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40. リインフォース家の娘たち1

 今日は食事のマナーをリンダ様に教えて貰うため、三人で食事だったので、家族とは別だった。


「食事も済みましたし、今日はここまでといたしましょう。そろそろ社交に出てみても問題なさそうですね」

「「ありがとうございました」」


 リンダ様を見送って、私とお姉ちゃんはホッと息を吐く。だいぶ出来るようになってきたとはいえ、緊張するんだよね。

 今日はいつもより特に緊張した。というか身が入ってなかったかもしれない。

 それもそのはず、今日は火の日。そして今はその午後。それは、三日前にゲルハルト様に話があると呼ばれて、指定された日だ。

 でも、クラウディア様に秘密で話ってなんだろう。

 何やら緊張していた様だったし……。

 まさか……クラウディア様がいるのに、お姉ちゃんか私に恋をしたとか?!


「蒼ちゃん、さすがにそれは、雫でも間抜けと言わざるを得ないわぁ」

「ちょっと、何で考えてる事が分かって……!」

「顔、ティーンズ文庫読んでる時と同じ顔してるわぁ」

「私、変な顔してるの?!」

「可愛いわよ。独特で」

「きゃああああ! 忘れて!」


 はいはい、と私をあしらうお姉ちゃん。いつもと立場が逆だよ……。


「緊張は解けた? じゃあ行きましょう」

「……うん」


 私、緊張してたのか……。それとも方便なのか……。

 リンダ様のお見送りで、玄関まで付き添っていたマリーさんとリリムちゃんが戻ってきたので、二人を連れてゲルハルト様の執務室へ向かう。

 執務室の前に着いて、マリーさんがノックをする。


「旦那様、マリーです。お約束の時間となりましたので、シズク様とアオイ様をお連れしました」


 すぐにジョセフさんが中から出てきて、私たちに入室を促してくれた。

 中に入ると、ゲルハルト様が中央に置かれた大きな執務机に座って書類に向かっていて、ハインリヒ様が書類棚の前で書類を確認していた。

 サラサラと何かを書いてジョセフさんに渡した後、カップからお茶を飲んで一息吐いて言う。


「忙しい所済まないな、二人共」

「いえ、午後は空いてましたので大丈夫です」

「ゲルハルトパパの方が忙しそうに見えるわぁ」

「あぁ、ハインリヒが頑張るから大丈夫だ」


 俺?! と言った顔をするハインリヒ様。


「お茶と、軽くお菓子だな。すぐに頼む。その後、三人だけにしてくれるか?」

「分かった」


 かしこまりました、とマリーさんがお茶を淹れ始める。

 抽出時間を経て、リリムちゃんが用意したお菓子と一緒に執務机前の応接机にお茶が置かれ、私たちは隣り合ってそこに座る。向かいにゲルハルト様も座った。

 ハインリヒ様がマリーさんとリリムちゃんを連れて退室し、最後にジョセフさんが扉を閉める。


『ロック』


 その声がすると共に、扉からガチャリと鍵の閉まる音がした。

 人払いして鍵まで閉める。今までこの部屋で話をした事は何度もあったけど、ここまで物々しいのは初めてだ。緊張してきた。

 もしかして、私たちが何かやらかしてしまって、早くも勘当を宣言されるとか……。最後にマリーさんが淹れてくれたこの紅茶、楽しめるかな……。


「私たち、勘当ですか?」

「ん、感動? 私は二人が義娘になってくれて感動しているぞ」

「ゲルハルトパパ違うわ。蒼ちゃんは縁を切られるんじゃないかって急に心配になってるのよ」

「何故そうなる……。そんな事はしないから安心してくれ」

「よかった……お姉ちゃんが何かやらかして縁を切られるんじゃないかと……」

「雫は何もしてないわ。心配し過ぎよぅ」

「え?」

「そうだぞ。二人を守る事はあっても突き放す事はしない。ただ、今日はそれに似た苦い話をする事になる。二人を呼んだのは、人に知られてはまずい話をするためだ。私以外にはハインリヒしか知らない。ジョセフも、クラウディアも知らない話だ」


 私は息を呑む。お姉ちゃんは最近リンダ様から学んだ所作で優雅に紅茶を一口飲み、口を開く。


「それは、リエラちゃんの話かしら?」


 何でリエラの話? あ、そう言えばマリーさんに言われた事を思い出した。


「クラウディア様の前でリエラの話題は避けるようにと言われました。それと関係があるんですか?」

「まさにその事だ」


 今度はゲルハルト様が紅茶を飲み、カップを置く。


「要は二人がこの家に来た時に話した内容には、不足があると言う事だ。今日はそれを説明する。リインフォース家にとっては知らなくてはならない事だ」

「じゃぁ、何故クラウディア様には話さないのですか?」

「勿論クラウディアには一度話そうとした。ただ、受け付けないんだ」

「受け付けない?」

「リエラを失ったショックで体調を崩す。その姿はあまりにも無残で、私は話を続ける事が出来なかったよ。その日から、クラウディアが話し掛けた時以外、リエラの話はタブーとした。屋敷でも、領都でもそういう風潮にした」

「そうだったのねぇ」

「さて、話を始めよう。二人がどこまでリエラから聞いてるか分からないし、先日の内容も話すから、重複する話や異なる話もあると思う。だが、今日は一切ぼかさずに話す」


 私とお姉ちゃんはゲルハルト様を見て頷く。


「娘は聡明で魔術の才能に溢れていた。特に十二歳になってその才能は一層開花した。その日から、私たちの魔術技能を抜くのはあっという間だったよ。特に娘が傾倒したのは新しい魔術の開発だ。生活魔術もその副産物だと言っていたよ。領民のためになると思って、初級魔術をアレンジしたとな」


 それをゲルハルト様は大きな事だと考え、国に報告。あっという間に生活魔術は貴族を中心に浸透。リエラは生活魔術の祖として名を国中に広めたらしい。


「二人は知らないかもしれないが、この国の貴族の子女は十五歳で学院に入る。そこで多くを学び、卒業する十八歳までに自ら進むべき道を決める。だから娘もその学院に入る予定だった。しかし、その才能に目を付けた王国魔術師団が、娘を十五歳の時にスカウトした。国のためにその才能を一刻も早く使うべきだとな。私は当然反対した。娘には娘の未来があるからだ。これは国の意思で決めていい問題じゃない。娘も当初悩んでいたよ。しかし、最後には魔術師団に入ると言ってきた。『私にはこれしかないからの』と」


 だが、とゲルハルト様が更に話を続ける。


「後から調査して分かったんだが、どうやってかは知らないが、その頃にリエラに接触した上位貴族がいる」


 突然の不穏な空気に緊張する。


「それが、リエラが行方不明になった時にリエラを妬んでいた貴族ですか?」

「その貴族が敵なのねぇ」


 しかし空気を弛緩させるように、ゲルハルト様が笑って答えてくれる。


「落ち着きなさい。二人共。その話はまだ後だ。リエラに接触した貴族は、ウェリス伯爵。伯爵自身もだが、魔術師団に血族を何人も入団させている家系だ」

「ウェリス領はどこにあるのかしら?」

「いや、ウェリス伯爵は土地を持っていない」

「土地を持っていないのに貴族なの?」

「ん? そうか、貴族について説明してなかったな。この国には領地を持っている貴族とそうじゃない貴族がいる。一昨日来たキルシュ子爵夫人の夫、キルシュ子爵も土地を持っていないな。土地とは別に爵位がある。一番上は貴族では無いが王族。王族の血族である公爵。それから爵位が高い順に侯爵、伯爵、子爵、男爵と続く。うちは領地持ちだが、爵位では下の方だな」


 だから、王国でも小間使いが多い、と笑うゲルハルト様。ちなみに何故領地を持っているかは、昔からのしきたりだからと、よく分からないそうだ。


「さて、話が逸れたな。続けるぞ。娘が考えを決めたのはウェリス伯爵の関係者が接触した後だ。何か交渉ごとがあったのではないかと考えている。しかし娘に聞けない以上、真相は闇の中だな。そして娘は魔術師団に入り、頭角を表していった。それこそ二年で副師団長にまで上り詰める程に」


 私にはそれがどれくらい凄い事なのか分からないけど、あのリエラでも悔しかったり努力したりして頑張ったんだな、と思う。


「魔術師団では、季節の変わり目ごとに休みが貰えるらしい。娘は毎回帰ってきて、マリーにお菓子をおねだりして、だらけては王都に戻っていくのを繰り返していた。私も領都でよく一緒に買い食いしたな」


 だらけている姿がありありと浮かぶ。そう言えば休みの日は、森の家でもとことんだらけていたな。


「懐かしいわねぇ。リエラちゃん、休みの日はいつもだらけて蒼ちゃんにお菓子をおねだりしてたわね」

「そうだね、昔からずっと同じ事してるんだね」

「あの子は今でもそうなのか……そんなでは嫁の貰い手が……」


 父親的には切実な悩みが聞こえたけど、聞こえないふりをする。


「ただ、十七歳を過ぎて帰って来なくなった。ここは前も説明したな。初めは副師団長になったと手紙に書いてあったから、忙しくなったんだろうと私たちは思っていた。しかし次の季節が巡っても帰ってこないし、しょっちゅう来ていた手紙も来なくなった。とうとうクラウディアが帰ってきて欲しいと手紙をしたためたよ。私の名義で出したがな。手紙はすぐに帰ってきた。いや、早過ぎて届いたときには行き違いになったんだろうと思った。しかし筆跡も内容もリエラからでは無かった」


 そこで紅茶を一口含むゲルハルト様。ゆっくりとして優雅なはずなのに、手が震えている気がする。

 一息ついて、私たちをじっと見て言う。


「国から私への召喚状だ」

「召喚状って呼び出しですよね。一体何で……」


 お姉ちゃんがクッキーを口にして話し出す。


「リエラちゃんが何かしたって事よねぇ。一体何があったの、ゲルハルトパパ」

「あぁ、私も目を疑ったが、国からの召喚だ。すぐに王都に向かって王に面会を願った。ここも話したと思う、王から説明されたのは、息子、つまり王子をリエラが暗殺しようとしたと言う事だ」

「リエラはそんな事をする人間じゃ!」

「リエラちゃんはそんな事をする子じゃ!」


 私とお姉ちゃんに落ち着けと手で制するゲルハルト様。これは過去の話だ。落ち着いて聞かなきゃ……。でも、分かっていても落ち着けない。


「ありがとう。娘は二人にとても信頼されていたようだ。私もそんな事をする子じゃないと思っているよ。だから詳しく聞いたし、裏付けも取った。それを説明する。どうやら、事の発端は王都にワイバーンの大群が出た所から始まる。騎士団と魔術師団が出動となったが、相手は縦横無尽に空を飛ぶからな、弓より魔術だと魔術師団が攻撃の中心と言う作戦になったらしい。しかし国直轄の魔術師団とは言え、ドラゴンの下位種を倒せる程の猛者は少ない。そんな中で、リエラは当然倒せる力を持っていた。副師団長と言う立場もあって一番槍だったそうだ。高火力の火属性魔術で複数のワイバーンを一度に焼いて行った時、事件が起きた」


 再び紅茶を手に取るゲルハルト様。私とお姉ちゃんは、固唾を呑んで話の続きを待つ。


「焼け死んだワイバーン一体が、騎士団長として一緒に出動していた王子の目の前に落ちたと言うんだ。当たった訳でもないし当然、王子に怪我はない。しかしこれ幸いと思った人間がいた」

「それが暗殺未遂になったのねぇ」

「そうだ。さっきも言ったウェリス伯爵の次男、レント・ウェリスがその事故を暗殺未遂だと言い始めた。しかし王子も馬鹿ではない。ただの事故だとあしらったそうだ。現場、それも目の前にいた訳だしな」

「だとしたら、何で暗殺未遂が罷り通っちゃったんです?」

「裏で手を引いた貴族がいる。貴族派の筆頭、イースタイン侯爵だ」

「貴族派……」


 話が大きくなってきたぞ。派閥問題!


「派閥について軽く説明しておこう。この国の貴族社会には、大きく王族派、貴族派、民衆派、中立派がある。王族派は王を第一として、全ての民は王のために生きるべしという考えだな。貴族派は、貴族こそが選ばれてこの国を支える者で、そこに力や財を集中すべしと考える。ただ、国や自分たちを侮られないために王は立てる。民衆派は王や貴族は義務や立場に沿った仕事をしつつも、国は民のためにある、という考えだ。中立派は、それらに属さない。中には独自の考えを持っている貴族もいる。私は民衆派だ。二人に派閥や考えを強要するつもりは全く無いが、貴族と会話をする機会がある時には、頭に入れておいてくれ」

「「はい」」

「話を戻そう。どうやら娘を排斥する事が、貴族派の利益になると考えたらしい。現に娘には名声も力もあったし、民衆派の娘としての肩書きもあったしな。手回しは早かった。貴族派の声をまとめ上げ、王子があしらえない程に声が大きくなったんだ。無視すれば、王国の運営に支障が出る程に、と言う事を、私は後から王子の使いに聞いた。私が召喚された場には娘もいてな、その時王に問われたのは、『この者はお前の娘か?』だった」

「え?」

「娘でしょう?」

「勿論、私は頷きたかった。だが、すぐに頷けなかったよ。それより早く、王の言葉の直後に娘が叫び出したんだ。『わしはすでに勘当された身だ!』とね。いつも可愛らしく笑って、綺麗に着飾ってた娘が、兵士に押さえられながら狂った罪人のように暴れて叫び出した。あの子は聡明な子だ。私はこれがメッセージだと気づいたよ。もし私が頷けば、一族はおろか、領民にまで被害が及ぶ。王族の殺害は一族郎党死罪だ。未遂でも私たち一家は死罪だろう。あの子はそこまで想定していたんだろうな。私は娘の叫びを肯定する事しか出来なかった」

「だからリエラ、勘当されたって言ってたんだ」

「でも、よく殺されなかったわねぇ」

「あぁ、その時幸いだったのは、民衆派筆頭のノーヒハウゼン侯爵が我が身を顧みず助命に動いてくれたのと、王子自身がこの才能を殺すには忍びないと、王を説得して幽閉を勝ち取った事だった」

「それがマイヤ領の森ねぇ」

「あぁ、マイヤ伯爵は中立派だからな。貴族派としては王子と喧嘩するつもりは無かったし、リインフォース領から離れた中立派の森なら監視出来ると頷いたよ。副師団長の席には、件のウェリス伯爵の次男が収まった。これも貴族派の圧力だ」

「なるほど……」


 しかし、そんなのは私にとって些細な事で、大きな問題がある。と口を開くゲルハルト様。


「だが私は、家族と領民のために、家族を犠牲にした罪人だ。娘に会う事はおろか、恨まれていても仕方のない人間だ」

「そんな事はないです!」

「そうよぅ」


 私は思い出す。あの森での出来事やリエラと話した事を。


「リエラは、一度も恨み言を言ってなかったですし、毎日楽しそうにしてましたよ」

「それに、さっきゲルハルトパパに聞いた家での過ごし方と、森での過ごし方はそっくりだわ。きっと家が大好きなのよ」


 だからパパは罪人では無いわ。家族を守った人よ、とお姉ちゃんが続けるのに私も頷く。


「あぁ、ありがとう」

「しかし許せないわねぇ、ウェリス伯爵次男……」


 お姉ちゃんが憤慨して声を荒げている。


「まてシズク。この一連の話は緘口令が敷かれているし、王族も関わる大きな事だ。二人も外で話す事はおろか、間違っても仕返しなんて考えないように」


 私はお姉ちゃんと同じく憤懣な気持ちを落ち着かせるために、紅茶を飲む。すっかり冷めてしまったので、とりあえず、と『ヒート』で三人分の紅茶を温める。マリーさんが淹れてくれたお茶なのに、温め直すとあまりおいしくない。不思議。


「まだ長くはないが、二人が来てクラウディアも明るくなった。私はそれを嬉しい事だと思っているよ」


 だから気にせず、いつまでもいたらいい、と言ってくれるゲルハルト様。


「ハインリヒもこれを機に女性に慣れてくれれば、きっと嫁探しが……」

「前に婚約者がいたような話ぶりだったけど、違うのかしら?」

「あぁ、ハインリヒは女性に好かれない訳ではないんだが、女性慣れしてない上にリエラの問題でますます女性が寄り付かなくなってな……。二人には済まないが、今、貴族の間ではリインフォース家の女性になるというのは汚点でしかないんだ」

「私たちは気にしませんよ」

「雫も蒼ちゃんも、ここの家族になれて嬉しいわ」

「二人には救われるな」


 さて、話は終わりだが、何かまだ聞きたい事はあるか? と聞かれる。私たちは首を左右に振って、もう話は全部聞いたと伝える。

 じゃ、終わるか、とゲルハルト様がベルを鳴らす。すぐにジョセフさんとマリーさん、リリムちゃんが入ってくる。あれ、ハインリヒ様も?


「ハインリヒ、お前、仕事は?」

「この部屋の資料が無いと出来る訳がないだろう馬鹿親父」

「馬鹿とは何だ! それくらい覚えてろ!」

「じゃあ父上は覚えてるのか? さすがだな、去年と一昨年の小麦の収穫量差は?」

「それはあれだ、ジョセフが知っている」

「だからジョセフとずっと話してたんだよ」


 おかげで仕事は終わってるぞ馬鹿親父、と資料をゲルハルト様に渡すハインリヒ様。仲良いなぁ。しかしジョセフさん、もしかして全部覚えて……。


「話は済んだか?」


 ハインリヒ様がコソッと私とお姉ちゃんに話してくるので、私たちは頷く。


「俺も妹を守れなかった。だから今度は同じ間違いは犯さない」


 そう言ってくれる。するとお姉ちゃんが、お義兄ちゃん! と抱きついて、慌て出すハインリヒ様。女性慣れかぁ。私もささやかながらお義兄様の頭を撫でる。真っ赤になるお義兄様。あ、面白いかもしれない。

 マリーさんにお茶を新しく淹れて貰って、味の違いに感動しながら飲む。

 リリムちゃんがお姉ちゃんとお義兄様の掛け合いに笑っている。

 ジョセフさんとゲルハルト様がそれを穏やかに見ている。


 ……。


 リエラもここにいたら、楽しんでくれたのかな。



評価、ブクマ、いいね、誤字報告いつもありがとうございます。

今回も楽しんでいただけたら幸いです。

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