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77. おじいちゃんとおばあちゃん2

 リインフォース家の別邸でいいのかな。お義祖父様とお義祖母様の家に遊びにきた私たち。

 到着して早速、お昼ご飯をごちそうになる事なった。

 お義父様たちの荷物運びを終えたジョセフさんや、この家の使用人が料理を運んでくる。

 初めはスープ。まさに黄金のスープと言ってもいいくらい、綺麗に透き通った琥珀色のスープだ。いただきます。

 

 ん……。


 これは……。


 コンソメ! コンソメだこれ。でも旨みがとても強くて、なんていうかこう……。


「出汁がすごい」

「出汁がすごいわねぇ」

 

 お姉ちゃんとかぶった。同じ事を思ったみたい。


「何か他と違うわねぇ。食材の質かしら」

「そうだね。ビルさんでもこれは無理かも」


 なんて感想を言い合っていると、お義祖父様が教えてくれた。


「そうじゃろう、うちのシェフ自慢の一品じゃ」


 確かに、これはとてもおいしい。

 そして次に運ばれてきたのは鳥のソテー。

 あれ、これ……。


「鳥の魔物?」

「お、アオイ、分かるか? ニンブルチキンじゃ。わしが獲ってきた」

「お義祖父様が?」

「おじいちゃんが? すごいわねぇ」


 うーん、なんていうんだろ、ぷりぷり? 肉の質感が普通の鶏肉と違うんだよね。

 私はフォークとナイフを使って一口大にニンブルチキンのソテーを切り、口に運ぶ。

 少し硬いけど、一口噛むたびに旨みがどんどんと湧き出てくる感じ。雄かな。チキンなのにさっぱり感なんてない重厚感があってすごい。

 あ、もしかして。


「さっきのスープはこの鶏の内臓を使ってるんですか?」

「正解じゃ。よく分かったのう」

「そうよおじいちゃん、蒼ちゃんはすごいのよぅ。お肉が分かったのだって、蒼ちゃんと一緒に色々食べ比べてるからなの」

「ほう」


 お義祖父様の興味が、その色々にかなり向いたのが分かったけど、私としてはそれよりも聞きたい事がある。


「ま、まあお肉は夜にでもまた出すとして……それより、ニンブルチキンって鶏なんかじゃ比較にならないくらいかなり速いですよね? どうやって獲ったんですか?」


 それを聞くや否や、お義祖父様がこちらを向いてニカッと笑って元気よく言う。


「走って、拳でじゃ!」


 ニンブルチキンは鶏の魔物で、普通の鶏より一回りどころか三回りくらい大きい。更に非常に敏捷で、凶暴ではないものの相手が気づく前に死角から勢いよくぶつかって攻撃してくるのが特徴だ。また、気づかれたと分かると一目散に逃げてしまうとても獲りにくい厄介な魔物だ。

 人よりはるかに速いから、走って追いつけるものでもないし、ましてやその硬めの肉が攻撃をガードして防ぐから、殴って倒せるものでもない。本来は。


「すごいわぁ!」


 お姉ちゃんもそれが分かっているのか、全力で褒める。

 一方で困惑している私の前にすっとやってきたジョセフさんが、珍しくぼそっと一言、教えてくれる。


「ウォルター様は私の師です」


 そう言う事かぁ。

 ちなみにジョセフさんは、武器を持ったマリーさんとリリムちゃんの二人を相手に徒手空拳で圧倒する程強い。

 私もお姉ちゃんも、剣だけではてんでダメ。

 一度だけ、四人で模擬戦してるところに混ざってやってくれた事があるんだけど、もう圧倒的だったね。

 拳が速いし重いし硬い。

 そのジョセフさんの師匠って事は、なんかニンブルチキンも走って拳でっての納得しちゃうかな。

 そんな間にも引き続き褒め続けてるお姉ちゃんに便乗して、私もお義祖父様を褒める。


「すごいですね。尊敬します」


 お義祖父様と私たちの話を笑顔で聞いていたお義祖母様が、まあそこまでにして、と次の話題を振ってくる。


「シズクちゃん、美容品をクラウディアから頂きましたよ。使ってみたけれど、とてもいいわね」

「まぁ、使ってくれたの、おばあちゃん!」


 そしてそれから、お姉ちゃんが話を続ける。


「ママ、あげたのは高級品の方よね?」

「えぇ、そうですよシズクちゃん。だから……」


 言おうとしている事は分かる。お姉ちゃんもお義母様の話を遮って、『ストレージ』から瓶を二つ取り出してマリーさんに渡す。

 渡されたマリーさんはお祖母様の前に、失礼します、とそれを置く。


 それを興味津々に見ながら、お祖母様がお姉ちゃんに尋ねる。


「これは、頂いたのとラベルが違うみたいだけれど」

「えぇ、リインフォース家限定の市場に出回ってない最上級品よぅ。おばあちゃんにプレゼント」

「あらまあ、こんなおばあちゃんにいいのかしら?」

「勿論よぅ! おばあちゃんが綺麗になった方がいいわよねぇ、おじいちゃん?」

「その通りだとも! わしからも礼を言うぞ」

「ありがとう、シズクちゃん」

「そういえばシズクが作ったクリームはとてもいいな、あれ、お祖父様もどうだろうか」

「あれか、確かに父上にもお勧めだな。シズク、頼めるか?」


 お義兄様とお義父様がコメントする。お姉ちゃんが作った男性用のクリームっていうと、髭剃り後につけるやつだよね。確かに、お義父様やジョセフさん、他の男性使用人たちからも好評いただいているみたい。お義祖父様は髭を蓄えているけど、剃ったりするのかな。

 お姉ちゃんが、勿論よぅ、と再び『ストレージ』から暗褐色の瓶を取り出して、再びマリーさんに渡す。今度はお義祖父様の前にその瓶が置かれる。

 お義祖父様が説明を促すように、笑顔でお姉ちゃんの方を見る。


「おじいちゃん、髭剃りの後につけてみて。髭剃りしないなら洗顔の後でもいいわぁ」

「なるほど、男性用の化粧品という訳じゃな。早速使ってみるとしよう。ありがとう、シズク」


 理解が早い。

 こうして、話しながらの食事は、あっという間に最後に柑橘系がふんだんに使われたジェラートを食べて終了となった。ごちそうさまでした。

 そして黙々と食事をしていたリエラが口を開く。


「デザートそのに、じゃ! アオイ、オダンゴ! わしはまだ食べられるぞ!」

「おお、リエラがさっき言ってた甘味じゃな。なら早速パーラーへ行こうではないか」


 リエラとお義祖父様が一致団結して、みんなを早く早くと誘ってくる。

 まあ食事も終わったし、食堂から移動する事に依存はないから、それぞれ席を立って移動する。

 私とお姉ちゃんは、お義兄様に連れ立って、というか案内して貰いながら一緒に移動する。

 パーラーは部屋の隅々に、アトランダムに椅子が置かれていて、いくつかの椅子にはティーテーブルも添えてある、食堂とほぼ同等くらいの広さの部屋だ。絵画がいくつも飾ってある。それに、隅にオルガンもあるんだけど、お義祖母様弾くのかな。私も小さい頃弾いたな。今でも簡単なバイエルなら弾けるかな?

 さて、私は中央にある一番大きなティーテーブルに、『ストレージ』から出したお菓子を置く。

 ちなみに、椅子がたくさんあるにも関わらず、誰一人座らない。みんな中央のテーブルへ、私に、お菓子を取り出す事を促すように整列していて、なんだかちょっと緊張してしまった。

 注目したみんなの中でリエラが最初に声を上げる。


「ん、オダンゴじゃないの。見た事のないお菓子じゃが……」


 ふふふ、せっかくだから密かにビルさんと作っていた新作を出しちゃうよ。丁度旬だし。

 あ、という声が隣から聞こえた。お姉ちゃんは気づいたみたいだね。

 リエラとお義兄様がお菓子ではなく、私の方を見てくる。じゃあ、説明しようかな。


「これは、苺大福です」

「「イチゴダイフク」」

「まぁ食べてみてください。絶対に、フォークとナイフで切りながら食べてください。守れない人には渡せません」


 会ったばかりのお義祖父様とお義祖母様を事故らせる訳にはいかない。

 それから私は更に『ストレージ』からお団子、カステラ、どら焼きを取り出して、それもティーテーブルに置く。

 自由に好きなお菓子を取って食べてくださいと伝えたけど、最初はみんな苺大福から食べるみたい。

 私は、紅茶を置いてくれたこの屋敷の執事のギドさんに、使用人たちで食べてください、とどら焼きを多めに渡す。

 とても恐縮してなかなか受け取ってくれなかったけど、お義祖父様が説得してくれたので受け取ってくれた。

 そのまましばらく、使用人たちも休憩に入るみたい。その間、マリーちゃんとリリムちゃんがこの部屋の事は仕切るみたい。端で待機してくれる。

 じゃあ、私も苺大福食べようっと。再びいただきます。

 私も昔は邪道だ思ってたんだよね。でも食べないで言うのもダメだなって思ってお姉ちゃんと二人でチャレンジしたのはもう過去の話。これは和菓子。

 かじると、まず感じるのは皮とあんこのまさに大福。そしてその後からじわじわと滲み出てくる苺の果汁とあんこが合わさって、くどさが消える。すごいスッキリした味わいになるんだよね。


「イチゴダイフクもおいしいのぅ」


 リエラが舌鼓を打って素直な感想をくれる。

 私もあっという間に食べてしまった。もう一個食べようかなと思っていると、素早く手を動かしたリエラは次にお団子に行くみたい。みたらしだ。


「やっぱりオダンゴは格別じゃのう」

「これがリエラの言っていたオダンゴか、食感が面白いのう。わしはこの緑のソースがかかっているのが好きじゃな」

「ずんだですね。枝豆という豆を使って作っています」

「そう言えばゲルハルトの手紙にもあったが、豆の作付け面積を増やすと言っていたな」

「そうです父上。これから王都でオダンゴが流行るはずですので先行しておこうかと」

「ふむ……それよりこのオダンゴの丸いのとイチゴダイフクの皮、同じ材料じゃな?」

「はい、どちらも餅米というライスを用いています」

「そのモチゴメを育てられないかの」


 あっという間に核心をつくお義祖父様にドキッとしてしまった。

 どっちも大事なんだけど、材料の入手の点からすると大事なのって餅米の方なんだよね。みたらし餡なんて気づけば誰でも作れるんだけど。

 私は学校で習った米の作り方を思い出す。多分餅米もそんなに変わらないはず。


「畑ではなく、少し掘って水を溜められるようにした土地に、水を張ります。『田んぼ』と言いますが、これを使って育てます。ここに、あらかじめ別に育てていた苗を植えていきます。どう育てるのかは分からないので、専門家を呼ばないといけないですが……」

「ふむ……。商会はどこがいいかの」

「ウォーカー商会でお願いします。この餅米の仕入れもその商会です」

「分かった。わしから伝えておく」


 あっという間に話がまとまってしまった。いやまだ、実現可能かどうかは分からないけど。


「話がまとまったところで、モチゴメから作るお菓子はまだあるんじゃないかの?」


 ほれほれ出せ出せと、リエラがちょっとうるさい。しかもそれを聞きつけたお義祖父様とお義父様、お義兄様が。


「「「なにー!」」」


 と、食いついてきた。ビルさんと試作するときにそれはもう当然、作ってはいるんだけど。今日は苺大福出したしまた今度ね。とリエラをあしらう。

 四人ががっくりと方を落としてとぼとぼと席に戻る。

 なんて事がありながら、次第に会話は男女に分かれていく。


 私たちはお義母様とお義祖母様とお菓子もたしなみつつお茶を飲みつつ、お話をする。

 男性陣の賑やかな声を聞きながら、お義祖母様が口を開く。


「楽しいわねぇ。リエラちゃんの件があってやっぱり寂しかったから、賑やかでとても嬉しいわ」

「ええ、その通りです。お義母様」

「二人が助けてくれたんじゃよ、お祖母様」

「そう聞いているけれど、詳しく聞きたいわねぇ」


 と、私たちはリインフォース家にきてからの事を話す事に……と思ったらその前から、異世界転移から話す事になった。何度も方々に説明したそれを、再度お義祖母様に説明する。

 話を聞いたお義祖母様が気にしているのは、どうやら私たちの故郷の事らしい。


「私は家族と会えなくなる事になってしまって寂しかったから、あなたたち二人は大丈夫かしら?」


 日本の家族か……。

 お姉ちゃんの方を見ると、私の目を見て頷いてきた。話してもいいって事だね。私も、心配してくれる家族には話しておきたかった。

 私たちは、二人で言葉を紡ぎながら、日本の家族の事を少しだけ話す。

 ざっくりと、まず実の両親はすでに他界している事を伝える。

 そして、子供のいない叔父叔母夫妻の元で厄介になる事になった。

 外聞を気にして衣食住は用意してくれたけど、私たちの実の両親と合わなかった過去があって、私たちにも苦手意識があったみたい。私とお姉ちゃんも、会話は最低限で、ほとんど家では部屋で二人で過ごしてた。

 嫌がらせとかもなかったけど、一言で言って疎遠って感じかな。


「だから、そんなに寂しくはないんです」

「それより私は……」

「それより雫は……」


 私とお姉ちゃんの声が重なる。


「お姉ちゃんと一緒ならいいです」

「蒼ちゃんと一緒ならいいわぁ」


 その言葉を聞いて、お義祖母様は私とお姉ちゃんを交互に見た後、微笑んで。


「本当に仲がいいわねぇ」


 と言ってくれる。

 お姉ちゃんと何度も話した。私たち自身も薄情なんじゃないかって。でもどんなに悩んでもこの結論になってしまうから、もう受け入れるしかなかった。

 だから、受け入れてくれるのはすごく嬉しい。

 それから、そうよ! とお姉ちゃんが話を続ける。


「おばあちゃん、家族と言えば、もう一人いるのよぅ」

「あら? ここにいるのが全員じゃないの?」


 疑問符を浮かべながら、私とお姉ちゃんに先を促すお義祖母様。


「実は、私とお姉ちゃんの従魔が今旅に出てるんです」

「タルトちゃんっていう、可愛いドラゴンの子供なのよぅ」

「まあまあ、それは素敵ね、私も会ってみたいわ」

「また戻ってきたら、必ず会いにきます」


 それから私は、ふと思いついた事をリエラに話す。


「そうだリエラ、ここに標を置けないかな?」

「いい考えね! 蒼ちゃん!」

「ふむ」

「標?」


 お義祖母様が尋ねてくる。


「はい、私とお姉ちゃん、リエラはワープっていう空間属性魔術が使えます。それを使えば瞬時に標の場所まで移動出来るんです」

「これならすぐにおばあちゃんに会いに来れるわぁ」

「三人とも、すごいのね」

「そうなの。リエラちゃん、早速……」

「でもそれは、やめましょうか」

「「え?」」


 お姉ちゃんと同時に声が出る。私はどうしてか分からなくて、続けてお義祖母様に問いかける。


「どうしてですか?」


 すると、お義祖母様が微笑んだまま、私たちを見て言葉を紡ぎ出す。


「私とウォルターの話をしてもいいかしら?」

 

 私とお姉ちゃんは頷く。リエラとお義母様も聞く姿勢になって、空気が話の先を促す。


「前にクラウディアには話したのだけれど、私とウォルターはずっと領地経営をしてきたでしょう? そのせいかしらね」


 すると『ステータス』とお祖母様が詠唱して、お義祖母様の目の前に半透明の文字板が現れる。

 それをくるりと、私とお姉ちゃんの方に向けて見せてくれる。

 上級調理……上級家政術……あ、水魔術を上級まで使えるんだ。

 しかしそれより特筆すべきスキルがあった。


「初級執政術……?」


 執政って、国政とか執り行うって意味だったよね。国……、王国かあるいは領地か。


「まだゲルハルトが小さい頃に、旦那様がスキルが手に入ってるって騒ぎ出してね。中級執政術だって、あんまり自慢するもんだから私も悔しくなって見てみたのよ。そしたら初級執政術が私にも。私も一緒に領地運営をしていたから、きっと与えられたのね」


 それから、スキルの効果もあってか、格段に領地経営がうまく行くようになったという話をして貰った。

 今はなかなか栄えている領都も、その頃はまだ閑散としていたらしい。この領地は昔から農業がメインだったけど、それ以降、色々な施策をして収穫量を増やす事に成功したという話も聞かせて貰った。

 しかし、お義父様とお義母様が持ってない、執政術なんてスキルとなると……お姉ちゃんもそれに気づいたのか、お義祖母様に問いかけようとする。


「おばあちゃん、つまり……」

「えぇ、私たち二人で、ゲルハルトとクラウディアよりよく出来てしまうのよ」


 そう言って寂しそうに笑いながらお祖母様は続けて言う。


「でもそれじゃ一族として繁栄しない。だからけじめのために、ゲルハルトとクラウディアに領地を任せた後、私と旦那様は離れて暮らす事に決めたのよ」


 そう言って再び私たちに微笑みを向けてくれる。

 その顔を見て、少しだけ思ってしまったそれを、私は飲み込めずにお祖母様に尋ねる。


「寂しくないんですか?」


 そして微笑んだ顔のまま、優しい声で教えてくれる。


「寂しいわよ。でも、そうしないとゲルハルトもクラウディアも私たちを頼ってしまうのよ。本人の意思とは関係なく、自制しててもね。逆に、私たちも無意識に助けてしまう」


 最も、時々アドバイスはするけどね、と続けて教えてくれた。

 

「お義母様は領地運営だけでなく、社交にもとてもお詳しいのよ。そちらもよくアドバイスを貰っているわ」


 クラウディアお義母様が尊敬の眼差しを持って、私もまだまだね、と言いながら教えてくれる。

 ゲルハルトもクラウディアも十分よくやっているわよ、とはお義祖母様の言。

 それからは少ししんみりしてしまった雰囲気を跳ね除けるように、私たちの旅の話だったりこちらに来てからの話をして、お義祖母様を楽しませた。

 

    ◇


 夕飯が済んで、お姉ちゃんがお義祖母様に問いかける。


「おばあちゃん、お風呂を一緒にどうかしら?」


 実はさっき話題になった、お風呂ハウス。それに一緒に入らないかと提案するお姉ちゃん。

 お義祖母様は二つ返事で頷いて、男性陣をほっぽって屋敷の庭に来た。

 ちなみにリエラとお義母様は屋敷のお風呂に入るらしい。

 私? 私は当然選択肢なんてないよ。

 三人並んで庭に出る。後ろからリリムちゃんと、お義祖母様付きのメイドさんがついてくる。

 お姉ちゃんが一歩前に出て、『ストレージ』からお風呂ハウスを出す。

 別荘として作られたからか、庭が広くて幸いした。お風呂ハウスを取り出しても余りある敷地だった。

 そんなお風呂ハウスを初めて見るお義祖母様とメイドさんが驚きの声をあげる。

 その間に、お姉ちゃんが玄関に移動して私たちを誘う。


「おばあちゃん、入口はここよぅ。早速入りましょう」

「えぇ」


 お姉ちゃんに先導されて、お義祖母様がお風呂ハウスに入っていく。

 ちゃんとお姉ちゃんに言われた通り靴を脱いで上がるお義祖母様。

 興味深く隅々まで見ながら、奥の方へと進んでいく。

 お姉ちゃん、お義祖母様、私の順で脱衣所に入り、三人それぞれ好きなカゴに服を入れていく。

 私とお姉ちゃんは当然脱ぎ慣れてるけど、お義祖母様は……と思ったら普通に一人で服を脱いでいた。

 なんでも、元々は騎士爵の家の出で、この家でメイドとして働いていたところをお義祖父様に見初められたとか。

 それってもしかして禁断の恋? 実は反対されてたりとか……。


「蒼ちゃん、にやけてるわよ。理由は分かるけど……」

「分からないでいいから! 止めてよ!」


 何でばれたんだろ……。私、そんなに顔に出やすいのかなぁ。なんか前もこんな事を思ったような気がするけど、気にしないようにしよ……。

 さて、服を脱いで三人で入る。

 ちなみに、リリムちゃんたちには三人で入るから、脱衣所隣の居間とも言いそうな休憩部屋で休憩しててとお姉ちゃんが厳命した。

 領主一族だから秘密の話があるのよ、なんて言っていたけど、絶対単にお風呂で好き放題したいだけ。私で。

 さすがに、普段の口調と違って厳命よ、と言われてしまったリリムちゃんはそれを承諾して休憩部屋で待機する。メイドさんはちょっと戸惑っていて、お義祖母様の世話をどうしようってなってて、一人ついてきたそうだったけど、お義祖母様もお姉ちゃんに乗って命令してた。私はちょっとかわいそうになって、リリムちゃんと二人分のお団子を置いておいた。最終的に二人とも目を輝かせていたからよしとしよう。

 湯船に入ると、お湯が張った状態で湯気まで出ていた。

 お風呂は新たに沸かした訳じゃなく、浴室全体を『ウォッシュ』して、『ウォーター』でお湯を張った状態でお姉ちゃんが『ストレージ』にお風呂ハウスをしまっただけだ。それでお湯が冷めないって、ストレージの時間経過とか熱力学はどうなってるんだろうね。

 おっと、最後に入ってきたお義祖母様が感嘆の声をあげる。


「素敵なお風呂ね」

「そうなの! 故郷の雰囲気が出てて、雫は好き」

「私も。落ち着くよね」


 温泉旅館に来たような雰囲気が味わえるこのお風呂ハウス。この世界の人じゃ分からないだろうけど、石畳の床に、石を積み上げて作った湯船。湯船は水漏れしちゃうから、金属で外枠を作ってからしっかりと石を固定している。接着剤あるのかな。

 木で作ってもよかったんだけど、檜がまだ見つからないって言ってた。見つかったらお姉ちゃんの事だから改装するかもしれない。

 さてお風呂の鉄則。まずは三人並んで体を洗う。『バスタイム』? そんな風情のない事はしないよ。お姉ちゃん特製のシャンプー、トリートメント、ボディーソープで全身洗う。フェイスウォッシュもあるよ。

 それを並べて、まずお姉ちゃんが私の髪を洗う。

 お義祖母様がそれを見てお姉ちゃんの髪を洗いたがっていたので、私は譲る。お姉ちゃんは一瞬ちょっとごねたけど、お義祖母様に洗って貰うのもいいわねぇ、なんて結局は喜んでいた。

 体も洗って、三人で一緒に湯船に浸かる。

 あぁ、この心にも染み入る感じ、いいよね。普段の気苦労が現れていく感じがする。主にお姉ちゃんからの。

 何を話すでもなく、足を伸ばしてだらりとしていると。


「ねぇ、二人とも」


 お義祖母様が私たちに話しかけてきた。


「なぁに? おばあちゃん」

「なんですか?」

「結婚はしないの? 社交に行ったでしょう? よさそうな人はいた? リインフォース家の家名も回復してきた事だし、今後のためにもどうかしらって思って」


 結婚かぁ。条件に合う人がいるか、は別にして願望はある。そしてお姉ちゃんと離れる覚悟が私に出来るかというと、まだ出来ない。条件? 条件は結婚してからもあなたよりお姉ちゃんといる時間の方が長いけど許容出来るか、だよ。容姿はさておき、安心出来て楽しいと思える人がいいなぁ。

 そして何より、私たちは老いないし、生命を脅かす病気にはならない上、普通の人より死ににくい。これは試してないけど、世間一般で言う不老『不死』じゃないんだよね。あくまで『不老』。だから多分首を切られたら死ぬ、というのがお姉ちゃんとの共通見解。話が逸れたけど、『不老』を許容出来る人間じゃないと絶対に合わないと思う。

 その点はお姉ちゃんも理解しているのか、お義祖母様にはこう説明した。


「考えてないわ。蒼ちゃんがいれば十分だもの。それに、雫と蒼ちゃんには不老があるから……」

「リエラちゃんと同じスキルを持っているのね」


 お義祖母様はそう言って、そう、と呟くと、続けて私たちにゆっくりと。


「リエラちゃんをお願いね」


 と宣うと、不老の三人娘、人気爆発なのでは。と変な方向に話が進んで、ちょっとだけ真面目な私たちの先の話はあっという間に置き換わるのだった。

 いいお湯でした。


    ◇


 お姉ちゃんと寝室。マリーさんとリリムちゃんにはもう下がって貰って、二人の時間だ。

 そして私たちは、相変わらず日課になっている部屋で出来る魔術訓練と、日記をこなしてベッドに入り込む。

 いつもと違う寝室だけど、部屋は一緒にして貰った。ツインの部屋がないとかで、ダブルの一室になった。それでめちゃくちゃにテンションが高いお姉ちゃんが話しかけてくる。


「蒼ちゃん、今日楽しかったわね」

「うん、おばあちゃんとおじいちゃんに会えた」

「そう。日本では会えなかったからね」

「会えなかったって、私はずっともう亡くなってるんだと思ってたんだけど、お姉ちゃん何か知ってるの?」

「前に叔母さんが電話してるのを聞いちゃったのよ。それ以上追求は出来なかったけどね」

「そうなんだ……」

「ごめんね」

「え? 何で?」

「話さなかったから」

「いいよ。お姉ちゃんがそうした方がいいって思ったんなら、大丈夫。それに、私たちのおじいちゃん、おばあちゃんはあの二人だから」

「そうねぇ。さて、明日はお義兄ちゃんたちに挑まれた狩勝負だし、寝ましょうか」

「だね。絶対勝つんだから」


 それじゃあ今日も、おやすみなさい。


    ◇


「忘れ物はないかしら?」

「はい、大丈夫です」

「あってもまた取りに来るから大丈夫よぅ、おばあちゃん」


 それもそうねぇ、と笑いながら三人で話して、お義祖父様の方へ向く。

 私が挨拶しようとしたら、それを手を上げて止め、お義祖父様が口を開く。

 

「堅苦しい事はなしじゃ。ここも二人の家じゃからな。いつでも帰っておいで」


 そう言ってくれたお義祖父様に、私は頭を下げずにありがとうを伝え、お姉ちゃんとともにハグをする。

 それを嬉しそうに堪能してから、お義祖父様が私に耳打ちする。


「ところでアオイ、魔物肉は……」

「大丈夫です。レシピとともにこちらの料理人に預けました。お菓子も含めてです」

「そうか、じゃあお駄賃をあげないとのう。ほれ」


 そう言って、体を離した私たちに、小銭を置くかのように手に置いたのは、拳大の青い石と、白い石。

 リエラが目ざとくそれを見て話始める。


「お祖父様、こんな石持ってたんじゃな。アオイ、シズク、これは魔石じゃ。ちょっと特殊なのう」

「特殊って?」

「偏魔石じゃ。青いのは水属性、白いのは聖属性に偏っておる。それに純度もいいの」


 そして、ぬしらが杖に使ってる宝石と同じ効果じゃ。効率は段違いじゃがの、と教えてくれた。

 私は一瞬返そうという言葉が頭をよぎったが、家族と認めてくれたんだと思って、お礼を言って『ストレージ』に丁寧にしまう。

 そろそろいいか? というお義父様の声に、私たちはお義祖父様のエスコートで馬車に乗り込む。

 そして馬車は進み始める。私とお姉ちゃんは、窓から体を出して手を振る。

 お義祖父様とお義祖母様、それに使用人が手を振ってくれる。

 一日だけの滞在だったけど、とても楽しかった。


「お姉ちゃん、また来よう」

「えぇ、そうねぇ」


 こうして私たちは、帰路につくのだった。

いいね、コメント等頂けると嬉しいです。


今回も楽しんでいただけたら幸いです。


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