35. リインフォース家と冒険者3
ノックがする。その音で私は目を覚ます。
「ん……」
上半身を起こして伸びをする。
「お嬢様方、おはようございます。起きていらっしゃいますか?」
ドアの外から声がする。マリーさんかな。
「はい、起きました。どうぞ」
扉が開いてマリーさんとリリムちゃんが入ってくる。
「おはようございます!」
「おはようございます。アオイお嬢様。シズクお嬢様は、寝ていますね」
二人のノックで私が起きて、入室を促す。そしてお姉ちゃんが寝てるのを確認する。ここに来てからのいつものパターンだ。
「お姉ちゃーん、タルトー、朝だよー」
「アオイお嬢様、そのままでも……」
「え? でも朝食遅れちゃうし、まとめてやった方が楽でしょ」
「それは、その通りですが……」
「んぅ……」
「今日は冒険者の人たちを鍛える日だよ。起きないと私がやってきちゃうよ」
「……ダメぇ……起きるぅ……」
一昨日冒険者ギルドで、冒険者教育の依頼を依頼を受けて中一日目、今日はその依頼をスタートさせる日だ。
やっとの事でお姉ちゃんが起き出す。シーツに包まったまま、もそもそと動いてベッドの上で体が丸まって行く。
それから体を起こしてシーツから出てくるお姉ちゃん。
「おはよぅ、蒼ちゃん、マリーちゃん、リリムちゃん」
私たちはお姉ちゃんに挨拶を返す。
『おはよう』
「お、タルトも起きたね。おはよう」
「おはようタルトちゃん」
タルトにも挨拶を返して、マリーさんとリリムちゃんに身繕いを手伝って貰う。
今日の服装はブラウスにチェックスカートにした。
お姉ちゃんと互いに確認し合って、タルトを肩に乗せて食堂へ向かう。
マリーさんとリリムちゃんを連れて食堂に行くと、ゲルハルト様とクラウディア様にお世話をするジョセフさんとジェニファーさん。それからハインリヒ様とその侍女のドロシーさんがいた。
私たちはみなに挨拶して、自分の席に座る。
座ったら、マリーさんとリリムちゃんが給仕をしてくれる。
そう言えば、私とお姉ちゃんは気にしてないんだけど、一応マリーさんはお姉ちゃん付き。リリムちゃんが私付きらしい。二人もあまり気にせず私たちをお世話してくれるけどね。
朝食が運ばれてきた。野菜たくさんのスープにクロワッサン。それにスクランブルエッグとベーコン。最後にヨーグルトだ。いただきます。
ここのところゲルハルト様たちに評判だったのか、スープの具材が豊富。毎回、色々な野菜が入っている。さすが農業が主産業なんだけあって種類も豊富だね。今日はほうれん草をメインにした葉物野菜と根菜のスープだ。朝からじっくり煮込んでくれたのか、野菜が溶ける程どろどろになっていて、スープにも野菜にも味が染み込んでいる。あ、コンソメにするために肉を入れてるな。さすがビルさん。肉のクセを出す事無くおいしさだけを抽出している。コクも出ていておいしい。
クロワッサンに手を付ける。昨日のうちから仕込んでくれたのかな。大変なんだよね、作るの。
サクサクしてて、中はしっとり。バターの味と風味がとてもしていい。
それから、スクランブルエッグの卵はおそらく農業の合間にやってる養鶏で得たものかな。領民に貰ったか、うちで育ててるのか。他領には卸してない卵で、黄身の味が濃い。調味料を使ってないのにこれもおいしい。
そしてベーコンに手を付ける。ゲルハルト様がチラチラこっちを見てきているので、昨日の夕飯で話してた、先日狩ったっていう鹿のベーコンかな。臭みもクセも無く、あっさりしていておいしい。
「ベーコン、あっさりしてておいしいです。ゲルハルト様、ありがとうございます」
「おいしく食べて貰えてよかった。また狩ってくるぞ!」
最後にヨーグルト。これも農業の合間の酪農かな。酸味が強めなので砂糖を入れてマイルドにさせている。味が薄いのより、こっちの方が好きだな。酸味と甘みが食後のデザートとしてとてもいい。ごちそうさまでした。
食後の紅茶をいただいていると、ゲルハルト様が話を振ってきた。
「領民から卵とミルクを貰ってな。せっかくだからビルに作らせてみた。二人共、味はどうだった?」
「はい、とってもおいしかったです! ヨーグルトは特に好みでした」
「おいしかったわぁ。これだけおいしいのに、たまにしか食べられないのかしら?」
「酪農も養鶏も含めて、畜産は主体にしていないのだ。領内でこのようにたまに食べるだけだな」
「これだけおいしいなら、ブランド化すればいいのに」
「ブランドカ? 何だねそれは」
「付加価値を付けるのよぅ。パパ」
お姉ちゃんの説明だけでは説明になっていないので補足する。
「えっと、この領で作るからこそおいしいっていう他領より秀でた点と、数は作れない分、より貴重という点を併せて、単価を上げるんです。これで大量生産でなくても、かかる費用を回収する事が出来ます」
「なるほど。領民で畜産を主体でやりたい人物を選定してみるか」
「ただ、安定生産と味の向上のためには、一定の投資と期間が必要です」
「その間の生活の保障が必要だな。領として取り組むかどうか、まず考える必要があるな」
「父上、俺にやらせてくれないか?」
「いいだろう、草案が出来たら私のところへ来なさい」
「ハインリヒちゃん。おいしいヨーグルトのために頑張るのですよ」
「分かりました母上」
話がとんとん拍子で進んでしまった。え、ゲルハルト様もすごいけど、ハインリヒ様もすごい。
私も期待している事をハインリヒ様に告げて、私たちは食堂を後にする。
貴族のマナー講習のために、一度自室に戻って、ドレスに着替える。
マリーさんとリリムちゃんにも手伝って貰う。
まだ慣れないんだよね、ドレスを着るの。多分慣れても一人では着れない。
幸い、軽めのコルセットにして貰っているのもあって、そこまで辛くはない。ただ、とにかく着慣れない。
でも、これを着ると姿勢がピシッとするので嫌いじゃない。可愛いしね。
今日のドレスはお姉ちゃんが私に勧めてくれたワンピースドレスだ。胸の辺りはゆったりと、腰とお腹はコルセットで締めて、お尻の辺りからスカートはパニエも着用する事で広げている。きっとスタイルよく見えるはず……。
一方のお姉ちゃんは私が勧めたワンピースドレスだ。露出は少なく、締まったデザイン。上半身のフリルとスカートのプリーツが歩くたびにふわふわ揺れる可愛いデザインだ。
……コルセットが辛そうに見えない。おかしいな……。
二人でも確認する。タルトは窓辺でお留守番だ。
「タルト、出てもいいけど、午後は冒険者教育があるから戻ってきてね」
『分かってる。燃やすんだよね』
「違うわよ、叩きのめすのよ」
「燃やさないし叩きのめさないよ!」
それから二人でダンスホールに向かう。マリーさんとリリムちゃんは、この間に各種仕事をして貰う。
ダンスホールに行くと、リンダ様が待っていたので遅れたお詫びと挨拶をする。
勉強会は今日も、お褒め三割、お叱り七割だった。ただ褒め方も指摘もより細かくなってきたので、成長しているはず。
食事マナーも教えて貰っているので、昼食はリンダ様と一緒に取っている。これは途中から合流したマリーさんとリリムちゃんが給仕してくれる。
そのうちお茶会のマナーも教えたいから午後に時間を取るようにと言われて、今日の勉強会は終了になった。
ありがとうございますとお礼を言って、リンダ様を見送る。
それから、冒険者用の服に着替える。朝着た服にまた着替えるだけだけどね。
あ、お姉ちゃんがロリータ服着てる。こないだクラウディア様に勧められて作ったドレスに近いデザインの服だ。私の今着てる服みたいに上はブラウスチックだけどフリルが多め、それにふわりと広がった紺のストラップスカート。私も着替えるか……いや……。そう悩んでいると。
「蒼ちゃんはそのままでも可愛いわよぅ」
「そ、そう? ありがとう」
このままにします。
二人で確認して、タルトがお姉ちゃんの肩に止まって準備オッケー。
マリーさんとリリムちゃんを連れて、家を出て冒険者ギルドに向かう。
冒険者ギルドに着くと、エミリーさんが出迎えてくれたので挨拶する。
「希望者は北の広場に集まっています。お二人をご案内します」
「よろしくお願いします」
「よろしくねぇ」
エミリーさんの先導で歩き出す。
「これから北の広場でやるなら、私たち直接行きますよ?」
「かしこまりました。お願いします」
「その喋り方だから、舐められたり小娘扱いされるんじゃ……」
「……善処します」
「そうですか……」
広場に着くと、五十名程の冒険者と、ラルフさんがいた。
「ようこそ、シズクさん、アオイさん、タルトさん。よろしくお願いします」
私たちも挨拶を返す。それからラルフさんが冒険者たちに向かって話し出す。
「今日からみなさんの教師をやっていただくシズクさんとアオイさん姉妹です」
冒険者のみんなからざわついた声がする。例えば。
「俺たちに教えてくれるのラルフさんじゃないのかよ!」
「あんな小娘、俺たちが教えてやるんだろ」
「肩のドラゴンだって飾りのペットだろ。どうせ役に立たねぇ」
なんてのはまだいいけど。
「あいつら苛めていいんだよな? 楽しみだぜ」
「お前火魔術使えたよな? あの女たちの服燃やせよ」
「脅してマリーさんとリリムちゃんに近づこうぜ」
なんて声もある。
どうしたものかなぁ、と思っていると、お姉ちゃんが前に出た。
「みんなの教育をする雫よ。とりあえず、そのふざけた態度から改めさせてあげるから全員で掛かってらっしゃい。こっちは私一人で十分よ。蒼ちゃん、タルトちゃん、離れてマリーちゃんとリリムちゃんといてちょうだい」
「お姉ちゃん、攻撃は……」
「ショートソードで十分よ」
「分かった」
『後で燃やせる?』
「後でね」
言われた通り、タルトを肩に乗せてマリーさんたちと離れる。ラルフさんとエミリーさんも私たちの側だ。
お姉ちゃんがいつでもいいわ、掛かってらっしゃい、と煽る。
「俺から行くぜ! 泣き喚きな!」
威勢のいい太めの男を先頭に数名が、剣を構えてお姉ちゃんに突っ込んで行く。
お姉ちゃんの足元に、乳白色の魔術陣が現れて魔術を詠唱する。『聖 障壁 身辺』。プロテクションだ。
男が振り下ろした剣がプロテクションの光の障壁に弾かれる。男が動揺しているその間に、お姉ちゃんの背後に魔術陣が三つ現れる。『聖 魔力 障壁 身辺』、『聖 暴力 自動 自律 防壁』、『聖 魔力 自動 自律 防壁』。『プリザヴェイション』『アンチフィジカルフィールド』『アンチスペルフィールド』だ。つまりこれで、物理と魔力の障壁、それに追加して物理と魔力の不意打ちへの自動防御。この、障壁を破らない限りお姉ちゃんが攻撃を受ける事はない。ここの人たちに破れるとは思えないけど。
後ろにいる別の男が火魔術を撃ち出す。ファイアボールだ。当然、お姉ちゃんに当たる事無くプリザヴェイションによって掻き消える。
「囲め! 四方から攻撃するんだ! 魔術師はその合間から一斉に魔術を撃ち込め!!」
「「おう!」」
それを、お姉ちゃんが詠唱完了する前にやるべきだったね。もう遅い。
お姉ちゃんの四方から剣が振り下ろされるが、誰一人傷はおろか、プロテクションにヒビを入れる事すらままならない。
当然魔術も同じ。お姉ちゃんに届く前に、プリザヴェイションの障壁で打ち消される。
男たちは入れ替わり立ち替わり、繰り返しお姉ちゃんのプロテクションの障壁に斬り掛かる。
「つまんないわねぇ。それに、そろそろ見ているのも飽きたわぁ。終わりにするわね」
お姉ちゃんが再び魔術を詠唱する。足元に無数の乳白色の魔術陣が現れる。『聖 障壁 瓦』。あ、久々に見るね。
『プロテクション!』
同じプロテクションでも瓦のように脆い劣化版だ。その分魔力消費も少ない。
現れたプロテクションは、男たちの四方を逆向きに防御する。男たちは、それぞれプロテクションに囲われる形になり、身動きが取れなくなる。
「動けねぇ……」
「おい! 魔術師、この魔術は何だ?!」
「聖属性魔術だと思うが……あ、ありえねぇ……。あんな数の魔術陣、何で同時に……」
「誰か、壊せ!」
「動ける奴がいねえよ!」
プロテクションなので魔術は通すけど、誰もその事に気付かず、詠唱する人間はいない。仮に詠唱しても味方に当たるだけだけど。
そしてお姉ちゃんが声を張り上げる。
「降参して、態度を改めると誓う人は武器を手放しなさい! まだやる人は攻撃するわ」
魔術師の一人がそれに反論する。
「聖属性魔術に攻撃はねぇ! ハッタリだ!」
「そうか! なら魔力が切れるまで待てばいいんだな!」
「体力の続く限り暴れて、女の魔力を減らすんだ! 誰か一人でも動けるようになれば勝ちだ!」
男たちがわずかな身動ぎをして魔力を減らそうとする。発想はいいよね。ただ瓦プロテクションに使った魔力も、追加で減って行く魔力も、回復量に負けるから目論見は無駄だけど。
「誰も、降参しないようね。今から攻撃するから見てなさい」
お姉ちゃんが魔力を指先に集め始める。魔力は指先で弾になり、高速で回転し始める。あ、あれ一昨日覚えた集束光線じゃない……危ないなぁ。
周囲に風が起こり、その雰囲気の変わり様から、身動ぎしていた男たちが止まってお姉ちゃんに注目する。
木に向かってお姉ちゃんが魔力の光線を放つ。穿たれた光線は、激しい光と共に一直線に木に向かって行き、狙い通り木を貫く。
そしてけたたましい音と共に木が倒れ、誰かが呟く。
「あんな魔術見た事ねぇ……」
魔術としてのすごさが分かった魔術師から、杖を手放して行く。その姿を見た戦士やレンジャーたちにも、それが伝播して行く。
「まだ諦めない二流、いえ、三流は掛かってきなさい」
お姉ちゃんはそう言って、男たちを囲っていたプロテクションを解除する。残ったのは剣を持った五人。あ、覚えてる。いずれも私たちに嫌な目線を向けてきた人たちだ。
「俺たちは三流じゃねぇ!」
そう叫んだ男が一人、お姉ちゃんに突っ込んで行く。
横なぎの一線はひどく直線的で、ゆっくりだ。
お姉ちゃんはそれを避けて……って、アンチフィジカルフィールド解除してるの?!
でもお姉ちゃんは気にする事無く、当たる事も無く剣を避けて、腰から抜いたショートソードの腹で男の剣を弾く。
よろけた男の逆胴を峰打ちして、あっという間に倒れる男。
残った男四名が、お姉ちゃんを囲む。そして同時にお姉ちゃんに斬り掛かる。
「シズク様!」
マリーさんが珍しく大声でお姉ちゃんを心配して叫ぶ。でも大丈夫なんだ。
私の思った通り、剣がお姉ちゃんに当たる直前に光の障壁が現れ、男たちの剣戟を同時に弾く。
詠唱破棄で『プロテクション』を出したね。
よろめいた男たちにお姉ちゃんが回転斬りで峰打ちして、おしまい。
髪がなびいて綺麗なステップだったよ。
「あの、アオイ様。お二人は剣術が出来るんですか?」
「スキルは初級剣術だけどね」
「初級ですか? でもあの動きはもっと達者な……」
「師匠がよかったのかな? リエラの友達のアーガスさんって言うんだけど」
「け、剣聖アーガスですか……」
「そんな呼ばれ方してるの? あの人。優しいお兄ちゃんって感じだけど」
「リエラ様のご学友のアーガス様ですね。確かに、王国騎士団在籍中に剣聖と呼ばれておりましたが……」
「でも実家を継ぐからって辞めたんだよね。それは聞いたんだ」
「それは……いえ、その通りです」
マリーさんが言葉を濁しながら肯定する。何かあったのかな。まぁいいや。私たちはお姉ちゃんに近寄る。
「お疲れ様、お姉ちゃん」
「はぁい。全然楽しくなかったわぁ」
「まぁ、これくらいじゃね……」
「後、マリーちゃん! 心配してくれてありがとねぇ」
お姉ちゃんがマリーさんに抱きついて体で感謝を表している。照れるマリーさん可愛いな。
それからエミリーさんとラルフさんもこっちに来る。
「お疲れ様。どう? うちの領の冒険者は」
「弱すぎて話にならないわ」
「バッサリですね……」
「蒼ちゃんとタルトちゃんは攻撃出来るし、もっと強いわよ」
「アオイさんは見ていてどう感じましたか?」
「私も、これはちょっと弱すぎかと……。性根が変わってくれないと鍛えようもないですし……」
そこで、最後に峰打ちされた五人も目を覚まし、全員がこっちに集まってくる。前に出るのはラルフさんだ。
「どうですか、みなさん。身の程が分かりましたか?」
「あ、あぁ……」
「……」
随分と言葉が少なくなってしまって……。
「この調子でみなさんを鍛えて貰います。今相手をしていただいたシズクさんは、防御特化の魔術しか使えません。一方でアオイさんは攻撃魔術特化です。更に痛い思いをすると思いますが、それでも強くなりたい方だけ残ってください。十分程待ちます」
ざわざわと話し声がするけど、まだ、苦しめてやるとか、この恨みはらしてやるって声が聞こえるなぁ……。この領の治安向上のために鍛えるって言ったけど、このままじゃその目的が果たせないよ……。
するとタルトが私の肩から飛び出して、冒険者たちの前に行く。
一気に魔力をこの広場全体に広げて、咆哮をする。いつも魔物にしてる咆哮だ。
動きが止まる冒険者たち。動けるのは、私、お姉ちゃん、マリーさん、リリムちゃんだけだ。
『全員の動きを僕の魔力で止めた。動けるなら動いてみるといい。今動けている人間以外は、僕にとって対して興味はない。それから、雫と蒼に対して不敬な思いを抱くなら、殺すだけだ。君たちは生と死どちらを選ぶか、今決めろ』
タルトの強い言葉に、動けるはずの私たちも動きが止まり、冷や汗が流れる。
数瞬の後、事態が動く。
「あたしは不敬な思いなんて無いわ。ただ憧れただけよ」
初めに動ける様になったのはエミリーさん。強く思うと解けるのかな……。
次にラルフさんが動ける様になった。ただ、顔面蒼白で、息も絶え絶えな感じだ。
冒険者の集団では誰も動ける様になる人がいない。
『君たちの考えは分かった。せめて苦痛は無くすと約束しよう』
「ダメよタルトちゃん!」
「ダメだよタルト!」
私とお姉ちゃんがタルトを止め、お姉ちゃんがタルトの体を抱き抱える。
「蒼ちゃんも、雫も、タルトちゃんに人殺しなんてして欲しくないわ」
「そうだよタルト! 私たちの事を思ってくれたのは嬉しいけど、もっと違う方法があるよ!」
『……分かった』
雫、離して、とお姉ちゃんに言って、離されたタルトはもう一度冒険者の前に行って話し出す。
『二人に言われて気が変わった。ただ、動きは解かないから解けるまで反省するといい。不敬を働かないと誓う者だけ、次から来るといい』
そんな訳で、教育を受けるべき冒険者が動けないので、今日は解散となった。エミリーさんが反省させよう、という事で冒険者は放置だ。私もお姉ちゃんも、それくらいならすべきだと思ったから、丁度いい。それに、ラルフさんを早く休ませないとだしね。
エミリーさんに呼ばれたので、私たちはもう一度冒険者ギルドに付いて行く。
途中、お姉ちゃんがラルフさんに『ハイヒール』をしていた。ただ、あまり効いてないみたい。恐怖に対しての事後策って、強壮しかないから体によくないんだよね。
冒険者ギルドについて、そのままギルマスの執務室に案内されて、ソファに座るよう促される。
「今日は、すみませんでした」
開口一番は、息も絶え絶えな状態のラルフさんだ。一緒にエミリーさんも頭を下げる。
「十分に粗相のない様にと伝えたはずでした。僕のミスです。お二人、いえ、タルトさんもご不快にさせてしまってすみません」
「タルトちゃんが怒ってくれたし、もう気にしてないわぁ」
「はい、それより次回からどうしようか……」
「十人くらい、元々性根がまともな奴がいるわ。そいつらは来るでしょう。後は今日の反省次第ね」
「はい、僕もそう思います」
『不敬な思いが無くても、単純に弱くても威圧で動けなくなるから、巻き込まれたね、その人たち』
タルトがバッサリと切る。
とりあえず、明後日の闇の日にまた同じ時間に広場に来て、誰かいたらその人たちに教える。誰もいなかったら終了、という事になった。
反省会はまだ続く。
「しかし、すごいわね、貴女たちもタルトさんも。私も教えて欲しいわ」
「あら、いいわよ。実戦実式だけど。ラルフさんはどうする?」
「そうですね。僕も強くなりたいです」
「なら、ゲルハルト様に聞いてみようか?」
「蒼ちゃん、何をー?」
「私たちの立場を明かしていいか。そうすれば、ギルドと領で協力してって体制が組めるでしょ」
「そうねぇ。そうするのがいいかしらね」
「近接戦闘でも叩きのめしたいから、マリーさんとリリムちゃんにも協力して貰っていい?」
「はい」
「分かりました!」
「ボコっていいわよ」
とはお姉ちゃんの言。もう気にしてないんじゃなかったの……。
という訳で、今日は解散。帰って早速ゲルハルト様に聞いてみよう。
リインフォース邸へ帰宅して夕飯を食べ終わった。今は食後の紅茶をマリーさんに淹れて貰って、飲んでいるところ。
家族がみんな揃っているので、話すには絶好の機会だ。
「ゲルハルト様、お話があります」
「うむ。今日の冒険者訓練の事かね」
「粗野な人たちが多かったわ」
「そうか……。マリー、リリム、二人に危険は無かったか?」
マリーさんとリリムちゃんが今日の出来事を説明する。途中、いやらしい視線やら表現にはピクっとしてたけど、ゲルハルト様は無言で聞いていた。
「それで、明後日からはどうするのかね」
「はい、ギルドマスターのエミリーさんと副ギルドマスターのラルフさんも鍛えて欲しいと希望してきました。私たちは、応えるつもりです」
「で、ギルドと領で協力してって形にした方がいいと思うのよぅ」
「つまり、二人の素性を明かすという事だな?」
「そうよぅ」
「そうです」
「ふむ……」
黙りこくってしまうゲルハルト様。
「私としては、二人が危険になる事が一番怖いのだが……」
『僕が守るよ。ここの冒険者くらいなら何人いても問題ない』
「そうか。タルトが守るなら問題ないか。マリーとリリムも、二人を守ってくれ」
「勿論です。ただ……」
「お嬢様方は、私たちより強いんです……」
咽せるゲルハルト様。あのタイミングで紅茶を吹き出さなかったのはさすが貴族。
クラウディア様が扇子で口を隠してあらあら、なんて言ってるけど、多分笑顔だね。
ハインリヒ様は笑顔が引き攣っている。多分、リエラの件もあるし、うちの義妹怖いとか思ってるんだろうなぁ……。
「Bランクと聞いていたが、どういう事だ? マリーとリリムと同じくらいだろう?」
「それでも、言葉通りですぅ……」
「旦那様。クルーエルグリズリーを覚えていらっしゃいますか?」
「あぁ、勿論だ。四人で狩ったのだろう?」
「二人です。私とリリムは、手を出していません」
「は?」
「しかも余裕でしたよぅ!」
「あれはリエラちゃんと狩った事があって、二度目だったしねぇ」
「後ちょっと相手の力を見誤って、思ったより時間掛かっちゃいました」
「待て義妹たち、リエラもあれを狩れるのか?」
話を遮ってハインリヒ様が質問してくる。リエラなら……。
「リエラちゃんなら一人で出来そうよぅ。お義兄ちゃん」
「うちの義妹たちは、怖いな……」
「たくましく育って、私は嬉しいですよ」
そんな感じで無事許可が降りた。笑顔が一名、引き攣った笑顔が二名だけど。
明後日からも、頑張るぞ!
評価、ブクマ、いいね、誤字報告いつもありがとうございます。
今回も楽しんでいただけたら幸いです。
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2022/05/17 表記ゆれ訂正




