18.五月二日‐就寝前/アップグレーディング
「………ふぅ」
僕はベッドにぱたんと背中から倒れ込みながら、息をつく。お風呂にも入った、歯も磨いた。もう今日はこれ以上なにもやる必要のあることがない、という事実からくる安堵が、僕の心と体を柔らかく溶かす。
今日は楽しかったな。いや、まぁ、月枕塾に転校してからはわりと毎日楽しいんで、今日も、って言った方がいいのかもしれないけど。
部活の時間は本当に、そこにいた部員全員と一度ずつ対戦させてもらっちゃったし。……まぁ、一度も勝てなかったんだけど。僕もできる限りの手を尽くしてみたつもりではあるんだけど、今のところトカゲくんと小さな花以外にまともな攻撃のできる味方が召喚できないもんなぁ……あの爆殺トラップを封じられた段階で勝ち目なくなるし。それ以外になんとかまともな攻撃ができる組み合わせないか、って一生懸命探したんだけど、今のところ無理だった。
まぁ岩室先輩と樋口先輩からの爆殺トラップ禁止令は、加賀副部長のお声がかりで解除してもらえたんだけど。加賀副部長からすると、『自爆トラップ上等! イチバチの賭けにしかならない戦術だろうが、戦術をなにも考えずにプレイするよりずっとマシ!』ってことらしい。『もちろん自分の負け覚悟で相手を巻き添えにしようとか、勝てるかどうかわかんないから運ゲーに持ち込もうとか、そんなショッボい目論見でやろうってんなら別だけど、勝つために一生懸命考えて危険性も成功率もきちんと考慮してのプレイなら、それこそ負ける方が悪い!』って言ってくれた。
まぁ、『もちろん我が愛しの部員たちは、そんなゲームルーキーの戦術なんて跳ね返して、きっちり勝ちをもぎ取ってくれるよね?』なんて、僕の相手をしてくれる部員たちの対抗意識を煽るようなことも言ってくれたんで(加賀副部長ってやっぱり頼りにはされているんで、部内の発言力すごく高いんだよな)、みんな情け容赦なく全力で僕をボコボコにしてくれたわけだけど。いやありがたいけどね、ちゃんと相手してくれて。
下校時刻になったら、寮生の部員たちと(ちなみに岩室先輩と樋口先輩も寮生。加賀副部長は女子寮だから場所違うけどやっぱり寮生。ゲー研ってわりと寮生多いんだ)駄弁りながら寮に戻って、おっきーの部屋で授業の復習。僕一人でやったら二時間や三時間で授業の復習なんてできなかっただろうけど、おっきーの的確な指導により本当に夕食前後の二時間で全部終わってしまった。
まだ次の登校日には間があるけど、一応触りぐらいはって軽く予習する余裕があったくらい。まぁ明日も部活――っていうか、ゲー研って連休とかには暇な部員たちで学校で勉強会とかやってるんで、それに参加する予定だったから、本当に軽くではあるんだけど。
月枕塾に来る前の僕だったら休日に勉強会とか死んでも嫌だっただろうけど、勉強会に参加するのがそれなりに親しくしてる同じ部活の部員たちで、一番親しくしてる友達もちゃんと参加してくれるって状況だと、話は全然違う。もちろん勉強会の合間にはみんなでゲームする予定だし(VRゲームを遊んでる子たちばっかじゃないし、『Another Head』での対戦プレイができる状況の子ってなると、部員全体からしても三、四割程度なんだけど)、そういう風にみんなで遊ぶのも込みの勉強会なんて初めてなんで、なんかすごく楽しみなんだ。
まぁ、そういう風に休日に登校して校舎を使わせてもらうって時には、部長も来ることになってるんで、どうなることかと不安なような面白くもなりそうな複雑な気分ではあるんだけど。別に部長のことが嫌いなわけじゃないんだけど、たぶんいい人なんだろうとは思うんだけど、あまりに我が道を行く人なんで、なんかことが起きたら加賀副部長のお出ましを願わないとどうにもならないんだよな。
まぁ、それはそれとして。僕はむっくり起き上がって、学校から持ち帰ってきた『レベレイション』を手に取る。
今日めいっぱい対戦したせいで、たぶんそこそこAP溜まってるはずなんだよな! つまり、この後は……お待ちかねの、レベル上げの時間なのだ!
っていうか、僕はひたすら対戦ばっかしてたのでそういうことに回す頭がなかったんだけど、他の人らが対戦ごとにちみちみレベル上げしてるのに気づいた時は本気で絶句した。考えてみたら当たり前のことだ、僕も対戦で稼いだAPでレベル上げすればいいんだって目からうろこが落ちたような気分だったんだけど……おっきーに、『1LV上げるのに900APかかる状態で、ちみちみレベル上げって、ムズくね?』といわれて、がっくりすると同時に納得してしまったんだ。
なので、僕としては今日一日対戦した分の経験を今こそ使う時! という勢いなわけだ。部員のみんなと最低一回は対戦したし、おっきーと加賀副部長との対戦の分もあるから、きっとそこそこのAPが溜まってるはず!
というか、一人でのプレイって、初起動時以来だからちょっとドキドキする。でも同時にすごく楽しみでもある、そんな気持ちで僕は『レベレイション』を装着した。
オープニング恒例の絶景を堪能してから(ちなみに今回は陽光にきらめく碧い海辺だった)、ゲームを開始する。今回は初起動時のような落下感も、超美少女キャラが現れるみたいな衝撃展開もなく、普通にマイルーム――寮の僕の部屋をそっくりそのままかたどった、『Another Head』における僕の城が表示された。
ちょっと残念に思う気持ちももちろんあるけど、まぁそれは脇に置いておいて。「メニュー表示」と音声入力して、マイルームでできることを確認してみる。
前回はいきなりイベント始まっちゃったから、マイルームでどういうことをするのかとかもまるでわかんない状態だったもんなぁ……ちなみにこのマイルームっていうのは、実はデータとしてはただの箱型の小さな部屋にすぎなくて、目に見えるもろもろの品物は、データ的には全部動かせない背景扱いらしい。
プレイヤーに『安心できる場所』を想起させて背景として映す、っていう何気に高度というか、ほとんど未来技術って感じのことをしてるんだそうだけど……まぁ、脳に刺激を送って夢の内容を操作したり、起きても覚えていられるようにしたり、っていう実験が成功したっていう話は小学生の頃にニュースでやってた覚えはあるから、実はもう別にオーバーテクノロジーってわけじゃないのかな。技術の進歩ってすごい。
でもそうなると、僕はもう自宅の部屋よりも、この寮の部屋の方が安心できる場所になっちゃってるのかな、と思うとなんだか照れくさいような気分になったり、ならなかったり。とにかく、表示されたメニューを上から順番に見ていく。
出立、異能、アイテム、ショップ、フレンド、オプション、マニュアル。とりあえずはこの七つか。でも確か、マイルームから直接アイテムの売り買いをするには課金アイテムが必要だとかおっきー言ってたから、このショップってもしかして……とショップの項目を開いてみると、予想的中。そこは課金アイテムしか取り扱ってないショップだった。
まぁ、金はあるけど時間はない、って人はマイルームから即課金しまくって、節約できる時間は節約したいと思うのかも。でも僕は現在中三、学生であり扶養家族だ。月五千円のお小遣いとお年玉貯金で生きてる身としては、課金アイテムなんて分不相応、とうなずいて、ショップの項目を閉じる。
フレンドを一応確認してみて、今日対戦した部員たちが全員フレンドになっているのを確認し、思わずにんまりしてしまう。Aフレンドとして登録されているのは、おっきーと、岩室先輩に樋口先輩、そして加賀副部長。現在のAフレンドとして登録可能な人数は五十人。まだだいぶ余裕があると言っていい。
マニュアルを開いてみて、ざっと目立つところだけ流し読みしてみたけど、これまで僕が見知ってきた情報と、異なるような話は見当たらない。幸いそこまで量はないんで、世界設定について書かれてるページもあったし、今度時間がある時にでも熟読してみよう、と決めてマニュアルを閉じる。
オプションも念のため一応チェックしてみたけど、プレイ環境や設定の変更みたいな、普通のオプション項目だけだった。けど、プレイの進行と共にオープンされる項目がいくつもあるみたいだから、今後ちょくちょく開いた方がいいかもしれない。少なくともエンカウントした雑魚敵のデータの確認とかは、一定数の雑魚敵のデータをある程度集めたあとに、オプション内でできるようになる、って先輩たちは言ってたし。
出立はどういう意味かパッと見ちょっと迷ったけど、対戦とかフィールド探索とか、普通のゲームプレイを開始する、ってことみたいだった。そういうのは部屋から出ることになるから出立、ってことらしい。ま、そこらへんをこれからプレイできるかどうかは、かかる時間次第だからとりあえずおいておくとして。
さて、それでは、いよいよ、と心の中でテンションを上げつつ、異能の項目を開く。すると異能強化、異能変生、異能再誕などいくつもの項目が並んだ。
他の項目も気になるけど、とにかくまずは異能強化だろ、と項目を開く。や、僕は思わず奇声を上げてしまった。
「お? ぉお!? ぉえっ、なにこれなにこれ、マジで!?」
それも当然、と僕は主張したい。なにせ、眼前に表示された僕の異能の現在のデータ、の最下部の『所持AP』の欄には、『12579』と、実に五桁もの数字が記載されていたのだから。
確か岩室先輩と樋口先輩が使ってるAPが一万越えぐらいだって言ってたから、今日一日で一気にその域までたどりついてしまったことになる。え、なんで、いやいやなんで、と慌てふためいて、ようやく理由に思い当たった。
加賀副部長の言ってた、アレだ。加賀副部長は異能に使ってるAPが常軌を逸して高いから、初期作成のAPしか使ってない僕との対戦なら、負けても僕は相当なAPを稼げる、っていう。
それ以外にここまで大量のAPがもらえる理由がない。同等レベルの相手との対戦で負けた時に得られるAPは50ほど、そして僕は今日昼休みのむっくんとの対戦も合わせると、四十戦くらいして全敗した。なので普通なら2000APくらいなはず。まぁそれでも充分高いけど、その六倍ともなると、先輩たちとしては二週間ぐらいかけて稼いでいこうぜ、って話だった。それを一日で、となると、稼ぎの効率としては段違いによすぎる。
まぁ、こんな風にAPが効率よく稼げたのは、僕の異能が初期作成状態だったからで、つまり今後そんなことはないんだろうけど。それに逆に言えば、二週間ぐらいちみちみAP稼ぎしていけばたどりつけない値ではないわけだ。そう考えるとそこまで慌てふためいたりせず、加賀副部長からの優しいボーナスと思って、素直にパーっと使っちゃっていいのかもしれない。
どんな風に使おうか、とわくわく胸を高鳴らせつつ、とりあえず他の項目も開いていってみる。
異能変生は、新しい異能の種類を取ることをそう言ってるってことみたいだ。なんでわざわざ分けるんだろう、って思ったんだけど、そういえば異能には正当性強化とかあるから、新しく異能を取るごとにそこらへん再チェックしないとならないだろうし、新しく異能を取る心理的なハードルをちょっと上げてるってことなのかも。
異能再誕は文字通り、異能を最初っから作り直すってことらしい。これには聞いていた通り、ゲーム内で得た特殊アイテムか課金アイテムが必要になるせいで、まだ機能が解放されていない。でも、その条件さえクリアすれば、APの減少とかなしで、異能を作り直して稼いだAP分強化もできるみたいなんで、実質的なキャラの作り直しとしてはだいぶハードルが低い方かも。
あと、異能模索と異能智見って項目があったんだけど、異能模索はプレイ開始前に聞いた異能シミュレーターのことで、異能智見の方はプレイ中に得た異能のデータの保存庫らしい。異能模索では、そこから異能のデータを呼び出して、仮に使ってみることとかもできるという、なかなかの便利機能もついてるけど、異能智見に記録できるのは基本的に、相手の方から公開してくれたデータだけなんで、普通はフレンドの数しか増えない代物みたいだ。まぁ、対戦しただけで相手のデータをなんでもかんでも盗み取れるっていうのも妙だし、納得できる仕様かも。
さて、それでは改めて、と異能強化に戻る。12579もAPがあるってことは、万物作成が一気に13も上げられる。先輩たちの言ってた最初のハードル、あっという間にクリアーだ。ボーナスがっつり使って一気に勝利にジャンプアップ……
というところまで考えて、あっ、と気づいてしまった。
『それって、今日おっきーに考えてもらった、『召喚した子とハートで仲良くなって思い通りに動いてもらう』っていうやり方と、まるっと反しているのでは?』
え、いや、でもでもでも、と気持ちは未練たらしくしがみつくけれど、僕の理性はその気づきの正当性を認めてしまっていた。いや正当性っていっても、おっきーもちょっと思いついただけだって言ってたし、過剰にこだわる必要はないのかもしれないけど。なんていうか、ちょっと初志貫徹って言葉からは外れるっていうか、僕が『思い入れのある異能を変えたくない』っていう理由でいやがっていた、異能の改変を自分の都合で受け容れちゃうみたいで、なんかイヤだ。
本当に過剰にこだわるつもりはないんだけど。でもなんかカッコ悪いっていうか、情けない感あるし。おっきーと一緒にあれこれ試行錯誤するって約束が果たせなくなっちゃうのもさみしいし。それに『Another Head』の腕前を向上させる、っていう僕なりの主目的からも、外れてるかもしれない。
加賀副部長は、『取れる戦術の幅が広すぎて、プレイヤーの側が使いこなせないことが多い』って言ってた。でも、『戦術を的確に選択できる、っていうんだったらもちろん一気に有用性は上がる』とも。つまり、まだ異能をどう使えばいいかもわかってない僕がやるべきなのは、自分の能力の範囲でちょっとずつ戦術のレベルを上げていくことで、一気にとれる戦術の数を増やすことじゃないんじゃないか?
まぁ、今みたいにトカゲくんと小さな花だよりっていうのはあまりにあまりだから、改善しなくちゃだけど。でも1LVで召喚できるのが本当に彼らだけと決まったわけでもないし。
メイン能力のレベルを一気に上げる前にいろいろやれることはまだあるはずだ、とうんうんうなずいてから、『……じゃあこのAPどうしよう』という問題に気づき、思わず頭を抱えてしまった。
別に今全部使う必要とか全然ないし、むしろレベルを上げる前にやるべきことをやっておく、っていうスタンスなら、やるべきことを終えたあとに一気にレベル上げするために、とっておくのが当たり前なんだろうけど。なんていうか、それも微妙に違うというか、僕としては自分なりのペースでレベルアップしていきたいというか、プレイヤースキルとアバターの能力を一緒に、試行錯誤しながら向上させていきたいわけだから、『一気にレベル上げ』というのがそもそも僕のやりたいことに微妙に馴染まないんだよな。
かといって、この大量のAPを死蔵しておくのももったいないし。でも新しく異能を取るのも、メイン能力を一気にレベル上げするのもあんまりしたくないし。そんな風にうんうん唸りつつ考えてから、決めた。
もうこの際今日手に入れたAPは全部精神感応につぎこんじゃおう! もしかしたら召喚した子たちが言うことを聞きやすくなってくれるかもしれないし! ええと、現在精神感応に使ってるAPが100で、持ってるAPが12579だから……そうだ、万物作成を2LVだけ上げて、残りの10700APを精神感応につぎこもう! そうするとレベルが108、煩悩の数でちょっとキリがいいっぽいし!
メイン能力である万物作成は、これから何度も対戦したり探索したりする中で、ちょっとずつ上げていこう。僕のプレイスキルと一緒にじわじわ上げていけばいいよね、などと一人うんうんうなずきつつ異能のレベルを上げる操作をしていた僕は、気づいていなかった。精神感応に使ってるAPは100で間違いないんだけど、それはカスタマイズした上で10LVにするために使ったAPで、実際には10700ものAPをつぎこんだ精神感応は、1080LVにまでなってしまっていることに。
……まぁだからってなにか劇的に変わるかっていうとそういうわけでもないし、知っていたとしてもやっただろうことは確かなんだけど。レベルを十分の一の値に勘違いしているというのはなんというか、我がことながらあまりにアホすぎる。
そして僕はこれからも、この自分のアホさというか、いろんなことについての勘違いに、あれこれ振り回されることになるんだけど、まぁそれは当然ながら、この時の僕には知るよしもないことなのだった。




