32. リインフォース邸に慣れよう2
領主であるリインフォース家の家族になってしまった私たち。
食事のマナーに慣れない私のために、冒険者式でご飯を食べようと提案してくれた、領主であるゲルハルト様家族のために、晩ご飯の材料を確保しに森へ向かう。
まず、魔物の分布を調べるために冒険者ギルドに顔を出す事にする。
例によってジョセフさんに泣きつかれたので、今回もマリーさんとリリムちゃんが一緒だ。
冒険者ギルドは、街南西の工業区にあるとマリーさんが教えてくれたので、そこへ向かう。領主邸から広場に向かってメインストリートを進み、広場で左に曲がって右手に見えてくる、との事。
途中、やっぱりマリーさんとリリムちゃんには歓声がすごい。私たちには、誰だあれ、という評価ばかりなので、知名度が雲泥の差である。有名になりたい訳じゃないけどね!
「マリーさんも、リリムちゃんも歓声がすごいね」
「私は仕事をしているだけなのですが……」
「きっと二人が可愛いからよぅ」
「私、可愛いですか?!」
「うん、リリムちゃんすごい可愛いと思う」
「嬉しいです!」
解せない雰囲気のマリーさんを宥めながら、ギルドへの道を歩く。左に曲がって右手……。あったあった。
やっぱりここの冒険者ギルドも、石造りの無骨な作りである。ただ工業区の中にあるためか、周りの建物もやや無粋な物が多く、他の街に比べて景観の違和感は緩和されている。
その中をお姉ちゃんがタルトを肩に乗せて進み、早速ギルドに入って行く。また防げなかった!
「たのもーぅ!! Bランクの雫よ!」
「その自己紹介やめてよおおお!」
お姉ちゃんの声と私の声が木霊し、遅れて入って来たマリーさんとリリムちゃんはぽかんとしている。
いつも通りロビーの喧騒が止み、私たちを一斉に見てくる。
「おい、Bランクだってよ」
「後ろにメイドもいるし、貴族の冗談だろ」
「そのメイド、マリーさんじゃないか?!」
「リリムちゃんもいるじゃねぇか! どういう事だ」
「誰か聞いてこいよ」
「貴族に話しかけるなんて粗野な俺たちが出来る訳ねぇだろ! 言い出しっぺのお前がいけよ!」
ここでもマリーアンドリリムの人気。もういっそ二人ペアで売り出した方が……。
「それはダメよぅ」
突っ込まれた。雫の楽しみが減るわって、なんでバレたの?!
ギルドはカウンター三つ、右手に買取カウンター、その奥に資料室への階段。左手に打ち合わせスペース兼軽食屋のベーシックな間取りだ。
お姉ちゃんがカウンターに向かってしまったので、慌てて付いて行く私たち。
カウンターには、たんぽぽ色で左にサイドテールを作った小柄な女の子がいた。え、リエラ並みの身長なんだけど、手伝いじゃないよね?
「ようこそ冒険者ギルドへ。依頼の受注ですか?」
「私は冒険者の雫よぅ。こっちは妹の蒼ちゃん。肩にいるのはドラゴンのタルトちゃん。それからマリーちゃんにリリムちゃん。今日はこの辺りの魔物の情報が欲しくてきたの」
「はい、私はエミリーです。お見知り置きを。ギルドカードを預かっても?」
「勿論よぅ。はい」
お姉ちゃんがギルドカードをエミリーさんに渡す。……あっ、このパターンはいつもの……。
「確かにBランクですね。ギルドマスターへの面会が必要となっております。今よろしいですか?」
いつものパターンじゃない?!
「今日中に魔物を狩って帰りたいから、すぐ済むならいいわ!」
「では後日にしましょう。申し訳ありませんが、この街に滞在中、再度お越しください。魔物の目撃情報は、慢性的に南西の森にあります。依頼もありますが、受注されますか?」
「出てきた魔物を適当に狩るから受けないわ」
「かしこまりました。行ってらっしゃいませ」
淡白に回答をして、ギルドカードをお姉ちゃんに返すエミリーさん。
「それじゃ、早速行くわよぅ」
お姉ちゃんが、混乱させずに話を終わらせた……? 私の方が混乱している。
三人でお姉ちゃんを追いかけて冒険者ギルドを後にする。
「本当にBランクだったな……」
「それもだが、あの女の肩、見たか……?」
「あ、あぁ……ドラゴン、だよな?」
「ギルマスに面会とも言ってたな、しかも当然のようにあしらってたぞ」
「マリーさんとリリムちゃんを連れてて、おまけに後ろにも一人いたな、姉妹か?」
「何なんだあの女……」
「分かんねぇ……」
広場へ戻らず、メインストリートを進んで南の門から出る事にする。
門番さんに挨拶は大事だよね。挨拶したら、私たちは勿論初めてだけど、マリーさんとリリムちゃんがいたのでほとんど顔パスだった。
「二人は有名だねぇ」
「私は仕事をしているだけで……」
「マリーは困っている街の人の手助けもするし、人当たりが丁寧だから人気があるんですよ」
「手助けをするのはリリムもじゃないですか」
「どっちも親切なんだね。付いてくれる人が優しい人でよかったよ」
「ありがとうございます。私も優しい人が主人で嬉しいです!」
「リリムちゃん、嬉しいわぁ」
なんて会話をしながら、南西の森へ進む。こんな雑談が出来るようになって嬉しい。裸の付き合い、よかったな。
歩いて一時間くらいで森に着くらしい。二人、疲れないかなって心配して聞いてみたら大丈夫だって。逆に疲れていないか心配されてしまった。
森に入って、私とお姉ちゃんは魔力感知を広げる。魔物はいそう。せっかくだからおいしい魔物を狩りたい。けど大きさと種類が分からない。
すると、タルトが魔力を広げるのが分かった。広げ方が速いし、広い。あっという間に私の感知距離を超えていってしまった。それから教えてくれる。
『ここから西。多分二人が欲しがってる魔物がいるよ』
「私の範囲外だから分からないけど、本当に魔物?」
「雫も範囲外ねぇ。タルトちゃん、そんなに遠い距離、分かるの?」
『当然。期待していいよ』
タルト、すごい。マリーさんとリリムちゃんに聞いてみると、まだ何も分からないって。とりあえず行ってみよう。何かはいるらしいし、タルトの感知だから外れる事はないでしょう。
目的のポイントの近くに来た。魔力感知は効かせっぱなし。確かに大きい魔力を感じる。お姉ちゃんもわくわくしてるし、本当に魔物だ。
しかしそこで。
「危険です。お嬢様方」
マリーさんが止めてくる。
「えぇ、魔物よぅ。狩らないと」
「魔物だから危ないのです。特にあれは……」
「私も、退却を具申します」
マリーさんとリリムさんが、緊張した面持ちで私たちに撤退を勧めてくる。近づくとお姉ちゃんより感知の精度が上がるみたいだね。
私は魔力の塊の方へ目を凝らしてみる……。
「あぁ、分かった。あれかぁ……」
茂みの先で寝ているのは、熊の魔物、フェロシティベアーよりはるかに凶暴なクルーエルグリズリーだ。
場当たり的に出会える中で多分最高の魔物だ。
「でも、あれおいしいんだよねぇ……」
「あのお肉、久々に食べたいわぁ」
「は? 食べる?」
「狩った事があるのですか?!」
二人が驚きの声を小さく上げて、リリムちゃんが聞いてくる。
「うん、狩った事あるよ。リエラと三人でだけど」
「二人なら足止めして、プロテクションで弾きつつ首狩りかしら?」
「そうだね。それに、今なら四肢を止められると思うからより安全かな」
『二人なら大丈夫だよ。僕は寝てるね』
呑気な事を言って、マリーさんの肩に止まって目を瞑るタルト。魔力感知しながら、肩に止まって寝るとか器用だね。
タルトの一言で納得したのか、でも不安な表情のまま渋々引き下がる二人。
私は逃げないように広範囲に『アースジェイル』を作り出して、クルーエルグリズリーを囲う。
それからお姉ちゃんが私に『マジックパワー』と『アジリティ』、『アキュメン』を掛けてくれる。これで準備は出来た。
やりますか。
私は魔術を詠唱する。足元に青い魔術陣が四つ現れる。『水 凍結 束縛』。しかしそこで私が広げた魔力に気づいたクルーエルグリズリーが、起きて威嚇し始める。まずい、囲いに気づいて暴れ始めた……!
『アイスグラスブ!』
暴れてアースジェイルの囲いに体当たりし始める前に、まず二発のアイスグラスブを放って、クルーエルグリズリーの後ろ足を拘束する。虚を衝かれたクルーエルグリズリーは、後ろ足が動かなくなって転ぶ。
私は、更に続けて二発の『アイスグラスブ』を放ち、前足も拘束する。
しかしクルーエルグリズリーはすぐに落ち着きを取り戻し、両足を拘束されたまま動き出してアースジェイルに向かって突進して行く。
嘘、魔力をあそこまで込めてないとはいえ、ドラゴンも抑えた魔術なんだけど!
アースジェイルにぶつかる直前、お姉ちゃんの『プロテクション』が発動して直撃を防ぐ。けれどプロテクションにヒビが入る。
クルーエルグリズリーはそのまま再度突進しようと一度引く。
「お姉ちゃん! もう一枚欲しい!」
「はぁい」
すぐさまプロテクションが強化され、ヒビが消える。それから追加で『プロテクション』が詠唱され、三枚重ねになった。さすが!
けど、油断した……。次の突撃に合わせて魔術陣を用意する。現れた青色の魔術陣が、多重詠唱で言葉を紡がれて輝き出す。『水 凍結 塊』……。
クルーエルグリズリーがプロテクションに突進する刹那、私は魔術を発動する。
『アイスブロック!』
クルーエルグリズリーの体表面が水で囲まれ、一瞬で凍りつく。突進のポーズで、首だけ横に飛び出した四角い氷像が出来上がった。これには流石のクルーエルグリズリーも身動き出来ないでしょう。
と思ったら、首を激しく動かして勢い付けて、その反動で後ろ足の先を少し動かしているのが見てとれた。これでも動けるの?!
「蒼ちゃん! またすぐ氷を壊して動き出すわよぅ!」
「うん! 今狩る!」
お姉ちゃんに言われて、油断しないで狩りを続ける。私は再度魔術を発動する。『風 切断 断罪』、黄緑色の魔術陣が足元に広がり、これも多重詠唱で更に輝きを増していく。
『エアギロチン!』
クルーエルグリズリーの首元を、上下から風の刃が襲う。
魔力をかなり多めに込めた風の刃だ。ドラゴンの角程の硬度じゃなきゃ切れるはず。前も切れたし。
案の定、首をばっさりと綺麗に切断した風の刃は、満足気に大気に消えていった。
「やったわねぇ!」
「油断しちゃダメだね……。でも、避けないから狩りやすい」
「本当に狩っちゃいました!」
「私たちの護衛は必要なのでしょうか?」
「楽しいからいいのよぅ」
血抜きしないと、と思ったらお姉ちゃんが『フロート』で既に持ち上げてくれていた。
「これ、重いわねぇ……」
「そんなに?」
「多重詠唱、四重よ」
「食べ応えありそう」
「それより血抜きを早くして欲しいわぁ、蒼ちゃん」
「ごめん、分かった!」
私はぽかんとするマリーさんとリリムちゃんを放置して『ウォーターフロウ』で血抜きする。鮮度が大事だしね。しかし、血の量も多い。いつもより時間が掛かって、お姉ちゃんがひぃひぃ言っていた。
料理人さんと、どうカットするのがいいか相談したいし、血抜きした後は丸ごとストレージにしまった。
「まだ時間あるね、何か狩る?」
「勿論よぅ! 次は……あっち!」
指差した方向へ、お姉ちゃんの先導で進み出す。おっと、その前にマリーさんとリリムちゃんをこっちに戻さないとね。
「マリーさん、リリムちゃん、大丈夫?」
「あ、お嬢様……。お怪我は……?」
「ないよ」
「お嬢様方がクルーエルグリズリーを狩る夢を見てました」
「後で楽しみにしててね。次行くよ」
それからは小物が多かった。一角ウサギやカレルシープなんかを狩れたよ。
マリーさんが、これ以上お嬢様にお手間は掛けさせられません、と率先して狩ってくれた。おかげで小物狩りは楽だった。血抜きはしたけどね。
いい頃合いになったので帰る事にする。戦果はクルーエルグリズリー一頭、一角ウサギ四匹、カレルシープ二匹にクラフティボア一匹だった。ごちそうが一杯で嬉しい。
帰り道。
「リエラお嬢様って、お二人の魔術の師匠なんですよね?」
「そうよぅ」
リリムちゃんが尋ねてくる。
「私、お会いした事がなくて、お二人よりお強いんですか?」
「二人で戦っても勝てないのよぅ」
「いつかぼこぼこにしてやるって思ってるんだけどね……」
「はぁー。すごいんですね!」
「リエラお嬢様は、幼少の頃より魔術に秀でておられましたから。特に十二歳になってからの成長は著しかったです」
「そうなんだ」
「へぇ、リエラちゃんの昔話って聞いてないね」
ハッとした顔をして、マリーさんが話を続ける。
「シズク様、アオイ様、申し訳ありませんが、この話は奥様の前ではあまりなさいませんよう」
「そうだね、分かった」
「はぁい」
口が滑りました。どうかご内密にお願いします、とマリーさんが言って、おしまいになった。
門について、手ぶらの私たちを見た門番さんが慰めてくれる。
リリムちゃんが、カレルシープを狩ったんです! と一生懸命説明してた。まだリリムちゃんの中ではクルーエルグリズリーは夢らしい。
そうかそうか、と微笑む門番さんに挨拶をして、納得いってないリリムちゃんを連れて領主邸への道を行く。
領主邸に着くと、ジョセフさんが出迎えてくれた。夕飯時には間に合ったかな。
ジョセフさんに、料理人さんを呼んで貰うように言うと、既に厨房に待機してくれているとの事。
それから、晴れてるし外で食べたいから準備をお願いする。冒険者の様式だ。使用人も一緒に食べて貰うという事も忘れずに告げる。
厨房に向かうと二人の料理人さんがいた。料理長はビルさん。もう一人がトムさんだ。
私は早速、狩った魔物を……大きすぎて出せないや。
不思議がる二人を連れて、外へ行く。外ではもう準備が始まっていたので、空いてるスペースにアイスブロックごとしまったクルーエルグリズリーを取り出す。
「「お、おぉ……」」
驚くがいいよ! これが今日の最大の戦果だからね!
「このクルーエルグリズリーの捌き方を考えたくて、どうしたらいいでしょうか?」
まず手足はそのまま切り取って煮込み料理にしてみたいとの事。それから胴体の皮を剥いで、お肉をブロックごとにする。どこを食べてもおいしい。皮は鞣して素材にする。内臓は薬になる物もあるから、取り出して干す。という方針で決まった。私は外に付いて来たお姉ちゃんに声を掛ける。
「お姉ちゃん。捌きたいからもう一度持ち上げて欲しい」
「分かったわぁ。手早くね」
「うん」
お姉ちゃんの足元から、水色の魔術陣が輝き出す。『物体 浮遊』の言葉が四重に紡がれていく。
『フロート』
発動とともに、氷漬けのクルーエルグリズリーが浮かぶ。私はまず氷を水に戻して落とし、それから『エアカッター』を使って捌いていく。
生きてるときは魔力で防御してたのかな、首より切りやすい気がする。
あっという間に肉塊に変わっていく。それを料理人さんたちはまじまじと見ている。
捌いた肉は一部を残して一旦ストレージへ。他の部位はビルさんに渡した。お姉ちゃんは、疲れたと言ってタルトと一緒に中へ戻って行った。
残ったトムさんと私は、他の獲物を捌いていく。
私の捌くスピードと、上級料理のスキルに驚いていたけど、慣れですよ。私に貴族料理は作れないからね。
捌いた後、私はスープを作る。ストレージにあった一角ウサギの燻製肉と野菜のスープ。後は、冒険者料理じゃないけど燻製肉食べ比べセットを用意する。これは、ここの人たちへのサプライズだ。丁度その時、ジョセフさんに頼んでいたパンはビルさんが持ってきてくれた。
残りは焼くだけだね!
という頃合いになって、ジョセフさんがリインフォース一家を連れてやってきた。後ろには使用人のみんなもいる。
「アオイ、シズクに聞いたがすごい大物を狩ったんだって?」
「はい、クルーエルグリズリーです!」
「食えるのか? いや、狩れるのか?」
「おいしいわよぅ」
「楽しみですね」
それからリリムさんが。
「夢じゃなかったんですか?!」
「リリム、寝ていたのはあなただけですよ……私も夢の気分ですが」
ゲルハルト様が前に立って私を呼ぶ。
「今日はどんな風に食べればいい?」
「はい、申し訳ありませんが、家族、使用人一同一緒に食べる形で、無礼講とさせてください。テーブルマナーはありません。食器の立てる音も、喧騒も楽しさです。後、お肉は最初私とビルさんたちが焼きますが、それ以降は各自で、食べたい人が食べたい分だけ焼いてください。それでも、食べ切れない程あります」
「分かった、楽しみだな」
「はい!」
ゲルハルト様が、今私がした説明を全員にしている間、私は肉を焼き始める。網と薪があるから豪快にいっぺんに焼けるの便利だね。
焼き上がったお肉はスライスして、胡椒と塩を軽くまぶしてお皿に盛り付ける。
まず初めは当然ゲルハルト様たちだね。
私はゲルハルト様たちにだけ用意されたテーブルにお肉を置く。
ハインリヒ様が生唾を飲み込むのが分かった。ちょっとだけ待ってくださいね。
ゲルハルト様の一口目に一同の注目が集まる中、ジョセフさんがゲルハルト様に近づいて何か耳打ちする。
何かを聞いたゲルハルト様の顔色が真っ赤に変わる。どうしたのかな。
「ジョセフ、お前は私を、私の家族を侮辱するのか?」
頭を九十度下げたジョセフさんが言葉を引き出す。
「とんでもございません。ただ、私は旦那様の安全のために……」
その一言で私にもジョセフさんが告げた内容が分かった。毒味だ。
確かに突然現れた、信用出来ない小娘が作った料理なんて、主人に食べさせるのは怖いよねぇ……。
しかし、それっきり微動だにしないジョセフさんと、今にもジョセフさんを切りつけそうなゲルハルト様。どうしよう……。
「ゲルハルトパパ、食べないなら雫がもーらい!」
場の空気を一人知らないかのように、呑気にお肉に手を伸ばすお姉ちゃん。
お肉をごくんと飲み込んで一言。
「おいしいわよぅ?」
空気がわずかに弛緩する。これで毒味は済んだはずだ。後はゲルハルト様を鎮めて、ジョセフさんを助けるには今しかない!
「ジョセフさん、ダメですよ。いくらおいしそうだからって、ゲルハルト様より先に食べさせてくれって直訴するなんて。ハインリヒ様も待ってるんですから、順番ですよ。私だってまだなんですからね!」
そこへ、私たちの企みに気づいたハインリヒ様も追従する。
「そうだぞ、父上が食べないから、俺も母上も、使用人たちも食べられないじゃないか」
「あ、あぁ……だがジョセフ……」
「先走ったジョセフさんにはお仕置きよ!」
話を強引に打ち切って、未だ頭を下げたままのジョセフさんを無理矢理立てせて、お姉ちゃんがこっちに連れてくる。
その隙にハインリヒ様が、ゲルハルト様にお肉を食べさせて宴をスタートさせる。
ちらちらこっちを見てくるゲルハルト様だけど、お姉ちゃんが何をしでかすかは、私にも分かりません。
料理人二人に肉焼きを任せて、私とお姉ちゃんは人気のないところへ移動する。
「ジョセフさん、雫たちが完全に信用出来ないのは分かるわ。だから話をしましょう」
「いえ、私はお嬢様方を疑いました。首を申し付けられても文句は言えません」
「ジョセフさんはただ、ゲルハルト様のために働いただけですよ、何も悪くありません」
「そこで、これよぅ!」
お姉ちゃんが『ストレージ』からお酒の瓶とグラス三つを取り出す。ジョセフさんと、離れて見ているゲルハルト様が目を見開く。あ、ゲルハルト様が、その酒は! って立ち上がってる。そうなりますよねぇ……。
「このワインは……」
「今日は冒険者の流儀よ。これは、仲間と一日いい働きをした時、明日も変わらず背中を預けるっていう誓いのお酒よぅ」
「お酒の種類はさておき、そういう訳ですから、私たちは知り合った人に、しかもリエラの家族に悪い事はしません」
「ほら、ジョセフさん、グラスを持ってぇ」
お嬢様、私が注ぎます、という声を無視して、作法も何もなくお姉ちゃんがジョセフさんのグラスにお酒を注ぐ。
それから私にも注いでくれたので、私はお姉ちゃんのグラスに注ぐ。
綺麗な色の白ワイン……。それもそのはず、ペーターさん曰く、三十年物の当たり年のこのワイン、醸造数自体は物凄い少なくて、市場流通が数える程しかない、貴族でも手に入れる事が難しいワインだそうだ。
「相手に自分のお酒を混ぜるくらいの勢いで、グラスをぶつけるのが流儀よぅ」
私たちは躊躇うジョセフさんの目をしっかりと見て、伝える。そして無理矢理グラスをぶつける。
「「かんぱーい」」
白ワインはとても甘くて、おいしかった。
それからジョセフさんはワインを飲んでゲルハルト様の側に戻って行った。
「ワインはうまかったか?」
「は、大変おいしゅうございました」
「当たり前だ、あんないいワイン。まだ余ってるか」
「お嬢様に尋ねればよいかと」
「ふむ、今回の件、シズクが仕置きをしたならもう不問だ。お前も肉を食え」
「いただきます」
一騒動の後、お姉ちゃんはお酒を飲みに行った。
私はお肉を食べるよ! 自分の分を焼いていたらクラウディア様がやってきた。
「アオイちゃん、うまくまとめましたね、ちゃんと見てましたよ」
「お姉ちゃんがやってくれたんです。私は何もしてません。あ、クラウディア様もお肉食べますか?」
「えぇ、いただくわ。焼けたら一緒に席に行きましょう」
「はい」
私は言われた通り、焼けたお肉を持ってクラウディア様の後ろに付いてテーブルに行く。
すると、そのテーブルにはゲルハルト様とハインリヒ様、後お姉ちゃんもいた。
何か騒いでいる。
「旦那様、どうなさいましたの?」
「あぁ母上。父上がシズクに、ジョセフに出したワインよりうまい酒が飲みたいとごねてるんだ。赤子みたいだろう……」
「あらあら……」
「分かったわゲルハルトパパ! これなら満足出来るはずよぅ!」
お姉ちゃんはそう言って一本の赤ワインを取り出す。それはさっきの白ワインと同じ年、同じ醸造所の物だ。その醸造所は白より赤のがおいしいと言われているにも関わらず、当時、白ワインが流行っていたために、更に生産数が少ないという……。私もペーターさんから聞き齧っただけだけどね。ペーターさんが血涙を流しながら燻製肉と交換したワインだ。おいしいに違いない。
「まさかそれは……なぜ持っている?」
「これならいいでしょう! 宣言にもぴったりよぅ」
「感謝するぞシズク!」
ジョセフさんが、お姉ちゃんからボトルを受け取って私たち全員に注いでいってくれる。よかった、仲直り出来たみたい。
ワインを注がれたグラスを持ち、立ち上がったゲルハルト様がここで話がある、と使用人全員に注目させる。
「何人かは知っていると思うが、シズクとアオイの二人、それからドラゴンのタルトを家族として迎える事にした。私はリインフォース領主として、リインフォース家当主として、新たな家族を守ると誓う!」
クラウディア様とハインリヒ様も継いで話し出す。
「私は新しい娘二人を守りますわ」
「俺は義妹たちを守ると誓う」
それから、ゲルハルト様が私たちを見てくる。何か言わないとかな。まずお姉ちゃんが一歩前に出る。
「リインフォース家の新しい家族として、みんなで楽しくすごすわ!」
「私も、出来る限り、家族のために頑張ります」
それからタルトにも促す。
『僕も言うの? 仕方ないなぁ……雫と蒼が安全な限り、この家にドラゴンの加護を約束するよ』
使用人たちから一斉に拍手がやってくる。無事、迎えられたようで、嬉しい。
それから厳かに乾杯する。このワイン、一口含んだだけで葡萄畑にいるような芳醇な香りがする。それに味も、葡萄の甘みが感じられて、くどくなくておいしい。更に渋みがほとんどない……。葡萄ジュースみたい。
グラスを置いて、私はクラウディア様とお肉を食べる。いただきます。
クルーエルグリズリーのお肉は熊肉に似て、臭みは驚く程少なく、肉質もとっても柔らかい。熊との違いは脂身の少なさ。サシがわずかに入っているけど、とても甘くてしつこくない。噛めば噛む程肉汁から甘みが出てくる。おいしい! 最高! 狩ってよかった!
私は食べてから、リリムちゃんとマリーさんの元に行く。
「どう、クルーエルグリズリーは」
「おいしいですぅ! こんなお肉食べた事ないです! 夢ですか?!」
「夢じゃないですよリリム。おいしくいただいてます。本当においしいです」
「よかった、知ってるだろうけど、お代わり沢山あるからね」
「はぁい!」
いくつか出来ているグループのあちこちから歓声と喧騒が聞こえる。みんな楽しそうでよかった。
そろそろいいかな。私は用意していた締めのお肉を出すために、領主テーブルへ向かう。
「ゲルハルト様、今日の良き日に、こちらはいかがでしょうか?」
「ん、何だ、燻製肉か?」
「えぇ、特別な食べ比べを用意しました。いずれもタイラントバッファローです」
「ちょっと待て、アオイ、タイラントバッファローは五種類のはずだろう? なんで六枚ある」
ゲルハルト様の隣で、お姉ちゃんとワインを飲んでいたハインリヒ様が聞いてくる。
「ふふ、ハインリヒ様知らないんですか? ブラックの変異種、グレータイラントバッファローを」
「何だって?!」
「おいしいですよ。リエラがこれだけはやらん! と言ったのをなんとか貰ってきたんですからね。秘蔵のお酒ですら出したあのリエラが!」
「まぁリエラちゃんがそんな事を? 私の分もあるかしら?」
「勿論ありますよ、クラウディア様。こっちです」
私はクラウディア様の前にお肉が盛られたお皿を置く。
一度じっくり見た後に、グレータイラントバッファローのお肉にフォークを刺すクラウディア様。
口に運んですぐ、その顔が大層綻んでいる。よかった。
「旦那様、食べないなら私がいただきますよ?」
「いや、いただく、勿論いただくぞ!」
「俺のもくれ!」
私は笑顔で二人の分もテーブルに置く。二人はレッドタイラントバッファローから順に確かめるみたいだね。親子だなぁ。
「みんなー! アオイちゃんが面白いお肉を出したわよぅ! 食べ比べ!! 早い者勝ち!」
そこでお姉ちゃんが庭に響き渡る声で叫び出す。あー……全員分、あるかなぁ……。
さすがにグレー全員分はないので、使用人分はじゃんけん大会になった。この世界、じゃんけんあるんだ……。
用意出来たのは三人分。みんな目がギラギラしてるけど、やる気だね。
全員でやるから、何度もあいこが続く……。全員の運命力が拮抗していて決まるの? これ。という感じ。
だけど早々に勝ち抜けたのは、おいしいお肉に命掛けてます! と言わんばかりに、もう目が真っ赤に血走っているリリムちゃん。早速ゲットしたお肉に舌鼓を打っている。
意外と決まるのが早い。次に勝ったのは、おいしい料理を作るためには、悪魔にでも身を捧げそうな態度で肉を煌々と見つめるビルさん。拝んでないで食べないと、誰かに食べられちゃいますよ。
最後の一人分は誰かなぁ。すると、前に出たのはマリーさんとジョセフさん。どうやら二人の勝負になったみたい。
「マリー、育ててあげた恩を忘れたのですか?」
「ジョセフ様。私が毒味のやり方を教えて差し上げますよ?」
一触即発である。じゃんけんですからね……。その殺気はおかしい! マリーさんなんで構えてるの!! ジョセフさん今、手刀の素振りした?
全員が見守る熱狂の渦の中、バチバチに睨み合った二人が手を振りかぶる。
「「じゃーんけーん!!」」
使用人たちの喧騒は続いている。
お酒を飲んでる人、料理を食べている人、相変わらずお肉を焼いて食べてる人。色々いる。
「たまにはこう言う食事もいいものだな」
「旦那様、準備する使用人が大変ですよ」
「なら聞いてみよう。やりたいと言う声が多ければ、またやろうじゃないか」
「それならば、えぇ、私も楽しみですわ」
「今度は俺も狩ってくるぞ。二人だけに甘える訳にはいかないしな」
「雫たちが狩ってきたクルーエルグリズリーはどうだった? お義兄ちゃん」
「うまかった。初めて食べたよ。ところで焼いてばかりいたが、アオイはもういいのか?」
「私はもうお腹一杯です。ごちそうさまです。それからお肉、まだありますよ。ストレージに沢山入ってます」
「あぁ、ビルに頼んでまた料理して貰おう。私はそれよりタイラントバッファローだな……。燻製にするとあれ程うまいのか……」
「グレー以外なら、蒼ちゃんがまだたんまり持ってるわよぅ」
「私はスープがおいしかったですね。普段飲む透き通った感じと違って、香辛料がふんだんに使われていて、複雑な味がしましたわ」
「あまり品のいいスープではないですが、ビルさんに教えておきましょうか?」
「えぇ、お願いね。アオイちゃん」
使用人たちの喧騒は続いている。
談笑している人、踊っている人、泣いている人。それぞれだ。
私たちは、今日からこの家で生きて行く。
評価、ブクマ、いいね、誤字報告いつもありがとうございます。
今回も楽しんでいただけたら幸いです。
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2022/05/17 表記ゆれ訂正




