81. 魔族出現1
「さて、次は右側ねぇ」
雫は瘴気に蝕まれた魔物がまだ大量に残っている右前方の方へ杖を向け、詠唱を始める。
先程一気に殲滅した左側と同じように、ホーリーの魔術語を紡いで、魔力を解放して発動する。
『ホーリー!』
雫が撃った波動砲のような閃光は、魔物たちを前から規則正しく次々に消し去っていく。
これで正面で戦っているマリーちゃんとリリムちゃんのサポートにいけるかしら……。
右方面の魔物が全て消え去ったのを確認して、雫は二人に指示を出そうと口を開きかけた時に、魔力感知の範囲内に巨大な魔力を感じた。
「えっ……、リリムちゃん! 防御!!」
緊迫感が伝わったのか、雫のその言葉に、リリムちゃんが攻撃をやめて二刀短剣を斜め十字にして正面に構え、防御の姿勢をとる。
雫も無詠唱で、リリムちゃんの前に物理防御のプロテクションと魔力防御のプリザヴェイションを急いで張る。
その刹那、黒い投擲槍の形をした魔力弾がプリザヴェイションとぶつかり、激しい爆発音を出す。これは……。
「リリム、退きなさい!」
リリムちゃんが防御するタイミングで、すでに後ろに下がっていたマリーちゃんがリリムちゃんに指示を出し、すぐにリリムちゃんもプリザヴェイションが割れる前に後ろに大きく退く。
退いた直後、プリザヴェイションがパリンという甲高いガラスが割れる音を立てて砕け散り、リリムちゃんが元いた位置を黒閃が穿つ。
この魔力量……本命ね。
「蒼ちゃん! こっちに本命が来たわ!」
雫は、少し離れて後方をまとめて対応していた蒼ちゃんを呼ぶために叫ぶ。
その声に気付いたた蒼ちゃんは、すぐにテレポートで雫のそばへとやってきてくれた。
雫は、先程より強いピュリフィケーションフィールドと、アイギスを発動してみんなを守る。
守備を万全にして正面から感じる気配を睨んでいると、黒閃が起こした砂煙の隙間から複数の人影が現れたわ。
「この程度なら雑魚だぜ。さっさと殺しちまおう」
◇
テレポートで慌ててお姉ちゃんのそばに戻ってみると、お姉ちゃんが緊張した面持ちで正面を睨んでいた。
お姉ちゃんのピュリフィケーションフィールドのあたたかさを感じながら、私も魔力感知を行うと、なるほどと理解した。先程の魔物の群れからは感じなかった圧倒的な魔力を感じる。その数四つ。差はあるけど、姿形からおそらく全員言葉が話せる。確かに本命っぽいよね。
そして近づいてきた魔族四人と対峙する。私たちがどうしようかと考えあぐねていると、彼らは口を開く。
「この程度なら雑魚だぜ。さっさと殺しちまおう」
「お前ほんとにそれしか言わないな。ばかなのか?」
「ああ?! テメーには言われたくねえな。くそ女」
「まあまあ、落ち着いてください」
「油断は大敵、というものじゃよ」
まるで私たちを歯牙にもかけない風に会話してるな……。すぐに戦闘にならなそうだし、お姉ちゃんと目配せする。まずは話して情報収集を……と思ったら彼らのうちの一人、インテリ眼鏡をかけたオールバックの長身魔族が一歩前に出て口を開く。
「我らの駐屯基地にようこそ、お嬢様方。早速ですが順番を決めていただいてもよろしいですか?」
「順番?」
「ええ。あなた方が死ぬ順番です」
「たかが雑魚にそんなまどろっこしい事してられっかよ」
そう、ガサツそうな姿をの魔族から声が聞こえた瞬間、先程リリムちゃんを穿ったのと同じ漆黒の槍が私を穿つ。
しかしそれと同時に、私の左隣を白い閃光が通り過ぎる。
私がその閃光を、お姉ちゃんの撃ったホーリーレイだと気付く頃には魔族の撃った黒閃はアイギスで完全に防いでいたし、その黒閃を撃った私たちを雑魚だと言ったガサツな魔族は、ホーリーレイに穿たれていた。それも、跡形もなく。
マリーちゃんにリリムちゃんに私も、それに他の魔族も、その一瞬の攻防にまだ呆けていると、お姉ちゃんがぼそりと言う。
「蒼ちゃんが雑魚な訳ないじゃない」
いや、怖いからね?
そしてその一言とは一転、切羽詰まっているが明るい口調でお姉ちゃんが私たちに指示を出す。
「マリーちゃん、リリムちゃん! 攻撃! 蒼ちゃんは足止めして!」
インテリ眼鏡の魔族に向かって動き出したマリーさんとリリムちゃんを支援するために、牽制しようと私も魔術陣を展開する。
そして、インテリ眼鏡の魔族にマリーさんがジャンプして、上段からの鋭い一撃を放とうとするが……。
「やんのかコラァ!」
先程は胡散臭いものの丁寧な口調だったインテリ眼鏡の魔族が、あっけなく取り繕っていたものを崩し、魔力を解放して戦闘態勢の気配を出す。
解放した魔力の余波で、マリーさんは吹き飛ばされ、その後ろにいたリリムちゃんも数メートル後ろに下がる事になった。
「よくも同胞を……」
魔力を解放したインテリ眼鏡の魔族は、さっき魔力感知した時より明らかに強そうだ。お姉ちゃんもそれを理解していて、改めて私たちに指示を出す。
「リリムちゃんはあの女の子! マリーちゃんは老人! 蒼ちゃんは眼鏡さんよ!」
「はい!」
「分かりました」
了承と同時に、マリーさんが杖を持った老人の魔族に駆け寄って、その勢いのまま大剣で刺突する。
倒すのではなく、場所を離すのが目的だ。
リリムちゃんも私くらいの身長のピンク髪をした女の子の魔族に軽く剣戟を入れ、少し離れる。
「お姉ちゃんは?!」
「サポートするわ。雑魚に必要かは分からなけどね」
その言葉に、私が正面に見据えたインテリ眼鏡さんがピクリと僅かに反応する。
お姉ちゃんが怒ってる……。だけど私は宥める事はせず、先程のお姉ちゃんの作戦を了承する。
「分かった」
お姉ちゃんは離れた位置で全員のサポート。この瘴気の強い空間では、ピュリフィケーションフィールドを張っておかないと私たちの生命が怪しいからね。
さて私も、このインテリ眼鏡さんだ。杖を持っている所を見るに、魔術師タイプかな。それなら、大丈夫。
◇
雫お嬢様に、はい! って言っちゃった……でもこの子、強そうだよ……。どうしよ……。
そんな事を思いながら、動揺を気付かれないように必死に両手に構えた短剣で攻撃を行い、あるいは彼女の槍による攻撃を必死に逸らして何とかわたしが体裁を取り繕っていると、対峙する彼女が口を開く。
「あんたが一番弱そうね。つまらないわ」
「な……」
確かにそう、だけど……。
「あんたをさっさと殺してあいつの仇、あの女を殺すわ。大人しくしてなさい」
まるでわたしなんて相手にならないといった態度で、淡々と喋るその魔族。しかし、サポートで忙しいはずの雫お嬢様の元に、彼女を向かわせる訳には行かない。
「わたしはマリーより、何よりお嬢様方には遠く及びません。でも……」
まだ怖い。だからわたしは、決意を込めて叫ぶ。
「負けません!」
わたしがそう叫んだ刹那、彼女の持つ槍が、わたしの心臓目掛けて一閃を放つ。
防御気味に寄せていた左手の短剣の腹で、かろうじてそれを受ける。キィィンと甲高く、耳障りな音が響く。
よかった、防げた。力がそこまで強くないのか、わたしの短剣でもなんとか逸らせる。
だけどもう一閃、今度は左脇腹。防ぐ。次、右太もも。さっきの一閃で構えを変えたから、右手の短剣で防御。出来たっ。
次々と攻撃が繰り出される。突き、横薙ぎ、上段突き……今の所防戦一方だけど、ちゃんと見えてるし、しばらくこのまま様子見しよう。
「さっき死んだあいつを真似るのは癪だけど、やっぱあんた雑魚だわ」
何度も雑魚と言われて流石にカチンとくるけど、でも言い返さない。それより、今は情報収集だ。
「あなた方の目的は何なのですか?」
「目的? 簡単よ。ここにルドルフ様の国を作るのよ」
「ルドルフ? それがあなたたちの長の……」
わたしが言い終わる前に、左太ももに槍が刺さる。
「くぁ……う……」
「様をつけろ。雑魚」
槍が見えなかった。
すぐにヒールが飛んできて、わたしの足が治癒される。雫様、ありがとうございます。
同時にわたしの体が乳白色に光り、動体視力と回避力が上がった感じがする。アジリティだ……。
「やっかいね。あの女でしょう。その回復と強化魔術は」
「……」
「別に反則だなんて思ってないわ。まぁそんな強化をしたところで、大差ないでしょうけど」
再び一閃……じゃない!
わたしは右手で持った短剣で足にきた一閃を、左手の短剣で肩への突きを防御する。
何で同時に……。
考える間もなく、再び両肩に一閃、そして右腕に一閃。アジリティのおかげで、回避が間に合った。右半身を後ろに引いて避け、左肩は左手の短剣で刃を逸らす。だけど完全には防ぐ事は出来ず、わたしの肩や足には裂傷が刻まれていく。
しかし彼女は満足していないのか、イライラしながらわたしにこう告げる。
「チッ。見えてるのね……面倒だわ」
わたしはさも防いで当然と言うようにハッタリをかます。
「雫お嬢様はすごいんです。だから、こんなのは避けられるようになって当然です」
「ふうん。……どっちも殺す」
魔族が数歩分飛び下がり、槍を構える。そして、彼女が魔術陣を展開して詠唱すると、その足元から炎の蛇が現れ、それが槍にぐるぐると巻き付いていく。
「面倒なのは嫌なのよ。だからあんたもう、死になさい。炎蛇槍!」
◇
「俺の相手はてめえか」
「そうです」
私はインテリ眼鏡さんの質問に答える。
その刹那、私に向かって炎の矢が飛んでくる。
私はそれを無詠唱のウォーターボールで打ち消す。
するとインテリ眼鏡さんが感心したように声を出す。
「この矢を人間に防がれたのは初めてだ」
「それはどうも」
「魔族だったら、雑用として仲間にしてやるんだが、人間なら仕方ないな」
私はまだ、話が出来そうだと思ったので、インテリ眼鏡さんと会話してみる事にした。
「人間の村を襲った理由は何ですか?」
「あ? 簡単だ。ここにルドルフ様の王国を築く」
「ルドルフ……それが……」
私が言い終わる前に、防御用にバレないように背後に出していたウォーターボールが消えたのが分かった。後ろから攻撃された?
「チッ。あれも防ぐか……。ルドルフ様の名前を出したんだ。すぐに首を差し出すのが人間の役目だろ」
ちょっと煽ってみようかな。何度も雑魚って言われて私もちょっとイラついてたんだよね。
「そんな雑魚、知りませんけど」
その瞬間、幾重ものファイアアローが私に目標を合わせて宙に現れる。その数はどんどん増えていて、インテリ眼鏡さんを見ると、両手にそれぞれ魔術陣が広がっていた。並列詠唱まで使えるんだね……。
準備が出来たのか、ファイアアローの発生が止まると、一言言ってきた。
「さっさと死ね」
その言葉を合図に、一斉にファイアアローが私に飛来してくる。
私はウォーターボールを発生させて防ぐと同時に、魔力を多めに込めてウォーターケイジで自分の周囲を包む。
とりあえずこれで防げてるけど、攻撃の手段がないな。
インテリ眼鏡さんも埒が開かないと思ったのか、ファイアアローをやめて、何やら詠唱を始めた。
「最大火力で一気に殺してやる」
「!」
「ルドルフ様、御力をお貸しください……」
インテリ眼鏡亜さんが右腕につけている腕輪から、魔力が溢れ出てくるのを感じる。その腕輪を起点に、魔術陣が現れる。魔術語は……。
え、あんなの撃てるの?! 魔族だから闇属性は出来るだろうと思ってたけど……。まずい。あれはまずい。
私は慌ててウィンドボールをいくつかインテリ眼鏡さん目掛けて飛ばす。
だけど詠唱とともに溢れ出る闇魔力に追い払われる。遅かったか。
そしてそのまま詠唱を終え、こっちに向けて邪悪な笑みを浮かべるインテリ眼鏡さん。
「死ね。『ダークドラム』」
ドォンという音とともにやってくる魔力の波。リエラが一度模擬戦で使ってたから効果も対策も分かる。でも、私には防げない。
しくったな。ごめん、お姉ちゃん。
「蒼ちゃん!!」
私に魔力が届くかどうかという刹那、お姉ちゃんが私に『アイギス』をかけてくれる。
だけどそのまま、私は闇属性の魔力の波に飲まれた。
こんにちは。
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引き続きマイペース更新となりますが、楽しんでいただければ幸いです。




