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88. 帰還と報告

「ん〜〜〜〜。起きた」


 一夜明けてお風呂ハウスのベッド。

 昨日は本当に色々あったし、大変だったからかなり疲れていたと思ったけど、意外と回復してる。そしてだいぶ早く目が覚めちゃったな。

 魔族を追いやったと思ったら、その後もっと強い魔族が出てきて……。

 私ももっと強くならないと、お姉ちゃんを守れないな。

 まぁ方法とかはおいおい考えるとして、昨日はそんな訳で疲れて『バスタイム』で済ませちゃったから、折角だしお風呂に入るかな。

 私は同じ部屋で寝ているお姉ちゃん、マリーさん、リリムちゃん。それからリビングのソファで寝ているリエラを起こさないように、そっとベッドを出て、浴室に向かう。

 脱衣所で服を手早く脱いで、一糸纏わぬ姿で浴室に入る。

 入る直前、扉のすぐ横にセットされた鏡をちらり。

 昨日あれだけ動いたんだから、今日は絶対痩せてるはず。

 そしてお姉ちゃんみたいな綺麗な体型に……。

 おっと、今はお風呂お風呂っと。

 まずは椅子に座って、備え付けのシャワーで全身を流す。

 それからお姉ちゃん特製のシャンプーとトリートメント、あとボディーソープで髪や体を隅々まで洗う。

 『バスタイム』で済ませるのと結果は変わらないんだけど、やっぱり手で洗うのは精神的に違う。

 鼻腔をくすぐるシャンプーやトリートメントの香り、手で皮膚を軽く擦ったり押したりする感覚。なんか、心がサッパリするって感じだね。

 シャワーで泡を流した後、桶に溜めていたお湯を頭から被って、さっと髪が含んだ水分を絞ったらお風呂にざぶーん。


「んー、気持ちいいー」


 お湯は熱くもなく、ぬるくもなくの適温、扉を背にして肩まで浸かる。

 足を伸ばしても反対側には届かないくらい、湯舟は広い。

 初めてこのお風呂ハウスを見た時には、何って思ったけど、最高だよお姉ちゃん……。

 これは歌いたくなっちゃうね。

 なんて、日本にいた時好きだったアニメのエンディングを小声で歌ってたら、背中から浴室の扉が開く音がした。


「蒼ちゃん! 雫も誘ってよ!」

「いや、寝てたから……」


 私は歌うのをやめ、振り返ってお姉ちゃんに言う。


「あら、歌ってていいのに」

「恥ずかしい、から」


 私はお風呂に口元まで潜って、ぶくぶくと湯面に息を吐く。


「えぇー。蒼ちゃんのシジュウカラみたいな歌声、好きなのに……」

「それ、褒めてるの?」

「勿論よ!」

「そう」


 私は照れ隠しに再びぶくぶくする。褒められるの、悪い気はしないんだけどね。鶯とかじゃないのもなんかどこかズレてるお姉ちゃんらしい。

 会話もなくのんびり浸かっていると、体を洗い終わったお姉ちゃんがすぐ隣に入ってきた。

 スペースはあるけど、いつもの事なので特に何も言わず、私は引き続き浸かっている。するとお姉ちゃんが。


「雫もね、早くに目が覚めちゃったの」

「そうなんだ。私もお姉ちゃんも、昨日の事で高揚してるのかな」

「そうね。魔族を倒せなかったのは反省点よねぇ。頭の中でどうしてればよかったのかってずっと考えちゃう」

「解決策は一つしかないよ」


 私はお姉ちゃんをの目を見てはっきりと言う。


「もっと強くなるしかない」


 お姉ちゃんが、目を見開いて私の事を見つめている。

 あれ、『そうね!』とか返ってくると思ったんだけど。

 私がお姉ちゃんに話しかけようとするくらい、体感では長い時間が経った後。


「やっぱりそうよねぇ! 蒼ちゃん! 頑張りましょう!!」


 と言って、いつものように強く抱きついてきた。

 ……何だこのボリューム。

 いつもは外だから恥ずかしいけど、ここはお風呂だし、二人きりだし、私は突き放す事はせずに姉妹の付き合いを堪能するのだった。


    ◇


 お風呂から出ても、珍しくマリーさんとリリムちゃんは起き出してこない。

 じゃあ折角だし私が朝食作るかと、お風呂ハウスの外にこしらえた魔術具キッチンに立つ。


「蒼ちゃんが作るの?」

「たまにはね。リクエストある?」

「和食がいいわあ」


 和食かぁ、確かに私も食べたいけど……。


「お味噌汁が作れないけど……」

「お味噌がまだ手に入らないものねぇ。おすましは?」

「うーん……出汁が……お試しで作った赤身節なら……」

「じゃあそれで」


 赤身の魚が手に入った時に、試しで作ってみた鰹節もどき。これ、使えるかな……。やってみよう。


「やっぱり魚介の入手は必須ねぇ」


 お姉ちゃんが言う。そう。たまに魚料理は食べるけど、内陸で冷蔵技術も輸送技術も日本程じゃないこの世界では、魚介類、特に生のそれに全く出会っていない。

 

「うん。漁が盛んなのはバイゼル領だっけ?」

「そうよぅ」

「今度行こうか」

「蒼ちゃんとデート!」

「流石に無理でしょ……」


 私は鰹節を『ウィンドカッター』で削りながら答える。どういう訳か、私たちも一応貴族令嬢で護衛が必要だ。だから最小構成でもマリーさんかリリムちゃんは一緒だ。

 まあ、とりあえず朝ご飯。

 いつぞやリインフォース領のレストランに行った時に譲って貰った魚を、醤油としょうがで照り焼きにする。

 それとストレージに保存してある炊き立てご飯。時間経過しないからほかほか炊き立てなんだよね。もち米だけど。


「おはようございます! 申し訳ありません!」


 料理を続けていると、マリーさんが寝巻きのまますごい勢いでお風呂ハウスから出てきた。


「疲れてるよね。ゆっくり寝てていいんだよ」

「お嬢様にお食事の用意をさせてしまうなんて……メイド失格です」

「え? 冒険者の時はそういうの無しじゃなかったっけ」

「昨日、フルーフェル領主邸に行ったじゃありませんか」

「あれも冒険者の範疇……」

「そんな事より、マリーちゃん、パジャマすっごく可愛いわねぇ!!」


 そう。さっきから目に入る大量の襟元手首と足元に付けられたフリルとレース。寝苦しくないように少しゆったりとしたパステルブルーのワンピースパジャマ。更にお揃いのナイトキャップを着けたままで、相当慌てているのが伺える。

 これが、いつも私たちより遅く寝て早く起きるから見た事がなかったマリーさんのパジャマ姿である。可愛い。


「え……あ……し、失礼しました。着替えて参ります」


 テレポートかと思う程のスピードでお風呂ハウスに入り、いつものメイド服を着てすぐに戻ってきた。


「お見苦しい姿をお見せして申し訳ありませんでした」

「見苦しくなんてなかったよ? 可愛かったし」

「可愛かったから今度ちゃんと見せてねぇ」

「えっと……あの……かしこまりました……」


 マリーさんが恥ずかしがってるの珍しいな、私もその時一緒に見せて貰おうっと。

 というか、可愛い服好きなのかな。今度一緒にロリータ服着せてみるか……。

 早速今聞いて……。


 バンッ。


「おはようございます! 遅くなりました!」


 リリムちゃんが、こっちも数日ぶりに、パステルピンクのメイド服で、起きてきた。


「おはよう、リリムちゃん。よく眠れたかしら?」

「はい、しっかりと……って、アオイお嬢様がお料理してます?! ももも申し訳ありません!」


 一気に血の気が引いたのか、慌てながら、そして怒られるとも思ったのかマリーさんをチラチラと見ながら私に謝ってくる。


「リリムちゃん、気にしないでいいよ。私がしたくて始めただけだから」

「ですが……」

「リリムちゃん、もう出来たみたいよぅ。一緒に座りましょ。マリーちゃんもね」


 お姉ちゃんが二人においでおいでする。正直手伝って貰う程凝ったもの作ってないし、もう出来るし助かる。

 そんな二人が座ったところで、私は料理を運ぶ。

 運ぶのはご飯、おすまし、魚の照り焼きだ。

 調味料が足りないからなかなか再現は難しかったけど、おいしいといいな。

 

「リリムちゃん、リエラちゃんは?」

「まだ寝ていました」

「じゃ、先食べちゃおうか」


 リエラはまだ寝てるし、起こすとまた大変だし、一旦ご飯。私もお腹すいたしね。


「それじゃ、いただきます」

「「「いただきます」」」


 まずおすまし。お、一応出汁が出てるけど、薄いな。具はほうれん草と椎茸。でも案外、バランスは悪くない。

 次に照り焼きを食べて、ご飯を一口。こっちは最高ですね。ご飯がすすむ!

 

「蒼ちゃん、とってもおいしいわ」

「そう? よかった」

「この魚がとってもおいしいです。おコメが、いくらでも食べられちゃいそうです」

「確かにリリムちゃん好きそうだなって思ってた」

「私はスープがおいしいです。アオイお嬢様、後で作り方を伺っても?」

「勿論いいけど、材料が至難の業だよ。あんまり作れないかな」


 単純に『ドライ』して燻製するだけじゃないんだよね。どうやるんだったかな……。


「そんな貴重なものを……」

「現段階では、ね。でもバイゼル領に行けば解決すると思ってるから気にしないでいいよ」

「バイゼル領ですか?」

「簡単に言うと魚を乾燥させて削ったものを出汁に使ってるんだよね。それの作り方が分からなくてさ。バイゼル領でなら現物売ってるかなって思って」

「魚、食べたいわねぇ」


 そう、私たちはずっと魚に飢えている。

 そんな会話をしながら、食事を進めていると、お風呂ハウスからリエラが出てきた。


「やっと起きたね。おはよう、リエラ」

「リエラちゃん、おはよう」

「おはようじゃ。わしの分もあるかの」

「あるよ、座って」


 私が立ちあがろうとすると、マリーさんが。


「アオイお嬢様、配膳でしたら私が……」

「そう? じゃあ、配膳お願い」


 食事をしているのと別のテーブルで、私は食器と鍋をストレージから取り出して、リエラ用によそう。それをマリーさんが運ぶ。


「いただきますじゃ」


 配膳されたそばから、リエラが食べ始める。

 ナイフで照り焼きを切る姿は私にとってはちょっとシュールだけど、綺麗に切って食べてる。

 ご飯もぱくり。


「うまいの」

「よかった」


 おいしいの一言が嬉しいよね。


「「「「「ごちそうさまでした」」」」」


 食後のお茶はリリムちゃんに淹れて貰いました。それを飲みながら、今日の予定について話す。帰還ルートだね。

 

「ロッソと馬車もあるし、陸路で帰るのかしら?」

「ディオンで馬を返してもいいの。フルーフェルで売ってもいいが……」

「んー……。折角仲良くなったし、うちの子にしたいかな。ワープで何とかならないかな?」


 リエラが容赦ないけど、折角仲良くなったので、売るのは避けたい。


「ワープか……」

「リエラがマリーさん。お姉ちゃんがリリムちゃん。私がロッソを一緒に運ぶ。で、馬車はストレージ。これで行けるんじゃない?」

「さっすが蒼ちゃん!」

「たしかにの。人より魔力を食うかもしれないが、わしらなら問題ないじゃろ」

「じゃあ、その案でいいかしら?」


 一同、異議無しと頷く。


 片付けをして、外に出していた魔術具とテーブル類、お風呂ハウスもお姉ちゃんのストレージに収納する。

 馬車は私のストレージに入れたよ。

 私はロッソの元へ行き、ワープについての注意事項を話す。


『分かったわ。面白そうね!』


 よかった。すんなりと聞いてくれた。

 私はみんなの元にロッソを連れてくる。

 リエラ、お姉ちゃん、私がそれぞれ詠唱を開始する。

 

『物体 移動 転送 同行』


 ワープの魔術語を展開した魔術陣に書いて、私は意識を集中して標を探す。


 ……。


 おっと、これはディオン領の森の家のだ……。もっと遠く……。


 ……。


 …………。


 あった。この気配がリインフォース領のうちの標だ。


「いくよ、ロッソ」


 周りを見ると、すでにお姉ちゃんとリエラの姿はなく、移動したみたい。

 ロッソが鳴いたので、了解と取って私も詠唱する。


『ワープ』


 いつも通りの浮遊感。ジェットコースターに乗っているみたい。

 しかしいつもより長距離だからか、その分長い浮遊感を感じる。その後にすっとそれが終わり、足が地面につく感覚。

 そして私は目を開く。


「お、アオイもよく帰っ……馬?」


 目を開いて入ってきた光景は、自分の家の玄関ホールと、驚くお義兄様の顔だった。


    ◇


 ジョセフさんとジェニファーさんを連れて、お義父様とお義母様も玄関ホールにやってきた。


「みなよく無事に帰ったな。このまま話と行きたいところだが、まずはアオイ、馬を馬小屋に入れてきなさい」

「うちで面倒見てもいいですか?」

「ああ。ジョセフ、馬小屋はまだ余裕があったはずだな?」

「ございます」

「ならいいだろう」

「ありがとうございます!」

「ジェニファー、お茶の準備をお願いね」

「かしこまりました」


 私はロッソに説明しながら馬小屋へと彼女を誘導する。お姉ちゃんとリリムちゃんがついてきた。

 一方でリエラはマリーさんを連れてさっさとパーラーに向かって行った。


『ここに住む事になるけど、いいかな?』

『勿論よ。前より綺麗ね』


 先に馬小屋にいたネーロとブルーノたちにも説明したところ、無事受け入れてくれた。よかった。

 ロッソを馬小屋に入れ、私たちは屋敷へと戻る。


「よかったわね、蒼ちゃん」

「うん」

「アオイお嬢様、ロッソの事気に入ってましたよね」

「そうだね。すごく芯が強かったから、魔族がいる地域でも移動してくれたし、助けて貰ったよ」


 ロッソでなければ、移動はもっと大変だったかもしれない。

 私は心の中で感謝しながら、パーラーに向かうのだった。


    ◇


 パーラーに入ると、リエラが定位置のソファでくつろいでいた。

 私もお姉ちゃんも、いつもの位置に座る。

 そうすると、ジェニファーさんがすぐに紅茶を持ってきてくれる。

 

「ありがとうございます」

「はい」


 私がお礼を告げると笑顔で返してくれる。

 ジェニファーさんってマリーさんみたく、仲良くしてくれる年上のお姉さんって感じなんだけど、どっちもタイプが違うから、また違ったよさがあるよねぇ。ちなみにリリムちゃんは妹かな。

 なんて事を考えているうちに、お茶とお菓子が全員に行き渡る。

 まず話し始めるのはお義父様だ。


「全員無事に帰ってきてくれて本当に何よりだ」

「やっぱりシズクのヒールは強力じゃの」

「はい……」


 戦闘を思い出したのか、しみじみと私の背後に立つリリムちゃんが答える。


「何だ、リリム。怪我をしたのか?」

「ちょっと腕をね。もう雫のヒールで完治してるはずよぅ」

「ならいいが……。二人の護衛と任命したが、無理はするなよ」

「ありがとうございます」


 私はちゃんと把握出来てないけど、リリムちゃんと魔族の戦いも熾烈だったよね。


「それで、疲れているだろうから簡単でいい、数日の出来事とこれからの事を教えてくれ」


 私とお姉ちゃんが数日の出来事を説明する。勿論、リエラには単独行動してた時の事を説明させた。


「魔族……」


 アザリアとの邂逅の話になり、お義父様とお義母様、ジョセフさんとジェニファーさんの顔が驚きに満ちてくる。

 

「これはもう国の問題だな……。一緒にいた王国軍の団長は誰だった?」

「オルフェスとレーネじゃ」

「第二騎士団と第三魔術師団か」


 お義父様が少し悩む。私はその間に紅茶を一口のみ。ジョセフさんが持ってきてくれたであろうビルさん作のカステラを食べる。ザラメが底に敷いてある。やるね、ビルさん。


「ひとまず、お疲れ様だ。ゆっくり休むといい。マリーとリリムも交代して休みを取る事。屋敷の仕事は今日はしなくていい。それから、ライゼリルド殿が王に報告して、その後お呼びがかかるだろう。休んだら王宮に行く準備をしておいてくれ」

「報告というか今後の話が必要ねぇ」

「確かにね。でも……」


 私とお姉ちゃんがリエラを見る。リエラも行って大丈夫なのかな?


「リエラの謹慎は解けているし、王はきちんと理解している。だから三人ともだ。分かったな、リエラ」

「仕方ないの。分かったのじゃ」


 こうして私たち三人での王都行きが決まったのだった。


    ◇


 夕食とお風呂も済ませた夜。

 マリーさんとリリムちゃんも退室した寝室で、私とお姉ちゃんはベッドに入る。


「無事に、そしてやっとベッドにたどり着けたわねぇ」

「うん。でも本当に、みんな無事でよかった」

「本当にそうね。ヒールがあるとは言え、傷つくのを見るのは辛いわ」

「そうだね。だから、私たちがもっと強くならないと。みんなを守れるくらいに」

「明日から、また特訓ね」

「だね」

「蒼ちゃん。今日そっちに行ってもいいかしら?」

「……いいよ」


 私の許可を聞いて、お姉ちゃんがもそもそと私のベッドに入ってくる。


「なんで足こんな冷た……ちょっとくっつけないで!」

「あったかいわぁ」

「やっぱり許すんじゃなかったかな……」

「えぇ! これを楽しみにしていたのに!」


 お姉ちゃんが私の振り解きをねじ伏せてぎゅっとくっついてくる。あれ……。


「……本当に、みんなが、蒼ちゃんが無事でよかったわ」


 私は小刻みに震えているお姉ちゃんにぎゅっと抱きつき返しながら、眠りに落ちるのだった。


 

こんばんは


そろそろ第二部も最終盤となりました。

楽しんでいただければ幸いです。

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