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61. タルト、冒険者!1

「おはよう」

「ん……」


 私は目を覚ます。起き上がって伸びをすると、丁度一の鐘が鳴るのが聞こえた。


「あれ、タルト、早いね」


 私が窓辺に目をやると、既に起きて、しかも人型になっているタルトが椅子に座っていた。


「目が覚めちゃったんだよ。朝から冒険者ギルドに行くから丁度いいけどね」


 いつも寝てるのにたまに早起きなんて、変なところで人間味あるな……。

 しかし冒険者ギルドかー。よし。


「私も行こうかな」


 先日行ったお菓子、美容品、魔物肉の販売会の後処理は昨日で終わり。ウォーカー商会でのお菓子や美容品の製造もまだ販売は出来ていないとはいえスタートしたし、貴族からの追求はウォーカー商会で売ると言う事を宣伝したので止んできたし、私とお姉ちゃんの手は離れた感じかな。お義父様とお義母様の元には問い合わせが来るらしいけど、それも下火になったそうだ。

 という訳で、私たちは今、大分暇になったのである。


「いいけどやる事は……」


 コンコンッ。


 タルトが何か言いかけた所でノックがした。この大人しくも、部屋の中にしっかりと通る音はマリーさんかな。


「どうぞ」


 私が許可を出すと、案の定扉を開けたのはマリーさんだ。その後ろからリリムちゃんも入ってくる。


「おはようございます。アオイお嬢様。タルト様」

「おはようございます!」

「おはよう、マリーさん、リリムちゃん。お姉ちゃんはまだ寝てるよ」

「おはよう」

「おふぁよぉ……」

「あ、起きた」


 お姉ちゃんがむくりとベッドから体を起こす、と見せかけてまた倒れ込んで枕に顔を沈み込ませる。


「お姉ちゃん、もう一眠りする? 私とタルトたちは朝ご飯に行くよ」

「ほひふぅ……」

「枕に顔を沈めたままじゃ何を言ってるのか……」


 ミノムシのような体勢で何か唸りながら、お姉ちゃんが右手をパタパタと私の方に向けて振ってくる。多分、呼びたいんだと思って私はお姉ちゃんに近づく。


「何、お姉ちゃ……きゃっ」


 近づいたの、失敗した……。お姉ちゃんを揺すろうと伸ばした手をお姉ちゃんに取られて、そしてぐいっと思いっきり引っ張られて、私は一瞬でベッドに引き摺り込まれ、足を絡みつけられて抱き枕にされてしまう。


「蒼ちゃん分ほきゅうー」

「お姉ちゃん、身動き取れないんだけど!」


 一体どういう抱き付き方をしたらこうなるのか、私は全く身動きが取れなくなる。

 しばらくお姉ちゃんに抱き付かれるがままになっていて、もう私も寝ちゃおうかな、と心が折れかけたところタルトからいいパスが飛んできた。


「雫、置いてくよ」

「……起きるわ!」


 タルトのでも効くんだね。置いてくって魔法の言葉。

 私はなんとか解放されて、お姉ちゃんのベッドから降りる。

 お姉ちゃんもベッドから降りて、タルトを見てもう着替えてるのねぇ、なんて言っていた。

 私とお姉ちゃんも、それぞれリリムちゃんとマリーさんに着替えを手伝ってもらう。と言っても、冒険者ギルドに行く時はブラウスにスカートの私たち。だから、ベルトを取ってもらうとか、髪を整えてもらうとかしかないけどね。

 タルトもうまく着れていなかったのか、マリーさんにボタンの掛け違いなんかを直してもらっていた。

 さて、冒険者用の服に着替えて、二人で確認をする。お姉ちゃんが、今日はロングスカートだ。


「歩きにくくない?」

「意外とゆったりしているのよぅ」

「まぁ、お姉ちゃんがいいならいいんだけど」

「それ、いつも何見てるの?」

「服や髪、様子におかしなところがないかとかの確認かな。お姉ちゃんとの昔からの習慣で……タルトもやる?」

「僕は完璧だから大丈夫」

「タルトちゃんも可愛いわよぅ」

「その服すっかり定着したよね」


 タルトは今日も白と淡い黄色でフリルがたくさん付いたたワンピースドレスだ。子供向けなのか、あんまりかっちりしてないドレス。それに濃いめの黄色に花模様があしらわれたポシェットを肩掛けにしている。


「この服だとみんな注目するから、目的に合ってる」

「なるほどね」


 それから、五人で食堂に行く。食堂に入ると、既にお義父様とお義母様が紅茶を飲んでくつろいでいた。


「おはよう。シズク、アオイ、タルト」

「おはよう三人共」

「おはよぉ」

「おはようございます」

「おはよう」


 私たちが席に着くと、マリーさんが紅茶を注いで持ってきてくれる。

 お礼を言って、私たちは一口飲む。今日はダージリンみたい。しっかりとした味と渋み、マスカットのような爽やかな香りが目を覚ましてくれる。


「二人は今日、冒険者ギルドに行くのか?」


 お義父様が私たちの服装を見て、尋ねてくる。


「はい、タルトについて行こうと思ってます」

「魔物の大量発生が話題になっていた。気を付けなさい」

「大量発生しているの?」

「あぁ、種類までは分からないが、そんな事を王宮で聞いたぞ」

「へぇ……」

「じゃあ討伐依頼が出てるかもしれないね」

「そうねぇ」

 

 区切りのいいところで、ジョセフさんとマークさんが朝食を持ってきてくれる。

 コーンポタージュにゆで卵、ベーコン、パンだ。いただきます。

 コンポタはとうもろこしの味が本当に濃厚。そして甘みが口の中を豊かにさせてくれる。

 ベーコンは多分、我が家ではもう定番となった魔物肉の燻製。だから何の肉かは分かっていないけど、私は口に運ぶ。この芳醇な肉の旨味と凝縮された脂の甘みの後にくる独特の苦味、スラストピッグだ。我が家で出るのは珍しいかもね。


「ジョセフさん、これ……」

「申し訳ありません。お口に合いませんでしたか? すぐにビルに言って代わりの料理を……」

「ううん、おいしいよ。そうじゃなくて、スラストピッグなんて苦味がある食材を使うの珍しいね」

「市場で一番質がよくて、挑戦してみたくなったと申しておりましたが……」


 うちで普段食べているタイラントバッファローなんかに比べると、確かに味の質は落ちるかもしれない。でもこの苦味が癖になるんだよね。朝食には向かないかもだけど、ポタージュが甘かったから、変化を付けるのにはいいかな。

 実際、家族みんな文句を言う事なくおいしいと食べているしね。

 そして最後にゆで卵。殻は剥いてくれている。ナイフで切って、用意してくれている塩を少し付けてフォークで食べる。甘い。半熟すぎない、ナイフで切ったのに黄身が垂れてこないぎりぎりの固さなのが最高。さすがビルさん。今日のご飯は起伏があって面白おいしかった。ごちそうさまでした。




「じゃあ行くよ。雫、蒼」

「はぁい」

「分かった」


 食後の紅茶を飲み終わった折、タルトに言われて私たちはマリーさんとリリムちゃんと一緒に五人で出る。

 冒険者ギルドまでは徒歩で行く。タルトも大分通ったみたいで、なんと先頭を進んでいる。


「この五人で動くの、久しぶりねぇ」

「タルトがずっと別行動してくれていたしね」

「二人は僕の頑張りを讃えるといいよ」

「その言葉は逆に不安になるんだよね……」


 なんて会話をしながらてくてくと進む。

 そろそろ冒険者ギルドだ。私はマリーさんとリリムちゃんに目配せする。二人はちゃんと理解して頷き返してくれた。

 そしていよいよ扉が見えて、お姉ちゃんがいつも先行する距離になる。


「マリーさん!」

「はい!」


 私はマリーさんに合図して、既に先行していて扉の前まで進んでいたお姉ちゃんに立ち塞がって、進路を塞いでもらう。しかし……。


「マリーちゃん、どうして……」

「アオイお嬢様の平穏のためです……申し訳ありません」

「マリーちゃんは雫の侍女なのに、雫の事を止めるの?」

「あ……」


 何かを言ったお姉ちゃんが、マリーさんの横を通り抜けていく。何を言ったのお姉ちゃん!

 しかし私たちにはまだ……、リリムちゃんがいる!

 マリーさんの後ろで手を広げて、次にお姉ちゃんを通せんぼするのはリリムちゃん。


「リリムちゃんも一緒にどうかしら? 楽しいわよ」

「私はアオイお嬢様の侍女です。マリーとは違います! アオイお嬢様の望まない事は……!」

「でもこれは、蒼ちゃんのためになる事なのよ?」

「え……」


 リリムちゃんも、何かを言われて陥落した……。

 一体何が……。

 そこへ私と共にいたタルトが言う。


「何してるの?」

「いつもお姉ちゃんが冒険者ギルドで大声で入るあれ、あるじゃん? あれを止めたくて……」

「あの挨拶、本来僕しかしちゃダメなんだよね。それを理由に止めればいいじゃん」

「それ嘘だよ」

「え?!?!」


 タルトから素っ頓狂な声が上がるのと、お姉ちゃんの声が響き渡るのは同時だった。



###############



「たっのっもーう!」


 雫はいつものように、冒険者ギルドに入ると同時に声を張って挨拶をする。

 あ、あら?

 人は多い。王都にも冒険者が結構いたのねぇって位、それこそディオンと同じくらいかしら。

 だけど、思ったより注目されない。まるでもう慣れているかのような反応。まぁ、これで雫の可愛い蒼ちゃんが注目されないならいい事だわ。

 注目されないのなら、と雫は中央へ行かず四人を待つ事にした。



###############



 お姉ちゃんに追いついた私は、いつもの様に……。


「お姉ちゃん! 先行するのやめてって……」

「雫! 嘘ってどう言う事だい?! 僕ほどの思索にふける者のための言葉じゃないのかい?!」


 言おうとしたけど、それより珍しく大きな声でお姉ちゃんを追求するタルト。


「そう、タルトちゃんがずっとやっててくれたのねぇ。ごめんね、タルトちゃん。これは本当は蒼ちゃんを守るための言葉なのよ」

「「守る?」」

「私を? 詳しく説明して」


 私は、大袈裟に挨拶をしてお姉ちゃんが注目されれば、人の目に晒されるのが苦手な私の防波堤になるだろうと思ってずっとやってくれていた事を今知った。

 実際、変な奴、と思われたお姉ちゃんの方がどの町でも注目度が高かったそうだ。

 嬉しいけど、ちょっとズレてるよねぇ……。


「お姉ちゃん、変だけどありがとう。方法は変だけど」

「変って二回も言わなくていいわよね?」

「ごめん、変な趣味が増えたんだとずっと思ってて」

「また! でも、いいのよ。ちょっと楽しいし」

「でももう、やめて?」


 それに答えず、お姉ちゃんはシルキーさんのいる受付カウンターに体を向ける。

 これ、また言う気だね……。私はどうやって止めようかとお姉ちゃんについて同じくカウンターに歩き出そうとした、その時。


「タルト!」

「タルトさん!」


 入って右手にある相談スペースの方から、少年と少女の声がした。

 私が右手を見ると、タルトに向かって歩いてくる一組の少年少女がいた。緑の短髪の少年は片手剣を佩いていて、背丈は私より少し低いくらい。少女が赤くて軽いウェーブの髪で、杖を持った魔術師かな。タルトより背がちょっと高いくらいだ。


「タルトの友達?」

「舎弟」


 舎弟って……その説明を求める前に二人が私たちの前に来ると、私たちに軽く首を動かす少年と、頭を深く下げる少女。


「タルトさんを探してたんです。会えてよかった。そちらの方は……?」

「前に言っただろう。僕のご主人様だ」

「……! き、貴族の?! た、大変失礼いたしましたです! クーリ、頭下げて!」


 少女の方が私たちが貴族だと気付いてすぐに頭を下げ、横でぽかんとしている少年の頭を杖でポカポカと叩いている。


「気にしなくていいわよぅ。貴族として振る舞いにここに来た訳じゃないから」

「そうそう。私たちも冒険者だからね。依頼を受けに来たんだ」


 それを聞いて、ありがとうございます、とゆっくり頭を上げる少女。

 頭を上げて、こっちを見てきたので、私は自己紹介する。


「タルトの友達だよね。私は蒼。こっちがお姉ちゃんの雫。後ろは侍女だけど、冒険者仲間って事にしてるマリーさんとリリムちゃん」

「あ、あの……ミーネと言います。こっちはクーリです」

「お前らがタルトを縛り付けているのか?」

「クーリ!」

「縛り付けてるってのは穏やかじゃないなぁ。どうしてそう思ったの?」

「タルトとは何回も一緒に行動した。でも決まってご主人様がと言って何か抑えている様だった。だから、何か貴族の契約で縛り付けてるんじゃないかと」


 ボカンッ。


 すっごい音がした。一瞬何か分からなかったけど、ミーネちゃんがクーリくんの頭を杖で全力で殴ったみたい。そしてそのまま、ミーネちゃんはクーリくんの頭を鷲掴みにして、二人で同時に頭を下げる。


「申し訳ありません! クーリには後できつく言っておきますので! ご容赦を! ごめんなさい!」

「……タルトちゃん。この子たちに何を言ったの……?」

「貴族のご主人様がいるって事だけだよ」

「それでどうしてこんな事に……」

「さぁ」

「これはタルトちゃんがちゃんと説明するべきね」

「思慮深いタルトなら、この勘違いを直すのも当然だよねぇ……」

「分かったよ。……クーリ」


 タルトが一歩前に出て二人の頭を上げさせる。それからクーリくんに説明する。


「雫と蒼との契約は僕が望んでした契約だから、二人が気に止む事はないよ。それに、契約と言っても僕からでも破棄出来る対等な契約だ、制限も何も受けていないから安心して」

「でも、お前時々力を抑えてるようなそぶりを……」

「力を出したら森が無くなる。これは雫たちに命令されたんじゃなくて、僕が抑えるべきだと思っているからだ。僕が言えるのはここまでだ。分かったね。クーリ、ミーネ」

「分かった……」

「はい……」


 とりあえず納得したのか、ちょっとしょぼんとしている二人。いっそ説明した方が楽かもね。


「ところで、僕を探してたって?」


 あ、二人がタルトに近づいてきた理由をまだ聞いていなかったね。


「そうです。依頼受けられました? まだなら一緒していただきたいなと思いまして」

「何の依頼?」

「ご存じないです? スラストピッグの大量発生の討伐依頼です」




 そのままカウンターに行って、シルキーさんに話を聞くと本当らしかった。

 王都周囲には定期的にワイバーンがやってくるんだけど、そのワイバーンに棲処を奪われた魔物が王都近辺に現れて、大量発生するらしい。種類は毎回ランダムで、今回はスラストピッグ。元々家族単位で動く習性があるためか、特に数が多く確認されているらしい。また、近いうちにワイバーンも王都近辺に現れて国との合同依頼が出るから、その時は手伝ってほしいとの事。


「なるほどねぇ。二人はその依頼を受けるつもりだったのね?」

「はい。でもまだDランクになったばかりで、魔物狩りの依頼を二人で受けるのは不安で……タルトさんを探していたんです」

「そっか。タルトはどうしたい?」

「……クーリとミーネが受ける気なら受ける」

「じゃ、私たちは手伝うよ」

「いいのかい?」

「タルトちゃんがこういう事やりたいっていうのも珍しいしねぇ。異存はないわ」

「ありがとうございます!」


 深々と頭を下げるミーネちゃんと、軽く下げるクーリくん。

 私たちはクーリくんをリーダーにして依頼を受ける。

 受注処理をしている間、タルトが他の冒険者に挨拶してくると、クエストボードの方へ行ってしまった。




「タルト様! 討伐参加されるんですか?!」

「タルト! お前も討伐依頼か? 頼りにしてるぜ!」

「タルト嬢、私は今回こそ負けませんよ。勝ったらデートを」

「タルトちゃん、今度は私とパーティしましょう~」


 おぉ……タルトが人気だ……。いろんな人から声を掛けられている。


「タルトちゃん、大人気ねぇ」

「だね。いつの間に……」

「タルトさんは、私たちだけじゃなくて、ここに集まる人たちほぼ全員とパーティを組んで依頼をこなしてましたよ。目的のためって言ってましたけど」

「どうせお前らがタルトに何か命令を……」


 ドゴンッ。


 ミーネちゃんがクーリくんを、杖で物凄い勢いで殴る音がした。


「いってぇな!」

「クーリ! 失礼すぎ! そんな事、お二人も、タルトさんも一言も言ってないでしょ!」

「でもさぁ」

「でもも何もない! なんでそんな変な事言うの! 頭下げて! 不敬だよ! 罰せられるよ! 冒険者でいられないよ!」

「ミーネちゃん、落ち着いて……。私たちは気にしてないから」

「んー、蒼ちゃん、これは言った方がいいわ」

「だよね、私もそう思う」


 私とお姉ちゃんは、変形しそうなくらいポカポカと杖でクーリくんの頭を殴っているミーネちゃんと、涙目になりつつも毅然とした態度は崩さないクーリくんに向き直って少しトーンを真面目にして話し出す。


「タルトと私たちの秘密、教えるよ。人が近くにいない依頼の討伐ポイントでね」




 私たちは七人の大所帯で、王都の北にある平野にやってきた。周辺には早速、走ったり休んだりしているスラストピッグの家族をいくつも発見する。それに追従するように、ちらほらと冒険者パーティも見える感じかな。

 側に人はいないし、ここなら聞かれないでしょう。


「それで、何だよ。タルトとお前たちの秘密って」

「あれ? 話す事にしたの?」

「うん、タルト、いい?」

「いいよ。二人がそう判断したんでしょ」


 まず見た方が早い、マリーがいるから大丈夫だね、と言ったタルトの体が光り出して、馴染みのドラゴンの姿に変わる。そして私の肩に止まってから、ゆっくりと二人を見て話し出す。


『やあ、僕がタルトだ』

「「え?」」

評価、ブクマ、いいね、誤字報告いつもありがとうございます。

今回も楽しんでいただけたら幸いです。


今まで場面転換と視点変更、どちらも同じ行間としていたのですが、今回からちょっと変更しています。

場面転換は今まで通り、視点変更は「###」で区切っています。読みやすくなってるといいな


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