EX. 雫の日記帳03 ~お義兄ちゃんとお出掛けするわぁ~
「お姉ちゃん、私は今日の午前はカステラを作るけど、お姉ちゃんはどうする?」
今日は午後からお茶会の日ね。蒼ちゃんはそれに出すカステラ作りのために午前は忙しい。
雫はどうしようかしら、と考えて、お義兄ちゃんに狙いを付ける。
「午後からお茶会よね。午前は何も予定が無いから、お義兄ちゃんと街で遊んでくるわ」
という訳で朝ご飯を食べ終わって、カステラ作りのためにタルトちゃんとパパと三人で厨房に向かった蒼ちゃんを見送って、雫は紅茶を飲んでいるお義兄ちゃんに話し掛ける。
「お義兄ちゃん! お出掛けしましょう!」
「ん、いいぞ。珍しいな、今日はアオイと別なのか?」
「今日は蒼ちゃんが午前カステラ作りで忙しいの。けど、雫は暇なのよぅ。だから、お買い物に行きましょう」
「分かった。早速行くか?」
「えぇ!」
侍女のドロシーちゃんに馬車を用意させようとするお義兄ちゃんを止めて、歩きを提案する。
「そのドレス、歩くのは大変じゃないか?」
「これは冒険者の時から着ているお洋服だから大丈夫よぅ」
くるりと回ってお洋服をお義兄ちゃんに見せる。今日着ているのは、リエラちゃんに選んで貰ったクラシックロリータ。ドレス程じゃ無いけど、街で歩くのにここまで綺麗にする庶民は珍しいって位の服ね。スカートのフレアがゆったりしていて可愛いの。
「似合っているぞ」
「ありがとう、お義兄ちゃん」
「その呼び方、こそばゆいな」
「いいじゃない。事実だもの」
照れたお義兄ちゃんも可愛い。貴族の子息だけど、お忍び用の服なのかあまり派手な服装じゃない、けれど質のいい生地のズボンにシャツ、ベストといったシンプルな格好だわ。
「お義兄ちゃんも似合ってるわよぅ」
「あぁ、ありがとう。どうも派手なのは苦手でな……すまない」
「気にしなくていいわよぅ。素敵だもの」
恐らく釣り合いを気にしたのだと思うのだけど、釣り合わないなんて思わないし、街でそんな事を気にする人は誰もいないわ。
雫たちは二人で、とは行かずにドロシーちゃんを連れて三人で街へ向かって歩き出す。
「雫は、何か欲しい物があるのか?」
「えぇ。ドレスに合うヘアアクセが無いのよぅ。だから、お義兄ちゃんに選んで欲しくって。勿論、蒼ちゃんの分もね!」
「分かった。なら仕立て屋の裏だな。装飾品の店がある」
「案内お願いねぇ」
「任されたよ」
それから、お義兄ちゃんの案内で仕立て屋のある区画の角を曲がり、奥に入っていく。
道は馬車がギリギリ入れるかどうかってくらいの幅になっていく。ここじゃ、馬車で来れなかったわね。歩きにしてよかったわぁ。
「ここだ」
お義兄ちゃんに指されたのは、ワインレッドの屋根で出来た木造の建物で、建物央にある扉の両サイドには大きなウィンドウ、そしてその中に装飾品が飾られた綺麗なお店だった。
「可愛いお店ねぇ」
「中も気に入るはずだ。入るぞ」
お義兄ちゃんにエスコートされてお店に入る。
中に入ると、メガネをかけた小柄なお婆ちゃんが椅子に座って装飾品を磨いていたわ。
そのお婆ちゃんが顔を上げてこちらを見る。
「おやまぁ。ハインリヒ坊ちゃん。お久しぶりですねぇ。いらっしゃいませ」
「坊ちゃんは止めてくれ。俺ももう大人になったんだ。久しぶりだなリジー」
「今日はなんと可愛らしいお嬢様を連れて、いよいよご結婚ですか?」
「いや、先日義妹になったシズクだ。双子の義妹がもう一人いる」
「まぁまぁ、ゲルハルト坊ちゃん……領主様も随分と大胆な事をなさいますねぇ」
ゲルハルトパパをも坊ちゃんと呼ぶこのお婆ちゃんに、雫は尊敬を禁じ得なくてカーテシーをして挨拶をする。
「初めまして、雫よぅ。よろしくねぇ、リジーさん?」
「えぇ、えぇ。よろしくお願いしますよ。シズクお嬢様。リジーで結構ですよ。私はしがない売り子ですからね。ところで、本日はどの様な物をお求めでしょうか?」
穏やかだけど、何でも見抜きそうな鋭い目で見つめられて、ドキッとしてここに来た目的を答える。
「貴族になってドレスを作ったのだけど、それに合う髪飾りが無くて。雫と、妹の蒼ちゃんの分をいただきに来たのよぅ」
「かしこまりました。ドレスの色と、妹様の髪色と髪型を教えてください。デザインはお揃いがいいでしょうね」
「シズク、リジー、俺が選んでいいか?」
「おや。勿論ですとも坊ちゃん。では審美眼を見せていただきましょうかね」
「お義兄ちゃんが選んでくれるの?」
「あぁ、俺じゃ不満か?」
「ううん。嬉しいわぁ。よろしくねぇ!」
お義兄ちゃんの予想外の提案に嬉しくなって大声で頷いちゃったわ。静かな雰囲気のお店でちょっと雫も恥ずかしくなる。
「シズクはミディアムで髪色は濃い藍色。アオイはボブで鮮やかな青緑だな。ドレスは何を着るんだ?」
「今日は多分、昨日と同じのを着てとクラウディアママに言われるわね。白磁のボディスに蒼ちゃんは鉄色のスカート。雫は濃藍のスカートよ」
「なるほど。髪を纏めたり結んだりするより、飾る物で揃えるのがいいだろうな。リジー、どんな物がある?」
「お待ちくださいね。それですと……これはどうでしょうか?」
リジーさんが奥から取り出して来たのは、華やかに装飾されたバレッタだわ。それは大きな木の枝だったり、天使の羽根だったり、そんなデザインの物が多い。蒼ちゃんは髪を結ばないし、雫も普段はゆるく纏めるだけだから、バレッタって選択は間違っていないわ。でも……。
「リジー、ちょっと派手すぎる。二人共俺より若いし何より綺麗だが、これだと髪飾りと被って折角の二人の美人な印象が薄くなる。ドレスも派手じゃ無いしな。もう少し落ち着いたのは無いのか?」
「勿論ありますよ。こちらはどうでしょうか」
今度はさっきと比べてあっという間に出てきた。さっきより小ぶりで、楕円形に丸みのある幾何学的なデザインだったり、小さな花を散りばめたデザインだったり、デザインは落ち着いた印象を受けるわ。
リジーさん、お義兄ちゃんを試しているのね。リジーさんを見ていると、真剣に髪飾りを見ているお義兄ちゃんの隙を縫って、リジーさんがその通りだとシズクにウィンクしてくる。面白くなってシズクもお義兄ちゃんに近づいて話し掛ける。
「お義兄ちゃん、どう? 蒼ちゃんと雫に似合いそうなのは見つかった?」
「あぁ、リジーが後から出して来たデザインの方が二人に似合いそうだ。だが、まだちょっと違う気がするな」
「おや? そうですか。ではどんな物がよろしいですか」
「うむ……宝石だな。石が大きくて色が派手すぎる。小さく散りばめた物はあるか? 宝石だけで見たら最初の方がよかったかもしれない」
「……だいぶ審美眼は育ったようですね、坊っちゃま。いえ、ハインリヒ様、こちらはいかがでしょうか?」
リジーさんが最後に持ってきた三つ、まさにお義兄ちゃんが言った、宝石は最初のグループの傾向で、デザインは後のグループの傾向の物だった。楕円形のデザインに小さな赤系統の宝石を散りばめた物。小さな丸と四角を並べて、それぞれに青や緑の宝石を嵌めた物。枝の先に、葉っぱを模した緑の宝石がついている物。どれを付けても蒼ちゃんに似合いそうだけど。
「シズクはどれがいい?」
「ここまで選んでくれたんですもの、最後までお義兄ちゃんが選んで?」
「分かった。ならこれだな」
「蒼ちゃんにとっても似合いそうだわ」
「自分じゃないのか? シズクはアオイが一番なんだな」
「そうよ。覚えておいてお義兄ちゃん。雫は蒼ちゃんが大好きで、蒼ちゃんが一番、蒼ちゃんのためなら何でも出来るの」
「そうか……分かった。リジー、これにする。色違いはあるか?」
「えぇ。宝石の嵌め方を逆にした物がありますよ」
「ではこれと、それを一つずつ貰おう。いくらだ?」
「お義兄ちゃん、雫と蒼ちゃんの物だし、雫が払うわ」
「何を言う。可愛い義妹たちにプレゼントをあげても問題ないだろう?」
「ありがとう、お義兄ちゃん」
リジーさんが箱に包んでくれている間、ディスプレイしてある他の髪飾りを見て待っていた。冒険者モードの時に使えそうな、普段使いの物も一杯あるわね。
包み終わって雫のは自分で、蒼ちゃんのは後で俺が渡す、とお義兄ちゃんが受け取った。
同時に、お義兄ちゃんが安く無い金額をリジーさんに支払う。あの金額は、蒼ちゃんじゃないと持ってないわ。危なかったわね。
店先までお見送りしてくれるリジーさんが最後に言う。
「坊っちゃま、私もそろそろお迎えの身の上、次は婚約者様の髪飾りを選ぶ坊っちゃまを見たいですね」
「……俺もそうしたいのは山々だが、期待するな」
「お義兄ちゃん、相手がいないの?」
「いるには……いや、昔はいたんだが、今はいない。難しい物だな」
「坊っちゃまはこう見えてなかなか優秀でございますから、すぐにいいお相手が現れますよ」
「だといいんだがな」
どうやらあまり触れない方がいいみたい。
それから、いくつかのお店を二人で冷やかして広場の方へ向かうわ。
途中でハインリヒ様! 坊ちゃん! なんて声が聞こえて、互いに気さくに話している。どうやらお義兄ちゃんも街の人たちに人気みたいね。
「お義兄ちゃんも人気なのね」
「あぁ、父上程じゃないが、俺も街にはしょっちゅう顔を出すからな。よくして貰っている」
「じゃあ買い食いなんて慣れた物でしょう? 雫、小腹が空いたわぁ」
「いや、やった事無いな」
「え?」
「街の人と話はするが、露店で買った事は、無いと言ったんだ」
「それはこの領の領主子息として間違ってるわ。今から行くわよぅ!」
お義兄ちゃんの手を引いて広場の露店に行く。戸惑うお義兄ちゃんを無視して向かったのは、こないだから目を付けていたけど、機会が無くて寄れなかった串焼きの露店よ!
メニューは牛、豚、羊、ウサギ、肉。最後だけお肉?
「おじさーん! このお肉って何かしら?」
「おう嬢ちゃん、と、ハインリヒ様?!」
「あぁ、寄らせて貰うぞ」
「これはこれは、珍しいですね……」
「それで、お肉って何かしら?」
「これは、領主様が昨日肉を配ってたでしょう? その肉なんだけど、何の肉か分からないんでさぁ。ただ、うまいですよ」
「じゃあそれを三本貰うわ!」
「毎度! 今焼きますんでお待ちください」
雫は三本分の代金を払って焼き上がりを待つ。
「何のお肉かしらねぇ」
「タルトが狩って来た魔物肉だろう。ハズレは無いな」
おじさんから焼き上がった串を渡されたので、一本をお義兄ちゃんに、もう一本をドロシーちゃんに渡す。ドロシーちゃんはまさか自分の分もあると思わなかったらしく、驚いて最初断って来たけど、一緒に食べましょう、と押し切ったら雫にお礼を言って受け取ってくれたわ。いただきまーす。
「うまいな……何の肉か分からないが」
「ん、これはフェロシティベアね。こんな魔物もいたのねぇ。昨日焼いてる方には無かったわ」
「シズク、よく分かるな。俺は食べた事が無いから分からなかったぞ。ドロシーはどうだ」
「熊と言われたらその感じはしますが、それよりとても濃厚でおいしいですね。シズクお嬢様はよくお分かりで」
「リエラちゃんと蒼ちゃんと、狩った獲物は大抵食べてきたわ。だから、大体分かるの」
「そうか……うちの妹たちは思ってた以上に野生児に育ったんだな……」
「リエラちゃんに言われたのよ。狩ったなら食べるのが礼儀だって。兄に教わったって言ってたわよ」
「そう言えば小さい頃父上とリエラと三人で狩りに行って、狩ったウサギを食べると聞いて泣いていたリエラに言った記憶があるな」
「泣いているリエラちゃんなんて想像つかないわね……」
そこで話をおじさんに中断される。
「何の肉か分かったかい? 嬢ちゃん」
「えっと……」
雫はおじさんにフェロシティベアの肉だと教えるべきか考える。教えたらどうなるかしら。
「フェロシティベアだそうだぞ」
お義兄ちゃんが答えてしまった。お肉、値上がりするかしら。
「フェロ……え?」
諦めて雫も説明する事にする。
「フェロシティベアよ。熊の魔物ねぇ。市場で見た事は無いわ。後昨日、食事会場の方には出てなかったから、配布で貰った人しかこのお肉持ってないわよ。想定価格は今払った額の数十倍だけど、追加で払った方がいいかしら?」
「こちらのお嬢さんは……?」
おじさんがお義兄ちゃんに向かって問いかける。
「あぁ、義妹だ」
「は、はぁ……えぇ?!」
「一昨日ゲルハルトパパが広場に来て騒ぎになってたの知らない?」
「あ! あの時のお嬢さん! 自分は遠目で見ていたもので、気づかずすみませんです」
「いいのよ。よろしくね。それで、払った方がいいかしら?」
「い、いえ! とんでもない、通常の利益以上を取るのはルール違反ですし、うまい肉を安く食って貰えるなら最高でさぁ」
「それはいいわね。確かにおいしかったわぁ」
「ありがとうございます」
そして今の騒ぎを聞きつけた人たちがちらほらと集まり始める。
ここでしか食えない肉があるらしいとか、ハインリヒ様と新しく養女になった娘が太鼓判を押したとか、ドロシーちゃん可愛い! とか、あっという間に尾鰭がついて広がっていく。
人だかりに飲まれる前に、おじさんにまた寄るわ、とお礼を言ってお義兄ちゃんとドロシーちゃんと退散する。
少し離れて周りに人が少なくなった頃、お義兄ちゃんが口を開く。
「父上が囲まれるのを見ていてな、俺は人だかりが得意では無いから今まで避けてたんだ」
「そうだったのね。ごめんなさい」
「いや、いいんだ。俺も領主としてやっていくにはああ言う事も必要だと分かった。肉もうまかったしな」
笑顔でそう言ってくれる。
それから今度はドロシーちゃんも混じえて話をしながら、三人で領主邸への帰り道を行く。
午後はお茶会ね! 緊張するけど蒼ちゃんのカステラもあるし、楽しみだわぁ。
評価、ブクマ、いいね、誤字報告いつもありがとうございます。
今回も楽しんでいただけたら幸いです。




