84. 騎士との合流
魔族たちとの戦闘から一夜明けて、もそもそと私たちはそれぞれお風呂ハウスから這い出てくる。
まぁ実際は、マリーさんとリリムちゃんはすでに起きているらしく、玄関扉を開けたら二人で話しながら料理をしている音が聞こえてきた。
多分私は三番目。なぜなら隣のベッドにお姉ちゃん、ソファにリエラがいたからね。
あの二人も疲れているだろうし、朝弱いから寝かせておくかな。
私はかまどで料理をしているマリーさんたちに近づいて声をかける。
「おはよう。マリーさん。リリムちゃん」
「あ、おはようございます!」
「おはようございます。アオイお嬢様」
二人が手を止めて、私を向いて挨拶してくれる。
「二人とも休んでいていいのに」
「これが私たちの大切な仕事ですから」
「そう? ありがとう。私も手伝う事あるかな?」
という訳で料理は二人に任せて、手が回っていなかったロッソの世話をする。
『おはようロッソ。体調が悪いとかはない?』
『快適よ。さっき野菜も貰ったしね』
ロッソの体を『バスタイム』で綺麗にしてあげて、ブラッシングは手でやる。
嫌がっていないかを確認しながら、ロッソと雑談しつつ梳いてやる。
一通り終わったところで、リリムちゃんが朝ご飯が出来たと呼びにきた。
「アオイお嬢様。朝ご飯が出来ましたよ」
「うん。今行くね。ロッソ、後でね」
軽い嘶きを聞きながら、私はハウス前に用意したテーブルに着席する。
冷めちゃうのも申し訳ないし、ひと足先に三人で食べようかなって思ったら、お姉ちゃんとリエラもお風呂ハウスから出てきた。
「蒼ちゃん、お腹すいたぁ」
「マリー、ご飯じゃ」
なんて言いながら、二人とものそのそと椅子に座る。お姉ちゃんは私の左隣、リエラは私の正面だ。
保温していた料理をよそって準備するマリーさん。リリムちゃんは二人に紅茶を淹れている。
こうして五人分の食事と紅茶が揃う。
そして、マリーさんとリリムちゃんがやや緊張して席に座る。私の右隣にリリムちゃん。その向かい、つまりリエラの左にマリーさんだ。
冒険者として活動している時は、貴族のお世話はしないのがルール。
マナーより時間の方が大事だからね。
全員着席したのを確認して、手を合わせて。
「「「「「いただきます」」」」」
日本式がすっかり定着してしまったけど、楽しいからこのままにしておく。
さて朝食。野菜多めの具沢山のスープにハムエッグ、バターをたっぷりと塗ったバケットだ。
野菜は多めなだけで勿論お肉も入っているので、今日は何のお肉かな、というのが私のいつもの楽しみなのである。
「お、ビーターディアだね」
「はい。燻製の出来がよかったので、いかがですか?」
「すごいおいしいわ、ありがとうね」
なんて私たちは舌鼓を打ちながら次はハムエッグ。た、卵が……違う。
私の様子に気づいたのか、マリーさんが答えてくれる。
「ニンブルチキンの卵ですよ。小型種の卵があったので、ビルに貰ってきました」
「おいしい! 何このコク。黄身の味がしっとりしてて、黄身を固めないように煮詰めたみたい。私は今、黄身の海にいる……」
「溺れとるのう」
リエラの突っ込みをかわしながら、和気藹々と私たちは朝食を食べ終えたのでした。ごちそうさまでした。
紅茶を飲みながらさてこの後の話を、と思っていたらお姉ちゃんがカップを置いて真剣な面持ちで話始める。
「誰か来るわ。集団ね」
するとリエラが続ける。
「この魔力は王国軍じゃろ。こっちに向かっておるし仕方ない、出迎えるかの」
この状態で平然と紅茶を飲み続けられるのはお姉ちゃんとリエラだけで、私たちはと言うと立ち上がってソワソワしていた。
十分くらいしただろうか、いよいよ馬の足音が立てる轟音が大きくなって、やがて私たちの前に馬に乗った一団がやってきた。
前の方は綺麗な白銀の鎧をつけ、ロングソードを装備した一団。その後ろに真っ赤なゆったりとしたローブを着て、杖を背中に背負った一団。確かに、軍っぽい。
その先頭にいる鎧の人たちが、私たちに近づくにつれてだんだんと抜刀していく。なんか、様子が、おかしいぞ?
そしていよいよ私たちと十メートルくらいで対峙した時、先頭の人が声を上げる。
「覚悟せよ。魔族!」
「は?」
開口一番、私たちを魔族と呼んだのは先頭馬を走らせていた銀の長髪で細身の男性。その人に続き、後続もどんどん構え出す。
そして後ろの方でも、同じように杖を構える一団がいた。魔術師団かな。もしかしなくても、私たち魔族と間違えられてる?
すると、カップを置いて席を立ったリエラがゆっくりと前に出て、先頭にいる銀の長髪の男性に話しかける。
「何じゃオルフェス。騒がしいの。そそっかしいのは相変わらずかの」
「む。そなた、リエラか」
「そうじゃ。久しぶりじゃの。ところでわしらは魔族ではない。剣を納めてくれんか?」
「あれー? リエラっちじゃーん」
リエラがオルフェスと呼んだ男性の後ろからやってきたのは、馬に横乗りした赤毛で三つ編み眼鏡の女性。リエラに親しげに話しているけど、知り合いかな?
「レーネか。久しぶりじゃの。元気だったか?」
「元気元気、そろそろお兄も倒せるよ」
「なら重畳」
知り合いみたい。だけどリエラと、レーネと呼ばれた女性のやりとりを聞きながら、オルフェスと呼ばれた男性がため息を吐く。
「レーネ。今私とリエラが話している」
「えー、いいじゃん。で、リエラっちは何してんの?」
「冒険者ギルド経由で魔族の情報を貰っての、義妹たちと討伐しにきたんじゃよ」
「ふむ。我々は領主経由だ」
それから、オルフェスと呼ばれた男性は後ろを向いて叫ぶ。
「武器を納めよ! この者は魔族ではない!」
その声で一斉に剣や杖をしまう一団。
そして、それを見たオルフェスさんは再びリエラに話かける。
「それで、そなたらは魔族と戦いに向かうところか? 場所は?」
「それじゃがな」
「もう倒しちゃったわよぅ」
「ちょ、ちょっとお姉ちゃん……」
お姉ちゃんが急に割り込むので、私は慌てて袖を引いて黙らせる。
しかし聞こえてしまったのか、オルフェスと呼ばれた男性の顔があっけに取られている。
「は?」
「おー。さすがリエラっちだねー。それで、そっちは……」
レーネと呼ばれた女性が、お姉ちゃんと私の方に顔を向ける。
お姉ちゃんはティーカップをテーブルに置いてから立ち上がり、カーテシーをする。
そして一言。
「リエラの義妹のシズクです」
すると、レーネさんは気さくに返してくる。
「初めまして。お兄から聞いてるよ。じゃあそっちがアオイちゃんだね」
「はい。アオイと申します」
私もお姉ちゃんの隣でカーテシーをして挨拶する。
「あたしは……」
「待てレーネ。情報収集が先だ」
「オルフェスー。仮にも侯爵家の人間なら挨拶が先でしょ」
「レーネ、そなたはいつも……」
と、オルフェスさんとレーネさんが言い争いを始めてしまうのだった……。
◇
とりあえず自己紹介をして一旦情報交換をしましょうと、副長っぽい人が団長二人を落ち着かせてくれて、私たちは再びテーブルにつく。
座っているのは並んで私、リエラ、お姉ちゃん。その向かいに、オルフェスさんとレーネさん。
マリーさんとリリムちゃんが、人数分の紅茶を再度淹れてくれて、私たちの背後につく。オルフェスさんたちの背後には、先程まとめてくれた緑の短髪をした副長の人と、もう一人、レーネさんくらいのボブカットの小柄な少年。
まずオルフェスさんが私たちに向かって頭を下げる。
「戦場ゆえ、御無礼をお許し願いたい。私はオルフェス・ライゼリルド。第二騎士団長を拝命している。後ろにいるのが副長の……」
「リオン・シリスと申します。先日は姉の頭痛薬をありがとうございました」
「シリス……あ、ララ様の……あの後お加減はいかがでしょうか?」
「だいぶ緩和したようです。先日会った際も、お二人の事を話していましたよ」
それはちょっと恥ずかしいかもしれない。でも、頭痛が和らいだのならよかった。
「よくなったようでよかったです」
オルフェスさんが続いて、レーネさんの方を見る。
「それから……」
「はいはいはい、あたしはレーネ。第三魔術師団長のレーネ・ドルカだよ。レーネって呼んでね」
「ドルカと言うと……アーガスさん……様の一族の方ですか?」
「妹じゃよ、レーネは」
リエラが教えてくれる。言われると髪の色が薄い藤袴でそっくりだ。レーネさんを見ていた私に笑顔で手を振ってくれて、話を続ける。
「お兄から聞いてるよ。可愛い双子がいるって。まぁその辺りは落ち着いてから話そうか。後ろにいるのがあたしの副官の……」
「……テオ・スピラと申します」
緊張している面持ちで挨拶をしてくれるテオさん。だいぶ若いな。中学生くらいかもしれない。
これであちらの自己紹介は終わり。まとめると第二騎士団長がオルフェスさん、その副長にリオンさん。第三魔術師団長のレーネさん、その副長にテオさんだね。
次は私たちか、まずリエラが自己紹介する。
「リエラ・リインフォースじゃ。と言っても、初見はテオだけかの。よろしくの」
「リ、リエラ様! よろしくお願いいたします!」
緊張が解れたのかな? なんかさっきとテンションが……目が輝いてるけど、ファン? まぁいいか。
そして、次にお姉ちゃんが口を開く。
「私はシズク・ハセガワ・リインフォース。リエラの義理の妹です。隣にいるのが双子の妹の……」
「アオイ・ハセガワ・リインフォースです。よろしくお願いします」
私の発言が終わるタイミングで、二人で揃って礼をする。
マリーちゃんとリリムちゃんは正式にはメイドなので紹介しない。そう、秘密兵器ってやつだね。
「蒼ちゃん、何考えてるの?」
「ふぇ?! な、何も考えてないよ」
「いやだって……」
コホン、とオルフェスさんが咳払いして、私たちはすぐに黙る。恥ずかしい……。
「それで早速聞くが、魔族はどうした?」
「うむ。昨日、この村に居座っていた五人を倒した。うち一人は『ルドルフ』という名付き。それから村周辺に多数の魔物も出現しておった。こっちについても討伐済みじゃ。魔力感知で確認もしておる」
「五人?! そなた、どうやって……」
オルフェスさんが追求するが、リエラがお姉ちゃんと私を見てきたので、話を引き継ぐ。
「説明しますわ。名付きはリエラちゃんが、その他の四人は雫と蒼ちゃん、後ろにいるマリーちゃんとリリムちゃんでそれぞれ各個撃破しました」
「各個撃破だと……。名付きじゃなくても、一体出たら騎士団と魔術師団合同で倒すレベルだぞ。リエラ、どうなっている?」
更に厳しく追求するように、オルフェスさんがリエラを見て言う。
「わしは一人で戦っただけじゃからの! アオイ、説明を頼むのじゃ!」
あ、逃げたな。
仕方ない、引き継ぐか……。すると先にオルフェスさんが話しかけてきた。
「まず聞きたいのだが、なぜ貴族令嬢が魔族と戦闘が出来る?」
あ、そう言う事か。
私とお姉ちゃんは互いに頷き合ってギルドカードを取り出してテーブルに置く。
「養女になる前は、もともと冒険者だったんです。一応Bランクです」
「なるほど、だがBランクでは……」
倒せないと言いたいのだろう。しかしオルフェスさんは言葉を選ぶように沈黙してしまう。すると隣にいたレーネさんが話し出す。
「オルフェス、この子たち、あたしより強い魔術師だよ」
「レーネ、根拠は何だ?」
「お兄が言ってた。『お前じゃ歯が立たないぞ』って。それに、リエラっちの弟子だって」
「……はぁーー……」
えっ、そんなため息を吐くところなんですか?!
「倒せるのは理解した」
えっ、理解しちゃうんだ……。
「後ろのメイド二人は?」
「それは雫がサポートしたからよ。雫は聖属性メインだから」
と、ここに来て私は実際の戦闘の様子を出来るだけ簡潔に話す。
まず四人が現れて、うち一人をお姉ちゃんが瞬殺。その後残った三人をお姉ちゃんのサポートを受けながら倒したって感じだね。
話を聞き終わったオルフェスさんが、背後にいたリオンさんに指示を出す。
「リオン、三人一組で周囲の偵察を頼む。念の為魔物がいないか確認だ。村の周囲まででよかろう」
「あ、各チームに魔術師一人を加えて。テオ、指示出してきて」
「「了解しました」」
リオンさんとテオさんがすぐに行動を開始する。
そして、さて、とオルフェスさんが私たちに向き直る。
「おそらく何もいないだろう。この後はフルーフェル領主に報告に行く必要がある。ご同行願いたいが、よいか?」
「ま、仕方ないの。シズク、アオイ、ぬしらもいいじゃろ?」
「えぇ、勿論」
「分かった」
こうして、私たちはフルーフェル領都へ行く事となった。
こんばんは
ちょっとペースいいんじゃないですか?!
この調子であげられたらいいなと思いつつ、マイペースは守りたいところです。
楽しんでいただけたら幸いです。
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2024/12/8 オルフェスのセリフを微修正




