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65. 王様に拝謁しよう

 いよいよ今日が殿下、陛下との拝謁の日。初めての拝謁とあって、私たちの準備は先日のデビュタントボールかそれ以上丁寧にやっている。

 大変なのはマリーさんとリリムちゃんなんだけどね。

 朝ご飯を食べてお風呂に入った私たちはマリーさんとリリムちゃんに全身をくまなくマッサージされている。


「きもちいいー」

「最高……」

「よかったです!」

「このままゆったりしていたい……」

「蒼ちゃんまだ言ってるの? リエラちゃんを助けるんでしょう」

「そうだね……頑張るよ」


 私は気合を入れ直す。

 しかし気持ちいいなぁ……。


 軽めにお昼を食べて部屋に戻ってドレスを着る。

 先日リチャードさんにお願いして、一昨日届いたばかりのドレスだ。

 お姉ちゃんはマリーさん、私はリリムちゃんちゃんに手伝ってもらってドレスを着ていく。

 ドレスはワンピースタイプで上半身部分はしっかりと作られている。胸元からお腹辺りまでボタンで留めてタイトさを出す。両肩口からお腹の辺りまで真っ直ぐに小さなフリルで装飾、可愛さも忘れない。

 袖は長袖、袖口のフリルが可愛く揺れる。

 スカートは露出を控えるため、足首まで隠す長さで、全周をフレアに加工してあり、生地は厚めだけど、大きめに重めに出来るフレアが、王族との拝謁でも大丈夫と守ってくれているような気がしてくる。

 それから胸元に加工されたフリルと同じに作られたオーバースカートでスカートとの繋ぎ目を隠す。

 色は私が山鳩っていうくすんだ青緑色。お姉ちゃんが鶯色って茶色くくすませた萌黄色で、どっちも深くて渋めの緑色だ。デザインは共通。全くお揃いなのは久々かもしれない。


「お似合いです」

「お綺麗ですよ!」

「ありがとう、マリーさん、リリムちゃん」

「ありがとぉ」


 二人の賞賛を受け取っても、準備はまだ、終わらない。次に軽くヘアセットをしてもらう。

 私もお姉ちゃんもそんなに長くなくてアレンジは多く出来ないから、お義兄様に買ってもらった髪飾りを着けてまとめる位だけどね。

 そして最後にメイクをしてもらう。


「リリムちゃん。今度メイクの仕方教えて。自分でも出来るようになりたい」

「分かりました! ずばーんとやってささっとまとめればいいので簡単ですよ」

「え? 何?」

「リリム、説明になってませんよ……」

「えぇ……、じゃ、マリーならなんて説明するんです」

「まずスキンケアをして、それから日焼け止め、下地などのベースメイクを……次にメイクブラシで……」

「小難しいです」

「リリム……あなた……」

「そういえば二人にもあげた美容品、化粧する前に塗っても効果あるわよ」

「本当ですか? ジェニファーにも教えましょう」

「そうしてあげて」

「いえ、クラウディア様のメイクを担当しているのがジェニファーなんです」

「なるほどね。みんなの分は美容品まだあるかしら? ちゃんと使ってる?」

「はい、でもそろそろ無くなりそうです!」

「後でまたあげるから、ちゃんと使ってね」

「ありがとうございます!」


 なんて会話をしているうちにメイクが終了、手際も腕もいい……。自分じゃないみたいに綺麗になった。

 時間はそろそろ、三の鐘と四の鐘の中間になるかなってくらい。

 まだかなーと窓を覗いたら、丁度馬車がやってくるのが見えた。


「お姉ちゃん、馬車が来たよ」

「いよいよね。じゃあ、降りましょう」


 私とお姉ちゃんは部屋を出て階段を降りる。

 エントランスには、お義父様とお義母様が揃っていた。


「気を付けるんですよ」

「気を付けてな。頼むぞ」

「はい」

「はぁい」


 私たちは玄関に出て馬車の到着を待つ。

 馬車が到着して、中からルークさんが降りてきた。


「こんにちは、シズクさん、アオイさん。それにゲルハルト様、クラウディア様も」

「あぁ」

「本日は私が城でのエスコートを務めさせていただきます」

「ルーク、義娘を頼む」

「よろしくお願いしますね」

「かしこまりました」

「ルークさんよろしく」

「ルークさん、よろしくね」

「はい、よろしくお願いします」


 ルークさんのエスコートで私とお姉ちゃんは馬車に乗り込む。同行するのはマリーさんだ。


「それじゃ、お願いします」


 ルークさんが乗り込みついでに御者に声をかけて、馬車を走らせる。


「しかし、お二人ともお綺麗ですね。それにドレスがお揃いで素敵ですよ」

「ありがとうございます」

「お世辞かしら? でもありがとう」

「とんでもない」

「ルークさん、奥様はいらっしゃる?」

「えぇ、妻と娘が一人います」

「ならこれを差し上げるわ」


 お姉ちゃんがかばんから美容品一式を取り出してルークさんに渡す。


「これが噂の美容品ですか。頂いてよろしいので?」

「えぇ。奥様にあげて、そしてうんと褒めるといいわよ。お世辞じゃなくてね」

「これは手厳しい……。ありがとうございます」


 なんて会話をしていると、馬車が王宮に入って行った。さすが王宮の馬車、門番をスルーだ。


「先程の、美容品を取り出したかばん。魔術具ですか?」

「あ、分かりました?」

「容積が合わないので」

「やっぱりバレるもんだよ、お姉ちゃん。気を付けてよね」

「えぇ……そうね」


 白々しいのをバレないようにするのが必死な私たちである。

 広い庭を抜けて、やがて入口に到着する。


「着きましたね。では、参りましょう」


 ルークさんが先に降りて、私たちが馬車を降りるのを優しく丁寧にエスコートしてくれる。

 それから、玄関口にいた執事らしき人とルークさんが何やら話している。ルークさんは話を終えてすぐに戻ってきた。


「お待たせしました。控えの間に参りましょう」


 王宮における控えの間は、拝謁する人が、時間になるまで待機する部屋だ。おそらく王様が開けている予定は四の鐘丁度から。私たちはそれより早く動く必要があるから、そんな部屋があるんだね。

 メイドさんの先導で、ルークさん、お姉ちゃんと私、その後ろにマリーさんの並びでついて行く。

 私は語彙にとぼしいので、侯爵のノーヒハウゼン家よりも高そうな調度品が廊下にも並んでいる事しか分からない。

 しかし、一つだけとても綺麗だと思った絵があった。女性の絵だ。金髪でとても体が細くて、目がキリッとしているけどとても優しそうにこっちを見ている。座っているけど、凛とした姿で、迫力がある。


「蒼ちゃん?」

「あ、ごめん、今行く……」

「気になりますか?」

「えぇ、綺麗な人だなって」

「こちらは初代国王のご令室、つまり初代王妃殿下ですね」

「そうなんですね。教えてくださり、ありがとうございます」

「いえいえ」


 ちょっと道草もあったけど、私たちは控えの間に入る。

 ルークさんに促されて上座に座る。後ろにマリーさんが控えてくれる。

 ここまで案内してくれたメイドさんが、そのまま紅茶を淹れてくれるみたい。

 その手元を見ながら待っていると、お姉ちゃんが話しかけてきた。


「ねぇねぇ、蒼ちゃん、お茶菓子って出した方がいいのかしら?」

「あ!! 出すよねぇ、普通……」

「今、雫たちが食べる用しか無いわよねぇ……」

「どうしました?」


 ルークさんが慌て出した私たちを見て尋ねてくる。


「えっと……手土産って、あった方がいいですよねーなんて……」

「なるほど」


 ルークさんが笑顔になって、さらに話を続ける。


「今回はお二人への褒賞が目的ですので不要ですよ。ただ……」


 今度は神妙な面持ちになった。この人、いつも笑顔なんだけど案外表情豊かなんだよね。


「陛下も先日の販売会の事をご存知ですので、もし言われたら、すぐに出せるようにその魔術具のかばんを用意しておいてください」

「分かったわぁ」

「販売会と同じものしかないんですけど……」

「そこはあまりお気になさるお方ではありませんので、大丈夫ですよ」

「はい」


 そしてメイドさんが紅茶を私たちの前に置いてくれる。

 この香りはアールグレイだ。さすが王室。香り高い……。アンナさんにもらった紅茶でもこのグレードはないかな。やっぱり仕入れ先が違うのだろうか。いや、きっと専属の農園があったりするんだろうな……。

 しばし、紅茶に舌鼓を打ってお姉ちゃんと雑談していると、ノックがした。

 入ってきたのは文官の人、陛下と殿下の準備が整ったらしい。

 私たちはカップを置いて立ち上がる。ルークさんにエスコートしてもらって部屋を出て、文官さんの先導でさっきと違う方へ歩く。おそらくこの先が謁見の間……。

 緊張してきた。


 つんつん……。


 お姉ちゃんが私の腕を突いてくる。……絶対振り向いちゃいけない気がする。

 

 つんつん……。


 私が気付いているのを知ってか知らないでか、もう一度つついてきた。また、緊張してたからー、とかで何かやる気でしょ。分かってるんだから……。ここは王宮。そんなおふざけには私は屈しな……。


「きゃぁ!」


「どうしました?!」


 ルークさんが構えて後ろを警戒し、文官さんが私たちを見る。見てたのはマリーさんだけだろう。


「な、何でもないです。ちょっとつまづいただけなので大丈夫です。大変失礼いたしました」

「緊張なさってるのでしょう。お気を付けください」

「は、はいぃ~」


 私はルークさんたちが前を向いたらすぐにお姉ちゃんを睨む。

 何でドヤ顔なんだこの姉は。

 私はお姉ちゃんに小声で話しかける。


「何するのお姉ちゃん!」

「緊張ほぐれたでしょ?」

「それどころじゃなくなったよ!」

「ならいいじゃない」

「よくない!」


 お姉ちゃんが緊張する事があったら、絶対に似たようにやってやる、と私は強く、強く思いながら、ルークさんたちについていく。

 そして他の扉と比べても一際大きく、豪華な扉の前に着く。


「こちらが謁見の間となります」


 文官さんが教えてくれる。赤褐色の扉、両開きの中央には取手がついていて、大男でも届かないくらいまで上に伸びている。掃除どうするんだろ。扉も巨人? でも通れそうなくらいの大きさ。きっとこの世界には巨人がいて、その人とも謁見するんだろうなって思わされるくらいに大きい。


「待機位置まではエスコートしますが、その先はお二人でとなりますので、ご容赦を」

「はい」

「分かったわぁ」


 扉の前にいた護衛騎士の手によって、重厚な扉が開けられる。

 文官さんに招かれて、中に入るとそこは大きなホールだった。とは言っても、奥は一段高くなっていて玉座らしきものがあり、その斜め後ろに豪華だがそれより控えめな椅子が一つあった。

 部屋の周囲はワインレッドやブラウンを基調にして重めだが緊張感のある整った雰囲気が出ている。これ、緊張するなぁ……。

 窓はない。要人とも会ったりするだろうから、暗殺対策かな。でも換気は行き届いてる。多分魔術具使っているな。

 そう、窓が無いのに、明るい。それは天井一面に張り巡らされた灯りの魔術具。なんだか体育館を思い出すね。

 なんて、現実逃避したくなる状況。それは。

 人、人、貴族、貴族。

 両側にこれでもかってくらい貴族っぽい人がいる。よく見るとこないだ販売会にいた人もちらほら。


「王国王都の運営に携わっている貴族が全員集まっています」

「あ、じゃあお義父様、いるのかな」

「リインフォース子爵は領地運営なのでおりませんね」

「そうですか……」


 お義父様、ハブられてない?


「蒼ちゃん、行くわよ」

「あ、うん」


 お姉ちゃんに注意されて私は慌ててついて行く。

 私たちが謁見の間に入ると、ざわつきが収まり、そしてまたざわつきが始まると言った感じ。

 最初は雑談だか悪巧みだか。次のは私たちに対する評価だね。

 まだリインフォースの小娘って評価はあるものの、販売会の話が多いかな。中には行けなかった事に悔しがっていて、行けた事が一つのステータスになっているような話をしている集団もいる。

 そのまま貴族の雑談をステレオに、少し進んで、部屋の中腹、そろそろ玉座もだいぶ近いなという位置でルークさんが向き直る。


「こちらでお待ちください」

「「かしこまりました」」

「カーテシーは王が現れてからで結構です」

「「助かります」」

「本当にピッタリですね……。では私はこれで」

「「ありがとうございました」」


 そしてルークさんは右側の末席に歩いて行ってしまった。それを見送って、私たちは二人並んで正面に向き直り、王様を待つ。

 こういう時間、本当に緊張する……。今お姉ちゃんに気取られたら何されるか分からないから、絶対に避けなければならない。さっきの耳ふぅの二の舞だけは絶対に!

 しかし私の祈りが通じたのか、お姉ちゃんは何もしてくる事はなく、そのうちに部屋にトランペットの音が響き渡る。

 陛下が来る合図だ。

 私とお姉ちゃんは頭を下げ、膝を曲げてスカートの裾をつまんで最上級の礼をする。

 両サイドにいる貴族のみなさんも一斉に頭を下げる音がした。

 トランペットが鳴り止み、足音が聞こえる。二人分だ。しかし私たちはまだ頭を上げない。許可されてないから。

 椅子が軋む音がして、陛下と殿下が座ったのが分かる。

 

「みな、頭を上げてくれ」


 私たちは頭を上げる。


「やあ美しいレディたち。余は堅苦しいのは嫌いだ。楽にしてくれ。余はグローリア・カルブンクルス・アルメイン。一応、この国の王という奴だ。隣は息子の……」

「ランプロス・エグマリヌス・アルメイン。第一王子だ」

「「拝謁賜りました事、誠に光栄です。陛下、殿下」」


 もう一度ここでカーテシーをして自己紹介をする。


「リインフォース子爵家の次女、雫・ハセガワ・リインフォースと申します」

「同じく三女の蒼・ハセガワ・リインフォースです」


 次女とお姉ちゃんが言った一瞬だけ、ざわっとした。しかし殿下は気にせず話を始める。


「先日のワイバーンの襲来について、魔術師団長より報告を受けている。そなたらがほぼ、殲滅したとな」


 再びざわっとする後ろにいる貴族のみなさん。ワイバーンの話を聞いてない人が多かったのかな。

 あのワイバーンを?! なり、そんな馬鹿な! といった言葉が聞こえる。


「いえ、大袈裟な……」

「謙遜するな。魔術師団や冒険者からも裏付けを取っている。そこで、そなたらの働きは冒険者ギルドの報酬以上だという事で、褒賞を渡すために今日、来てもらった」

「過分にございます」


 そこで今度は陛下が話を継ぐ。


「ん、そうか? 余はそう思わないぞ。今までワイバーン討伐といえば怪我人は当たり前、死人が出る事もある。それに王都の被害が付きものだった。それの一切を無くしたのだぞ。十分だと思うがの」

「ですが……」


 横にいるお姉ちゃんが袖を引っ張ってくる。


「蒼ちゃん。あまり断るのも失礼よ。褒賞、大変名誉な事、ありがたくお受けしますわ。陛下、殿下」

「お姉ちゃん!?」

「それでいい」

「はっは、姉は話が分かるな。気にするな、アオイ。それで褒賞だがな、ランプロス、余から伝えよう」

「かしこまりました」

「では、何か望みはあるか?」

「「望み……」」

「今回はそなたらの望みを聞く事にした。何でもいいぞ。大抵の事なら叶えてやれるだろう」

「っ! 父上、それは……!」

「ランプロス、落ち着け。ドレスがいいか、金貨でも構わない。リインフォース子爵の陞爵でもいいぞ」


 謁見の間全体がざわっとする。

 しかしぽかんとした顔のまま、私とお姉ちゃんは顔を見合わせてしまう。

 まさかこんなに都合よく、早くチャンスが来るとは思わなかった。


「さすがに悩むか? じっくり悩んで、改めてでもいいぞ」

「い、いえ! 僭越ながら、姉と同じ望みがあります」

「申してみよ」

「し、しかし……」

「申してみよ、と余は言うたぞ」


 後戻りは出来ない。言うぞ……。

 そのためにここまで来たんだ。

 お姉ちゃんが震える私の手に、手を重ねてくれる。

 うん、大丈夫、言えるよ。私はお姉ちゃんを見て頷いてから、陛下の目をしっかりと見て告げる。


「長女の、リエラ・リインフォースの謹慎を解いてください」


 謁見の間がしんと静まり返る。そして一瞬の静寂の後、私たちの右側から怒号が聞こえる。


「再び殿下を襲う気か?! リインフォース!」

「やはりリインフォースは排斥すべきだ!」

「あの食べ物にも毒が入ってるんじゃないだろうな!」


 なんて事が聞こえてくる。右側からだけなのは、もしかしてあっちが貴族派のスペースなのかな。後ろの方を見ると、ルークさんが肩身狭そうに黙っているのが見えた。


「みな、落ち着け」


 陛下の静かだが、部屋全体に響くいい声で貴族派の人たちが黙る。


「そなたらの姉、リエラ・リインフォースというとランプロスの暗殺未遂容疑でマイヤ領に謹慎しているはずだな」

「はい。義姉と出会って三年、一度も蟄居先であるマイヤ領を出ておりませんし、危険な活動もしておりません」

「マイヤの街の人を助けたりして過ごしておりますわ」

「そんなのは見かけだけだろう!」

「隠れて再び危険な計画をしているに違いない!」

「黙れ」


 貴族派からの野次に対して、陛下が鋭い一言を発して黙らせる。


「陛下、僭越ながら意見具申よろしいでしょうか?」

「イースタイン侯爵。許す」


 イースタイン侯爵、貴族派の筆頭だ。何言われるんだろ……。


「リインフォース家は王家にとって毒となります。件の殿下暗殺未遂に始まり、今度はそこの二人を養子にして活動させ、各派閥へ菓子や食料、美容品などを配っております。今はまだ被害は出ておりませんが、毒を入れているでしょう。しかし、被害が出てからでは遅いのです。その二人の娘の褒賞など論外。すぐに処分すべきかと」

「ふむ。販売会の事は私も聞き及んでいる。毒が入っているのではとの意見があるが、二人は申し開きはあるか?」

「この場で毒見をするくらいしか出来ませんが」

「何、今持っているのか?」

「えぇ。持っております」

「どこに隠し持っている! そんな荷物ないだろう!」


 イースタイン侯爵のその発言を私とお姉ちゃんは無視して、常に身に着けているかばんからお皿、お団子、美容品、魔物肉を取り出して、一緒に取り出したテーブルの上に置く。

 唖然とするイースタイン侯爵。


「魔術具か」

「おっしゃる通りです。殿下」

「毒見は私たちでよろしいですか?」

「認めんぞ! お前たちにだけ効かない毒かもしれないじゃないか」


 そんな毒あったら知りたい。


「では、私が毒見しましょう」


 手を挙げて前に出てきたのは民衆派のシリス伯爵だ。奥方のララ・シリス夫人が頭痛で悩んでいたけど、よくなったって手紙が来た。よかったと本当に思う。

 私たちのそばに来て、お団子を一本手に取る。


「陛下、よろしいですか?」

「構わん」


 陛下のその発言を受けて、シリス伯爵がお団子を食べる。


「先日頂いたものと同じく、おいしいですね」


 そしてごちそうさま、と言って元の場所に戻って行った。


「たまたまその一本が大丈夫だっただけですよ。陛下」

「なら私が食べよう」


 一際品のいい服に身を包んだ体格のいい人が私たちの前に出てきた。ノーヒハウゼン侯爵だ。


「ノーヒハウゼン侯爵……なぜここに」

「たまたま王宮にいたものでな」


 ノーヒハウゼン侯爵の登場に驚くイースタイン侯爵。それもそのはず、本来土地持ちだから、さっきルークさんが言ってた、ここに呼ばれた人に入っていないはずなんだよね。ちなみにそれを言うと、イースタイン侯爵もなんだけど、深くは知らない。

 周囲が緊張する。これ、実質民衆派と貴族派の衝突になっている。


「ノーヒハウゼン侯爵。よい。既に毒見はすんだ」

「陛下、私は食べたいのですが」

「何? うまいのか?」

「食べてみた方が早いですよ」

「ランプロス、そなたも来い」


 そう言って陛下と殿下が立ち上がって段を降りてテーブルの前に歩いてくる。

 私たちは慌てて椅子を三脚取り出してテーブルの周囲に置く。お茶、お茶! お茶も慌ててかばんから取り出す。

 陛下の執事たちも慌てて付いてきて、私たちがセットした椅子を引いて陛下と殿下が座るのを補助する。最後にノーヒハウゼン侯爵が座った。

 私はポットからお茶を注いでお姉ちゃんが持っててくれているトレーに一脚ずつ置いていく。四脚に注いで、一脚ずつ、座った殿方の前に置いていく。

 最後の一脚は私の毒見用だ。

 私は三人の前でお茶を飲んで毒が無い事を示す。それを見て、すぐにノーヒハウゼン侯爵がお茶だけ口に含んでくれた。イースタイン侯爵対策かな。助かります。


「この菓子はなんだ……?」


 私たちを見て訪ねてくる陛下。私は答える。


「お団子というお菓子です。上に乗っているソースが、左から白あん、鶯あん、みたらしです。見た目の通り味が違うので、好みのものを見つけてみてください」

「陛下、私はミタラシを頂きますので、他のオダンゴをどうぞ」

「何、そこは均等に一本ずつだろう。余は全種類食べたい」

「行儀よく食べてください、父上。いただきます」


 ノーヒハウゼン侯爵と陛下がみたらし、殿下が白あんを最初に手に取って周りの貴族が生唾を飲み込みながら見守る中、食べ始める。

 もきゅもきゅと音が聞こえる……。


「うまいな……」


 陛下のお褒めのお言葉を頂いた。


「ありがとうございます」

「次にこの緑のを食べてみよう。ウグイスアンだったか」

「左様ですわ」


 再び陛下からもきゅもきゅと咀嚼音がする。

 ノーヒハウゼン侯爵もおいしそうに食べている。毒見が味見になっちゃったね……。


「シロアンがうまいな」


 殿下は甘党だったみたい。この中で一番甘く作った白あんがお好みの様。

 陛下がイースタイン侯爵の方を見て話を始める。


「イースタイン侯爵。毒はないようだ」

「は、はい……しかしまだ美容品と肉が……」


 陛下自らがそう告げてくるとは思わなかったのか、イースタイン侯爵が尻すぼみしながらなんとか言葉を吐き出す。


「何、まだあるのか」


 陛下の見る目が変わっている。毒だから辟易してるんじゃなくて、面白そうなものを見つけたような感じを受ける。


「こ、こちら差し上げますのでぜひどうぞ……美容品は王妃様にでも……」

「毒の調査は使用人にやらせる。それでいいだろう。さて、本題に戻ろう。リエラ・リインフォースの謹慎の解除だったな。毒見の結果毒は無かった。余も食べたしな。よって、リインフォース家に余ら王家の者を害する意図はないと考える。これでいいな?」

「しかし陛下!」

「くどいぞ。イースタイン侯爵。そもそも証拠が無い中で調査したのだ。他に彼女たちが余を毒殺しようとする証拠があるのか? それともリインフォース家に対して何か思うところがあるのか?」

「いえ……ただ中立の立場から、リンフォース家は王家にとって毒になると申しただけです」


 一度は引き下がるイースタイン侯爵、ここまで陛下が凄むと、野次で応援していた他の貴族も黙ってしまったみたい。

 しかし拳を握りしめて、イースタイン侯爵がもう一度一歩前に躍り出る。


「陛下! しかし殿下の殺害未遂の件があります!」

「ふむ……ランプロス、当時、そなたからも暗殺ではないと発言が出たな、しかし意見を引き下げて暗殺未遂だと受け入れた。なぜ引き下げた」

「それは……」


 突然話を振られた殿下が逡巡してから陛下に耳打ちする。


「…………。……です。…………」

「ふむ……。ならば…………。……事か?」

「……さようです。王族として恥ずべき事です」

「お前は真面目だな」


 陛下がランプロス殿下、息子を優しそうな顔で一度見て、頷いてから、立ち上がって私たちや他の貴族を見回して話し出す。


「被害に遭ったランプロス自身が今、改めて暗殺ではないと言った。余はこれを支持する。リインフォース家に王家を害する意図はなかった。反対の者はいるか?」


 しんとなる謁見の間、しかし貴族派の集団からざわつきを感じる。


「陛下! リインフォース家はアルメイン王国を害するつもりです。お考え直しを!」

「やめろレント!」


 今度はイースタイン侯爵じゃない。青年が出てきた。

 しかしそばにいた人間に止められているが、陛下はそれをきちんと拾う。


「そなたは……。ウェリス家は反対か? いや、責めはしないぞ。他にいるか?」


 イースタイン家が反対、他に数名の貴族派が反対。しかし全体の一割にも満たない。


「これで結果が出たな。リインフォース子爵もいないから公平性もあるだろう。よって二人の希望する褒賞は成立した。ただいまをもって、リインフォース子爵家長女、リエラ・リインフォースの謹慎を解除、暗殺の罪は無かったものとする」


 えっ、つまり……。


「やったわよ蒼ちゃん!」


 お姉ちゃんが抱きついてくる。


「つまり、どういう事?」

「リエラちゃんは自由って事よ!」

「マイヤの外でも会えるの?」

「そうよう! リインフォース邸で三人で遊べるわよ!」

「リエラはもう、森の家で閉じこもってないでいいの?」

「三人で、タルトちゃんも一緒に冒険出来ちゃうわよ」


 泣きそうだ。でもまだ泣く訳にはいかない。


「それから二人」

「「はい」」


 必死に泣くのを隠している私に、陛下から声がかかる。


「このオダンゴ、手持ちのものは余が全て買い取る」

「お待ちください父上」

「何だ?」

「シロアンは私が頂きます」


 私は笑いながら応える。


「かしこまりました」



###############



「やられたな……」


 自宅に戻り、ショットグラスにウィスキーを注ぎ、それを立ったまま傾けながら呟く。

 

「旦那様……」

「ただの愚痴だ。聞き流してくれるか」

「仰せの通りに」

「ウェリスの愚息が、民衆派の力を削げるというから力を貸したが……。魔術師団副団長だからもう少し使えると思ったのだが……、喚くだけだったな」


 もう一杯、空になったグラスにウィスキーを注ぎ、椅子に座って足を組んでひじ掛けを指で叩く。


「しかし今回はなんだ……、なぜ褒賞が突然望みを聞く事になった。それに前回に比べて賛同者が明らかに少なかったな。いずれにしても誰かに、やられたという事か」


 夜は更けて行く。ウィスキーの減りと共に。



###############



 ある邸宅の廊下で、壁を殴りつけ罵詈雑言を口から溢れさせる貴族が一人。


「くそ! イースタイン侯爵まで使ってせっかくあいつを排除したのに……!」


 その後ろから、もう一人、別の貴族がやってきた。


「レント! ……レント! ここにいたのか……お前、先ほどなぜ声を上げた」

「はぁ? 当たり前でしょう父上、リインフォース家は滅ぼすべきです」

「お前は殿下暗殺未遂事件の時もそうだったな、何かあったのか」

「……何もありません」

「ではなぜあそこまでリインフォース家を排そうとする」

「それは、あの家が危険だからです」

「……客観的に見て、領主業は順調、民からの信頼も厚い。何も問題ないはずだが、お前は何を知っている」

「娘ですよ! リエラ・リインフォース、少し早く、たまたま功績を上げただけで私の道は閉ざされた。魔術師団では、何がある度にリエラ、リエラリエラ。私がどんなに素晴らしい魔術を組み上げようとも、素晴らしい功績を上げようとも、これが覆る事はない。だから正常にするべきなんです」

「なるほど……。レント。どこで間違えたのか分からないが、お前も昔は素直でいい子だった。自宅での蟄居を命じる。陛下に頼んで魔術師団の仕事も除してもらう」

「なぜですか! 私は、正しくやってきた!」

「なら一度正しさについて考えてみるといい。話は以上だ」


 廊下に一人取り残され、歯軋りしながら壁をもう一度叩くレントと呼ばれた青年。


「あいつのせいで私は……! くそっ、次こそ、次こそ必ず殺してやる」

「その憎悪、大変甘美ですわね」

「誰だ!」

「これはお初にお目にかかります。レント・ウェリス様」

「ここをウェリス家と知っての侵入か? 誰か! 誰か来い!」

「お生憎ですが、喧しいのはキライなので止めさせていただきましたわ」


 突然レントの目の前に一人の女が現れる。妖艶、まさにその雰囲気に合う細身で長身の、スタイルのいい女だ。黒くて透けている、まるでナイトウェアのように薄いワンピースを纏っている。

 その女が言うように、周りから誰かが来る気配はない。


「私をどうするつもりだ」

「いえね、かわいそうでかわいそうな閣下を慰めにきたのですよ」

「なら帰れ」

「またその怒り、憎悪の混じった劣情を場末の娘にぶつけるのですか?」

「貴様、死にたいのか?」

「いえいえ、責めている訳ではございませんの。その感情を覗かせていただく事。それが私にとってのご褒美ですので」


 女が満面の、大層いい笑顔でレントに説明する。


「お前に褒美を渡す程、お前から何かをしてもらった覚えはないな」

「左様です閣下。ですので、こちらにとっておきを用意しました。これがあれば何人にも負けない強い力を手にする事が出来ますわ」


 女が右手で拳大より大きい、黒い球を持ち上げる。まるで気味の悪い赤黒い魔力が球の周囲を蠢き、球自体はドクン、ドクンと脈打っていた。


「それがあれば、あいつを殺せるのか?」

「問題はございません」


 レントがそれに手を伸ばそうとすると、女は一歩下がってその手が届かないようにする。


「おい」

「閣下、一つ注意がございます。自己紹介が遅れました。私場末の魔族でございます。この力を手にすると言う事は、陛下も魔族へと進化する事ですよ」

「魔族?」

「おや、この国の最高峰、魔術師団に身を置いて世の深淵を覗く魔術を紐解いておきながら、私たち魔族をご存知ない。あはは、それは滑稽ですよ、閣下」

「雑魚に興味はないからな」

「ふふ。ですがその雑魚にも、魔術はニンゲンより詳しいと自負があります。さぁ、お取りになりますか?」


 私たちのは、魔法、ですけどね。とレントに聞こえない声で言う。

 レントは一瞬悩んで決断する。いや、初めから決めていたのかもしれない。その手を黒い球に伸ばして。

 そして二人はその場からいなくなった。






評価、ブクマ、いいね、誤字報告いつもありがとうございます。

今回も楽しんでいただけたら幸いです。

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