54. 素材を集めよう3
今回ちょっと長いです(いつもの二話分くらいです)
「それじゃ蒼ちゃん、行ってくるわねぇ」
「行ってくる」
「気を付けてね」
雫は、蒼ちゃんに行ってきますを言って、人型になったドラゴンのタルトちゃん、侍女のマリーちゃんと一緒に冒険者ギルドへ向かう。
今日は闇の日。明後日の精霊の日に、メアリーちゃんにお茶会に誘われているんだけど、そこに美容品とお菓子を持っていかないといけないの。ちなみに雫は美容品担当。
その美容品を作る為の材料を探しに、今日はタルトちゃんとマリーちゃんと三人で、王都の北の森に向かうわ。
まず雫たちは、北の森に採集依頼が無いかを確認しに冒険者ギルドへ行く。
「雫、依頼を受けなくても採集していいんだろう? どうして冒険者ギルドに行くの?」
「依頼があったらついでにこなせばお金になるし、タルトちゃんの顔を売る為というのもあるわね」
「なるほど」
三人でギルドまでの道を歩く。
ギルドの扉が見えたところで、雫は急足で大きく息を吸ってその扉へ近付く。
「シズクお嬢様?」
「雫、急に早くなってどうしたんだい?」
なんて声が後方から聞こえたけど、雫には大事な役目があるわ。
冒険者って粗野な人もいるでしょう? 雫が注目を浴びれば、蒼ちゃんを好奇の目に晒さずに済むわ。
だから、ここの扉は雫が必ず開けるの。
今日は蒼ちゃんはいないけど、タルトちゃんもマリーちゃんも、私の大事な人だから同じよ。
雫は扉に手をかけて、バーンと勢いよく押し開く。
「たのもー!」
王都って冒険者が少ないのかしら? ちらほらと椅子に座っていたり、クエストボードにいたりするけど、マイヤやディオンと比べても、少ない気がするわ。
タルトちゃんとマリーちゃんが後ろからついてくるのを確認しつつ、雫はカウンターへと向かう。
カウンターではシルキーちゃんが、雫たちの来訪に気付いて頭を下げてくれる。
雫はそれに応えて手を振りながら、カウンターの椅子に座る。
「おはよう、シルキーちゃん」
「シズクさん、おはようございます。今日はアオイさんはいないんですね」
「えぇ、蒼ちゃんとリリムちゃんは家でやる事があってね。今日は雫たち三人で北の森へ採集に行こうと思うの。何か丁度いい依頼はあるかしら?」
「北の森で採集……ありますよ。お待ちください」
シルキーちゃんがカウンターから出て、右手のクエストボードに向かう。そして一枚の紙を持って戻ってきた。雫に向けてカウンターに置いてくれる。
「こちらです。ご覧の通り、アロエの採集依頼です。欲しい素材じゃなければついでに採ってくるのはどうでしょうか?」
そこへ追いついてきたタルトちゃんとマリーちゃんが話に参加する。
「アロエ、被ってしまってますね。シズクお嬢様」
「あら、逆に丁度いいわよ」
雫は、依頼の詳細情報を読む。依頼人は調薬ギルド所属のアミアって錬金術師ね。量は……そんなに多く無いから、一緒に採ってきて、分けてあげようかしら。
「これ、受けるわ。三人パーティでお願いね。はい、ギルドカード」
「かしこまりました」
シルキーちゃんにギルドカードを渡す。
魔術具にギルドカードをタッチして、受注情報をギルドカードに登録する。便利よねえ、これ。
「受注処理が完了しました。ギルドカードをお返しします」
シルキーちゃんがギルドカードを雫に返す。雫はそれをかばんにしまって準備完了ね。
「それじゃ二人共、行きましょうか」
「かしこ……はい」
「分かった」
シルキーちゃんにお礼を言って、ギルドを出る。雫たちは東の門へ向かうのだった。
三人が去ったギルドにて。
「なぁ、シルキーちゃん。今の三人組なんだけどよ、一体何者なんだ?」
「Bランクのシズク・リインフォース様のパーティですよ。今日は妹のアオイ・リインフォース様とお連れのリリムさんはいませんでしたけどね」
「貴族なのか?」
「養女のようですよ」
「しかも、もしかして双子の魔術師か?」
「そうですよ」
「ディオンで話題になってたドラゴンスレイヤーか! 昨日も来てたよな、五人パーティなのか?」
「いえ、元々双子二人でやっていたはずですよ、お連れの三人は昨日冒険者登録をしましたので」
「まてまてまてまて、って事は二人でドラゴン討伐? 意味が分からん。それに後の三人だって、あの雰囲気はこのギルド内でも有数の強さだろう?」
「そうですねぇ……」
トップクラスどころか、あの一番小さい可愛らしい子は、この国で抑えられるか分からないんですよねぇ。なんて事は絶対に、口が裂けても言えないと思いながら、雑談に興じるシルキーであった。
雫たちは、ギルドを出て東の門へ向かう。町の北側は貴族街と王宮だから、突っ切れないのよねぇ。だから、東門から出て北方面へ伸びている道を進む事にした。ちなみに西門から北に向かうと、学院があるから北の森には突っ切れないって、シルキーちゃんに教えてもらったわ。
東の門番さんに一言挨拶をしてから町を出る。マリーちゃんも冒険者の仲間っぽく見えてきたわねぇ。と言うより、今は雫とマリーちゃんがタルトちゃんのお供みたい。実際門番さんもタルトちゃんの事をすごく心配していたわ。
ギルドカードを見せて、大丈夫だからとなんとか説得して、門を出る。
門からは、大きく左に曲がっている道と、まっすぐに進む道、それから南の方へ進む曲がりくねっている道があったわ。
雫たちは当然、大きく左に曲がっている道ね。
タルトちゃんが飛んでいいか聞いてきたけど、当然却下よ。まだ色んな人に見られちゃう位置だわ。
なので、雫たちは三人でてくてくと北の森へ歩いて進むのよ。
歩いて二時間くらい。やっと北の森についたわ。
「ちょっと探索してからお昼にしましょう。まずマリーちゃん、魔力感知してくれるかしら?」
「分かりました」
マリーちゃんが魔力を広げて魔力感知を始める。一生懸命にやっているのはとてもよく分かるわ。でも、まだ厚みがあるわねぇ。こればっかりはゆっくり練習するしかないのだけれど。
「どうかしら?」
「……このまままっすぐ進んだところに魔力の塊があるのを感じます」
「タルトちゃん、答え合わせは?」
「もしかして、雫は楽をしたいだけなんじゃないかい?」
「そんな事ないわよ!」
「まぁいいけど……」
ぼそっと呟きながら、タルトちゃんが魔力を広げる。広げる速度も質も、雫や蒼ちゃん以上ね……。本当に、タルトちゃんはすごいわぁ。
「マリー正解。ただし量は無いね。それから、そのポイントから更に奥に行くと、群生している所が点在しているよ」
「ありがとうございます。タルトさん」
「気にしないで、今日の僕はアロエ採集手伝いだからね」
「じゃあ向かいましょう」
雫は一応後衛なので、先に進むのはマリーちゃんに任せて魔力感知だけ行っておく。とても薄く、感じにくいレベルで魔力を広げているけど、タルトちゃんは特に何も言わない。
三十分くらい歩いて、マリーちゃんが感知したポイントに到着。魔力感知を並行させながら辺りを見回してみるわ。
すると魔力のある方へ、マリーちゃんが歩いて行く。
「ありました、シズクお……シズクさ、ん」
「お手柄よ! マリーちゃんさすがねぇ」
「いえ、お二人の協力があってです……」
「謙遜しないでいいのよ、じゃあ早速」
雫はアロエの葉を切って『ストレージ』にしまっていく。
「一人分ならこれでも十分だけれど、数が多いからもっと探しましょう」
「了解しました」
「分かった。採り方を真似すれば一人でやっていい?」
「いいわよ、葉が広がっているものを葉の根元から切ってね」
「分かった」
タルトちゃんが一人で奥に行ってしまったので、雫はマリーちゃんと二人で採集を続ける。
「タルトちゃんがあっちに行ったから、雫たちは被らないようにこっちに進みましょうか」
「分かりました」
こうして三人でそれぞれ少しの時間、採集を始めたわ。
「タルトちゃーん、どう?」
そろそろお腹が空いてきたので、お昼にしようとタルトちゃんと合流して、タルトちゃんの進捗を確認する。
「さっきマリーが見つけたのと同じくらいの大きさのを六株。後それより大きいのと小さいのがたくさん」
「こっちも最初と同じくらいのを十株見つけたわ。とりあえず、これだけあれば十分そうねぇ」
「今渡す?」
「座ったらね。とりあえずお昼にしましょう」
「あ……」
「どうしたの、マリーちゃん」
「申し訳ございません。食事を用意するのを失念しておりました」
「最近蒼ちゃんが用意してたからねぇ。大丈夫よ、ビルさんに頼んでサンドイッチを貰ってきたわ」
雫は『ストレージ』から丸テーブルと椅子を三脚出して、その上にランチボックスを置く。ティーポットも、紅茶が入ったポットごと入れてきたわ。
「さ、座って、食べましょう」
「うん」
「侍女なのに、何も、出来ませんでした……」
「いいじゃない、今は、私たちは冒険者よ。気付いた人、出来る人がやればいいの。マリーちゃん、座って」
「ですが……」
「マリー、僕は早くサンドイッチが食べたい」
「も、申し訳ありません……!」
俯いて申し訳なさそうにしながら、マリーちゃんも席に着く。そんなに気にしなくていいのにねぇ。
雫は取り出したカップに紅茶を注いでそれぞれの前に置く。それから、タルトちゃんお待ちかねのランチボックスの蓋を開ける。
「「「いただきます」」」
食事をしながら、話を続ける。
「タルトちゃん、採ったアロエを頂戴」
「ん」
タルトちゃんが手の平を下に向けて雫に差し出してきた。雫は手の平を上にしてタルトちゃんの手の平と合わせる。
雫たちの手の平が空色に光って、空間属性の魔力がタルトちゃんから雫に向かって流れ出す。
最近編み出した、物の受け渡し方法。こうすれば物を取り出して渡したりせずに、直接移動させる事が出来るわ。手の平を合わせる必要があるのと、多分蒼ちゃんと、契約しているタルトちゃんとしか出来ないと思うけど、十分すぎる程便利だわ。
「結構多く取れたのね」
「うん、これで全部。僕は使わないからあげる」
「ありがとう」
頭の中でストレージ内を見て、アロエを整理していく。
「依頼の分は一株量だったから、最初に採った分を渡せば十分でしょう。これだけあれば大丈夫ね。食べたら戻りましょうか。調合もしないといけないから」
「僕は狩りをするよ」
「マリーちゃんはどうする?」
「私は雫さんについて行きます」
「分かったわ」
それからは雑談をしながら食事を続けたわ。このサンドイッチ、おいしいわねぇ。王都の露店より遥かにうちの魔物肉の方が味がいいわ。それも売りになるかしら。後でパパに相談しましょう。
「「「ごちそうさまでした」」」
「気を付けてね」
お姉ちゃんとタルト、マリーさんを送り出して、私はリリムちゃんと厨房へ向かう。
厨房に入ると、ビルさんが迎えてくれた。
「アオイお嬢様、ようこそ」
「うん、早速だけど、どんどんあんこ作っちゃおうか」
「はい、豆は用意してあります」
「ありがとう、大変だったよね。この量……」
「いえ、洗って水に漬けるだけですから」
ビルさんが用意してくれた白インゲンと青エンドウを使ってあんこを作る。
「マークと協力して、ウォーカー商会に大鍋を仕入れてもらいました。今日はそれを借りてきたので、使いたいと思います」
ビルさんが大鍋を見せてくれる。その数四つ。コンロも四つあるから、効率よく出来そうだね。
私は早速、水に浸して用意してくれた白インゲンを鍋にたっぷりと入れる。豆がしっかりと浸かるように、『ウォーター』で水を入れて、蓋をして火に掛ける。もう一つの鍋も同じようにやる。こっちは青エンドウにした。
沸騰したので差し水をして再沸騰まで更に茹でる。
もう一度沸騰したら、『フロート』と『ウォーター』、『ウォーターフロウ』を使って空中で豆を流水で洗う。
洗い終わったら鍋に豆を戻して、先ほどと同じように水を入れて茹でる。
今度は沸騰したら弱火で一時間茹でる。
茹で終わったら、『フロート』と『ウォーターフロウ』を駆使して豆の水を切る。そして大きなボウルに移した豆を軽く攪拌していく。ビルさんが白インゲン、私とリリムちゃんが青インゲンを担当した。
大ボウルに移した豆を、ヘラを使って軽く撹拌したら、もう一度鍋に戻して砂糖を加えて中火に掛けてヘラで練っていき、トロッとしてきたら火を弱めて、十分くらい更に練り続ける。
あんこが立つ位の硬さになったら火を止めて、バットに広げて移して、冷ましていく。
バットに広げる間に使った鍋を軽く洗っておく。
「流れも思い出したし、魔術使えばかなり手間を短縮出来るから、鍋三つ同時にやっちゃおうか」
「「はい!」」
コンロと鍋がいくつあっても私たちは三人。これが最大効率かな。
最初の茹でてる工程では、たまに様子を見るだけで十分なのでやる事が少ない。なので自然とお茶をしながら雑談になる。
「アオイお嬢様、先日教えていただいた魔力制御、どうしても並列詠唱を覚えたくて頑張っているのですが、ちょっと見ていただけませんか?」
「いいよ。はい」
私は『ストレージ』から魔石を取り出してビルさんに渡す。
魔石を両手に持ったビルさんは、私とリリムちゃんに見守られながら、その石に魔力を込める。
右手の魔石が風属性の黄緑、左手の魔石が水属性の青に明滅する。それも交互に。
「ビルの魔石が交互に光ってます!」
「お、すごい、出来るようになってるね」
「ここまでは出来るようになったのですが、並列詠唱を覚えられないのです」
「それ、まだ第一ステップだからね……。とりあえず、空いてる小鍋二つにそれぞれ、別の魔術陣で水を入れてみようか」
「はい」
立ち上がったビルさんが、リリムちゃんが近くに持ってきた小鍋二つと対峙する。
ビルさんの足元に淡い光の魔術陣が現れる。
それをもう一つ作る事が出来れば、並列詠唱を覚えたのと同義だね。ビルさんはどうかな。
ビルさんの右隣に、もう一つ淡く光る魔術陣が出て……一瞬で足元の魔術陣もろとも消え去る。
「一瞬だけ出ましたよ!」
「そうだね」
「ですが、全て消えてしまいました」
ビルさんが肩を落として言う。
「ビルさん、さっきの魔石、両方同時に違う属性で光らせられる?」
「出来ますよ」
ビルさんが魔石を再び持って魔力を込める。左右の魔石が光り出す。
「魔力を均等に」
「はい」
左が明るいんだよね。なので注意してみた。すると左が暗くなるのと同時に、右がやや明るくなる。
「どうして右を明るくしたの?」
「え? 変わってましたか?」
「うん。それが原因だね」
「……説明をいただけますか?」
「勿論、と言ってもリエラの受け売りだけどね。えっと、魔術陣を魔術の発動まで一定時間保持する時、意識しない魔力変化にとても弱いんだ。さっき魔術陣が消えたのも、新しい魔術陣を出した時に、元々出してた魔術陣への魔力が揺らいだからだね。それに応じて意識を元々出してた方に取られたでしょう? その瞬間、今度は新しく出した魔術陣への魔力供給に揺らぎが出た。だから両方消えたって所かな」
「なるほど……」
「というわけで第二ステップ。魔力制御を鍛えよう。はい、違う魔石」
私は『ストレージ』から小さい魔石が入った小袋を取り出して、ビルさんに渡す。
袋から魔石を一つ取り出してまじまじと眺めるビルさん。
「これは、何か違うんですか?」
「脆いんだ。魔力込めてみて」
「はい」
ビルさんが右手に持った魔石に魔力を込めた瞬間、その魔石が砕け散った。
「あ! ……申し訳ありません」
「クズ魔石だから気にしないで。脆すぎて魔術具にも使えない位のものだから。その魔石で第一ステップと同じ事と、もう一つやってもらうね」
私はビルさんに渡した小袋から魔石を取り出して、両手の人差し指と中指の間で挟んで魔力を込める。
「やってほしいのは、右手でも左手でもいいから、片方は光らせてキープ、もう片方は明滅させる事だね。出来るようになったら反対のパターンもだよ」
「はい」
早速取り掛かるビルさん。そして案の定パリンと魔石が割れる。
「これで気付いたと思うけど、魔力に対して滅茶苦茶脆いから、魔力をかなり絞らないとダメだよ」
「どうやって絞ったらいいですか?」
「魔力制御を頑張るしかないね。例えるならとろ火から火がついてない状態までの魔力を十段階くらいで制御する感じかな。細かい方がいいけどね」
「頑張ります……」
「先は長そうです……」
「私とお姉ちゃんは、第二ステップと応用の第三ステップで一年位掛かったからね、気長にやった方がいいよ」
「「はい……」」
そんなこんなで、そろそろ豆も茹で上がりそう。私たちは、次のあんこに向かうのでした。
ここまでの作業で、あんこをかなり作ったよ。豆の在庫を七割消費するくらいまで。ウォーカー商会で製造出来るようにするまでの分は足りるでしょう……。
今はどら焼きを十個作って、リリムちゃんとビルさんと食べながらパーラーで休憩している所。
そのタイミングでお姉ちゃんたちが帰ってきた。
「あ、お姉ちゃん、おかえり」
「ただいま! 蒼ちゃん」
「あれ? タルトは?」
「狩りしてから帰るって」
「え……、大丈夫? それ」
「大丈夫よぅ」
「まぁいいけど。どら焼き食べる?」
「食べる!!」
私の隣に座ったお姉ちゃんに、どら焼きを渡す。鶯あんね。それから、リリムちゃんがマリーさんに渡す。こっちは白あん。
タルトの分は、一個ずつ取っておこう。じゃないと後で何を言われるか分かったものじゃない……。
リリムちゃんが、紅茶の入ったカップをお姉ちゃんとマリーさんの前に置く。
二人が同時に一口飲んで、どら焼きを食べる。顔が綻ぶ。口に合ったようで何より。
「材料見つかった?」
「見つかったわよぅ。マリーちゃんとタルトちゃんが見つけてくれたわ」
「そっか」
「シズクお嬢様、私は何も……」
「あら、魔力感知で最初にアロエの群生地を見つけたのは誰だったかしら?」
「それはタルト様が……」
「違うわよ。マリーちゃんが最初の一株を見つけたから、タルトちゃんも当たりをつけて効率よく感知出来たの。自分は何も出来なかったなんて、勘違いしないでね」
「はい……」
マリーさん、すごく仕事が出来て実力があるのに、たまに謙遜と卑下が過ぎる事があるよね。もうちょっと自信を持ってもらいたいけど、明確に上下関係がある以上、萎縮しちゃうのかな。なんてマリーさんを見ながら考えていたら、お姉ちゃんが話し掛けて来た。
「蒼ちゃんの方はどう?」
「あんこは出来たよ。ウォーカー商会が作り始めるまでは持つと思う。後は生地を焼いてどら焼きにするだけ」
「調合の手伝いは難しそう?」
「どうだろう……」
ビルさんが会話になってくる。
「僭越ながら、アオイお嬢様、後は焼いて包んでいくだけですので、私一人で大丈夫です」
「そう? ならお願いしちゃおうかな」
「かしこまりました」
「じゃ、蒼ちゃんは調合の手伝いをお願いね」
「分かった」
ビルさんが続きをやります、と厨房へ戻って行ったのを見て、どら焼き食べるのに戻るお姉ちゃん。だけど、一口食べたら、そうそう、と、何かを思い出したみたいで再び話し出す。
「アロエ、冒険者ギルドに採集依頼が出ていたわ」
「え……。どこかの商会や貴族?」
「いいえ。アミアっていう、調薬ギルド所属の錬金術師だったわ。一株くらいだったし、とりあえず納品して来たけど、報酬どうする?」
「分かってて言ってるでしょ。それはマリーさんにあげて」
「お嬢様……! それはいけません!」
マリーさんが慌てて、小袋を『ストレージ』から取り出したお姉ちゃんを止める。
「マリーちゃん、どうして? これはあなたの働きに応じた正当な報酬よ」
「私は侍女です。冒険者として稼ぐつもりはありません」
「マリーちゃん、リリムちゃんにも聞いてもらいましょう。あなたたち、仕事中に使うものや身に付けるものをたまに自分で買っているでしょう?」
「「それは……」」
「いけないわけじゃないわ。でも、雫たちには本来、それを与える義務がある。だから、雫も蒼ちゃんも心苦しく思っていたの。どうにか出来ないかってね。それで決めたのよ。あなたたちどっちかが、私たちの侍女として冒険者稼業に関わった場合、報酬をきちんと渡すってね、私たちにも買いたいものや買わなきゃいけないものもあるから、毎回全部は渡せないし、お家のお金を雫たちの一存で動かせない以上、こうするしかなくてごめんなさい」
お姉ちゃんと前々から相談していた事だ。私たちの行動に付き合わせる以上、侍女の仕事の範囲を超えてしまう。報酬を上乗せすればいいんだけど、家を巻き込むと他の使用人と不公平が出たり、そもそも家のお金は私たちのものじゃない。だから冒険者ギルドで稼いで二人に渡せばいいんじゃないか、と。
実際に働くのは二人だしね。今回はリリムちゃんが稼げないけど、後日狩りにでも行こうかなぁ。
「出過ぎた事を申しますが、条件があります」
「いいわよぅ、なぁに?」
「リリムが許可すればですが、侍女として、お嬢様方の命令で依頼をこなした場合の報酬は、常に五等分にさせてください」
「五等分……。雫と蒼ちゃん、タルトちゃんも含めるのね? リリムちゃんはどう?」
「わ、私ですか?! それは……私は今回働いていませんので……」
「リリムちゃん、それは違うよ。今回は私とお姉ちゃんのやる事が違ったから、それぞれについて行っただけだよね。逆もあるって事だよ」
「私だけが冒険者依頼をこなす事がある……?」
「その通りよ。その場合は、リリムちゃんが稼いだ報酬を五等分する事になるわね。雫は、二人の間の不公平がなくなるからいいと思うけど、雫たちが貰いすぎじゃないかしら?」
「私たちは冒険者パーティですよ。シズク『さん』」
「それを言われると辛いわねぇ。いいかしら? 蒼ちゃん」
「そうだね。私たちにメリットしかないけど、いいのかな」
「いいです! 私は五等分に賛成します!」
「じゃあ、決まりね」
私は、お姉ちゃんから五等分した報酬布を二人分受け取る。タルトが帰ってきたら渡そう。
そしてマリーさん、リリムちゃんにも、分けた報酬が渡された。
さて、大事な話も終わったし、どら焼きも食べたし、調合をしよう。
私たちはテーブルが一番大きい食堂へと向かう。
お姉ちゃんと私は調合。マリーさんとリリムちゃんには材料を刻むなどの下準備をしてもらう。
私はまず化粧水を作る。精製水と、リリムちゃんが切ってくれた材料を鍋に入れて、魔力と共に煮出す。
その間の時間で、獣脂を濾して純度を上げていく。どっちの作業も時間は掛からないんだけど、鍋のサイズがそこまで大きくないから、何度もやらないといけない。出来たら両方を更に混ぜ合わせて完成。
出来た化粧水は、リリムちゃんに瓶詰めして貰う。
最初からもう一度、同じ事をやる。の繰り返し。どれだけ量が作れるか分からないけど、頑張る。
一方、お姉ちゃんは乳液と美容オイルを作っている。
「次、これ切ってくれる? マリーちゃん」
「はい」
マリーさんに指示を出しながら、お姉ちゃんが鍋やビーカーを駆使して調合している。私には出来ない、上級調合だ。お姉ちゃん、地球でもアロマオイルとか作ってたなぁ。スキルの成長はそれも影響しているのかな?
おっと、見惚れてないで手を動かさないとね。
「つ、疲れたぁ……」
「疲れたわねぇ……」
「お疲れ様です!」
「お嬢様方、お疲れ様です」
作った作った……。一本二週間分で三種類、それを二百人分。つまり合計六百本。瓶を買っておいてよかった……。
とりあえず半分ずつ私とお姉ちゃんの『ストレージ』に入れておく。
パーラーに戻って晩ご飯までのんびりお茶でも、と思ったらタルトが食堂に入ってきた。
「タルト、おかえり」
「タルトちゃん、おかえり」
「「おかえりなさいませ」」
「ただいま」
タルトが私の斜め向かい、お姉ちゃんの隣に座る。
「タルトちゃん、どうだったの? 狩りは」
「大した事ないね。一回りして来たけど、小粒揃いだったよ。ただ何頭かおいしそうなのがいたかな」
「それは強さ的に?」
「蒼、何言ってるのさ。食事に決まってるじゃないか」
「あ、うん……」
「それから、僕の姿だけ見て襲ってきた低脳な魔物は狩って冒険者ギルドに納品しておいた。シルキーは驚いていたけど、最後に褒めてもらったよ」
「よかったじゃん。何て褒められたの?」
「んとね、『こ、これで森は平和になりますぅ……』って」
タルトがシルキーさんの声を真似て喋る。微妙にうまいのがなんだか面白い。
でも、森は、って……。
「タルトちゃんそれ……」
「うん、褒められてないね……」
「なんだって?! 冒険者ギルドは魔物を狩った冒険者を褒める所じゃないの?」
「狩り過ぎたんじゃない?」
「襲って来たのだけだよ。あ、はい報酬」
タルトがテーブルに小袋を置く。
「タルトちゃん、こないだ話した通り、報酬は……」
「分かってる。マリーとリリムに渡す」
「あ、違うのよ。五等分する事にしたの」
「えぇ……めんどくさい。蒼、僕の分持っておいて」
タルトはその小袋を中身を確認もせずに、分けといて、とマリーさんに渡す。
「かしこまりました」
「僕の分は蒼にね」
「ありあがとうござ……」
「ぴゃっ」
リリムちゃんがお礼を言い切る前に、マリーさんがなんだか可愛い悲鳴をあげる。
「タルト様、これは多すぎませんか?」
「マリー、中身は一体……」
マリーさんが無言でリリムちゃんに袋を渡し、恐る恐る中を見るリリムちゃん。
「ぴゃっ」
同じ悲鳴が再び聞こえた。
「タルト様! これは多すぎです!」
「雫と蒼とした約束に、量の制限は含まれないはずだよ。それを五等分だっけ? 何も問題ないじゃないか。それより僕は、どら焼き食べたい。蒼、作ったんでしょ?」
もうどうでもいいと言う風に話を打ち切って、私にどら焼きを求めてくる。
私は『ストレージ』から白あんのどら焼きを取り出して、お皿に乗せてタルトに渡す。晩ご飯前だし、鶯あんのどら焼きはストレージに入れたままだ。
早速、両手でどら焼きを持って小さな口ではむはむと食べ始めるタルトを見ながら、マリーさんに聞いてみる。
「どれくらい入ってたの?」
「……小金貨が二十枚程です」
全然、ちょっとでも、小粒でもないじゃない……。
しかももうどら焼きにしか目がいってないし……。
「シズクお嬢様……」
「アオイお嬢様……」
二人が半泣きで私たちを見てくる……どうしたものかなぁ。
「マリーちゃん、リリムちゃん、約束通りそれを五等分よぅ」
「ですがシズクお嬢様……この金額は」
「ダメよ。さっき私たちとした約束はどうだったかしら? 今回の依頼にはタルトちゃんも関わったわ」
「どうせ僕たちのストレージの中身を売れば、すぐにその端金の百倍は稼げる」
小金貨を端金と言い切るうちの子。世の冒険者が聞いたら卒倒するだろうなぁ。
頷きかけるマリーさんに変わり、何やらリリムちゃんが意気揚々と話し出す。
「ダメです! シズクお嬢様、私は騙されません! 今回のタルト様の狩りは別行動でした!!」
「! そうです。タルト様は別行動でした!」
「お姉ちゃん、ルールを厳密に精査するなら、タルトの狩りに二人は関わってないよ」
「蒼ちゃんまで……雫の味方だと思ったのに!!」
喚き出したお姉ちゃんに近付いて、私は耳打ちする。
「……今日で終わりじゃないんだよ。ルールは、私たちの侍女でいる限り永続だよ」
「……分かったわ」
耳打ちを終えて、お姉ちゃんがため息を吐いて二人に向かって話し出す。二人はお姉ちゃんのため息を見て緊張しているけど、ただの演技だからね、これ。
「タルトちゃんの報酬の分配は無しね」
「はい!」
「ありがとうございます!」
「貰えなかった方がお礼を言うのも変だよ」
二人の反応に思わず、笑ってしまう。
でもいい雰囲気だ。命令された事をするだけじゃなくて、ちゃんと考えて意見をくれる。私もお姉ちゃんもたくさん失敗するから、こうやってそばにいる人がしっかり言ってくれるのはありがたいね。
そのまま食堂で雑談していたら。ビルさんがやってきた。
「シズクお嬢様、アオイお嬢様。どら焼き完成しました」
「お疲れ様。いくつ出来た?」
「四百個です。少なくて申し訳ありません」
「いや、十分多いよ」
「夕食の準備をしなくてはいけないので、お手数ですが厨房へ来ていただけますか?」
「あ、行くよ」
私はビルさんに付いて厨房へ向かう。
厨房へ入ると、空いた調理スペースなど見当たらないくらい、ぎっしりとどら焼きが置かれていた。
「リインフォース領でしたらもう少し焼けるのですが……」
「すごいよ! 大変な作業をありがとう」
「恐縮です」
「ビルさんにも何かお礼を渡さないとね」
「は?」
私は疑問符を浮かべるビルさんに、マリーさんとリリムちゃんの冒険者依頼の報酬についての話を簡単にする。
「分かりました。私まで気遣ってくださり、ありがとうございます」
「じゃ、何か欲しいものある?」
「新しい料理を知りたいです」
「なるほどね。ビルさんがいないと、新しいお菓子も料理も出来ないんだ。だから、期待しているね」
「ありがとうございます」
どら焼きを全部『ストレージ』にしまって、私は厨房を後にする。
食堂に戻ると、さっきのメンバに加えてお義父様、お義母様、マークさんがいた。
「おぉ、アオイ。どら焼きがあるんだって?」
「ありますけど、ウォーカー商会の生産が軌道に乗るまでの保険ですよ、これ」
「む……」
「旦那様。まだ諦めていなかったんですか?」
「クラウディア、私は領主として……」
「領主としての味見はすでに済んでいるじゃないですか」
「しかしだな……」
「可愛い義娘の邪魔をしたいのですか?」
「滅相も、ありません……」
お義父様が完全敗北を喫してすぐ、ビルさんとジョセフさんが晩ご飯を配膳してくれる。ビルさん、本当にいつ仕込んでるんだろうね。
今日のメニューはトマトポタージュ、サラダにパン、メインディッシュが白身魚のムニエルだ。王都に来てから、お魚が出る事が増えて嬉しい。いただきます。
トマトポタージュは、じゃがいものポタージュをベースにとろっとした食感とクリーミーな味わいを出しつつ、トマトの酸味を合わせて調和させていておいしい。
今日のサラダはレタスやルッコラなどの野菜だけじゃない。なんと細く刻んで炒めたベーコンが乗っている!
ドレッシングはバルサミコ酢をベースに作ってあって、ベーコンの脂のくどさを消してさっぱりとさせてくれる。でもこれ、ブラウンタイラントバッファローだ。普通のベーコンより遥かに脂が少ないはずだけど、コクが出ていてとてもおいしい。
そしてメインディッシュ。白身魚は何かな……、鯛かな……。小麦粉が香りを閉じ込めて、バターと混ざってとてもいい。ごちそうさまでした。
「アオイ、シズク、今日の進捗を教えてくれ」
私はマリーさんが淹れてくれる紅茶のポットからカップへの流動を見ながら、答える。
「どら焼きですが、四百個出来ました。白あんと鶯あんが二百個ずつです。一個ずつ二個を一セットにしたいと思います」
「次は美容品ねぇ。化粧水、乳液、美容オイルを二週間分で一セット。これが二百人分よぅ」
「よく作ったな……」
「ビルさんが頑張りました」
「みんなが手伝ってくれたのよぅ」
「ありがとう。お茶会にはこの量はいらないだろう。残りはどうするつもりだ?」
「明日、魔術具師のキミアさんと会う時にフランツさんと作ったものの取り扱いをどうするか確認してきます」
「よろしく頼むぞ」
「はい」
「はぁい」
お姉ちゃんが、『ストレージ』から小瓶を取り出して、『フロート』を使って私の隣に座っているお義母様の前に置く。お義母様がそれを見ながら、お姉ちゃんに尋ねる。
「シズクちゃん。これは?」
「この家の人間が、売り物と同じ美容品を使うのもどうかと思って、ちょっと調合を変えたものを作ったわ」
「まぁ、使っていいの?」
「勿論よ、ママ。侍女三人の分もあるわ」
「いつの間に……」
と驚く私と、喜ぶ他の人。しかもお姉ちゃんは、更に小瓶を出して、お姉ちゃんの隣に座っているお義父様の前に置く。
「シズク、私は美容品は使わないぞ?」
「髭を剃った後に使ってみて、男性使用人の分もあるわ」
「ふむ……」
ジョセフさんとマークさんが頭を下げる。ビルさんにも渡してくれるみたい。
とりあえず、確認事項は終了かな。お義父様にも確認してから、私とお姉ちゃんは食堂を辞してお風呂へ行く。
湯船に浸かって、リリムちゃんから気持ちのいいマッサージを受けながら、お姉ちゃんと今日の感想を言う。
「今日なんか、疲れたね?」
「朝から動いていたし、調合で量をこなしたからでしょう」
『魔力もだいぶ減ってるね』
「あ、そうか……。タルトの言う通りだいぶ使ったかも。魔力量も増やしたいなぁ」
「そんな簡単に増やせるものなんですか?」
「リリムちゃんとマリーちゃんもやってみる?」
「簡単じゃないけどね……」
二人からごくりと唾を飲む音が聞こえて、意を決したリリムちゃんが手をあげる。
「知りたいです! 少しでもお二人のお役に立てるなら!」
「お嬢様、私にも教えてください。リリムに置いていかれるわけには行きません」
「いいわよぅ」
「じゃ、お風呂出たらやろうか」
善は急げと、私たちは早速お風呂を出て部屋に行く。
タルトは定位置で見学モード、私とお姉ちゃんが部屋に入って立っている二人に教える。
「ここに、魔力を生成する器官があるでしょう?」
お姉ちゃんが、なぜか私の下腹部の魔力生成器官を手の平で撫でながら説明する。
「お姉ちゃん、自分の触ってよ。……ちょ、くすぐったい!」
「嫌よ、触るなら蒼ちゃんの方が気持ちいいもの」
「それは何! ぷよぷよとか言いたいの?!」
「僻みすぎよぅ。もちもちすべすべして気持ちいいのに」
「服の上から分かる訳ないでしょ!」
「直接でもいいのよ?」
「だから、自分のにして!」
「あの……、続きをお願いします……お嬢様」
私たちがきゃぁきゃぁしていると、マリーさんからツッコミが入った。
お姉ちゃんが私のお腹を触るのをやめて、咳払いして話を続ける。
「そうねぇ。この器官、使えば使う程強くなるのよ」
「はい」
「つまり、使う程生成量が増えるという事ですか?」
「マリーちゃん、その通りよ」
「魔力量を増やすには大きく二つの方法があるよ。今言った、魔力生成器官を強化して、生成される魔力の量を増やす方法」
「もう一つが、体内に溜め込む魔力の量を増やす事よ。蒼ちゃん、お願い」
「うん。二人共、魔力感知しててね」
私が二人に指示を出すと、二人が私の方を向いてじっと見つめてくる。魔力感知を発動したかな。
「行くよ」
私は普段行っている事をやめて、魔力をただ、垂れ流す。
「「!!」」
二人が驚いて、一歩下がる。マリーさんが総毛立ったのか、顔をこわばらせて更に一歩下がる。リリムちゃんは、目を見開いて動けないでいる。
『蒼、うるさい』
タルトに言われて、私は魔力を再び留める。
「ごめんねタルト」
「全開にする必要はないよね?」
「その方が分かりやすいかと思って……」
「何ですか?! 今の!」
復活したリリムちゃんが、私に詰め寄ってくる。
「今のが、溜め込むのをやめて、生成される魔力を垂れ流しにしている状態ねぇ」
「アオイお嬢様の魔力が、体に薄いドレスを纏っていた状態からまるで何重にもコートを重ねたようになりました」
「普段は、全部霧散させないで圧縮してるんだ」
「どう言う事ですか?」
「んと、体から出る魔力って、放っておくと霧散しちゃうでしょう?」
「そうなんですか?」
「おっと、そこからかぁ」
私は二人の前に手を出して、手だけさっきと同じように留めるのを止める。
「私の魔力が消えていってるのが分かる?」
「炎のようにゆらゆらしてます」
「本当ですね。外側の魔力が消えていってます」
「そう、これじゃ勿体無いから、霧散しないように留める」
私は魔力を垂れ流す状態から纏う状態に変えて、手の周りに魔力を揺蕩わせる。
「今度は手の周りをぐるぐる回ってます!」
「そうそう、まず二人にはこれが出来るようになってもらうね」
でもね、とお姉ちゃんが私の話を継ぐ。
「このままだと、生成される魔力もあるから、留めきれなくなって破裂しちゃうでしょう?」
「確かに、その通りですね」
「うん。そこでやるのが魔力圧縮」
私は手の周りをぐるぐるしている魔力を、押し込める。少しずつ、周りにある魔力の嵩が減っていく。代わりに、肌の表面に出ている魔力の密度をどんどん濃くしていく。
「魔力が集まってきています!」
「アオイお嬢様の肌の周りに力強い魔力を感じます」
「二人共、正解よぅ」
私は魔力を完全に戻して、二人に向き直る。
「というわけで、これが魔力保持と魔力圧縮ね」
「この二つを身に着けるのと、魔力を意識して使い切る事よぅ」
「使い切るですか?」
「そう。魔力生成器官は、さっきも言った通り使えば使う程強化されるから、一番手っ取り早く経験値を稼げるのが魔力を使い切る事なんだよね。空なら早く満たそうって生成器官が頑張るから」
「なるほど……」
「とは言っても、使い切るのって難しいから、魔力保持と魔力圧縮をあえて力強くやるんだ」
「そうすれば自然に魔力が消費されるし、留める事も出来るから一石二鳥よぅ」
「どうやって練習すればいいですか?」
「二人共、今すぐ裸になるのよぅ」
「「は?」」
「その方法でやるの?! 流石にそれはダメでしょ」
「じゃあ、蒼ちゃん。他にいい方法ある?」
「う……。あり、ません……」
「い、いえ、驚いただけで大丈夫です。リリム、脱ぎます!」
「かしこまりました……」
リリムちゃんが勢いよく、すっぽーんて感じでメイド服を脱ぐ。下着は勿論身に着けててよかったよ!
リインフォース領でお風呂に沈めたから何度も見ているけど、小柄で控えめながらも、均整が取れてて実に綺麗。
一方で、かなり恥ずかしがるように陰に隠れて、丁寧にメイド服を脱いでいくマリーさん。
こっちは知っての通り、細いのに出るところが出た圧倒的なプロポーション。私がこの世界で会った人の中で一番綺麗かもしれない。
お姉ちゃんが前のめりなんだけど、見たかっただけじゃないよね……。信じてるからね……。
「いいわね! 眼福よ!」
ダメだった。
私はお姉ちゃんを睨むと、それに気付いたお姉ちゃんが咳払いをして姿勢を正す。
「魔力を全身から全力で放出して、魔力の服を着るイメージでそれを纏ってちょうだい。雫は全力で二人の裸を見るわ! 放出する魔力を属性魔力にしたら、恥ずかしい今の状態を隠せるかもねぇ」
「「はい」」
二人が魔力を放出する。これは、並列詠唱の練習の時にも放出する訓練をしたから、それを全身からにするだけなので割とすんなり出来ている。問題は『魔力の服を着る』って事だ。お姉ちゃんは簡単に言ったけど、これには魔力保持と魔力圧縮が含まれている。当然の様に、なかなか思う方に保持出来ないのか、結果が芳しくない。
しかしお姉ちゃんがまるで違った視点から二人を指導する。
「恥じらいが足りないわねぇ」
「強くなるのにそんな事を言ってられません!」
「お二人とお風呂に入っていますので……恥じらい、今更でした……」
「じゃぁ、リエラちゃん方式を採用するわ。危機感が足りないもの」
「え?! お姉ちゃんダメだよ! それはセクハラだよ!」
「この世界にそんな法はないわ!!!」
結論だけ。二人は魔力保持と魔力圧縮が出来るようになった。
無事なんて遥か遠いけど。後には、眼福眼福、と大層満足したお姉ちゃんと、服だけじゃなく私とお姉ちゃんのシーツまで纏って体を隠しつつ、顔を灼熱の炎の様に真っ赤にしてほぼ泣いている顔をした二人がいるだけだった。
お姉ちゃんの名誉? もうそんなものはないけど、一つだけ。触れてはいない。
評価、ブクマ、いいね、いつもありがとうございます。
今回も楽しんでいただけたら幸いです。




