86. フルーフェルギルドに報告しよう
「終わった、のか……?」
ヘルベルとヘルタという魔族が去り、同時に魔物も消えて静寂を取り戻したフルーフェル領の外壁前で、オルフェスさんが呟く。
「逃げられたわねぇ」
「うん……」
「もっと強くならないとね」
「これ以上? ってまた言われちゃうよ」
「ふふ、そうね。今は無事を喜びましょう」
お姉ちゃんと話していると、オルフェスさんとレーネさんがこっちにやってきて、話かけてくる。
「二人とも、怪我はない?」
「大丈夫です」
「平気よぅ。レーネちゃんは大丈夫?」
「あたしは平気。騎士に軽傷が何人かいるくらいだね」
「シズク嬢、アオイ嬢。魔族は結局どうなった?」
そう尋ねてくるのはオルフェスさんだ。私とお姉ちゃんは見た限り、空間属性魔術で退散したのでは、という推測を伝える。
「なるほどな……」
「空間属性かぁ……、流石に液体に魔術を封じておくとなると、近距離移動系だと思うけど」
「雫たちはワープって呼んでるけど、おそらくそこが限界ね。あの液体からはそれ以上の魔力を感じなかったもの」
「ただあれは標を用意してないといけないから、本拠地に準備してたのかな?」
なんて話を、私とお姉ちゃんがオルフェスさんとレーネさんにしていると……。
「無事じゃったかの」
マリーさんとリリムちゃんを連れたリエラが戻ってきた。見たところ大きな怪我はないみたい。よかった。
「なんとかね。リエラたちも無事?」
「前衛をしていたマリーとリリムが軽傷じゃ。シズク、ヒールを頼む」
「あ、お姉ちゃんは今……」
魔力切れ……と私が言う前に、ストレージから取り出した魔力ポーションをあおるお姉ちゃん。
「ちょっと待ってね。すぐに回復するから」
「む、シズクおぬし魔力切れか? こっちは魔族が二体だけで簡単だったはずじゃが、そんなに厳しかったのかの?」
さすがリエラ。魔族二体を簡単だとは、普通ならなかなか言えないよね。
「もぅリエラちゃん、厳しいなんてものじゃないわよぅ」
マリーさんとリリムちゃんに同時にヒールをかけながら、お姉ちゃんが答える。
それを引き継いで私は、リエラにこっちの状況を説明する。
「ふむ。シズクの超級魔術を喰らっても平然としている魔族じゃと……」
「私の拘束系複合魔術も解かれた……」
「なんじゃと。いや待つんじゃ、なぜその魔族がいない?」
「うん。で、最後に空間属性魔術を封じた液体を使って逃げてった」
「テレポートかの?」
「私とお姉ちゃんは多分ワープだと思ってる」
「むぅ……」
リエラが考え込んでしまった。どうしたものかなと思っていると、オルフェスさんが話しかけてきた。
「とりあえず危機は去った。王都には報告を届けさせる。先行してフルーフェル領主へと、冒険者ギルド経由で一次報告を行おうと思う。そなたらはどうする?」
「私たちも冒険者ギルドに行きます。一応依頼なので報告をしないと」
「では部下に案内させよう」
「ありがとうございます」
こうして、私たちは冒険者ギルドに報告に行く事となった。
◇
案内してくれた騎士の人とともに、冒険者ギルドに入る。
今回も疲れているのか、お姉ちゃんがおとなしい! ずっとこのままで!
止める体力は、今の私にはないから助かった。
冒険者ギルドの中は扉からカウンターまで赤絨毯が敷いてあり、壁際には調度品が飾ってある豪華な内装だった。まるで領主のお屋敷みたいだね。
私たちは三人の騎士さんと一緒にカウンターに行く。
騎士さんが入る前から不安だったのだろう緊張した面持ちで、鶸茶色をしたショートカットで前髪の長い女性が対応してくれる。
「騎士様、魔物はどうなりましたか?」
「すべていなくなりました。今は念のため領都の外壁を辿って索敵している途中ですが、おそらくもう危機は去ったかと」
「そうですか……よかった。ギルマスの部屋にお通ししますので、報告をお願い出来ますか?」
「もちろんです。それと通信するための魔術具をお借りしたい。王都へ先に報告したいので」
「かしこまりました」
騎士さんと受付嬢さんの会話に続けて、お姉ちゃんが話し出す。
「その後にリインフォース領のギルドに報告したいから、終わったら魔術具を貸してもらえるかしら?」
「えっと、こちらは……」
騎士甲冑でもローブでもない冒険者様の私たちを見て、少し訝しげに騎士さんに尋ねる受付嬢さん。
「彼女たちは、今回協力してくれた冒険者殿だ」
「かしこまりました。受付のアニーと申します。私が部屋までご案内致します」
騎士さんの一人が、王都のギルドと通信すると言う事で残って、残り二人が私たちと一緒にギルマスの部屋へいく。
二階へ上がって、アニーさんに案内された部屋に入ると、格式高い感じのまるで王宮にいる様な内装だった。
通路といいロビーといい、高級感あふれるけど……でも。言語化しようか迷っていると、お姉ちゃんが耳打ちしてきた。
「ちょっと趣味が悪いわねぇ」
そうなのだ。格式高そうに高級感を出しているんだけど、なんかちょっと悪趣味なのだ。調度品と部屋の色が合ってない。
「はは、おっしゃるとおりです。実は領主の趣味でして、変える事が難しいのです。大きな声では言えませんけどね」
と、賛同する声が備え付けられたテーブルの反対側からした。
「ギルマス! 相変わらず失礼ですよ」
「しかしこの部屋にずっといると、気分が滅入る私の気持ちも理解してほしいですね」
アニーさんにギルマスと呼ばれた紫色の髪をした優男風の男性が、苦笑しながら私たちを見る。
「失礼しました。そしてようこそいらっしゃいました。騎士様、冒険者殿。フルーフェル領のギルドマスターを拝命しているドミニクと申します。今の発言はどうぞご内密に。さて、早速ですが魔族討伐の状況を伺ってもよろしいですか?」
「あぁ、説明しよう」
二人の騎士さんが順にギルマスに説明する。丁度私たちと戦った人と、リエラの方にいた人だったそうで、全体をきちんと伝えている。時々、リエラや私たちが補足するくらいだ。
「最後に、魔族が二体現れました。名付きです」
「名付きの魔族ですって……?!」
「はい。強さの程は、戦ったこちらの冒険者殿が詳しいでしょう。説明をお願いしても?」
「えぇ」
お姉ちゃんが説明を引き継いで、ギルマスに説明するのだった。
◇
「超級魔術……そんなものが、あなた方は一体……」
「あ、自己紹介をしてなかったわねぇ。シズク・リインフォースよぅ。こっちは妹の蒼ちゃん。それから……」
お姉ちゃんが代表して私たちを紹介する。
すると、扉の前で控えていたアニーさんが急に叫び出した。
「えっ! 双麗の魔術師様に、あの生活魔術の祖リエラ様ですか!?!?」
手に持っていたトレーを落とすのも構わず、お姉ちゃんの手を握って更に叫び続ける。
「私、大ファンなんです! あぁ、お会い出来て光栄です。今度お話をお聞かせくださいませんか?」
ギルマスが盛大にため息を吐きながら片手を顔にやって天井を仰ぎ見る。そして一言。
「アニー……下がりなさい」
「ぁ……失礼、しました……」
ギルマスに注意されて、しゅんとしながら再び扉のそばに下がるアニーさん。
咳払いして「失礼しました」と言うギルマスに続いて私たちは説明を再開する。
「と言う訳で、雫の撃った超級魔術でも倒せなかったのよぅ」
「それでその後は……」
「逃げたわ。おそらく空間属性魔術ね」
「空間属性……?」
空間属性は広まってないし、疑問に思うのも当然だね。私がお姉ちゃんの説明を補足する。
「空間属性魔術で、特定の場所に一瞬で移動する事が出来るんです。制限はありますが」
「なるほど……すぐに逃げたと言う事は、被害の方は……?」
これは騎士団の人が説明を代わってくれた。物の被害から人の被害まで把握しているようで、事細かに説明してくれる。
しかし話の途中、扉をノックする音がした。誰だろう。
ギルマスの許可を待たず、一礼をして女性が入ってきた。しかしギルマスが優しい口調でたしなめる。
「今、大事な話をしています。下がりなさい」
「申し訳ありません。フルーフェル領主からの要請です」
「領主から……? なんですか?」
「こちらにいらっしゃるリエラ様、シズク様、アオイ様に、領主様がお礼を申したいとの……」
「断る」
「リエラ?」
「リエラちゃん?」
食い気味に拒否したのはリエラだ。何か問題でもあるのだろうか。
「リエラちゃん、どうして?」
「うむ。フルーフェル領主はの、貴族派じゃ。おまけにわしを糾弾したうちの一人での、それがお礼をしたいと言うのなら……大方当時の事を謝ったふりをしてリインフォースの特産品でも手に入れて、一儲けを狙っておるんじゃろ」
「でも行かないとまずいんじゃない?」
フルーフェル家は確か伯爵だったっけ。うちは伯爵に陞爵が内定しているけど、まだ子爵だ。上位貴族の呼び出し、拒否出来る理由が見つからないね……でも貴族派かぁ……。
すると、リエラが決断したようだね。
「まぁ、さっさと行ってさっさと帰るかの。残りの説明を任せてよいかの?」
「かしこまりました」
騎士さんたちが残りの説明を引き受けてくれて、私たち五人は冒険者ギルドを後にする。
後ろでアニーさんが泣いていたけど、今度またきっと寄りますからね。
こうして私たちは、フルーフェル領主邸へと向かう事になったのだった。
こんばんは、ひなせです。
次の話と続けて書いていて、長くなったので区切る場所を探したのですが、
今回が短くなってしまいました。
(その分次回が長めになります)
今回も楽しんでいただけたら幸いです。




