66. おうちに帰ろう
謁見の間を辞する前の事、陛下たちともう少し話をしたんだ。
「そうだシズク、アオイ」
「は、はい」
「はい」
「リエラ・リインフォースの謹慎は解くが、……魔術師団の方はどうなっている、魔術師団長」
「は」
魔術師団長と呼ばれたルークさんが、右手側から出てきて私たちのそばに立つ。
「当時、リエラ副師団長の辞任は本人からの正式なもので、既に後任も立っていますので、復帰は難しいかと、何より彼女自身が望まないでしょう」
「だろうな」
「私どももそこまでは望みません」
「謹慎を解いていただけただけで十分でございます」
「うむ」
それから、陛下は一度手元のお皿を見て殿下に向き直る。
「ランプロス、ミタラシはいるか? うまいぞ」
「後ほどいただきます。この場でこれ以上は臣下に示しがつきませんので」
肩をすくませながら今度は私たちを見て言う。
「真面目だろう。だが息子ながらに悪い奴じゃない。また何かあったら頼るといい。おっと、余には菓子を忘れるな」
私たちは笑顔で頷く。
「「はい、ありがとうございます」」
「では本日の褒賞授与は終了だ。みな、ご苦労だった」
全体に通る声で最後にそう言って、残っていた最後の一本、白あんのお団子を口に頬張って飲み込んでから、立ち上がって殿下を連れて退席する陛下。
え、終わったの? なんか拍子抜けする最後だったけど、両サイドの喧騒は収まらない。
しかし最初に私たちに近づいたのは随分と身なりのいい執事さんだった。
「シズク・リインフォース様。アオイ・リインフォース様」
「「はい?」」
「私陛下の執事を務めております。先ほどのお菓子、オダンゴの回収にやってきました」
「は、はい。あ、でも量が多くて……」
「こちらに『かばん』を用意しておりますので問題ありません」
「分かりました」
私は先ほどの約束通り、持っているお団子を全て執事さんに渡していく。
そして小声で尋ねる。
「そのかばん、時間経過は大丈夫ですか?」
「はい。問題ございません」
「よかったです。万が一固くなったら、ソースは温め直し、本体は軽く茹で直してください」
「承知しました。ありがとうございます」
「それから他のお菓子と美容品、魔物肉です。魔物肉は料理に使ってください」
「重ね重ねありがとうございます」
「渡すものは以上です」
「はい。こちらが代金となります」
明らかに釣り合ってない量の小袋が渡される。私は中身を確認せずに一旦かばんにしまい込む。
「ではこれにて、失礼いたします。お二方のお帰りの馬車は既に用意してありますので」
執事さんが去っていった。割と慌ただしい感じだったな。
あとあれ、多分かばんじゃないな……。
さて、帰りたいんだけど、誰かにエスコートを頼まないといけない、来た時もお願いしたからルークさんがいいんだけど、こっちから行っていいものなのかな。なんて逡巡していると、ノーヒハウゼン侯爵がやってきた。
私たちは膝を折る。
「「ノーヒハウゼン侯爵。先ほどはご助力ありがとうございました」」
「あぁ。気にするな。それより二人に礼を言うぞ。これで貴族派の上に立てる事が証明出来た。じきに民衆派の空気もよくなるだろう。罪が取り消しとなった以上、わしが許さんしな。ゲルハルトにもよろしく伝えてくれ」
「「ありがとうございます」」
それだけ言って去ってしまった。
次にルークさんがやってきて、私たちを労ってくれる。
「お疲れ様でした。お二人とも」
「ありがとうございます」
「ありがとう。ルークさん」
「もうお帰りになりますか?」
「はい」
「えぇ」
「では、僭越ながらエスコートさせていただきます」
「よろしくお願いします」
「よろしくねぇ」
待ってて正解だったみたい。
私たちは控えの間にいたマリーさんと再会する。
「マリーさん、リエラ戻ってくるよ!」
「あ、雫が言おうと思ったのに!」
「リエラお嬢様が、戻る?」
「そうなの。謹慎は解除されたよ。これでうちに帰ってこれる」
「だから雫が……!」
「ごめんって。後でみんなに言っていいから」
「仕方ないわねぇ」
「当家に帰って来られるのですか?」
「そうよぅ」
普段は極力無表情を装っているマリーさんから、大粒の涙が溢れ出す。
「あ、これは……し、失礼を……」
慌てて後ろを向いて取り繕うとするマリーさんに、お姉ちゃんが抱きついて慰める。
「いいのよマリーちゃん。雫も、蒼ちゃんも、さっき泣きそうなくらい嬉しかったわ。ちょっと落ち着いたら、みんなに報告しに帰りましょう」
「はい……」
「失礼いたしました」
落ち着いたマリーさんを伴って、ルークさんに先導してもらって四人でエントランスへと行き、ルークさんのエスコートで馬車に乗る。馬車が動き出して、ルークさんが口を開く。
「お二人にお礼を言わなければなりません」
「どうしてですか?」
「なぜ?」
「リエラ副団長の処分を不当だと言う魔術師団の中堅は非常に多くて、今回は復帰はないまでも名誉を回復してもらうチャンスだと思いました。私も、魔術師団内の貴族の声をまとめたのですが、いいように進んでよかったです」
「そうだったのね。ありがとう」
「思ったよりすんなり行ったよね。もっと反発が酷いと思ったのに」
「それはおそらく。ノーヒハウゼン侯爵です」
「侯爵が?」
「そもそもなんですが、褒賞は普通、金品を渡して終わりです。それが今回望みに差し替えられた」
「確かに過分よねぇ」
「出てきた望みを王が断る訳にはいかないですからね。二人が問題ない範囲の望みを言うと分かっていたのでしょう。その入れ知恵をしたのが……」
「ノーヒハウゼン侯爵って事だね」
「そうです。実際、ノーヒハウゼン侯爵は民衆派が貴族派より立場が下になったあの事件を嘆いて、挽回する機会をずっと窺っていたはずです」
「「なるほど」」
「一方で、それだけでは貴族派の反発が収まらないので……」
「抑えるための起爆剤になったのが」
「私たちの販売会だ」
「そうです。あれのおかげで立場上肩入れはしないが、おいしい食料品に美容品を作り出すリインフォース家を潰すなという流れが貴族派の中でも現れました。このため、先程の望みを言っても貴族派の反発が少なかったのです」
「やって来た事がいい様に作用したんだね」
「その通りです。それから、お二人の実力も大事でした」
「実力?」
「王都の冒険者があまり強くないのはご存知でしょう? なので今回から、負担になるだけの合同依頼はやめようという声があったのです。しかし今冒険者ギルドにすごい強いのがいる、今回だけは、と冒険者ギルドのイアンから部隊任務を調整している編成部宛に希望があったと聞いています。そこで推挙されたのが」
「私たちって訳ね」
「えぇ、一人は来ていただけなかったようでしたが」
「あぁ、タルトは家を守っていますよ」
「お知り合いですか?」
「雫たちの親戚よぅ」
「なるほど。しかしお二人の実力を見れば、それでも十分でしたね。リエラ副団長以上かもしれません」
「リエラは、分かんないですよ……私たち何度も模擬戦をしましたけど」
「一度も本気を出させた事がないわねぇ」
「王都にきたら是非鍛えていただきたいものです」
意外とスポ根なルークさんに若干引きながら、会話は続く。
「それと、私はリエラ副団長には恩があるのです」
「そうなんですか?」
「えぇ。前回のワイバーン討伐の時、事件の時ですね。殿下の前に落ちたと言われるワイバーンは、実は私に向かってきていました。副団長はそれに気付いて、魔術を撃ったのです。だから、同じ貴族派とはいえ、暗殺などと言う声が上がる事が悔しくてたまりませんでした。いつか機会があったときに必ず手助けしようと思っていましたが、力が足らずすみません」
「そんな事ないわよぅ」
「そうですよ。第一師団で一番槍を任せてくれなかったら、この結果にはなっていません」
「チャンスをくれたのよ、ルークさんは」
「……そうですか。私でも副団長の恩に報いれたのですね」
そして馬車がリインフォース邸に着く。
ルークさんのエスコートで馬車を降りて、お礼を言う。
「ありがとうございました」
「ゲルハルト様とクラウディア様にもよろしくお伝えください」
「はい」
「あと副団長が帰ってきたら、第一師団はいつでも歓迎すると」
「あはは……控えめに伝えておきますね」
馬車を見送って、お姉ちゃんとマリーさんと振り返って玄関に入る。
そこにはお義父様、お義母様、タルトをはじめ使用人全員が出迎えてくれた。
「おかえり」
「おかえりなさい。二人とも」
「パパ、ママ! まず報告があるわ!」
「何だ」
「何かしら」
お姉ちゃん笑顔になって大声で言う。
「リエラちゃんが帰ってくるわよ!」
「何!」
「えっ」
ぽかんとした顔をする二人、だけじゃなく、使用人も驚いた顔をしている。
「どう言う事だ?」
やっと硬直から解放されたお義父様が、それだけ尋ねてくる。
「陛下の褒賞が何でもいいと言うので、リエラの謹慎解除をお願いしました」
「そしたら暗殺の罪も無くなったわぁ! リエラちゃんは自由よ!」
「何でも? 金品じゃなかったのか?」
「何でも言えと言われました」
「それで好き勝手に……」
「あなた! そんな事はいいのです……そんな事は……」
お義母様が私たち二人に抱きついてくる。
「危ない事はありませんでしたか?」
「はい」
「ちょっと貴族派が吠えてただけよぅ」
「ならよかった。リエラちゃんが帰ってくるなら本当に嬉しい。でも、あなたたちがいなくなるのは嫌ですよ」
「「はい」」
お義母様が、そう言いながら私たちに抱きついて随喜の涙を流している。
「あぁ……そうだな」
お義父様も目を潤ませている気がする。私だってまた泣いちゃいそうだよ。
「それで、いつ帰ってくる?」
「あ! 連絡しないといけないですね」
「連絡手段ねぇ、最短は……」
私とお姉ちゃんがタルトをじっと見る。
「え? 僕?」
「そう! タルトちゃん! リエラちゃんのところまでひとっ飛びして!」
「やだよめんどくさい」
「そんな事言わないでさぁ」
「いや、連絡手段ならあるぞ」
「へ?」
ちょっと待てと言って書斎に向かって行ったお義父様が、魔術具を持って戻ってきた。
魔術具は化粧箱のような直方体の箱で、表面四隅と中央に宝石がついている。
「この魔術具だけは、厳重に梱包して絶対手放さない事にしている。今回も重かったが、リインフォース領から持ってきてよかった」
「パパ、何の魔術具?」
「冒険者ギルド間の連絡手段を知っているか?」
「魔術具で連絡を……って、まさかそれなの?!」
「初めて見た……」
「私も詳しくは知らんが、同じ原理を使っているらしい。こちらの方が小さいそうだがな」
お義父様が手をかざして魔術具に魔力を流す。
すると表面にセットされた全ての宝石が光り出し、そのうち一つ、右上隅の赤い宝石だけが明滅している。
「この右上の赤い宝石が通信相手との接続を表すらしい」
やがてその一つも光り出すと、お義父様が話し始める。
「……リエラ、聞こえるか」
『……』
「反応ないわねぇ」
「電話と違うのかな?」
「デンワとは何だ?」
「この魔術具の様なもので、こちらから呼びかけると向こうで受信を知らせる音が鳴るんです」
「便利だな、だがこれは、魔力が切れていると、使えない。接続を示す赤い宝石はついているから魔力切れではないと思うが……」
つまりリエラ側は気付いてないって事?
お義父様が何度か呼びかける。
そしてガサゴソと音がして、やっと言葉が聞こえる。
『……わしの惰眠を邪魔するのは、父上か?』
「リエラ!」
『……この通信も気付かれるとまずい。もう切るぞ』
そこでお義母様が、お義父様を弾き飛ばして魔術具の前に座る。
「リエラちゃん、私たち今王都なのよ、すぐ来てちょうだい」
『母上か……。お誘いは嬉しいが、わしがこの領を出れないのは知って……』
「それ、解除になったわよぅ」
「もうどこにでも行けるよ」
『ん? 今の声、シズクとアオイか? どういう事じゃ?』
「陛下にお願いして暗殺の罪と謹慎は無くなったよ」
「もうどこでも行けるし、何でも出来るわ」
「だからリエラちゃん、母はあなたに会いたいわ」
『じゃが貴族派が……』
「それも多分平気、民衆派の力が強くなったよ」
『何じゃと』
「とにかく会って話したい事がたくさんあるのよぅ。来れない?」
『……要領を得ないのぅ……すぐ行く。魔術具に魔力を足して、床に置いて待っておれ』
そして切断されて宝石から光が消える魔術具。
すぐ?
すぐって言った?
「私ももっと話したかったなぁ……」
と、ぼやいているお義父様を放置して、私たちは言われた通りに魔術具に魔力を足して床に置く。
待つ事数分。魔術具が光り出し、床に水色の魔術陣が現れる。空間属性魔術?!
一際大きい光を放った後、そこには沈黙した魔術具と、人影。
三年間見慣れた、小柄で銀色のゆるふわロングウェーブの髪をした少女の姿がそこにはあった。
「キミアとアミア、うまく作った様じゃな」
「リエラちゃん?!」
「リエラ?!」
「うむ。シズクにアオイ。久しぶりじゃのう。それに……」
リエラが辺りを見回してまず最初に駆け寄ったのは。
「母上。お久しゅう」
「あぁ……リエラちゃん、やっと会えました」
お義母様がしゃがみ込んで、泣きながらリエラに抱きつく。リエラがぽんぽんと背中を叩きながら抱き返す。
ずっと会いたがっていたから、嬉しいだろうな。お義母様、よかった。
一度ぎゅっとした後、背中をぽんぽんとしながらも辺りを見回すリエラ。
「知らない顔も増えているのぅ。母上、みなに挨拶してくるのじゃ」
「えぇ。もう会えない訳ではないですからね」
「どうやらそうらしいの。ジョセフ、息災かの?」
リエラがまず声をかけたのはジョセフさん。
「はい、リエラお嬢様、お懐かしゅうございます」
「古傷はどうじゃ?」
「治りました」
「は? ……そうか、シズクか」
「左様です」
お姉ちゃんのエリアハイヒールが一瞬でバレた。さすがリエラ……。
「マーク。息災だったか?」
「はい、おかげさまで」
「わしは何もしておらん。息子は元気かの?」
「えぇ。家を切り盛りしていくれています」
「なら重畳。ジェニファー、元気だったかの?」
「あぁ、リエラ様、お久しぶりです……」
「これからも母上の事を頼むのじゃ」
「勿論です」
ジェニファーさんの次に行ったのはマリーさんだ。
「マリー……」
「リエラお嬢様……」
「すまなかったのじゃ」
マリーさんに抱きついて謝るリエラ。
「何をおっしゃいますか。こうしてまた会えたのです。私は嬉しく思います」
「そうじゃな。それから……」
「はい! リリムと申します。リエラお嬢様」
リリムちゃんが、リエラの前でカーテシーをして頭を下げる。
「よろしくの。おぬしらがシズクとアオイの侍女か」
「左様です」
「はい」
それから私たちの前に来るリエラ。
「手紙持って行ったんじゃな」
「中身も説明が欲しかったわよねぇ」
「本当だよ」
「すまんの。じゃが驚いたじゃろ?」
「だからだよ!」
「さっき突然現れたの、どうやったの?」
「上級空間属性魔術、ワープじゃ。あの箱はキミアとアミアに作らせた特別製でな、通信機能とワープの標の機能を持っている」
「また随分なものを作ったわねぇ……」
「じゃ、じゃあ私たちでもワープ出来るの?!」
「向かう先は森の家じゃがな。それにそもそも上級じゃ」
そこで騒ぎを聞きつけたビルさんが厨房からやってきた。
「おぉ、ビル、久しぶりじゃな」
「リエラお嬢様?! お久しぶりです」
「またおいしいご飯を頼むぞ」
「最近はアオイ様に鍛えられているので、お任せください」
「そうそう、新しい材料も手に入ったから、地球のお菓子作れるのが増えたよ」
「それを早く言うのじゃ! すぐに食べに行くのじゃ!」
その前に、と言って、そして最後にタルトに振り向くリエラ。
「おぬしは……。ドラゴンか?」
「よく分かったね。雫と蒼と契約をしたホワイトドラゴンだ。よろしくね。リエラ・リインフォース」
「リエラでよい」
「ん、君……」
「そうじゃ」
リエラがタルトに近づいて、何やら二人で内緒話を始める。話はすぐに終わった。
「じゃ、頼むのじゃ」
「分かったよ」
「何話したの?」
「内緒」
「タルトちゃんも内緒話をするお年頃になったのねぇ」
なんて談笑しているとポツリとお義父様が一言。
「あの……、私は……」
「父上か、忘れておったわ」
「リエラ……」
リエラがお義父様の前に立ち、丁寧にカーテシーをする。
「家を窮地へ追いやった親不孝の身でしたが、どうやら戻ってもよい様です。ただいま戻りました。お父様」
「おかえり、リエラ」
それから私たちは食堂で今日の事、今後の事を話す。
ジェニファーさんが紅茶を淹れてくれる。茶葉はこないだおまけに貰ってきたアンナさんチョイスのやつを出した。お菓子はお団子を全て売ってしまったけど。なんと丁度ビルさんが作ってくれていた。
お団子にういろう、どら焼きと並べてちょっとしたティーパーティーだ。使用人にも振る舞う。
身内だから毒見はいらない。私たちは思い思いにまずはお菓子や紅茶を楽しむ。
陛下がおいしそうに食べるからお団子食べたくなってたんだよね。私は白あんのお団子に手を伸ばす。
お義父様はみたらし、お義母様はどら焼き。お姉ちゃんは鶯あんのお団子。
リエラは、お皿に全部取っていた。最初にみたらしのお団子を食べたみたい。頬が膨らんでもきゅもきゅしている。リスみたいで可愛いな。
「おいしいの。オダンゴと言ったか。まぁ一旦は置いておいて、それで、なぜわしの罪が無くなったのじゃ」
「頑張ったわ」
「説明になっとらんの。アオイ」
リエラがお姉ちゃんから目を逸らして私を見てくる。
「状況を聞く限り、元々暗殺じゃなかったから、貴族派と民衆派の立場を入れ替えれば陛下も取り消してくれるかなーって思って、最初はリインフォース家の風評被害を無くすだけのつもりだったんだけど、欲が出ちゃった」
「具体的に何をしたのじゃ」
「お菓子、美容品、魔物肉を作って配って、リインフォースと付き合っておけば利があるぞって言うのを、広めた感じかな」
「僕は冒険者ギルドで名前を上げるのを頑張ったよ」
「そう、タルトちゃんのそれも大事だったらしいのよ。助かったわぁ」
「今後も作り続けて配り続けるのか?」
私は紅茶を一口飲んで、カップを置いてから答える。
「そこも考えてあるよ。リインフォース領に移動するときに懇意の商会が出来たから、そこにお菓子と美容品の製造法は売ってお任せした。魔物肉だけはたまに相談が来る」
「商会名は何じゃ?」
「ウォーカー商会よぅ」
「どこの貴族とも手を組んでない庶民出の新興商会か」
「リエラよく分かったね」
リエラがウォーカー商会を知っている事に素直に感心する私とお姉ちゃん。
「最近マイヤに支店が出来たから、聞いたのじゃ」
「それでこれらの販売品のおかげで民衆派でも、貴族派でもリインフォースを責める声が減った感じねぇ」
「しかしまた貴族派の筆頭がまとめ上げてくるのじゃ」
「一人騒ぐだけで大分浮いてたからそれはないわねぇ。追従してた貴族派も身内で仲違いするくらいだったし」
「そうそう。暴走した若い人をお父さん? が慌てて止めてる一家がいたねぇ」
「その辺りは、ノーヒハウゼン侯爵が頑張ってくれるよ」
「民衆派をよくするのに大分頑張ってたみたいよぅ」
「いや、それは違うのじゃ」
「へ?」
リエラが今度は鶯あんのお団子を口に一つ含んで、もきゅもきゅしてから答える。
「ノーヒハウゼン侯爵が動いたのはメアリーが可愛いからじゃな。メアリーの望みがわしの解放だと見抜いて動いたにすぎんの」
「そうなの? でもメアリーちゃんそんな事は一言も」
「隠してるからの。父の愛に気付かないのは娘のみなのじゃ」
「ノーヒハウゼン侯爵は行ったのに、なぜ私は行かなかったのか」
「行かない方がよかったですよ。採決の公平性がどうこう、陛下が言ってましたので」
「しかし……」
「旦那様。諦めてください」
お義母様に慰められて肩を落とすお義父様。
「なるほど。つまりシズクとアオイ、それに父上と母上、タルトにみなの協力があってわしは戻って来れたと」
「そういう事かな」
「そうよぅ」
「礼を言う」
リエラちゃんが席を立ち上がって深々とカーテシーをする。
「雫たちがリエラちゃんに会いたくてやった事よ」
「そうだよ! だから気にしないで!」
「ふむ」
席に座り直して、紅茶を一口、そしてすぐにお団子をもう一つ口に含んで食べてから、私たちに言う。
「会って、どうするつもりだったんじゃ?」
「リエラちゃんも自由なら楽しいのになって」
「ずっと閉じこもってばかりもつまらないかなって……」
「本当にそれだけか? ぬしら」
「う……」
「えっと……」
「一緒に冒険出来たら楽しいなって思ったから」
「一緒に冒険出来たら楽しいなって思ったからよぅ」
「冒険に、行くのか……」
悲壮感漂う声を上げたのはお義父様だ……。
しかし私たちは所詮義理の娘、リエラも帰って来たしこの辺りで幕引きしなくてはいけない。
「お義父様、リエラも戻って来れる事になりましたし、私たちは……元々」
「アオイ、その先は許さないぞ」
お義父様の鋭い声に私は声が止まる。
「確かにリエラが戻って来れるようになった。しかし二人が義娘である事が終わる訳ではない」
「シズクちゃん、アオイちゃん、二人は私たちの義娘よ」
「ありがとうございます……」
「ありがとう……パパ、ママ」
私たち、ここの家族でいていいみたい。嬉しい。
「わしはどうするかの……久々に王都に来たし、しばらく滞在するかの。社交は不要じゃろう? 父上」
「私としては結婚相手を……」
「なら不要じゃな。知人巡りをする。ジョセフ」
「はい」
ジョセフさんがリエラのそばにやってくる。
「……と……、……、……の面会許可を取ってくれ。時間は全て別の日で頼むのじゃ」
「かしこまりました」
「そうそう、面会日が決まったらビルに言ってオダンゴを用意してもらってくれ」
「お菓子の材料はアオイ様が……」
「ん、持っていく用くらいならビルさんに渡してあるし気にしないでいいよ」
「さすがアオイ! という訳じゃ、頼むぞ」
「承知しました」
ほくほく顔でお菓子に戻るリエラ。
「お姉ちゃん、私たち、王都でやる事がなくなったかも」
「そうねぇ……。しばらくのんびりして、リインフォース領でのんびりして、それから考えましょうか? リエラちゃんもリインフォース領には戻るでしょう?」
「ん、あぁ。兄上にも会ってないしのう」
「じゃあしばらくはのんびりしようか」
「そうねぇ」
リエラと無事再会して、なんとも締まらない会話だけだけど、これも私たちらしくていいと思った。
「あ! ワープ教えてよね!」
「わしに勝ったらのぅー」
でもそんな日常は続いていく。今日笑顔だったら、明日も笑顔だ。そう信じて。
「絶対倒す。お姉ちゃん! やるよ!」
「殺気が怖いわよ、蒼ちゃん」
「みんな元気一杯ねぇ」
「庭は無事に頼むぞ……」
「森に行きますから!!」
「タルトも協力してよね」
「お菓子つく?」
「勝ったらつける!」
私たちはこの世界で、お姉ちゃんと、みんなと生きて行く。
第一部完。
評価、ブクマ、いいね、誤字報告いつもありがとうございます。
今回も楽しんでいただけたら幸いです。
今回でリエラを救うまでの大きな流れが完了しましたので、第一部完となります。
終わりではありません。第二部に続きます。
現在、二部の準備をしています。
お待ちいただければ幸いです。
###############
25/2/7 誤記訂正(魔術師団長が二人いた。登場位置の修正)




