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56. 侯爵家のお茶会

 指定された四の鐘より早く着くように家を出たはず。

 

『四の鐘に来てちょうだい』


 確かに手紙にはそう書いてあった。お姉ちゃんと二人で何度も手紙を確認したし、お義父様とお義母様も確認している。

 双子の珍しさをアピールしようと、お姉ちゃんと同じデザインで色違いのお揃いのツーピースドレスを纏ったんだ。

 まずボディスが白磁色で、フリルがついてるんだけど、その色が私は青緑色、お姉ちゃんがやや淡い紺色。

 そしてハイウェストから留めたスカートは、ふくらはぎ辺りまでの長さで、お尻の側に大きなバッスルを取っているデザイン。色は私が鉄色、濃い緑色で、お姉ちゃんが濃藍色をしている。スカートの裏地の焦茶と色が重なって、上品さをアピールしている。初めて仕立て屋で作った時からのお気に入りだ。それを着て気合を入れたはず。しかしそんな気合も太刀打ち出来ない状況に今なっている。

 貴族社会では爵位の低いものから順番になんてルールがある。だから私とお姉ちゃんは、早めに出た。

 ホストは侯爵家。侯爵家のお茶会なんだから、私たちより上の爵位の侯爵、伯爵がきっと多いはず。だから絶対、四の鐘が響いてから到着はすまいと、それこそ三の鐘が鳴ってからずっとソワソワしていたし、家を出たのは三の鐘と四の鐘の中間くらい。十五分もあればドアトゥドア出来るから、一時半早く到着する計算だったんだ。

 だけどなんで、なんで私たちを参加者全員が迎えているのか……。しかもメアリーちゃ……メアリー様の口上。


「今日のスペシャルゲスト。シズク・リインフォースさんとアオイ・リインフォースさんよ。みな様、よろしくね」


 え?


 私とお姉ちゃんはその言葉を聞くや否や、すぐに頭を下げてお詫びをする。


「「本日は遅くなりまして、誠に申し訳ございません」」

「顔を上げて、二人とも」


 しばらくの無言か罵声を覚悟した私たちだったけど、すぐにその静寂を破ったのはメアリー様だった。


「今日は、私のお友達に二人を紹介したくて、サプライズで来てもらったのよ。だから遅れたのはあなたたちのせいじゃないわ。安心して」

「メアリー様……」

「あら、アオイさん。その呼び方は許可してないわ」


 貴族怖い貴族怖い。笑っているのに、笑ってない。

 私に許可されたメアリー様の呼び方なんてあれしか……。凍りついた私の腕を、お姉ちゃんがツンツンしてきた。早く言えって? でもこの場でそんな呼び方いいの?! 逡巡していると、お姉ちゃんが助けてくれた。


「メアリーちゃん、蒼ちゃんは緊張しているからあまりいじめないであげて?」

「あらそうなの? ごめんなさい」


 テーブルにいた淑女のみなさんが、お姉ちゃんのその発言にざわつく。でもお姉ちゃんがそう呼んでメアリーちゃんが問題にしないなら、その呼び方で合っているらしい。私は意を決して口を開く。


「いえ、もう大丈夫です。メアリー……ちゃん」

「そう、よかったわ。まずは自己紹介を私のお友達にしてくれる?」

「「かしこまりました」」


 一度テーブルを見る。あまり歓迎されているようには感じない。アウェイの状態。

 その中で、私とお姉ちゃんは同時にカーテシーをする。この動き、二人でズレがないってリンダ様に褒められたんだよね。双子だから印象に残っていいですねって言われた。


「お初にお目にかかります。リインフォース家の次女、雫です。家名が妹と被りますので、どうぞ雫とお呼びください」

「三女の蒼です。蒼とお呼びください。お見知り置きの程を」

「双子なのよ。そっくりで可愛いでしょう? でもそれだけじゃないわ。こないだ舞踏会で配られたオモチと美容品。この二人が作ったのよ」


 再びざわつくテーブル。しかしオモチや美容品に関する評判もちらほら聞こえた。私はお姉ちゃんと同時に顔を上げて、ゆっくりと円卓を見回してから口を開く。


「本日はお近づきの印に、『どら焼き』という新しいお菓子をお持ちしました。ぜひ、お召し上がりください」

「また、母より美容品についてお手紙をいただく機会が多いと聞きました。本日持参致しましたので、よろしければお試しください」


 わっと騒ぎが大きくなるテーブル。黄色い声も飛びそうなくらい。あれ、さっき睨まれてた気がするんだけど、そんな気配がなくなった。え、そんな人気あるの……お菓子と美容品……。

 それから、時計回りにお茶会の参加者をメアリーちゃんが紹介してくれる。

 うん、覚えられない! とは言ってられないので、必死に頭に叩き込む。


「シズクさん、アオイさん、私の隣に座ってちょうだい」

「「はい」」


 言われた通り、私とお姉ちゃんはメアリーちゃんの両隣に座る。お姉ちゃんがメアリーちゃんの左側、私が右側だ。

 メアリーちゃんの専属メイドが、この東屋に案内される前に渡したお菓子を、ティースタンドに載せて持って来てくれた。お姉ちゃんが毒味のために一つ取って一口食べる。食べ方は、取ったどら焼きを一口大にちぎって食べる事にした。分かりやすくスコーンに合わせたよ。

 お姉ちゃんが食べたのを皮切りに、みな様どら焼きを手に取って食べ始める。


「熱くないのですね。けど、柔らかいわ」

「スコーンと違って始めから中にクリームが入っているのね」

「あら、あなたのクリーム、私と色が違うわ」


 気づいた人がいたので私は説明する。


「中に入っているクリームは二種類あります。白いものが「白あん」、緑のものが「鶯あん」と言います。味も違うので、ぜひ食べ比べてみてください」


 一斉に隣と確認し始めるみな様。

 好みはもちろんあるみたいだけど、どっちも好評っぽい。


「こんなお菓子を隠してたなんて、アオイさん、ひどいわ」

「……大福の方が希少ですので、それでご容赦を」

「仕方ないわね」

「アオイ様、このお菓子、どこかで売りに出したりしないのかしら? ぜひ買いたいわ」

「あ、ずるいわ! 私もいただきたいですわ」


 早速私に言葉の集中攻撃がかかる。買いたい。欲しい。中には作り方を教えてほしいってのも。しかしメアリーちゃんがいるとはいえ、ほぼアウェイ。私は慇懃に答える。


「申し訳ありません。レシピは、すでに商会と契約しておりますのでご容赦を。しかし、その商会から近日発売させていただく手筈となっております」

「買えるのね!」

「でも、カステラみたいに買うのが難しかったりしないかしら」

「カステラは作り方に対して販売数がかなり少ないので、おそらくキルシュ子爵夫人が希少性を高めるために生産数を抑えていると思います。また、どら焼きはカステラと作りやすさはそこまで変わりませんので、問題ないと思いますよ。ですが入手性に注意するように、商会にも通達しておきますね」

「嬉しいわ」

「ねぇアオイ様、あなた、カステラにも詳しいの?」

「キルシュ商会にレシピを売ったのは妹ですので」


 すごいわねぇ、なんて言葉が私に降りかかってくる。


「オモチも、販売するのかしら?」

「あれもおいしかったわねぇ。どうなのかしら?」

「はい、お餅は希少な材料を使っているので、本日ご用意出来ず申し訳ありません。しかし材料の目処が立ち次第、こちらも販売する予定です」


 わあっという声がテーブル全体に広がる。お餅人気、すごい……大福は最終兵器としておこう。メアリーちゃんには出しちゃってるけどね。

 そこで話題が次に移る。


「ところで、美容品もすごいのよね。私、先日クラウディア様にいただいてから肌の調子がとてもいいの」

「確かに、あなたとても綺麗よ」

「ありがとう。でももう無くなってしまって、いただけたりしないかしら?」

「ありますよ。みな様の分を作ってまいりました」

「持って来てちょうだい」


 そこで、メアリーちゃんがメイドさんに合図すると、カゴに沢山の小瓶を入れて持ってきた。

 まずはお姉ちゃんが一セット受け取って、メイドさんが時計回りに回って一セットずつ渡していく。もちろん私は受け取らない。


「初めて渡す方もいらっしゃるので、僭越ながら使い方を説明させていただきすわね」


 お姉ちゃんが三本のうちひと瓶、黄色いラベルの瓶を取って開ける。


「まずは黄色のラベル、『化粧水』を手のひらに出します。量は、銀貨大くらいかしら」


 お姉ちゃんが手のひらに銀貨大の化粧水を出して全員に見せる。


「手のひらに広げて、両手で顔全体に馴染ませてくださいませ。擦ったり叩いたりはあまり意味がありません。それより、液体を顔全体に馴染ませる事が重要です。特に目や鼻などは凹凸がありますので注意してくださいませ」


 一部、使い方が違っていたのか、動揺が広がっているけど、今日覚えてくれたらいいな。


「次に赤いラベル、『乳液』です。量は人によって異なりますが、銅貨くらいです。使ってみて、ベタつくようなら多いので次回調整してみてください。付け方は化粧水と同じです。目元や頬などは乾燥しやすいので、多めにつけるのを意識なさってください」

「シズク様、手でつけないといけないのかしら? 今までコットンを使っていたのだけど……」

「コットンでも問題ありません。化粧水でもそうですが、手で使うより量を気持ち多めにコットンに出してください。肌への負担が減ります。軽く押さえるように顔に馴染ませていくといいと思います」

「ありがとう」


 こっちも新しい発見をする人が何人かいたみたいで、意見交換会になっている。私も、使い方を質問されたので答えたよ。

 さて、最後かな。ほとんどの人が知らないだろう、美容オイルの付け方だ。


「最後に青いラベル、『オイル』です。乳液よりさらに少なく手に出して、手のひらに温めながら広げます。そして、塗り込むのではなく、手で顔をかぶせるようにつけてみてくださいませ」

「私は入浴後に使っているのだけれど、問題ないかしら?」

「えぇ、入浴後か就寝前がよいかと存じます。あ、後は化粧水と乳液はお化粧前につけると、お化粧が綺麗に出来ますよ」


 ざわっとする。化粧は大事だもんね……。それから私とお姉ちゃんがそれぞれいくつかの質問に答えて、説明会はおしまいになった。しかし当然、これでお茶会が終わるわけじゃない。


「美容品ってずっと使うでしょう? こちらも販売してくれたりしないかしら?」

「こちらも同じく販売いたします。まずはみな様に本日お渡しした三種から、その後は材料の入手や精製方法をみながら種類を増やしていく予定です」


 嬉しい、という声がみな様から飛び出す。これでお菓子と美容品の宣伝はバッチリだね。

 しかし私とお姉ちゃんにはもう一つ宣伝したいものがある。メアリーちゃんが進めてくれるはずなんだけど、どうかな。


「アオイさんもシズクさんも人気者ね」

「「恐縮です」」

「謙遜しなくていいのに……。私も薬がとても助かっているのよ」

「メアリー様、どこかお体が……?」

「体じゃないの。私の肌が弱いのは昔から知っているでしょう? それに効く塗り薬よ。王都のあらゆる薬を試したけど、シズクさんが作ったものが一番効くわ」

「薬までお作りになられるの?」

「調合の師匠に教えていただきましたの」

「まぁ、すごいのねぇ」

「相談したらすぐ作ってくれたわ。だからみなも、何か体で困っている事があったら相談してみるといいわよ」


 きた。評判を上げるのに最も手っ取り早い方法。それは信頼を勝ち得る事。そのために、私とお姉ちゃんは地球の知識とこの世界の知識を総動員してお悩み相談に回答する。




 しかし結局、相談してくれる人はいなくて、お茶会はお開きになった。

 私の予定だとお菓子と美容品であったまった空気とテンションから殺到する予定だったんだけどなぁ。

 でもよかったのは、最初にテーブル全体を見回した時にあった剣呑な空気は、最後には一切なくなっていたって事だ。私にも、お姉ちゃんにもみなが普通に話しかけてくれる。それだけでも大きな収穫かな。

 お姉ちゃんと二人、マークさんが御者をする馬車でリインフォース邸に戻ってすぐ、お義父様に帰ったら書斎に呼ぶようにと命令されたマリーさんとリリムちゃんが駆け寄ってきた。私たちはドレスを着替える間もなく、マリーさんとリリムちゃんの先導で書斎に向かう。間違いなく今日のお茶会の事だよね。

 書斎の扉をマリーさんがノックする。


「旦那様、シズク様とアオイ様がご帰宅されましたのでお連れしました」


 いつも通り、ジョセフさんが扉を少し開けて私たちを確認する。そして扉を全開にして言う。


「お入りください」


 私たちは書斎に入る。今日も書類仕事をしているお義父様がいた。


「おかえり、二人とも」

「今帰ったわぁ」

「ただいま戻りました」

「それで、早速だが話を聞こう」

「パパ、とりあえずお茶を飲んでもいい?」

「あ、あぁ、すまない。ジョセフ、淹れてやれ」

「ジョセフ様、私が」

「では、お願いします」


 マリーさんがジョセフさんからポットをひったくって紅茶を淹れてくれる。

 並行してリリムちゃんがクッキーを用意してくれる。

 私とお姉ちゃんは執務机手前に置いてある応接テーブルに座って待つ。

 蒸らしの終わった紅茶をカップに注いで、マリーさんが私たちの前に置いてくれた。いただきます。

 今日は、え? 緑茶? いや、違う……この清々しい香り、飲んだ時にも感じる清涼感は、ヌワラエリヤだ。


「緑茶みたいにホッとするわねぇ」

「だね、落ち着く」

「お疲れのようでしたので。お気に召していただけて何よりです」

「ありがとねぇ」

「ありがと、マリーさん」


 それからクッキーにも手を伸ばして、おいしいってリリムちゃんに伝える。クッキーも、ベリーが練り込んであって程よい酸味と甘味がとてもいい。

 お姉ちゃんと堪能していると……。


「そろそろいいか?」


 忘れてたよ。


「いいわよぅ。ありがと、パパ」

「休めました」

「そうか。じゃあ早速、お茶会の話を聞こう」


 私たちはお茶会の内容を順番に説明していく。


「参加者だが、覚えているか?」

「えっと、はい……まずメアリー・ノーヒハウゼン様。時計回りにお姉ちゃん……ローザ・ヴァルトナッハ様。ヒルデガルト・マリーサ様。ララ・シリス様。エレン・リーメ様。エリサ・リースベルク様。リリア・キュール様。フランチェスカ・フェルト様、私で円卓を一周ですね」

「一人抜けてるわ、蒼ちゃん。エレン様の隣はエルケ・ツェルネ様ね。惜しかったわよ」

「エから始まる人が連続してて覚えきれなかった……」

「民衆派の上位貴族ほとんどじゃないか……おまけに中立派のリーメ家か……」

「中立派もいたのねぇ」

「あぁ、リーメ家は飛耳長目と呼ばれるほど情報通でな、おまけに中立派の立場を利用して、派閥間での情報も広める」

「じゃあ今回の私たちの情報は」

「他の派閥にも広まるだろうな。当然、リエラが私の娘で、何をしたのかも知っているぞ」

「よくない話が広まっちゃうのかな?」

「そんな事があったのか? でもまぁ、あの一家は律儀に事実だけを伝えるから、悪い印象は広まらないぞ」

「ならよかったわぁ。話を続けるわね」

「あぁ、頼む」

「蒼ちゃんが、どら焼きをみんなに振る舞ったわ。販売について聞かれたから、今後売るって話したわよ。それから、カステラとお餅についても聞かれたわね」

「その後はお姉ちゃんが美容品を配って、使い方の説明をみなさんにしました。こっちも、販売する予定がある事は公開しています」

「終わりに、メアリーちゃんに皮膚乾燥薬について言われたわ。さらに、体の事で相談があったらぜひ雫たちにするといいってねぇ」

「それから、印象ですが、私たちが挨拶をした時にはあまり歓迎された雰囲気ではなかったのですが、どら焼き、美容品と配ってだいぶよくなりました。話しかけてもくださいましたしね」

「なるほどな」


 お義父様が大きく頷いて、腕を組んで考える。そして少しだけ考えた後、口を開く。


「公開した情報は、新しいどら焼きというお菓子。その販売ルートと販売予定。次に美容品の使い方と販売予定。皮膚乾燥薬を作った事。それ以外の薬も作れる事だな。カステラとオモチについて何を聞かれた?」

「カステラがなぜ流通しないのか、どら焼きはどうなのか聞かれたのでカステラより入手しやすくする事と、商会にそれを伝える事を話しました。お餅については希少な材料を使っているため今回持参出来なかった事、材料の目処が立ったら販売する事を話しました」

「まぁ、いいだろう。今話した情報が、民衆派にはすぐに、他の派閥では侯爵、伯爵辺りから順に広まっていくな」

「はい」

「なるほどねぇ」


 私とお姉ちゃんは、次に何をするべきか考える。今日参加しなかった民衆派に広めるのが先だろうか。それとも他の派閥にアプローチを……。


「二人とも、数日何もしなくていいぞ」

「え、でも……」

「どういう事なの? パパ」

「今日のお茶会に参加した方々がお菓子と美容品のよさを勝手に広めるから放っておいていい。だがそれより、数日中に手紙が届く。間違いなくな。それの対応で忙しくなるぞ」

「「?」」

「不発だったら私とクラウディアの仕事を手伝ってもらうから、いずれにしても数日は家にいてくれると助かる」

「分かりました」

「分かったわぁ」


 お姉ちゃんとよく分かっていないまま、数日家にいる事を了承する。手紙……、どら焼きと美容品のお礼状とかかな。だったらすぐ返事しないといけないから、確かに家にいた方がいいか。


 しかし翌日から、私とお姉ちゃんの激動の日々が始まるなんて、思ってもみなかったんだ。


評価、ブクマ、いいねいつもありがとうございます。

今回も楽しんでいただけたら幸いです。

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