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68. 久々の模擬戦

 私たちは今日、朝ご飯を食べてすぐ、森に来ている。

 本当は庭でするつもりだったんだけど、お前たちが暴れたら庭が消えるって、お義父様に追い出されちゃった。

 なので私、お姉ちゃん、リエラ、タルト、マリーさんにリリムちゃんの六人で森を進む。

 確かこの辺りに、円形にくり抜かれた、暴れても問題ないようなスペースがあったはず……あったあった。


「リエラ、ここが丁度いいと思う、これ以上広いスペースだと平野に行った方が早い」

「うむ、ここにしようかの」


 私は円形広場の端にテーブルと椅子を取り出して置く。

 すぐにタルトが座って、マリーさんに紅茶とお菓子を置かれている。


「さて、最初は誰がやるのじゃ?」

「はい! 私がやる!」

「アオイか。よいぞ」

「今日こそワープを……!」

「おぬし、まだ空間属性が上級になってないんじゃから覚えても意味ないじゃろ……」

「絶対覚える!」


 そう、私たちはリエラからワープを教えて貰うべく、森に来た。

 模擬戦で勝ったら教えてくれるって前に言ってたもんね。

 このワープという魔術は、標のある場所へしか移動出来ないとはいえ、その場所へ一瞬で移動出来る。

 いいよねぇ、瞬間移動。とてもロマンじゃない? 実用性も十分だし、何より時間短縮は強力だ。

 リインフォース領で暮らして、夕飯にリタちゃんのところに行って遊んで帰れるってどれだけチートよ。

 おっと、私は雑念を振り払って、距離を取ってリエラと対峙する。リエラはもう円形広場の反対側に立っていた。


「ルールはいつも通りでいいじゃろ。魔術は中級まで、先に当てた方が勝ちじゃ」

「分かった」

「それじゃ、始めるのじゃ」


 私は魔術を詠唱する。青、黄緑、赤、茶の無数の魔術陣が展開され、更に数を増やしていく。

 撃つのは各属性の弾。まずは小手調べから。


「いっけー!」


 私は現れた弾に号令を出してリエラに向けて飛ばして行く。

 しかしリエラも当然ただでは受けない。私と同じように各属性の弾を打ち出して、私の弾にぶつけて相殺してくる。


「奥ゆかしいのぅ。遠慮してるのかの?」

「まだだよ!」


 私は弾を出すのを続けながら、別の魔術陣を広げる。『突風 切断』。


「いっくよー! 『ウィンドスラッシュ!』」


 リエラの四方上空から風の刃を降り注がせる。虚を衝けば、勝てる!

 なんて、そんな甘い事はなかった。いつの間に発動したのか、リエラは私の風の刃を『プリザヴェイション』で防御する。風の刃で切り裂けない魔力を込めた強い結界だ。並行して飛ばし続けていた属性弾も、その結界を前に次々と消えていく。


「先日も言ったが、単調すぎなんじゃよ」

「むぅ」


 緩急をつけろって事かな。私は先ほどから次々に生み出している属性弾の生成ペースを、気付かれないように少しずつ落とし、代わりに多重詠唱で威力を上げていく。


「これでどうだ!」


 私は強くした属性弾を次々にリエラに向かって飛ばして行く。


「確かにさっきと比べて緩急はつくが……、まだまだ単調なのに変わりはないんじゃ」


 リエラがプリザヴェイションを解除して再び属性弾を作り出し、私が飛ばした属性弾にぶつけて行く。

 一つ、また一つと相殺されて消えていく属性弾。


「ヒントじゃ」


 リエラがそう言ってファイアボールを二つ、右側と左側から私に向かって飛ばしてきた。私もファイアボールを詠唱して相殺するためにぶつける。

 すると、片方はあっけなく消えて、もう片方は私のファイアボールを消し去って、相変わらず私に向かってくる。


「あれ……」


 私は慌てて多重詠唱で威力を増したファイアボールを詠唱して、迫ってくる残ったファイアボールに何個かぶつける。

 一つ、二つとぶつかって行くが、まだ相殺する事が出来ない。私が詠唱した最後の一個で、ようやく消滅させられた。けど、ギリギリだったな。

 魔力量を変えろって事なのかな。

 さっきのはきっと、すぐに打ち消せた片方は魔力を追加で込めていないファイアボール。打ち消せ無かった方はきっと、多重詠唱で何重にも、魔力も多く込めて編んだファイアボールだ。しかも特筆すべきは、見た目を全く変えていない事だ。それも私が簡単に打ち消せると見誤らせるくらいに。

 私はごまかす事はまだ出来ないから、せめて混乱させよう。

 そう思って私は大量に弾を作り出す。半分を多重詠唱で強化する。勿論、右に弱いの左に強いのなんて分かりやすい事はしない。ごちゃ混ぜにして私は魔力を込めて行く。

 そして全部を撃ち出す。


「まだ拙いが、そんな感じじゃ。後はごまかし方じゃのう」


 しかし当然の様にリエラは属性弾で全て相殺してしまう。属性弾に込めた魔力量がバレていた……。

 このやり方はリエラに一日の長がある……。要練習だけど、すぐに勝ちたい私にとって今は無用だ。

 もっと他に、リエラの虚をつけるやり方は……。


「ネタ切れかの? そろそろこちらから攻めるぞ」

「あ」


 閃いちゃった! 複合魔術で弾を作ったら貫通力上がりそう。私は弾を飛ばす牽制を続けながら、魔術を詠唱する。属性の選択を慎重に……。

 土火……水風……。

 まずは相性のいい、この二つから……。

 魔術言語は『土 火 弾』と『水 風 弾』。まずは小手調べ。私は土と火で出来た溶岩の弾を打ち出す。


『ラーヴァボール!』


 間髪入れずにもう一つの弾も打ち出す。


『スプラッシュボール!』


 うねうねと粘性の高い溶岩の塊がリエラに向かって飛んで行く。その後に散弾のような、水で作った弾丸が続く。


「うむ、複合魔術か。受けてたとう」


 リエラが正面から向かってくる弾に狙いを定めている時、更に私はリエラの後方の茂みの中から魔術陣を展開する。

 気付かれないようにこっそりと発動して、リエラ目掛けて弾を飛ばす。


「む、後ろからもか!」


 リエラが弾を相殺するのをやめ、『プリザヴェイション』を発動するのが見えた。

 激しい光と土煙でリエラの姿が見えない。どうなったの?!


「リエラ、大丈夫ー?」

「うむ、無事じゃ」


 土煙が消えると、変わらずプリザヴェイションに守られて立っているリエラがいた。


「あーもう! 行けると思ったのに!」

「最後のはよかったの。ほれ」


 戦闘はここまでと、魔術を発動するのをやめたリエラが私のそばに近づいてくる。

 そして服の袖を私に触らせる。あれ、濡れてる?


「腕側に展開したプリザヴェイションの一枚を散弾がすり抜けたのじゃ。水飛沫が当たったぞ」

「え、じゃあ……」

「うむ。アオイ、今日はおぬしの勝ちじゃ」

「やったー!」


 ま、おまけじゃがの、と言いながらリエラは更に私に今日の講評を話す。


「最後のは複合魔術に通常弾も混ぜて、時間差で異なる位置から撃つのはとてもよかったのじゃ」

「頑張った!」

「魔力制御も上手くなってるのぅ」

「これでテレポートが! あ、途中リエラが撃った属性弾の魔力のごまかし方も」

「うむ、どちらも教える。約束じゃからの。この分だと雫にも負けそうじゃ、後でまとめて教える」

「うん。待ってる」


 私はさっき出したテーブルに戻って、勝った事をお姉ちゃんに告げる。

 はしゃいでいるのが分かったのか、お姉ちゃんは私がテーブルに戻る前から立ち上がって笑顔だったけど。


「おめでとう蒼ちゃん。次は雫の番ねぇ」



    ◇



 蒼ちゃんがリエラちゃんに勝ったなら、雫も負けていられないわ。頑張りましょう。


「次はシズクかの」

「えぇ」

「ルールはいつもと一緒じゃ。中級魔術まで、わしの攻撃を五分耐えたらシズクの勝ちじゃ」

「分かったわ」

「じゃあ、始め」


 とにかく攻撃を防がなきゃいけないから、まずは『プロテクション』と『プリザヴェイション』を多重詠唱で強化して、並列詠唱で何重にも張る。

 リエラちゃんは『ウィンドボール』を唱えているみたい。だけど、形が変ね。

 大きさもさる事ながら、弾だけじゃなくて、周囲を風の刃が回ってなんだか禍々しい感じがするわ。


「複合魔術は便利でのう、風属性に風属性を合わせる事も可能じゃ。アオイにはまだ内緒じゃぞ」


 リエラちゃんが、刃が装飾された風の弾をいくつも飛ばしてきた。落ち着いて、プリザヴェイションに魔力を供給していけば防げるはずよ。

 キィィィイイン、と甲高い音がする。風の刃が雫のプリザヴェイションに当たった音ね。音の発生源が一つ、二つ……と増えていく。四つめの音が聞こえてきた時、パリンと音がした。まさか、もう壊されたの?!


「ほれほれ、すぐに貫通してしまうのじゃー」


 雫は言われた通り、すぐに詠唱を再開して『プリザヴェイション』を唱えて盾を補充し直す。これは、強化をもっと強めないとダメね。

 持久戦よ!




 風の刃が生えたウィンドボールの猛攻に耐え続けている。五分はまだ遠い。膠着状態になって、リエラちゃんがこういう時にやってくるのは、上や背後の死角から!

 左右背後の三方と、頭部を覆うようにプリザヴェイションの結界を張る。

 そういえば、牽制しちゃおうかしら、ルールで禁止されてはいないし。

 プリザヴェイションを張り終えた雫は、右手に魔力を集束させる。そしてリエラちゃん目掛けて放つ。この魔術、『セイントビーム』って名付けようかしら。

 発動した光の光線は、リエラちゃん目掛けて飛んで行く。リエラちゃんは咄嗟の反応をして、避けたみたい。背後の木が倒れて行った。

 だけど丁度魔術を詠唱中だったらしく、詠唱を止める事が出来たわ。


「シズクの攻撃? 何じゃ今の!」

「セイントビームって名付けたわ。使っていい?」

「魔術語によるの」

「『聖 光線 収束 射出』よぅ」

「上級じゃの。使用禁止」

「そんなぁ」

「おぬしならもう一段階上もいけるの」

「え?」

「ほら、隙だらけじゃよ」


 四方と上空から風の弾が同時に迫ってくる。それも各方向とも無数に。

 雫はプリザヴェイションに魔力を追加して猛攻に耐える。

 最も攻撃が厚い正面のプリザヴェイションが割れていく。正面を強化したいけど、他の方面の強化も止める事が出来ない。今は背中にリソースを割き過ぎてるけど、これを止めると後ろが破られるからギリギリだ。

 一枚、二枚……パリンと正面の結界が破られていく。

 三枚目、正面最後のプリザヴェイションに到達しようとする時、更に土の弾が飛んできた。


 土属性っ!? 物理防御を。


 雫は咄嗟に上級魔術の『アイギス』を唱えてしまった。物理魔力両対応のこれならアースボールの物理攻撃も、ウィンドボールの風の魔力攻撃も防ぐ事が出来る。けど……。


 その瞬間、リーン! リーン! というベルの音がして、リエラちゃんがセットした魔術具が五分経過した事を告げてくる。


「シズク、それを使えるようになったのかの」

「ちょっと前から使えるようにはなってたのだけど、上級でしょうこれ」

「ふむ、わしの説明が足りなかったの、今日はここまでじゃ。五分も経ってノーダメージじゃしの、シズクの勝ちじゃ」


 あら? 勝ち?


「雫の勝ちでいいの?」

「うむ、よく耐えられるようになったのう」

「やったわ!」

「アオイと共に反省会をしようかの」

「えぇ」



    ◇



「模擬戦の後の冷たいドリンクは最高じゃの」


 リエラがおじさんみたいな事を言い出した。確かにおいしいけどね。フルーツジュース。

 お姉ちゃんも無事に勝ったみたい。けどなんか納得してない顔をしている。何かあったのかな。


「さて、おぬしらは複合魔術を使えるようになったんじゃの」

「えぇ」

「うん。でも魔力量をコントロール出来ないんだよね。抑えたいんだけど」

「複合魔術や多重詠唱は無理やり魔術陣を拡張するからの、その分消費量が増え、制御も困難になるのは当然じゃ」

「なるほどねぇ」

「同じ属性でもいいんだね」

「お、見ておったか。わしはシズクとの対戦の時に風属性同士を合わせたの」

「ウィンドボールとウィンドスラッシュかな、なんか禍々しかった」

「そうじゃ。そして複合魔術といえば、シズクが最後に使ったやつも聖属性同士のものじゃの。プロテクションとプリザヴェイションの複合魔術じゃ」

「アイギスね。あれはずっと上級魔術だと思っていたけど、複合魔術だったのね」


 お姉ちゃんが何やら納得したみたい。アイギスを使ったからルール違反だと思っていたらしい。


「リエラちゃん。リエラちゃんはあれを見て、何か思ったみたいだったけど、どうしたの?」

「あぁ、複合魔術の取り扱いじゃ。複合魔術はさっきも言った通り魔術陣が拡張する。そのせいなのかは分からないが、どうやら強制的に級が一段階上がるようなのじゃ」

「つまり?」

「初級は中級に、中級は上級に?」

「うむ。そして、上級は超級にじゃ」


 超級魔術。当然のようにリエラが言ったけど、その言葉にドキッとする。リエラも使えるのかな……。


「じゃから、中級と中級の掛け合わせまでは複合魔術はよしとしたいと思うのじゃ。戦いの幅も広がるしの」


 私たちが了解の返事をするため口を開こうとすると、リエラちゃんが言葉を続ける。


「と、最初には思っていたんじゃが……、おぬしらじゃ、もう中級魔術以下じゃパターン化して面白くないの。今後は上級まで使用可能としようかの。危ないが、ヒールもあるし問題ないじゃろ」

「分かった」

「はぁい」


 私たちは頷く。上級も使用可かぁ。戦術の幅がだいぶ広がるね。


「リエラお嬢様、あまり危ない真似は旦那様が……」

「父上は心配性なだけじゃ」

「奥様に言いつけますよ」

「それはやめておくれ……しかしこれは、強くなるためには必要な事なんじゃ……」


 マリーさんとリリムちゃんがちょっと悲しそうな顔をしてリエラちゃんに詰め寄る。


「お嬢様方がこれ以上強くなる必要がどこに……」

「それより私たちも鍛えないといけないね! マリー」

「そうです。護衛として役立たずになってしまいます……」


 二人は護衛として十分やってくれてると思うんだけど、強くないと納得しないらしい。


「わしは魔術しか教えられん」

「二人の剣の腕には私とお姉ちゃんもかなわないかなぁ……」

「じゃと、二人が打ち合って、別途魔術をわしらが教えるしかないのう」


 二人の特訓プログラムに私たちが悩み始めた時、ずっとお菓子を食べて話を聞くだけだったタルトが口を開く。


「……それよりリエラ、僕と模擬戦してくれないか?」

「ちょ、タルト?!」

「タルトちゃん?」

「制限は上級魔術まで。一撃与えた方が勝ち、というルールで」

「勿論じゃ。早速やるかの」

「あぁ」


 私とお姉ちゃんが止める間もなく二人は立ち上がって広場に行ってしまった。

 タルトが模擬戦なんて、珍しい。頑張れ。



    ◇



 僕はリエラに対峙する。

 リエラの始め、という合図と共に戦闘開始。

 僕はまず聖の精霊に力を借りて、さっき雫が使っていた物理魔力両対応の『アイギス』を三重に張る。

 それから風の精霊と水の精霊に力を借りて、『ウォーターボール』に『ウィンドスラッシュ』を重ねて、蒼が使っていた水飛沫を撒き散らす『スプラッシュボール』を作り出し、リエラに向かって飛ばす。


「さすがドラゴン、色々と使えるんじゃのう」


 その弾をリエラは大きく広げたプリザヴェイション一枚で防ぎ切る。魔力が足りなかったか。

 僕は再び風と水の精霊に力を借りて『スプラッシュボール』を量産して、どんどん飛ばして行く。

 リエラはというと、今度は水の塊を僕に向かって噴射してきた。魔術語は、リエラが足元に霧を出現させてはっきりと見えないけど、『水 塊 ―― 噴出』。蒼が言ってた『ウォーターインジェクション』かな。

 僕は『アイギス』をもう一枚張って真正面から受けてたつ。

 向かってきた激流は僕のアイギスを起点に裂けて、後方の木々を倒して行く。後ろで『アイギス』を張って流れて行った水を防御する雫と、怒っている蒼の気配を確認する。だけど、今はリエラに集中。


「素直じゃのう」


 背後、すぐ後ろから声がした。

 いつの間に!

 僕は急いで背後に『アイギス』を……。


『ダークホーン』


 ギリギリ一枚張る事が出来た、間近だった事もあってプリザヴェイションごと僕の体が後ろに吹き飛ぶ。

 体を回転させて地面になんとか着地すると、リエラが更に魔術を詠唱している。『岩 針 ―― 風 ――』。

 ダメだ。解読出来ない、これじゃ何をしてくるか全然分からない。

 

『ハールニードル』


 リエラのその言葉と共に、リエラの近くに無数のアースニードルが現れる。風ってまさか……。

 僕は慌てて正面のアイギスを全部魔力で強化……出来ない?!


「気付いたかの。効果覿面じゃのう」

「何をしたんだい?」

「ダークホーンは、攻撃を受けると力が抜けて放出魔力も弱くなる。なに、決着がつくまでの間じゃよ」


 その発言が終わるや否や、僕の張ったアイギスに無数の岩の針が飛んでくる。

 激しい衝突音がする。

 僕は減ってしまった放出魔力を何とか編んで、『プロテクション』を追加で張って少しでもニードルの数を減らす。

 けど、しかし数が多い。

 最初に張ったアイギスはとっくに無くなった。後から張ったプロテクションが、パリンと一枚、二枚と破られていく。

 そこでリエラの体が青く光るのが見えた。今度は何の魔術?! 『水 凍結 ――』。相変わらず、見えない……!

 そして最後に残ったプロテクションの一枚が破られた瞬間。その魔術は発動した。


『アイスグラスブ』


 僕の両手両足に氷がまとわりついてきて、手足が動かせなくなる。普段なら力で引きちぎれるはずなのに、これもダークホーンって魔術のせいなのかな。

 

「ここまでかの」

「そうだね。今の僕にこれを破る術はないよ」

「わしの勝ちじゃ」



    ◇



「二人ともお疲れ様」

「すごかったわねぇ」

「僕は傷心している。慰めならよしてくれ」


 タルトがとぼとぼと椅子に座り、リリムちゃんから紅茶とクッキーを貰う。しかしすぐに手を出さない。よほど負けが堪えたらしい。


「さて、タルトの講評じゃが、まず使える魔法が少ないの。せっかく魔法で何でも出来るのに、魔術の真似をしようとしてそれを狭めている。次に相手の攻撃に対して対応が素直過ぎる。相手がいつも正面からくるとは限らないのじゃ」

「肝に銘じておくよ……」

「じゃがそれを除けば、二人以上じゃな。やはり魔術語を介さないから魔力の運用速度が詠唱破棄並みに速い。しかも詠唱破棄と違って、魔力を込める事が出来る量が恐らく無尽蔵じゃ。今もたつくのは一度魔術をイメージしているからかの。もっとやりたいようにしていいんじゃよ。練習次第で、鍛えればどんどん強くなるの」


 リエラの指摘が的確過ぎたのか、頭を抱えてしまうタルト。気分転換も必要、私はちょっと話題を変える。


「だけどタルトが模擬戦やろうなんて珍しいね。面倒くさがりそうなのに」

「ちょっと思うところがあってね……。蒼! 団子!」

「はいはい」


 私はストレージからお団子を取り出してタルトの前に置く。すると他のみんなからも食べたいと言われたので結局全員分出す。

 お団子を食べながら、私たちは今の模擬戦の感想を話し合う。私が気になったのはリエラが突然、タルトの背後に移動した事だ。お姉ちゃんも気になったらしい。

 みたらしを口につけてマリーさんに拭いてもらっているリエラが言うには。私たちにワープを教える前に、前段階として教えようとした『テレポート』って魔術らしい。魔力が広がる範囲内なら自由に移動可能だとか。瞬間移動すごい。




 お団子を食べ終わって早速、私が勝利報酬のワープを教えて貰う前に、さっきリエラが使っていたテレポートをせがんで教えてもらう。

 どちらにせよ両方教えるつもりじゃった、と言いながら、私たちに向き合ってリエラが話し始める。

 魔術語は『物体 移動』。魔力を広げた範囲内で、移動したい場所を意識しながら魔術を放つと出来るんだって。

 やってみよう。

 空間属性の魔力を広げて、私の体が空色に光る。足元の魔術陣には『物体 移動』と。少し先、さっき模擬戦で立っていた位置を意識する。その途端、意識がそこに引っ張られる感覚がする。出来そう。


『テレポート』


 発動すると、一瞬の浮遊感の後、目を開けると私は、さっき模擬戦で立っていた位置にいた。後ろを振り返ると、後方にみんながいるテーブルが見える。私は手を振って、もう一度魔術を詠唱する。今度はテーブルのそばを意識して……。


『テレポート』


 再び、一瞬の浮遊感。


「成功じゃの」


 リエラの声に目を開けると、お姉ちゃんの目の前。狙った訳じゃないんだけど、そこへの意識が強かったみたい。お姉ちゃんがちょっとびっくりしている。


「やったわね、蒼ちゃん」


 マリーさんとリリムちゃんからも褒めてもらって、次はお姉ちゃんの番。

 お姉ちゃんが魔力を広げて、魔術を詠唱する。『物体 移動』……。

 魔力がお姉ちゃんの体に収束したと思ったら、お姉ちゃんの体が消えた。

 辺りを見回すと、お姉ちゃんも先程模擬戦で立っていた位置に再び現れていて、手を振っていた。

 私が手を振りかえしていると、お姉ちゃんが再び魔術の詠唱に入る。

 そして先ほどと同じようにお姉ちゃんの体が消え、私は周囲を見回すと……。


「出来たわ蒼ちゃん!」


 お姉ちゃんが背後から、私に抱きついてきた。あ、これ今度から不意打ちで抱きつかれるやつだ。

 ぎゅーっと抱きついてくるお姉ちゃんを引っぺがして、成功を祝う。

 そして……。


「次はタルトだよ」

「僕? 僕は負けたから……」

「気にするでないぞ。どうせ教えるつもりじゃったからの。それに、出来た方がいいのじゃ。魔術に縛られず、自由にの」

「自由に……分かった……」


 タルトが魔力を広げ始める。タルトの体に集まった水色の魔力が輝き、そして収まると、タルトの体が消えていた。

 模擬戦をした場所には、いない。


「あれ、タルト、どこに行ったの……」

「まさか、タルトちゃん迷子になったんじゃ……」

「失礼だな。ちゃんといるよ」


 背後から声がして、振り返るとタルトが木の上にいた。


「出来たね!」

「うん、見ていない位置でも飛べるんだね」

「そうじゃ、距離は短いが、そこがワープとの大きな違いじゃの」

「ワープは自由に飛べない?」

「自身の魔力範囲内で自由に飛べるのがテレポート、標に向かって飛ぶ長距離移動がワープじゃの。標が無くても出来るのかもしれないがの。じゃが、わしはまだその方法を知らんのじゃ」

「なるほど」

「なるほどねぇ」


 みんなテレポートが出来るようになった所で、私はお待ちかねのワープをリエラに催促する。


「そうじゃの。標も持ってきておるし、試したい事もある」


 じゃが……、とリエラが話を続ける。


「おぬしら、上級空間属性を使えるのかの?」

「「あ」」


 私とお姉ちゃんは急いで『ステータス』を唱えて自身の魔術練度を見る。


「しばらく見ておらなかったし、わしにも見せてくれるかの」

「うん」

「分かったわ」


 私とお姉ちゃんは宙に浮いて現れたステータス画面をリエラに見せる。




===========================

シズク・ハセガワ・リインフォース  女 異世界人・魔術師

 【称号】

  聖女の加護

  ――聖属性魔術の限界突破

  ――聖属性魔術の威力向上:強

  ――浄化威力向上:強

  ――魔力消費減少:強

  ――複合魔術能力向上

  神の祝福

  ――魔力能力向上:強

  ドラゴンテイマー

  ――魔力能力向上

  ――魔力攻撃耐性向上

  ――魔力共有

  ――意思疎通


 【スキル】

  超級聖属性魔術

  中級空間属性魔術

  中級従魔術

  上級魔力操作

  上級魔力感知

  多重詠唱

  並列詠唱

  中級詠唱破棄

  初級剣術

  初級料理

  上級調合

  成長向上

  不老

  言語理解

===========================


===========================

アオイ・ハセガワ・リインフォース  女 異世界人・魔術師

 【称号】

  魔術師の加護

  ――風、火、水、土属性魔術の限界突破

  ――風、火、水、土属性魔術の威力向上:強

  ――風、火、水、土属性の適性追加

  ――複合魔術能力向上

  ――魔力消費減少:強

  神の祝福

  ――魔力能力向上:強

  ドラゴンテイマー

  ――魔力能力向上

  ――魔力攻撃耐性向上

  ――魔力共有

  ――意思疎通


 【スキル】

  上級風属性魔術

  上級火属性魔術

  超級水属性魔術

  上級土属性魔術

  中級空間属性魔術

  中級従魔術

  上級魔力操作

  上級魔力感知

  複合魔術

  多重詠唱

  並列詠唱

  中級詠唱破棄

  初級剣術

  上級料理

  中級調合

  成長向上

  不老

  言語理解

===========================



 ステータスをみんなで見てみる。

 二人に共通する変化は、どうやら聖女の加護の内容に変化があるね。具体的には「魔力消費減少:強」になったのと、「複合魔術能力向上」が追加されてる。

 それから神の祝福にあった魔力向上が「魔力能力向上:強」に変化してる。魔力だけじゃなくて魔力を使う事全般になったって事なのかな。

 ドラゴンテイマーに「意思疎通」っていうのが増えてる。これも私にも付与されているから、タルトとの関係性がよくなったって事かな。

 後はお姉ちゃんだけ変わった事。調合が「上級調合」になってる。これは美容品を作ったからだね。私は中級調合のままだった。

 でも肝心の空間属性魔術は……。


「中級空間属性魔術……」

「蒼ちゃん、雫もだわぁ……」

「ま、杖を使ってやってみるんじゃの」


 そうだ、杖を使えば上級魔術が超級魔術になったんだ。きっと中級魔術も上級魔術に……。

 私とお姉ちゃんは杖を『ストレージ』から取り出して準備する。真っ白い細長い円錐形の杖は、いつ見ても綺麗で、宝石が輝いている。

 杖を出すと同時に、リエラは『ストレージ』から家にもある魔術具の小箱を取り出して私たちの前に置く。

 何でも、それが標らしい。


「詠唱をして標に意識を向ける。存在を感じたら唱えるだけじゃ。魔術言語は『物体 移動 転送』。まずこの標に二人の魔力を注ぎ入れて、この標の魔力波長を捉えられるかやってみるといいの」

「分かった」

「分かったわぁ」


 まず私とお姉ちゃんは標になる魔術具に魔力を充填する。

 そしてそれから、リエラが少しだけ離れた位置に標を置く。

 その後、お姉ちゃんが、雫からやってみるわね、と、先に魔術を詠唱する。

 お姉ちゃんの足元に水色の魔術陣が現れ、杖の先端が同色に光り出す。

 その状態のままお姉ちゃんが目を瞑る。

 少しして、何かに気付いたように俯いてた顔を上げて目を開くお姉ちゃん。標を感知したのかな。


「気付いたかの? そのまま唱えてみるといいのじゃ」

「えぇ……『ワープ』」


 お姉ちゃんがそう唱えた瞬間、先ほどのテレポートと同じく姿が消える。

 さっきリエラが置いた標の方を見ると……お姉ちゃんがいた。しかしすぐにまた姿が消える。

 標なんて他に……いや、これはテレポートだ、と辺りを警戒していると、誰かが背後から抱きついてきた。


「出来たわ! 蒼ちゃん!」

「お姉ちゃん! 突然抱きつくのはびっくりするでしょ」

「すぐに話したかったんですもの」

「はいはい、出来てよかったね」

「ああん、もう……。リエラちゃんも見ててくれた?」

「うむ、ちゃんと出来てたの。次はアオイじゃ」

「うん」


 次は私の番。お姉ちゃんを引っぺがして杖を構える。

 魔術陣を展開して言葉を紡ぐ。『物体 移動 転送』……。私の杖が水色に光り出す。私は感知しやすいように目を閉じて、意識を標の方に向ける。

 

 ……。


 魔力の波を感じる。ピー、ピーとまるで機械が鳴っているように感じるそれが、標かな。

 私もさっきお姉ちゃんがやったみたいに、目を開いて魔術を詠唱する。


『ワープ』


 浮遊感の感じて直ぐ、私の景色が少し変わった。足元を見ると、リエラが置いた標がある。

 成功だ!

 私も『テレポート』を唱えてみんなのいる場所に戻る。

 ワープの時と似た浮遊感を感じたら、目の前にはお姉ちゃんがいた。


「蒼ちゃん、やったわねぇ!」


 私はお姉ちゃんに再び抱き付かれる格好になり、嬉しいやら恥ずかしいやらの感情を隠すために直ぐに引っぺがす。


「お二人ともすごいです!」

「確かにすごいですが、これでいよいよ護衛が出来なく……」


 そこへ標を回収して戻ってきたリエラがマリーさんに言う。


「マリー、ちゃんと考えておるぞ。安心するのじゃ」


 そう言いながら、それは後回しにして、と続けてリエラが私たちのステータスを開くように言ってきた。

 私とお姉ちゃんは二人で一緒に『ステータス』を開いて空間属性魔術を確認する。


「上級になってるわね」

「私も、上級になってる」

「これでスキル上は二人とも杖無しで、出来る訳じゃな。丁度時間もお昼じゃし、二人とも、ワープでリインフォース邸に戻るんじゃ。杖は勿論無しじゃよ」

「リエラたちは歩いて帰るの?」

「そこでわしが試したい事がある。マリー、リリム、一緒にワープで帰るぞ」

「え? ですが……」

「私たち空間属性は使えませんよ?」

「大丈夫じゃ。わしが一緒に運ぶ」

「リエラちゃん、そんな事出来るの?」

「実験じゃ、ダメなら三人で歩くかのう」

「私たちは?」

「おぬしらは自前のワープがあるじゃろう。さっき言った通りじゃ。いいか、杖は禁止じゃぞ」


 そこまで行ってリエラはマリーさんとリリムちゃんに近づくように言って魔術陣を展開する魔術語を見ると、ただのワープとは違うみたい。『物体 移動 転送 複数 同行』の文字が見えた。リエラの体が濃い水色に光り出し大きめの魔術陣が足元を回転する。


「マリー、リリム、わしの体を掴むのじゃ」

「は、はい」

「失礼します」


 二人が肩と腕を掴んだのを確認して少し、標を見つけたらしいリエラが魔術を唱える。


『ワープ』


 すると、瞬く間に三人が消え、森の広場には私とお姉ちゃんが残されるだけになった。


「ねぇ、蒼ちゃん」

「何、お姉ちゃん」

「置いていかないでね?」

「私のセリフ!」


 私たちは必死に、相手を牽制しながら標を探す。しかし距離のある標を探すのは大変で、なかなかに時間が掛かる。

 結局、お姉ちゃんとほぼ同時に成功はしたけど、その時にはリインフォース邸でリエラとマリーさん、リリムちゃんがういろうを食べながらお茶しているところだった。


「お、出来たの」

「「つ、疲れたぁ……」」

評価、ブクマ、いいね、誤字報告いつもありがとうございます。

今回も楽しんでいただけたら幸いです。

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