表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
78/105

71. リインフォース領へ帰ろう2

 数日後に王都からリインフォース領へ帰る事になった私たちは、お世話になった人たちに挨拶回りをする事にした。今日はその一日目。

 最初の冒険者ギルドが終わって、次に会うウォーカー商会との約束の時間までまだあるため、お昼ご飯を食べに王都の広場に来た。

 丁度お昼という時間だからか、広場では露店を出して呼び込みしている店員、露店から食べ物やお菓子を求める人、手に入れた食べ物を早速店頭で食べたり、中央の噴水周辺のベンチで座って食べている人と様々だけど、とても活気に満ち溢れていた。

 私たちもお昼の争奪戦に参戦するため、めぼしい露店を探して行く。

 何があるかな……、私は端から順に看板を見て何を販売しているか見て行く。

 串焼き……包み焼き……ホットドック……チュロス……カステラ……カステラ?!


「お姉ちゃん……」

「えぇ……」


 私たちはカステラの屋台の前で立ち止まる。

 キルシュ商会の運営なのかな、と思って、店頭に並べているすでに出来ているカステラをよく見てみると……。


「これは、ダメだね」

「そうねぇ」


 店先には、小さく焼いた四角いパンケーキみたいなものが並んでいた。

 カステラが人気である事を店主は勿論知っているのか、自信満々に呼び込みをしていた。


「これは、違うよ……」

「でも気になるわねぇ」

「あっ、お姉ちゃん?!」


 そう言ってお姉ちゃんが、屋台に向かって行ってしまった。そして店主に話しかける。


「一つちょうだい」

「毎度! 今話題のカステラですよ! お目が高いね、姉ちゃん!」


 なんて世辞を言いながら、店主が店頭に並べていたカステラ? を一枚、フライパンに載せて温め始める。

 もはや、その絵はパンケーキをフライパンで温め直すおじさんなんだけど……。お姉ちゃんが、陽気に店主との会話を続ける。


「カステラなんて、どこのお店でも売り切れでしょう? つい、引き寄せられちゃったわ。ところであなた、キルシュ商会から作り方を教わったの?」

「いえ、これはリインフォース子爵様ゆかりの方から教わったんですよ」


 え? リインフォースゆかりの? リインフォース家で作り方は私とお姉ちゃん、後はビルさんにトムさん位しか知らないはず。そして当然、私たちが教えたらこうはならない。

 思わず驚いてはみたものの、そんな話はあり得ないので、私は呆れながらお姉ちゃんの後ろで経過を見守る。

 するとお姉ちゃんが体の前で手を合わせて、如何にも喜んでいる風を装ってさらに話を続ける。


「まぁ、リインフォース様の?! あのお方は私たち庶民に優しいと伺うから、さぞかしこれも慈愛に満ちた味なんでしょうね」

「勿論です! さ、温まりましたよ、どうぞ」


 お姉ちゃんが今度は手を体の前で広げて、オーバーリアクション気味に温められたカステラ? を店主から受け取る。


「ありがとう。いくら?」

「銀貨一枚です」


 高っ! キルシュ商会ですら庶民向けは一本銀貨二枚なのに。これの大きさはせいぜい二切れ分。ぼったくりってすごいな。ここまで堂々としているのを見ると、なんだか私は面白くなってきた。

 お姉ちゃん、ちゃんと払うのかな。あんまり騒ぎにはしてほしくないんだけど……。


「じゃあこれ」


 しかし、お姉ちゃんが大人しく支払う訳がない。お姉ちゃんが店主に渡したのは正真正銘本物のカステラだった。


「姉ちゃん、これは……?」

「雫もリインフォース家の、それも当主の一族だけど、これがいつも食べてる、正真正銘キルシュ商会に伝えたカステラよ」


 それを聞いて、店主が目を泳がせている。この店主、カステラの事知ってるんだね。


「この味、そもそも形から間違っているけど、再現出来るまで露店はやめておく事ね。これは警告よ。次はないわ」

「は、はい……」

「支払いはこれでいいわね?」

「え、えぇ……勿論、です……」


 どうやら怯えてしまったらしい店主が項垂れているのが見えた。一方、お姉ちゃんはニコニコしながらカステラというか四角いパンケーキを手に持って私たちの元に戻ってくる。


「とりあえず警告しておいたわ」

「これがカステラ?」

「そう、はい蒼ちゃん、一口。リリムちゃんも」


 私たちはお姉ちゃんが差し出したカステラ? をそれぞれ一口大にちぎって受け取る。


「「いただきます」」


 口に放り込む……。うん。


「味の薄いパンケーキねぇ」

「ベーキングパウダー使ってないから膨らまないんだね。まぁ、カステラなら使わなくていいけど」

「これは……砂糖を使ってないのではないでしょうか」


 それもあるし、はちみつに気づかない限り、一生無理だね。

 お姉ちゃんが私たちにちぎって渡したカステラ? の残りをぺろりと平らげ、口を開く。


「これ、リインフォース家ゆかりの人から教わったって言ってたわよ」

「聞いてたよ。お姉ちゃんは別として、料理人ズしかレシピは知らないはずだけどね」


 ウォーカー商会にはティナさんとアンナさんにしか伝えてないし、キルシュ商会でうっかり口を滑らせ……たとしてもレシピの販売元くらいかなぁ。リインフォース家がキルシュ商会にレシピを売ったのは知られてる話だし。キルシュ商会でレシピを広めたとしたらこうはならないしね。

 おそらく店主が、カステラが人気だからパンケーキをそれっぽく焼いて露店で出しちゃったのか。

 もしくは身分を偽って、製法を教えて回ってる人間がいるか……。


「冒険者ギルドでもそうだけど、こういう、身分とかを偽ってお金を稼ごうって人がいるのねぇ」


 お姉ちゃんは教えた人が別にいると思っているみたい。お姉ちゃんの勘を信じて、私もその認識で頭に入れておく。


「どうするの? ほっとく?」

「雫たちはもう帰っちゃうから王都では動けないし、実害が大きくなればコリーナ様も動くでしょう。後で見つけた事を手紙で知らせておくわ。それから、どら焼きやお団子も可能性があるし、ウォーカー商会にも注意しておきましょう」

「そうだね。分かった」


 それから、私たちは口直しと言わんばかりに串焼きと包み焼きのお店で味の濃いものを買う。

 私は多めの鶏肉と野菜の包み焼き、お姉ちゃんとリリムちゃんは串焼きだ。

 結局、さっき挑戦したし、安定を取ろうという事で何度も寄っているところで買った。

 向こうも私たちを覚えてくれてて、気前よくサービスしてくれる。

 領に帰るからしばらくこれない、とだけ伝えたら残念そうにしてくれた。


「さて」


 私たちは空いていた噴水そばのベンチに、三人で並んで座る。


「「「いただきます」」」


 サービスで具を多めにしてくれたから、こぼれそう。私は気をつけながら一口食べる。醤油をベースにした辛口のソースがさっきのカステラ? を忘れさせてくれる。

 お姉ちゃんは両手に串焼きだ。まずは右手に持った牛肉から食べるらしい。いつもよりちょっとだけ大きい牛肉の一片をガブっと食べている。

 リリムちゃんは鶏肉と豚肉。こっちも大きいが、一片の半分くらいを齧って食べている。


「王都の串焼き屋は多分全部制覇したけど、ここのお肉が一番質がいいわねぇ、ソースも自家製って言ってたし」

「でも、お姉ちゃん魔物肉じゃないんだね」

「あれはねぇ、食べたくなったら家で食べた方がいいわ。好きな種類食べ放題だし。ビルさんの料理おいしいし」


 魔物肉で何かあったらしい。一人で出かけた時かな。私たちは食べ終わって、お腹いっぱい。ごちそうさま。

 手にちょっと付いてしまったソースを『ウォッシュ』で綺麗にして、椅子から立ち上がってウォーカー商会へと向かう。

 ウォーカー商会は、冒険者ギルドから広場に向かうときに通った大通りを、今度は南の門に向かって進んだところにある。

 私たちはさっきのご飯の感想など、雑談をしながら道を進む。

 お昼時は過ぎているが、まだ遅くなった昼食を済ませに広場に向かう人や、午後の仕事を再開した人たちとよくすれ違った。その人たちにぶつからないように、私たちは端を歩く。




 ウォーカー商会に着くと、すぐに店頭にいた私たちくらいの年齢の男性店員が声をかけてくれた。


「リインフォース様、お待ちしておりました。ご案内します」


 早速奥へ、いつもの応接間に案内される。

 男性店員がノックすると、中からすぐに入室の許可が出る。彼が扉を開けてくれたので中に入ると、そこにはすでにフランツさんとティナさんが座っていた。書類を広げて何か作業をしているみたい。


「店長、リインフォース様をお連れしました」


 彼が扉を開けても忙しく目を書類に落とし続けていたからか、その言葉に驚いて顔を上げ、慌てて立ち上がる二人。


「失礼しました。ご足労いただきすみません。ようこそいらっしゃいました」

「お茶は私が淹れますので、あなたは戻って大丈夫ですよ。それから、この部屋には近づかないように全員に伝えてください」

「かしこまりました。失礼します」


 彼は私たちに一礼して部屋から去って行った。

 扉が閉まると、フランツさんが私たちに話しかけてくる。


「テーブルが散らかっていてすみません。すぐに片付けますので、お座りください」


 私たちは言われた通り、いつも座っている椅子に座る。リリムちゃんはドアに近い私の後ろだ。

 ティナさんは部屋の隅に歩いて行き、備え付けてある魔術具でお湯を沸かし始める。

 一方でテーブルに散らかった書類をフランツさんが慌ててまとめて行く。

 散乱する紙を見ると、どうやらお菓子や美容品に関する売上や生産計画だった。お姉ちゃんもそれを見て口を開く。

 

「売上、随分いいわねぇ」

「お陰様で、作れば作った分だけ売れます」

「それはすごいですね」


 私は褒めながら、今日する会話を考える。

 リインフォース領に帰る事。タルトの事。一応加護してる事になってるからね。お姉ちゃんが、ティナさんに出来るか分からないけど、伝えていない美容品の製法を教える事。食材の事。それから、さっき街で見かけたカステラの模造品の注意。こんなところかな。あ、お菓子の製法は教えない。責任者がアンナさんだからね。

 考えがまとまると、そこで丁度ティナさんが紅茶とクッキーを私たちの前に置いてくれる。紅茶から葡萄のいい香りだ。

 ティナさんが元の席に座って、紅茶を一口飲む。カップを置いて、クッキーを一枚取って食べる。私たちは飲み込んだであろうタイミングを見計らって、お姉ちゃんが口を開く。


「今日時間をもらったのは、社交のシーズンが終わったからリインフォース領に帰るって事を伝えるためなのよ。互いに連絡があるかと思って」

「そうですね。他の貴族の方に伺っていたので、そろそろだと思っていました。出発はいつですか?」

「明後日です」

「急ですね、話せる事は今日話してしまいましょう。お時間はよろしいですか?」


 私たちはこの後予定がない事を伝えて了承する。

 話はまず、簡単にお菓子と美容品の売上報告。

 どうやらウォーカー商会王都支店始まって以来の売上高を連日出し続けているらしい事をフランツさんから聞く。

 貴族には売れると思っていたけど、庶民には高くて売れ行きが鈍いんじゃないかって思ってたから、その報告はとても嬉しい。

 次に私からフランツさんたちに報告する。


「まず大事な事です。タルトが一人旅に出て行きました。場所は先日伺ったドラゴンの塒だと思います。このため、加護が弱まる可能性があります」

「分かりました。ペーターにも伝えておきます」


 すんなりと了承してくれる。どうやら先日の話で、旅に出るのは予想していたらしい。一人だったのにはびっくりしていたけど。そういえばあの爪の加護、どれくらい効果があるのかな。日本で言うお守りくらいかな? いや、もう少しあるはず……。

 じっくり考える間も無く、すぐにお姉ちゃんがテーブルに数枚の紙をティナさんに向けて置いて口を開く。


「ティナちゃん、これ」

「こちらは……」

「販売会でも売った、教えたのより一段高い効果の美容品の作り方よぅ。あと男性用の乳液もあるわ。こっちは髭剃りの後に使うといいって、パパたちから評判なの。スキルの問題と、魔力の問題があるから作れるか分からないけど、すぐ駆けつけられるか分からないから伝えておくわね」


 お姉ちゃんの美容品は今の所三段階ある。ティナさんに伝えた通常のもの。今レシピを渡した上級のもの。そしてうちでだけ使っている最上級だ。さすがに最上級は伝えない。スキル的に作れないと思うし、値段も……貴族は買えるだろうけど、大変な事になるしね。

 紙片を受け取ってティナさんがお姉ちゃんと私にお礼を言う。

 次にフランツさんが、東方からくる食材について説明してくれる。私たちがリンフォース領に戻るなら、王都を経由させずに、バイゼル領の港からリインフォース領の支店まで運んでくれるそうだ。

 運送費はいらないと言われたけど、販売品のロイヤリティから差し引きする事をフランツさんに納得させた。ただし額は通常の運送費からは考えられないほど微々たるものでだけど。

 そして私は、お菓子のレシピについて確認する。


「お菓子については、責任者がアンナさんなので、そっちに伝えようと思います。早めにディオン領へ行くつもりではいますが、よろしいですか?」

「かしこまりました。先行して手紙に書いておきます。ただ、まずは新商品を増やすよりどら焼きを国中に広めようと考えていましたので、それで問題ありません」


 なるほど、支店があるから一斉に広める事も可能か、材料はどの町でも入手出来るしね。


「フランツさん、さっき広場でね……」


 お姉ちゃんが、カステラ模造品の話を伝える。

 そういった露店や、間違ったレシピの闇取引はフランツさんの方でも確認しているらしい。

 実害はまだ出ていないが、商業ギルドには相談済みだそうだ。


「私が危惧しているのは美容品です」


 ティナさんが発言する。どうやら商会の名を偽って粗悪品が広まってしまった場合、もし肌に異常が出たら売上以上に信用に大打撃だという事らしい。確かに、肌につけるものだからかぶれたり、腫れたりしてしまうかもしれない。


「なので販売も現状は貴族か、一定の信用がある人に絞っているんです」

「それでいいと思うわ」


 対処としてはパッケージの瓶に何かしら印を入れる事が考えられるけど、それだって模造されたらおしまいだ。後はキミアさんに頼んで特殊な容器を開発してもらう事だけど、コストがかかりすぎる。

 結局、万が一問題が起きたら私たちもバックアップする、という事になった。

 あ、そうだ。伝えておこう。


「美容品に限らず、問題が起きて手紙より早く、本当にすぐに連絡を取る必要が出てきたら、この町のリインフォース邸に行ってください。連絡手段を用意しています。こっちも執事のマークさんに伝えておくので」

「かしこまりました。ご配慮ありがとうございます」


 リエラから会話用の小箱は預かっているけど、この町にはリインフォース邸とメアリーさんの家に標がすでにあるし、流石に三つは置きすぎだから、二人には渡すのは諦めてもらおう。今言ったみたいにリインフォース邸に来てくれればいいしね。

 こんなところかな?

 お姉ちゃんと、そしてフランツさんたちとお互いに忘れてる事がないか確認する。


「届いている東方の食材は持って行ってください」

「ありがとうございます」


 私たちは部屋を出て店頭に戻る。そこでは先ほど案内してくれた青年が、荷物を用意して待っていた。

 お礼を言って、食材をかばんにしまう。スルスルとかばんに飲み込まれて行く大袋を、彼は目を点にして見ていた。初めて見たのかな。

 見送りに出てきてくれたフランツさん、ティナさんにお礼を言ってお暇する。

 私はお姉ちゃん、リリムちゃんと大通りを歩き始める。何度か振り返ったけど、人ごみでフランツさんたちはすぐに見えなくなってしまった。


「今日の分の挨拶回りは終わりかな?」

「そうねぇ。キミアさんのところはリエラちゃんが行っているのでしょう? もう大丈夫だと思うわ」

「あ、仕立て屋のリチャードさんは?」

「今はドレスもあるし、手紙を書いておいたわ。後で蒼ちゃんもサインしてちょうだい」


 いつの間に書いていたのか、お姉ちゃんがしっかりしている。私は驚きつつもサインする事を了解する。

 空を見上げると、もう夕方に差し掛かっているところだった。四の鐘を聞き逃してたかな。


「日も傾き始めてきたし、戻ろうか」

「そうしましょう」


 こうして、私たちは今日の挨拶回りを終えて家に帰還するのだった。

 

評価、ブクマ、いいね、誤字報告いつもありがとうございます。

今回も楽しんでいただけたら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ