46. 王都で稼ぐ準備をしよう
おはようございます。いつもとベッドが違って、早く目が覚めてしまいました。
当然ですがお姉ちゃんは隣で寝て……。
「おはよう蒼ちゃん! 今日はいい天気よ!」
お姉ちゃんがベッドから身を起こした私に抱きついてきた。え? もう着替えてる。どう言う事?
「何で起きてるの?! まだ早朝だよ!」
「何言ってるの。さっきマリーちゃんとリリムちゃんが起こしに来たじゃない」
「え? だってこんなにひんやりとした空気でまだそこまで明るくなくて……」
「今日は冷えるし、丁度日陰だったのねぇ。ほら、今は太陽が顔を出してるわよ」
「……本当だ」
「ふふ、珍しく寝坊したわねぇ、蒼ちゃん」
『蒼、早く朝ご飯行こう』
「う、うん……ごめんね。すぐ準備する」
私はお姉ちゃんに『ブラシ』で髪を梳かして貰いながら、サイドデスクのベルを鳴らす。するとすぐにマリーさんとリリムちゃんがノックして部屋に入ってくる。
「おはようございます! アオイお嬢様。今日は珍しくゆっくりでしたね!」
「おはようございます。すぐに身繕いのお手伝いをいたしますね」
「……まだ目が覚めない気分だよ。よろしく」
そして私はあっという間に身包みを剥がされ、着替えさせて貰う。うちの侍女の手際のよさすごい。
五分とかからず準備が終わって、タルトを肩に乗せて四人で食堂に向かう。
歩きながら、私は思いついた事をタルトに話す。
「タルト、まだ変身しちゃダメだからね」
『何で?』
「服が無いからよぅ。恐らく裸のままじゃ許可は降りないわ」
『分かった。服は作れないから我慢する』
「お洋服ですか?」
「うん、タルトが人型になれたんだけど、服が無いんだよね。今日買ってこないと」
「リエラお嬢様のお召し物でしたら、恐らくございますが……」
「あるんだ……」
『それでいい』
「でもタルト男の子でしょ? リエラは女の子だよ」
『ドラゴンにとって性別は些細な問題。変えられるし』
「まぁタルトがいいならいいけど」
「食堂へお持ちしますね。私が取って参ります」
『よろしく、マリー』
マリーさんにお願いして、リリムちゃんの先導で食堂に向かう。
食堂にはもうお義父様とお義母様がいたので挨拶する。
この家の食堂は、六人位が座れる大きさのテーブルでこじんまりしている。社交の期間だけ使う別邸だからかな。他の部屋なども、家全体が最低限の装飾や調度品になっていて、豪奢なのに慣れない私には正直本邸よりも住みやすいかもしれない……。
私たちも席に座る。
「そうだ、朝食の前にリリムちゃん。これ、ビルさんに言って水で浸しておいてくれるかな?」
「分かりましたぁ!」
私は『ストレージ』から取り出したもち米をリリムちゃんに渡す。
「蒼ちゃん、お米?」
「そう、もち米」
「新しい菓子か?!」
ガタッとお義父様が立ち上がって、私に問いかけてくる。
「そうですけど、まだ道具も無いので今日出来るか分かりませんよ」
「ならウォーカー商会へは私とシズクで……」
「旦那様……」
「蒼ちゃんもいないとダメよぅ、パパ」
「浸さないといけないので、早く出来る訳でもないですよ……」
「分かった……」
それから、ジェニファーさんと、戻って来たリリムちゃんが朝食を配膳してくれる。
コンソメスープだ。具は一切無く、お皿の底まで琥珀色の液体が透き通っている。いただきます。
野菜と鳥の贅沢な味がする。でもそれだけじゃない様な気がする。魚? 王都だと魚も手に入るのかな。魚介の香りと味がして、懐かしさと共に久々の魚介が食べられた事に感動する。
そして運ばれてくる次の料理。魚だ! 白身魚を焼いてソースがかかってる。赤ワインソースかな。
ナイフで切って口に運ぶ。ふんわりしてる、丁寧に骨を取ってくれたのか、咀嚼に抵抗がない。白身魚特有のタンパクな味がする。おいしい。
「お魚、うれしい。おいしい。ビルさん最高だね!」
「おいしいわねぇ、お魚」
「二人は魚が好きなのか?」
「はい。故郷ではお肉よりお魚の方をよく食べてましたよ。王都では、海が遠いのにお魚が運搬されてくるんですね」
「バイゼル領から水魔術で凍らせて、纏めて運搬する。一級品は王宮へ、二級品以下が市場に出回るな。二級品と言っても貴族向けの高級品だが。しかしこの魚はうまいな」
「ビルも喜ぶでしょう」
ジョセフさんがコメントする。
パンに手を伸ばしたところ、丁度マリーさんが衣服を抱えて食堂に入ってきた。
みんなの注目がマリーさんに集まる中、タルトがテーブルから飛び立ってマリーさんの肩に止まる。
『マリー、これ?』
「左様です。お召替えをお手伝いいたします」
『よろしく』
タルトがマリーさんの前に飛び立って魔力を展開し始める。
「タルト、せめて別の部屋に……」
しかしタルトは聞こえないふりをして魔力の展開を続ける。タルトの体が黄色に光って、魔力の塊が子竜サイズから人の子程に大きくなっていく。
輝きが収まると、裸のタルト少年がマリーさんの前に佇んでいた。昨日ちゃんと見れなかったけど、やっぱり身長はリエラくらいだね。ホワイトドラゴンなだけに、真っ白な髪と金色の目、それから透き通るような白い肌をしている。でも血色はいい。まだ幼いゆえか、少年とも少女とも言える細身の肉体だ。
ちなみに性別は無かった。いや、つい見えちゃっただけだからね!
マリーさんは目の前で起きた子竜の変化に追いついていないようだ。それは、テーブルの周囲にいる私とお姉ちゃん以外の他の面々も同じ様だった。
「マリー、服をよろしく。僕は着方が分からないんだ」
「し、失礼しました」
マリーさんが可愛らしい、フリルのたくさんついた白と黄のワンピースをタルトに着せていく。
指示のもと、必死に手を挙げたり首を伸ばしたりしているタルトが可愛い。まだタルトも人型の動きには慣れてないみたいだね。
「まぁ、可愛い」
お姉ちゃんが素直な感想を漏らす。髪は短めだけど、ショートヘア位かな。こうして見ると、女の子でも問題ない。
「タルトなのか?」
「タルトちゃんなの?」
お義父様とお義母様が、ぽかんとした顔のまま異口同音に疑問を口にする。
「そうだよ。ゲルハルト、これで外に出ても大丈夫?」
「あ、あぁ……。だがアオイの言う事をよく聞くんだぞ」
「分かった」
「パパ、雫の言う事じゃダメなの?!」
「可愛いわね。ハインリヒちゃんの弟にならない?」
「何でもいいよ。雫と蒼が安全で、退屈しないなら」
それからタルトが私の隣に座って食事を続ける。
私はタルトのマナーを危惧していた。パンは、ちぎって食べてる。私たちの事を見て覚えたのかな。
ならナイフとフォークはどうだろう。お、お魚をナイフで切ってる。フォークで刺して……刺して……粉々になってる。
「フォークの使い方を覚えないとね」
「難しいよ、これ」
「でも出来ないと、露店のご飯ばっかりになるよ」
「家ではドラゴンの姿になるからいい」
「外でもおいしいご飯がきっとあるわよぅ。王都だし」
タルトの耳と頭頂から上に伸びた髪の一部がピクンと動く。そこ、動くんだ……。
「頑張る」
私の含めて、みんなから頑張れという温かい声援が、タルトに届いてご飯は終了になった。ごちそうさまでした。
マリーさんとリリムちゃんに手伝って貰って、ドレスに着替える。ウォーカー商会とはいえ、この街で貴族として振る舞うときはドレスは必須。
今日のドレスは洒落柿、薄いオレンジ色のワンピースドレスだ。エドワードさんが初めてお店に行った日から仕立ててくれていたドレスで、家まで届けてくれた物だ。
ドレスは、あまり派手ではなく、淡い色使いとなっている。けど、この色は初めてなので緊張する。
襟元のレースと、胸元には同じデザインで作ったフリルが回してあるのが可愛い。ウェストは結構締まってる印象だけど、きつくはない。スカートはたっぷりと大きな襞の入ったフレアスカートで膨らみを増している。お姉ちゃんも似たデザインだけど、胸元のフリルが無い代わりにスカートがレーススカートになって華やかさを出していて、色も双子だと分かるようによく似ている。
私たちはそんなドレスを着て、人型になったタルトと四人でお義父様と馬車に乗る。御者はジョセフさんだ。
ウォーカー商会は平民街にあるけど、貴族だと示した方がいいんだって。この街で貴族を襲う人間はいないのだとか。マークさんが先触れを出しているとの事なので、安心して馬車に乗ってウォーカー商会に向かう。
ウォーカー商会は広場を通って、中央通りの並びにあった。ジョセフさんの御者で操られた馬車が店先で止まると、中から男性が出てきた。
私たちがお義父様のエスコートで馬車から降り、タルトが勝手に馬車から降りると、丁寧にお辞儀をしてくれる。
「久しぶりだな、フランツ」
「ようこそいらっしゃいました。ゲルハルト様。早速ですが中にどうぞ」
「あぁ」
フランツと呼ばれた男性の先導で、私たちは商会の中に入っていく。ウォーカー商会で一番豪華だったのはディオンの本店だったけど、ここは王都の支店なだけあって負けず劣らずの豪華な感じ。違うのはこっちの方がより華やかって所かな。ディオン本店は、恐らくアンナさんの趣味で落ち着いた雰囲気になってたんだと思う。
案内された応接間に入ると、まるで貴族の家の応接間のように、調度品や絵画が飾ってあった。
長方形の低めのテーブルには、長辺に三人掛けのソファ、短辺に一人掛けのソファが置いてあった。
私とお姉ちゃんは、三人掛けの中央に座ったお義父様の両隣に座る。タルトは右の一人掛けソファに座った。ジョセフさんは勿論立ったまま椅子の後ろだ。
「今年はさすがにペーターはディオン領か」
「その通りです。アンナ義従姉さんが出産ですので、申し訳ありません」
「いや、いい。よろしく伝えておいてくれ」
「ありがとうございます」
「まず紹介しておく、両隣に座っているのが、義娘にしたシズクとアオイだ」
「ペーターより伺っております。初めまして、フランツと申します。ペーターの従兄弟に当たります」
「よろしくねぇ」
「よろしくお願いします」
「右に座っているのが、ドラゴンのタルトだ」
「アンナ義従姉さんに守護を与えたという……。しかしそのお姿は」
「今は変身しているからね。この街ではこの姿で出歩く事になる」
「承知しました。本日は、内密に相談があるとの事でしたが……」
失礼して、とフランツさんが向かいに座ってお義父様に話を促す。
ゆっくりと間を置いて、お義父様が話し出す。
「儲け話だ。貴族を中心としたな。覚悟はあるか?」
「シズク様とアオイ様が関わる話でしたら、商会の不利益でも無条件で協力しろと、商会全体に指示が出ておりますので。しかし、指示がなくとも私は従います」
「ほう、何故だ?」
「お二人とタルト様のお話を伺いました。それに、今お会いして私の勘が投資しろと告げております」
「なるほどな。商人の勘は馬鹿に出来ないな」
それから、意思を確認した失礼を詫びて、お義父様がここからが本題と区切って話を続ける。
「二人が美容品を開発した。クラウディア曰く、今までにない程の効力だそうだ。これを作って、まずは派閥に渡して影響力を増したい。勿論、販売も考えている。ウォーカー商会に頼みたいのは、材料の入手と販売だ。おっと、そのための生産もだな」
「パパ、見て貰った方が早いわ。フランツさん、奥さんはいる? いたら呼んできてちょうだい」
「わ、分かりました」
フランツさんが席を立って部屋を出ていく。少しして、小柄な可愛らしい感じの女性を連れてきた。
「妻です」
「初めまして、ティナと申します。私に用との事でしたが、何でございましょうか」
「これ、使ってみてくれる?」
お姉ちゃんが小瓶に入れた美容品三種を、ティナさんに渡す。
私たちは簡単に使い方を説明して、使って貰う。
こっちの人は貴族でもない限り美容品なんて使う事がないからか、綺麗な肌に見えたティナさんでも、使用前と比べて明らかに肌のツヤが違っているのが分かる。
「フランツさんどう? ティナさんが更に綺麗になったでしょう?」
「あなた、どうですか?」
「あ、あぁ……綺麗になった。疑う訳ではなかったのですが、目に見えて違うものなのですね……」
ティナさんが自分の頬をぷにぷにしては笑顔になってを繰り返している。よほど気に入ったらしい。さっきとハリが違うもんね。
「これを作るわ。雫たちがやるのは貴族への宣伝、生産方法の伝授と応用製品の作り方よ」
「願ってもない事です。しかし、生産には時間がかかるでしょうね」
「調合スキルを持った人間と、特注の魔術具が必要です。魔力制御が出来る人の方が、上手く作れると思います」
「なるほど。分かりました。早速人を当たります。差し当たっては材料の入手ですね?」
「そうだ。市場の材料は使用人に買わせている所だ」
「かしこまりました。材料や器具を伺ってもよろしいでしょうか?」
「勿論よ。その説明のために来たんだもの」
「私も伺ってよろしいでしょうか」
「はい」
お姉ちゃんと私が、フランツさんとティナさんに化粧水、乳液、美容オイルと分けて材料を説明する。メモを取っていく二人。
その後、『ストレージ』から調合器具を取り出して作り方を説明する。
最後に調合器具の効果と構造について、私たちも詳しく分かってないけど、分かる事を説明する。
なんとティナさん、初級調合スキルを持っているらしくて、作り方の説明と器具の説明はフランツさんを放置してかなり詳しく説明出来た。これなら安心して任せられそう。
普段はアロマオイルを精製してるらしくて、眠りがよくなるっていうオイルを貰っちゃった。
一通り説明して、私はもう一つの要件を話す。お姉ちゃんの美容品と同じく、私が主導で進めようとしているお菓子についてだ。
「フランツさん、この支店では食材は扱っていますか?」
「えぇ、ウォーカー商会の主要取扱品ですので勿論ですが」
「東方の食材って扱っていたりしますか? 例えば醤油だったり米だったりなんですが……」
「醤油はいつも見ていますが……初めて見る豆がありましたね。エダマメという豆を乾燥させた物だとか。ティナ、少し持ってきてくれるか?」
「かしこまりました」
「ティナさん、大丈夫です。在庫全部買います」
「は?」
「お手柄よフランツさん! きな粉餅ね!!」
「豆腐にもなるし、味噌も作れるんじゃない? 作ってみたいお菓子もあるんだよね」
「お二人が喜んでいるのは分かるのですが、たかだか豆ですよ?」
「東方ではあらゆる食材、調味料の原料になります。醤油もその豆、大豆から作ります。今後も大豆があったら買い占めてください。損はさせません」
「分かりましたが、大丈夫ですか?」
「お姉ちゃんの美容品と共に、私はお菓子を貴族に広めたいと思っています。そのために、東方の材料を中心に欲しいんです。特に小豆、大豆、葛粉、天草、白インゲン、青エンドウ、もち米。この辺りがあれば、この国のお菓子事情を変えて見せます」
「カステラを作ったのも蒼ちゃんなのよぅ」
「今貴族で大変話題になっていて、上位貴族でもなかなか手に入らないカステラですか?」
「あれ……あ、そうか。アランさんから情報はまだ来てないのか」
私は『ストレージ』からカステラを一本取り出してティナさんに渡す。
「え? アオイ様、あの、これは……?」
「その噂のカステラです。一本だけど、どうぞ」
「そんな高級な物をいただく訳には……」
「貴族向けって事は多分、コリーナさんは原価の十倍以上で売ってるから気にしないでいいですよ」
「多分こっちの方がおいしいわよぅ」
恐縮するティナさんにカステラを押し付けていると、タルトがすごい顔でこっちを見てくる。
「タルト、可愛い顔が台無しだよ」
「僕のカステラ」
「タルトのは自分のストレージにあるでしょ。午後に違うお菓子を作るから」
「なら我慢する」
よかった。しかし人型だと全然迫力ないな。ドラゴンでも可愛いものだったけど。
「これで話は大丈夫か?」
「えぇ、材料と器具が揃ったら教えてちょうだい。見に来るわ。勿論、分からない事があったらいつでもリインフォース邸に来てちょうだい」
「「ありがとうございます」」
私たちはウォーカー商会を辞して馬車に乗り込む。馬車が走り出す前、ジョセフさんがぼそっとつぶやいた。
「お嬢様、私もカステラが食べたく存じます」
まさかジョセフさんからそんな要望が聞けると思わなかったので、私とお姉ちゃんは大笑いしてしまった。
「失礼しました。つい、お恥ずかしい所を」
「パパ、帰ったらジョセフさんも一緒にお茶をしましょうね」
「あぁ、ジョセフ、お前甘い物好きだったか?」
「甘すぎる物は苦手です。しかし、マリーやリリムに聞く限り甘すぎず、しかしおいしいと」
「購入品と違って、うちのカステラは私とビルさんが作りますから甘さ調整出来ますし、午後に作ろうと思っているお菓子は甘くないやつと、甘すぎないやつですよ」
「私もいただいてよろしいのですか?」
「パパ、やっぱりお菓子は使用人も含めて全員で食べるべきよ。その方が絶対楽しいし、みんな幸せだわ」
「楽しいか、確かにそうだな。考えよう」
「ありがとうございます」
ジョセフさんが御者する馬車は、メインストリートを進んでリインフォース邸へと向かうのだった。
評価、ブクマ、いいね、誤字報告いつもありがとうございます。
今回も楽しんでいただけたら幸いです。




