57. こちら、リインフォースお悩み相談所
それらは朝食の時にやってきた。
昨日は上位貴族ばかりのお茶会で疲れたし、お義父様から数日は家にいろって言われているし、お姉ちゃんとしっかり魔術訓練でもやろうかと話しながら朝食を食べていた所、マークさんが紙の束を持ってやってきた。
「旦那様、こちら本日の分です」
いつものお手紙かな。相変わらず量が多い。うんざりした顔をするお義父様を端で見ながら、目はお義母様に近づくマークさんを追う。
「奥様、こちら……」
「置いておいてください……なかなか減りませんね」
お義母様が疲れた様に言う。最近日常になった朝の手紙にうんざりする光景だ。しかし今日はいつもと違って、そう、先日メアリーちゃんからの手紙をジョセフさんがお姉ちゃんに渡した時みたいに、マークさんがお姉ちゃんのそばに移動した事。しかも、紙の束を持って。
「こちら、お嬢様方にお手紙です」
「あら、雫にもついにファンレターが」
「違うでしょ……」
「いや、合ってるわよ」
「へ?」
そう言ってお姉ちゃんが、扇状に広げて私に見せてきた手紙は九通。差出人は、昨日のお茶会に参加した面々だった。
朝食を終えて私たちはパーラーに行く。書斎が無い私たちは、手紙などはそこで書く。とりあえず、来た手紙を確認しないと。
お姉ちゃんと順不同に読んでいく。
一通り目を通して、私とお姉ちゃんは九通の手紙を三通ずつ、三つの山に分けた。
「蒼ちゃんどっちがいい?」
「どっちでもいいよ。大変なのは変わらないし……」
「じゃぁ、雫はメアリーちゃんに書きたいからこっちね」
「分かった」
お姉ちゃんが左の三通を取る。私は真ん中の三通を取った。この六通は、昨日のお茶会でお菓子と美容品に関するお礼状。メアリーちゃんからはそれに加えて参加のお礼。こっちからは、お菓子や美容品を喜んでくれて嬉しいって事と、今後もお付き合いお願いしますって返せばいい。
問題は残る三通。これは……。
「これ、どうしましょうかねぇ」
「とりあえず返信して、近日中に伺いたいって書くのはどう? 大変な薬は無さそうだったし、こっちの予定をあらかじめ書いておけば調合期間も取れるし、ダブルブッキングもしないでしょ」
「いい案ね。さすが蒼ちゃん」
残り三通はお悩み相談。みな、内密にしてほしいのか、書面にもその旨を書いて送ってきた。昨日、お茶会で誰からも相談されずにちょっとがっかりしたけど、そうだよね、人にはあんまり話したくないよね。
さて、お悩みだけどまずエルケ・ツェルネ侯爵令嬢。悩みはめまいと立ちくらみ、それから寒気。十分細いのに、ダイエットしてるって言ってたから、貧血かな。生活習慣と食事のアドバイスと、増血作用と魔力生成作用のあるサプリメントを作る事にする。
次はララ・シリス伯爵夫人。悩みは頭痛と不眠。手紙に社交や報告書の作成で疲れた旦那さんとの関係がギクシャクしているって書いてあるから、ストレスかな。頭痛薬とアロマオイル、アロマストーンを用意する。香りは好みがあるから複数用意しよう。
最後はエリサ・リースベルク伯爵令嬢。悩みは髪のツヤと枝毛。食事に好き嫌いがあるって話をしていたから、今は髪だけで済んでいるけど今後更に他の不調が出る可能性があるね。食事に関しての知識とヘアオイルを提供する。
こんな感じかな? お姉ちゃんにも話して相談する。
「そうねぇ、治らなかったらお医者さんに診てもらう事ってちゃんと書いておきましょう」
「だね」
私とお姉ちゃんは分担して合計九通の返信を書いて、隣で同じく手紙を書いていたお義母様に確認してもらう。
「文面は問題ありませんよ。でも、最後に一人ではなく、二人の署名を入れてください」
「はい」
「分かりました」
私とお姉ちゃんは全ての手紙にサインを入れ、宛先と手紙を間違えないように封筒に入れて封蝋をする。
その手紙をマリーさんに頼んで配送してもらう。実際に配るのは貴族街で手紙の配達を生業にしている庶民らしいけどね。
午後になって、お昼ご飯も食べ終わったのでさっきの三人の薬を作ろうか、とお姉ちゃんとパーラーに入って準備をしていたら、ジョセフさんが一通の手紙を届けてくれた。
「ララ・シリス伯爵夫人からです」
早い。
私とお姉ちゃんはすぐに手紙を確認する。中には、急で申し訳ないと丁寧に謝罪しつつ、明日来てほしいと書いてあった。
「早いね」
「頭痛止めを作るわ。蒼ちゃん、オイル頼める?」
「分かった」
それから私たちが、お義母様とのおやつ休憩を挟んでから再び調合をしていると、お悩み相談をした残り二人の手紙をマークさんが持ってきてくれた。
私たちはすぐに確認すると、明後日を貧血で悩んでるエルケ・ツェルネ侯爵令嬢、その翌日を髪で悩んでるエリサ・リースベルク伯爵令嬢が指定してきた。私たちは頷き合って、切りのいい所でお義父様の書斎へ向かう。
コンコンッ。
マリーさんに書斎のドアをノックしてもらって、ジョセフさんに取り次いでもらう。
「入りなさい」
お義父様の声で私たちは書斎に入る。
「どうした? 手紙で困り事か? 文面はクラウディアの方が……」
「いえ、返信が来ましたのでご報告です」
「ん? 朝書いていたのはお礼状への返信だろう? なぜ更に返信が来る」
あれ? あ、そっか。文面を見たのはお義母様だけだから、お義父様には説明しないとか。
「手紙にはお礼状と別に、私たちに薬を作ってほしいという要望がありました」
「その薬を用意するから、いつがいいか尋ねる手紙を書いたのよ」
「ふむ、それで?」
「明日から三日連続で、お茶会をするわ」
「また随分と急だな」
「それだけ困ってるって事だと思います」
「ちなみにどんな悩みだ」
「それは、乙女の秘密よぅ。パパ」
お姉ちゃんが右手人差し指を唇に当ててお義父様を諌める。
無理するなよ、との心配の言葉をいただいて、部屋を辞する。
「今日も一日調合になるね」
「ここが頑張りどころねぇ」
「うん」
私たちはパーラーに戻って調合と調薬をするのでした。
一日経って火の日の午後。私は、前にお姉ちゃんが選んでくれた浅縹色のドレスを纏って馬車でシリス伯爵家へお姉ちゃんと向かう。お姉ちゃんは、私が選んだ老竹色のワンピースドレスを着てくれている。ちょっとお互い地味な感じがするけど、そういう感じが同時に来るのは、私たちらしくていいかな。
御者はマークさん、お供はマリーさん。馬はネーロ。たまには御者台に乗りたいなぁ。
シリス伯爵家は、うちと同じく貴族街の中なので、十分も座っていれば到着する。
マークさんが門番に話して取り次いでもらう。
門番が家の中に入ってすぐ、執事さんがやってきて、マークさんに指示を出して先導する。
そして家の中に入って馬車が玄関に横付けされた。窓から覗くと、先日会ったララ様と、立派な服を着た男性、おそらくシリス伯爵が玄関まで出迎えてくれた。
先にお姉ちゃんが顔を出すと、シリス伯爵がエスコートしてくれたみたい。降りたであろうタイミングで、私も出る。
手を出してくれたシリス伯爵は、優男といった風貌で、年齢はお義兄様よりちょっと上かな、というくらい。髪は短めで茶髪だった。
同じく出迎えてくれたララ様は、伯爵より明るい茶色の髪に目が深い赤。輪郭の整った細長の顔に目の色そっくりのフレアがたっぷりのとても可愛らしい深紅のドレスだった。美男美女とはこの事かな。
「シズク・リインフォース様、アオイ・リインフォース様。ようこそおいでくださいました。妻が大変楽しみにしておりまして、急なご連絡となって申し訳ありません」
「とんでもございません。私たちも楽しみにしていましたので」
「お二人とも、こちらへどうぞ」
「はい」
私たちは伯爵に頭を軽く下げて、ララ様の先導で応接間に行く。
応接間は明るい茶色を基調にした、落ち着いた内装で、とても寛げそうな空間だった。
私とお姉ちゃんは勧められた椅子に座って、早速マリーさんに合図してお菓子を出してもらう。
「先日と同じものになってしまいますが、ぜひお召し上がりください」
「まぁ、嬉しいですわ。とてもおいしかったので、また食べたいと思ってましたの」
「それはよかったですわ」
シリス家のメイドさんに渡して、お皿に装ってもらう。同時に、紅茶を淹れてもらう。
まずは毒味タイム。ララ様が紅茶と用意してくれたスコーンに手をつける。お姉ちゃんがどら焼きをちぎって食べる。
あ、この紅茶おいしい。アールグレイだ。爽やかさがクロテッドクリームとジャムを塗ったスコーンとよく合う。
お茶やお菓子の感想、一昨日のお茶会の事からまずは雑談。
「それで、メアリー様が相談するといいと仰っていたので、恥ずかしながら先日の手紙を認めさせていただいたのです」
「えぇ、相談してくれて嬉しいですわ、ララ様。マリー」
お姉ちゃんがマリーさんに指示を出して、バニティケースを持ってきてもらう。マリーさんが中を開くと、十本の小瓶と石が入っていた。
そのうち一本をお姉ちゃんが取り出してテーブルに置く。
「こちらの白いラベルの瓶が、ご相談いただいた頭痛を和らげる薬です。毒味をさせていただきますね」
「必要ありません。信じますわ」
「ありがとうございます。同じものを七本用意しましたので。就寝前にお飲みください」
「分かりましたわ。三本余りますわね? そちらは……」
「こちらはアロマオイルを作りました。睡眠を助ける作用のある香りを閉じ込めてあります。寝る前に枕元にこちらの石を置いて、一、二滴アロマオイルを垂らしてみてください。今回は香りを三種類用意しました。ただ、香りは好みがはっきり分かれますので、気に入らなかったら無理して使わないでください」
「ありがとうございます」
「でもララ様。問題は解決しないわよ」
「え……」
「ほら、手紙に書いてましたでしょう。伯爵との空気がピリピリしていると。それを無くさない限り、対処療法でしかないですわ」
「主人は普段はとても優しいのですが、このところ役職が変わって特に忙しくなったのか、イライラしている事が多いのです」
「仕事を変わる訳には行きませんものねぇ」
「伯爵にも何か息抜きがあるといいのでしょうけれど」
「それよ! 蒼ちゃん!」
お姉ちゃんが突然、普段のモードに戻って私に内緒話をしてくる。
なるほどね。確かにその通り。
私はマリーちゃんを呼んで壁になってもらい、かばんからいつもの魔物肉の燻製を数種類取り出してテーブルに置く。
「アオイ様、それは……」
「馴染みがないと思いますが、魔物の肉を燻製した塊です。伯爵に渡してください」
私は毒味のためにナイフで一切れ切って口に運ぶ。お姉ちゃん、恨めしそうに見ないの!
「義父がいつもお酒とこのお肉を食べて休んでいるで、伯爵にも効くのかは分からないのですが……」
「お心遣い、ありがとうございます」
そんな感じで、お茶会は終了。よくなるといいですね。
また翌日。私たちは大きな襞の入ったフレアスカートと、レーススカートで細部が違う洒落柿色のドレスを身に纏って、馬車でツェルネ侯爵家へ向かう。ツェルネ侯爵家は、ノーヒハウゼン侯爵家の近くにあった。
到着して、昨日と同じように歓迎される。今日はエルケ様のご令兄にエスコートしてもらった。お義母様に聞いた話だと、王宮の仕事はご尊父様、侯爵家の実務はほぼ全てご令兄が行っているそうだ。うちもこんな体制にするために、お義兄様が頑張っているのかな。
エルケ・ツェルネ様は愛嬌たっぷりの丸顔で、藍色のロングヘアと同じ色をした目の色が特徴的なご令嬢だ。しかし今はやや蒼白で、おまけに今日は空色の装飾が控えめなドレスを合わせていて、とても具合が悪く、細く見える。
「シズク様、アオイ様、ようこそおいでくださいました」
「エルケ様、数日ぶりですわ」
「お招きありがとうございます」
「先日舞踏会でお見かけしましたが、本当にそっくりで美しい」
「お兄様!」
「「ありがとうございます」」
「失礼しました。では、男は退散しましょう。エルケ、後は頼むよ」
「はい」
ご令兄が一足先に家の中に入っていく。私とお姉ちゃんはエルケ様に先導されて、マリーさんを連れて庭の東屋に案内される。ツェルネ家は領地持ちじゃないから、ずっと王都住まい。だからこの家も随分と広いんだね。
「どうぞ、お掛けになって」
「失礼しますわ」
「失礼します」
「早速ですけど、マリー」
座って早速、お姉ちゃんがマリーさんを呼ぶ。マリーさんが近づいてカゴを開く。中に入っているのは、昨日と同じどら焼きだ。
「先日のお茶会と同じものになってしまったけど、よろしければお召し上がりください」
「ありがとうございます。あのクリームの味が忘れられなくて、とても嬉しいです」
メイドさんがケーキとビスケット、それから持ってきたどら焼きをスタンドに乗せて持ってきてくれた。
そしてその後、蒸らしが丁度よく済んだ紅茶を淹れてくれる。
エルケ様がお菓子とお茶に手をつけて、お姉ちゃんがどら焼きに手をつける。
ここからは雑談だ。私は手につけたケーキと紅茶を褒める。すごくおいしい。特にケーキ。粉っぽさが全くないのに、一つ一つの要素が細かくて、まるで泡のようにふわふわしている。
お姉ちゃんもお気に召したみたいで、進みが早い。
お菓子の事や、紅茶の事。これは本当にアンナさんに感謝。そして先日のお茶会の話などで盛り上がる。
そして本題へ。
「主治医も匙を投げたのですが、藁にもすがる思いで相談させていただきましたの」
「はい。手紙に書いてくださった症状の他に、気になる事はありますか?」
「えぇ、疲れが取れなかったり、最近食事の味が薄く感じるのです」
私とお姉ちゃんは目を合わせて頷く。貧血の症状だね。私たちは医者じゃないから診断は出来ないけど、医者も匙を投げたなら、一回試してもらうのもいいかな。
「マリー、持ってきた薬をお願い」
昨日と同じく、マリーさんにバニティケースを持ってきてもらう。中には二種類の瓶を五本ずつ。それぞれ一本ずつ取り出して、テーブルに置く。
「エルケ様の状態は『貧血』と呼ばれる症状です。体を循環している血液の栄養素が足りなくなっている状態です。そのため、今回二種類の薬を用意しました。まず赤いラベルのこちらが増血剤。不足している栄養素を補ってくれるものです。もう一つ、黄色いラベルが魔力生成剤です。全身に魔力を行き渡らせて、体の動きを補助させます。五日間一本ずつ、就寝前に飲んでください。少々苦いですので、水で薄めても構いません」
「かしこまりました」
「ただ、今の状態じゃまたしばらくしたら同じ事になると思いますわ」
「え、それは、治らないという事でしょうか?」
「血液の栄養素が足りない状態とは、食事から摂取する栄養素の不足に他なりません」
「なので、お野菜やお肉などを適度に摂る必要がありますの」
「先日のお茶会で、エルケ様はダイエットをなさっていると伺いましたので、それが要因ではないかと、私と姉は考えました」
「ですが、痩せないと婚約者が現れません……」
「以前、太っているとか、からかわれたりしたのですか?」
「……はい。同級生でしたが」
「ひどいわねぇ。でもそんなたわ言気にする事ないわ!」
お姉ちゃんが声を大にして更に続ける。
「先日のメアリーちゃんのお茶会で、エルケ様より美人の人はいた?」
「えぇ、みなさんそうだと」
「私は主観を聞いているんじゃないの。事実を聞いているわ。質問を変えるわね。エルケ様より細い人はいた?」
「……。私が一番細かったかもしれません」
そう。エルケ様は枯れ木の如く細い。おまけに寒色のドレスが更に細く見せるから、一人だけ浮いて見えるんだ。
「でもあのお茶会の参加者は、半分は結婚しているわ。エルケ様の太っているって基準でも、みんな婚約者がいるのよ。それより、あのお茶会でどら焼きをほとんど食べなかったでしょう? あの白あんの中にはね、貧血に有効な栄養素が入っているわ」
「え……」
「私も、エルケ様に必要なのはダイエットではなく、よい食事だと思います」
私は、マリーさんに持ってもらったかばんから特に赤みの強い魔物肉の燻製を取り出してテーブルに置く。
「初めは食べるのに抵抗があるかもしれませんが、おいしいですし、貧血にも効きます。ぜひご家族でお召し上がりください」
お肉の押し売りみたいになっちゃったけど、これでエルケ様の体調がよくなってくれるといいなぁ。
怒涛の三連お茶会も、本日最終日。今日ははリースベルク伯爵家のご令嬢、エリサ様のお悩み相談だ。
私は……私は絶対に袖を通すまいと思っていたあのドレスに袖を通し、顔が真っ赤なまま馬車に乗っている。
ドレスはお姉ちゃんとお揃いのデザインで私が桜色、お姉ちゃんが灰桜色。フレアをたっぷりと付けて大きく広がるスカートの裾にはフリルがついている。ジャンパースカートなんだけど、胸元まで生地が覆っていて、まるでワンピースの様になっている。左右の胸元からスカートの中腹までと、背中部分は大きく編み込みの飾りが加えられていて、それが可愛い。
これに透け感のあるレースのブラウスを合わせるんだけど、なんと黒なんだよね。実はスカート裾についたフリルや、編み込み紐も黒で可愛さだけじゃない感じを表している。
けどこれ、いいのかな……。ドレスと言うより甘ロリの区分でしょ? ってお姉ちゃんに聞いたら、可愛いからいいわよぅ! って返ってきた。
馬車がリースベルク家の玄関に着くと、エリサ様とリースベルク伯爵が出迎えてくれた。窓から見る姿は……エリサ、様……?
「思った通りねぇ。先に行くわよ、蒼ちゃん」
「え、ちょっとお姉ちゃん!」
どういう事?! と尋ねる間もなくお姉ちゃんは先にリースベルク伯爵のエスコートで馬車を降りて行ってしまった。
待たせてはいけないので、数呼吸した後私も馬車から出てエスコートしてもらう。
「本日はお招きいただきありがとうございます」
「あぁ、娘が無理を言っただろう。申し訳ない」
「とんでもございません」
それから、その娘、エリサ様を見る。大きい丸襟で、フレアがたっぷりとついているワンピース。胸のところにはフリルがついている。ウェスト部分は締めていて、細いウェストをこれ以上なくアピールしている。私も好きなデザイン。しかし特筆すべきは黒一色という事かな。
小柄で色白な控えめな体、藍薄の長い髪に藍色の目。そしてモデルのような小さな顔によく似合っているそのドレスは、そう、ゴシックロリータってやつだった。
私はなんとか笑顔で挨拶をして、応接間に案内してもらう。
席について、早速やったのは先日と同じくどら焼きを出して毒味をする事。
エリサ様も紅茶とお菓子の毒味をして、お茶会は始まる。
普通、お茶やお菓子の話から始めるけど、今日はこれ以外に何を話すの? というくらい自然にお姉ちゃんとエリサ様が話し始める。
「「そのドレス、どちらで仕立てましたの?」」
私は思わず笑っちゃった。
「失礼しました。私たちは領の専属仕立屋よぅ」
「こちらは王都の仕立て屋に頼みました」
「まさか……、その仕立職人はリチャードかしら?」
「あら、ご存じでしたか?」
「領の専属仕立人、エドワードのご子息がリチャードなのよ」
「まぁ、今度話してみましょう」
エドワードさんの息子さんかぁ……意外なところで繋がるものだね。
「アオイ様のお召し物も素敵ですね」
「ありがとうございます。姉と対で仕立てていただきました」
「リエラ様も変わらずに着ているかしら」
私とお姉ちゃんの動きが一瞬止まる。まさかリエラの名前が出てくるとは思わなかった。
「失礼しました。先に説明するべきでしたね。私とリエラ様は学院で同級でしたの。彼女とはよくお洋服の話をしましたわ」
「そうなのですね。相変わらず義姉は着ていますわ」
「よかった。それくらいの趣味を楽しむ事は出来るのですね」
「義姉の事、ご存じなのですか?」
「えぇ。メアリー様に聞きましたわ」
それからリエラの近況を話して話は移り変わる。
「おそらく、リエラ様の事でお二人とメアリー様が動いていると思いますが、申し訳ありません。私には手伝えるだけの力がありません」
「大丈夫よ、嬉しいわ。エリサ様」
「味方になってくれる人がいるのが分かっただけで心強いです」
少し沈黙が流れる。話してないのに、動いてるって分かる貴族の皆さんは本当に聡い。
私は、紅茶を一口飲んで、話題を変える。
「それで、今日はお悩み解決のために私たちはきました」
「そうです。手紙にも書きましたが、髪がですね……」
そう言って綺麗なロングヘアを手で梳いて見せてくれる。
「引っ掛かりを感じる事が最近増えて、それに枝毛が散見されるのです」
「マリー、持参したオイルと薬を持ってきてちょうだい」
マリーさんがバニティケースを持って近づいてくる。中は白いラベルの瓶が五本。青いラベルの瓶が五本入っている。お姉ちゃんが二種類の瓶を一本ずつ出す。
「まず青いラベル、ヘアオイルです。入浴後にタオルで髪の水気を十分取った後、髪に付けてくださいな。髪を乾かす生活魔術は使えます?」
「えぇ」
エリサ様が手のひらを髪の毛に近づけて風を出す。
「温かい風は出せますか?」
「どうでしょう。やった事がありません」
「試してみてくださる?」
エリサ様が言われた通りに温風を出そうと意気込んで生活魔術を唱える。が、冷風になってしまっている。
「暑い日の生暖かい風、それをもっと熱くするイメージでどうでしょう?」
「やってみますね」
エリサ様が再び生活魔術を唱える。今度は出来たみたい。
「素晴らしいです。ではまず、強めの温風で水気を飛ばします。この時、あまり熱い風を当て過ぎないように、根本から全体に満遍なく風を当ててください。次に温かい弱い風で髪を整えてください。そして最後に、冷風で髪を冷まします」
「枝毛は直りますか?」
「残念ですが、枝毛は直りません。被害を増やさないため、その髪の毛先だけ切る事をお勧めします」
「分かりました」
「次に白いラベルのもの、こちらは栄養剤ですわ」
「栄養剤……?」
「髪にいい食事があるのはご存じかしら? その食物から取れる栄養素を抽出してあるわ」
「知りませんでしたわ」
「ですが、一時的に回復はしますが、おそらく根本的には、食事を変えなければなりません」
「先日エリサ様から食事の好みが激しいと伺いましたので、特にお野菜やお肉ですね、召し上がっていただかないと、栄養が不足します。今は髪の不調だけで済んでいますが、今後体にも影響が出る恐れがございます」
「食事を気をつけるとなると、私の好きなお菓子は、もう食べられないのかしら?」
「そんな事はありません。本日お持ちしたどら焼きのクリームには、髪にいい栄養も入っておりますので、食べ過ぎはよくないという事ですわ。バランスよく、を心がけてください」
「野菜は、頑張ります。お肉がどうしても生臭さが苦手で……」
「では、こちらを試してみてはいかがでしょうか?」
私はかばんから、鳥と鹿の魔物肉の燻製を取り出す。特に生臭さがない種類のやつ。
「こちら私たちで処理したものです。血抜きをしっかり行いましたので、生臭さはないと思います。どうぞ、お召し上がりください」
「まぁ、お二人はこのような事まで出来るのですね。何でも出来てすごいですわ」
「全て義姉に教わったんですよ」
「リエラ様に?」
「えぇ。リエラちゃんも、きっとエリサ様が元気になってくれた方が嬉しいと思うわ。再会した時のためにもね」
「……分かりました。食事、気をつけますわ」
帰りの馬車で。
「お疲れ様、お姉ちゃん。怒涛だったね」
「蒼ちゃんもお疲れ様。でも、みんな改善する気持ちになってて傾向が見れてよかったわぁ」
「だね、せっかくなら元気になってほしいもんね」
「マリーちゃんも三日間、付き人ありがとうね」
「とんでもございません」
「それを言うならマークさんも、三日間拘束してしまって……」
「いえいえ、これが私の仕事ですから」
そこで馬車を引いているネーロが嘶く。
「うん、ネーロもありがと」
私のその言葉に満足したのか、ぶるるんと口を鳴らす。
また手紙がくるかもしれないけど、しばらくのんびり出来るかな?
馬車に揺られながら、私はそんな事を思うのだった。
評価、ブクマ、いいね、誤字報告いつもありがとうございます。
今回も楽しんでいただけたら幸いです。
最近、戦闘書いてないなぁ……。




