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69. 別れ

 夜更けの頃、リエラ、マリーさんとリリムちゃんにおやすみを告げて部屋にいるところ。

 タルトはそそくさと窓辺に行って寝てしまった。まだ魔術訓練も始めてないんだけど。

 

 うーん……。


 なんだかおかしい。

 私じゃない。タルトの事だ。

 いつも大盛りおかわりを要求してくるお団子を、大盛り一皿で済ませているし。

 全部僕のだと、お義父様と取り合わない。

 今だって、いつもは雑談をしながら私たちの魔術訓練を見てくれるのに寝てしまう。

 そして何より、新作お菓子への食いつきが弱い……。


 変だ……。


 私はお姉ちゃんに相談してみる事にした。


「お姉ちゃん、最近タルト、変じゃない?」

「そうねぇ……。お風呂も面倒くさがらないし」

「食べる量が絶対おかしいよ。夕飯の魔物肉だっておかわりしなかったんだよ?!」

「ダイエットかしら」

「えぇ……、私を差し置いてそれは……」

「蒼ちゃんは太ってないわよ」

「お姉ちゃんは! いつも適当な事を言う!」

「適当じゃないわよぅー。それよりタルトちゃんだけど……」


 お姉ちゃんと話を続けると、お姉ちゃんもかなりの違和感を感じていたらしく、あらゆる行動でタルトがいつもとおかしい事が分かった。


「何か悩んでいるのかな」

「そうねぇ、でも、タルトちゃんが話してくれるまで待ちましょう」

「そうだね。ただの気まぐれで、そのうち戻るかもしれないし」


 そんな話をして、私たちはそれぞれ魔術訓練と日記を書いてベッドに入り込んだ。




 数日後、そろそろ前と比べて何かがおかしいタルトにも慣れてきた頃、食事が終わってタルトが話があると言ってきた。

 私とお姉ちゃんは、食堂に残ってタルトの話を聞く事にした。マリーさんとリリムちゃんはお茶とお菓子を用意してくれている。

 ちなみにリエラは、友人に会うと朝から出かけて行った。

 マリーさんが私たちの前にお茶とお菓子を置いてくれる。

 とりあえず、一口お茶を飲んで、お菓子を口に運ぶ。マリーさんの用意してくれた紅茶はアールグレイで、リリムちゃんの用意してくれたお菓子はフィナンシェだ。今日もおいしい。


「それで、話って何? タルト」

「うん。回りくどいのはめんどくさいから単刀直入に言う。雫、蒼、僕は旅に出ようと思う」

「森までお出かけ?」

「それなら一緒に行く?」

「違うよ。遠くまで、一人旅だ」

「え?」

「あらぁ……」


 タルトが、旅に出る? 何度か深呼吸して、私は突然発表された出来事を咀嚼する。


「何でそんな考えに……なったの?」

「勿論話すよ。それを話すために時間をもらったからね」


 タルトの話はこうだった。

 先日のリエラとの模擬戦で負けた事が悔しいと。そしてそれ以上に、魔法をちゃんと使えていない事が悔しいと。このままでは、私やお姉ちゃんを守る事が出来ない。今は私たちもそこそこ実力があるし、リエラもいるから、思い切って旅に出て強くなって来よう、そう考えたらしい。


「旅に出なくても、ここでみんなと訓練するのじゃダメなの?」

「ここには魔法が使える人間がいないだろう?」

「そう、だね……」

「タルトちゃん、魔法が使える人に心当たりがあるの?」

「ドラゴンを探す。どっかの山奥にいると思うんだよね」

「行き当たりばったりねぇ」

「冒険者ギルドでドラゴンの目撃情報を聞いてみる?」

「もう聞いた。無いって」

「そっかぁ」

「他に誰か、知ってそうな人はいないかしらねぇ……」


 そこで、ノックがした。入室を許可すると、マークさんが入ってきて私たちに告げる。


「お話中に申し訳ありません。ウォーカー商会のフランツ様がいらっしゃいました。お通ししてもよろしいですか?」

「フランツさんか……、なんだろう。タルト、続きはフランツさんとの話が終わってからでいい?」

「いいよ」


 私はタルトから許可を得たので、マークさんにフランツさんを通してもらうようにお願いする。

 それを聞いて一度食堂から出て行ったマークさんが、フランツさんを伴って戻ってきた。


「こんにちはフランツさん」

「いらっしゃい」

「やあ」

「こんにちは。手紙で済む話なのですが、近くの貴族邸へ参りましたので、不躾ながら約束も取らず来てしまいました。申し訳ありません。お忙しかったですか?」

「ちょっと三人でお話をしていただけなのでお気になさらず。今日はどうしましたか?」

「えぇ、お菓子と美容品の報告に参りました。製造が軌道に乗りましたので、販売開始しましたが、あっという間に売り切れです」

「やったわね! 蒼ちゃん」

「私は何もしてない……」

「それで、儲けの分配についてなのですが……口座に送金しますか? それとも手渡しにしますか?」

「面倒でなければ口座でお願いします」

「かしこまりました。それから、東方からの食材も届いておりましたので、マークさんに渡しておきました」

「あ、ありがとうございます」

「また新しいお菓子が作れるわねぇ」

「……」


 やっぱりタルトの反応が薄いというか無い。フランツさんもそれに気づいたのか、私に話しかけてきた。


「タルト様、どうかしたのでしょうか? お菓子の話題なのに反応が薄いですね」

「えぇ、ちょっと深刻な悩みがあって……。フランツさん、ドラゴンの目撃情報なんて商会で聞く事は無いですよねぇ……」

「ドラゴンですか……。あぁ、タルト様のお仲間をお探しとか?」

「そんなところです」

「私どもは危険を避けますので、勿論目撃した事はありません。ですが危機回避のために目撃情報は集めます。しかし最近はその情報はありません。そうですねぇ……会うとなると、後はドラゴンの塒を探すくらいでしょうか」

「「ドラゴンの塒?」」


 聞き慣れない言葉に、私とお姉ちゃんがオウム返しをしてしまう。


「えぇ、ドルカ領の北方にある霊峰の奥に、『ドラゴンの塒』と呼ばれる場所があるそうです。大変険しい山で、おまけに人が入る事はまずないので整備されていないところだと聞いています」

「冒険者ギルドで目撃情報を聞いた時、そんな場所一言も言ってなかったよ」

「タルト様、ここは普通人が近づきませんし、魔物の発生報告もありませんので除外されたのでしょう。私も話に聞くだけですので、本当にドラゴンがいるかは分かりませんが」


 そんな場所、どうしてフランツさんが知ってるんだろう。私は尋ねてみた。


「ウォーカー商会は、全店の報告書を回覧で共有するのですが、ドルカ領の支店からの報告にあるんですよ。『時折山が震える』と」

「山が震える……」


 ドラゴンの咆哮なのかな……。


「なるほどね。ありがとう」


 タルトがお礼を言ってすぐに、お菓子と美容品の件でよほど忙しいのか、フランツさんはそれだけ話して帰って行ってしまった。




 再び食堂には私たち三人と、マリーさん、リリムちゃんだけになる。

 お茶を一口飲んで、お姉ちゃんが口を開く。


「タルトちゃん、いつから行くつもりなの?」

「……。今週中には旅立ちたいと思ってる」

「え?! 今週ってもう数日しかないじゃん」

「そんなに急がなくてもいいんじゃないかしら?」

「いや、急がないといけないと思う」

「どうして?」

「君たち、自分のした事を忘れたのかい?」


 私たちのした事……。


「お菓子を作って広めたね」

「美容品もだわ」


 その通り、と言った風にタルトが頷く。


「それが、何でタルトが急いで旅に出る理由になるの?」

「後、国の集団と混ざってとはいえ、ワイバーンを討伐したでしょ」

「あ、したね」

「したわねぇ」

「つまりだよ、貴族にも、王宮にも、そして軍にも、役に立つ下っ端貴族のご令嬢ってね。これが君たち二人の評価」

「うん」

「利用してやろうって貴族が、これからわんさか湧いてくる」

「でもそれはパパが……」

「そうだね。貴族はゲルハルトや王族が何とかしてくれるだろう。僕が一番危惧しているのは戦争」


 知っている単語なのに、馴染みのないその言葉に私はビクッとする。


「雫と蒼ちゃんが戦争に連れていかれるって事?」

「そう」

「そんな情報、全く……」

「僕は知らないけど、隣国との外交がどうなっているか二人は知ってるの? 分からないでしょ? だから僕はそうなった時に、君たち二人を確実に守れるようになりたい。その気配が無い今のうちがチャンスなんだ」


 私は、そんな事を想像すら全くしていなくて、置いて行かれたような気分になる。でもどうやらタルトは先の事まで考えていて、その決意は固い。

 タルトが望みなら、叶えてあげたい。けど……。


「そっか……すぐ戻ってくる?」

「まずさっきフランツが言っていたドラゴンの塒ってところに行って、ドラゴンを探してみるよ。ドラゴンがいればいいんだけど、いなかったらまた別の場所で探すところからになるから、何ともいえない」


 私たちとタルトが出会えたのは全くの偶然だ。それ以前もそれ以後も、一度もドラゴンになんて出会っていないし、話も聞いていない。だから、探すのは難しいんだろう。

 何とかすぐに戻ってこれる方法を考えていると、お姉ちゃんが肩に手を置いてきた。


「蒼ちゃん、ダメよ。タルトちゃんの邪魔をしちゃ」

「……でも、タルトがいなくなっちゃうんだよ。それに、危ないし……」

「えぇ、分かっているわ。雫だって行かせたくないもの。でもタルトちゃんは今、やりたい事を見つけたのよ。雫たちが邪魔しちゃダメだわ」

「……ドラゴン同士で争う事は滅多にないし、僕もそれなりに経験を積んだから、大丈夫だよ。それに蒼、初めて僕たちが出会って契約した時、君はなんて言ったか覚えているかい?」


 私はディオンの山道でタルトと初めて出会った時の事を思い出す。

 瘴気に汚染されていたお母さんドラゴン弔って、そこで見つけた右も左も分からなくなっていた子竜に、私はこう声をかけたんだ。


『一緒にこない? 私たちは、君がやる事を見つけるまで守るよ。君のお母さんにも頼まれたしね』


 あの時と同じく、今は三人の会話では使わなくなったドラゴン語で答える。


『そう。僕はやりたい事を見つけたんだ。君たち二人をずっと守護するって』


 タルトもドラゴン語で答えてくる。

 子供の姿のタルトが、私をじっと見つめてくる。

 

「……分かった」


 視界が滲む。


「守ってるつもりが、守ってもらってたんだね」


 涙が溢れる。


「ちゃんと帰ってくる?」

「約束する」


 お姉ちゃんが、私の肩を抱き寄せてくれる。


「それに蒼、まだ出発までに時間があるから頼みがあるんだ。君にしか出来ない大事な事だ」

「何?」


 私は、涙をハンカチで拭って、お姉ちゃんに抱きついていたのを離れてタルトに向き直る。


「君の魔力のこもったお菓子をうんと持っていかなきゃ、頑張れない」


 私はきょとんとして、それから今度は笑って滲んできた涙を蓄えて答える。


「分かった。たくさん作るよ」




 数日後、別れの日。ドラゴンの姿のまま、タルトは見送りに庭に出た私たちに向かって宙に浮いていた。


「タルト、ドラゴンの姿で行くの?」

『こっちの方が移動が早いからね、高めに飛べば人に見つからないだろうし』

「タルトちゃん、忘れ物はない?」

『蒼の作ってくれたお菓子はたくさん持ったよ。あと僕は食べなくてもいいけど、一応食料と、どうせドラゴンの姿でずっといるだろうけど服は持ったよ』

「お菓子、全部食べたらダメだよ。出会ったドラゴンにも分けてあげてね。ご挨拶ってやつだよ」

『分かったよ。一応、忘れないように努力をするよ』

「絶対! だからね」

『……分かった』


 タルトが、私たちから視線を外してお義父様とお義母様の方を向く。


『なるべく早く帰ってくるつもりだけど、それまで二人を頼んだよ』

「分かっている」

「気をつけるんですよ、タルトちゃん」


 それからリエラの方を向いて、じっと見て一言。


『頼むよ』

「仔細承知しておる。安心するのじゃ」


 なんかタルトってリエラにだけ態度が違うんだよね。よく分からないけど。いつか聞いてみよう。

 最後に、もう一度私とお姉ちゃんに向いて。


『じゃあ、行ってくるね、雫、蒼』

「行ってらっしゃい、タルト」

「気をつけてね、タルトちゃん」


 短い言葉だけを告げて、タルトが空に飛んで行く。あっという間に元々小さい体が豆粒のようになっていった。

 風の魔力をタルトが纏ったのを私が感知した瞬間、タルトは北の方へ飛んで行く。あっけなく、一瞬で空の彼方へと、タルトは飛んで行った。


 ……。


 お姉ちゃんが私に抱きついてきた。

 私もお姉ちゃんの背中に腕を回す。


「お姉ちゃん……私、笑えてた?」

「蒼ちゃん……えぇ、平気よ」

「タルト、大丈夫かなぁ」

「大丈夫よ、雫たちの家族だもの」

「そうだよね」


 お姉ちゃんに抱かれて少し落ち着いた私は、腕を解いて頑張れ、と呟いた。



    ◇



『雫と蒼は大丈夫かな。蒼なんて今頃泣いてるんじゃない?』


 子竜は空を駆ける。


『まぁ、みんないるし大丈夫か』


 しかし心配性な子竜は、少しでも早く事が運ぶようにと、魔力を強めて駆ける速度をあげる。

 その時、双子から応援されたような気がした子竜は、一言呟いた。


『……頑張るよ』


 子竜が空を駆ける。霊峰へと向かって。

 必ず強くなると、誓いを胸にして。


評価、ブクマ、いいね、誤字報告いつもありがとうございます。

今回も楽しんでいただけたら幸いです。

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