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73. リインフォース領へ帰ろう4

 目が覚める。いつもの、リインフォース領の領主邸とも王都の家とも違う感触のベッドで寝ている事に、一瞬ドキッとする。

 ここは……そうだ、お姉ちゃんが作ったお風呂小屋のベッドだ。

 昨日はお姉ちゃんとリエラと三人でおしゃべりしててちょっと夜更かししちゃったから、まだ寝ていたい欲が強い。でも二日酔いはなさそう。

 下のベッドを覗くとリエラが、隣のベッドにはお姉ちゃんがまだ寝ていた。隣で寝ていたはずのお義母様はさすが、もう起きているみたい。よし、私も起きよう。気合を入れてベッドから起きる。お姉ちゃんもリエラもぐっすりと寝ているようで、全く起きる感じはなかった。私はリビングで着替えようと場所を移動すると、マリーさんとリリムちゃんが立ったまま待機していた。


「「おはようございます」」


 お姉ちゃんとリエラがまだ寝ているのを察してか、小声だが透き通る綺麗な声で二人が挨拶してくれる。

 私もおはよう、と返して、着替えを手伝ってもらう。

 脱いだ部屋着をマリーさんに洗浄して畳んでもらっている間、リリムちゃんに『ストレージ』から出した服へ着替えるのを手伝ってもらう。何があってもすぐ動けるように、プリーツスカートにブラウス、ジャケットの冒険者装備。髪を整えてもらってる間、ショートソードの点検をする。まぁ、そもそも滅多に抜く事がないから、部品の嵌合と刃こぼれの確認だけだけどね。

 ショートソードをベルトにセットしたら、マリーさんが畳まれて綺麗になった服を渡してくれたので、お礼を言って私はそれを『ストレージ』にしまう。と、同時に髪もセットが終わったみたい、今日もツヤツヤにしてもらったお礼をリリムちゃんに言って、私はお姉ちゃんとリエラが起きるまで待つと言っている二人を置いて外に出る。

 お風呂小屋を出ると、お義父様が焚き火の火を調整しながら、お義母様と談笑していた。ジョセフさんとジェニファーさんもすでに起きていて、二人に紅茶を入れたりしている。ビルさんは、かまどの前で朝ご飯の仕込みをしている。寝ていたのは私たちだけみたい。


「おはようございます。お義父様、お義母様、みんなも」


 私がそう言うと、それぞれ思い思いの挨拶が帰ってきた。お義母様に二人は? と聞かれたので、まだ寝ています、と返す。


「あの二人は本当に困ったものですね……」

「二人とも好きな時に寝ておきますからね……」


 私は、ご飯が出来る前に二人を起こすと告げて、ジェニファーさんからお茶をもらう。あれ、今日はコーヒーだ。たまにはいいだろう、というお義父様にカップを掲げて、一口飲む。苦さが鼻腔を抜けて、そして口に広がる。苦すぎるのは苦手だけど、これはあまり苦くない。むしろ少し甘味すら感じる。でも確認したら砂糖入れてないって。そういう豆を選んでくれたのかな。

 お義父様の隣に座り、旅程を確認する。一日で予定の倍は進んだようだね。王都に向かって行った前回よりだいぶ早い。多分私の魔力が強くなってるのと、制御が一台でよくなったからかな。ずっと調整してないといけないから、二台は結構大変だったんだよね。わざわざ言ったりはしないけど。

 それからは三人で談笑。もっぱらハインリヒお義兄様がちゃんとやってるのか、領の様子はどうなっているのかという心配事の呟きを、お義母様がビシッと切るという流れだったけど、十分楽しい。私も領内の豆とかの生産が気になる、などを話しているうちに、ビルさんがそろそろ朝食が出来る事を告げに来てくれた。お姉ちゃんたちは当然、起きてない。


「じゃあ、二人を起こしてきますね」

「頼みましたよ、アオイちゃん」


 お義母様の発言に返事をして、私は意気軒昂にお風呂小屋に再び入る。リビングに入り、私を見たマリーさんとリリムちゃんがともに首を横に振るのを見て、寝室の扉を開ける。


「お姉ちゃんたち! 起きなさーい!」


 私は『フロート』を使ってお姉ちゃんとリエラが掛けている毛布を引き剥がす。防寒も考えられている小屋とはいえ、毛布無しではまだまだ寒い。しかしまだ起きず、お姉ちゃんなんて微動だにしない。

 更に私は、『ブロウ』と『クール』を唱えて、冷たい風を二人に送り込む。さすがにこれは効いたのか、叫びにならない声を上げながら、二人はのそのそと動き出す。


「蒼ちゃん……鬼……」

「久しぶりじゃの……これ……寒いのう」


 まず上半身を起こしたのは、左上のベッドに寝ているリエラだ。ただ頭はまだ覚めていないのか、ボーっとしている。だけど私たちは無情だよ! そこへすぐさまマリーちゃんが近づいてリエラがベッドから降りるのを補助する。勿論、今にも寝そうなお姉ちゃんも忘れない。こっちはリリムちゃんが補助してベッドから降りるのを手伝う。

 マリーさんがリエラ、リリムちゃんがお姉ちゃんの準備のために忙しなく動き出したので、私は邪魔にならないように小屋を出る事にした。再びお義父様の隣に戻って焚き火で暖を取りながら二人の事を報告するのだった。




 それからリインフォース領都前の最後の休憩ポイントまで、特筆する事が無い。魔物も進路に出なかったし、盗賊もいなかった。毎朝起きてこない二人を起こして、ご飯を食べたり休憩を挟んだりしながら『エアイクストルード』で速度を上げて道を行く。私は前の馬車、リエラが後ろの馬車。途中、お姉ちゃんが『シールド』で馬車を、『ヘイスト』で馬車を引いているネーロとブルーノを強化する事を思いついて、更に速度が上がった馬車により三日目にして領都に着いてしまった。すれ違った何台かの馬車には、一体何事だと思われただろうね……。でもまぁ、王都に行った時は六日かかったのに、帰りは本当にあっという間だった。だけど馬車の振動がちょっと辛かったので、ヒールがあるとはいえ次はのんびり体に優しく行きたい……。いっそ馬車を改造するのもありかなぁ。サスペンションってどうやって作るんだろ。

 領都の前の最後の休憩ポイントで私たちはお茶を飲みながら、先触れとして馬車を一台先行させるためのメンバー調整を相談する。先触れとして行くのはジョセフさん、ジェニファーさん、リリムちゃん、ビルさん。残るのは私たち一家とマリーさんだ。やっと馬車はのんびり進む。

 そして馬車を走らせて二時間くらい。リインフォース領都に到着した。外壁門の門番さんが、拳を胸に当てて挨拶をしてくれる。この馬車はリンフォース領の紋章が入っているから、それですぐ分かったんだろう。紋章を偽造したら重罪だし、何より先行した馬車が連絡をしておいてくれたのかもしれない。

 領都の中は勿論、魔術は使わずゆっくり移動。

 大通りを進んでいたんだけど、ちらほらと、お帰りなさいませ! といった声が聞こえた。

 そして大通りをそのまま進み、領主邸へと辿り着く。当たり前ながら子爵邸の門を顔パスしてそのまま前庭を通って玄関に馬車を停めると、お義兄様や使用人一同が待っていた。

 お義父様が、リエラは最後。と言い含めてまず降りる。

 次にお義母様がお義父様のエスコートで馬車を降りる。

 久しぶりに会ったお義兄様のエスコートで、お姉ちゃん、私と順番に降りる。

 そして最後に……。


「リエラ……」


 お義兄様の呟きが溢れる。それでも呆気に取られて止まる事なく、リエラをエスコートして馬車から下ろす。


「よく帰ってきたな……おかえり」

「ただいまなのじゃ。兄上」


 リエラが似合わないカーテシーをお義兄様に向けてすると、お義兄様はリエラの頭をぐしぐしとした。

 リエラの髪が乱れるのも構わず、ずっとぐしぐししていると、マリーさんと、お義兄様の侍女のドロシーさんにその手を止められる。


「ハインリヒ様、リエラお嬢様のお髪が乱れます。これ以上はご容赦を」

「家族とはいえ、女性の髪を見出すのは感心出来ません」

「う……すまない」


 女性侍女二人がかなりご立腹だ。しかし当のリエラはさして気にしている風でもなく、手櫛で乱れたのを直している。

 すると、手櫛はダメです! と、マリーさんが『ブラシ』ですぐにリエラの髪を直し始める。直されながら、リエラが口を開く。


「ま、兄上もわしが珍しいんじゃろ。許してやってくれ、マリー。ドロシー……久しぶりじゃな」

「ご健勝そうで何よりでございます。リエラお嬢様」

「また世話になるの」

「はい」


 リエラに向けて丁寧に頭を下げるドロシーさん。それに釣られて、他の使用人たちも頭を下げた。

 三年ぶりの我が家に帰還したリエラは、何も変わっておらんの、と言いながら先に中に入ってしまった。

 私はこの動きを知っている。嬉しくて顔が綻んでるのが恥ずかしくてさっさと動いて取り繕う時にするリエラの癖だ。お姉ちゃんもそれに気づいて、少し放っておいた方がいいだろうとしばらくの間、避けられたと勘違いしたお義兄様と三人で話をした。

 その後、休憩と話をするために居間に移動する。丁度四の鐘が鳴ってお茶にもいい時間だしね。話の目的はハインリヒお義兄様と色々手紙では共有しきれていない情報を共有するため。主にリエラ関係かと思ったら、領の運営に関してもだって。どうやらお義父様は本当に領の経営をまるっきりお義兄様に任せたらしい。

 私たちがソファに座ると、ドロシーさんがお茶を淹れてくれる。毒見のいらないお茶会ってのも久しぶりだよね。リエラがお団子を所望したので、私は使用人たちの分も含めてテーブルに出す。王都に行っていない組が何だ何だと不思議そうにお団子を見る。その一団を代表してお義兄様が尋ねて来た。


「これは何だ?」

「お団子という、王都で私が新しく作ったお菓子です。お餅とちょっと似ていますが、別のものです。今日はソースを二種類用意しました。緑色が鶯で、茶色がみたらしです」

「ほほう。いただくぞ」


 私は使用人たちにも一度下がって食べてきていいよ、と指示を出して自分の分を手に取る。今日は鶯から食べようっと。お姉ちゃん以外は、みたらしから食べるみたい。使用人はさすがに人払いではないので全員同時ではなく、順番に交代して食べに行くみたい。

 後からみんなにおいしいという評価をもらう事になって私は満足。一口食べて目をキラキラさせているお義兄様の感想もそこそこ、早速、本題に入る。まず、お義父様が話を切り出す。


「さてハインリヒ。こちらから伝える事も山とあるが、まずはお前の領地経営の結果を聞こう。一人でやってみてどうだった? 何か問題はあったか?」

「はい父上。報告します……」


 お義兄様がお義父様に向けて色々報告している。まずお義父様から引き継いだ、私たちが王都に行く前から問題になっていた点の進捗や解決した件の結果報告。それから新しく私たちが王都にいる間に起きた問題。それと冬だったからほとんどないけど、農作物の収穫状況などを報告していく。時折お義父様が、お義兄様の意見や感想、なぜそれを実施したのか、などを聞いてメモを取っていく。お義兄様、だいぶ緊張しているのかお茶を口に含む速度が早いのが印象的だった。

 しかし小一時間もすればそんな報告も終わりになる。細かい数字なんかは後で纏めたのを見るらしく、今は確認しないみたいだしね。


「ふむ、ハインリヒ、悪くないぞ。初めてにしては及第点だ」

「そうですか」

「詰めの甘さはこれからよくなるだろう。気を付けるべきは先を見る事だな」

「先を、見る」

「そうだ。何かをしたらどこかに影響が出る。これを忘れてはいけない。そしてその影響が一回で終わるのか、複数回かかるのか、あるいは問題として残るのか。難しいと思うが、これから何かをやる時は考えてほしい」

「分かりました父上。ありがとうございます」


 お義兄様の返答に頷いて返すと、再びお義父様が話し始める。王都での出来事をお義兄様に伝えるらしい。

 と言っても滞りなく王への報告を終えた、とだけだった。短くない?


「リエラがここにいる件は、シズクとアオイが詳しいだろうから任せる」


 えぇー!?

 お義父様がお義兄様に報告するものだとばかり思っていたので、何も準備が出来ていない。

 私はお姉ちゃんを見ながら全部任せてしまおうと可能な限り甘くした声でお姉ちゃんを呼ぶ。


「お姉ちゃ〜ん」

「あら可愛い。……でも、発案者は蒼ちゃんよ」


 残念。

 私は諦めて、お義兄様含め全員にもう一度説明する。

 民衆派の中でリインフォース家の評判が上がれば、リエラの罪が冤罪だと声を大にして言えるんじゃないかと思った事。

 そのために私はお菓子を、お姉ちゃんは美容品を、タルトは冒険者ギルドを中心に評判を上げるために頑張った、と。


「待てアオイ、そういえばタルトはどうした」

「順を追って説明します」


 私は話を続ける。お菓子と美容品、狩りで獲った魔物肉のおかげでリインフォース家は話題の中心にならない日が無いくらいになった。声が大きすぎて販売会をしないといけないくらいに。それから、お義父様、お義母様は社交に行くたびにこれらを手土産にして評判を上げていった。

 そんな最中、王都にワイバーンの群れが向かっているとの報告があり、私とお姉ちゃんはBランク冒険者として合同依頼の討伐戦に参加した。タルトが冒険者ギルド側の評判を上げてくれていたので、冒険者ギルドの人たちも良くしてくれたよね。

 討伐戦では第一魔術師団のルーク団長がリエラに悪い感情を持ってないのもあって、希望した一番槍になった。そこで、お姉ちゃんの強化魔術と私の複合魔術を使って突撃したんだけど、一撃でほとんどのワイバーンを狩り尽くしちゃったんだよね。

 そうしたらこんな討伐速度は初めてだと、その要因になった私とお姉ちゃんは王城に褒賞授与として呼ばれる事になる。ただ金銀財宝を渡されるわけではなく、その場で王様に褒美は何がいいか聞かれたので、ここしかチャンスはないと、思い切ってリエラの解放を申し出た。

 特に貴族派から大きな騒ぎになったけど、その頃にはリインフォース領製のお菓子や美容品などは貴族派にも浸透していたので、大きな声は極々一部から上がったのみで、民衆派が抑えてくれたが。

 リエラについて改めて王子の証言も聞いた王様が、リエラは無罪だと認めてくれたので、リエラは無事解放された。

 ここまでがリエラ解放までの話。

 それで、リエラが無事戻ってきたので、森の家でやっていたように私たちは魔術訓練をしながら日々過ごしていたけど、タルトがリエラに勝負を挑んだんだよね。

 そこで見事に負けて、悔しいから強くなるために旅に出る事にした。

 私はまだ日が浅い胸の痛みを手で抑えながら最後にタルトの説明をする。


「それで、社交の季節が終わったのでこっちに戻ってきました」


 お義兄様が頭を抱えながらうんうん唸っている。こうして改めて話すと割とやりすぎちゃった?


「割とじゃないわよ、大分よ」

「だからなんでお姉ちゃんは私が思ってる事が分かるかなぁ!」

「それはね、姉だからよ!」


 よく分からない。きゃあきゃあ二人で騒いでいると、頭を抱えていたお義兄様が復活して質問してきた。


「リエラはなぜ王都から一緒に帰ってきた?」

「それはわしがワープという瞬間移動する空間属性魔術を使ったからじゃ」

「瞬間……我が妹たちは何でもありだな……」


 また頭を抱えるお義兄様。

 お義父様が話を切り出す。


「何にせよ、家族が無事戻ってきたのは喜ばしい事だ」

「全くだ。無事で何よりだよ。リエラ」

「うむ」


 これで報告も終わりかな、と思っていると、最後にお義母様が口を開いた。


「最後ですが、ハインリヒちゃんのお相手の話です」


 お義兄様が背筋をピシッと伸ばしてお義母様の方を向く。私たち、全員実は結婚適齢期なんだよね。だから、年長者のお義兄様も当然嫁入り相手を探しているわけで、特に領地の運営があるから重要度も上がる。ちなみに私たち娘三人は全員不老な上、誰も結婚願望が無いのでお義父様とお義母様の心血は息子の婚約に絞られていた。


「今年はシズクちゃんとアオイちゃんのおかげで風向きが変わりましたね。来年社交に出れば意中の相手を見つけられるでしょう。ただ、中には婚姻に前向きなお付き合いを申し込んできた方もいらっしゃいます。民衆派に搾りましたが、如何しますか?」


 そう言ってお義母様はジョセフさんに手紙を渡す。ジョセフさんはお義兄様の隣に移動して、手紙を順番に五通、並べて置く。


「相手が、こんなに……」


 お義兄様がびっくりしている。その一言から、リインフォース家への風当たりって大変だったんだという事が分かる。


「私と旦那様は決めません。勿論相談には乗りますが、あなたの意志で選びなさい」

「ありがとうございます」


 お義兄様が手紙一通づつ、レターオープナーで開いて確認を始めた。表情は真剣そのものだ、邪魔しないようにしないとね。しかし、紅茶の入ったカップがたてる音だけだった静寂を破ったのはお義父様だった。


「王宮の政務官から言われたが、陞爵の可能性が高いらしい。そのつもりでいてくれ」


 えっ? 陞爵って、爵位が上がる事だよね? 伯爵になるのかな。


「わしの件が片付いたらもうこれか、気が早いのう」

「むしろそこしか汚点がなかったと政務官が言っていた。これは家族だけじゃなく、使用人一同のおかげでもある。礼を言う」


 お義父様が立ち上がって頭を下げる。本来はしない動作だけど、こう言うところ丁寧で嫌いになれないよね。

 主人が頭を下げるという行動に慌てた使用人一同を代表して、ジョセフさんが話をする。


「旦那様、お顔をお上げください。おめでとうございます。私どもも引き続きリインフォース家の恥とならぬよう、誠心誠意働かせていただきます」


 この場にいる使用人が一斉に頭を下げる。

 お義父様が頭を上げさせて、再び仕事に戻る使用人一同。

 これで報告はおしまい。後は日々どう過ごしてたなんて雑談で、夕食までの時間を過ごした。




 夕食が済んで、お風呂にも入って私たちは部屋に戻る。

 タルトがいなくても魔術訓練は欠かさない。最近はリエラにもらった魔石を使って、魔力を込めたり抜いたりしながらジャグリングをしている。普通の魔石だと割れちゃうんだけど、これはキミアさんの特別製らしくて、ほぼ全力で魔力を入れても割れる事がない。全力で入れるのなんて初めてだから、まずは二個からゆっくりと始めていて、今日は初めて三個に挑戦している。


「最大出力を伸ばさないとこれ以上早くは無理だね」


 ふうん、と日記を丁度書き終わって日記帳を閉じたお姉ちゃんが私を見て反応する。

 お姉ちゃんも一個、魔石を『ストレージ』から取り出して魔力を出し入れし始める。


「本当ねぇ、時間がかかるわ」


 しばらく続けていても、なかなか早くならない。明日、リエラに早くする方法を聞いてみよう。となった所で魔術訓練はおしまい。

 私たちは久々領の自室のベッドで眠りにつくのだった。



 …………。



 ……………………。ん……。



 部屋が明るい。瞼の裏に眩しさを感じて、私は目が覚める。

 朝だと思って目を開いて窓を見ると、カーテンの隙間から覗く窓の外は宵闇。

 一体何だと辺りを見回すと、ドレッサーの辺りが煌々と光り輝いているのが見えた。この光、記憶にあるぞ。

 光が更に煌めき、眩しさに私は目を瞑る。再び目を開いてドレッサーの方を見ると、光が収束し始め、金色に輝くウサギが現れた。そう、執事服にモノクルの、私たちをこの世界に連れてきたあの神の眷属ウサギだ。

 ウサギは鼻をひくひくさせながら二本足で立ち上がり、右前足を上げる。まるで仲の良い友人に会った時のように気さくに。そんな仲じゃないんですけど。そして脳に響く、高くも低くも無い、抑揚もどこか不自然な不思議な声がする。


「健勝で何より、会えて嬉しいぞ」

「えぇ……私はあまり会いたくなかったけど」


 そして私はウサギを十分に警戒しながら、全くの無防備に寝ているお姉ちゃんを起こす。


「んゆ……なにぃ?」

「お姉ちゃん、忘れてるかもしれないけど例のウサギがきた。起きて」


 それを聞いたお姉ちゃんが目をぱっちりと開いて、起き上がる。


「ふぁぁ……。あら、ウサギさん、今は神様なのかしら?」


 ウサギは今度は右前足を下ろして左前足を上げる。なんか小憎らしさを感じて、私は『ストレージ』から杖を取り出してウサギに向ける。


「落ち着け、無害な可愛いウサギだ。杖を下ろせ」

「蒼ちゃん、流石に危害は加えないと、思うわよ。多分だけど」

「……分かった」


 私は杖を下ろして、自分のベッドに腰掛けてウサギの方を向く。

 それで、今日は何の用かをウサギの姿をした神様に尋ねる。


「うむ、警告しにきた」

「え?」

「名付きの魔族の封印が解かれているのを確認した。それに、新たな魔族が生まれたぞ」

「それって前に倒したリヒャルトみたいなの?」

「あれより強力だ」


 言いながら両前足を広げてバタバタと振り始めるウサギ、いや、神様。コミカルにマッチしてるのほんと何なの?


「それで、雫たちに倒せって言いにきたの?」

「いや、関与するもしないもそなたらの自由だ。ただ、予言しよう。放置していたらこの国全土が災厄に包まれると」


 ずるい、本当にずるい。これは、対処しろって言ってるようなものじゃない。私はキッとウサギを睨んでから、お姉ちゃんに話しかける。


「お姉ちゃん、すぐに捜索に出ないと……」


 しかし答えたのはお姉ちゃんではなく神様だった。


「それには及ばない。被害は出るが、触れも出る」

「それじゃ、被害に遭う人がいるじゃない!」

「神様、あなたなら、魔族の居場所を知っているんじゃない?」

「知っている。だがそれを伝えるのはルール違反だ。我が居場所を教える事はない。出現を教えるのもルールだからだ。ちなみに、もし関与するなら、触れが出るまで待て。それが最も被害が少ないだろう」

「ルール違反て何? 誰かと勝負してるの?」

「それに答える必要性を感じない」

「はぁ? それじゃ……」

「では伝えたぞ。」

 そう言って、私の話を途中で無視して、ウサギの姿をした神様は両前足を大きく振りながら消えていった。

 光が消えるまでぽかんとしていた私とお姉ちゃんは、静寂が戻ってから口を開く。


「どうする……?」

「言ってた通り、場所も時期も分からないんじゃ報せがあるまで放置するしかないわねぇ」


 私はまだ若干イライラした状態のまま、シーツに包まって寝る事にした。

 お姉ちゃんが私の肩の辺りをシーツの上からぽんぽんとして、私のシーツに潜り込んできた。


「ちょっとお姉ちゃん、自分のベッドがあるでしょ」

「今は一緒にいた方がいいと思って」


 こう言う時のお姉ちゃんは頑固なのを知っている。だから私は、好きにして、と言ってお姉ちゃんに背を向けて丸まった。そこへお姉ちゃんが後ろから抱きついてくる。

 そうするとなんだかイラついていたのもあっという間にどこかへ行き、私は安心して、眠りにつくのだった。



    ◇



 神様が雫と蒼の部屋に現れているとき、別室でもう一人目を覚ました人物がいた。


「何の気配じゃ……?」


 しかし探るものの、何かが現れている事しか分からず、少ししてその気配も消えて行った。


「変な雰囲気じゃったの、一体何だったんじゃ……」


 ゾワゾワするような、不思議な感覚がなくなったのを再度確認して、リエラは再び眠りにつくのだった。


評価、ブクマ、いいね、誤字報告いつもありがとうございます。

感想頂けたら嬉しいです。

今回も楽しんでいただけたら幸いです。

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[一言] 楽しく拝読させて頂いております。 お風呂屋敷もかくや活躍し、 続きが気になる処です。
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