EX. 蒼の備忘録01 ~和菓子の食材を探そう~
それはある日、お昼ご飯を食べた後の紅茶の時間の事だった。
珍しく、ジョセフさんがゲルハルト様との会話の流れではなく、いきなり私に話し掛けてきた。
「アオイお嬢様。今よろしいですか?」
「えぇ、いいですよ、ジョセフさん」
「先日、ご指示のあった食材の調査が完了しました」
「やった。調査ありがとうございます。それで結果は?」
「はい、私では判断出来ませんので、厨房に品々をまとめてあります。お手数ですがご確認をお願い出来ますか?」
「分かりました」
私は、ジョセフさんと早速厨房に向かう。お姉ちゃんとタルトも付いてきた。
厨房に入ると、ビルさんとトムさんが待っていて、私たちを迎えてくれる。
「お邪魔しますよ。ビルさん、トムさん」
「ようこそ、アオイお嬢様」
「食材はこちらに並べてあります」
キッチンカウンターには何種類もの豆が並んでいた。
それから一種類のお米。これは前ディオン領で見つけたお米と同じかな。
「お米はこれ一種類だけでしたか?」
その質問にジョセフさんが答える。
「はい。これだけでした。おまけに売るために生産している訳ではないため、生産量も少ないです」
「分かりました。ありがとうございます」
次に豆を見ていく。まず大豆を探してみよう。白っぽくて丸い豆を探していく。あ!
「これは、何だろう?」
「それはガルバンゾですね」
「ひよこ豆ねぇ」
「そっかぁ」
大豆では無かった。どうやら大豆は無いみたい。枝豆も無さそうだから作るのは無理かな。
次に小豆を探す。赤い豆は……あ! 赤い豆!
「これは?」
「こちらはレッドキドニーと呼ばれている豆ですね」
「残念、小豆じゃないかぁ」
「キドニーってインゲンね」
お姉ちゃんが教えてくれる。……という事は。
「お姉ちゃん、白インゲンってホワイトキドニー?」
「それかネイビービーンズね」
「ビルさん、ありますか?」
「ありますよ。こちらです」
お皿に乗った白い豆をこっちに渡してくれる。これが白インゲン……これで。
「これで白あんが作れる!」
あんこが食べられるよ! 嬉しい。
私は他にも豆を探す。
「蒼ちゃん、鶯あんって何で作るの?」
「鶯あん。お姉ちゃん好物だったね。あれは青エンドウだよ」
「という事はグリーンピースね」
「グリーンピースならありますよ」
トムさんがお皿を二枚持ってきてくれる。
「どうして二枚あるの?」
「一つは私たちが料理に使っている物です。もう一つは領民が保存用に乾燥させた物ですね」
「乾燥させた方を使います」
「こちらの方が新鮮ですが……」
「多分、乾燥させている方が豆を完熟させているはずです。なのでこっちを使います」
「完熟……その違いもあるんですね。かしこまりました」
「お姉ちゃん、鶯あんも作れるよ!」
「嬉しいわぁ」
意外と見つかるものだね。
「今回集めた量はこれだけですか?」
私はジョセフさんに尋ねてみる。
「勿論用意してあります。トム、倉庫から持ってきてください」
「分かりました。アオイお嬢様、ホワイトキドニーと乾燥させたグリーンピースでいいですか?」
「はい、お願いします」
トムさんが持ってきてくれている間、あんこの作り方の工程を思い出す。あ。最初から詰んでるじゃん。
「お持ちしました」
「ありがとうトムさん」
それから、いきなりで悪いんだけど、と続けて私は作業工程を話し始める。
「まず豆を水に浸すんだよね。それが半日から一日掛かるので、実作業は明日以降になります。私とお姉ちゃんは明日午前はマナー講習、午後は冒険者訓練があるので何も出来ません」
「分かりました。明日の午後に、水に浸けておきますね」
さすがビルさん、私が作業出来る時間を予想してくれる。
簡単にその後の作業を二人に説明して、今日はお開きになった。
そして翌々日。
今日もお姉ちゃんとタルトが付いてきた。
「二人共、やる作業は無いよ?」
「味見があるじゃない」
『味見って大役が僕にはあるよ』
「はいはい……」
「私共は侍女ですので……」
「何が出来るのか楽しみですぅ」
当然、マリーさんとリリムちゃんもいる。屋敷の仕事はいいのかな?
早速ビルさんが用意してくれた豆を使って、トムさんと三人で調理を始める事にする。
頭の中にあのミュージックが流れて、料理モードになる。短時間じゃ出来ないけどね。
まず大鍋に豆とたっぷりの水を入れて蓋をして沸騰させる。沸騰したら蓋を取って差し水をして、そのまま更に茹でる。再度沸騰したら火を止めて流水で豆をさっと洗う。
もう一度鍋に豆と水を入れて沸騰させる。沸騰したら弱火にして一時間位茹でる。
茹でたら水を切って軽く攪拌する。ヘラで混ぜながら更に軽く撹拌する。
鍋に移して砂糖を加えて中火に掛けながらヘラで練っていく。
トロッとしてきたら火を弱めて十分位全体をしっかりと練り続ける。
あんが立つ位の固さになったら火を止めて、バットに広げて移して冷まして完成。
この工程を白インゲンと青エンドウでそれぞれ作る。
「出来たのね?!」
「まだ熱いよ!」
『クール!』
お姉ちゃんがクールを詠唱してあんこを冷やしていく。
「あー、味とか食感とか変わっちゃうかも」
「大丈夫よぅ、はい、タルトちゃん」
お姉ちゃんが小皿に自分の分とタルトの分をスプーンで掬う。
今更もうしょうがないので、私はビルさんたちの分と自分の分を掬って小皿を四人に渡す。
いただきます。
「おいしい!」
『おいしいね』
「クリームとはまた違いますね」
「豆の甘さも感じますね」
よく出来たかな。あんこの食感と甘さが懐かしい。
マリーさんとリリムちゃんはどうかな。
「お嬢様、これ……私大好きです……。はぁ、おいしい」
「甘くておいしいですぅ!」
マリーさん、顔がとろけて恍惚としてるけど大丈夫? 好評そうでよかったけど。
「甘さ控えめで薄め小さめのパンケーキを作って、あんを挟むとおいしいよ」
私は更なる魔性の味を提案する。そう、あの猫型ロボットも大好物のおいしいお菓子だ。もどきかもしれないけど、かなり近いものが出来るのではと思っている。
「どら焼きね! 作りましょう! ビルさん、トムさん! お願い!」
『僕のも!』
「もうお茶の時間になるし、そこで出そうか」
「かしこまりました」
生地には忘れずにはちみつを少し入れる事を指示しておく。
私たちはマリーさんとリリムちゃんに頼んで、家族を呼んで貰う。急だったけどみんな参加してくれるみたい。
「多分余らないから、トムさんたちとマリーさんたちの分、先に避けておくといいよ」
「はい! ありがたく!」
「食べていいんですか?!」
私たちは、いいよと快く……若干一頭不満顔だったけど、了承してドレスに着替えに部屋に戻る。
今日選んだのは、最初に仕立て屋さんに行った時に自分で選んだドレスだ。
水浅葱、水色より更に薄い藍色のツーピースドレスで、スカートがふんわりと膨らんでいて可愛い。中にパニエを穿いて更に膨らませる。ボディスの裾が普通より伸びていて、濃い色でスカートと統一されているため、オーバースカートのようだ。
お姉ちゃんも自分で選んだドレスにするみたい。
勿忘草、ワスレナグサの花に似た明るい青色のツーピースドレスで、スカートは軽くバッスルが入っている。ボディスはウェストでしっかり締めているように見せている分、肩から胸にかけてはゆったりとさせてアクセントを出しているドレスだ。
二人でいつも通り互いを確認して……。
「蒼ちゃん……可愛い」
「そう? ありがとう。お姉ちゃんも可愛いよ」
この時に褒められるのは珍しくて、何だか照れてしまう。
でも、確認も済んだのでみんなで庭へ向かう。タルトは私の肩の上。鼻息荒くない? え、お菓子が楽しみ? 期待してていいよ。
庭に出ると、東屋にはすでにゲルハルト様、クラウディア様、お義兄様が座っていた。
私たちは並んで背筋を伸ばしてカーテシーをする。
「「お待たせしました。お忙しい所、急な呼びかけにも関わらずご参加いただきありがとうございます」」
「あぁ、それはいい。新しお菓子と聞いて居ても立っても居られずにやってきた」
「楽しみですわ」
「アオイの作るものはおいしいからな。期待しているぞ」
「今日は、故郷のお菓子、どら焼きの試食で集まっていただきました。よろしくお願いします」
早速、リリムちゃんに厨房からどら焼きを持ってきて貰う。マリーさんには紅茶を頼んだ。あんこが濃いから、コクのある紅茶がいいかな。その辺りは試食した時に話してあるから、私より詳しいマリーさんならきっと適切なものを選んでくれるはず。
リリムちゃんが厨房から持ってきてくれて、私たちのお皿に二つずつ配膳してくれる。白あんと鶯あんかな。
「パンケーキか? 形が独特だが……これなら食べ慣れているぞ」
「旦那様、まずは食べてみましょう。食べる前に批評するのは悪い癖ですよ」
「あ、あぁ。そうだな。すまない」
「ナイフとフォークで食べればいいのか?」
お義兄様が尋ねてきたので回答する。
「故郷では気にせず手で持ってそのまま口へ運んでいました。ただ、ここではよろしく無いので、私はパンのようにちぎって食べようと思います。勿論、ナイフとフォークでも構いません。中にあんこ、クリームの様な物が入っていますので、生地と一緒に食べるとおいしいと思います」
「「分かった」」
「分かったわ」
マリーさんが抽出の終わった綺麗な色の紅茶を淹れて配膳してくれたので、私は紅茶、お姉ちゃんはどら焼きを一口食べてから家族に勧める。
ゲルハルト様、お義兄様、タルトがあっという間にどら焼きに飛びつく。タルト、一気にそんな食べたら咽せるよ?
クラウディア様は優雅にナイフとフォークで食べるみたい。私もいただきます。
手に取って半分に割る。最初は白あんのどら焼きだ。
クセが少なく、あっさりした味わいがする。勿論、砂糖を使っているので甘味もあるけど、豆の味もしっかりと感じる事が出来る。
「おや? 父上とアンコ? の色が違うな、まさか、父上のと味が違うのか?」
「何だと! ハインリヒ、それを私に寄越すんだ」
「父上が俺に渡せばいいでしょう」
「食べていないもう一個の方がちゃんと別の味ですから。もし一緒だったらご用意しますし。白いのが白あん。緑のが鶯あんと言います。材料にしている豆が違います」
「豆と言うと、ジョセフに調べさせていた件か?」
「そうです。今回白インゲンと青エンドウを使いました。他にもあるかもしれませんが、私には分かりませんでした」
答えてから、そそくさと私はもう一つのどら焼きを手に取る。割ってみると、作った時に見た綺麗な緑色の鶯あんがぎっしり詰まっていた。
食べると濃い豆の味が口全体に広がり、グリーンピースに似たえんどうの甘い味わいがする。
隣を見るとお姉ちゃんも丁度鶯あんのどら焼きを食べているのか、おいしいそうに頬を綻ばせて笑顔で食べている。
「アオイ、領民に作り方を教える事は可能か?」
「可能です。ビルさんもトムさんも、作り方をもうほとんど覚えているはずです」
「私も覚えました!」
リリムちゃんが手をあげて元気よく答える。私の料理を覚えるってずっと見てるもんね。料理の素養は元々あるし、仕込めばかなり出来る様になるんじゃ。
しかしクラウディア様が待ったを掛ける。
「旦那様、このお菓子は先日のカステラと同じ様になると思います。領民に伝えるのは早計かと」
「ふむ……そうだな。慎重に考えるとするか。アオイ、しばらくはアンコの調理は禁止に……」
『ゲルハルト、禁止にするなら僕と決闘だ』
「ちょっとタルト?!」
「ど、どうしたタルト。何が不満だ?」
『せめて僕だけは食べられる処置にして欲しい』
タルトの食い意地の張った全力要求だった。
「分かった。確かに、私も食べたい。しばらくは屋敷の者にのみ振る舞う事を許す。これでいいな?」
『それなら翼を収めるよ』
「もう……。ゲルハルト様、かしこまりました」
後は、いつも通りゲルハルト様とハインリヒ様、タルトのお代わりの嵐で売り切れて終了。やっぱり使用人たちの分は先に避けといてよかったね。しかし三人共よく食べられますね……。
使用人たちからこっそり聞いた感想も良好でよかった。ビルさんとトムさんには今日の決定を伝えておく。家族に振る舞う分には率先して出してもよさそうだね。
これでカステラ、どら焼きと出来た。小倉あんが作れないのは残念だけど、この世界でも十分和菓子が食べられていいじゃない!
そろそろしょっぱ味も欲しくなったなぁ。お団子とか。もち米の入手は必須みたいね。後はところてんなんかはどうやって作るんだろう。
この世界の食事もお菓子もおいしいし、ゆっくり探してけばいいか。
評価、ブクマ、いいね、誤字報告いつもありがとうございます。
今回も楽しんでいただけたら幸いです。




