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78. ディオンに遊びに行こう1

 馬車は今日も風を切って素早く進む。

 地図によると、大体リインフォース領を出たところだろうか。

 私、お姉ちゃん、リリムちゃんの三人は、私の御者でディオン領に向かって爆進中だ。

 なぜ三人で馬車に乗っているのか、話は昨日に遡る。


    ◇


 お義祖父様とお義祖母様の家から帰ってきて数日、私たちは魔術訓練をしたり、お菓子を作ったり、狩りをしたりのんびりと過ごした。

 今はパーラーで二人でお茶を飲んでいるところ。ちなみにリエラは、帰ってからすぐ、森の家でマリーさんをお供に研究三昧だ。

 しかしそろそろ、私は行動に移すべきだと思いお姉ちゃんに話しかける。


「お姉ちゃん、そろそろディオンに行かない?」

「そうねぇ。行きましょうか」


 焚き付けさえすれば、行動が早いのがお姉ちゃんだ。すぐさま私とリリムちゃんを連れて書斎へと向かう。

 お姉ちゃんがノックをして名前を言ってお義父様を呼ぶ。

 ジョセフさんがドアを少しだけ開けて、私たち三人がいるのを確認して扉を開く。

 部屋の中では、今日も変わらず執務机で書類仕事をしているお義父様がいた。お義兄様は、今日は外に出ているので、中には二人だけだ。


「シズクにアオイ、どうした……いやまて、またよからぬ事を……」

「いい事よぅ!」

「どうして私たちが来ると悪巧みになるんですか……」


 と、お姉ちゃんと同時にツッコミを入れる。

 同時は分が悪いと感じたのか、一つ咳払いをして私たちに先を促すお義父様。

 お姉ちゃんが私を見てきたので、言い出しっぺの私が説明する。出来るだけ簡潔に説明しよう……拒否されないように。


「ちょっとウォーカー商会に行ってきます」


 これでよし! どことは言ってないけど、きっとリインフォース領都の支店だと思うはず! でも私はどことは言ってない。お姉ちゃんも満足そうにしている。これは勝ったね!

 と思いきや、お義父様が机に両肘を立て、そこに頭を乗せて、ふむ、と言って笑顔で言葉を続ける。


「どこのだ?」


 どこ……? しまった言い淀んでしまった。何か企んでいるのがバレてしまうかもしれない。するとお姉ちゃんがフォローしてくれて……。


「ディオンよぅ」


 フォローしてくれて、ない!

 でももう、正直に言うしかないよねぇ。私もそれに頷いて、お義父様に告げる。


「ディオンのウォーカー商会です。子供も生まれてるでしょうし、ペーターさんとアンナさんに挨拶に行こうかと」


 お義父様が頭を上げて言う。


「ディオンと言うと、ここから数日かかるな。移動はどうするつもりだった?」

「えっと、歩いて行こうかと……」

「馬車を使いなさい」

「いいの? パパ」

「義娘の頼みじゃ断れないからな。ただ、護衛はどうする?」

「リリムちゃんじゃダメかしら?」

「お嬢様方の護衛……私出来るんですかね……」


 リリムちゃんが達観した声で言う。いやまぁ、確かに私たちの方が強いかもしれないけど、人手はある方がいいからね。それに、リリムちゃんはそこいらの盗賊よりはるかに強いよ、と私はリリムちゃんを慰めながら、護衛とお世話をお願いする。


「リリムならいいだろう。今二人に頼むような仕事はないし、滞在日数は気にしないでいい。あちらに迷惑はかけないようにな。それと……」


 護衛と滞在日数……、後何か気にする事ってあったかな? 費用とか? それは私もお姉ちゃんも溜め込んでいるので、貴族の様式で豪遊しなければ年単位で滞在出来るけど……どうやらそうじゃないらしい。


「クラウディアにも言って行きなさい。私が許可を出したと言えば止めないはずだ。後、生まれた子供への祝い品をクラウディアに預けてあるから、受け取って代わりに届けて欲しい。ペーターによろしく伝えてくれ」

「分かったわぁ」

「分かりました」


 その後すぐ私たちは書斎を退室して、お義母様のいるもう一つの書斎へと向かう。

 書斎に通され、ディオンに行く事を伝えたら何もかも悟った顔で、行ってらっしゃい、と言われた。

 それから祝いの品も受け取ったので、私が責任を持って『ストレージ』にしまったよ。

 早速行こう、とお姉ちゃんと話しながら部屋を出ようとしたら、お義母様に聞かれた。


「あなたたち、今から出るんですか?」

「? まだ二の鐘を過ぎたばかりですし、そのつもりですけど」

「荷造りは……あぁ、なかったわね」


 そう、私もお姉ちゃんも基本的に全部『ストレージ』だし、ちょっと部屋に戻って数分すれば荷物は全てしまい込める。

 リリムちゃんの荷物だけ私がストレージに入れればすぐに出れるのだ。

 そんな訳で、リリムちゃんの準備を待っている間に、出かける事を他の使用人にも伝える。

 ちなみにリエラとマリーさん、お義兄様とドロシーさんには、お義父様によろしく言っておいて欲しいとお願いしたから多分大丈夫。お土産買ってくるからね。

 馬車を引く馬はブルーノ。よろしくね、と伝える。

 じゃあ、行ってきます。


    ◇


 と言う状況から今日に至る。

 今日、つまり二日目の進行は快適だった。多少地面が荒れてはいるものの整備された馬車道、木々は点々としていて見通しがよく、スピードを出しても対向する馬車とぶつかる心配はまずない。魔力感知もしているしね。

 今回は補給する必要も用事もないから、アルデナの町には寄らない。ディオンの町まで直接向かう。

 何度か休憩を挟みつつ、特にトラブルもなく日暮れを迎えた。

 ブルーノに新鮮な野菜と果物をあげて、私たちはお風呂ハウスに入って疲れ、と言う程疲れてないんだけど疲れを癒す。

 お姉ちゃんのお願いという暴挙により、三人まとめてお風呂に入って、私が夕飯を準備する。リリムちゃんが難色を示したけど、私も譲らない。簡単だからと、なんとか納得して貰った。メニューは、具沢山のスープにストレージから出したビルさん謹製のパン。こういうの久々に食べる気がする。いつもコースだったからね。お姉ちゃんは勿論、リリムちゃんにも好評だった。よかった。

 日課の日記と魔術訓練をそれぞれして、おやすみなさい。


    ◇


 馬車は今日も高速に進む。

 お姉ちゃんの防御魔術、私の風魔術で馬車の進行に死角はない。あるとすれば、止める間もなく突然現れた障害物や魔物への激突かな。まぁそれもお姉ちゃんのアイギスと魔力感知があるし、私とブルーノも確認してるから大丈夫でしょう。

 しかしそこで、馬車室内から魔力感知で目視では見えないくらい前方の状況を確認しているお姉ちゃんからストップがかかる。私が馬車を止めると、お姉ちゃんが状況を教えてくれた。


「蒼ちゃん、大型よぅ。タイラント……いえ、ちょっと分からないわねぇ」

「お姉ちゃんが分からないって相当珍しいんじゃない? 強いの?」

「強そうねぇ。それに……んー、これは……」

「? どうしたの?」

「もしかして、汚染されてるかも」

「汚染……」

「汚染ってなんですか?」


 告げるお姉ちゃんに質問するリリムちゃん。お姉ちゃんと私が説明する。


「瘴気に魂が染められる事を安直に汚染って言ってるだけなのよぅ」

「汚染すると凶暴になったりするんだよね。タルトも、タルトのお母さんも最初出会った時そうだったよね」

「タルト様も……」


 あの時はドラゴンだったから意識が強かったけど、普通の魔物じゃ凶暴になって暴れるだけかな。

 多分痛みや精神的な負荷もかなりかかると思う。汚染度合いにもよると思うけどね。

 お母さんドラゴンはかなり汚染されてた、もう助けられないくらいに。それでも意思を持って行動していたのはドラゴンだったからか、それとも……。

 さて、前にいるっていう魔物はどうだろう。


「どうする? 蒼ちゃん」


 と、私に聞いてきつつもお姉ちゃんはすでに決めているのか、決意みたいなものを感じたけど私に確認してくれるので、私は答える。


「迂回して、このまま放置する訳にはいかないよねぇ」

「そうねぇ」

「じゃあ倒そうか。いつも通り前衛リリムちゃんね。中衛で攻撃は私、後衛はお姉ちゃん」

「ちょっと怖いですが……分かりました!」

「分かったわぁ。大丈夫よリリムちゃん、雫が守るわ」


 ブルーノに説明して馬車と一緒に茂みに隠し、お姉ちゃんが防御結界となる『アイギス』と、距離はあるものの念の為瘴気からの防御用に『ピュリフィケーションフィールド』を唱える。そして私たちは瘴気の発生地点へ歩いて向かう。

 十分くらい歩いただろうか、そろそろと言うところで、お姉ちゃんが防御魔術を私たちにかけてくれる。

 魔術陣が三つ、私の足元を照らす。同じようにお姉ちゃんとリリムちゃんの足元にも。そしてそれぞれ魔術語を伴って発動する。たまにはじっくり魔術語を見てみようかな。えっと……。『聖 浄化 純化 自動 自律 防壁』、『聖 暴力 自動 自律 防壁』、『聖 魔力 自動 自律 防壁』。リリムちゃんを守るって言ったの本気の本気じゃない……。お姉ちゃんが並列詠唱と多重詠唱を駆使して術を発動し、三つの防御魔術を展開する。さっきも使った『ピュリフィケーションフィールド』と、物理と魔術用の自動防御『アンチフィジカルシールド』と『アンチスペルフィールド』だ。魔物の攻撃は魔力も帯びている事があるから、これで対応出来る。これ以上ってなると、アイギスをお姉ちゃんが常時発動するくらいになるんだけど、それだとリソースをそっちに割かれて勝手が悪い。

 続いて、個人個人に強化魔術をかけてくれる。お姉ちゃんと私にはシールド、マジックパワー、アキュメン、マジックシールド、アジリティ、マジックアリヴィエイト。

 リリムちゃんにはパワーアップ、シールド、デクステリティアップ、アジリティ、ヘイストかな。


「ありがと、お姉ちゃん」

「こんなにたくさん。ありがとうございます」

「一旦これで様子見しましょ」


 大体これが基本セット。私も全部確認した訳じゃないけど、強化魔術もまだあるらしい。

 あんまりかけすぎても、慣れてないと逆効果だから訓練でよく使っているこれだけに留める。避けられなかったら致命傷になりかねないしね。

 さて、立ち止まったところから更に数分歩いて、目的の魔物が見え……こっちに向かってくる?!


「リリムちゃん止めて!」

「は、はい!」


 訓練の賜物か、返事と同時に前に出たリリムちゃんが、二刀短剣を交差して構える。

 ガキィッ、と激しい衝撃音がし、リリムちゃんの短剣と魔物の片方の角が激突する。

 本体は瘴気に隠れてぼんやりとしか見えないけど、この角の色、それに突進の早さ、間違いない。


「グレイタイラントバッファローだ!」


 私は叫んで二人に知らせる。しかし大きさが半端ない。普通のグレイタイラントバッファローの数倍はある。

 リリムちゃんが止めているが、止められても更に突き進もうとする勢いに、ジリジリと押されている。そして攻め負けて、その角がリリムちゃんの二刀短剣を突破する。


「リリムちゃん!」


 リリムちゃんのアンチフィジカルフィールドが発動する。しかしそれでも止まらず、突進を続けるグレイタイラントバッファロー。

 いよいよリリムちゃんの防壁も破られようと言う時……。


「『アイギス』」


 お姉ちゃんのアイギスが発動してリリムちゃんを守る。


「リリムちゃんには絶対に怪我をさせないわ」

「シズク様、ありがとうございます〜」


 ところが、グレイタイラントバッファローはそのままでは攻撃が通らないと一瞬で理解したのか、すぐに飛び退いて数歩分離れ、再び突撃してお姉ちゃんのアイギスすらも破壊しようとする。

 多分、もう一度やられたら割れる……!

 それを理解しているのか、再び数メートルの距離を取るグレイタイラントバッファロー。おそらくあの距離が最短最加速距離なんだね。なんて見ていると。


「あら……二重詠唱じゃ足りなかったかしら?」


 ひびが入ったアイギスを見て、お姉ちゃんがとぼけた事を言うから、私はお姉ちゃんを煽る。


「ちょっとお姉ちゃん、リリムちゃんを守るって決意、足りないんじゃない?」

「アオイお嬢様、言い過ぎです!」

「蒼ちゃんひどいわ! 雫、怒った! 蒼ちゃん、足止めして!」

「分かった」


 お姉ちゃんの指示に私は了解して、魔術陣を展開する。


 『氷 鳥籠 束縛』。を多重詠唱で……、五重で様子見するかな。そして発動する。


「『アイスジェイル!』」


 グレイタイラントバッファローが動き出した瞬間を狙って私はアイスジェイルを発動する。初動を抑えられて、勢いに乗る事が出来ずに氷の檻の内部に激突するグレイタイラントバッファロー。そして氷の檻を破る事が出来ずにただ何度も突撃する。


「流石蒼ちゃんね」

「でもこれもそのうち破られるよ、見て、内側」


  私が指を刺した檻の内側に、グレイタイラントバッファローが突撃すると同時にまた一本ひびが入る。


「じゃあやっちゃうわね。『神聖 浄化 純化 浄罪』っと」


 お姉ちゃんが杖を構え、足元の魔術陣に魔術語をどんどん重ねていく。うわー、相当怒ってるな……。

 多重詠唱は、お姉ちゃんがコントロール出来る最大数まで付与され、そして極悪となった浄化魔術が発動する。


「ほら、喰らいなさい! 『ホーリー!!』」


 一条の光が、グレイタイラントバッファローに降り注ぐ。私が発動したアイスジェイルごと飲み込んで、激しい音と土煙を立てる。


「さて、どうなったかしらね」

「お姉ちゃん、防御張っといてよ。まだ突っ込んでくるかもしれないんだから」

「その時は今度こそ私が抑えます!」


 そして土煙が晴れる。

 現れたのは、すっかりと瘴気のもやが消え、倒れ込んだグレイタイラントバッファローだった。

 流石にあの多重詠唱に耐えられる程じゃないか……。

 隣にいたお姉ちゃんが私に抱きついてくる。


「やったわよ! 蒼ちゃん」


 私はそれをはいはい、と引き剥がして、リリムちゃんの方へ歩く。


「怪我はない? リリムちゃん」

「はい。シズクお嬢様に守っていただきましたので」


 安全な事を確認して、魔石ませき〜、と歌いながらグレイタイラントバッファローに近づいて検分するお姉ちゃん。

 私とリリムちゃんも近づいて検分を手伝う。

 やっぱり皮と肉はダメだね。瘴気にやられて、おまけに倒れてから急速に魔力が抜けたからか爛れている。


「魔石くらいかしらねぇ」

「だと思う。リリムちゃん、捌くの手伝って貰える?」

「はい!」


 リリムちゃんに指示を出しながら解体していく。魔石は体内の魔力生成器官に出来ている。つまり心臓のすぐ下。


「あったよ。お姉ちゃん」


 私はリリムちゃんが切り裂いてくれた隙間に手を突っ込んで、魔石を取り出してお姉ちゃんに渡す。

 お姉ちゃんはそれを受け取って、じっと見てから言う。


「ちゃんと浄化されてるわね。追加処理もいらないみたいだわぁ。このまま精算出来そうよ」

「え? これ、精算するの?」

「リリムちゃんたちの取り分があるでしょう」

「あ、そっか」

「精算しちゃうんですか?」

「二人とも協定忘れてるわね……? リリムちゃんとマリーちゃんの取り分が発生するでしょう?」

「私ほとんど働いてませんし、これは流石にいただけません!」


 と、三人で話し合った結果、精算はせずにリエラのお土産にする事。推定精算額の十分の一をリリムちゃんとマリーさんに支払う事に決まった。うちのメイドは財布に手厳しい。

 そして残った死骸は焼却。私たちは馬車を止めていたところに戻る。

 ブルーノに安全を伝えて、馬車で再び進み出す。

いいね等いつもありがとうございます。

評価、コメント等頂けるとすごく励みになります。

今回も楽しんでいただけたら幸いです。



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