51. 王都の冒険者ギルドに行こう
おはようございます。今朝は晴天。昨日の雨なんて無かったかのように、とてもいい天気。
雨って事もあって、昨日は一日、のんびりしてたよ。久々の休日って感じでゆっくりしちゃった。
お菓子作りもしなかったので、リリムちゃんが作ってくれたクッキーと、マリーさんが淹れてくれた紅茶を飲みながら、お姉ちゃんとタルトと他愛ない話をして過ごした。
タルトも人型で行動。最近は早く外に出たいがために、人型でいる事の方が多いね。
朝起きた時の窓辺で寝ている竜姿は貴重かもね。ベッドから起き出して、私はその体を撫でに行く。
『朝かい? 雫』
「蒼だよ。間違えるのなんて珍しいね。そろそろマリーさんたちが来る時間かな」
『眠いんだ。後五分』
「それは五分で起きない決意を表す言葉なんだよ、タルト」
まぁ、いつも通り二人が来るまで寝かせておけばいいか。お姉ちゃんも相変わらず寝ているし。
するとタイミングよくノックがする。今日のノックは元気な音だ、リリムちゃんだね。
「入っていいよ」
「おはようございます! アオイお嬢様!」
「失礼します。おはようございます」
「うん、おはよう。タルトは今また寝ちゃった。お姉ちゃんは相変わらず」
「ではこのまま起こさずにおきましょう。今日はご予定もございませんし」
「あー、うん。それなんだけど、冒険者ギルドに行こうと思ってるんだよね」
「何かございましたか?」
「昨日お姉ちゃんと美容品の材料について話したじゃない? やっぱり採りに行けた方がいいと思うんだよね。この辺りの植生も気になるし」
「分かりました! じゃあ、今日はドレスはやめましょう」
「助かるよ」
ずっとドレスで窮屈だったのも、ちょっとある。
私はいつも旅や依頼の時に着ているブラウスとフレアスカートに着替えて、ベルトを締める。髪は『ブラシ』でリリムちゃんが梳いてくれた。
「お姉ちゃんもタルトも起きないし、朝ご飯に行っちゃおうか」
「「かしこまり……」」
「雫の蒼ちゃんが!」
二人が返答する途中、お姉ちゃんがよく分からない叫び声を上げて、ガバッとシーツを捲って起き出した。その声にビクッと反応して起きるタルト。可哀想に。いや、ご飯で起きれたからいいのかな?
「おはよう、お姉ちゃん」
「あれ? 蒼ちゃん?」
私を見て、寝ぼけた顔のまま疑問符を浮かべるお姉ちゃん。
「嫌な夢でも見た? お姉ちゃん」
「お姉ちゃん……。よかったぁ……蒼ちゃんがダーク蒼ちゃんになった夢を見たのよぅ」
「何……、ダーク蒼ちゃんって」
「悪者よ! 『このお菓子が食べたければ私を姉と敬いなさい! 雫!』とか言ってくる蒼ちゃんよ。雫を妹にするなんて、本当にダークよ」
「私たち双子だから、どっちが姉でも大差ないじゃない」
『時々、雫が年下の妹に見える時あるよ、僕』
「タルトちゃんまで……ダメよ! 蒼ちゃんのお姉ちゃんは雫なのよ! これは譲れないわ!」
「はいはい。分かったから、ご飯行くよ、雫」
「ああん、もう! あれ? 蒼ちゃん今日はドレスじゃないのね」
「冒険者ギルドに行こうと思って、こっちにした」
「じゃあ雫も着替えようっと」
お姉ちゃんもブラウスとプリーツスカートにしたみたい。『ブラシ』で髪を梳いてあげる。
タルトも人型になって服を着替えている。ていうか、また可愛いフリルワンピースなんだけど。って、あれ?
「タルト、その服どうしたの?」
「クラウディアがくれた。とっても似合うからって」
「可愛いわよぅ! タルトちゃん」
「タルトがいいならいいけど」
「僕としては服のデザインより、早く外に出る事の方が重要。今日は冒険者ギルドに行くんだろう? 僕も一緒に行けるように手伝ってほしいな」
「分かった」
「分かったわぁ」
五人で食堂に向かう。
食堂に入ると、まだお義父様とお義母様は来ていないみたい。先に席に着いて二人を待つ。
座ってマリーちゃんが淹れてくれた紅茶を数口飲んだ頃、二人がやって来て席に着く。なんか、二人共疲れてない?
特にお義父様はとても疲れた顔をしている。
「二人共疲れているわねぇ。ヒールしましょうか?」
「頼む……」
「お願い、シズクちゃん」
お姉ちゃんが『ストレージ』から杖を取り出して魔力を込める。
杖の先が白く光って、お姉ちゃんが『ハイヒール』を唱えると二人に魔力が飛んでいく。タルトのスパルタ教室に耐えた甲斐があって、上級までなら私たち制御出来るようになったんだよね。今も暴走しないで出来たみたい。
お義父様とお義母様からハイヒールの光が消えると、二人の顔色が明らかによくなっているのが分かった。
「どうかしら?」
「あぁ、とても楽になった。ありがとう」
「ありがとう、シズクちゃん」
「それで、一体何でそんな疲れてるんですか?」
「食事をしながら話そう……」
そう言って、お義父様が軽く手を上げると、ジェニファーさんたちが朝食を持ってやってきた。
今日の朝食は、色々なパンとベーコン、スクランブルエッグ、それに野菜スープだ。いただきます。
私は野菜スープから手を付ける。玉ねぎをコンソメでじっくり煮込んである。玉ねぎがとても甘い。そしてコンソメだけど、我が家のコンソメは今この国で一番質がいいんじゃないかな。贅沢に使われた魔物肉や新鮮な野菜の味が凝縮していて、フルコースを食べているみたい。
「それで疲れている原因だが、お前たちのせいだ」
「え……」
「雫、何もしていないわよ!」
「旦那様、言い方に語弊があります。二人共、嬉しい悲鳴ですよ」
「つまりな、美容品とオモチを求めてお茶会や融通の手紙が大量に届いた。私もクラウディアもその対応で疲れていた、と言う訳だ」
「なるほど」
「なるほどねぇ」
「とりあえず断れるものは断ったが、断れない相手もいる」
「その相手は、うちに招待してお茶会という形でオモチを振る舞い、お土産に美容品を持って帰って貰います」
「分かりました」
「分かったわぁ」
「人間は欲しいものを得るのに大変だねぇ」
そこへジョセフさんが紙の束を手に持って、お義父様の前に歩いて行く。
「旦那様、お食事中申し訳ありませんが、こちら本日の分です。早い方がよいかと思いまして」
「あぁ……ありがとうジョセフ。まだあるのか……」
それから同じように、お義母様にもお義父様と同じくらいの紙の束を渡すジョセフさん。それを手に取って、珍しくため息をつくお義母様。それでジョセフさんが下がると思ったら、今度はお姉ちゃんの前に行って一通の手紙を差し出す。
「これは?」
「こちらは、シズクお嬢様とアオイお嬢様宛に、メアリー・ノーヒハウゼン様からです」
「メアリーちゃんから? 何かしら」
一度戻して、ジョセフさんにレターオープナーで開けて貰って、中を確認するお姉ちゃん。
「蒼ちゃん、お茶会のお誘いよぅ」
言いながら私に手紙を渡してくる。何々……。
一昨日はありがとう、早速広める事にしたから、三日後の精霊の日にうちでやるお茶会に来てちょうだい。美容品とお菓子を持って来てくれると嬉しいわ。
要約すると、こんな事が書いてある。つまり、美容品とお菓子を広めるから絶対持ってこい、逃げるなよ。って事かな。
「パパ、雫たち宛の手紙なんだけど、簡単に言うと三日後の精霊の日にメアリーちゃんのお茶会に招待されたわ。お菓子と美容品は必須よ」
「何?」
「メアリー様のお茶会だと結構な人数になるわよ。材料はあるかしら?」
「お餅は、うちで振る舞う分を考えると、もち米の追加がないと無理です」
「美容品も材料を買い足さないと無いわねぇ。でもお金が掛かるでしょう?」
「流石にこれが続くと、支障が出てくるな」
「だから、雫が稼いでくるわ」
「あ、私も! 稼いで来ます!」
「僕が魔物を狩ってくれば一攫千金だよ」
「つまり、冒険者稼業がしたいと言う事か。しかしタルト、お前は……」
「クラウディアにずっとマナーを仕込んで貰ったから、もう大丈夫。今もこぼしてない」
腕を組んでちょっと考え込んだお義父様が、私たちを見て言ってくる。
「待て、一旦整理したい。ジョセフ、ウォーカー商会に依頼している材料の入手はどうなっている?」
「はい。豆は問題ございません。近日中に大量に入手出来ます。ただモチゴメは、東方頼みのため、入手の目処が立っておりません。依頼はしているそうですが……」
「なるほど。ジェニファー。美容品の作製で買い集めた材料は、市場在庫と相場はどうなっている」
「相場はほぼ変わりませんが、魔力素材や高級なハーブに一部在庫が無くなっているものがございます。それから、前回は急だったためお金に糸目は付けませんでしたが、こちらが一週間分を一とした場合の想定単価です」
うちの執事とメイド、優秀すぎない?
ジェニファーさんからメモを渡されて、びっくりした顔をするお義父様。そのメモを見せられたお義母様も、頬に手を当てて困った顔をする。
「私たちも使用を控えないといけませんね、旦那様」
「いや、それは悪手だ。シズク、アオイ。この状況でどうやって材料を入手して、どんなお菓子を作る?」
言いながら私にメモを渡してくる。美容品の単価か……えっ。
お姉ちゃんにもメモを渡して見てもらう。
「やっぱり魔力素材が高いわねぇ」
そう、魔力素材。魔力草、水のハーブ、月見草とか、魔力の含有量が多い素材。魔物が多く生息する森の奥に行かないと生えていない事が多いため、高くなっているんだと思う。
「別の薬品を作る事も考えたら、魔力素材のストックは絶対に持っておきたいわ。パパ、この高い材料を探すためにも、一度冒険者ギルドに行って森の植生情報と実地調査をしたいわ。出来れば採集も」
「仕方ないか、タルトも最低限、人間の振る舞いが出来るようになったらしいしな」
「私がきっちり仕込みましたから、食事は問題ありません。課題は言葉遣いですね」
「貴族に会う訳ではないし、それならいいだろう。社交にも出すつもりはないしな。冒険者ギルドに行く事を許可する。だがくれぐれも騒ぎになるなよ……望み薄だが」
「大丈夫。僕も人間の面倒臭い集まりに行くつもりはないよ」
最後のぼそっと言った言葉が不穏なんだよねぇ、私も望みだけは持っていたいけど。
「アオイはどうだ? 何が作れる?」
「お餅は無理です。カステラも契約上無理ですね。なのでどら焼きを作ろうと思います」
「あれもうまいな。オモチは仕方ないな。私の分が無くなるし」
「旦那様……」
「いや……どら焼きでいいと思うぞ」
「はい」
話の切りと食事の終わりが丁度いい感じで一緒になった。ごちそうさまでした。
私はビルさんに、どら焼きを中心に作る事を伝えてお姉ちゃんとタルト、マリーさんとリリムちゃんと五人で冒険者ギルドに向かう事にした。
冒険者ギルドは、平民街にあるとマークさんに教えて貰った。
西の大通りを通って、途中の道を曲がって少し進んだところ……。
この辺りはメイドを連れて歩く貴族は珍しく目立つからと、マリーさんとリリムちゃんには着替えてもらった。
リリムちゃんは手作りのフリルたっぷりのブラウスに薄いパステルピンクのストラップスカート。パステルピンク好きなのかな。そして膝丈のスカートは薄手の生地で、歩くたびに揺れたり広がったりして可愛い。
マリーさんはネイビーのシャツワンピース。スカートがたっぷりなフレアになっていて、上半身は体のシルエットに沿っていて、軽くボタンで締めてある。細くて出てて……凶器だよ……。
ただ、どこからどう見ても仲良く遊んでいる女の子五人組、には見えないんだよね……。
五人の内四人が剣帯を付けてショートソード、ショートソード、バスタードソード、二刀ダガーだし。
むしろタルトがお嬢様として見られて、注目されるかもしれない。喋らなければ、だけど。
結果、周囲からやたら注目されているのを無視して、私たちは道を歩く。
ジョセフさんに教えてもらった通りの道を進むと、ここも相変わらずな、周りと景観の合わない無骨な建物が現れた。ただ、他の領より大きい気がする。王都なだけあって、冒険者ギルドもこの国の本部なのかな。
あっ、しまった!
久々で忘れていた。気づいた時には、お姉ちゃんは遥か先頭で重そうな木製の両開きの扉に手を掛けていた。
「たーのーもーう!!!」
これ、注目を浴びるから本当にやめてほしい。
「雫のこの行動、どうやって止めるの?」
「人間に呼吸するなって言ってるのと同じかもね」
「前より動きが速くなってますっ」
「アオイお嬢様、追いかけましょう」
「あ、貴族だと知られたくないし、お嬢様扱い禁止ね」
「「気を付けます」」
私たちも、お姉ちゃんに続いて中に入ると、やっぱりお姉ちゃんは注目されていた。
「おい、後からも来たぞ」
「全員女か? 珍しいな」
「だけど強そうだぞ。特にあのバスタードソード」
「あぁ。最初に来た女もよく分かんねえし、気を付けないとな」
「女ばっかかぁ、誰か一人俺んとこ来てくれねぇかな」
「あんたああ言うのが好みなの? じゃあ私はもういらないわね。別のとこ行くわ。ばいばい」
「おい、待ってくれ!」
なんか悲痛な叫びが聞こえたけど……それよりお姉ちゃん! 目で追うと、もうカウンターの前で笑顔の女性に話しかけようとしていた。私たちは慌てて後を追う。
「あら、蒼ちゃん、遅いわよ」
「お姉ちゃん、一人で突っ込むのや! め! て!」
「という訳でこっちが妹の蒼ちゃん。後綺麗なのがマリーちゃん、可愛いのがリリムちゃん。小さいのがタルトちゃんよ。一番可愛くて綺麗なのは蒼ちゃんだけどね」
私の発言を無視してカウンターにいる女性との話を続けるお姉ちゃん。カウンターには、水色でウェーブの入ったロングヘアの細身、身長は私くらい、年齢はリリムちゃんくらいの女性がいた。
「冒険者ギルドへようこそ! 受付のシルキーです! ご依頼ですか?」
「えぇ、この辺りの植物の植生が知りたいのと、植物採りや魔物退治の依頼があったら受けるわ」
「では、登録情報を確認しますので、ギルドカードを提出してください!」
お姉ちゃんと私が、ギルドカードをかばんから取り出してシルキーさんに渡す。
「お二人はBランクなんですね! 他の方は……?」
「持っていません」
「持ってません!」
「持ってない」
「では、登録なさいますか?」
「登録しなくても、私たちと一緒なら依頼は出来る?」
「ご一緒でしたら勿論出来ます。ただ、ギルドで有事の際の保障が出来ません」
「んー、どうしよっか」
「三人の好きにすればいいと思うわぁ」
「なら、私は結構です」
「私もいいです」
「僕はする」
「タルトするの?」
「一人で狩りがしたいからね」
「かしこまりました。こちらをご記入ください」
カウンターに紙が置かれる。タルトが椅子に座って、文字を書いていく。書けるんだ……。
「書けないと思った?」
「思った」
「魔術語しか出来ないと思ってたわぁ」
なんて話ながら、スラスラと記入していく。出身地、ディオン領になるんだね。あ、ステータスどうするんだろ……。
「こちらに魔力を込めて、ステータスの登録をお願い出来ますか?」
「分かった」
タルトがマイヤ領の冒険者ギルドでも見た事のある石板に手を乗せて、魔力を込める。
すると石板が光り出し、その周囲に魔術陣が浮かび上がる。数秒すると、石板の正面にステータスを開いた様な透明な画面が現れて、タルトのステータスが表示される。私も気になるな、タルトのステータス。
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タルト・ハセガワ・リインフォース ドラゴン・魔法師
【称号】
ドラゴンの加護
――身体能力向上:強
――精神能力向上:強
――魔力能力向上:強
従者の加護
――聖属性魔法の威力向上:強
――風、火、水、土属性魔法の威力向上:強
――魔力共有
――成長向上
――不老
――言語理解
【スキル】
聖属性魔法
闇属性魔法
風属性魔法
火属性魔法
水属性魔法
土属性魔法
空間属性魔法
月属性魔法
上級魔力操作
上級魔力感知
多重詠唱
並列詠唱
上級詠唱破棄
威圧
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強すぎない? うちの子……。魔法師って……おまけに私とお姉ちゃんのスキルが従者の加護として移譲されている。
これはあれだ、あー、やっぱりステータスを見たシルキーさんがわなわなと震え出している。
「しょ、少々おまち、くだ、さい!」
何とか声を絞り出して、石板を持って奥へ行くシルキーさん。
「タルトちゃん、やっちゃったわねぇ」
「僕何もしてないよ」
「ステータス見せたらこうなるよね……」
よく分かってないマリーさんとリリムちゃんにも、これはギルマス案件と説明する。
「さすがタルトさん」
「すごいです!」
パタパタと戻ってきたシルキーさんに、案の定、奥へどうぞ、と言われて私たちは全員で奥へ行く。
案内されたのは、執務室ではこの人数が入れないのか、会議室で、奥の椅子に燃える炎の様に真っ赤な短い髪を立たせた壮年の男性が座っていた。
私たちは、彼に促されて各々席に座る。マリーさんが立っていようとしたけど、変に見えるので座らせた。
「よう。ここのギルマスをやっているイアンだ。話はシルキーから簡単に聞いたが、詳しく聞きたいので呼ばせてもらった」
こうなったら仕方ないので、先に私たちの情報も渡す。
「その前に私とお姉ちゃんのギルドカードの情報を読んでください」
「ん? 分かった。シルキー」
「はい! こちらです!」
私たちの情報が書かれた二枚の紙をイアンさんに渡すシルキーさん。そして二人で一緒に読み始める。
そしてだんだん魂が抜けていくイアンさんと、キラキラ目が輝くシルキーさん。対比が面白い。
「お二人があの! 『双麗の魔術師』なんですね!」
何だって?
評価、ブクマ、いいね、誤字報告いつもありがとうございます。
今回も楽しんでいただけたら幸いです。




