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55. 魔術具師キミアと魔術師リエラ

「いい朝よ! 蒼ちゃん!!」

「ん……」


 お姉ちゃんの叫び声に、私は目を覚ます。

 伸びをしてから、窓を見る。


「まだ、一の鐘が鳴ってない……? お姉ちゃん、よく起きれたね」

「昨日は大変いいものを見たからねぇ。元気をもらったわ」

「言っておくけど、間違いなく訴訟レベルだからね。私ももう、あれはされたくないよ……」

「でも、結果として二人とも覚えられたでしょう?」

「過程を大事にしてあげてよ! もし今後教える必要が出た時のために、何かいい方法を考えよう……」

「期待しないわ」

「それ、見たいだけだよね?」

「その通りよ」


 朝からひどい話をお姉ちゃんとしていると、ドアをノックする音が聞こえた。いつもはリリムちゃんの元気なノックだけど、今日は控え目だ。マリーさんかな?

 私たちが入室を許可すると、リリムちゃんが扉を開けて入ってきた。マリーさんは後ろから付いてくる。


「お嬢様、お、おはよう、ございます……」

「おはよう、ございます。お嬢様……」

「おはよう二人とも! 今日は何だか元気がないのかしら?」

「いえ、そういう訳では……」


 リリムちゃんが顔を真っ赤にして、お姉ちゃんの目を全く見ない。マリーさんも同じく顔を赤くして俯いている。これは……。


「お姉ちゃん、昨日やりすぎて嫌われたね」

「えぇ?!」


 お姉ちゃんが大変な衝撃を受けた顔をして私を見てくる。


「嘘よね?! 嘘だと言って、マリーちゃん! リリムちゃん!」

「嫌った訳ではないのですが……昨夜の事で、シズクお嬢様とどう向き合えばいいのか……」

「私はもう、分からなくなりました……」

「やっぱりやりすぎだよ。二人共、もうさせないからね。私が絶対止めるから」

「「アオイお嬢様……!」」


 二人が私のそばに来て、祈る様に手を組んで私を女神の様に崇める。


「蒼ちゃんに取られた……」

「取ってないよ。お姉ちゃんがやりすぎて自分で突き放しただけだよ」

「ごめんなさい……」


 お姉ちゃんが素直に二人に向かって頭を下げる。


「「シズクお嬢様……」」

「これでお姉ちゃんも反省したから。少しずつでいいから、前みたいにお姉ちゃんに付き合ってあげて」

「「はい」」

「昨夜みたいな事をされそうになったら殴っていいよ」

「分かりました!」

「リリム! それは侍女として度がすぎます」

「はい……」

「マリーさん、私が許すから。二人に命令だよ」

「もしまた同じ様な事になったら、マリーちゃん、リリムちゃん、遠慮なく全力で殴ってちょうだい」

「……かしこまりました」


 ちょっとしんみりしちゃったかな。まぁでも、流石にお姉ちゃんは昨夜やりすぎだったし、反省させないとね。さて、と。


「今日は職人ギルドで面談だね。時間は午前だったかな」

「はい、ジョセフから二の鐘と聞いております」

「ありがと、じゃあ急がないとね。お姉ちゃん、準備するよ」

「はぁい」




 ドレスに着替えて髪をセットしてもらう。今日は、初めて私が選んだ水浅葱のドレスだ。

 お姉ちゃんもそれに合わせて、揃いのデザインの勿忘草のドレスを選んでくれたみたい。

 準備している途中、タルトも起きてきた。早速人型になって、先に手の空いたマリーさんにドレスを着させてもらっている。今日は珊瑚色をベースに、チェックの入ったワンピースだ。人型も慣れてきたみたいだね。ドレスを着るのがスムーズになってきた。けど、ボタンを掛け違えていたから直してあげる。

 最後に二人で確認して、食堂へ行く。

 今日は少し早かったからか、お義父様もお義母様もまだ来ていない。

 先に席について、マリーさんに紅茶を淹れてもらって、談笑しながら飲んで待っていると、お義父様とお義母様がやってきた。


「おはよう」

「みな、おはようございます」

「おはようございます」

「パパ、ママ。おはよう」

「おはよう」

「「おはようございます」」


 使用人が一斉に頭を下げる。ジョセフさんだけがその後すぐに動いて、椅子を引いて二人が座るのを補助する。そしてお義父様が席に着く頃を見計らって全員が頭を上げる。いつ見ても壮観だね。


「シズク、昨日貰った液体、さっき付けたがすごくいいぞ! ヒリヒリとしなくなった」

「よかったわぁ」

「先程ビルと話しましたが、大変喜んでいりましたよ。勿論私も。素晴らしい品をありがとうございます」

「いつもヒリヒリしていましたが、これを付けた今朝は、全く痛みがありませんでした。シズクお嬢様、ありがとうございます」

「無くなったらまた言ってねぇ」


 ビルさんが朝食を運んでくる。パンとスープ。それにソーセージとスクランブルエッグだ。いただきます。スープも透き通ってさまざまな味がしておいしいんだけど、今日はソーセージがすごい。三種あって、シンプルな豚肉、タルトが採ったであろうクラッシュピッグを使ったソーセージ、そして更にハーブを練り込んだソーセージだ。

 まず豚肉から、ボイルする事で脂を落としてさっぱりさせている。味はおいしい豚肉なんだけど、燻製が上手で、スモーキーな香りが口全体に広がる。

 次にクラッシュピッグ。こっちは豚肉に比べて味が濃く、深い。今度は焼いてあって、脂までしつこくなくておいしく食べられる。最後にハーブを練り込んだソーセージ。レモングラスかな。爽やかな香りがする。ペッパーを入れてピリッとさせて味に締まりを与えている。どれもおいしい。

 しかもスクランブルエッグと一緒に食べると、甘さが加わって更においしさを感じるという、さすがビルさんとしか言いようがない素晴らしい朝食でした。ごちそうさまでした。




 食事を終えて、私たちは早速出かける。マリーさんとリリムちゃんの四人でだ。タルトは今日も冒険者ギルド経由で狩りに行くって。

 まず先にウォーカー商会に寄ってフランツさんと合流する。

 ウォーカー商会は中央通り沿いだ。広場を抜けて、南にまっすぐ進む。

 商会に着くと、フランツさんとティナさんはすでに店の前で私たちを待ってくれていた。


「おはよう、フランツさん、ティナさん」

「お待たせしました。おはようございます」

「おはようございます。シズク様、アオイ様」

「お二人で行きますか?」

「いえ、調合の事となると私では役者不足ですので、ティナを美容品関連の責任者とする事にしました。ペーターにも報告済みです」

「よろしくお願いします」


 ティナさんが一歩前に出て、改めて私たちに頭を下げる。


「よろしくねぇ」

「じゃあ、早速行きましょうか」

「はい」


 フランツさんの見送りを背に、私たちは職人ギルドへ向かう。

 職人ギルドは、王都の南西ブロックにある。ウォーカー商会からだと中央通りを横切って、そのまま少し進んでから右に進むとあるそうだ。何度も行った事があるというティナさんに案内してもらいながら進む。

 

「ここかな?」


 ティナさんと雑談しながら歩いていると、職人ギルドと書かれた看板を見つける。外観は冒険者ギルドのような無骨なものではなく、木造の工房そのもの。一見ゲルトさんの工房のような感じを受けたけど、どことなく仕立て屋のような上品さも感じる。

 さて入るかと思っていたら、お姉ちゃんが先行しているのが見えた。

 まさか、冒険者ギルドだけじゃなくて職人ギルドでも?!


 バンッ!


 ドアを激しく開けるお姉ちゃん。そして中に入るなり、私たちにも聞こえる大きな声で叫ぶ。


「たのもーう!」


 私たちは、慌ててお姉ちゃんを追う。どうやったら防げるのかなぁ、これ。

 中に入ると、中央に受付、それから後ろにはジャンルごとに分かれた窓口が複数、後は二階へと続く階段があった。冒険者ギルドとはだいぶ間取りが違うみたい。

 私は受付の前にいるお姉ちゃんを追って更に進む。入った時に一瞬見られたけど、すぐに中にいた人たちは違うものや人を見始めた。これくらいなら、注目も怖くない。


「お姉ちゃん」

「蒼ちゃん、やっと来たわね」

「先行するのやめてよ……」


 私のその言葉を無視して、お姉ちゃんが灰桜色のショートカットをした、幼さを残しつつも目元をぱっちりとさせた受付の人に話を始める。


「おはよう。魔術具師のキミアさんと面会の約束をした雫・リインフォースよ。来ているかしら?」

「はい、リインフォース様。承っております。ティナさんもようこそ。二階の第二商談室にて、キミアがお待ちです。私、ホリーがご案内します」

「よろしくねぇ」

「お願いします」


 私とティナさんも挨拶をして、ホリーさんに先導されて二階の商談室へ向かう。

 二階への階段は赤絨毯が敷いてあって、来客に備えて作った様子が伺えた。ホリーさんの慣れた対応や、調度品の並び方から、他にも貴族が来る事があるんだろうね。

 階段を登って左手一番奥の部屋、そこが第二商談室らしい。第一と第二は貴族との商談用で、ティナさんも初めて入るんだって。ホリーさんが扉を開けて、私たちの入室を促してくれる。

 中に入ると、中央に大テーブルがあり、周りに美しい調度品がいくつか飾ってある、確かに貴族向けとも言える部屋だった。そこにあるうちの椅子の一つに、黄色のやや長い髪で丸メガネ、そしてツナギを着た少年が座っていた。


「キミア! お客様にご挨拶を。それに、立ちなさい」

「あぁ、ボクがキミアだ」


 ホリーさんがキミアと呼んだ少年をたしなめるが、聞くつもりは無い様で、私たちは座ったまま自己紹介された。


「あなたがキミアくんね。私は雫。雫・リインフォースよ。こっちが妹の蒼ちゃん。それからウォーカー商会の美容品の責任者のティナさん。後は侍女のマリーちゃんとリリムちゃんね」


 お姉ちゃんの声に合わせて、私たちはカーテシーや一礼をする。


「よろしく」

「キミア! あなた、お客様、それも貴族の方に不敬がすぎるわ。立ちなさい! リインフォース様、申し訳ありません。どうぞお掛けください」


 とホリーさんがキミアくんを再度たしなめたり、私たちに椅子を勧めたり忙しくするものの、キミアくんは相変わらずと言った様子で、私とお姉ちゃんが座るのを見ながら、傲慢無礼に話を進める。


「別にいいだろう。ホリー。ところで、手紙は読んだよ。ボクに魔術具の相談があるんだって?」

「えぇ。これに見覚えはあるかしら?」


 お姉ちゃんがかばんの中で『ストレージ』を発動させて、調合器具を取り出してテーブルに並べる。


「これは……」


 そのうちの一つ。調合鍋を手に取ってまじまじと見るキミアくん。そして、お姉ちゃんを睨みつけて敵意を露わにして言葉を発する。


「確かにボクの作った魔術具だけど、これはリエラに売った物だ。なぜお前が持っている?」


 三度、たしなめようとするホリーさんをお姉ちゃんが手で遮って、話を続ける。


「リエラちゃんに貰ったからよぅ。蒼ちゃんも出して」

「うん」


 お姉ちゃんに言われた通り、私もかばんから調合器具一式を取り出してテーブルに並べる。


「何で作った三組のうち、二組がここにある?! お前ら、リエラに何をした?!」

「雫たちは、リエラちゃんの弟子よ」

「あいつは今、マイヤで隠遁を強いられているはずだ。弟子を取れる訳ないだろう」

「その話を知っているなら、雫たちの家名の意味も分かるわよね?」

「リインフォース……」

「リエラお嬢様はリインフォース家の長女であらせられます。こちらのお二人が次女のシズク様、三女のアオイ様です。小鳥の様に囀る前に、覚えておく方がよろしいかと。あぁ、失礼しました。小鳥の様に覚えられなかったのですね」


 マリーさんがかなり怒っているのか、発せられる言葉から棘しか感じない。


「随分、失礼な口を聞くメイドだな」

「マリーちゃん。嬉しいけど今は抑えてね」

「大変失礼しました」

「雫からも謝るわ。キミアくん、どうしたら信じてくれるかしら?」

「その証明は不可能だ。だから貴族とは一切関係ない方法で、実力を見せてくれ。ボクが納得すれば、問題ないだろう?」

「そうねぇ。それじゃ……、リエラちゃん直伝の魔術を見せるわ」


 お姉ちゃんが、かばんから杖を取り出す。


「おい、その杖……」

「可愛いでしょう? ゲルトさんって鍛治師に作ってもらったのよぅ」

「まさか、もう一本も持っているか?」

「え? よく分かったね。持ってるよ」


 突然二本一組な事を当てられて驚いたけど、私はかばんから対の杖を取り出してテーブルに置く。

 それを持って、その杖頭を丁寧に見るキミアくん。


「君たちを信じる事にする。双麗の魔術師だな。全く、先にこれを出せばいいものを……」


 ここでも通じるんだ、その二つ名……。轟いているのに納得いかないけど、それで信じてもらえたなら、役には立ったのかな……。


「杖だけでよく分かったわね」

「ゲルトに杖頭の魔力増幅部のアドバイスをしたのはボクだ」

「そうなのねぇ」

「双子の魔術師の冒険者に渡すと聞いた。それがリエラの妹だとは知らなかったけど」

「妹は後付けの義理だけどね。元々は弟子なんだ」

「なるほどね。理解したよ」


 キミアくんが杖を返してくれる。私たちは杖を互いのかばんにしまって、キミアくんに向き直る。


「つまりリエラがその二組を君たちに渡したんだな?」

「そうよ。旅をするなら持ってけ、ってね」

「まぁ、リエラから聞いてないと、その魔術具とボクが結びつかないか。今日来たのはその魔術具の修理か?」

「いえ、同じ物と大きい物の追加発注よ」

「壊れてないなら不要だろう? なぜ必要か説明しろ」


 私とお姉ちゃんはリインフォース家とウォーカー商会で美容品を広めて、評判をよくする事をキミアくんに話す。


「金と名誉のためか? なら帰れ」

「本題はここからよう。評判を上げてリインフォース家の汚名が返上出来れば、リエラちゃんを救えるのよ」

「どういう事だ?」


 私たちはリエラの処分を取り消せないか画策している事とその計画の全貌をキミアくんに話す。


「ふむ……、うまくいけばあいつとまた会えるのか?」

「うまくいけばね」

「……」


 手を口元に当てて考え出すキミアくん。


「乗ろう。リエラが解放されれば妹が喜ぶ」

「妹ちゃんがいるのね」

「あぁ。世界一可愛くて優秀な自慢の妹だ」

「世界一は蒼ちゃ……」

「お姉ちゃん、今はいいから黙って」


 私は泥沼の終わらない戦いが始まりそうなのを察知したので、お姉ちゃんを止める。


「とにかく、そのために美容品を沢山作る必要があるんだけど、調合器具が足りないんだ」

「その前に確認だが、お前らは錬金術師か?」

「違うわ」

「違うよ」

「なぜその器具が使える?」

「「?」」


 私とお姉ちゃんは悩む。リエラの家にいた時から愛用しているけど……。


「それは元々、錬金術師の妹のために作った魔術具だ。錬金術師しか使えないはずだが、なぜだ?」

「これは調合するためのものでしょう? 調合スキルは持っているけど」

「調合と錬金術は出来る成果物は近いが、やってる事は厳密には違う。そもそも調合に魔力は使わないはずだが」

「リエラちゃんに教わったやり方しか知らないわ」

「あいつは錬金スキルを覚えたのか?」

「上級調合だけのはずだよ」

「あいつ……ついにやったのか……」

「「?」」

「あぁ、三人でずっと挑戦していた、『誰にでも使える錬金術』を編み出したって事だ。錬金術は作り出せる物が多いが、スキルや道具、材料などとにかく敷居が高い。一方で調合術は誰にでも使える代わりに効能、効果に乏しい物が多い。その差を埋めるための挑戦さ。リエラが錬金スキルを持たずに、俺のこの魔術具を使って何かを作り出せたなら、成功したと言う事だ」

「リエラちゃん、やっぱりすごいのねぇ」

「いいだろう。まずはそこの美容品担当の一式と、製造用の特大サイズだな」

「作ってくれるの?」

「あぁ、話を聞いたら断る理由が無くなった」


 それからティナさんに最終的な必要個数と魔力量について確認すべく、相談を始める二人。


「そうだ。その、『誰にでも使える錬金術』だけど、教えちゃっていいの?」

「勿論だ、元々は広めるためにやっていた事だからな」


 とは言っても、一旦はウォーカー商会だけにして、緘口令を敷いた方がよさそうだね。悪用された時が怖い。




「大型化は難しいな」

「そうなの?」

「魔術具自体は作れる。ただリエラ並みの魔力が必要だ」

「リエラ並みっていうと……」

「雫と蒼ちゃんは大丈夫ねぇ」


 私とお姉ちゃんは、魔力量「だけ」は、リエラにも匹敵する。ただ、魔力制御の練度が同日の論ではないんだけどね。


「もともとの魔術具も必要魔力量は高めだったしな。あとは効率化すればいいが、素材がな……」

「何が必要なの?」

「その鍋が魔鋼製だ。それより魔力伝導率のいい素材……金属なら魔銀以上」

「あれ? この調合器具を作る時、魔力伝導率上げなかったんだ? リエラならすぐに素材を買えそうだけど」

「金ならボクも、リエラも、妹も問題ないんだ。問題は流通量だな。いい鉱物は国と鍛治師に取られる。ボクたち魔術具師にはとにかく素材が回ってこないんだ。生活にしか役立たない魔術具にそんな高価な素材はいらないだろう、とな」

「なるほどねぇ」

「まぁ、とりあえず入手難度を考えずにあげると、後は宝石。魔力を豊富に含む大型の魔物の骨などか……あぁ、一番現実的ではないが竜……」

「あるわよ」

「は?」

「竜の骨? 翼? 皮膚? それとも牙? あ、角もあるわよ」

「おい、なんでそんな素材を一介の冒険者が持っている。国が厳重に保管するようなレベルだぞ」

「ゲルトさんに聞いてない?」

「何をだ」

「杖の材料、ドラゴンの角なんだよね……」

「あいつ、そんな共一言も……!」


 私とお姉ちゃんは杖をかばんから再び取り出してテーブルに置く。

 それを改めて、今度は先程と違って杖頭じゃなくて柄を見ている。


「まさか、本当に……」


 私とお姉ちゃんはキミアくんを見て頷く。

 

「装飾部に目が行って気づかなかった……こんな身近でドラゴンの角が見られるなんて……」

「ドラゴンの材料を使えば、魔力効率のいい調合器具が作れるかしら?」

「あぁ、作らせてくれるのか?」

「作れるのはキミアくんだけよぅ」


 私はかばんからタルトのお母さんの皮、翼、角の欠片と牙を取り出してテーブルに置く……。


「角の欠片と皮膚を貰う。ドラゴンの素材を使うのは初めてだ、少し時間が欲しい」

「分かったわ」

「後、無駄かもしれないが効率無視の調合大鍋は明日にでも届ける」

「助かるよ」




 納品先やお金など、細かい事を確認して職人ギルドを後にする。


「よかったわねぇ、調合器具もなんとかなって」

「タルトに聞かずに素材渡しちゃったけど、いいよね」

「タルトちゃんなら怒らないわよぅ」

「シズク様、アオイ様……」

「なぁに? ティナちゃん」

「ド、ドラゴンの素材のお支払いは……」

「いらないわよぅ」

「ですが……」

「それより、使わせる人には緘口令をお願いしますね」

「それは、勿論ですが……」

「ティナちゃん、ウォーカー商会はタルトちゃんが加護してるわ。その系譜のドラゴンの素材を使うのに何も問題はないの。大丈夫よ」


 納得のいかぬ顔のまま頭を下げるティナさん。私とお姉ちゃんは特に気にするでもなく、ウォーカー商会に向かって歩く事にした。




「シズク様、アオイ様。おかえりなさいませ」


 ウォーカー商会の店頭で、店員さんに指示を出していたフランツさんが迎えてくれた。店員さんも一斉に私たちに頭を下げる。


「どうぞ作業を続けてください」

「ありがとうございます。ティナもおかえり」

「ただいま。あなた」

「それで、どうでしたか?」

「えぇ、中で話すわぁ。他にも相談があるし」

「かしこまりました」


 フランツさんに先導されて、応接室に入る。私とお姉ちゃんが勧められた席に座って、その後ろにマリーさんとリリムちゃんが立っている。向かいにフランツさんとティナさんが座る形だ。

 座ってすぐに、店員さんが紅茶を淹れて来てくれた。

 フランツさんが一口飲んだ後、お姉ちゃんと同時に紅茶を口にする。


「おいしいわねぇ。さっぱりしてていいわね」

「ね。疲れが吹き飛びそう」

「ありがとうございます」

「じゃあ早速報告しますね。まず、調合器具についてですが、話が着きました。一旦私とお姉ちゃんが使っているものと同じものを調合師の人数分。その後、大鍋が数日後に来ます。ただ、大鍋はおそらく私とお姉ちゃんしか使えませんので、使えなかったら後日受け取ります」

「大鍋で魔力伝導効率を上げたものを別に作ってもらうわ。こっちは少しかかるかも」

「ありがとうございます。材料の方は揃ってきています」

「そうね。とりあえず出来た分を渡しておくわ」


 お姉ちゃんが『ストレージ』から美容品セットを取り出して大きなテーブルの隅から隅まで埋まるくらいに並べていく。


「これはまた……随分と」

「頑張ったわぁ。ティナちゃんたちが製造を始めるまで、これで持つかしら?」

「紹介状を持つ貴族に優先して売るつもりです。ですので、販売数のコントロールは可能です」

「分かったわ。足りなかったら作るから言ってちょうだい」

「ありがとうございます」


 店員さんが呼ばれて、倉庫に運ばれていく美容品を見ながら、私は次の話をする。


「次にお菓子について相談です。端的に、ウォーカー商会で製造しますか?」

「それは願ってもない事ですが……」

「誰かにお願いしないと、美容品もお菓子も作るだけで雫と蒼ちゃんの一日が終わっちゃうのよ」

「なるほど、確かにそれは大変ですね」

「なので、以前キルシュ商会にカステラのレシピを売ったように、こっちにも売りたいと思います。ですが、これを知ったらキルシュ商会と戦う事になります」

「実は、ペーターからお二人宛の書簡が届いています。お菓子の事についても書いてありますので、どうぞ」


 フランツさんが手紙を取り出して、私たちの前に置く。それをお姉ちゃんが受け取って開く。私はそれを横から覗き込む。

 手紙にはこう書いてあった。


『お久しぶりです。シズクさん、アオイさん。お変わりありませんか?

 こちらはアンナのお腹がだいぶ大きくなり、私が戦々恐々しすぎだとアンナにからかわれているところです。医者が言うには母子共に健康だそうで、無事産まれた時にはぜひ、お二人とタルトさんにも会っていただきたいと思っています。

 さて、最近カステラというお菓子が流行り始めましたね。リインフォース支店のアランによると、お二人が火付け役だと伺っております。また、アランが別のレシピを催促したとも報告が来ています。その点に関しましては、大変失礼しました。商会のためだったとはいえ、アランも反省しております。私とアンナの文書にて厳重注意としましたので、何卒ご容赦ください。

 それから、カステラでもう一点。卸値が他所の商会と比べて安いと報告が来ています。レシピ販売の契約時に、お二人がうちの有利になるように条件を付けてくださったのだと愚考します。本当にありがとうございます。

 一方で、王都のフランツからも、お二人が今後美容品とお菓子を広めようと考えている旨、報告を受けています。材料の入手について、商会にお話をくださり、ありがとうございます。

 美容品についてはすでにご存知かと思いますが、ティナを責任者に置いて進めさせていただきます。

 商会で一番、薬や美容品に詳しいので、どうぞ遠慮なくお使いください。

 また、お菓子についてですが、お二人の忖度ない考えを尊重したいと思います。

 その考えに沿って、もしうちの商会でお菓子の製造と販売を手掛けさせていただけるなら、どうぞ遠慮なく、うちの人間を使ってください。

 うちで手掛ける事になった場合のお菓子の展開ですが、最終的にアンナを責任者に、紅茶と茶菓子のトータルで展開していこうと考えています。

 ですがアンナはまだ身重のため、一旦流行の中心となっている王都で先行販売したいと思っています。アンナが動けるようになるまで、フランツを責任者とします。

 長くなりましたが、私たちの近況と商会の考えについては以上となります。

 お二人が強いのは十分存じていますが、王都は貴族の陰謀が蔓延る土地です。どうぞ、お気を付けください。

 また、再会出来る事を願って』

 

「ペーターさん、元気そうねぇ」

「うん、アンナさんも元気でよかったよ。お子さんもね」

「ウォーカー商会で準備が整えられるなら、雫たちが他に行く理由はないわねぇ」

「そうだね」

「ウォーカー商会でお菓子を作ってもらうわぁ」

「かしこまりました。ありがとうございます」


 フランツさんとティナさんが立ち上がって、頭を下げる。私とお姉ちゃんはそれを受けて、姿勢を戻すように言う。座ったのを確認してから、話を続ける。


「余計な火種を減らしたいので、条件はキルシュ商会に売った金額と同じでいいですか? 前金で小金貨二十枚。歩合が一個につき五分です」

「五分って安くないですか?」

「それはあれよ。蒼ちゃん、今隠したわね」

「う……」

「それがペーターから報告のあった卸値の話ですか?」

「そうよぅ。ほら、蒼ちゃん」

「はぁ……歩合二割を五分にする代わり、ウォーカー商会へのカステラの卸値を二割引きにさせました……」

「はい、よく言えました」


 ウォーカー商会の人には絶対言わないつもりだったのに……隠せなかったよ。何だか恥ずかしい。


「安いからコリーナ様が渋って売らないかもって思ってたけど、ちゃんと仕入れは出来ているのね」

「その点は、商業ギルドの監視もありますからね」

「なるほど」

「しかし五分でも随分な利益になっているでしょう?」

「「あ」」


 お姉ちゃんと顔を見合わせてしまう。利益も何も……。


「見てないわね」

「口座、あるのかな……」

「……」


 それを聞いたフランツさんが、机の上で目を瞑って指をトントンしている。なんだろう、儲けに対して粗雑な私たちにお怒り?!

 しかしフランツさんは、トントンするのを終えて私たちに笑顔を向けてくる。


「口座を確認された方がよいかと。おそらくすでに大金貨になっています……」

「え?!」

「お金持ちねぇ」

「コリーナ様は一体いくらで売ってるの……」

「庶民向けの商店への卸が銀貨二枚、貴族向けが高級素材を謳って銀貨四枚ですね」

「暴利すぎる」

「強欲ねぇ」

「それでも未だに入手が困難でして……、私共も先日いただいたもの以外口に出来ておりません」

「ならどら焼きのついでにティナさんにレシピを教えるよ」

「え、アオイ様、よろしいのですか?!」

「レシピを教える事は契約違反じゃないしね。でも他に教えるのは禁止でね。あ、アンナさんには教えておいてほしい」

「はい!」


 ティナさんもフランツさんも腰を浮かせて反応している。こないだのがよっぽどお気に召したらしい。よかった。


「話が逸れちゃったけど、今回教えるのは『どら焼き』というお菓子です。作った物があるのでまずは食べてみてください」


 私は『ストレージ』からどら焼き二個セットとお皿を二組取り出して、フランツさんとアンナさんの前に置く。


「パンのようにちぎって食べるのが食べやすいかと。貴族はナイフとフォークかもしれません。中に白あんという白いクリームと、鶯あんという緑のクリームがそれぞれ入っています」

「蒼ちゃん、雫のは?」

「いやこれ、商会に卸すどら焼きだから……」

「四百個のうち一個食べたって大丈夫よ!」


 お姉ちゃんのその言葉に、じゅるりとリリムちゃんが反応する。


「リリム……あなた……」

「も、申し訳ありません!」

「ほら、リリムちゃんまで反応しちゃったじゃない!」

「こちら、みなさんで……」


 ティナさんがお皿を私の方にずらしてきた。お姉ちゃん! こういう、余計な気遣いをさせちゃう事になるんだからね!


「いえ、姉が、すみません……。出せばあるのでそれはティナさんが食べてください……」


 私は『ストレージ』から追加で取り出して、お姉ちゃんに鶯あん、マリーさんとリリムちゃんに白あんのどら焼きを渡す。もう私も食べちゃうもんね! バランスを取って自分用には鶯あんも取り出した。


「「いただきます」」


 フランツさんは鶯あん、ティナさんは白あんから行ったみたい。一口食べるたびに、顔が綻んでるのを見ると嬉しいよね。頑張ってビルさんとリリムちゃんと作った甲斐がある。

 二人とも、まず一口ずつ食べたみたい。モゴモゴしながら真剣な顔で比べている。


「これは、パンケーキですか? しかし、それよりも中のクリーム。これが甘くてしっとりとしていておいしいですね。先に食べたウグイスアンが好きです」

「これが先日、夫に指示いただいた豆でしょうか? 豆のスープのように豆の食感を感じますね。ですが、とても甘くておいしいです。私はシロアンが好みですね」

「緑のクリームが鶯あんと言って青エンドウから作っています。白のクリームが白あんと言って、こっちは白インゲンから作っています」

「なるほど、パンケーキの部分は?」

「これはそのままです。ただのパンケーキの砂糖は少なめにしてあります。後、はちみつを入れるのがポイントです。ですので通常食材で問題ありません」

「分かりました。このクリームの製造が重要という事ですね」

「その通りです。それから、舞踏会でお餅という、もち米から作るお菓子を出しました。お餅は今ないので食べてもらえませんが、それにも白あんや鶯あんを掛けます。お餅、白あん、鶯あん、これらが今貴族が喉から手が出るほど欲しがっているレシピなので、取り扱いに気を付けてください」

「わ、分かりました」

「どら焼きとあんこ二種、カステラのレシピをうちの料理人に用意させるので、作り方はそれを読んでいただく形でいいですか? 勿論、分からないところがあれば私が来ます。あ、お餅に関してはもち米入手の目処が立ったら教えますのでご安心を。こんなところで確認は大丈夫でしょうか?」

「はい、承知しました。どら焼きに関しては、歩合が二割であれば何も問題ありません」


 むぅ、誤魔化せなかったか。


「そんなに雫たちが貰って、ウォーカー商会に利益は出るのかしら?」

「シズク様、利益は出すものですよ」


 さすが商人だった。


「蒼ちゃん、雫たちの負けよぅ」

「そうだね……」


 でもこれで、お菓子の製造準備も整った。

 残りのどら焼きは、生ものなので一旦私が預かる事にした。販売日を決めたら輸送するよ!

 コリーナ様と違って今回は契約書は交わさないので、私たちはそのまま商会を辞する。

 家までの道すがら、お姉ちゃんと雑談をする。


「これで概ね準備は整ったかしら?」

「後はウォーカー商会がどれだけ早く取り掛かれるか、かな。でもまぁ販売品に関しては私たちも作れるし、しばらくは製作が忙しいのも覚悟しないとね」

「そうねぇ」

「後は明日のお茶会だよ……。なんか胃が痛くなってきた気がする」

「気のせいよ」

「バッサリだなぁ……」

「雫は、蒼ちゃんが強い子だって知っているわ」

「嬉しくないけどお礼は言っておくね。ありがと……」

「アオイ様は勇敢な方です!」

「あ、ありがと、リリムちゃん」

「アオイ様は慈悲深いお方ですので、きっと心配が出てしまったのでしょう。本日は早めにお休みになられては?」

「そうだね、ありがと、マリーさん」


 雑談が私の慰め会みたいになっているけど、あれ?

 私は疑問に思いながら、家への道を歩くのだった。



評価、ブクマ、いいね、誤字報告いつもありがとうございます。

今回も楽しんでいただけたら幸いです。

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