えば、申し訳は立たない。
その旨、最も美しい字で書き起こすと、もう帰ることのないそこを発つ。
その家を訪問すると、男は危機感もなくドアを開放する。
家に押し入る、押し込む。一方的に鬱憤を解き放つ。
どれだけ苦しい思いをしたのかわからせるために。殴る。蹴る。極めて、折る。
努めて、痛みを味わわせる。そいつの煙草を当ててみたりもする。
「なんなんだよぉ……おまえはぁ……警官だろ?」
泣いて喚く。鈍く輝く銃の威光を笠に、好き放題やる。
「さぁ……知らない」
「あなたが娘を虐待していたこと、洗いざらい書いて」
ろくに掃除もしていない汚部屋に。遺された彼女のノートがあった。
真面目さが伺える几帳面なノート。ところどころ、文字が歪んでいるように見えるのは、何によるものだろう……
書き終えると、それを撃つ。初めてであるのに、実感は湧かない。
「ごめんなさい……」
誰に謝るのか、自分でもわからない。目の前に飛び散る汚い男だったものに対してではない。それは確か。
自らを撃つために、口内に押し込み、脳へ向ける。これでちゃんと死ねるのか……若干の不安がある。
再び、響く。
遊び歩いていた女はそんなことになっていることは知らず、今日もそこを通って、帰る。
怪談が好きなので書いてみました。
しっかりオチのあるもの、特にオチはなく嫌な雰囲気で終わるもの、心霊、人怖。
今では多様な怪談が認められるなか、自分が書いたこれは一体なんなのだろう……ホラーなのだろうか……?そんな気持ちが一番怖いです。