85. フルーフェル領防衛戦
私たちを乗せたロッソの馬車は、第二騎士団と第三魔術師団と並走している。
先刻出た村から領都までは馬車で二時間程の道のりとの事で、お姉ちゃんとリエラが周囲を魔力感知で最警戒しながら私たちは進んでいる。
私も周囲を見ながら御者をしていると、レーネさんが馬に乗ったままこっちに近づいてきて、御者台にいる私に話しかけてきた。
「アオイっち、馬操るの上手いねぇ。なかなかこの速度は馬車では出ないよ」
「ありがとうございます」
「ところでお兄がこないだ話してたんだけどさーー」
なんて雑談していると、馬車内にいるリエラが大声をあげて割り込んできた。
「アオイ! 止まるのじゃ! レーネ、全軍止めてオルフェスをここへ。急ぐのじゃ!」
「分かった」
「はいはーい」
レーネさんののほほんとした雰囲気とは対照的に、リエラの声からは何やら緊張した気配を感じたけど、もしかして一難去ってまた一難?
◇
レーネさんに呼ばれて来たオルフェスさんと副長二人を含め、私たちは九人で話をする。
「それで、何事だリエラ」
「うむ。魔力感知しておったのじゃが。領都の……多分南門じゃな。そこに魔物の群れじゃ、数は尋常じゃないの」
「雫も捕捉したわ。百じゃきかないわねぇ」
「シズクも検知したなら間違いないの」
「百以上だと……。リオン、すぐに先駆けを」
「承知しました、二個小隊を先行させます」
「領都の防衛を最優先だ。それからレーネ」
「はいはい。分かってるよ。テオ、その二個小隊にそれぞれに五名ずつ馬の扱いが上手いの混ぜちゃって」
「かしこまりました」
すぐに混成部隊を組むあたり、王国軍は割と柔軟なんだなぁ。なんて思っているところではないよね。
「リエラ、私たちもすぐに行こう」
「うむ」
「お前たちは馬車だろう。後から追いかけてこい」
「でも……」
私たちの方が早いですよ。と伝える間もなく、オルフェスさんとレーネさんは馬に乗ってすでに動き出していた騎士団と魔術師団の面々とともに行ってしまった。
……。仕方ない。追うかな……。
◇
ロッソに『エアイクストルード』をかけ、王国軍の後ろを追う。
騎士団も魔術師団も馬の扱いに慣れているのか、なかなか速い。
だけど私にだって御者魂があるからね! 後ろを追って南門に到着してみると、すでに先行した部隊と冒険者たちが魔物の群れを領都の外壁に近づけないようにしていた。数を減らせてはいないものの、牽制して外壁には寄せてないようだね。
しかし魔物が現れてからずっと対応していたのか、冒険者たちからはかなりの疲労が伺える。
私たちも合流して討伐を、と思ったらリエラが飛び出した。
「まずは露払いじゃ」
そう言ってリエラが詠唱を始める。緑青の魔術陣が見え、風属性と水属性を混ぜているのが分かる。魔術語は……『風刃 水刃』。
まぁ……リエラだからコントロールは間違えないと思うけど……。結構危ないんだよね、この魔術。
なんて思っていたら、リエラが魔術を発動する。
『インビジブルブレイド』
発動した瞬間、リエラの付近から徐々に魔物が真っ二つになっていく。
現れたのは極薄の円月輪の形をした水と風の刃だ。水の刃の視認性が、よく見たら見える程度にして微妙に意識させる事で、空気だから見えない風の刃から意識を逸らさせるって寸法。
リエラは更に、綺麗に首が切れている魔物や、胴体から若干湿った真っ赤な肉が現れている魔物までをどんどん量産していく。
およそ二十メートル前方に死体の山を築いたところで、ふぅ、と一息。
「シズク、浄化を頼む。わしはこのまま魔物を蹴散らしてくる」
「分かったわ。リエラちゃん、気をつけてね」
リエラが城壁に向かった後、お姉ちゃんが早速浄化を始める。手持ち無沙汰だったので、私も魔物狩りに加勢するかと思って声をかけようとしたら、逆に声をかけられた。
「蒼ちゃん、魔族。二体よ」
「っ……」
私も魔力感知をして、確かに二体、魔族がいるのを確認。その魔力の方へ顔を向けると、ゆったりと歩いてくる二人組を見つけた。
おそらく男女のペア。スーツを着て……え、スーツ?
「お姉ちゃん……」
「サラリーマンみたいねぇ……」
そうなんだけど! 何でこの異世界に、私たちの世界の企業戦士が……。
やがて彼らの声が私たちに届く距離になると、スーツを着たその二人組は私たちに話しかけてきた。
「ここが魔力の一番大きかった場所ですか」
「そうです! 先輩!」
「じゃ、倒しますか。あのお方の命令じゃ仕方ないですしね」
「本気出してくださいよー。先輩、こないだも怒られてたじゃないですか」
「それは……いけるかなって思っちゃいましたからねぇ。決して面倒だった訳ではないです」
「面倒だったんですね……」
なんか、呑気……?
それを隙と捉えたのか、私たちの近くにいた二人の騎士が突撃し、同時に三名の魔術師が火属性魔術を朱色のスーツを着た女性の魔族に打ち込む。
そのまま斬ると思ったけど、ガキィンと鈍い音がして、騎士二人の一撃が女性の魔族の指から伸びた爪で止められたのが分かった。小柄なのに、女性の魔族が弾き飛ばされると言う事もない。しかし防ぐ術がなかったのかファイアボールはそのまま喰らったようだね。
三人分のファイアボールだ。大きな炎に包まれながら、女性の魔族にもダメージがあるはず。
しかし女性の魔族は炎に包まれたまま、受け止めていた騎士二人の剣を爪で弾き飛ばして、そのまま腕を上から下へ大きく振って、炎を消す。
一切ダメージを受けた様子がない。
そして後ろで見ていたサラリーマン風の魔族が、声を出す。
「まさかダメージ喰らってませんよね? ヘルタ」
「嬉しい! 心配してくれてるんですか? ヘルベル先輩」
やばい、名付きだ! しかも昨日の四人と比べるまでもなく……。
「強いわねぇ」
「お姉ちゃんもそう思う?」
「もう魔力の密度が違うものね」
私はお姉ちゃんに向かって頷いて、気を引き締めるのだった。
◇
先程の騎士さんと魔術師さんたちが引き続き魔族二人と戦っている間に、後方で控えていた騎士さんに、急いでオルフェスさんとレーネさんに伝えるように頼む。
私が焦っているのを汲んでくれて、急いで呼びに行ってくれた。
そして、数分も立たずに二人がやってきたので私とお姉ちゃんは説明する。
「名付きが二人です」
「かなり強いわねぇ」
「さっきも部下に聞いたが、ここにいる人員だけで対応しなければならない」
「んー、アオイっちの攻撃魔術ならどう?」
「ダメージは与えられると思いますが、倒せるかは……」
そこで魔族が話しかけてきた。
「作戦会議ですか? ニンゲンはよくやりますよね。いくらでも待って差し上げますよ。ただし……」
「ヘルベル先輩、アレ、やっちゃうんですか?」
「退屈しのぎには丁度いいでしょう?」
「はい! 私がやります!」
「いいでしょう。頼みますよ、ヘルタ」
ヘルタと呼ばれた女の魔族が一歩前に出て、フィンガースナップをする。
すると、その瞬間無数の黒色の魔術陣が現れて、その陣からどんどんと魔物が飛び出してくる。
「この仔達の行動は分かりません」
魔物の召喚魔術? しかもあれ、汚染されてる。
そんな現れた魔物たちは、一斉に壁に向かって駆け出す。
「残念、壁に向かいましたか」
「リエラちゃんが心配だわ。マリーちゃん、リリムちゃん、リエラちゃんの支援に行ってちょうだい」
「かしこまりました」
「分かりました!」
お姉ちゃんの指示で、マリーさんとリリムちゃんが魔物の後を追って、リエラがいる方へ走り出した。
それを見たヘルベルと呼ばれたサラリーマン風の魔族が、ダークニードルをマリーさんに飛ばす。
疾い。
だけどお姉ちゃんが対処したのか、マリーさんの背中でアイギスが光り、ダークニードルを防ぐ。
「おや、ニンゲンがこれを防げるんですねぇ。ヘルタ、この二人ですか?」
「さっきは三人だったはずですが……」
「では一人は壁の方で魔物討伐でしょう。まずはお二人。私はあなた方に興味が出ました」
◇
興味が出たと言われても……。私たちは、魔族と睨み合いを続けている。
睨み合い続けながら、私たちは作戦会議を引き続き行う。
「オルフェスさん。私とお姉ちゃんだけではおそらく無理です」
「それは、倒せないという事か?」
「私とお姉ちゃんの全力の一撃なら……だけど……」
「雫たち二人では、それを準備する時間がおそらく取れないわね」
「なるほどね。オルフェスの部隊で気を引きつつ、あたしの部隊で更に足止めも必要だね」
「勝算はあるか?」
オルフェスさんが私とお姉ちゃんの目を交互に見てくる。目も梔子色でイケメンだなこの人。
間近でついトゥンクしてしまったけど、私はお姉ちゃんを見て、お姉ちゃんは私を見て頷いてからオルフェスさんに答える。
「問題ないわ」
「問題ありません」
私たちが再びヘルベルとヘルタの二人組を見る。
「逃げる算段は終わりましたか?」
「逃げません。戦います」
「ふっ。ではあの方の供物にして差し上げます」
「先輩、また粉々にしたらダメですからね」
「あれはあなたでしょう、ヘルタ」
魔族に言うのもあれだけど、この二人仲良いな。ずっと話してそう。
しかしその続きを遮って、オルフェスさんとレーネさんの声がする。
「皆! 伝えた通りだ。突撃!」
「こっちもしっかり援護するよ! 詠唱開始!」
オルフェスさんの号令で三、四人でグループ分けされた騎士さんが突っ込む。
しかし剣戟は防がれて、あるいはすぐに弾かれる。
そしたら後退。
その隙間にレーネさんの指示で、魔術師さんたちが魔術弾を打ち込む。
だけどそれも、指から伸びた長い爪で払われる。
そこへ再び別グループの騎士さんたちが突っ込む。
これの繰り返し。
私とお姉ちゃんはこの間に魔術の準備をする。
私はとにかく多重詠唱を限界まで圧縮して、十重二十重と言葉を紡ぐ。絶対に逃さないように、破られないように……。『液体 凝結 鉱物 高圧 鳥籠 封印 』。
私の杖にあるアクアマリンとシトリンが輝き出し、魔力を増幅する。
お姉ちゃんも詠唱を開始したみたい。端目に魔術語を読み取る。
『神聖 神秘 浄化 純化 浄罪 圧縮 爆発』。
私は複合魔術で六語。お姉ちゃんは七語の魔術か……。だいぶきついな。でも、ここで倒さないとまずいと直感が告げる。
そして杖頭の魔石が輝き出し、杖が私の詠唱が成功した事を告げる。
お姉ちゃんの方を見ると、私と目が合って、頷き返してくれた。お姉ちゃんも成功したみたいだね。
結局私たちには魔術を撃つしか出来ないから、後は全力で撃つだけだ。
「オルフェスさん! レーネさん!」
すぐに意図を汲み取ってくれた二人が、それぞれ指示を出す。
「散会!」
「詠唱停止」
私が詠唱しようとしたその瞬間、しかしヘルベルは笑みを浮かべて語り出す。
「お待ちしてました。ニンゲンがどこまで出来るか見せて貰いましょう」
「なっ」
その瞬間、圧倒的な魔力と瘴気が私たちを襲う。やばい、やばい……これは……。
「蒼ちゃん! 撃って!」
私はその声で気を持ち直して、詠唱する。
『ダブルジェイル』
その瞬間、ヘルベルとヘルタを含めて半径二メートルを氷と炭素複合金属で鳥籠のように閉じ込め、更に氷柱で二人の四肢を拘束する。
「お姉ちゃん!」
「蒼ちゃん、任せて!」
お姉ちゃんが魔術を発動すると、私が作ったダブルジェイルの上に光の輪が何重にも重なって現れる。
『セイクリッドレイ』
僅かに金色の輝きを纏った純白の光の柱が、ヘルベルとヘルタを、私の牢獄ごと飲み込む。
お姉ちゃんが現段階で使える最強の聖属性魔術だ。多分、人類じゃお姉ちゃんしか撃てない。
だけど、この不安はなんだろう……。
その不安を確定させたのは、次に聞こえた声だった。
「素晴らしい、しかしいけませんね」
「あー。服がボロボロ、せっかくあの方にいただいたのに」
「まったくその通り。気に入っていたのですが……」
魔族二人は、私の作った鳥籠の上に座って、呑気に話している。
「効いてない……?」
「いえ、流石にそれは……」
お姉ちゃんが彼らを睨みつけると、ヘルベルが答えを教えてくれた。
「消耗していますよ。ニンゲン。ですので、今日は帰る事にします」
「私としては先輩ともっとデートしたかったですけどねぇ」
「それは次の機会という事で」
「まぁ、仕方ないですね」
鳥籠から地面に降りたヘルタが、懐から何か小瓶を取り出して、同じく降りたヘルベルとともに自身の周りに小瓶から液体を垂らす。
液体が円を作った瞬間、それが空色に光り、魔力が広がるのが分かった。え? 空間属性魔術?
「待ちなさい!」
お姉ちゃんがホーリーレイを放ちつつ叫ぶも虚しく、二人に当たる事なくそれは虚空へと消えていった。
「逃げられたわねぇ」
「お姉ちゃん、でも、これ以上の戦闘にならなくてよかったかもよ」
辺りを見回すと、疲労困憊になっていたり、軽傷を負っている騎士や魔術師たち。
時間を稼ぐ前提の守りの姿勢でこれだ。戦闘を行うとなると、もっと激しい事になる。そして何より……。
「あの魔族、全然本気じゃなかったわねぇ」
「うん。今の私たちじゃ倒せるか分からないよ」
「そうねぇ……」
◇
邸宅に帰ってきたヘルベルが、ヘルタに告げる。
「もういいですよ」
そう声をかけられた瞬間、ヘルタがへたり込む。
「もう動けませんー。なんなんですかあの魔術。あんなの反則ですよ。見ました先輩? 何書いてるか分かんなかったんですけど……」
「えぇ。ニンゲンがここまでやるとは思っていませんでした」
「先輩は平気なんですか?」
「あなたより強いですの、ぐっ」
ヘルタがヘルベルの膝を叩き続けると、ヘルベルもしゃがみ込んでしまった。
「先輩もダメじゃないですか」
「お前、後で覚えてろよ」
「素の先輩も好きですよ。でも何で、本気出さなかったんですか?」
「ヘルタ、あなたが本当にやられる危険があったのと、あそこで本気を出すとこの後の計画に支障が出るからです」
「なるほど?」
「分かってませんね……とにかく、あのお方に報告しますよ」
「せめて回復するまで待ってくださいー」
すぐに立ち上がると、ヘルベルとヘルタは廊下を再び歩き出した。
こんばんは。
今年も双子旅をよろしくお願いいたします。
元日にも書きましたが、なるべくペースが上がるといいな・・・。
楽しんでいただければ幸いです。




