45. 市場は材料の宝庫です
私たちは六日の旅程を無事に過ごして、王都にたどり着いた。
お昼をリインフォース別邸で食べて、午後はお菓子と美容品の材料を得るために市場に向かう所。
行動は私とお姉ちゃん、マリーさんにリリムちゃんだ。タルトは騒ぎになるのでお留守番。
社交パーティーまでは、騒ぎにならないように気を付けなくっちゃね。
歩いて十分くらいで市場に着いた。馬車を使わず、歩いていいか確認したけど貴族の子女が市場に出る時は歩きが基本らしいのでよかった。
市場は見た事が無い大きい規模で、道の両サイド、それが何本にも渡って所狭しと露店が並んでいた。食材、雑貨、装飾品、色々な物がある。
「お姉ちゃん、美容品って何を作るつもり?」
「流石に地球にあった成分全部は分からないし作れないから、リエラちゃんに聞いた材料で化粧水と乳液、美容オイルかしらね」
「じゃあ花屋さん?」
「それと薬屋さんね」
私も材料は聞いてるし、中級調合になったから手伝えるかな。そんな話をしながら、二人で材料を探していく。
「お姉ちゃん、月見草あったよ」
「こっちも魔力草と命草があったわぁ」
「お姉ちゃん! このお店すごいよ、トリリウムとアロエがある」
「お嬢ちゃんよく知ってるね、多分王都でもうちしか扱ってないよ!」
「ほんとね、全部買うわぁ!」
「毎度あり!」
「蒼ちゃん。獣脂って持ってる?」
「一応あるよ、でも美容品には質が悪いかも」
「そこは調合スキルの腕の見せ所ね。先に純度を上げるのよ。一緒にやりましょう」
「うん!」
「お嬢様たちが何を話しているのか分かりません」
「リリム、私もです」
「二人も使ってね。綺麗になるよ」
「それは、お嬢様たちが使う物では?」
あらかた露店を見回る頃には、美容品を作るのに十分な量と種類の薬草や植物を手に入れる事が出来た。
一緒に食材も見てみたんだけど、野菜が無くなったら買おうかなって位だった。白インゲンと青エンドウは一杯買った。
屋敷に帰って、私たちはあてがわれた部屋に行く。
「マリーちゃん、リリムちゃん。雫たちは調合するだけだから、休んでてもいいわよぅ」
「いえ、お嬢様たちが働いているのに休む訳には行きません」
「それに、調合って初めてで、見てみたいです!」
「分かったわぁ」
お姉ちゃんは『ストレージ』から調合器具を取り出す。
「蒼ちゃん、材料を微塵切りにしてくれるかしら?」
「分かった。もう全部やっちゃっていい?」
「いいわよぅ」
材料や調合内容によっては切り刻んですぐ、とか刻んでから時間を置く、とかあるから確認する。
私は言われた通りに、材料が混ざらないように順番に『エアカッター』を唱えて微塵切りにしていく。
「蒼ちゃんがいると助かるわねぇ。雫だと包丁でやるから大変なのよぅ」
お姉ちゃんが材料をいくつか鍋に入れて、作ってある精製水と共に魔力で煮出す。この調合器具、リエラから貰ったんだけど魔力を流すと細かい事を色々やってくれる魔術具らしくて、重宝している。そしてこの色々が重要な事は、地球で科学を学んだ身からしてもとても大事な事だと分かる。なんでリエラが知っているかは分からないけどね。
ちなみにあまり使わないけど、私も同じセットを持っている。
そしてこれもちなみになんだけど、普通の調合師はこんな風にやらないらしい。魔力を使わないとか。
「蒼ちゃん。獣脂を出してちょうだい」
「うん」
私は『ストレージ』から、獣脂を取り出してお姉ちゃんに渡す。
お姉ちゃんはそれを遮って喋り出す。
「蒼ちゃんに教えるからやってくれるかしら?」
「分かった」
「と言っても簡単よぅ。この道具に魔力を流して何度か濾すだけ。魔力は均一に、とにかく薄くね」
お姉ちゃんが私に揚げ物のすくい網みたいな道具を見せてくる。私も貰ったけど、何に使うか分からなかった道具だ。
私は早速、自分の調合道具を出して精製水を入れた小鍋で獣脂を溶かす。そしてやっと使い方が分かった道具に魔力を流す。ワクワクしてテンションが上がるけど、言われた通りに薄く、均一にするように気を付ける。
そして別の鍋を下に置いて網で獣脂を濾していく。終わったら『ウォッシュ』で丁寧に網と空になった鍋を洗って、もう一度魔力を流して再び濾す。三度繰り返して一度お姉ちゃんに見て貰う。
「お姉ちゃん。三回濾してみたけどどうかな?」
「どれどれ? ……いいわね。やっぱり蒼ちゃんは魔力制御が上手ねぇ。雫だと五回ぐらい必要なのよぅ」
「よかった。出来て嬉しい」
「ありがとね。後は混ぜて化粧水は完成ね」
私はそれからもお姉ちゃんの指示の下、調合を手伝っていく。
そうして出来上がった三種の美容液。
「いきなり人に使うのは嫌だから、雫と蒼ちゃんでテスト、いいかしら?」
「勿論」
「そんな危険な物なのですか? お嬢様?!」
「危険なのはダメですぅ!」
「最悪ヒールするから大丈夫よ。このテストは作った人間の責任として必要なのよぅ」
そう言ってお姉ちゃんが私の手のひらに液体を垂らす。化粧水だ。
私は両手で広げて、ほっぺから順に顔全体に馴染ませていく。
「刺激は無いね。肌焦げたりしてない?」
「大丈夫ね、もちもちしてるわぁ」
お姉ちゃんが私のほっぺをツンツンしてくる。
私は恥ずかしくなってお姉ちゃんに次を促す。
「遊んでないで次、頂戴」
「はぁい」
次に手のひらに出されたのは乳液。綺麗な乳白色でとろっとしている。
私は再び手のひらで広げて、同じようにほっぺから広げていく。
「これも大丈夫そうねぇ。どう? 蒼ちゃん」
「ぷるぷるしてる」
さっきのお返しにお姉ちゃんのほっぺをツンツンする。お姉ちゃんは恥ずかしがる事無く、笑いながら私の手のひらに最後の美容オイルを垂らしていく。
これも同じように手のひらで広げて顔全体に付けていく。
「どれも大丈夫だね。さすがお姉ちゃん」
「リエラちゃんのレシピがよかったのねぇ」
そして、私たちの顔を見比べるマリーさんとリリムちゃん。
「シズクお嬢様もアオイお嬢様も、お顔がつやつやぷるぷるしてます!」
「肌が綺麗に……これが美容液ですか」
「二人も付けてみる?」
私はそう言って二人の手のひらに、お姉ちゃんがやってくれたように化粧水から垂らしていく。
「肌に合わなかったらすぐヒールするから言ってねぇ」
「手に広げて、優しく叩くように顔全体に馴染ませてくんだよ」
私たちが付けるのを見ていた二人が、同じように化粧水を顔に付けていく。これだけでも違うね。ちょっとしっとりしている。
次に乳液を二人の手に垂らす。
今度はゆっくりと顔全体に広げていく二人。いいね、もちもちしてる。
最後に美容オイルを垂らす。
触ってても違いが分かるのか、二人の顔が笑顔になっているのが分かる。
「どうかな?」
「二人共、肌が綺麗になったねぇ」
「顔がもちもちしてます!」
「触ってるだけで、肌がいつもと違うのが分かります」
「痛みとか違和感は無い?」
「「ありません」」
「じゃあ完成だね!」
私たちは、マリーさんの案内で早速パーラーに向かう。この家だとお義母様用の書斎は無い。無いのが普通だと思うけど、仕事しないで休めているといいな。
部屋に入ると、お義母様がジェニファーさんと紅茶を飲んでまったりしていた。
私たちに気付いて、慌てて立ち上がるジェニファーさん。
「気にしないでください。休んでていいですよ」
「そういう訳には行きませんので。失礼しました。ご容赦を」
「大丈夫よぅ、私たちも四人の時は仲良くやってるわぁ」
「まだ市場にいると思ったのだけれど、二人共帰っていたのね」
「えぇ。それに、ママに頼まれた美容品を作ったから届けに来たの」
「まぁ! 嬉しいわ。シズクちゃん」
お姉ちゃんが『ストレージ』からさっき作った三種の美容液を取り出してテーブルに並べる。
「リエラちゃんに教わった通りに作ったから、ママの肌にも合うと思うけど、万が一合わなかったらすぐにヒールするわぁ。一応、この四人でテストはしたわ」
「ありがとう。早速使ってみていいかしら?」
「勿論!」
私はお義母様の手に化粧水から順番に垂らしていく。
使い方は知っているのか、手に広げて肌全体に馴染ませていくお義母様。
乳液も同じように顔に馴染ませていく。
しかし美容オイルを手に垂らそうとしたら。
「あら? リエラちゃんには二種類しか貰った事が無いのだけれど、これは何?」
「それは雫がオリジナルで作ったオイルよ。化粧水と乳液でしっとりさせた肌を守ってくれる役割があるわぁ。乳液と同じように付けてみて、ママ」
私は再びお義母様の手に美容オイルを垂らす。顔に馴染ませていく。
やっぱり、お義母様も肌の変化が分かるのか、笑顔になっている。
「最近少しカサカサしていたのだけど、付けたら無くった気がするわ」
「今見ても、少し潤いが増して見えますね」
「毎日使えばもっとよくなると思うわぁ」
「ありがとう、二人共。ジェニファーあなたも付けてみなさい」
「ですが奥様、それは奥様のための物で……」
「なら命令よ。あなた最近肌荒れを嘆いていたじゃない」
「それはよくないわ! 蒼ちゃん! ジェニファーさんにも!」
「うん!」
基本的に困っている女子の味方のお姉ちゃんが、すぐさま私に指示を出す。私も周りの人が困っているのは悲しいので勿論協力する。
私は早速ジェニファーさんに、他のみなにやったのと同じように化粧水から順に手のひらに垂らしていく。
三種付けて、ジェニファーさんも笑顔になった。
「荒れていたのが落ち着きました……すごいです」
「よかったわぁ」
「シズクちゃん。量は作れるのかしら?」
「材料があれば勿論よぅ。さっき買ってきた材料だと、ママのだけで一ヶ月分って所かしら」
「今、この屋敷にいる女性全員に配ったらどれくらいになるかしら?」
「雫と蒼ちゃんはいらないから、四人よね? 単純計算で一人一週間分ね」
「あら、シズクちゃんとアオイちゃんはいらないの?」
「私たち不老スキルがあるので、肌が衰えないんです」
「羨ましいわね。今ある材料で作って、それを私たち四人に配ってちょうだい。今後の材料の入手は旦那様と考えます。ウォーカー商会も使いましょう。大変だけどいいかしら?」
「大丈夫よ、ママ。蒼ちゃんと明日にでも作るわぁ」
「奥様、このような高級品を私たち使用人に与えるのは……」
「マリー、これはリインフォース家のために必要な事よ。聞けないなら命令するわ。それに使用人も綺麗な方が、私は嬉しいわ」
なんか言っている事が。
「シズクちゃん、アオイちゃん、リインフォース家女子の肌を綺麗にするわよ!」
「おー!」
お義母様、こういう時のノリがお姉ちゃんとそっくりだよね。
まぁ、私も同意なので全く文句はない。楽しいしね。
そんな訳で明日の行動が決まって、出来ている美容品をお義母様に献上した所で、ジョセフさんが夕飯が出来たと呼びに来てくれた。
私たちは食堂に移動する。
食堂ではお義父様とタルトが座って待っていた。
座り順は、お義兄様がいないのでお姉ちゃんがお義兄様が座っていた所、私がお義母様の隣。タルトはお姉ちゃんの隣に移動する。
『外に出られないのは欲求不満になるね』
「ちょっとの辛抱だ。すまないが我慢してくれ」
『月魔術を使える人がいたら、変化を教えて貰うんだけどなぁ』
「ボディチェンジの事? 魔術言語とイメージなら私分かるよ」
「蒼ちゃん、何で知ってるの?」
「変化が気になって、リエラにそれだけ教えて貰ったんだ。勿論使えなかったけど」
「あ、分かった! なりたかったのはワンちゃん? ウサギちゃん?」
「……ネコ。って、いいでしょ別に!」
「「可愛いわねぇ」」
お義母様まで……。
『後で教えて』
「いいけど、それで人になって外に出る気じゃ……」
『単独行動を心がけて、この家に迷惑は掛けないよ。お金だけ欲しいけど。ゲルハルト、いい?』
「人になれたら見せてくれ。その時改めて検討しよう」
『分かった』
食事が運ばれてきた。今日はほうれん草のポタージュだ。いただきます。
お義母様が食べながら会話を続ける。
「旦那様、先程シズクちゃんとアオイちゃんが美容品を作ってくれましたよ」
「おぉ、肌が輝いているのは見間違いじゃなかったか」
「そういう時は先に褒めてくださいませ。それで、私だけでなく侍女にも使用させようと思います。ですが、そうなると材料が足りません。相談したいのは材料の入手についてです」
「なるほど。話題になりそうか?」
「間違いなく。化粧水は他にも作る貴族や商会がありますが、品質は二人の美容品が一番でしょう。乳液はリエラちゃんオリジナル、美容オイルに関してはシズクちゃんが独自に作り出しました」
「シズク、材料はどの程度必要だ?」
「市場にあった素材を買い占めて、四人分で……化粧水が一年、乳液が九ヶ月、オイルが半年ってところねぇ」
「買い占めたら話題になるな……」
「その通りです。なので、秘密裏にウォーカー商会と話を進めたいのです」
「なぜウォーカー商会を指名する?」
「貴族の手がかかっていない点と、三人の庇護がある点です。言い方は悪いですが、我が家を裏切らないと見ても問題ないかと」
「……よし。シズク、アオイ、明日二人にはウォーカー商会に付いてきて貰う」
「分かったわぁ」
「分かりました」
「それから材料を教えてくれ、ジョセフ、ジェニファー、マークで、話題にならない程度に買い集めてきて欲しい」
「「「かしこまりました」」」
「二人はそれが終わったら調合だ。我が家の分と、貴族に配る一週間分、十人分くらいだな、をまず作って欲しい」
「任せて!」
「了解しました」
「ところで、四人分と言う事は、クラウディアとシズク、アオイで後は侍女の分が一人分? 数が合わないが……」
「雫たちは肌が老いないのよ。不老スキルがあるから」
「何だと……。うちの義娘は若くて可愛いままなのか……素晴らしいな」
話はまとまって、ご飯もいただきました。おいしかったです。鶏肉の悪魔風。ごちそうさまでした。
食堂からパーラーに移動して、お姉ちゃんとジョセフさん、ジェニファーさん、マークさんと材料について話をする。
「材料は、薬草、魔力草、月見草、命草、後は……」
私は『ストレージ』からお姉ちゃんが言う薬草や植物類を出してテーブルに並べていく。
「それからアロエにトリリウム……。百日草……水のハーブ……獣脂……」
「獣脂は質が分からないから手持ちのを使った方がいいかも。まだ一杯あるし」
「分かったわ。後は、ローズマリー、ローズ、ヒース辺りかしら」
「随分多いんですね」
「もっと多い美容液もあるけど、まずはこれだけって感じね。いきなり効果が高すぎてもよくないだろうし」
「かしこまりました」
買い出しは明日の三人に任せて、私たちはお風呂に入る。
ここのお風呂は、二人で入るには十分の広さみたい。四人は無理だね。なので残念ながらお姉ちゃんの説得は失敗、マリーさんとリリムちゃんのお世話の下、二人と一頭で入る。
「四人で入りたかったのに、残念ねぇ」
「私と入ってるので我慢して。それに、仮に入れたとしてもここのお風呂はお義母様と兼用だからダメだよ」
えー、なんて言っているお姉ちゃんを無視して、湯船に肩まで浸かる。気持ちいい。久々のお風呂はやっぱり最高だね。
お風呂を出て、あてがわれた部屋に行く。お姉ちゃんと一緒みたい。窓辺はタルトの定位置。
マリーさんとリリムちゃんには本日の仕事終了と申し付けて、私たちは二人と一頭で部屋でのんびりする。
『蒼、さっき言った変化の月魔術教えて』
「いいよ、こっちおいで」
タルトが私のベッドまで飛んできて、珍しくつぶらな瞳で私を見つめる。可愛いなぁ。
「変化の魔術言語は『変化 変身 身体 干渉』。自分の体の中から、変身したい身体を魔力で作るイメージだって。より精巧にね」
『分かった』
タルトが魔力を込めると、体が黄色く輝いていく。月属性の魔力だ、綺麗。
やがてタルトの体が煌々と輝き、私は眩しくて目を閉じる。
魔力の発散が収まった様なので目を開くと、そこにはリエラ位の身長の一人の裸の少年がいた。
「タルト?」
「タルトちゃん?」
「勿論僕だよ、人型って便利なところと不便なところがあるね」
「変身してるけど……裸じゃん!」
「綺麗に変身しているけど、まずは服ねぇ」
とりあえず『ストレージ』から、寝巻きにしているワンピースを取り出してタルトに着せる。私が着ると膝丈くらいだけど、タルトが着ると足首まですっぽり覆う位の大きさだ。手は萌え袖を通り越してペンギンになっている。
「服着なきゃダメ?」
「外に出たいならね。必須です」
「明日サイズが合う服を買ってくるわよぅ」
「分かった。よろしく」
お姉ちゃんが、タルトに今日はその姿のまま一緒に寝ましょうなんて言っているけど、タルトは戻りたがっているみたい。お姉ちゃんの可愛い中毒が発症したな。これはタルト負けそう。
私に飛び火しないように、さっさとシーツに包まって寝ちゃおう。おやすみなさい。
評価、ブクマ、いいね、誤字報告いつもありがとうございます。
今回も楽しんでいただけたら幸いです。




