82. 魔族出現2
私の刺突を、難なくいなした老獪な魔族はこちらを向いて杖を構える。
雫お嬢様の指示ですぐに彼に仕掛けましたが、まるで読まれていたように自然に受けてきて、全く効いていないようですね。
こちらもバスタードソードを中段で構えたまま、どうすれば一撃与えられるかと考えながら対峙していると、老獪な魔族が語りかけてきました。
「誰も彼も血気が盛んでいけません。我々には言語というものがあるのに。そう思いませんか? お嬢さん」
「そうですね。ですが、ならばなぜ人間を襲うのですか? あなた方の目的は何なのですか?」
「ルドルフ様の国を作るためです」
「それが首魁の名前ですか。そのためにここを壊滅させ、国を建てると?」
「壊滅させた訳ではありません。ましてやここはただの駐屯基地です。あるでしょう、この国にも、もっと栄えた都市が」
「まさか……」
「えぇ、我々の目的地は王都ですよ。ルドルフ様にこの国を捧げるために、まずはアルメイン王都を制圧します」
私は息を呑む。狙いはアルメイン王国……そんな事は……。
「阻止します!」
私は叫ぶと同時に再び踏み込み、幾重もの剣戟を老獪な魔族に与える。
しかし彼は、涼しい顔でそれを杖ですっすっと受ける。
私の剣が、杖にずっと受けられています。
ですが何でしょうか。体がだんだん動かなくなってくるような……毒? でも雫お嬢様の防御魔術が掛かっている今の状態でそんな……。
しかし何かがまずいと感じて、タイミングよく一撃を弾かれた反動で私は一度大きく距離を取りました。
すると離れたのは予想外だったのか、老獪な魔族の左手から漆黒のナイフが現れて、虚空を描いて行き先を見つけられずに霧散するのが見えました。あれは……。
私が虚空を凝視するのを見て、老獪な魔族は答えます。
「見えてしまいましたか」
「そのナイフは……」
「おや? ご存知ない」
すると老獪な魔族が、自身の周囲を囲むように黒いナイフを発現させる。
「こちらは『ダークナイフ』と呼ばれる闇属性魔術です。相手を傷をつける事もない、優しいナイフですよ」
「そんな説明を鵜呑みに出来る程、私は純真ではありません」
先程から感じている脱力感。恐らくダークナイフがその原因だと思うのですが……。
「では、続けますよ」
そう言って老獪な魔族は、恐らく隠れて打ち出していたであろう先程とは打って変わって、自身の周りに出したダークナイフを堂々と私目掛けて複数本飛ばしてきました。
一本、また一本とバスタードソードで防いでいるものの、このままでは埒があきません。
必死に防ぎながら瞬間を見つけて何とか攻撃しようとするけれど、こちらは剣一本、あちらは魔力の限り複数本を常に撃ち続けられる状況では、次第に手数の差でダメになってきます。
そしていよいよ私に、撃ち漏らしたダークナイフが刺さります。
今までと違い、急激な脱力感を感じます。体に力が入らず、思わず剣を地面に垂直に差し、剣に体重をかけて立ち続けます。
「ようやくですか。しかし、ここまで倒れないのは大したものです」
老獪な魔族が私目掛けてダークナイフを詠唱する。
剣に寄りかかって立っているのがやっとの状態で、避ける事も、切り落とす事も出来ず、私は右太ももにダークナイフを受けてしまいました。
「そろそろだと思うのですがね……」
「何……が……」
気力を振り絞って答えると、また一本、私にダークナイフが刺さります。
その瞬間、私の眼前に全く異なる、ある村の景色が広がりました。
これは……子供の頃生きていた村……。懐かしくもない故郷。
私はここでただ生きていただけで、楽しみも、鮮やかさも何もありませんでした。
そして、お前に食わせる飯はない、と捨てられるように家を追い出されたのです。いっそ懐かしいですね。
しかしこれは今じゃない! と、ハッと意識を取り戻します。
老獪な魔族は私が記憶をフラッシュバックし、そして今に戻ったのが分かるのか、タイミングよくダークナイフを投げつけてきました。
……。
再び強烈な脱力感が私を襲います。やっとの思いで剣を地面に差し、絶対に倒れないという強い意志と、それに縋るようになんとか立っていると、新たなダークナイフが刺さります。そして、再びフラッシュバック。
……。
手伝う事を条件に乗せて貰った旅商人の荷馬車を経て、たどり着いたリインフォース領では、村にいた頃と変わらない野良猫のような生活でした。
再び意識が今に戻る。
私は剣に縋ったまま老獪な悪魔を振り絞った力で睨みつけます。
「あぁ、いいですよ。その表情。吾輩、そこから絶望へと落ちていく様がたまらなく好きなのですよ」
「……悪趣味……ですね……」
私のそんな侮蔑など意にも介さず、そしてまた一本私にダークナイフが突き刺さります。そして三度目のフラッシュバック。
……。
雨が降っていた日。雨除けなどない路地裏で、私に傘を差し出す人がいました。
ジョセフ様はそのまま私を拾い、旦那様を説得して私を生かしてくれました。
そして旦那様はそんな野良猫の私に、愛娘の世話係という大役をくださった。私に、生きがいをくださった。
その景色が霞んでいく。
……。
また一本。
……。
リエラお嬢様……。
そして、また一本。
滅多に浮かべない歯に噛んだ顔のその笑顔が、霞んでいく。
「あ……あ……」
私が倒れたら、彼女はきっと悲しむ。
彼女って、誰……?
「ダークナイフの第一段階は過去のフラッシュバック。第二段階はその記憶の消去。大切な思い出が消えてゆく様はいかがですか? 絶望したその瞬間に殺しますからね」
私の……大切な……。
ただ、守らなきゃと思った。
名前が消えたとしても、顔を忘れたとしても、私は、その笑顔を守るために、生きると決めた!
「あああああああああ」
気合いでマイナスな考えを端へ追いやる。彼女が悲しむから、だから私は剣を振るう!
剣を地面から引き抜き、再び構える。
「まだ立ちますか」
「彼女の笑顔を守るのが、私の使命です」
「これは、やりすぎましたね」
するとそこで、後方から声がした。
「ごめんね! マリーちゃん!」
その声とともに私の体が乳白色に光り、雫お嬢様の聖属性魔術の回復が私を包む。
そしてすぐに、強化魔術も上書きされる。パワーアップとヘイストでしょうか。
「ありがとうございます。雫お嬢様」
さすが雫お嬢様。ダークナイフの効果も消してくださったようで、あの子の笑顔が私に戻ります。
私は正面を向き、老獪な魔族を睨んで告げます。
「これでもう、あなたには負けません」
このまま闇雲に攻撃していてもまた同じ事の繰り返しになる。だから私は賭けに出る事にした。
雫お嬢様に回復と補助を頂けた今だからこそーー。
私は老獪な魔族の杖目掛けて剣戟を幾重にも重ねる。
狙うは一点。杖の中腹に嵌められた宝石だ。
「また懐かしい思いをさせてあげますよ」
私の周りに、幾重ものダークナイフが展開される。しかし、私は……。
「私は、お嬢様の過去ではなく、未来を見守りたいのです」
そう、決意とともに全力で振り下ろした渾身のジャンプ斬りは、杖を真っ二つに切断し、そのまま老獪な魔族の体をも真っ二つにした。
「やれやれ……ルドルフ様、申し訳ありません。吾輩はここまでのようです。しかし、お見事です」
「私にとって大切なものを改めて確認出来ました。感謝します」
そして老獪な魔族は、黒い粉となって霧散していった。
「ふぅ。では、お世話に戻りますか」
◇
「炎蛇槍!」
わたしは迫り来るその槍を避けつつ、体に当たらないように左に持った短剣で槍を逸らす。逸らしたつもりだった。
しかし左腕に痛みと熱さを感じ、慌てて距離を取る。
「あつい……?」
痛みと熱さを感じた左腕を見てみると、裂傷と火傷を受けていた。
確かに避けたはずなのに……。
「よそ見なんてしてるんじゃないわよ!」
わたしは何で?! と混乱したまま彼女の槍を再び避ける。
「くっ……あっつ……」
確かに避けた……。槍筋には体を残していないし、体の反対側に穂先が行くように短剣で逸らした。
何で……。左腕に更に裂傷。火傷のおかげで止血の心配はしなくていいものの、痺れがひどい。
「何なんですか、その槍……」
「教える訳ないでしょ? それにもう死ぬんだから知っても無意味よ」
再び彼女が突きを繰り出してくる。
わたしはこのままでは埒があかないと、一つ試してみる。
右に持った短剣で再度、槍を逸らしつつ。左はーー。
『ウィンドウェーブ!』
風を起こして、槍の切先を包む炎を吹き飛ばす。
すると、槍の切先はまだわたしに届いておらず、わたしの短剣は空を切る。槍を受けていると思っていたそれは、炎だった。
「チッ」
つまり炎をわたしに受けさせて、受けた後に炎を伸ばして火傷を負わせる。そして少し後から槍筋をずらしたやりでわたしを刺してたって事かな。
からくりは分かったけど、炎を防ぐ事は出来ず、いよいよ左腕は動かなくなって短剣を落としてしまった。
彼女が槍をわたしに真っ直ぐ向けて構えて、詠唱を開始する。
「これで終わりよ! 業炎華!!」
さっきは蛇だったけど、今度は切先に華を纏って、わたしに向かって突進してきた。
「所詮人間なんて、ルドルフ様のためのエサよ。死になさい!」
「わたしだって、負ける訳にはいかないんです!」
わたしはいつもは順手に構えている短剣を逆手に持ち替えて、一段姿勢を低くして構える。
左手用の短剣を拾い、そのまま咥えて、炎へと突っ込む。
熱い。でも、勝つんだ!
お気に入りのメイド服が焦げるのを一瞬だけ躊躇ったけど、わたしは突っ込んで逆手に持った右手の短剣を伸ばして、槍の切先をいなす。
火傷を負うのも構わず、彼女のそばまで一気に突っ込む。
ここまで突っ込めば、槍じゃない、わたしの間合いだ!
彼女と目が合った。しかしわたしだって勝ちは譲れない。
咥えた短剣で彼女の首を切る。
その瞬間、彼女がまさかと言った顔でわたしを見た。
「チッ……まさか人間がこんなにやるなんて……」
「人間は弱いですからね。あなた方より必死ですよ」
「ルドルフ……さま……もうし訳……」
塵となる直前、彼女は言おうとした言葉を最後まで伝えられたのだろうか?
「はあ、はあ……左腕、どうしよ……お嬢様のお世話、もう出来ないかなぁ」
いくつもの深い刺し傷と、左腕全体に広がった火傷の跡をぼんやりと見ながら、全く動かなくなった左腕を見るわたしの頬に、大粒の涙がいくつも伝う。
蒼お嬢様に雫お嬢様。それにリエラお嬢様。
「あんなに楽しい日々は、もう……」
そこで、わたしの意識は途絶えた。
やったー!一カ月たたずに更新できました!
文字数は少ないですが・・・。
今回も楽しんでいただけたら幸いです。




