料理人の勇者の場合
「料理長は今日も遅刻かい?」
「……みたいですね。」
厨房で若き料理人たちが調理をする。
それが生業なのだから当然だ。
「今日のメニューは……、いつも通りだな。」
来る日も来る日も同じメニュー。
料理とは、化学のようであり、ルーティンの様でもある。
同じ味を再現することも技術だ。
「今日の相手は?」
「ああ……、なんでも、王族らしい。」
「なんでまた……。」
「祝日でもないのにな。」
いつもと違う要素。
……ノイズだな。
だから、あまり考えない。
いつも通りに作る。
デザートのゼリー。
前菜のサラダ。
スープ、魚料理、肉料理、横に寝かせるイモ、根菜のテリーヌ、アヒージョ、蒸しパン等々……。
リスタにはいつもの5倍くらいの種類の料理が、そこにはあった。
「料理人を呼べ。」
朝の食事会で、いつもと違うことが起こった。
それは王からの命令を授かったということだ。
「貴殿を……。」
いつも通りに生きたかったんだがな。
……ノイズだ。
料理人の勇者の場合。
伝統とはいつも過去からやってくる。
過去から続いたものが伝統なのだろう。
王から渡された装備は形だけのものだった。
マントにツルギ、盾。
それらは国の紋章で彩られ、非常に華美であった。
しかし、実用性とは無縁のものだ。
料理人なのだから、少しくらいは調理器具が欲しかった。
……まあ、厨房からくすねてきたんだがな。
世界を救うんだ、これくらいは許してもらわないとな……。
王国の外壁から出発して、平原に立つ。
不思議な感覚。
厨房にいるころよりも心が澄んでいる。
空とはこんなにも青かったのか。
「……行くか。」
こうして、冒険が始まった。
しかし、この形式だけの装備は重いから邪魔だ。
そこらへんに捨てるか。
ウォーカーの群れが現れました。
「……異常に多いな。」
ノイズが聞こえる。
ウォーカーの攻撃
料理人の勇者のカウンター
ウォーカーは砕け散った
ウォーカーBの攻撃
料理人の勇者のカウンター
同じようなことが繰り返された。
気が付けば辺りにはウォーカーだったものが散らばる。
「はぁ……、喰えるのか、これ?」
肩で息をしながら、その場に倒れこむ。
とりあえず、今日は野宿してこいつらを食べることにした。
料理人の勇者のスキルが発動しました。
雪の祠にて
「寒いな……。」
ここに住むという氷の龍、そいつが今回の討伐対象だ。
「ここか……。」
透明な氷を削って作ったであろう、龍の住処。
そこに足を踏み入れるのだ。
氷の龍はこちらの様子をうかがっている。
始まってしまった命のやりとりに、後戻りはできなくて。
様子を見ているのならちょうどいい。
火をおこそう。
フライパンを温めれば氷の龍にはさぞや熱いだろう。
氷の龍はこちらの様子をうかがっている。
……よし、十分に温まった。
これならこの地域の生物に十分な熱を与えられるだろう。
そして、料理人の技能。
料理人の勇者の技能が発動しました。
料理人の勇者の解体術が発動しました。
解体術。
相手の体の構造を知ることができる技能。
関節などを知れば、必然、そこが弱点になる。
発動条件は目をつぶること。
「ん……?」
こいつ……。
ケガをしているな?
両足が動かなくなっている……。
目を見開き、構えを解く。
もしかして……。
「まさかな……。」
相手の眼前まで歩いていく。
頭を抱きかかえる。
そうか、やはり。
「お前、ケガしてるだろ。大丈夫だ。ゆっくりしよう。」
討伐の令状を見る。
氷の龍の脅威を取り除く。
それが成功条件。
ならば、倒す必要もないのではないか。
食べるわけでもないのに命をもらうのは、どうだろうか。
もちろん、害をなすのなら、人間の都合で殺されるかもしれない。
しかし、こいつは……。
結局、俺たちは戦いをやめた。
同じ部屋で過ごした。
持っていた毛皮をしき、寝床にしてアイツを観察した。
動けないのに何を食べているのだろうか、と。
ついでに温めた武器でその日の料理をして、食べた。
しばらく観察していると、足の調子が悪いアイツは、部屋の隅の氷を食べ始めた。
なるほど、もとは壁だったところを、コイツが氷を食べて今の部屋になったわけだ。
停戦して三日くらいたっただろうか。
食料の備蓄がなくなりそうだ。
この部屋を出ていこうにも、俺が来た通路は氷の壁で閉ざされている。
アイツの能力だろうか。
頭痛がする。
まただ、またノイズが聞こえる。
不確定要素、いつもと違うことが起こると、決まってこの頭痛が襲ってくる。
しかし、まだ希望はある。
アイツが食べている壁。
それはある方向に偏っていた。
外壁をこじ開けるには、ようは壁を全部食べてもらえばいい。
アイツも足を引きずりながらだが、移動できるようになっていた。
ただ、俺が料理するときは興味深そうにこちらを見ていた。
……食べるのだろうか、温かい料理を。
しょうがないので今日は少しだけ肉を炒めたものを与えてみた。
結構ガツガツ食べてた。
「……案外、強いんだな。」
氷が主食の龍だ。
暖かい料理は火傷するかと思ったが、そうでもなかったらしい。
三日後。
まずい。
本当にまずい。
備蓄が恐らくもって後1日だろう。
このままでは体の代謝が落ち、凍死、事実上の餓死だ。
しょうがないので熱したフライパンで壁を溶かす。
これくらいしか手伝えない。
コイツもなついた。
正直、俺もかわいいと思ってしまう。
いまさら殺し合いは無理だろう。
18時間後。
アイツが頑張って壁を食べている。
俺は料理する材料もないので、寝ている態勢でアイツを見ている。
……だめだ。
もう、低血糖で来るところまで来ている。
その時だった。
壁をすべて破壊し、部屋には一筋の光が走った。
「ギャアアアアアアアアアアッ」
すっかり元気になったアイツは咆哮をし、外の様子を確認していた。
「あぁ……。」
俺は気絶した。
目が覚めるとそこは砂漠の国であった。
褐色の肌と赤い瞳が言うことには、この龍が俺を担いでここまで運んだという。
「……なんでまた……。」
「さぁね。でも、氷の龍ってことは、青の国から来たんだろう?」
「ずいぶんあんたに懐いてる。少しくらいはおいてやってもいいんじゃないか。すくなくとも、あんたの命を救ったんだからさ。」
それもそうか。
「で、ここは?」
「ああ、ここは砂漠の国の宿さ。きっとあんたと自分を比べたんだろう。砂漠は昼は暑くても、夜は寒いからね。お互いが生活できる環境を選んだんだろう。」
それを聞くと俺は部屋を出た。
「……鳴き声がする。」
アイツの声だ。
宿を出て、屋根を見るとアイツがいた。
アイツの頭を抱きかかえて再開を喜ぶ。
「……あんたなら、乗せてくれるんじゃないか?」
アイツは頭で背中を指し、そして頷いた。
またがり飛んだ空は青く、ノイズは聞こえなかった。