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67. メアリーとの再会

 リエラが帰ってきてから数日が過ぎた。

 王都では、ワイバーンが出現したなんていう騒ぎは王宮が討滅宣言を出した事によりあっという間に終息し、平穏が戻っていた。

 私たちの住むリインフォース邸でも話題に上る事はなく、リエラを加えた平和な日常が過ぎて行く。

 そして家族六人での食事体制にも慣れてきた今日この頃、晩ご飯を食べ終わって食後の紅茶を飲んでいる時の事。リエラがふと私とお姉ちゃんに話しかけてきた。


「明日メアリーに会うが、ぬしらはどうする?」

「どうするって?」

「会うか?」

「うーん……。メアリーちゃんにお礼は言いたいんだけど、二人の再会をあまり邪魔したくないんだよね」

「だから、雫たちはやめておくわ」

「ならばわしから伝えておこう」

「そうしてくれるかしら」

「分かったのじゃ」


 そして、その日の晩ご飯は終わりを告げた。




「リエラちゃん、お風呂に入りましょう!」

「ぬしら二人で入ればよかろう。森の家と一緒じゃ」

「一緒に入るとマリーちゃんとリリムちゃんの手間が少ないのよ」

「シズクお嬢様、それは考慮しなくていい問題です」

「それが仕事ですので!」


 そう、リエラが戻ってきたけど、リインフォース領からリエラを担当する侍女を連れてきていないので、マリーさんとリリムちゃんが私たち三人を担当しなければならず、ちょっと大変なんだよね。


「ふむ……。なら風呂でわしの世話は不要じゃ。わしは一人でのんびりしたい」

「リエラお嬢様。それは私の矜持が許しません」

「えー。たまにはお義姉ちゃんの背中も流したいわぁ」

「嫌じゃ。じゃが義姉と言われるのは悪くないの」


 そう言って二人で先に入ってくるがよい、と一人部屋に戻って行ってしまった。


「じゃあ蒼ちゃん、入りましょう」

「仕方ないなぁ……リエラを待たせる訳にもいかないしね」




 そしてお風呂を二人で出て、部屋に戻ってから。


「マリーちゃん、髪は自分でやるからリエラちゃんについて行ってあげて」

「ですが……」

「あれ、年上風吹かせて、一人で出来る風を装ってるけど、多分相変わらず何も出来ないから誰か手伝いが必要だよ。最悪、入るフリして生活魔術で済ませてる」

「かしこまりました。ありがとうございます」

「では、私がアオイお嬢様の次にシズクお嬢様の髪をお手入れしますね」

「あら、ありがとう。リリムちゃん」


 そしてマリーさんが部屋を出てリエラの世話をしに行く。

 少しして、リリムちゃんがお姉ちゃんの髪をお手入れし始めたら、何やら廊下が騒がしい。


「いーやーじゃー」

「疲労回復が違いますので!」

「そんなのはヒールで十分じゃ!」


 話を聞いていると、どうやらお風呂に入らず案の定バスタイムで済ませようとしたリエラと、なんとしてでも湯船に入れようとするマリーさんが争っているようだった。

 私たちも廊下に出て二人と話す。


「リエラ、また生活魔術で済ませてるの?」

「楽なんじゃよ」

「でも疲れが取れないわよぅ」

「わしのヒールなら十分じゃ」

「気持ちの問題は」

「時間の節約の方が重要じゃ」

「リエラは生活魔術で済ませたい。マリーさんは入浴してほしい」

「はい」

「うーん……」

 

 何かいい手はないものか……。

 するとそこで、あ、とお姉ちゃんが何か閃いたらしく、マリーさんに耳打ちする。えぇっ、と驚いていたマリーさんだったけど、顔を若干赤くしながらリエラの方を向いてしゃがみ、ちょっと泣きそうな顔をしながら話し始める。


「リエラお嬢様、私の、マリーの世話はお嫌いですか?」


 マリーさんのやや紅潮した顔、瞳には涙をためた泣き顔で、そしてとどめに上目遣い! 完璧!

 さすがのリエラもマリーさんを責められないのか、お姉ちゃんの方を向いて叫び声をあげる。


「シズク!!」

「何? リエラちゃん? それよりマリーちゃんが話しかけているわよ。ちゃんと答えてあげて」

「ぐぬぬ……それはずるいのじゃ! そんなの断れないのじゃ」

「では……」

「わしの負けじゃ。マリー、手伝ってくれ」

「は、はい!」


 よかったねマリーさん。私たちは廊下で手を振って二人をお風呂に見送り、部屋に戻った。

 お風呂から出て私たちの部屋に立ち寄ったリエラは結局、大層満足した顔で風呂もいいもんじゃな、と言って自分の部屋に戻って行くのだった。



    ◇



「じゃ、行ってくるのじゃ」


 翌日、わしはマリーと共に、マークを御者にした馬車に乗って、メアリーの住むノーヒハウゼン邸へ向かう。

 道中僅かとはいえ暇じゃしな、前から気になっている事をマリーに聞いてみる。


「マリー、あの二人はどうじゃ」


 あの二人とはシズクとアオイの事じゃ。二人が悪辣な事をするとは全く思っておらぬが、マリーにとってどんな主人だったのかは確認しておきたい。


「いつも気遣っていただき、大変優しくしていただいております」

「ふむ、マークはどうじゃ?」


 わしは御者台に乗り、馬を操るマークにも尋ねる。


「はい、そうですね……、元々貴族じゃないと伺いましたのでそれで、でしょうか。私どもを同じ目線で扱ってくれます。貴族としては問題なのでしょうが……」

「なるほどのぅ」


 そんな話をしているうちに、目的地についたのじゃ。ここに来るのは何年振りか、少なくとも三年は間違いなく経っておる。

 マークが門番に用件を告げて、馬車は中へと入って行く。

 そのまま玄関へ馬車をつけると、メアリーとノーヒハウゼン侯爵が玄関で待っていた。

 わしはノーヒハウゼン侯爵のエスコートで馬車を降りると。


「リエラ!」


 地面に足を付けて早速、メアリーがわしに抱きついてくる。こやつ、泣いているのか?


「メアリー、泣いているのかの」

「泣きたくもなるわよ! 三年よ! 三年! しかも突然、殿下暗殺未遂の罪でよ?! こうして会えただけでも奇跡だわ」

「メアリーもわしのために、シズクたちに色々手助けしたんじゃろう? 礼を言うのじゃ」


 メアリーがわしから離れて、まだ涙を浮かべる目を拭いながらわしに告げる。


「いいのよ。それじゃ、中に入りましょう」

「落ち着くのじゃ。ちょっと待つがよい」


 わしはメアリーを引き剥がして、やり取りをただ見ていたノーヒハウゼン侯爵の方を向いてカーテシーをする。


「失礼しました。お久しぶりです、閣下。この度は私のためにご尽力いただいたようで、心より感謝申し上げます」

「息災で何よりだ。メアリーとまた仲良くしてやってくれ」

「ありがとうございます。勿論です」

「それじゃ、今度こそ入りましょう、リエラ」


 わしはメアリーに手を引かれて、中庭の東屋へと連れて行かれる。

 東屋に用意された椅子に座り、わしは後ろに控えたマリーに指示を出して持ってきたオダンゴをメアリーのメイドに渡してもらう。


「知っていると思うが、アオイが作ったオダンゴじゃ」

「まぁ嬉しい。あなたも気を使えるようになったのね」

「いや、わしが食べたいだけじゃ」

「ふふ、そういう所相変わらずね。用意してちょうだい」


 メイドが頭を下げて早速オダンゴを用意し始める。

 別のメイドが紅茶をわしの前に置いてくれる。メアリーの所にも置かれ、メアリーがそれを一口飲む。

 わしは、オダンゴを準備するメイドの動きを見ていると、メアリーが話しかけてきた。


「マイヤ領では何をしていたの?」

「ん、色々じゃ」

「具体的には?」


 丁度テーブルに置かれたウグイスアンのオダンゴを形式的な毒見のために手にとって、一つ口に含んで咀嚼しながら考える。


「まず魔術の研究じゃ。思うようにいかない日は魔術具の考案と研究。調合なんかもやったの。あぁ、戦闘訓練は毎日欠かさずやったのじゃ」

「あなた、もしかして森にいた方が生き生きしてたんじゃないかしら?」

「そうかもしれんの。魔術師団も楽しかったが、しがらみが多すぎる。好きな事が出来る今の方が気楽じゃの」

「義妹も出来たし?」

「そうじゃ! あの二人知っておるか? 元々わしの弟子だったんじゃよ」

「二人から聞いたわ。違う世界から来たって事もね」


 その発言を聞いて、二人はわしが思っていた以上にメアリーを信頼してくれていると知って嬉しくなる。


「それを話したのか」

「私を同志として迎えてくれたわ」

「同志?」

「あなたを救い出す同志よ」

「そうか……」


 わしは今度は逆にメアリーに尋ねてみる。


「のうのう、わしを救い出すために、メアリーは何をしてくれたんじゃ?」

「嫌よ、話さない。恥ずかしいもの」

「なら後で二人に聞くとしよう」

「ダメよ」

「むぅ、分かったのじゃ」


 その一言を聞いて、メアリーは紅茶を一口飲む。それからカップを置いて、わしの目を真正面に見つめて話し出す。


「ずっと会いたかった。あなたに」

「そうか」

「会いたくてたまらなかったわ。リエラ。おかえりなさい」

「ただいまなのじゃ」


 わしの発言を聞いて微笑んだメアリーに釣られて、わしも笑みが溢れる。

 しかし、ところで、と話を続けたメアリーの微笑みが若干おかしくなる。


「アーガスとは会ってたんですってね」


 わしはギクッとする。確かにアーガスとは何度も会っていた。しかしそれは必要じゃからで……とにかく早く返答せんと……。とりあえずメアリーの問い掛けに返す。


「ち、違うぞ。どうしても奴じゃないとダメな頼みがあったんじゃ」

「どんな頼み?」

「物の運搬じゃ。魔術具を運んでもらった。そのおかげでわしが短時間で王都に来れるように出来たのじゃ」

「私じゃダメだったのかしら」

「当時はわしがそんな指示を出してるとバレただけで危ないからの、おぬしを危険に晒したくなかったのじゃ」

「ふぅん……。まぁいいわ」


 メアリーがシロアンのオダンゴを口に運んでもきゅもきゅと食べてから、更にわしに話してくる。


「シズクさんとアオイさんが旅に出てから後の、あなたの事を聞きたいわ」

「ふむ……さっき言った通りじゃが……」

「嘘よ。一人で暮らしてたんでしょう? 食料や日用品はどうしたの? マイヤの町にも出かけたのでしょう? そこでどんな事をしたの?」

「全部話さないとダメかの?」

「あなたの事は全部気になるのよ」

「また壁を壊してないかとかか?」

「まだ壊してるの?!」

「流石にもうしとらん!」


 そうさのう……。


「アオイのせいで舌が肥えてしまっての。マイヤの町のレストランにはよく行くようになった。いくつも巡ったが、一店面白いレストランを見つけた」

「へぇ、どんな?」

「料理に魔物の肉があるんじゃ。初めて行った時が一番うまかったが、定期的に仕入れいているようでな、店主の腕もいいからついついリピートしてしまうのじゃ」

「魔物のお肉って王都じゃあまり食べないけど、領地だと普通に食べるの?」

「ノーヒハウゼン領では食べないのかの?」

「食べた事もあるけれど、私はほとんどこちらだから……」

「そうか……。魔物肉はよく食べるぞ。王都よりも魔物狩りをするから身近じゃ。狩りやすい魔物は、そこまで高くないから民衆にも出回っておる。それでの、客がレッドタイラントバッファローという、民衆にはちょっとお高めの魔物なんじゃが、それはまだ入らないのか? って店員に聞いてての。聞かれた店員は少女じゃったが、ありません、と申し訳なさそうにしておった」

「えぇ」

「しかし客の語気が強くての、少女がますます竦んでしまっていたから、少女を助けるつもりで、わしが肉を出した」

「へぇ、優しいじゃない」


 持っていたのが、それよりも高いブラウンタイラントバッファローじゃがな、とは言わない。


「そしたら少女が懐いてくれての、仕入れの事を聞いてみた。どうやら特殊な仕入ルートだったらしくてな。仕入れてくれた双子姉妹の冒険者は今は遠方に出かけてしまったんだそうじゃ」

「それってもしかしなくても……」

「そうじゃ、あいつら、冒険に出るって言ったのにまずマイヤの町で少女を餌付けしておったんじゃよ」


 更にの、とわしは話を続ける。


「わしが二人の師匠だという事を明かして、代わりに肉を仕入れようかと聞いたんじゃが、少女も、店主も断ってきた」

「ふぅん、どうして?」

「二人と約束した大事な仕入れを待ってるからとな」

「なるほどねぇ」

「わしは安心したのじゃ。三年、見ず知らずのこの世界に来た二人に、色々な事を教えたが、とりあえず生きて行く筋道は分かっているようじゃったからな」

「あの二人って、結局何者なの? 異世界から来たってのは聞いたけど」

「わしの可愛い義妹じゃよ」

「そうじゃなくて」

「神にスキルをもらったと言っておった」

「え?」


 わしは紅茶のカップを置いて、一呼吸置いて説明を始める。


「やはりそこまでは説明しておらなんだか。機会があったらステータスを見せてもらうといいぞ。神の祝福なんて大層な称号がついておる。そんなスキルは今まで見た事も聞いた事も無いの。それに神様に魔術適性ももらったと言っておった」

「そんな出鱈目な……」

「そうなんじゃ。だからわしは全力で育てた。三年間は楽しかったぞ。スキルのせいもあって成長が止まる事はないしの。わしもうかうかしてられんのじゃよ」

「あなたの戦闘狂いはどうでもいいのだけれど、先日のワイバーン討伐でも活躍したみたいね」

「ワイバーン程度じゃ無理じゃよ。あの二人を倒すのは。まず雫の防御を破れん」

「シズクさんってそんなに強いの?」

「聖属性魔術に特化しているせいか、それだけはもうわしより強いの」

「そうなのね。アオイさんは?」

「属性の使い分け次第じゃの。複合属性を編めるようになっておったから、シチュエーションが噛み合った時の爆発力はもう敵わないかもしれないのう」


 何にせよ。怖いのはあの二人は常に発展途上という所なんじゃがな、というのは伏せてわしはオダンゴに手を伸ばす。今度はミタラシじゃ!

 それからも他愛ない話をメアリーとして、久々の友好を確認しあったの。

 そろそろ帰る段になって、突然メアリーが泣きそうな顔をしてわしに言ってきた。


「リエラ……。また会える? もう、会えなくなったりしない?」


 メアリーは大粒の涙を目にためて必死でこらえていた。

 相変わらずじゃのう。社交では冷酷にも平気でなれるメアリーは、身内にはとにかく甘い。そして親しみ深く感情移入するからすぐに泣く事がよくある。学院の時も大変じゃった。とにかく慰めねばの。


「領地に帰ってしまえばしばらく会えないかもしれないが、わしはもう無罪らしい。いつでも会えるんじゃよ。メアリー」

「そう、また来て、私もあなたの家に遊びに行きたい」

「うむ」

「二人にも会いたいわ」

「今日は久々の再会だからと気を遣ってくれたようでな、話をしておくのじゃ。じゃから泣き止んでくれ」

「えぇ……」

「二人からもお礼を伝えてくれと言われたのじゃ」

「えぇ、えぇ……」


 泣き止もうとするがなかなか出来ないメアリーを見て、わしは贈り物があった事を思い出す。


「おっと、そうじゃ忘れておった。マリー、オダンゴとは別に小包を預けたじゃろう? 取ってくれ」


 わしはマリーに指示を出して、小包を受け取る。布で包まれたそれを解くと、中から立方体の箱が出てきた。わしはその上部に埋め込まれた宝石に魔力を込め、正常に動いている事を確認してメアリーの正面に置く。

 涙を拭って、それを興味津々で見るメアリー。


「これは魔術具?」

「そうじゃ」


 わしは『ストレージ』から似た装飾の、メアリーの前に置いたものより大きな箱を取り出して、自分の前に置く。

 大きな箱の上部中央には同じように宝石、その右上には小さな宝石が複数綺麗に並んでいる。今、そのうちの一つが明滅している状態じゃ。


「今その小さいのを起動した。するとこちらの大きいのに魔力が飛んで行く」

「それでどうなるの?」


 わしはメアリーの問いに答えず、大きい方の箱に手をかざして、起動する。そしてメアリーではなく魔術具に向かって小声で話す。


『接続すると声を届ける事が出来る』

「え?!」『え?!』


 メアリーの声が、本人と魔術具からほぼ同時に聞こえた。

 わしは魔術具を操作して接続を切って、メアリーに向かって話を続ける。


「近すぎて二重に聞こえるから一度接続を切るのじゃ。今の様に、長距離であっても、魔術具の魔力が切れない限り、声を魔力に乗せて届ける事が出来る」

「長距離って、どれくらい?」

「この国全土になるようにキミアと考えて作ったが、今のところ確認したのはマイヤ領から王都までじゃな」

「あなたの生活範囲なら連絡が取れるって事ね」

「そうじゃ」

「これ、もらってもいいの?」

「勿論じゃ、そのために持ってきたしの」

「……用事が無くても連絡していい?」

「いいぞ。早速今日の夜、話をするとするかの」

「……ありがとう」


 そしてわしは東屋を辞する事をもう一度告げる。

 メアリーは今度は泣く事なく、メイドに何か指示を出す。そして二人で玄関に戻ると、屋敷内から呼びつけられたメアリーの兄が待っていた。わしは久々に挨拶をして、そしてエスコートされて馬車に乗る。

 馬車が走り出して、窓から見えなくなるまで、こちらに小さく手を振りながらメアリーは立っていた。


「メアリーの心配性は相変わらずじゃのう」

「それだけ慕われているのですよ」

「お、おぬしもメアリー擁護か?」

「会えない悲しみとは、大変な辛さですからね」

「話せるようにしたとはいえ、また会いにくるぞ」


 そうじゃ、キミアに頼んで標を増やしてもらおうか。実験もしたいしの。とわしは考えて馬車の椅子に体を沈めるのだった。




 メアリーと再会して翌々日、わしは平民街の工房に、マリーを連れて来ていた。目的は魔術具師のキミアと、妹の錬金術師アミアに会うためじゃ。

 何度となく、屋敷から隠れて通った道じゃから問題はない。過去にもついて来ていたマリーも、特に口を挟む事なく後ろをついてくる。

 そして一度も細い道を間違える事なく、一軒の工房にたどり着いた。

 家は木造でショーウィンドウはない。ただドアがあるだけの店。ドアの上部に掲げられた看板に魔術具&錬金工房とだけ書いてある。

 そのドアは、わしが近づくと自動で開き、中へ誘ってくれる。

 中に入ると店主のいらっしゃい、なんて殊勝な声は当然しない。代わりにドタドタという足音とスタスタという足音が聞こえた。


「リエラー!!」


 わしは正面から現れた人物に抱きつかれる。

 突然抱きついて来たこの人物は、錬金術師アミアじゃ。黄色いショートカットに、女性としては、特に貴族ではあまり歓迎されないと言われる太ももや、肩口まで腕を出したラフな格好。相変わらずじゃな。


「久しぶりじゃのう、アミア。元気じゃったか?」

「うん! でもリエラに会えなくて寂しかったよ!」

「そうか」

「久々なんだからもっとアミアにかけてやる言葉があるだろう」


 現れて第一声が毒舌なのはアミアの兄、魔術具師のキミアじゃ。アミアと同じ黄色い髪で、同じくらいの長さ。しかし綺麗に手入れをしているアミアと違って生えっぱなし。このキミア一番の紹介どころは重度のシスコンというところじゃ。


「そうじゃな、わしも久々に会えて嬉しいぞ。アミア。もちろんキミアもな」

「あぁ、でも俺はアミアが喜ぶならそれでいい」

「リエラ、客間に行こう! マリーさんもどうぞ」

「ありがとうございます。失礼します」


 客間に入って、勧められた席に座る。マリーは後ろについている。アミアがお茶を淹れて、わしの前に置く。

 わしは『ストレージ』からお皿とオダンゴを取り出して載せ、テーブルの中央へ置く。


「これは……?」

「あー! オダンゴだ! 食べていいの?」

「うむ、わしも食べるぞ」


 わしはとりあえずウグイスアンを一本取って、一粒食べる。アミアはシロアン。キミアはミタラシを食べ始める。


「おいしいー! お店じゃ大人気で全然買えなくってさぁ、食べたかったんだよね」

「マリーさんも座ってください」

「え……ですが……」

「ここで気にする人間はいない。それより一人だけ立っている方が気になる」

「なのじゃ」

「かしこまりました。……いただきます」


 マリーも控えめにシロアンのオダンゴをお皿に取って、いただきます、と食べ始める。

 それを見ていると、キミアが話しかけてきた。


「しかし、思ったより早い再会だったな。シズクたちから話を聞いて、まだしばらくはかかると思っていた」

「色々いい偶然が重なったからの。おぬしの作った魔術具も活躍したと聞いておる」

「それより錬金術スキル無しでの調合、出来るようになったんだな」

「うむ。蟄居してから、理論はすぐ出来たのじゃ。あとはのんびりとな」

「おにいから教えてもらったよ、生活魔術を応用するなんて、すごいね」

「わしの得意分野じゃからな。もっと褒めてもいいぞ」

「調子に乗るな」

「おにい! 本当にすごいんだから! リエラ頑張ったね!」


 わしはアミアに頭を撫でられてにんまりとしながら、ここにきた本題を話す。


「それと、大事な話がある。移動じゃ。王都に移動するに当たって、マイヤ領から王都までは半月はかかるのう。それも短縮出来た」

「何? まさか……」

「そう、ワープに成功したのじゃ」

「おぉ……今やってくれ! 標を持ってくる!」


 椅子からガタッと立ち上がり、テーブルの角に足をぶつけて、いてっ、と言いながらキミアが奥の部屋へと行き、化粧箱位のサイズの魔術具を持ってやってきた。我が家にあるのと同じものじゃのう。


「まだ魔力が空の状態だ。頼めるか?」

「うむ」


 わしはテーブルの上に置かれたそれに手をかざし、魔力を込める。蓋部分の中央に大きめの宝石が嵌め込まれているが、それが淡く輝き出し、やがて四角の宝石も同じように輝き出した。


「床に置いてくれるかの? このままじゃテーブルに乗ってしまう」

「あぁ」

「一度マイヤの森の家に飛んで、そっちの標の魔力を補充してここに戻ってくるのじゃ。マリー、もししばらくして戻らなかったら家に帰って、家の標を作動させるようにシズクとアオイに言っておくれ」

「かしこまりました」

「リエラ、大丈夫……?」

「大丈夫じゃ、すぐ戻ってくる」


 わしは空間属性魔術を詠唱する。『物体 移動 転送』。体が水色に光り出し、体内の魔力がごっそり減り始める。二人には言わなんだが、消費魔力が大きいのう。まぁ、往復するくらいは全く問題ないじゃろう。

 マイヤ領の方角へ意識を向け、ここにある標と同じ魔力波長を探す。


 ……。


 見つけた。


「じゃあ言ってくるの。『ワープ』」


 わしは浮遊感に包まれて標の方に進んで行く。

 形容し難いが、あえて言えば魔力に包まれているような抱擁感を肌に感じながら不思議な空間を抜けると、そこは森の家で標を置いていた工房だった。


「戻るのも成功じゃな。さて、つぎは新しいところに行けるかじゃが……」


 わしは標の魔術具に魔力を補充しながら呟く。

 魔力を補充し終わって、早速、同じように魔術陣を展開する。

 標を探す。王都の方へ意識を向けて……すると標が二つあるのじゃ。一つは自宅じゃな。もう一つがキミアの工房じゃが、二つの違いが全く分からんの。

 間違えたらもう一回飛ぶか、と思いながら、片方に意識を向けて魔術を詠唱する。


『ワープ』


 先ほどと同じ魔力の抱擁、そして不思議な空間を抜けて、目を開いたら、そこはさっきまでアミアたちとオダンゴを食べていたキミアの工房だった。


「本当に突然現れた……」

「成功?! すごーい!」

「よかった、戻ってこれたか」

「何かあったのか?」

「標のある方向へ意識を向けたとたん、標がリインフォース邸とここと二つあってのう、どっちがどっちか全く分からんかったから、二度飛ぶつもりで勘で選んだんじゃよ」

「なるほど、個体を識別出来る程度の差異は必要か」

「まぁ複数回飛べばいいだけじゃが……おっと」

「リエラお嬢様!」


 わしは立ちくらみがしてよろけてしまい、マリーに腰を支えられてしまったのじゃ。


「大丈夫じゃマリー。急な魔力の使いすぎじゃ」

「魔力の使いすぎ? お前、さっき飛ぶ時黙ってたな。しかし、お前がよろける程の消費じゃ相当だろ? 使える人間が他にいるのか?」

「うちの義妹は使えるようになるの」

「シズクとアオイか?」

「うむ。魔力量は十分じゃ。あとスキルが上級になればいいだけじゃの」


 そうじゃ、と肝心な事を思い出して、わしはキミアに向き直る。


「キミア、標をもっと作ってほしい。個体の識別は後回しでいいが、出来たらついでに搭載してほしい」

「とりあえずこれ持ってっていいぞ。何個欲しい?」

「出来たらもう三つ。それでとりあえずは問題ないの。ただ、今後はあの二人が旅をして拠点にしたところに置いていかせたいのじゃ」

「あればあるだけか……。時間と金がかかるぞ」

「どちらも好きに使うのじゃ」

「のんびりやらせてくれ」

「うむ。もちろんじゃ。それからの……」

「まだあるのか?」


 わしは『ストレージ』から手に乗る程度の魔石を大量に取り出してテーブルに置いていく。


「この魔石の魔力保存量と強度を上げてほしい。出来る限りじゃ」

「出来なくはないが……込める際の魔力効率が悪くなるぞ」

「それを期待しているから問題ないのじゃ」

「何に使う」

「魔力操作の訓練じゃ、もうわしも、シズクとアオイも普通の魔石じゃ役に立たんのじゃよ」

「分かった、そっちはすぐ出来る」

「割れた時も考えて三十個程頼む」

「……努力する」

「……」

「すぐに完成させるおにい、見てみたいな!」

「任せろ、俺は最高の魔術具師。あっという間にやってやる」


 キミア、わしとアミアが目配せしたのに気づかずにちょろいのう。


 後は雑談じゃ。三年間どうしてたとか、これからどうするつもりか、とかそういう話じゃ。

 わしは話もオダンゴも満足したので帰る事にした。

 アミアがちょっと悲しそうだったが、また会えると言ったら落ち着いてくれた。


「マリーも付き人ご苦労じゃったな」

「はい、ですが……」

「どうした?」

「ワープをされると、護衛が出来ません。これは問題だと思います」

「そうじゃのう……、緊急の時だけとかでも難しいかの」

「緊急の時は戦闘がありますよね? 私としてはなおさら許可出来ません」

「むぅ……」

「取り扱いをどうするか、今後の課題とさせてくれ」

「かしこまりました」


 わしらは自宅に向けててくてくと歩いて行くのだった。

大変お待たせしました。再開です。


評価、ブクマ、いいね、誤字報告いつもありがとうございます。

今回も楽しんでいただけたら幸いです。

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