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72. リインフォース領へ帰ろう3

 社交シーズンも終わって、リインフォース領に帰る事になった私たち。冒険者ギルドとウォーカー商会に挨拶をしたその翌日、私とお姉ちゃん、リエラはメアリーちゃんの住むノーヒハウゼン邸へやってきた。

 私たちは遠慮するつもりだったんだけど、リエラに届いた返信の手紙に、メアリーちゃんが必ず連れてきて、と添えて送ってきたらしい。

 なので私たちもおめかしして、リエラと一緒に馬車に乗っている。

 まだ走り出して間もないし、すぐに着くのだけど、暇になったのかリエラが口を開く。


「ぬしらのドレス、なかなか似合ってるの」

「ありがとうリエラちゃん」

「ありがとう。私は逆に、リエラのドレスが見慣れない……」


 ロリータファッションじゃないリエラなんて初めて見た。藤黄色のドレスで、上半身はまるでブラウスのようなデザインだがあまり体型を強調していない。一方のロングスカートはこれでもかというぐらい、フリルと中のパニエで膨らみを作っている。ロリータじゃないけど、その系統ではあるかな……という感じ。でも似合っている。

 ちなみに私は水浅葱、水色より更に薄い藍色のツーピースのスカートがふんわりと膨らんでいるドレス。

 お姉ちゃんは勿忘草の花に似た明るい青色のツーピースで、スカートに軽くバッスルが入っているドレス。

 リエラのドレスをじっと見ている間に、二人がドレスのここがいい、あそこがいいと言ったドレス談義に熱中してしまったので、入り損ねた私は窓の外に目を向ける。

 馬車の窓から外を覗くと、道の端には、溶け始めた雪が放置されていた。王都は大雪になると言う訳ではないが、雪かきが必要な程降る事がある。

 今年は降った方で、道に雪が残ってしまっているのだろう。本来は生活魔術を駆使して貴族街側は全て溶かすと聞いた。ちなみにリインフォース邸の前は私とお姉ちゃんも雪かきしたので綺麗に溶けている。雪かきをしたのは主に庭を残して通路や正面の道。庭にはお姉ちゃんがはしゃいで作った雪だるまが鎮座している。作ってからせがまれて私が水魔術で補強したので、しばらく溶けないかもしれない。

 そんな事をぼんやりと思い出しながらお姉ちゃんとリエラの会話を流し聞いていると、馬車が停止した。


「着いたようじゃな」


 その声に私はハッとして、顔を馬車の中に戻す。すると、お姉ちゃんもリエラも私の事を見ていた。


「蒼ちゃん、ぼーっとしていたみたいだけれど、大丈夫?」


 お姉ちゃんが心配した顔でこっちを見てくる。私は景色を見ていただけだからと説明すると、安心して外の様子を伺っていた。

 それからマークさんが門の人と話をつけて帰ってきて、そのまま門を通って玄関へ向かう。

 玄関に着くと、メアリーちゃんと、ノーヒハウゼン侯爵が待っていてくれた。

 リエラから順に、エスコートされて馬車を降り、お姉ちゃん、私と降りたら侯爵にお礼を告げる。


「閣下、ありがとうございます」


 いつもは、あぁ、などと素っ気ない返事が帰ってくるが今日は違った。無言だ。しかし何か話したがっているようにも見える。そこで私は少し待ってみる事にした。すると……。


「アオイ嬢。突然だが高級な魔物の肉はあるか?」

「え? は、はい。ど、どのような物をお探しでしょうか?」


 私がびっくりしてしどろもどろに返答していると、メアリーちゃんが慌てて間に入って来た。


「お父様! その話はアオイさんにお願いしないと、昨日話したでしょう!」

「だが……」

「だがも何もありません! アオイさんは私の友人です。お父様の部下ではありません。さぁ、三人とも行きましょう」


 何か事情があるみたいだけど、とりあえず私たちはメアリーちゃんに連れられて庭の東屋に行く。

 庭はほとんど雪かきされずに綺麗に雪が残っており、木々を白く化粧している。新芽の兆しは少しずつ出始めているだろうか、雪とのコントラストがとても綺麗だった。

 私は思わず立ったまま庭に見惚れていると、メアリーちゃんが説明してくれた。


「変でしょう? あえて雪かきをほとんどさせていないのよ。でもこの季節の庭って、寒いし寂しさもあるけど、雪が咲いているみたいで綺麗で、私はとても好きなのよ」

「綺麗よねぇ」

「私もそう思う」

「ありがとう。後で庭師にも伝えておくわ」


 そして私とお姉ちゃんは席に着く。ちなみにリエラはもう座っていた。

 メイドさんが紅茶を淹れている間に、私はマリーちゃんに指示を出して包みを開いてもらう。中身は三種の餡の大福だ。それを目ざとく見つけてメアリーちゃんが聞いてくる。


「あら、オダンゴよりなんだか大きいわね」

「今日は、大福を作ってみました」

「ダイフク? 楽しみね」


 マリーさんがノーヒハウゼン家のメイドに大福を渡す。

 先に紅茶の蒸らしが終わって、カップに淹れられた紅茶をメイドさんが私たちの前に置く。

 それをメアリーちゃんが一口飲む。

 私たちも、警戒してませんよ、の意味を込めてすぐに紅茶を飲んだ。カップを置いて最初に口を開いたのはリエラだ。


「のうメアリー、さっきの閣下は一体何を焦っておったんじゃ?」

「私も気になりました。何か協力出来る事があればしますよ」

「あぁ、あれね。くだらない権力争いよ」


 メアリーちゃんが言うにはこうだ。

 最近、民衆派に派閥替えをする貴族が多いらしい。私たちが民衆派閥内でのリインフォース家の地位改善の為にやった多くは、どうやら他派閥より低めだった民衆派の地位を向上させる事にまで及んでしまったのだとか。

 民衆派になれば、今話題となっているお菓子、美容品、魔物肉など、日々を彩る物がついてくる。しかも、まだ他にもあるかもしれない。

 リインフォース家では、暗殺未遂と言われていたリエラ・リインフォースの無罪の勝ち取った。それを引き起こしたのは、義娘二人の武功。王の覚えもめでたいものとなった。

 これだけやれば、商人のように利に聡く、甘い汁を吸うだけで派閥の思想など無縁な一部の貴族にとっては、民衆派は新たに甘い汁を吸う場所としてうってつけだった。

 そんな派閥替えをしようとしている貴族に対して、誰がこの派閥のトップかをしっかりと教えておく必要がある。その為に有名になったお菓子、美容品、魔物肉は丁度いいご褒美なのだとか。

 ノーヒハウゼン侯爵は、まず製造販売を一手に手掛けるウォーカー商会に交渉して、販売する相手と販売量をコントロールした。しかし出来たのはお菓子と美容品だけで、魔物肉はそうはいかない。それは現状、販売出来る程の量を持っているのが私とお姉ちゃんだけだからだ。

 しかしご褒美としては、お菓子と美容品だけではやや心もとない。そこで私たちから何とか入手出来ないか、とノーヒハウゼン侯爵とメアリーちゃんで大論争したのが昨夜の話。結局、この話はしない、と落ち着いたはずなのだが、約束を守らずに口走ってしまったらしい。


「話してくれてよかったわぁ、そんな事が起きていたのを知る事が出来たもの」

「そうだね。そういう事だとまず私たちは、メアリーちゃんに話しておく大切な事があります」

「何かしら?」


 私がメアリーちゃんに続きを話す前に、お姉ちゃんが口を開く。


「メアリーちゃん、閣下はウォーカー商会の不利益になる事はしていないと誓える?」


 ちょ、ちょっと! 魔力が漏れてるよ!

 お姉ちゃんが魔力圧縮を少しだけ解放して、あふれ出た魔力をまるで威圧するかのようにメアリーちゃんにぶつけている。私は慌ててお姉ちゃんを止めようとするが、それより早く、しかし魔力には意にも介さず、メアリーちゃんが答える。


「えぇ。以前にも父とこの話はしたんだけど、私はウォーカー商会の事をあなたたちが庇護している事を知っていたから、抑えさせたわ。シズクさんとアオイさんと戦争したくないものね」


 せいぜい、貴族向けの販売先が限定されるくらいよ、と続けるメアリーちゃん。それくらいなら、不利益って程でもないかなぁ。生産した物は全て売り切れているらしいし。販路開拓って点で考えたらマイナスだろうけど、貴族のやり取り大変だしね。一応、今度フランツさんかペーターさんに会ったら聞いておこう。

 そうだ、お姉ちゃんを止めないと!

 しかしお姉ちゃんもそれで納得したのか、既に魔力を圧縮しなおして元の状態になっていた。

 私は落ち着いたお姉ちゃんにちゃんと謝るように、ドレスの裾を引っ張る。そしてお姉ちゃんが口を開く。


「メアリーちゃん、突然威圧してしまってごめんなさい」

「問題ないわ。悪いのはあなたたちに説明しない父だもの」


 お姉ちゃんが顔を上げたところで、これまで沈黙を貫いていたリエラが口を開く。


「それで、ここからが本題じゃろ?」


 続けてくれ、メアリー、と言われ、メアリーちゃんが再び口を開く。

 おさらいすると、メアリーちゃんの父であるノーヒハウゼン侯爵は民衆派の筆頭。派閥の運営も考えなければならない立場だ。

 そこに丁度、多くの貴族が流れ込んできた。

 優秀な者は甘い汁を用意して側におきたい。そうではない、利益だけ求めてきた貴族はぎりぎり縛っておいて、最低限の票取り程度だけさせて離しておきたい。

 そこで甘い汁として考えられたのがウォーカー商会で売る品々。つまりリインフォース家が用意する品だった。


「魔物肉はその甘い汁向けって訳ね」

「そうなのよ。でも、それを供給出来るのってリインフォース子爵じゃなくてあなたたちじゃない?」

「その通りです」

「あなたたちは私の友人よ。父の友人ではない。だから昨日、断ったつもりなのに……」

「なるほど……」

「めんどくさいのう」


 だから貴族はごめんなんじゃ、とリエラがぼやく。


「厄介事を退けてくれてありがとうございます。でも、メアリーちゃんはどう考えてますか?」


 私はメアリーちゃんの考えを聞いてみる。メアリーちゃんが一度私を見て、それから観念してため息を吐いて話出す。


「話す気は無かったんだけど、あなたたちには無理ね。……本音は、欲を言えば私か、リインフォース子爵の手柄にしたいわ」

「必要なのは魔物肉だけですか?」

「えぇ、お菓子や美容品は既に父がコントロールして貴族に流しているから」

「量にもよるけど、出すのは簡単よ。ただその方法よねぇ」


 そこでリエラが口を開く。


「父上からメアリーに渡せばよかろう。娘の友人の頼みで、オークションで出せなかった余りの物を特別に譲った、という事にしておけばよい」

「そんな単純な……」

「そうねぇ。でも、幸いな事に、父は先日オークションした魔物肉の販売をリインフォース家の事業だと思っているわ」

「ならそれでいいじゃろ」

「リエラちゃん、それで本当にうまくいくかしら?」


 お姉ちゃんが首を傾げて心配する。しかしリエラは問題ないと言うふうに話を続ける。


「実際にノーヒハウゼン侯爵と交渉するのはメアリーじゃからな。何も心配しとらん」


 リエラはどうして心配するんじゃ? と言う顔で私たちを見る。


「信頼してくれるのは嬉しいけど、アオイさんとシズクさんはいいのかしら? 魔物肉を譲ってもらう事になるけど」

「いいですよ。ただ金額が……、ちょっと値付け出来なくて……」

「それは任せて。父からぶんどるわ」

「分かりました。こっちも家に帰ったらお義父様に話をします。お義父様からメアリーちゃん宛に、義娘が世話になったからとか理由をつけて贈るようにお願いしておきます」

「ありがとう。ごめんなさいね。面倒をかけて」

「いいのよメアリーちゃん。雫も蒼ちゃんも、あなたにお礼がしたかったから、これがお礼になるかは分からないけど、手伝えて嬉しいわ」




 突如舞い込んだ大事な話は終わって、私たちは他愛ない話で盛り上がる。

 特に盛り上がったのは、リエラの学校生活と、そこから派生して私たちが日本の学校で学んだ事。


「現代の著名な作品や千年以上前の古典を読み込む授業を受けたわ」

「魔法や魔術は存在しない世界なので、科学という分野が広がっていましたね」


 この世界、科学が無いんだよね。代わりになるのは錬金術かな。だから化学が発展しているイメージ。


「現代国語、古典、社会、数学、科学、英語……あぁ、頭が痛くなってくるわね」


 お姉ちゃんが頭を抱える。お姉ちゃん、別に成績悪くないのに。

 と言ったら、この世界で重要なのは理系科目よ。とはっきり言われてしまった。私たち姉妹は、学生時代得意科目がはっきり分かれていた。お姉ちゃんが文系、特に社会系。私が理系、特に科学系が得意だ。

 それを話すと、メアリーちゃんに笑われた。


「科目は違っても、勉強で頭を抱えるところは変わらないのねぇ」

「こっちの学院にはどんな授業があるの?」

「基本は貴族向けじゃからの、魔術、算術、文学、芸術、社交、ダンス、マナー」

「学院はどちらかといえば確認する場所ね。小さい時から、どこの家も同じような教育を施すわ。うちは代々王宮でも仕事をするから、社交や政務を厳しくね。リエラのところはまた違うでしょ?」


 どうじゃったかの……、とリエラは遠い目をしている。


「リエラ、あなた……内容覚えてる?」

「魔術だけは確実に」

「そうね……私は学院生活なんて、あなたとアーガスを追った記憶しかないわ。社交は役に立っているけど」

「社交で毎回ドレスを考えないといけないのと比べると、制服って楽だったわねぇ」

「そうだね」

「「制服?」」


 私は制服の説明をする。無地の白いブラウスに、男性が着るジャケットを女性でも着やすいように再デザインしたものと、スカート。スカートは膝を隠すのが規定だけど、みんな守らずに太ももを出していると伝えると、メアリーちゃんが顔を赤くして言う。


「そんな露出をするの……? 貴族の女性が?」


 私たちは貴族じゃ無かった……というか日本において貴族という身分はもう存在しない事を伝える。類する人たちはいるけどね。それから、びっくりしているけど、スカートの丈はあっちじゃ普通だったと伝える。学校では本当は膝丈だけど、みんなあの手この手で短くなるように頑張ったのが懐かしい。これは、マイクロミニなんて説明しない方がいいかな……。

 メアリーちゃんが驚いている。一方リエラは、スカートなんて気にする事なく、科学系科目の実験で着た白衣が気になったようだ。なんでも、魔術師団のローブと親近感を覚えるらしい。あれは汚れがすぐに落ちてよかったの、などと言っている。あれも制服の一種、なのかな……。


 話題がころころと変わりながらおしゃべりは続く。

 おしゃべり楽しい。あ、お姉ちゃんといつも話してるのは呼吸と同じだよ。

 さて、次の話題は……。


「そう言えばメアリー、おぬし、三年の間に婚約すると思っておったが、せんかったの」


 リエラがぶっこんできた。


「いい相手がいないのよねぇ」

 

 メアリーちゃんが全然悔しくないと言った形式的な動きで、左手で頬杖をつき、あしらう様に右手をひらひらとさせる。

 この国の女性の結婚適齢期は、庶民は十代後半、遅くても二十代前半までには結婚するそうだ。一方貴族では、十代前半から三十頃まで。これは庶民では出産が結婚のウェイトを占めているのに対し、貴族社会では出産を第一だと考えるか、あるいは政務、領地運営を第一と考えるか、当主と本人の意志が現れると言う事だ。つまり、メアリーちゃんのように女性でも当主補佐として仕事を優先すると、結婚年齢が若干上がると言う事。女性の社会進出によって結婚年齢が上がってきている日本に似てるね。ちなみに中には、当主の女性もいるらしい。ほぼ全てが男性の貴族社会の中で大変だとは思うけど、元々この国に男性ではないと当主になれないという法はない。数は少ないとはいえ、女性が働くという土壌があるから、あまりいじめや差別も無いらしい。

 結婚相手は親や当主が見つけてくる政略結婚か、あるいは恋愛結婚かは自由だが、爵位が上な程政略結婚の比率が高い。メアリーちゃんは父であるノーヒハウゼン侯爵がたまに見合いにと連れてくるが、条件が合わないとメアリーちゃんが断っている。

 ちなみに同性婚に関しては……。


「リエラ、あなたも相手がいないんだったら私と結婚する?」

「いつもわしを選んでくれて嬉しいが、不老ゆえ、わしは一人でいたい」


 と、このように同性婚も自由だ。こっちは庶民で多く、貴族では少ない。やっぱり血を繋ぐっていう認識が強いからだろうな。

 ちなみにメアリーちゃんとリエラのこのやりとりは学生時代からの定型文として続いているらしい。

 リエラは、そもそも結婚する気はないけど、もしするなら、と仮定で聞いたら不老スキルを持っている相手以外とする気はないらしい。必ず見送る側になるからだそうだ。

 私たちもこのままだけど、そのうちメアリーちゃんも、知り合いのみんなも歳を重ねていくんだよね。

 お姉ちゃんがいるから何も問題ないけど、もしいなかったらと思うとゾッとする。

 そこでお姉ちゃんが挙手をして叫ぶ。


「はい! 雫も蒼ちゃんと結婚したいです!」

「私たち姉妹でしょ」


 ずっと一緒にいるんだから、姉妹でいいじゃない。


「……お姉ちゃんと離れたりしないよ」

「え?」


 何でもない、と顔が赤くならないように必死に隠して、お姉ちゃんに素気なく返す。

 メアリーちゃんに微笑ましく見られているのを無視しながら、空を見たら大分陽も傾いてきた。


「そろそろいい時間じゃの」

「そうね。名残惜しいけど」

「何、また会えるのじゃ。会話も出来るしの」


 メアリーちゃん、いつもキリッとしてて出来る女性なのに、リエラの前だとあんな顔するんだ。頭をポンポンとして慰めるリエラ。

 落ち着いたところで、私たちもメアリーちゃんにお礼を告げる。恥ずかしがる顔がとても可愛かったのが印象的だった。またお話ししましょうと約束をして、私たちはノーヒハウゼン邸を後にするのだった。




 日付が変わって翌日。いよいよ領に戻る日だ。天候は晴れ。雨の移動はとても大変だから、このまま崩れないように祈る。

 昨日までドタバタとしていたから、準備がほとんど終わってない! と気づいたのはメアリーちゃんの家から帰る途中。最悪全部ストレージにぽいぽいかな、と乙女らしからぬ事を考えていたら、マリーさんが全部済ませてくれていた。

 ありがとうマリーさん!

 リリムちゃんも協力してくれてありがとう!

 そんな訳で、綺麗な状態のまま、私もお姉ちゃんも、リエラも荷物をストレージに入れる事が出来た。

 それから、お義父様たちの荷物を入れたのはついさっき。

 ワープを覚えた事で、私たちの空間属性が上級になった。そのおかげで前より更にスペースが拡大されたんだよね。どれくらいだろう。アリーナとかそれくらい? 入れた物は勿論知覚出来るし、すぐ出し入れ出来るけどね。


「それじゃ、マーク。またしばらく留守にするが、よろしく頼むぞ」

「かしこまりました。旦那様」


 お義父様とマークさんが話をしている。私たちはもう馬車に乗り込んでいて、いつでも出発出来る形だ。

 帰りも馬車は二台。乗車の組み分けは来た時と大体同じ。前の馬車に私、お姉ちゃん、マリーさん、リリムちゃん、ビルさん。後ろの馬車にはお義父様、お義母様、追加のリエラ、ジョセフさん、ジェニファーさんだ。

 今回はお姉ちゃんがリエラちゃんと一緒がいいとごねにごねた。だけど万が一分断されたり、襲われたりした時の道中の安全は私、お姉ちゃん、リエラを分けた方がバランスがいいから、説得して、諦めてもらった。私がいいか、リエラがいいか選ばせたのは決して残酷ではない、はず。その結果、私は今ベッタベタにくっつかれているけど。安全の為と割り切ろう……。

 馬は今回もネーロとブルーノ。よろしくね、の挨拶と共に『ストレージ』からりんごを取り出して二頭にあげる。

 後ろの馬車に、お義父様が乗り込んだのを確認して、御者さんに馬車を走らせてと頼む。

 前の馬車ではネーロが、後ろではブルーノが嗎を上げて馬車を動かし始める。

 私とお姉ちゃんは、馬車の窓からマークさんたちに手を振る。それに返してくれるマークさんたち。

 少し進んでマークさんたちが見えなくなったところで、私は魔術陣を展開する。『疾風 纏う』。馬車に黄緑色の魔術陣が広がり、魔力が満ちていく。私は魔術を発動する。


『エアイクストルード』


 馬車が魔術陣から発生した風にドーム状に包まれ、抵抗を無くし、車体を後押しする。ネーロが嗎を上げ、馬車の速度が上がる。

 今回私は前の馬車担当。後ろの馬車はリエラが担当だ。馬車のスピードが上がりきった頃、リエラもエアイクストルードを発動したのか、後ろにいるブルーノの嗎も聞こえた。

 来る時に気になった馬車の強度だけど、風が守ってくれるから振動などは問題ないらしい。ただし速度を上げすぎると馬車自体の耐久力勝負になるとの事。その辺りは御者さんも十分心得ているから問題ないって、お義父様が言っていた。なので私は安心して魔力を込める。込めた方が、守りが強くなるから。




 一日目。野営。

 昼、小休憩、夜と予定の休憩ポイントをはるか後ろに追いやって、私たちはかなりのペースで進んでいる。

 馬車一台だけだと制御が楽だな。二台の馬車が最悪多少離れてしまってもいいので、その分私もリエラも一台の馬車に魔力を集中出来た。

 もう陽も大分傾き始めている。私たちは野営の出来そうな広いスペースを見つけたので、馬車を止める。馬車から降りて、ストレッチなどをしていると、後ろからお義父様たちが乗っている馬車がやってきた。

 馬車が横付けされて、お義父様が降りてくる。それから中の女性陣をエスコートすると、お義父様も体を伸ばしながら出迎えた私たちに言ってきた。


「大分進んだな。昨年までの移動は一体何だったんだ……」


 知りませんよ……。




 私はビルさんの反対を押し切り、下拵えを手伝って全員分の夕食を一緒に作る。

 野菜とブラウンタイラントバッファローをふんだんに使ったスープにパン。パンは焼き立てをストレージに入れたので劣化してない柔らかい物。いただきます。

 スープがいいですね。やや周りが溶け始めた根菜類や柔らかくなった葉物野菜にお肉。それぞれスープに味が染み出していてとてもおいしい。圧力鍋も無いのにこんな短時間でどうしてお肉がこんなとろとろになるんだろう。聞いたら肉叩きしてるだけだって言うけど。やっぱり腕かな……。

 パンはビルさんに毎回少し多めに焼いてもらって、貯めておいたのが正解だった。ビルさんの焼き立てパンがいつでも食べられる、移動中の食事はもはや何の苦でもない。ごちそうさまでした。




 じゃあお風呂ねぇ。とお姉ちゃんが呟いて、丁度焚火を挟んで馬車と反対側の広いスペースに立つ。

 お風呂……? あ!


「さて出すわよぅ!」

「待ってお姉ちゃん! まだお義父様たちに説明してなっ……!」


 一体何事かと訝しげなお義父様たちを前にして、それに気づいた私がお姉ちゃんを静止するものの虚しく、お姉ちゃんは空きスペースにアレを出した。そう、お風呂を。

 と言ってもお風呂だけなんてそんなもんじゃない。ほとんど平屋の一軒家。前に見せてもらった時は中に入るとトイレがあって、キッチン付きの休憩スペースもといリビングがあって、更に四人寝られる寝室があって、極め付けは二人どころか四人で入ってもゆとりがある脱衣所とお風呂がセットになった……そう、お風呂屋敷が。

 見た事ある人はあぁ、あれ……という虚無感。初めて見る人はぽかんとした脱力感。そんな空虚を私含めたお姉ちゃん以外の全員が表現して、一人だけ嬉々としているお姉ちゃん。


「ママ、お風呂入るわよね?!」

「え? えぇ……シズクちゃん。でも今は旅の途中よ? お風呂なんて……」

「これの中にお風呂があるわ!! パパもソファでくつろぎたいわよね?!」

「あ……あぁ……リインフォース領に帰ったらブランデーでゆっくりと……」

「ここで出来るわよ!!」


 疑問符だらけの二人。そしてその背後で同じように疑問符を浮かべているのは、ジョセフさんとビルさん、ジェニファーさんだ。

 私はお姉ちゃんに、中を見せた方が早いよ、と伝える。

 お姉ちゃんはそれを聞いてその通りだと頷いて早速、疑問符を浮かべている初見勢に案内するわと、入るのを促す。


「しかし大層な物を作ったのう」

「だよね」

「一体いくらかけたんじゃ……」


 私はお姉ちゃんから聞いた、製作費用をリエラに耳打ちして伝える。

 意外と安いのって言ってるけど、そうだ、リエラもお金持ちだった。

 小金貨六十五枚だよ? 私そんなに持ってな……あ、持ってた……。販売会の利益、お姉ちゃんと分けても結局小金貨三百枚くらいになったんだよね。すっかり忘れてたよ。

 でもタルトに渡しそびれちゃったし、このうち半分くらいは持ってないとね。

 なんて考えていると、物件見学会を終えた一同がドアから出てきた。

 二人を除いて。


「あれ、お義母様は?」

「このままお風呂に入るって、ジェニファーちゃんも一緒よ」

「お風呂が……我が家より、広いお風呂が……」


 出てきてからどうやら放心しているらしいお義父様を見て、私はお姉ちゃんにどうしたのか尋ねる。


「ちょっと刺激が強かったみたい」

「何で?」

「お風呂の広さと……値段……」

「あー……」


 これはお風呂特化の小屋ですからね。屋敷とは豪華さが違いますよ……。私はお義父様の肩にそっと手を置いてそれだけ告げて、一人にしてあげる事にした。

 マリーちゃんに紅茶のお代わりを貰って、お姉ちゃんに部屋割りをどうするのか告げる。

 お風呂小屋のベッドと馬車、どっちが寝るのに快適かによって分け方が変わるんだけど、どうやらお姉ちゃん曰くお風呂小屋のベッドの方が若干快適らしい。

 じゃあ……。


「お義母様、ジェニファーさん、マリーさん、リリムちゃんがお風呂小屋のベッドで、リエラが小屋のソファね。私とお姉ちゃんが馬車かテントね」

「いいわよ」

「うむ」

「「よくありません!!」」


 マリーさんとリリムちゃんに同時に怒られた。使用人にベッドを譲る貴族がどこにいる、って? こ、ここに……。

 でもなぁ、寝れればいいんだよね。ヒールもあるから体の疲労なんてないような物だし……。

 マリーさんがベッドはお義母様とお嬢様方、馬車に女性使用人、テントに男性という代案を出してきた。不寝番はどうするの? と聞いたら、この辺りなら使用人だけで十分だからと。私とお姉ちゃんも不寝番する気満々だったからなんだか呆気に取られてしまった。まぁでも確かに上下関係を考えたらそうなんだろうね。という事でお願いした。

 その後、リエラとマリーさん、私とお姉ちゃんとリリムちゃん。最後に男性陣が順番に入ってみんなそれぞれ野営とは思えないゆったりした時間を過ごして、就寝していく。最後に残ったのは私とお姉ちゃんとリエラの三人。少しだけ夜更かしするから、と不寝番を譲ってもらった。寝るときにリリムちゃんを起こす事になっている。


「リエラちゃん、これ覚えてる?」


 そう言ってお姉ちゃんが取り出したのは、リエラから貰ったアップルブランデーの瓶だ。


「勿論じゃ。まだ残っておったのか」

「そうよう。ちょっとずつ、大事な時にしか飲んでないもの」


 お姉ちゃんがストレージからショットグラスを三つ取り出して私とリエラに一つずつ渡してくる。私たちがそれを受け取ると、お姉ちゃんがブランデーを注いでくれた。私はボトルを受け取ってお姉ちゃんのグラスに注ぐ。


「蒼ちゃんのお酌、嬉しいわぁ」

「いつもやってあげてるじゃない」

「このお酒の時は特別よぅ」

「それで、今日はその酒を出す何か特別な事でもあったかの?」


 お姉ちゃんがグラスに入ったお酒を覗き込んでから、一言告げる。何もないわ、と。でも、お姉ちゃんは話を続ける。


「でも、リエラちゃんがいるわ」


 少しの沈黙が流れた後、リエラが、そうじゃの、と肯定してグラスを掲げて乾杯と告げ、私とお姉ちゃんがそれに応じて、三人でグラスを傾ける。りんごの香りと甘さの後にくる、アルコールの辛さが喉を灼き、私はほぅっと息を吐く。お姉ちゃんもこのお酒の時だけはちょびっとずつ飲んでいるから、一口目は舐めるだけにしたみたい。リエラもそうだった。そう言えば、リエラっていつもきついお酒ばかり飲むけど、時間かけてゆっくり飲んでたな。私はきついのでゆっくり飲むよ。

 それから、グラスのお酒が無くなるまで、三人で他愛無い話をした。三年前に拾ってもらった時と変わらず、今と変わらず、他愛無い話を。

 結局話は深更の、月が青く高くなる頃まで私たちはおしゃべりに興じるのだった。

評価、ブクマ、いいね、誤字報告いつもありがとうございます。

今回も楽しんでいただけたら幸いです。


今年最後の更新となります。読んでいただきありがとうございました。

来年も「双子のお姉ちゃんと異世界に転移したので二人旅をすることにしました。」をよろしくお願いいたします

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