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87. 邂逅

 冒険者ギルドに来ていたフルーフェル家の使いに先導されて馬車に乗る。

 フルーフェル領主邸は冒険者ギルドから直進らしく、馬車は曲がる事なくまっすぐ進む。

 十分くらい揺られていただろうか、左の窓に大きな家が見えてきた。多分あれがフルーフェル領主邸かな。さすが伯爵家、うちより随分と大きい。派閥の差もあるのかな?

 私が「大きいね」と言うと、リエラが「はぁ」とため息を吐いて補足してくれた。


「ここはかなり税率が高い。その金で建てたんじゃろ。これだから貴族派は嫌いなんじゃ」

「領民に還元しないって事なのね?」

「そうじゃ、善政と言われておるうちでも三割じゃが、ここは五割。領主は湯水の如く金を使い、贅沢をする事しか考えておらん。特産品を興して民を潤すなぞ二の次じゃ」

「なるほどね」


 うちでも三割なのか。もっと減らせるといいんだけど、贅沢なんて自分で稼いだ分ですればいいし。でも、減らしすぎると税収が足りなくて投資が出来なくなるから領地運営にも影響が出るんだっけ。

 なんて悩んでいると、お姉ちゃんが付け加えてくれた。


「蒼ちゃん、パパが言っていたけど、蒼ちゃんが開発したお菓子がこのまま特産品として軌道に乗れば、税を二割にしてもいいそうよ」

「ほう、父上は随分と英断をなさったな」

「二割ならますますみんなが潤うね」

「えぇ」


 領都で遊んでいる時に、声をかけてくれたみんなの笑顔が浮かぶ。

 そんな事を話しているうちに、馬車が領主邸に到着した。

 先触れが出ていたのか丁度私たちを乗せた馬車が停まるタイミングで、オルフェスさんと太った男性が出てきた。この人が伯爵かな?

 私とお姉ちゃんは太った男性に、リエラはオルフェスさんにエスコートされて馬車を降りる。

 ここは貴族の場だ。私たちはエスコートしてくれた伯爵に感謝を述べつつ、挨拶をする。


「エスコートありがとうございます。初めてお目にかかります。リインフォース家の次女、シズクと申します」

「初めまして。同じく三女のアオイと申します」

「ようこそ。私がフルーフェル領主、マルティン・フルーフェル伯爵だ」


 当たりは普通だけど、油断してはいけない。

 気を引き締めて、私たちは伯爵に先導されて屋敷の中へと入っていくのだった。


    ◇


 再び冒険者ギルドに来たかという既視感を感じながら、やや趣味の悪い配色の応接間に案内される。私たちは伯爵に勧められてリエラ、お姉ちゃん、私の順で右側のソファに座る。

 向かいにオルフェスさんとレーネさんが座り、その後ろにリオンさんとテオさんが控える。

 勿論マリーさんとリリムちゃんは私たちの後ろだ。

 そして誕生席に座った伯爵が、早速口を開く。


「では、早速だが戦利品を出して貰おうか」


 は? 何を言っているんだろう。伯爵は。

 困った顔をしながら、オルフェスさんが伯爵に話す。


「伯爵、先程も話したが魔族は逃げ去った。戦利品はない」

「リエラ・リインフォースは魔族ではなく魔物を討伐したと聞きましたぞ。魔石や素材があるでしょう」

「魔物もみな瘴気に汚染されていて、人が触れるものではない」

「では浄化をして貰いましょうか。魔術師団には一人くらい浄化出来る人間がいるでしょう?」

「いないよ。このレベルの浄化が出来る人間は、くやしいけど第三魔術師団にはいない」

「おや? それはおかしいですな。私でも聞き及んでおりますぞ。双麗の魔術師。姉は聖属性魔術の熟練の使い手だとか」

「チッ」


 なんか今盛大に舌打ちが聞こえたんだけど。

 一瞬リエラに目線をやった後、オルフェスさんが口を開く。


「彼女たちは貴族だが、今回は冒険者という立場で我々に協力してくれただけだ。そこまでは要請出来ない」

「なるほど……なら伯爵として子爵家に命じます。シズク・リインフォースといいましたか? 今回手に入れた魔物素材を浄化しなさい」

「待ちなさい。それなら私はライゼリルド侯爵家として……」

「いいのですかな? お父上に報告させていただきますぞ」


 口から出かかっていた言葉を止め、躊躇うオルフェスさん。

 さっきリエラに聞いたけど、ライゼリルド家も貴族派で、貴族派閥内で御三家と言われているうちの一家なんだって。

 貴族派閥内でも上下関係や利権その他諸々、私がいつもめんどくさいと考えている事があるはず。これは単にオルフェスさんのお父さんに報告されて怒られるってだけじゃないよね。

 どうしたらいいんだろうと私が思っていると、お姉ちゃんが発言する。


「伯爵様、承知しましたわ。浄化致します。ただ……」

「なんだ?」

「無いんじゃよ。伯爵様」

「無い?」

「あぁ。部下に調べさせているが、今のところ死体はおろか角や肉なども部位も全く見つかっていない」

「おそらく魔族が魔物を召喚したからだと思う。逃げた時に全部、魔力が切れて消滅したんだろうね」


 最後にレーネさんが補足する。戦闘後の話し合いの内容だ。


「なら、被害の補填はどうするのですかな、ライゼリルド様」

「国法の規定通りと考えている」

「王国軍がいながらこれだけの被害を出しておいて、規定通りですか?」


 オルフェスさんたちに被害状況は聞いている。被害と言っても、すでにお姉ちゃんたちが浄化しているから土地に瘴気汚染はなし。町の外壁は一部の大型の魔物が少し削ったくらいで補修可能。王国軍の数名が軽傷だけど全員ヒール済み。ちなみに領民に被害はない。この人は何を言っているのか……。


「待って伯爵。あたしたちもオルフェスたちも最速でここまで来たし、全ての脅威を排除した。何も問題はないはずだよ」


 レーネさんが答える。これは王国軍の部下を守るための発言だね。確かに、何も文句のない程の速度で対応したのに、評価が低いんじゃやってられない。


「では、怪我人はどうするのです!」

「怪我人?」


 オルフェスさんが怪訝そうに尋ねる。


「入りなさい!」


 そう伯爵が叫ぶと、執事が開けた扉から三名の人が部屋に入ってきた。その人たちは……。

 一人は右腕を。

 一人は左腕を。

 一人は左足を。

 それぞれ無くしていた。


「オルフェス様。私は悲しく、苦しいのです。ただ、町の外に薬草を取りに出た彼らが、何も罪のない彼らが脅かされた事が!」

「痛ましい事だが、彼らは本当に今回の魔族の襲来で襲われたのか?」

「そうです」


 入ってきたうちの一人が合わせて頷く。残りは下を向いて青ざめている。でも、この人たちって……。


「領主として彼らを支えるのは当然ですが、国としても被害を認識し、しっかりと補償をしてほしいのですよ」


 そんな事を言っているが、自分が欲しいだけじゃ……。それにこの傷は瘴気に侵された魔物から受けるものではない。オルフェスさんが気づかない訳がないと思うけど……私は一応それを伝えようとするが、その前にリエラが口を開く。


「めんどくさいの。シズク」

「黙ってた方がいいのかしらと思っていたけど、いいの?」

「うむ」


 リエラと軽くやりとりしたお姉ちゃんが、杖を出して魔術陣を展開する。純白の魔術陣が、三人を包む。


『ディバインヒール』


 お姉ちゃんが魔術を発動すると、部屋全体に真っ白い光が広がり、その光が三人それぞれにあった欠損をあっという間に回復する。

 術をかけられた三人は信じられない、といった顔をして蘇った自身の四肢を動かしたり、触ったりしている。

 そして、リエラが一言。


「オルフェス、貸しひとつじゃ」

「……分かった」

「さて、わしらは帰るぞ。よいな? オルフェス」

「あぁ」

「ま、待て! リエラ・リインフォース!」

「伯爵様。わしらにまだ何か?」

「い、いや……くっ……殿下暗殺未遂の罪、必ず償わせてやる」

「その罪はすでに王によって取り消しとなっておるはずじゃ。不敬になると思うがの」

「……くそっ」


 その言葉を無視して、リエラを先頭に私たちは部屋を出る。

 はずだった……。


 ドォォォォォォン。


 背後で激しい音がして、私たちはすぐに振り返る。


 すると、伯爵の執務机に立つ誰か。


 筋骨隆々の体つきに、黒い肌。身長も二メートル近くある。


 そして何より目を惹くのは、背中に生えたまるで天使のように綺麗な翼。だけども漆黒の、翼。


「何……」


 私がつぶやいたその瞬間、魔力波が屋敷全体に広がる。


「ぐぅ……」


 伯爵やオルフェスさんたちがうずくまる。

 

「なん、ですか……」


 マリーさんとリリムちゃんも苦しそうに互いを抱きながら座り込む。


 その様子を見ていられるのは、私とお姉ちゃん、リエラだけ。

 リエラがつぶやく。


「シズク、アオイ、どこでもいい、逃げるんじゃ」


 そう言われたものの、私もお姉ちゃんも立っているのが精一杯で動く事なんて出来ない。

 どうしようと思っているうちに、黒い翼を持ったそいつが私たちを見て話し出す。


「お? よく立っていられたな。俺の部下が世話になったのはお前らか?」


 体は動かせないけど、喋る余裕くらいはある。私は心の中でリエラに謝りつつ、相手の発言に返す。


「部下?」

「さっきここにやったはずだが、ヘルベルとヘルタって、知らねーか?」

「さっきの……」


 さっきの魔族の! もしかして、こいつが『あの方』って呼ばれてた魔族?


「その反応はお前らで合ってそうだな。名前を聞いてやる」


 黒い翼を持つ魔族が、私たちの方へ改めて顔を向けて首で合図をする。


「リエラじゃ」

「蒼」

「雫よ。あなたは誰?」

「俺か? 俺の魔力波を耐えるやつを見るのが久々で気分がいい。特別に答えてやる」


 そして翼を一度はためかせ、口を開く。


「アザリア」


 その名前を聞いた瞬間。全身に恐怖が広がる。闇属性魔術……?

 違う! 魔術陣なんてなかった。もしかして……魔法。

 お姉ちゃんも同じ結論に至ったのか、いつになく真剣な声で私に囁く。


「蒼ちゃん、逃げて」


 出来たらそうしたい。でも、出来ない。恐怖が体を支配して、魔力波から体を守るために魔力を動かすだけで精一杯だ。


「これも耐えるのはなかなかだな。でもなんだ、まだ立って喋るだけか」

「あなたの、目的は、なんですか?」

「あ? レントから聞いてねーの?」


 レント? 過去にはリエラを糾弾して、先日は私たちを貶めようとして逆に追いやられたレント・ウェリスの事? なんでレントの名前がここで出てくるの……。

 私が疑問符を浮かべていると、それに気づいたアザリアが答える。


「レントがいい憎しみをこの国に対して持ってるからな。俺も触発されて国取りに協力しようって訳さ」

「どうしてレントが魔族と……」

「知らないのか? あいつは女狐のおかげで今や俺たち魔族と同類って事だよ。魔力資質は十分だったしな」

「女狐って誰の事?」


 お姉ちゃんの質問への回答に、私が更に質問をぶつける。


「おっとここまで。今日はお前らに挨拶しに来ただけだ。だが、これじゃまだヘルベルとヘルタがやっとってとこか。ま、俺とバトるときはもっと強くなっててくれよ」


 そう宣ったアザリアは、再び翼をはためかせて消えていった。

 その瞬間、恐怖で支配する魔力が消え、私たちは脱力するのだった。


「消えた……」


 静寂が訪れた応接間で、オルフェスさんとレーネさんが立ち上がる。


「一体何が……」

「魔族が来ておった。会話は聞こえたかの?」


 混乱しているオルフェスさんに、リエラが伝える。


「魔族が? いや、魔力波が苦しくてうずくまっていただけだ。何も聞こえなかったが……」

「わしらだけに聞こえたいたようじゃの」

「リエラっち、何があったか、聞いていい?」


 この辺りで、ようやくマリーさんとリリムちゃんが立ち上がる。


「二人とも大丈夫?」

「はい……」

「体がビリビリします〜」


 よかった。怪我とかはないみたい。

 更に遅れて、伯爵が立ち上がる。


「何なんだ一体。お前の仕業か! リエラ・リインフォース! ライゼリルド様、助けてくれ! リエラ・リインフォースに殺される!」


 それを聞いたリエラがため息を吐き、オルフェスさんに目配せをする。

 意味を正しく理解したオルフェスさんが、伯爵に向かって話し出す。


「伯爵。では調査のためリインフォース姉妹の身柄は騎士団で預かる。調査には機密情報が含まれるため、私たちもここで屋敷を去らせて貰う」

「なっ、それでは嘘が……」

「伯爵。ここまで見逃してきたが、私に意見するのか?」

「っ……いえ、承知しました」


 すごい。これが貴族の上下関係。貴族派は特に厳しいみたいだね。民衆派というか私たちの周りの貴族はあまり気にする人がいないみたいだけど。


「リエラ、レーネ、行くぞ」


 オルフェスさんが先頭に立ち、私たちは今度こそ応接間を出るのだった。


    ◇


 フルーフェル伯爵の屋敷を出てすぐ。オルフェスさんが私たちに話しかけてきた。


「情報を聞いてまとめたい。いいか?」

「もちろんじゃ」


 リエラが了承するなら私たちも断る理由はない。一緒に頷く。


「オルフェス団長、私は一旦騎士団と魔術師団に説明してからそちらに合流します」

「あぁ、分かった。頼むぞリオン」

「テオも一緒に行って説明してくれる?」

「かしこまりました」


 私はリオンさんに尋ねる。


「もしかして団の方々は野営ですか?」

「そうですね。さすがに人数が多いので……」


 大変だな……間違いなくお風呂ハウスなんてないだろうし、私とお姉ちゃんは目を合わせて頷き合う。


「リオンさん、テオさん、これを持っていってください」


 私はカバンから、魔物肉の燻製ブロックをいくつも取り出してリオンさんに渡す。


「これは、燻製ですか?」

「えぇ、リインフォース家特製よぅ」

「これが噂の……」


 一体どんな噂なんだろうとは思ったけど、聞きたくない。

 リオンさんが両手でやっと抱えられるくらいの量を渡して、私は気づく。


「ちょっと多かったでしょうか?」

「いえ、大喰らいばかりなので助かります! ありがとうございます。アオイ様、シズク様」


 リオンさんはテオさんにも助けられながらちょっと大変そうに、肉の塊を抱えて野営地の方へと向かっていった。


    ◇


 一方で私たちは貴族向けのレストランに入る。

 オルフェスさんがライゼリルド家の紋章の入ったブローチを受付に見せるとすぐに、レストランの総支配人が出てきて案内してくれた。長い廊下を経た一番奥の個室だ。

 椅子に座ると、どっと疲れと空腹感が出てきた。

 そうか、私たち一日中戦って動き回ってたんだよね。お昼も食べてないし。


「オルフェスさん、雫はお腹が空いたわ! たくさん食べていいかしら?」

「あぁ。私も朝食から食べてないからな。ただすまないが、あまり他人に聞かれたくはない。料理は全て先に出して貰うがいいか?」

「えぇ」

「いいよー」

「レーネ。お前には聞いてないんだが」

「えー、あたしもお腹すいたー」

「あの、私も空きました……」


 私も小さく手を上げる。こういう時に恥ずかしがらずに言えるお姉ちゃんはすごいなぁ。


    ◇


 食事が運ばれてきて、まずみんな軽く食べる。

 マリーさんとリリムちゃんは私とお姉ちゃんが、テオさんはレーネさんが無理やり座らせました。

 でも、三人ともお腹が空いていたのか、食事を前にして黙々と食べている。


 私もいただきますっと。

 まずはやっぱりサラダだよね。

 フルーフェル領は森が近いからか野菜やきのこの種類が豊富で、私の前にあるのは野菜の上にきのこが乗っているサラダだ。ビネガーと柑橘で作られたドレッシングがとてもおいしい。

 次にスープ。こっちは根菜メイン。鶏肉とかからとられたブイヨンに、根菜の甘味が染み出していて、口の中で味がどんどんと変わってゆく。

 メインは豚肉を香草焼きにしたもの。余計な油は落としてあって、香草の香りと相まってとてもさっぱりしているものの、パサつきはない。豚肉の味がとてもよく引き立てられている。


 そしてパンをひとつ……。


「そろそろ続きをいいだろうか」


 残念、オルフェスさんが話し出す。

 手を伸ばしかけていた私を目ざとく見たオルフェスさんが、付け加えて。


「食べながらで、構わない」


 そう言ってパンをちぎって口に運ぶオルフェスさん。

 それを見て安心したので、私も再びカゴに手を伸ばす。


「まずは状況の整理じゃの」

「失礼します」


 と、リエラが言ったところで、リオンさんもやってきた。

 空けていたオルフェスさんの隣に座り、リオンさんも水を飲んでパンをひとつ。

 それを見たオルフェスさんが咳払いして話を始める。


「じゃあ始めるぞ。我々は魔族出現の報を受けてフルーフェル領に出動。発生地とされていた領都付近の村に到達すると、リエラたちに遭遇。この前日に魔族はリエラたちが討伐済み。間違いないな?」

「うむ。五体の魔族をわしらは倒した。うち一体は名付きじゃったの」

「名前覚えてる?」

「んー……知らんの」


 私もちょっと考える……。なんだっけ……。


「ルドルフよ。リエラちゃん、蒼ちゃん。ただ、雫は会っていないから確認していないんだけど」


 お姉ちゃんが教えてくれたので、話の腰を更に折らないように頷き返すに留める。


「その後、フルーフェル領に向かったが外壁で魔物に遭遇。我々が討伐の指揮を行っていたところで……」

「村から追ってきたアオイっちたちのところに魔族が現れたんだよね」

「そうね。ヘルベルとヘルタという魔族ね」

「シズク嬢とアオイ嬢が戦うも逃げられる。その時は全力の攻撃をしたが倒しきれなかった。そうだな?」

「そうよぅ」

「はい。まさか逃げられるとは……」


 いやほんとに、超級魔術なんて知ってる人も少ないってのに、よく耐えたし、抜け出せたよね。

 しかし、取り逃したのは事実。私はオルフェスさんに謝罪しようと立ち上がるが、それを制してオルフェスさんが口を開く。


「いや、責めている訳ではない。それで、我々はフルーフェル伯爵に報告、リエラたちは冒険者ギルドへ行った後合流」

「うむ、しかしなぜわしらがいる事がバレたんじゃ?」

「それはねー。オルフェスがうっかり冒険者の協力って言っちゃったんだよね」

「……オルフェス。貸し二つじゃ」

「……分かった」


 オルフェスさんてうっかり屋さんなのかな?

 そしてオルフェスさんがコップの水を一口飲んで、ゆっくりと告げる。


「その後、領主と話しているところにヘルベルとヘルタの主と名乗るアザリアという魔族が現れる」

「うむ。あやつは強い」

「うん。私たち、動けなかった」

「立ってただけで上等だと思うが」

「あたしたちだけだったら死んでたよね」


 私は、さっき立ち会っていた時に疑問に思った事をぶつけてみる。


「魔力波に威圧、聴覚妨害に恐怖。何かやったんだと思うんだけど、魔術陣が見えなかったんだよね。魔法って可能性ないかな?」

「確かに、魔術陣の光が見えなかったわねぇ」

「ふむぅ。わしが思いつくのは二種類。幻属性魔術か、魔法かじゃ」


 幻属性? 幻を見せるって事? 私とお姉ちゃんが疑問符を浮かべていると、リエラが更に続ける。


「ただ、おそらく魔法じゃな。魔族は人ではない。上位ともなれば精霊に近くなるじゃろ」

「精霊なら操るのは魔法だからね」


 レーネさんも会話に参加して、私たちは魔術談義を始める。

 キリのいいところで、リエラが話題を変える。


「ところでそやつが、レントに協力していると言っておったの」


 それに反応したのはオルフェスさんだ。


「レント? レントというと、ウェリス伯爵の長男か? リエラの後釜で、第一魔術師団副団長の」

「そうじゃ」

「今謹慎になっていると聞いているが……」

「うむ。で、そのレントも魔族になっている、と」

「リエラちゃん、どうやったら人が魔族になるの?」

「わからんの」


 人が魔族になる方法。それも気になるけど、私はもう一つ疑問に思っている事がある。


「あの……」

「どしたの? 蒼ちゃん」

「アザリアはレントに協力して『国取りをする』と言っていました」

「何だと!」


 オルフェスさんが立ち上がって叫ぶ。


「国取りとなると、王に報告せねば」

「オルフェスさん、敵の戦力も重要よ。人間対魔族になるわ。雫は『女狐』とアザリアが言っていたのが気になるわぁ」

「そうだねお姉ちゃん。言い方からして、同レベルの女性魔族がいる可能性がありますよね」

「そうじゃのう」


 ヘルベルとヘルタだけでも倒す事が出来るか分からないって言うのに、更に強力な魔族が二人。もっといるかもしれない事を考えると、途方に暮れてしまう。


「あの、リエラお嬢様」


 私たちがうーんと唸っていると、マリーさんがリエラに話しかける。


「なんじゃマリー」

「レント様に、一体何をしたのですか?」

「なんじゃ唐突に」

「いえ、リエラお嬢様がどんな事をしたら、国取りを考えたり魔族に魂を売る程の恨みを持つのか、気になったのです」

「うむぅ……わしはそこまで恨みを買われる事をしたのかのぅ」


 リエラが全く身に覚えが無いと言ったふうに両手を上げる。


「え? リエラ記憶にないの?」

「リエラっち、こわー」

「そうじゃないのじゃ! 本当にわしは何もしていないのじゃ」

「まぁ今回の件は王に報告する。魔族が迫ってくるとなると、我々だけでは対処出来ない。それから、ウェリス家は別途探って貰うつもりだ」

「頼むのじゃ」


 と言ったところで今日は解散。オルフェスさんたちは野営地へと帰っていった。

 ちなみに支払いはオルフェスさんが行ってくれた。

 私たちも野営地から少し離れた開けた場所へ行き、お風呂ハウスで休む。


「疲れたぁ〜」

「そうねぇ」

「ゆっくり休むといいの」


 お風呂は『バスタイム』だけで済ませて、さっさとベッドに入る。魔力も回復しないとだしね。それじゃ。


「「「おやすみなさい」」」


    ◇


 夜がますますと深くなった時間、ある屋敷の廊下で、先程帰還したばかりのアザリアがレントとすれ違う。


「お、レント。さっきお前の宿敵に会ってきたぜ」

「なんですって? 本当ですかアザリア様」

「あぁ、見た感じ今のお前なら倒せると思うが、三人いたのは厄介そうだったな」

「三人……? そうか、義妹とかいう奴らでしょう。次こそ必ずまとめて……」


 レントの目の色がわずかに暴走した魔力で変わる。まだ、制御が甘いのかもしれない。

 しかしアザリアはその魔力の揺らぎに好奇心を持って、レントに話しかける。


「いいねぇ、お前のその感情、女狐も言っていたがとてもいい。精進しろよ」

「承知しました」


「……そして、お前も供物になるといい」


「何か言いました?」

「いや?」

「では失礼します」

「あぁ」


 無音となった廊下の夜は、月の光も飲み込んで更に深くなるのだった。


こんばんは。

最後まで悩んだんですが、このタイミングで出すことにしました。


楽しんでいただけたら幸いです

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