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63. 王都合同依頼

 その知らせは突然、冒険者ギルドからやってきた。


 朝食を食べていたら。ジョセフさんが冒険者ギルドから急ぎの知らせだと、私とお姉ちゃん宛に手紙を持ってきた。

 お姉ちゃんがジョセフさんに開いてもらった手紙の中身を確認して、すぐに私に渡してくる。

 

『シズク・リインフォース様、アオイ・リインフォース様、タルト・リインフォース様

 Bランク冒険者の皆様に、王国との合同依頼への参加を要請します。詳細はギルドにて説明します』


「お姉ちゃんと、私、タルトの三人が呼ばれてるって事?」

「えぇ……見せてよ、蒼」

「はい」


 私はめんどくさそうな顔をしているタルトに手紙を渡す。


「要請って事は行かなくてもいいんだろう? 僕は今日、寝る事にする」

「なんだ、朝早くから冒険者ギルドに呼ばれたのか?」

「はい、王国との合同依頼らしいんですけど」

「なるほど。タルト、諦めろ。半分は王命だ。おそらくワイバーンだろう。先日魔物の大量発生があったからそろそろだと思っていたが……」


 どうやら王都では魔力溜まりみたいなポイントがあって、そこにワイバーンが定期的に大量にやってくるらしい。

 普段は違う魔物がいて棲み分けされているんだけど、ワイバーンがそれを荒らすんだとか。先日のスラストピッグの大量発生も、その魔力溜まりに棲んでいたのが追われたらしいね。


「タルトちゃん、諦めて行きましょう」

「ほら、どら焼き一個あげるから」

「二個」

「え?」

「二個なら行こう」


 いや、相変わらずちょろすぎない?


「お嬢様方、私たちを護衛として連れて行ってください」

「うーん。依頼に参加出来るか分からないけど、説明だけ受けにくる?」

「はい!」


 それから一度部屋に戻って、服を着替えて五人で家を出る。

 私たちは冒険者ギルドまで歩きながら、依頼について話す。


「合同依頼って初めてだね」

「ワイバーンの大量発生なのかしら」

「あのトカゲ、絶対殺す」

「まだワイバーンって分かった訳じゃないわよぅ」

「でも魔物の大量発生の後にワイバーンっていうパターンは踏襲してるんだよね。確定だと思う」




 冒険者ギルドに、珍しくお姉ちゃんの突撃なしで五人揃って入ると、シルキーさんがすぐに迎えてくれた。


「ようこそ。お呼びたてして申し訳ありません。早速ですがギルマスが説明しますのでこちらへ……」

 

 私たちはいつもの会議室へと案内される。心なしか、ロビーもなんだかピリピリしていた。


「クーリたちは出立しててよかったね」

「そうだね。なんか雰囲気から、これが危険だって分かるよ」

「今どの辺りかしらねぇ。安全圏だといいのだけど」


 なんて話をしながら、会議室へと入る。


「おう、すまないな。座ってくれ」


 私たちはギルマスの向かいに座った。マリーさんとリリムちゃんは私たちの後ろで立っている。

 シルキーさんがお茶を淹れて、私たちの前に置いてくれた。

 イアンさんの前にも置かれたそれを、イアンさんが一口飲んでから話を始める。


「まず今回の依頼について、王都では恒例なんだが、ワイバーンの大量発生だ。先日のスラストピッグの大量発生からそろそろだと考えられていたのが今日起きた、という感じだな。当然、一人二人じゃ対応出来ないので王国との合同依頼となる。実際は、王国の騎士団か魔術師団の指揮下に入って一緒に討伐する感じだな」

「他のメンバーは?」

「Bランクはお前たちだけだ。Aランクは王宮で説明されている」

「イアン、受けなくてもいいのかい?」

「あぁ。だがペナルティが加算されるかもしれない」

「なるほど……だけど、僕は参加して大丈夫なのかい?」

「あぁ、タルトはBランクだから……」

「イアンさん、スキルの話よぅ。魔法を使って大丈夫かしら」

「……ペナルティにならないように全力で支援する」

「私たちは護衛として参加出来ますか?」

「王国から通達されている参加条件がBランク以上だから、すまないがマリーとリリムは参加出来ない」

「なるほどねぇ」

「じゃあ私とお姉ちゃんが参加、タルトが家にいるみんなを守るって感じかな」

「分かった」

「護衛として役立たずですみません……」

「リリム、私たちは元からあまり役に立ってません」


 肩を落としているリリムちゃんとマリーさんを慰めていると、お姉ちゃんがイアンさんに質問する。


「イアンさん、依頼はいつから?」

「今日、これからだ」




「冒険者ギルドから来たBランク冒険者の蒼と雫です。王宮に来たらまずこちらで部隊編成に参加しろと言われたので来ました」

「ではこちらに記入事項をお書きください。勿論、秘匿しても一切咎はありません。ですが、適性に沿わない役割になる可能性があります」

「分かりました」


 私とお姉ちゃんは早速王宮に来た。王宮は当たり前のように中に入ると絢爛豪華で、侯爵家で見た以上の高そうな調度品や絵画が飾られている。

 そこで私は、玄関ホールにいた文官の人に挨拶をして、合同依頼で来た事を伝えた。

 私とお姉ちゃんはその人に渡された記入用紙に情報を書き込んでいく。名前……蒼・リインフォース。性別……女。職業……魔術師。使えるスキル……四属性魔術を上級まで。

 最後に希望する配置かぁ。私は同じ箇所だけ空白のお姉ちゃんと顔を見合わせて、頷き合ってから書き込む。


 最前線、一番槍っと。


 それをさっきの文官さんに渡す。さっと見て、顔を青くしながら私たちと紙を見比べる文官さん。


「し、失礼しました。リインフォース子爵家ゆかりの方ですか?」

「当主の義娘よ。でも、一般の扱いと同じで構わないわ」

「か、かしこまりました……」


 少し待って、私もお姉ちゃんもその文官さんから魔術師団に組み込まれる事が伝えられ、二人とも第一魔術師団に入った。一番槍って書いたのが効いたのかな?

 ちなみに師団と言っても百人規模らしい。

 私たちは第一師団の場所を教えてもらい、文官さんにお礼を言ってそっちへ向かう。

 王宮の建物から出て庭園を東へ進むと魔術師団の団舎に入る事が出来る。

 入り口に立っている護衛さんに、文官さんから渡された手紙を見せる。

 すると特にチェックも無く通してくれた。ここに入れるのがそもそも限られた人だけだからかな。

 ちなみに、私とお姉ちゃんは手続きが早くて済むので、リインフォース家の人間として王宮に入った。

 魔術師団の敷地に入って、王宮と同じデザインで統一された団舎に入る。

 玄関ホールで魔術師の人がいたので、手紙を渡す。丁度先程の文官、編成官だったけど、その人と知り合いで同じく編成官の人だったらしくて、そのまま私たちを目的の場所まで案内してくれた。

 魔術師団の団舎も内装は絢爛豪華。違うのは調度品が無い事と、歩いているのが魔術師だけって事かな。

 玄関ホールの吹き抜けを抜けて、正面の廊下を進んで二つ目の部屋。そこに私たちは通された。

 その部屋は貴族の書斎程度の広さの執務室で、席の背後に杖と旗が飾ってあるだけで、後は無骨に書類がずらりと並んでいる部屋で、部屋の奥に一人、メガネを掛けた長身で藤紫の長髪の男性が座って書類を読んでいた。


「失礼します、ルーク様。冒険者ギルドからのBランク応援者を二名お連れしました」

「ありがとう。そしてようこそ。随分と可愛らしいお方ですね。私はルークと申します。この魔術師団で第一魔術師団長を拝命しています」


 この人、貴族だ。私とお姉ちゃんはすぐにそれに気づいてカーテシーをする。


「雫と申します」

「妹の蒼です」

「よく私が貴族だと分かりましたね」

「立ち居振る舞いが全然違うもの」

「えぇ、そうです。ですがここでは無用の称号、お二人も失礼ですが他と変わらず扱わせていただきます」

「問題ないわ」

「問題ありません」


 ルークさんが、編成官の人から手紙を受け取って中を見る。


「シズクさんが聖属性魔術。では、第一魔術師団の補助魔術をメインに、場合によっては回復をしてください」

「分かったわ」

「アオイさんが攻撃魔術、一番槍希望ですか。冒険者では珍しいですね。最も危険な役回りですが……?」

「危険は承知です」

「……分かりました。希望通りにしましょう」


 私は希望通りになってホッとする。後は一撃で決めるだけだ。


「出発は間も無くです。第一師団の集合場所に案内してあげてください」

「かしこまりました」

「「失礼します」」


 私たちはカーテシーではなく頭を下げてから、部屋を辞する。

 案内されたのは正面玄関を出て手前に広がる庭だった。庭とは言っても芝生が広がってるだけの広場で、人型を模した頑丈なかかしの様な的がいくつか置いてある。そこにずらっと、おそらく今回出動する第一魔術師団と第二魔術師団が全員集まっているんだろう。


「こちらです」


 私とお姉ちゃんは注目を浴びながら、人垣を抜けて最後尾に行く。


「ここで待機をお願いします」

「「分かりました」」


 案内してくれた編成官の人にお礼を言って最後尾に着くと、すぐ前にいた人がこっちを振り返って話しかけてきた。



「冒険者か?」

「そうです」

「ま、隅で見てるんだな」


 明らかに見下された嘲笑の後、それっきり前を向いてしまった。

 実力主義って事なのかなぁ。ルーク団長は実力は見るけど、誰であれ卑下しないって感じだったけど、人それぞれだね。


 お姉ちゃんと話でもしようかと思ったけど、すぐに前が騒がしくなる。ここ最後尾で前、見えないんだよね。でもどうやら、ルーク団長が集団の前に出てきたみたい。


「またこの時期がやってきました。今回はいつもより応援も多いですが、油断せず、そして全員無事に任務を遂行する事を期待します」


 わっと歓声が上がる。第一師団長となると求心力がすごいんだね。

 進軍開始の合図の後、移動を開始する。

 移動は、団長やその周りにいる数名が馬に乗っているけど、残りは徒歩みたい。

 向かう先は先日スラストピッグの討伐にも向かった北の平野のさらに奥。木々が少し増えてくるポイントだ。そこにワイバーンがたむろしている。

 すぐ前に人がいて、お姉ちゃんと呑気な話をする雰囲気でもなかったから、私たちは黙々と付いて歩いて行く。

 一時間くらい黙々と歩いていただろうか。そろそろ無言も疲れてきた。

 お姉ちゃんを見ると、どうやら同じようで、私に苦笑を向けてくる。


「蒼ちゃん、ヒールいる?」

「いる」


 お姉ちゃんの足元で乳白色の魔術陣が光り出し、魔術を詠唱する。すると私とお姉ちゃんの体が光って体を回復していく。


「ありがとう、楽になったよ」

「どういたしまして」


 しかしそれで済めばばよかったものの、先ほど嘲笑してきた男性から再び難癖が入る。


「冒険者様は随分優雅ですなぁ。魔力を無駄に消費しやがって」

「おい、やめろよ」


 隣にいる人が諌めてくれるが、侮蔑の表情は変わらない。


「現場で動けるように疲労回復するんだから無駄じゃないわよ。それに、こんな程度の魔力すぐに回復するわ。あなたと違ってね」


 お姉ちゃん?!


「テメェ! 所詮冒険者じゃ中級止まりだろ、俺はな、上級魔術が使えるんだ。先輩には敬意を払え」

「すごいわねぇ、そんな上級魔術師だったら、ここにいる全員同時に回復出来るわよね。こんな風に」


 お姉ちゃんがかばんから杖を取り出して、魔術を詠唱する。体が濃い乳白色に光って、魔術言語を紡ぎ出す。『神聖 治療 回復 範囲』。うわぁ……。杖を持って制御出来るようになったエリアハイヒールだ。まだ杖無しでは使えないって言ってたから、上級じゃない、超級魔術。


『エリアハイヒール』


 歩いている第一師団全員を囲うように、広範囲に広げてハイヒールをする。私たちのもっと前にいる人たちから、「何だ?!」、「ヒール?!」、「ヒールにしては効果がおかしいぞ?!」と言った叫び声が聞こえてくる。


 立ち止まっているのは、魔術を使ったお姉ちゃんと私、難癖をつけてきた魔術師とその隣の人だけ。


「雫たち、先に進まないといけないの。魔術の使えない魔術師は邪魔よ、せ・ん・ぱ・い。行くわよ、蒼ちゃん」

「う、うん……」


 その場には呆然とした二人の魔術師が残されていた。

 



 エリアハイヒール騒動からさらに歩いて一時間、目的地に到着した。

 私たちは指示を仰ぎに集団の先頭へ進む。

 先頭ではどうやらなにかざわざわしている様子。


「……あいつ以外に使える者がいません」

「どうしてこんな事に……」

「それは……あっ! お前ら!」


 私とお姉ちゃんは一斉に周りの人たちから注目される。その発端となった人は、さっき難癖をつけてきた人の隣にいた人だ。また厄介ごとの予感がする……。


「彼女たちがどうかしましたか?」


 ルークさんがその人に事の次第を尋ねる。説明を受けて、私たちに向き直る。


「相違ありませんか?」

「ないわ。難癖をつけられたから実力を見せつけるために魔術を使っただけよ」

「おや、先程のヒール騒ぎはあなたが原因ですか?」

「おそらくそうね、雫以外に広範囲にヒールを使った人間はいなかったわ」

「相手を侮って難癖をつける。どう考えても彼に非がありますね。しかし困りました。彼にしか使えない魔術があったのです」

「それは何ですか?」

「聖属性魔術の、消費魔力削減の強化魔術です」

「あの人本当に上級魔術が使えたのねぇ。雫が使えるわ」

「上級ですが大丈夫ですか?」

「複数回でも問題ないわ」

「そうですか、ではあなたに頼むとしましょう。第一師団全員分出来ますか?」

「団長! それは……」


 何か言いかけた他の団員さんを目で遮ってから、再びお姉ちゃんに向き直るルークさん。


「簡単よ。もう掛けていいかしら?」

「えぇ、お願いします」


 お姉ちゃんが魔力を広げる。対象者を感知するためだね。それから杖を掲げて、足元が乳白色の魔術陣で輝き出す。そしてその魔力が杖へと向かい、杖の杖頭が輝き出した。ここから並列詠唱を一気に始めていくつもの同じ色、同じ魔術言語の魔術陣が第一師団の足元に光り出す。

 何だこれ、とざわめきが大きくなる。魔術師団の人たち、並列詠唱を知らないのかな。

 杖頭がさらに輝き、お姉ちゃんが魔術を詠唱する。


『マジックアリヴィエイト』


 第一師団全員が乳白色の光に包まれて、やがて収まる。私にも掛かった。体内の魔力の流れがスムーズになったね。


「これでいいかしら?」

「まさか本当に……」

「何か問題でも?」

「いえ、ありがとうございます」


 ?

 なぜか動揺しているみたいだけど、ちゃんと掛かったなら問題ないよね。

 そして他の人が強化魔術を全員にどんどん掛けていく。ただ、私だけはお姉ちゃんに全部もらった。

 というか、誰も私とお姉ちゃんに近づかなかったんだよね。この団唯一の冒険者だし、避けられてるのかな。

 

「お姉ちゃん、何かやったの?」

「魔術を掛けただけよぅ」

「だよね……。さて、私は行かないと。強化魔術ありがと」

「気をつけてねぇ」

「うん」


 私はお姉ちゃんから離れて、第一師団の先頭に行く。

 先頭にはルークさんがいて、他の団員と話していた。しかし私がやってきたのに気づいて、こっちに来いと手招いてくれたので、私はそばに行く。


「アオイさん。あれがワイバーンです」


 示された方向を見ると、翼を羽ばたかせながら空を飛ぶドラゴンに似た集団。ドラゴンより体が細いかな。シュッとしてるというよりひ弱。ドラゴンは二頭しか見た事がないけどそれと比べても貧弱な感じはする。

 でも体内にある魔力は、そこらの魔物よりだいぶ大きいっていうのは、遠目から魔力感知しても分かる。

 それに数が……一頭、二頭……たくさんだね。

 じっくり見ていたら、ルークさんが話しかけてきた。


「一頭だけ大きく、より赤が強い個体がいるのが分かりますか?」

「はい」

「あれがエルダーワイバーンです。普通の個体よりはるかに強いです。よりにもよって出現しているなんて……。長期戦を覚悟しなければいけませんね」


 それから、周りに指示を出したルークさんがさらに私に告げる。


「アオイさん、あなたが一番槍です。ですが一撃だけです。迅速に処理する必要がありますので。ワイバーン数体の動きを止めてくれれば十分だと思っています」

「分かりました。ありがとうございます」


 しかし付近にいた団員から騒めきが聞こえる。


「団長、なんでこんな冒険者に……」

「手間増えるだけじゃねぇか、団長!」

「冒険者の魔術なんて擦り傷にすらならないだろ」


 魔術師団の人たちは、よほど自分たちの魔術に自信があるんだね。私は彼らの魔術のすごさを知らないけど。

 私が黙っていると、静寂を破ってくれたのはルークさんだった。


「彼女はあのリインフォース家のご息女です。つまりリエラ元副団長のご令妹ですよ」


 騒めきがぴたりと止まり、すぐまたざわざわとはじまる。しかし今度は驚きが多い。


「ルークさん、私言いましたっけ?」

「編成官からの手紙に書いてありましたよ。他に煩わしい事がなければ、早速お願いします」


 私は気になった事があったのであっと声を上げて、ルークさんに尋ねる。


「あの、動きを止めろっておっしゃいましたけど、倒してもいいんですよね?」

「……出来るなら」


 私は集団から離れてさらに前に行く。すると周りの人が大きく離れてくれた。危ないからね。その方が私も助かります。

 よし……早速、私はかばんから杖を出して構える。本気で使うのは初めてかも。よろしくね。

 私はもう一度ワイバーンとの距離を測る。距離が結構あるけど、杖の補助があれば多分届くと思う。

 まるで横に長い城壁の様に、壁になっているワイバーンに向けて、私は狙いを定めて魔力を込める。

 まず下準備……。杖頭が濁ったようなにぶい黄緑色に光り、魔力が増幅し始める。

 ワイバーンの足元に並列詠唱を使っていくつも、同じにぶい黄緑色の魔術陣を展開する。魔術言語は『砂 土 暴風 竜巻 広範囲』。土属性と風属性の複合魔術だ。そしてさらに何重にも多重詠唱を紡いで、ワイバーンの群れを確実に包み込めるように大きく魔力を広げる。そして詠唱する。


『サンドストーム!』


 ワイバーンの足元の魔術陣が光ると、その群れの辺りに砂嵐を発生させる。ちなみに砂粒は特別性だ。

 黄色い砂粒で出来た砂嵐が、ワイバーンの壁全体を包み込んで、その姿を包み隠す。

 砂が十分に行き渡ったのを私は少しだけ待つ。砂は行き渡ったかな?

 それから私は、杖を強く赤く光らせ、魔力を増幅してから並列詠唱で、砂嵐の中に無数の赤い魔術陣を展開する。『灼熱 猛火 噴出』。

 これで攻撃の準備は出来た。


「行くよ……。『ブレイズ!』」


 私が詠唱した途端、飛んでいるワイバーンの下に設置された無数の赤い魔術陣から火柱が上がる。

 そしてその刹那。


 ――――――――――――――――――!!!


 鼓膜をつん裂くような、大きな爆発音が轟いた。

 そして辺りの木々が大きく傾き、軋むほどの爆風がここまで届く。うわ、きつい……、私は慌てて『エアイクストルード』を使って風よけを作る。お姉ちゃん、シールド使ってるかな。

 それらの音と風が通り過ぎた後、私が魔術を撃つ前より艶がなくなり、黒くなったワイバーンが次々に地面へと堕ちていく。

 結構堕とせたかな。うまく行ってよかった。


「ワイバーンが一瞬で……」

「何だ、あの魔術……」

「魔術陣も一つじゃなかったよな……」


 背後からそんな言葉が聞こえる。魔術師団には複合魔術はおろか、並列詠唱や多重詠唱が出来る人はいないんだね。


「これ程とは……。みなさん、まだ生きているワイバーンを掃討してください」

「団長……、生きてるって言ったって……」


 動揺している団員を掻い潜って、私はルークさんたちのいる集団に戻って深々と告げる。


「擦り傷しか与えられなくてすみません」




 それからはお役御免。休めと言われてお姉ちゃんと共にいる。

 団長や各小隊長など、上の人が休むスペースに私とお姉ちゃん用の椅子も用意された。貴族だからという理由でなんだけど、ルークさん特別扱いはしないって言ってなかったっけ?

 気になって落ち着かないから立とうとしたら、座ってろとルークさんに言われてしまった。

 傍から、ルークさんたちに届く報告を聞いていると、どうやら私の魔術で八割超のワイバーンを倒した。エルダーワイバーンは片翼が燃え尽きて地に伏した状態。でも咆哮で暴れたりしているので今団員が対応しているとの事。

 残っているのも、まともに動けないくらい傷ついているとかで、そっちの部隊はここの人たちにとっては簡単な残党討伐になっているらしい。

 指示の落ち着いたルークさんが、私たちに話しかけてくる。


「もしかして、あなた方が使ったのは並列詠唱ですか?」

「そうよぅ。多重詠唱も同時に使っているけどね」

「あ、お姉ちゃんやっぱり多重詠唱強めにしたでしょ。制御大変だったんだから」

「でも制御出来るだろうぎりぎりに抑えたわよ」

「うん、そうなんだろうけどさ……」

「落ち着いてください。やはりリエラ副団長の妹ですね。この団では今並列詠唱も多重詠唱も使える人間がいないのです。見た事あるのも当時を知る中堅以上です。しかし、アオイさんの魔術はそれだけでは説明がつきませんね。何をしたのですか?」

「私のは複合魔術……土属性と風属性を同時に発動させました。最初に現れた砂嵐がそれです」

「あの爆発も?」

「あれは粉塵爆発……えっと、科学です」

「聞いた事がありませんね……」


 科学って、錬金術になるのかな? この世界。しかしそれを話そうとする前に、ルークさんがさらに言葉を発する。


「それもリエラ副団長に教わったのですか?」

「複合魔術はそうです。爆発は……本を読んでいて思い付きました」

「素晴らしい。我々には思いもよらず、そこまでの実力も無い事です。ぜひその能力を大切にしてください」


 結局、数日掛かると思われていた討伐は一日で終了。私がほとんど倒したようなものらしい。

 おかげで帰る途中、周りの団員さんの距離の遠い事遠い事。ただやっかみは無いし、周りも戦勝ムードなのでお姉ちゃんと雑談しながら帰ったから気が楽だったよ。




 魔術師団の敷地について、私たちは解散の合図の後ルークさんに挨拶をする。


「お二人とも、本日は協力ありがとうございました」


 ルークさんだけは、丁寧にこっちを見て頭を下げてくれる対応。ところで、と話は続く。


「今日の事は王宮に報告を上げざるを得ません。よろしいですね」

「う……、まぁ仕方ないですね」

「蒼ちゃんのかっこよさをぜひ、王宮に広めてちょうだい!」

「分かりました」

「分からなくていいです!」


 それを聞いて私はトボトボと、お姉ちゃんはホクホクと家に帰るのだった。



###############



「……と、報告は以上になります」

「冒険者の手でワイバーンの集団が壊滅だと……」


 ここはこの国の上層部が集う一室。魔術師団長と共にこの部屋へ来たルーク・ティクルスは、魔術師団にとっては不甲斐ない報告をこの国の重鎮へ告げたところ。


「しかも、魔術師団でも見た事のない魔術だと……。ティクルスの不勉強ではないか?」

「失礼ながら、魔術師団にある魔術書を古書含めて全て見返しましたが、複合魔術たるものは存在しません」

「なんと……師団長が言うなら本当であろうな。ティクルス、失礼した。ではその冒険者が編み出したとでもいうのか?」

「それについて、もう一点報告がございます」

「何だ?」

「本日任務に参加したその冒険者姉妹ですが、リインフォース家、リエラ・リインフォースの妹だそうです」


 椅子に座っている数人がどよめく。


「リインフォース……殿下を狙った不届き者か」


 その発言に、ルークは内心ほぞを噛む思いで平静に言葉を告げる。


「しかし今回、問題は起こりませんでした」

「その姉妹気になるな」


 発言したのはその部屋で一番の上座にいる人物。容姿、服装、雰囲気、全てにおいて麗美だが上品なその人物はさらに続けて言葉を発する。


「会おう。呼んでくれ」

「危険です! 相手はあのリインフォース家です」

「そんな危険な魔術の使い手ならもうとっくに、それこそリエラ・リインフォースに殺されてるだろう? それに、話を聞く限り今回最も討伐に貢献したのはその姉妹じゃないか。この国の王子として労わらねばなるまい」


 取り巻きが説得しようと騒ぎ出すが、その人物、王子は聞く耳を持たず、話は望み通りに進む事となった。

 喧騒の中で、誰に聞かれるでもない呟きが消えていく。


「これなら、リエラ副団長を……」

評価、ブクマ、いいね、誤字報告いつもありがとうございます。

今回も楽しんでいただけたら幸いです。

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