43. 王都に向かう準備をしよう
今日も午前はマナー講習から始まる。
ただその前に、私たちが王都に行くので講習が出来なくなる事をリンダ様に伝えておかないといけない。
「リンダ様、今日はご指導いただく前にお話があります」
「何でしょうか?」
「実は今度王都に行く事になりまして、しばらくご指導いただく事が出来ません」
「あぁ、社交の時期ですものね。元々、リインフォース子爵からはこの時期までと伺っておりますので、問題ありません」
「お義父様から?」
「えぇ。社交の時期までに最低限を身に付けさせて欲しいと伺いましたので、その通りに。二人共、まだ気を付けるべき点はありますが、社交に出ても問題はないでしょう。ただ……」
それからリンダ様は社交の注意点について話を続けてくれる。
「貴族特有の言い回し、と言うものがございます。どうしても男性からの会話は、なかなかお伝えする事が出来ませんでしたので。この点だけ、社交までには指導が到底間に合いません。そこで、こちらに纏めておきました。頭に叩き込んでくださいませ」
そして渡される本、ほん、ホン。
お姉ちゃんと必死に笑顔を保って、それを軽くめくってみる。何々……。
『月を共に眺めませんか』
男性から二人きりで話したいという誘い文句。
分かった! 『月が綺麗ですね』とか、そういう文句だね。
「蒼ちゃん、蒼ちゃん」
「何? お姉ちゃん」
「『あなたの料理を私に振舞っていただけませんか?』」
「え、いつも作って……待って、それも貴族の言い回し?!」
「そうなのよぅ。嫁に来て欲しいって事らしいわよぅ。気を付けてね」
「珍しい調味料とかあったら釣られそう……気を付ける……」
なんて、わいわい話しながら本をめくっていく。
するとリンダ様が咳払いをして私たちに静かにと促してきた。ちょっと騒ぎ過ぎちゃったね。
私たちは本を閉じてリンダ様の方へ向く。
「私も今年は社交に顔を出そうかしら。いつも旦那様任せでしたし。今年は二人のおかげで時間もありますしね。『私たち親しい間柄ですし、出会いましたらよろしくお願いしますね』」
今のも多分貴族の言い回しなんだろうな……。
そして私たちではとても出来そうもない綺麗なカーテシーを見せて挨拶してくるリンダ様。
「「よ、よろしくお願いします……」」
「それでは始めましょう。今日が最後になりますから、今まで教えた事の確認を……」
「終わったわぁ」
「お疲れ様、お姉ちゃん」
「蒼ちゃんもお疲れ様」
「いつもより厳しかった気がするわぁ」
「最後だからきっと惜しみなく教えてくれたんだよ……」
「そうね。でもこれで王都でも頑張れそうな気がするわぁ」
これだけしごか……教えていただいたんだから、王都の社交でもやって行けるはず。
玄関先まで見送るメイド二人に礼を言って、リンダがマリーから荷物を受け取る。いつも通りの流れ。しかし今日はマリーとリリムの後ろから、領主のゲルハルトが急ぎ足でやってきた。
「リンダ様。義娘たちのご指導をありがとうございました」
「あら、最終日だからゲルハルト様がいらしたの?」
「えぇ、それもありますが、義娘たちは大丈夫でしょうか」
「基本的なマナーについては問題ないわ。まだ荒いし、教えていない事もたくさんあるけれど、愛嬌があるわ。あの子たちから敵は作らないでしょうね。ただ、逆に素直過ぎる。取り込もうとする貴族に注意しなさい。それから、貴族の言い回しについては全く無知ね。重々気を付けなさい。気付いたら可愛い義理の娘が誰かの夫人になってるわよ」
「ありがとうございます。私からも教えます」
「そうしてちょうだい。男性の言い回しは私も疎いから。さて、次は社交かしらね」
「恐らくは……」
「安心してちょうだい。旦那様もあなたを目の敵にしてはいないわ。立場上、近付きもしないけれど。それに私も、あの子たちの社交する姿も見てみたいですしね。では、ごきげんよう」
「また、いつでもいらしてくださいませ」
ゲルハルトが滅多に下げない頭を下げて、リンダを見送った。
「蒼ちゃん、この後は王都に行く準備でいいのよねぇ?」
「うん、と言っても私たちいつも通り」
「ストレージに入れるだけねぇ……」
ストレージ内にクローゼットをイメージしたスペースもあるので、ドレスや洋服も皺になる事はないんだよね。
「そうだ、お義母様とか荷物が沢山あるだろうから、持っていく物があるか聞いてみない?」
「そうねぇ。そうしましょう。それなら、パパもきっと荷物が多いわよ」
「じゃあ順番に二人と話そう」
屋敷内を歩き回っているジョセフさんを丁度見つけたので、お義母様の場所を聞いてみる。すると、自室で準備をしているとの事なので、四人で向かう。ちなみにタルトはお出掛けしている。
部屋の前に来て扉を三回ノックする。
「蒼です」
「雫よぅ」
「入ってちょうだい」
中に入ると、洋服やドレス、装飾品が所狭しと広げられていた。足の踏み場は、無いようなので扉の前に立っておく。
「ごめんなさいね。準備に手間取ってしまって散らかったままで。何かしら?」
「王都に行く荷物ですけど、ストレージで大体運べますよって」
「雫たちは言いに来たんだけど、丁度よかったみたいねぇ」
まぁまぁまぁと目を輝かせるお義母様。
「それはもしかして、ここから削る物を考えなくてもいいのかしら?」
「この部屋の量位なら、運べますよ」
「お願いしたいわ! アオイちゃん!」
お義母様がわずかな足場を駆け抜けて私に抱き付いてくる。
「あ! 蒼ちゃんずるい! 雫も運べるよ!」
「シズクちゃんもありがとう!」
何がずるいのかと思ったけど、抱き付かれた事かぁ。お姉ちゃんがお義母様に抱き付かれて、嬉しそうな顔をしている。
そして早速とお義母様とジェニファーさんが、洋服やドレス、装飾品を纏め始める。
「これ全部運ぶのでいいのかしら?」
「えぇ、お願い」
「お姉ちゃん、分ける?」
「念のためそうしましょう。杞憂で済めばいいけど」
「あら? 多かったかしら?」
「いえ、お姉ちゃんのストレージに入った物は、お姉ちゃんしか取り出せません。私のもそうです。だから、旅の荷物は二人で分けて入れるようにしています」
「なるほどね。王都の家に着いたら出せば問題ないわ」
「奥様、あちらにはこの量をしまうスペースがありません」
「あら……じゃあどうしようかしら」
「使う頻度が高い物だけ出せばいいと思うわぁ。後は、面倒かもしれないけど、雫たちに言ってくれれば都度出すわ」
「そうね。お願いするわ」
「「うん」」
そして私たちは目の前に山と積まれた荷物を半分くらいに分けて『ストレージ』にしまっていく。
ジェニファーさんに協力して貰って、予想される使用頻度で分けていく。使う頻度が高そうな物はお姉ちゃん、低そうな物は私が担当する事にした。
「重くはないの?」
「重さは感じないですよ」
「むしろ身軽でいいわよぅ」
「羨ましいわね……私にも使い方を……」
「さすがに適性が無いと無理よぅ。ママ」
「残念ね」
後は身の回りの物だけとの事で、笑顔になったお義母様に見送られて私たちは部屋を後にして次に向かう。
次はお義父様だ。多分執務室でしょう、とジェニファーさんに教えて貰ったので、そこへ向かう。
コンコンコン。
「どなたでしょうか?」
中からジョセフさんの尋ねる声がする。
「蒼です」
「雫よぅ」
ちょっとの間があり、それから扉が開く。ジョセフさんがどうぞ、と入室を促してくれたので入る。
中では机に向かうお義父様がいた。お義兄様も応接机で必死に何かを書いていた。
三人共忙しそうに書類仕事をしている。お義父様は顔を上げずに話し掛けてきた。
「二人共どうした」
「王都に行く荷物ですが、多ければ私たちがストレージで運べますよ、と伝えに。今忙しかったですか?」
「クラウディアママの荷物は預かってきたわ! 後はパパのよぅ」
「王都に行く前に色々とな。荷物は助かる。ジョセフ、何かあるか?」
「はい。では旦那様の王都での衣服と、道中の食料や食器を収納していただきたく」
「使用人の分も運べますが、ジョセフさんは大丈夫ですか?」
「私共の荷物でお嬢様方の手を煩わせる訳には……」
「戦うにしても逃げるにしても、道中何があるか分からないから、軽装にするに越した事はないわ。細かい事は気にしないで、ジョセフさんもあるなら出して欲しいの」
「は。ありがとうございます。マリー、リリム。お前たちもまさか……」
「さ、最初は断ったんですよぅ!」
「一緒に可愛いお洋服を着て王都でお買い物に行くのよねぇ」
あわわ! と慌て出すリリムちゃんと、それをキッと睨むジョセフさん。
「今の絆されたジョセフ様みたいに、シズク様の目にやられました」
マリーさんはあくまで徹底抗戦の構えだ。
「……まぁいいでしょう。私もスーツケースを二つ、お願い出来ますでしょうか」
「勿論です!」
私は張り切って了承する。しかしお義父様の荷物は、お義母様とジェニファーさん、ジョセフさん任せとの事なので、使用人の荷物と纏めて明日の出発の際にしまう事にした。
「ハインリヒ、これの計算を頼む」
「また追加……ジョセフは……無理だな」
計算仕事らしい。電卓も、表計算ソフトが入ったパソコンも無いこの世界じゃ、全部手作業か、大変だなぁ……とお義兄様の手元の書類を背後から覗き込む。あ。
「ここ間違ってるよ。お義兄様」
「何?」
「あら、本当。繰り上がり忘れてるわよ、お義兄ちゃん。そうすると……こっちの下も全部やり直しねぇ」
「俺はどれだけ時間を無駄に……」
「ちょっと待てお前たち。この数字が何か分かるのか?」
「何の数字かは分かりませんけど、計算結果が間違っている位は、いくら何でも分かりますよ」
「雫は簡単な計算が間違ってたのが分かる位ねぇ。蒼ちゃんの方が計算は得意よ」
「これが簡単だと? なのにハインリヒの持ってる数値の途中から全てが間違いだと見抜いた……。アオイはそれ以上?」
お義父様とお義兄様が顔を見合わせて強く頷いた。あ、これ巻き込まれる合図だ。
「「二人共! 手伝ってくれ!!」」
話を聞くと、何でもお義父様の仕事は私たちと違って社交がついでで、領の収支報告を国にするのが主らしい。その計算とまとめに追われていて、王都に行く準備どころじゃないとの事。毎年そうなんだって。案外ギリギリタイプなんだね。
という訳で、ジョセフさんの補佐で、報告のあった数字を纏めていくのがお姉ちゃん。
それを片っ端から計算して確認していくのが私とお義兄様。
その結果を報告出来る形にするのがお義父様。
マリーさんとリリムちゃんはその他雑用という陣形で取り組む事になった。
まず簡単にお義兄ちゃんに数字の見方を教えて貰う。
「アオイ、ここに各地域から集まった作物の名前と収穫量が書いてある。同じ作物ごとにジョセフとシズクが纏めてくれるはずだから、その合計を出すのが俺たちの仕事だ」
「何で纏まってないんですか?」
「ん? ちゃんと作物ごとに並んでいるだろう?」
「あ、そうか……。えーっと……お姉ちゃーん」
「何? 蒼ちゃん」
「作物ごとに表にして欲しい。縦列に地域、横行が月かな」
「分かったわぁ」
「何をするんだ?」
何をするんだと見守る姿勢になったお義父様、お義兄様、ジョセフさんを尻目に、お姉ちゃんが紙に作物収穫量の表を作っていく。
目が点になっていくジョセフさんとお義父様。お義兄ちゃんは付いていけてないみたい。
そして出来上がった表が私に渡される。一枚目はほうれん草だね。
一番右の列と、一番下の行、そしてその行と列が交わる右斜め下に合計値を記入していく。
こうすれば、地域ごとの年間収穫量が右の欄に、月ごとの収穫量が下の欄に、年間総収穫量が右斜め下の欄に書き込まれる。私たちにとっては普通の表。
「ほうれん草、出来ましたよ」
「もう出来たのか?! これを詳しく説明してくれ!」
私とお姉ちゃんはお義父様の執務机の前に並んで説明を始める。勿論、その左右にはジョセフさんとお義兄様だ。
「これは『表』という物です。一番左の縦列に地域、一番上の横行に何月かを書いています。例えばここ」
私は一番上の地方の七月の収穫量を指で示す。
「地域と月が交差するここに収穫量を書きます。この四角は、一番上の地域の七月の収穫量を表しています。ジョセフさん、合ってますか?」
手元の紙と数値を見比べたジョセフさんが、合っています、と回答する。
「一個下のマスには同じ月の別の地域、右にずれれば八月の収穫量が書いてあります」
「一番右の列は、その列、つまり地域の合計ねぇ。ここを見れば、一番上の地域の年間収穫量が分かるわ。それから、一番下の行を見れば月ごとの領全体の収穫量が分かるわね。右下のマスが年間の総収穫量よぅ。パパが使うのはここの数字ねぇ」
「あ、あぁ……」
「そこの数値だけでいいんじゃないのか? 何で細かく出す必要がある」
「ハインリヒ……私は悲しいぞ」
「な?!」
そして、私の顔を見てくる。当然、説明出来るよな? と言った顔だ。やっぱりお義父様はこの表の力に気付いたみたい。
「単体ではあまり意味はありません。せいぜい見やすくなるだけでしょうか。ただ、これを毎年纏めたらどうでしょうか。お義兄様、例えば昨年より今年は収穫が多かったですか? 少なかったですか?」
「ほうれん草は多かったな。さっき見比べたから分かる」
「どれくらい?」
「どれくらい……とにかく多かった!」
「昨年の分も表を作れば、すぐに収穫量の多寡が分かります。今年は天候がよくて収穫に恵まれるだろう。ここまでは、今のままでも分かります。けど、どれくらい多くなるのか、が分かれば売る量、保存する量が分かります。悪くなった場合も、その作物を作っている人たちの補助をする必要がありますが、どの程度の補助が必要なのか分かりますね。すると、領全体の収支を明確に把握出来るようになります。作物の収穫量や売れ行きを見る事で、翌年の作付面積も考える事が出来ますね」
「なるほど……何となく分かったぞ!」
「……ジョセフ、分かったか?」
「はい、今の説明で何とか」
「作物の纏めには今後なるべく導入したい。そして余裕があれば数年分は遡りたい」
「かしこまりました。ですが、王都よりご帰還なさってからにしましょう。今は今年の分を纏める必要がございます」
「そうだな。ジョセフとシズクは、この『表』という物に他の作物も纏めてくれ。アオイはそのサポートだ。ハインリヒ、お前は計算を頼む」
「「分かりました」」
私たちは表を纏めていく。さすが出来る執事ジョセフさん。もう書き方をマスターしたみたい。元々の書類仕事は私たちより圧倒的に早い事も相まって、お姉ちゃんと遜色ない速度で表を作っていく。
表作りでやる事が無くなってしまったので、結局計算に戻った。お義兄様と二人で出来上がった表に計算結果をどんどん書き込んでいく。
今、最後の表の計算が終わって、お義父様に結果を渡した所。
「ふぅ……二人のおかげで何とかなったな。寝れるぞ。ジョセフ」
「お嬢様方、本当に助かりました。この年で徹夜はさすがに堪えますので」
「役に立ててよかったです」
「ジョセフさんをもっと労らないとダメよ、パパ」
「そうだな……。ありがとう、ジョセフ」
「いえ、これが私の仕事でございますので」
「父上、俺も頑張ったぞ」
「あぁ、助かった」
だが計算のミスが相変わらず多いな、と突っ込まれているお義兄様。
そこへマリーさんとリリムちゃんが、ノックして入室してくる。
いつの間に外へ出てたんだろう。集中してて気付かなかった。
「みなさま。お疲れかと思いましてリリムと軽食を用意いたしました」
「サンドイッチですよぅ」
「お、助かるな。腹が減ってたんだ」
「ジョセフも食え」
「ありがたく」
やった。休憩にお菓子を摘んだっきりで何も食べてないんだよね。それにいつもなら夕飯がとっくに終わってる時間だし、お義母様は一人で食べたのかな。
「マリーちゃん、リリムちゃんありがとう!」
「お腹空いてたから嬉しい!」
散らかっていた応接机をリリムちゃんと片付けて、マリーさんがお皿を置く。
紅茶も淹れてくれるマリーさん。
しかしお義父様はデキャンタからウィスキーを注いで、グラスをジョセフさんとお義兄様に渡している。
お姉ちゃんが心惹かれているのが顔ですぐに分かる。
「お姉ちゃん、明日から馬車だよ。控えなね」
「大丈夫よぅ。最悪ヒールするし。パパ! 雫も!」
「分かった。アオイは飲むか?」
「私は紅茶で。マリーさんの紅茶おいしいですし」
乾杯とみんながグラスをぶつける中、私はティーカップなので掲げるだけにした。
それよりサンドイッチ! 具材は何かな……たまごサンドにハムサンド、BLTサンドだね。いただきます。
このたまごサンド、卵の味がとっても濃厚。マヨネーズと和えているのかな。それにマスタードの風味がアクセントになっててとてもおいしい。
「このサンドイッチ、マリーさんとリリムちゃんが作ったの?」
「はい。ビルは別の仕事をしていましたので。お口に合わなかったでしょうか?」
マリーさんのその一言で、リリムちゃんも緊張するのが伝わってくる。私は笑顔で首を横に振る。
「そんな事ないよ。すごくおいしい。ありがとね」
「とってもおいしいわよぅ!」
お姉ちゃんも追従して感想を言って、リリムちゃんがホッとするのが分かった。こういうとこ、隠すのが本当なんだろうけど素直で可愛い。
私は笑顔のまま、次はハムサンドに手を付ける。これは! こないだ作ったスラストピッグの燻製だね! きっとビルさんに無理を言って出して貰ったのかな。この甘めで爽やかな香りはおそらくりんごのチップかな。クセの少ないこの肉にとっても合ってる。合わせる野菜も主張が強くないレタスだけで、ハムを上品に包んでる。これもおいしい。
最後に手を付けるのはBLTサンドだ。これもマヨネーズとマスタードの味付け。いいよね。マヨネーズ。そして最大の主張をしているのはベーコンの代わりにでかでかと投入されたブラウンタイラントバッファローの燻製肉だ。これも先日作ったものかな。こっちは何の木か分からないけど強い香りがする。でも、脂やクセがタイラントバッファローの中でも大きいブラウンとも合ってる。しっかりと燻製しているので脂も落ちて食べやすくなってる。やっぱりブラウンは生を焼くよりこっちがいいな。ごちそうさまでした。
「どれもおいしかったよ。食材、ビルさんに頼んでくれたんだ?」
「はい。食材だけ出して貰いました。アオイ様に燻製の感想が聞きたいそうです」
「分かった。明日伝えるね」
「このベーコンうまいな!」
「お義兄ちゃん、これベーコンじゃなくてバッファローの燻製よ。ブラウンタイラントバッファローね。生よりさっぱりとしてておいしいわぁ」
「やはり肉がいいな。おいしいぞ、マリー、リリム」
「腕を上げましたね。二人共」
「「ありがとうございます」」
空腹も相まって、あっという間にサンドイッチは売り切れ。それぞれ紅茶とウィスキーを飲みながら休む。
「二人も疲れたでしょ。ジュース飲む?」
私は『ストレージ』からオレンジジュースを取り出してグラスに注いで二人に渡す。前に飲んだオレンジジュースに衝撃を受けたので、果汁百パーセントからアレンジしてみた。二人の反応を見てみたい。
恐縮しながらも受け取って飲んでくれる二人。
「わ、甘くておいしいです! オレンジジュースですか?」
「オレンジだけじゃなくてレモンとかも入れて、水で調整してるんだ。お店で飲んで気になったから、同じ様なのを作ってみたよ」
「すごいです!」
リリムちゃんの可愛い反応はいつもの事ながら、今日はマリーさんの反応が可愛かった。無言だけど笑顔でグラスをちょっとずつくぴくぴと傾けていく。一口飲むごとに笑顔が浮かぶ。そして無くなったらあからさまにしょんぼりとした顔をして、グラスを色んな方向に傾けている。まるで犬みたい。私はそっとお代わりを注いであげた。その途端、ぱあっと笑顔になって私に笑いかけてくれるマリーさん。可愛い。これは可愛い。
自分の状態に気付いたマリーさんが顔を真っ赤にして俯いてしまった。でもオレンジジュースは手放さずにさっきと同じように、ゆっくりと飲んでいく。マリーさんは今キリッとしてるつもりなんだろうな、口が綻んでいるけど。可愛い。
その後少しして、遅くなったので解散。
私とお姉ちゃんはちょっと遅いけどお風呂に入る。明日からしばらく入れなくなるしね。
一度部屋に着替えを取りに戻ると、タルトが窓辺でまったりしていた。
『おかえり、遅かったね』
「パパに捕まって仕事を手伝ってたのよぅ」
「大変だった……」
それからタルトを連れて四人と一頭でお風呂に入る。いつものようにお姉ちゃんに髪を洗って貰って、その間にタルトを洗う。
「そういえばタルト、今日はどこにいたの?」
『森の見回り。縄張りの魔物はうまく機能して森を治めてたよ。しばらく暴れる事はないね。後は、夕飯を食べた。クラウディアが寂しがってたよ』
「やっぱりお義母様、一人で食べてたんだ」
『僕が一緒だったけどね』
「うん、ありがとう」
次にお姉ちゃんの背中を流す。たまにはね。そしてこれも毎度同じく、恐縮するリリムちゃんの髪を洗う。今日は遅いので、お姉ちゃんと協力して二人を無理やり湯船に沈めた。『フロート』強い。
でもこれからは恐縮しても無駄なんだ。私は湯船に浸かっている二人に向かって言う。
「そうだ。私はお義父様に許可を取ったから、二人に言っておくね」
「「え?」」
「蒼ちゃんやっるぅ!」
「何の許可ですか?」
とぼけた顔で触れないのが勝ちと黙っているマリーさんと、全く分かってないリリムちゃん。
そして当然、マリーさんの無言の静止は効く事なく、リリムちゃんが尋ねてくる。
「この湯船に二人が入る許可だよ。私とお姉ちゃんだけの時ならいいって。残念ながら明日から出ちゃうけど」
「アオイ様……まさか本当にお取りになるとは……」
「そんな! 嬉しいですけど恐れ多いです! 使用人の矜持として入れません!」
「もう入っちゃってるし、リリムちゃんは雫と一緒に入りたくないの?」
「その言い方はずるいですよシズク様!」
お姉ちゃんがしおらしくリリムちゃんに聞いている。これは勝ち確定の顔だね。そして追い詰められたリリムちゃんが了承するまで一分ともたなかった。ちなみにマリーさんは、私が説明する時にはもう諦め顔だった。
タルトがレッドドラゴンになる前にお風呂を出る。体をリリムちゃんが用意してくれたバスタオルで拭いて、髪を『ドライヤー』乾かして部屋着を着る。
二人には部屋の前まで送って貰って、今日の仕事は終わりと告げた。
お姉ちゃんとタルトと部屋に入る。
タルトは定位置の窓辺へ。お姉ちゃんはベッドで日記。私はストレージ内の確認をする事にした。
「あ、明日、忘れずにビルさんに燻製貰わないと、それから食材も貰っちゃおう」
「そうねぇ。野菜はともかく、燻製肉は王都で作るの大変そうだものね」
『肉ならあるよ』
「加工が大変なんだよ……」
お姉ちゃんも日記を書き終わったみたいなのでベッドに入る。
「明日からまた冒険ね」
「そうだね、楽しみ。今度は王都かぁ。どんな所なんだろう」
「きっと楽しいところよ」
『シズクの場合、どこでも楽しそうだけど』
「そうよぅ、楽しむのが楽しいのよ」
「それじゃあ、おやすみ。お姉ちゃん、タルト」
「おやすみなさい」
『おやすみ』
評価、ブクマ、いいね、誤字報告いつもありがとうございます。
今回も楽しんでいただけたら幸いです。
==============
2022/12/11 誤記訂正




