無駄の勇者の場合
『扉の向こう側が見たいのなら、自分で開けなよ。』
声がした。
暗く、気怠い体を起こし、扉を開ける。
光が差すほうへと手を伸ばす。
君は止まれるか、光が見えても。
「いいですか、落ち着いて聞いてください。」
ここはどこだろう。
「私はこの世界の管理者。死を否定しようとしたモノです。」
これはいったい……?
「そして、気づいたのです。この世界のことを。」
「……。」
四角い電気回路のようなモノはヒトの声を真似ていた。
「ア、アナタに何かを、あ、あ、アゲマ、す。そ、それで、世界を……。」
こうして俺は転生した。
あっけなく、そして、『それ』はいいことかどうかもわからなかった。
よくよく考えればそうだ。
思春期の頃、生きる意味を自問自答しても答えが出ないように、古代からの問いに答がないように。
空は晴れ、空気は乾燥し、草原には風が吹く。
そう、ここは作られた世界。
全てが何らかの法則に従う。
そして、管理者から贈られたもので戦うしかない。
配られた能力で、戦うしかない。
それを否定したものはみな死んだ。
だから、俺はこんななんだ。
平原にいるのに汗をかき、砂漠にいるかのように感じる。
俺が管理者からもらったもの……、それは。
無駄の勇者の場合。
「勇者、待ってよ。」
「なんで?」
「なんでって……、私たち、パーティでしょ?!」
「それはどうかな。」
「もう!」
よくある世界、よくある職業、勇者。
魔王を倒すために存在し、この職業以外のものでは魔王を倒すことはできない。
「それにしてもケチな王様だったね。何もくれないなんて。」
「ああ、この能力じゃな。」
「……。」
「どうした?」
「……そんなこと、言わないでよ……。」
「……。」
「生まれで決まるみたいで嫌じゃん、そんなの。」
反論しても無駄だろう。
言葉によって世界の法則が変わらないように。
「あ、ウォーカーだ。倒すね。」
「……ああ。」
ウォーカーは、いうなればプチプチの生き物で、自らの意思で歩き、攻撃する水のようなものだ。
恐らく、スライムだ。
そういうと、アイツは杖で軽くたたいた。
そしてウォーカーは砕け、死んだ。
その場に経験値を残して。
「今回も残しとくの?」
「ああ、そいつはいつか役に立つかもしれないからな。」
無駄の勇者の能力、それは経験値を得ることができない、というものだ。
そして、経験値はその場にロストする。
俺が触ると『それ』はなくなるため、コイツに持たせている。
もっとも、全てを回収できるわけでもないし、一部はコイツに吸収されている。
コイツとはアリア、職業遊び人の何を考えているかわからないやつだ。
転生させた管理者も、王も、皆が期待せずに放り出された世界で、ここまでついてきた。
いまとなってはこいつのレベルは50を超えている。
一方の俺は初期レベルのまま。
1だ。
今日の目的は洞窟に住むトラッパー、近づくまで動かないタイプのスライムだ。
こいつを狩る。
武器や防具はレベル制限、筋力、もろもろのためにもてない。
そう、遊び人のアリアが使うしかない。
バニーの格好で、だ。
なぜ酸性のスライム相手にそんな軽装なのか。
そう、職業に縛られるからだ。
遊び人の制服、それはもうバニーということらしい。
そして、その装備を外した瞬間、アリアの能力は初期値まで戻る。
そのために、酸で人を溶かすレッドスライムに対して、鎧も革製品もなしに戦うしかない。
俺よりでかい斧をふるいながら。
「ここだ。」
「わぁ~、くっらいね。」
「……洞窟だからな。」
そして遊び人はバッドステータスを持つ職業だ。
それは油断。
大きな声、身振り手振りに、何かを引き付ける。
そして、相手を魅了するチャームも持っている。
つまり、うまく使えればバッドステータスは、悪性ではない。
強い能力足りえる。
しかし、こいつは戦闘術もない遊び人のため、これまでは大物を担いで叩き潰すというスタイルをとっている。
今日もそうするつもりだろう。
「……三叉路を右に、か。」
「ギルドからの情報?」
「そうだよ。」
ここか。
酷い塩酸のにおい。
動かない赤い水。
近づけば飲み込まれる酸。
ウォーカーのネームド、『レッドスライム』だ。
「どうやって倒すつもりだ?」
遊び人の魅了が発動しています。
「いつもどおりよ。近づいてきたところをどっかーんって。」
こいつは正気なのだろうか。
相手は触れれば溶ける酸なのに。
遊び人の魅了が発動しています。
クソッ……、こいつの作戦に反対できない。
いつもそうだ。
初期レベルで、状態異常への耐性もない。
コイツの無謀な特攻を見てるだけ。
やはり俺は……。
「無駄なんて、言わないでよね。」
後ろを少し振り向いて、微かにつぶやいた。
コイツはいつもそう。
王国にいたときも、突然の令状に眉一つ動かさなかった。
全て知っていたように、そして、全て徒労のように、流されて生きている。
楽しいことも知ってほしかった。
それは私の意思?
意思も職業に縛られているの?
動かない習性の液体は、すでに間合いまで近づいていた。
「フンッ!!」
『レッドスライム』に50のダメージ
魅了はまだいける。
コイツには話してなかったけれど、斧で切るたびに分裂するコイツには魅了が効く。
分裂した個体は別個体扱いなのかしら。
遊び人の魅了が発動しています
遊び人の魅了が発動しています
そして、飛び散った後の攻撃、これを……。
「『舞踏』で避ける!」
今までもそうだった。
遊び人はリスクを背負うことに向いている。
この能力で、避ければ……。
レッドスライムは体勢が崩れている
「私のターンってわけ。」
「これで、終わりィ!」
『レッドスライム』に
1のダメージ
え?
な、なんで。
喉が渇く。
斧が溶けていた。
そういうことか。
管理者もここまでオミトオシってわけか。
「勇者!」
「じゃあね。」
そういうとアイツは笑顔で抵抗もせずに、絶望に身を預けるように、諦めていた。
俺は、俺は……。
「おらああああああああっ!」
無駄の勇者の技能が発動しました。