60. リインフォース狂想曲3
とある侯爵家で、時折ショットグラスを傾けながら、談話をする貴族が数名。
中でもその家主、つまりその中で一番の重鎮が雑談とばかりに口を開く。
「君はドラヤキというお菓子の事を何か知っているかね?」
「はい。リーメ伯爵夫人がカステラよりおいしいと謳っているお菓子でしょう」
「どうやら民衆派から広まっている様ですね」
「薄汚い民衆派の……ノーヒハウゼン家か」
「いえ、それが……」
「どうした?」
「発案者はリインフォース子爵家だと聞いています」
「リインフォース? あぁ、殿下を襲おうとした不敬者か。取り潰しじゃなかったか?」
「まだ存続している様です。民衆派内でも肩身が狭い様ですが」
「だろうな」
その中では一番下っ端の子爵が、話をもう少し深掘りする。
「リーメ家といえば、夫人が最近入手した美容品を大層お気に召しているとか」
「私の妻や娘も気にしていましたね。リーメ伯爵夫人の肌の艶を見ると、今までの美容品とは雲泥の差だと申しておりました」
「民衆派もいる舞踏会に参加したが、確かに民衆派のご令嬢の肌が綺麗で、思わず目で追ってしまいましたよ」
「私は妻に入手してくれとせがまれました。しかしどうやって入手すればいいのか……」
中年の伯爵が大層困った顔で肩を落としながら発言する。それを見つつ、会話を続ける侯爵。
「販売はしていないのか?」
「それが……」
「なんだ?」
「民衆派のお茶会でのみ、配られる様です」
「それも民衆派か。どうせキルシュの成金が金に物を言わせて作らせたんだろう」
「いえ、これもリインフォース家の開発だと、妻がリーメ伯爵夫人から聞いた様です」
「何、それもリインフォースか……」
侯爵が先ほどとは違って若干驚いた顔をする。
それに補足するように、下っ端の子爵が話を継ぐ。
「そういえば最近、民衆派では魔物肉を振る舞うのが流行っているそうですね。どこかの家が派閥内向けに配っているとか。ご存知ですか?」
「友人の伯爵が、妻が貰ってきたからと振る舞ってくれました。美味でしたよ。アジルシープの燻製」
「アジルシープ?!」
「え、えぇ大変希少だとかで、私も詳しくは知らなかったのですが」
「Aランクの冒険者でも狩るのが難しい魔物ですよ」
武闘派の伯爵がアジルシープの捕獲難易度について語り、驚愕したような反応がちらほらとあるが、それを正しく理解出来る者は他にはいない。
「どうやら肉はランダムで、お茶会に参加した人に配っている様ですね。私が聞いた中ですと、タイラントバッファローも含まれるとか」
「タイラントバッファロー……一度口にしたが、大層旨味があって、脂が乗ってうまかったな……」
「配られた物の色は何色だったんでしょうね」
「色?」
「タイラントバッファローは色で肉のグレードが変わるのです。一番いいのはブラックとされています」
「なんでも、藍色の肉だったと聞いていますよ」
「インディゴ……。上から二番目ですね」
武闘派の伯爵がその場にいる貴族に正確な情報を伝える。が、先程と同じくそれを正しく理解する者はいない。
「まさかそれも」
「えぇ、配っているのはリインフォース家です」
「取り潰しの家じゃないのか?」
「いえ、存続しています」
「どうしてそんなに羽振りがいい」
「分かりません。しかしリインフォース子爵といえば、最近双子を養子にしたそうですね」
「娘があれだけの事をしでかしておいて、まだ懲りないのか」
「リーメ家に聞いた話ですが、どうやらその双子が一連の発起人だそうですよ。しかも今度販売会をするとか」
「販売会?」
「ノーヒハウゼン家のホールで、今話題になったドラヤキ、美容品、魔物肉の販売をするそうです」
「そこでなら妻に頼まれた美容品を買えるんですか?!」
「えぇ。参加は事前にノーヒハウゼン家に連絡していれば、他派閥でも許可されます。使用人の代理購入も可能です。日付は今度の精霊の日ですよ」
「一体どこの商会と手を組んだ? キルシュは噛んでるとして、バイゼルか? メルクか?」
「ウォーカー商会だそうです」
「ウォーカー? 聞かないな」
「新興商会ですね。庶民向けが主でしたが、紅茶を扱う様になってから貴族向けの販路も徐々に広げている商会です」
「我が家はウォーカー商会から紅茶を買っているな。妻がそこじゃないとダメだとうるさい」
「確かに、質はいいと評判ですね」
「しかし、民衆派に頭を下げる不埒者がこの場にいるとは思えんな」
と、侯爵に言われるものの、使用人を遣わして色々買おうと算段する他の貴族たちであった。
いよいよ販売会の開催日。私たちはタルト以外の一家とマリーさん、リリムちゃん、ジョセフさんでノーヒハウゼン家のホールに来ている。
会場はホールを四分割して、三区画に長テーブルを置いて広場の露店の様に、販売所っぽくしてある。
私とお姉ちゃんはそこにそれぞれお菓子、美容品、魔物肉を置いていく。
担当は私とお義父様、リリムちゃんがお菓子。お義母様、マリーさん、ティナさんが美容品。魔物肉オークションがお姉ちゃんとフランツさんという感じ。ウォーカー商会の店員さんは会計要員として各ブースにいる。
ノーヒハウゼン家の使用人には列や混雑整理、販売以外の対応をお願いした。
そんな中、かばんから品物を出して並べていると、メアリーちゃんがやってきた。
「随分と作ったわね」
「私とお姉ちゃんなら余っても保存出来るので。それに、今後ウォーカー商会で売ればいいですし」
「確かにね。すでに来ている貴族がいるわよ。民衆派だけどね」
ノーヒハウゼン家では、販売会に参加したい人達の参加申請を受け付けてもらった。メアリーちゃんから聞く限り、民衆派の人たちは本人が使用人を連れて来そう。他の派閥も、リーメ家や民衆派のみなさんがかなり話を広めてくれたおかげで、多くの人が来るけど、そっちは使用人が代理で買いにくる人がほとんど、という情報を教えてもらった。
入場は混雑緩和のために時間制にした。受付をした人から順に、早い時間に入場が出来る。ただしオークションで出す肉を順不同というより、目玉商品以外お姉ちゃんの気分にしているので、オークションブースで留まる事になるのかな。目玉になる魔物肉や、私やお姉ちゃんが質がいいと判断した物はそれぞれの時間で用意してあるけどね。
お菓子と美容品はとにかく数を用意した。高級グレードの美容品以外は売り切れはないと思う。思いたい。
「いよいよねぇ」
「緊張してきた……」
「大丈夫よう」
「それじゃ、始めるわよ」
メアリーちゃんが私たちにそう言って、ホールの出入り口の方へ歩いて行く。
扉を開けて、入場をする前にメアリーちゃんが口上を述べているみたい。
少しして、貴族女性がメイドを連れて入ってきた。向かう先は半々くらい、お菓子と美容品だ。
その後ろから、男性が執事を連れて多く入ってくる。こっちは魔物肉がほとんど、少しお菓子、というくらいだ。
「注文はあなたに言えばいいのかしら?」
「えぇ、承ります」
「では、全種類頂戴」
「かしこまりました」
「こちらも全種類」
「承知しました」
「このウイロウというお菓子はどういうものなんだ?」
「はい、お餅は召しあがった事がありますか?」
「あぁ」
「では、お餅よりも甘く、歯切れよく作ったお菓子になります」
「なるほど、貰おう。他の菓子もだ」
「かしこまりました」
……。
結局、みんな全部買うんだね……。分けないで全部セットにしてもよかったかな……。
「クラウディア様、美容品をくださる?」
「かしこまりました」
「こちらにある、お値段が違うものは何かしら?」
「そちらは、内容物を変更してより効果を高めたものになりますわ」
「こちらもいただこうかしら。でも少々お高いわね」
「リリム。いらっしゃい」
「はい」
「使用人に使わせたのですが、肌の綺麗さが使用前と大きく異なっています。特にきめ細かくなって、化粧ノリもよくなりましたよ」
「まぁ、使用人に使わせたのですか?」
「でも確かに、使用人とは思えないご令嬢のような肌ですわね」
「数日でこのようになりますよ」
「では、いただきます」
「ありがとうございます」
リリムに使わせているのはここには無いものだけど、誰も分からないし、効果が高いのは事実だからいいでしょう。
「次にブラウンタイラントバッファローの塊肉。小金貨一枚からスタートします」
「小金貨二枚!」
「三枚!」
「そちら、小金貨五枚が入りました」
貴族男性が威勢よく値段を釣り上げていく。
「他にございませんか? ……、小金貨五枚で落札です」
雫は落札を決定する発言と共にガベルでサウンドブロックを叩く。これがやりたかったのよね。この小気味よい木と木がぶつかる音がとっても心地いいわ。
おっと、フランツさんが会計してくれているから、さくさくと次に行かないとダメね。
雫は後ろの机から次の肉を前に運ぶ。
「続きまして、この時間帯の目玉商品となっております。私が食べてしまいたいくらいです。クルーエルグリズリーの肩肉の燻製。小金貨二枚からどうぞ」
「小金貨四枚」
「小金貨十枚だ!」
「小金貨十枚が入りました。……他にございますか?」
「十三枚!」
「十三……フェルト侯爵、十五枚を提示いただきました。現在小金貨十五枚です」
「十六枚! 十六枚が入りました。……他にございますか? ……よろしいですか? では、十六枚で落札です。シリス伯爵の落札です」
雫は景気よくガベルを振り下ろす。その音が響いて、悔しそうにしているフェルト侯爵と、嬉しそうにしているシリス伯爵の顔が見えた。階位が違っても忖度がないのはいいわねぇ。
それにしても、一部ポカンと見ているだけの貴族もいるわねぇ、知らないお肉だったりしたのかしら?
さて、どんどん行くわよぅ。
購入する人に使用人が増えてきた。おそらくこれが他の派閥の人なんだろうね。しかし対応は変える事なく、接客していく。
「大変申し訳ないのですが、毒見をしていただけますか?」
「分かりました」
私はテーブルに置いてあった包んであるどら焼きを一つ開けて、口に入れる。
「ありがとうございます」
「毒見をした箱に追加しますか? 違う箱にしますか?」
「違う箱をいただきます」
「承知しました」
お会計をお願いして私は次の接客をする。
「お待たせしました」
「カステラはないの?」
「カステラはキルシュ商会の販売品となっておりますので、ウォーカー商会では取り扱いがございません」
「でも、あなたが作ったんでしょう?」
「その通りですが、キルシュ商会との契約がございますので……」
「子爵令嬢が伯爵家に逆らわないで頂戴」
「申し訳ありません」
その後もカステラも出せというお声をいただくけど、無いものは無い。いや、あるけどこれは身内のお楽しみ用だからね。キャンキャンと騒ぐ鳴き声が犬にも似つかなくなってきて、私は強権を発動する。
「申し訳ありません、お手数ですが奥様への販売は別の者がさせていただきます」
私はベルを鳴らして、ノーヒハウゼン家の使用人を呼ぶ。
すぐにくる男性の使用人。私はその人に指示を出す。
「こちらの方、メアリーちゃんの特別販売室へご案内してください。『伯爵家』の方なので丁寧にお願いします」
「え……」
「かしこまりました。こちらへどうぞ」
顔面蒼白になってたけど知らない。さて、次。
「お待たせしました。ご注文を伺います」
「次はブラックタイラントバッファローです。二つございますので、二回連続で行います。どちらも品質は最上級、是非ご賞味くださいませ。ではまず一つ目、小金貨三枚から」
「小金貨十枚」
「十五枚」
「十八枚」
「ただいま小金貨十八枚です。……よろしいですか?」
「小金貨二十枚だ!」
「二十枚入りました。他にございませんか? 」
「おい、お前は伯爵家の使用人だろう、取り下げろ」
「当オークションは分け隔てなく参加いただけます。取り下げは不要です」
「貴様、私を侯爵家と知っての発言だろうな?」
「ではその爵位を存分にご利用になって、ご自身で狩られればよいと思います。さて、二十枚です。他にいらっしゃいませんか?」
「くそ、使用人無勢が……。二十五枚だ」
使用人と蔑んだ雫と蒼ちゃんがいなければ、タルトちゃんがこのお肉を狩る事はなかったわねぇ、なんて雫は思いながら、おくびにも出さず司会を続ける。
「ただいま二十五枚です! ……」
「終わったわぁ!」
「お疲れ様でした!」
私とお姉ちゃんは買いにきた人たちが捌けて、対応してくれたノーヒハウゼン家の使用人やウォーカー商会の人を労う。もちろんうちの家族と使用人もね。
労いの意味を込めて、みんなにフルーツジュースを配る。慣れた手で受け取るマリーさんとリリムちゃんに比べて、ノーヒハウゼン家の使用人はちょっとお堅くて遠慮しがちなのが面白い。
自分たちの分も淹れてコクコクと飲んでいると、そこへメアリーちゃんがやってきた。
「大盛況だったわね」
「メアリーちゃん。お疲れ様。厄介な人の対応ありがとう」
「ありがとうございました。助かりました」
「いいのよ。ここがどこだか思い出させてあげたわ。それに、こういう情報も何かの役に立つしね」
さすがメアリーちゃん、これが侯爵家令嬢。
「さて、疲れてるところ悪いけど、まずうちの報酬の話からしようかしら」
「はい」
「分かったわ」
メアリーちゃんが使用人を集めて、今日の販売品で欲しいものがあるか聞いていく。
やっぱり女性使用人は美容品、男性使用人は魔物肉が人気みたい。一番買いやすくなりそうなお菓子は少数だ。
「ごめんねぇ。高級グレードの美容品が売り切れてしまって、通常グレードでいいかしら?」
「え! 売り切れたの?!」
「民衆派の人たちだけでほぼ無くなったわよぅ。説明が面倒だから、途中から見本を隠しちゃったわ」
使用人の人たちは通常グレードでも問題ないらしい。お姉ちゃんが使い方をレクチャーしてる間に、私は魔物肉とお菓子を分配する。
「魔物肉は軽く炙った方がおいしいと思います。スープに使うと出汁が出るので、それもおすすめです。一気に食べるのも辞さないなら生肉もあります。今日中に食べる必要はありますが」
ちょうど魔物肉を最後の一人に配り終えると、フランツさんが真面目な顔をしてこっちにやってきた。何かあったのかな。テーブルに座って休んでいるお義父様とお義母様の元へ行く。私もリリムちゃんとそっちへ行く。
「ゲルハルト様、大変な事になりました」
「何だ? フランツ」
「どうしたんですか?」
「売上の集計が終わったのですが……」
「はい。お疲れ様です」
そこでお姉ちゃんも美容品のレクチャーが終わってやってくる。意を決してフランツさんが私たちに言う。
「売上げが大金貨で七十枚を超えました」
「え?」
「あらぁ……」
「随分と売り上げたな」
「今ノーヒハウゼン家の使用人のみなさまに配った商品の額は抜いてあります」
つまりもっと増えるって事だ……。
大金貨は小金貨十枚分。小金貨で七百枚。銀貨だと七万枚……。
「お金持ちと浮かれるのは早いわねぇ。蒼ちゃん、とりあえずホールの使用料を払っちゃいましょうか」
「そうだね」
私たちは使用人と雑談しているメアリーちゃんのところに行って、ホール使用料について話す。
「メアリーちゃん、ホール使用料ですけど、売上の一割だと大金貨七枚と小金貨五枚だそうです。よろしいですか?」
「結構稼いだのね。問題ないわ」
それからフランツさんが、ノーヒハウゼン家の使用人に配ったものの合計金額をメアリーちゃんに伝えている。顔がちょっと引き攣っていた。でも、魔物肉はかつてペーターさんに売った価格を参考にした良心価格にしたよ!
「あ、後メアリーちゃんにはこれ」
「ありがとう。助かるわ」
お姉ちゃんが瓶を何本か渡す。それを見て私もかばんから包みを取り出して渡す。渡したのは皮膚乾燥薬と美容品、それにお菓子に魔物肉のセットだだ。魔物肉はノーヒハウゼン侯爵に向けてって事で、いいやつを渡す。お友達なのでお金は当然取らない。
それから、片付けはノーヒハウゼン家の使用人がやってくれるとの事で、私とお姉ちゃんは売れ残ったものをかばんにしまってお礼を言ってウォーカー商会の面々と会場を後にする。
「お義父様、お義母様。私とお姉ちゃんは一度ウォーカー商会で今日のまとめをしてから帰ります」
「分かった。気をつけるんだぞ」
お義父様にエスコートしてもらって、フランツさんが御者をする馬車に乗せてもらい、ウォーカー商会へ向かう。
馬車にはティナさんとオークショニアを担当した店員さんが乗っていた。
「これは失礼を……。すぐに降りますのでご容赦を」
「気遣いは不要よ。お疲れだろうし座ってて」
「ありがとうございます」
浮かせていた腰を下ろしてて、ティナさんの隣に座り直す。
「それじゃ、出発しますよ」
フランツさんが何事もなかったかのように馬車を走らせる。
ちなみに、マリーさんは御者台、リリムちゃんが馬車だ。
「あいつ、知っててやったな」
「ふふ、シズク様もアオイ様もお優しいから。お二人とも、お疲れ様でした」
「二人もねぇ」
「あいつって事は、フランツさんとは長いんですか?」
「えぇ、幼少期からの腐れ縁でして、フランツがペーターさんと共に商会を立ち上げたタイミングが、ちょうど私が職場をクビになってふらついてた時期でしてね、拾ってもらったんですよ」
「どうしてクビに?」
「今の様になかなか礼儀作法が染みつかないのです。取り繕うくらいは出来るのですが」
「でも、オークションの進行はとても助かったわよぅ。ありがとう」
「ありがとうございます。恐縮です」
ウォーカー商会について、店先に馬車を止めるフランツさん。
馬車の小窓から顔を覗かせて、お姉ちゃんがフランツさんに話しかける。
「フランツさん、エスコートしてもらえるかしら?」
「光栄です」
貴族男性がこの場にいないので、フランツさんにエスコートを頼んで私とお姉ちゃんは馬車を降りる。
「シズク様、アオイ様、お疲れ様でした。とりあえず応接間で休んでいてください。私は馬車を留めてきます。ティナ、頼んだぞ」
「えぇ、あなた」
「フランツ、俺は店の方に戻る」
「あぁ」
私たちは、ティナさんに応接間に案内されて椅子に座る。それから、ティナさんがお茶を淹れに一度退室する。
「マリーさんとリリムちゃんもお疲れ様。座れば?」
「いえ、大丈夫です」
「これでもメイドですので」
そこで突然、お姉ちゃんが『ストレージ』から杖を取り出して魔術を詠唱する。『聖 治癒 範囲』。あー、今は助かる……。
『エリアヒール』
初めはお姉ちゃんの体だけだった乳白色の光が、ウォーカー商会全体を包み込む。私たちの体もすぐに光が包み込み、体力を回復させていく。
光が収まると、一日の疲れが嘘のように無くなっていた。
「ありがと、お姉ちゃん」
「体が楽になりました。ありがとうございます」
「ありがとうございます!」
「やっぱり疲れにはヒールね!」
そこへフランツさんとお茶の入ったトレーを持ってティナさんが一緒に応接間に入ってきた。
「今の光は……?」
「なんだか優しさを感じました」
「エリアヒールよぅ。みんなの疲れが無くなればいいかと思って」
「「ありがとうございます」」
フランツさんが私たちの向かいに座り。ティナさんがお茶を置いてから席に座る。マリーさんとリリムちゃんの分も、座るのを促すようにテーブルの空いてる席に置く。二人がお礼を言って席に座った。よし。
さて、今日のまとめを始めますか。お姉ちゃんが話を切り出す。
「まずみんなお疲れ様。早速だけど今日のまとめよぅ。多分浮いた状態なのはウォーカー商会がいくら取るか、だけだと思うけど」
「その通りです。正直一日でこの額を売り上げた事がないので、私も今動揺しています」
「でも、普段の商売で取る利益と同じだけ取ればいいんじゃないですか?」
「その場合ですと、お菓子と美容品の原材料費、加工費、それと販売に掛かった人件費ですね。それに儲けが乗っかります。魔物肉に関しては、私どもは人員を派遣しただけですので別途考えた方がよいかと思います」
「ではまず、お菓子と美容品だけ考えましょう。原価は先日貰った紙に書いてあった額ですよね。お菓子関係が概ね銀貨一枚。どら焼きはもう少し安い」
「美容品が三本セットで銀貨四十枚ね。高級グレードはその三倍」
「参加者は百四十名だから、えっと……」
「蒼ちゃん、高級グレードの美容品は四十セット限定よ」
私は紙とペンを取り出して計算する。お菓子と通常の美容品の原価が合計銀貨四十四枚。これが百四十人に売れたから……、銀貨六千百六十枚。高級グレードの原価が銀貨百二十枚で四十セットだから……、銀貨四千八百枚。合わせて……、銀貨一万九百六十枚、小金貨にしたら百九枚か。え、原価安くない? 合ってる? 大丈夫だよね?
「合ってるわね……」
紙を覗き込んだお姉ちゃんも不安な声を出しながら言う。
「人件費ってどれくらいを考えてますか?」
「今回参加したのが、貴族相手が可能な三名ですので銀貨十五枚で考えてますね」
じゃあ端数切り上げて原価に足して小金貨百十枚でいいか。
「魔物肉の売上はいくらですか?」
「小金貨五百枚ほどですね」
五百枚……。
総売上げが大体小金貨七百五十枚、メアリーちゃんに支払ったのが小金貨七十五枚。
そこから魔物肉の売上を抜いた額が百七十五枚か。
さっき計算したお菓子と美容品の原価をさらに引くと、儲けが小金貨六十五枚か。
「合ってる?」
「合ってるわよぅ」
お姉ちゃんの確認も取れたし、大丈夫でしょう。私は紙をフランツさんに向けて説明する。
「お菓子と美容品の、ウォーカー商会の儲けが小金貨六十五枚になりました」
「アオイ様、ごまかされませんよ……」
「え? 何をですか?」
「原価を丸めたのはいいとして、お二人の儲けどころか、お菓子と美容品の加工費が乗っかってません」
むぅ。
「蒼ちゃん、フランツさんは流石に騙せないと思うわ」
「お姉ちゃんも加工費抜いたの分かってて計算合ってるって言ったよね!」
どうしたもんかな……。ぶっちゃけ魔物肉の儲けが大きすぎて残り全部あげてもいい……。
「提案なのですが、加工費を小金貨十五枚。残りの儲け小金貨五十枚を七体三でどうでしょうか? シズク様とアオイ様が七です」
「加工費は賛成よ。でも、儲けはウォーカー商会が七で雫たちが三にならないなら認めないわ」
「……承知しました。ありがとうございます」
ここで一旦クローズ。私たちはフランツさんから、加工費と儲けを合わせた小金貨三十枚を貰う。
「半分こでいいわよねぇ?」
「もちろん」
私とお姉ちゃんは喧嘩する事なく、互いの『ストレージ』に小金貨十五枚をしまう。
「次に魔物肉です。私どもは何もしていませんので、小金貨五百枚を全てお渡しします」
「分かりました。魔物肉、今後どうしますか? 全量は無理ですけど、枝肉を卸しますか?」
「いえ、お菓子と美容品で手が余りますので一旦は……。ただ、特別なお客様が来た場合のみ、相談させてください」
「分かりました」
特別なお客様……。貴族とかかなっていうのを考えながら、私とお姉ちゃんは小金貨二百五十枚をそれぞれ『ストレージ』にしまう。
「あ、今日の売れ残り分はどうします?」
「シズク様たちの必要分を残して、余る分だけ引き取ります。間もなく製造も出来そうですので気遣いは不要です」
「人気が出るといいわねぇ」
「今日の様子でしたら間違い無いでしょう」
「でも、あれだけ頑張ってもらって、私たちがほとんど総取りって申し訳ないから、やっぱりもう少し……」
「今日一日で、通常の一日より遥かに多い儲けが出ているのです。これ以上は欲張りでしょう」
「分かりました。でも、私もお姉ちゃんもウォーカー商会にはお世話になってますから、何かあったら遠慮なく言ってください」
「ありがとうございます」
話は終わったし、もう大分日も暮れてきたので私たちは商会を辞する。
馬車で送ると言ってくれたけど、いつもの通り、四人で歩いて帰る。
「大成功だったね」
「オークション楽しかったわぁ」
「一番高値ついたのって何?」
「ブラックタイラントバッファローね。貴族派の侯爵様が小金貨二十五枚よ」
「なんか金銭感覚麻痺してくるなぁ……小金貨一枚でもあれば、宿に何泊出来るんだか」
「カルロさんとリタちゃんのとこなら一ヶ月お腹いっぱい食べられるわね」
「レストランですか?」
「そうよぅ。マイヤの町にある、ビルさんに負けずとも劣らないおいしい料理屋さんね」
「そんなおいしいお店が……」
「ビルさんも相当料理が……って、今回の魔物肉のお金、ビルさんにも渡さないとね」
「そうねぇ、小金貨百枚くらい渡しちゃおうかしら」
「「それはやめてあげてください」」
侍女二人に全力で止められたけど、それはそれで面白そうだなと思った、月の綺麗な夜道だった。
そして夜、自室でお姉ちゃんとタルトとのんびり過ごしている時。
『蒼。僕は悲しい』
「どうしたの、タルト」
『リリムに聞いたよ。ういろう。団子。そしてお餅……』
「……! あるから! タルトの分ちゃんとあるから!」
「蒼ちゃん、雫も!」
「太るよ……」
「大丈夫よぅ」
「これが痩せ体質……!」
「蒼ちゃんも太ってないわよぅ?」
私はテーブルに三種のお菓子を置く。二人分にちょっと多いくらい。
そして窓辺からテーブルに飛んでくるタルト。
『いただきます』
「いただきます」
おいしいおいしい、と言いながら食べてくれる二人。
『しかし、なぜ最初の味見の時に僕を誘わなかったんだい』
「いやタルト、ずっと冒険者ギルドだったじゃん……」
『次は、最初に食べたい』
「うん。作る時は声をかけるね」
私はおいしそうに食べる二人を見ながら、三人分の紅茶を淹れるのだった。
評価、ブクマ、いいね、誤字報告いつもありがとうございます。
今回も楽しんでいただけたら幸いです。
雫に合ってると言わせていたのに計算が最初間違っていました。
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2025/2/11 誤記訂正




