30. リインフォース家にお世話になろう
私たちは、リインフォース家の養女となる事。それからリインフォース家で暮らす事を、一度カールさんたちに説明するために出掛ける。
リインフォース邸を出て、ウォーカー商会リインフォース支店に向かう。
最初執事のジョセフさんが、お嬢様を歩かせるなどとんでもない! と馬車を用意しようとしたんだけど、近いし、午後の自由時間だから自由にさせて貰う! と、なんとか歩きを勝ち取った。でも護衛はつけてくれ、と泣きつかれたのでメイドのマリーさんとリリムさんが一緒だ。この二人、武芸が達者らしい。
領主邸から真っ直ぐメインストリートを歩いていると、視線を感じる。
確かに、ちょっと綺麗めな商人程度の服装の双子姉妹だけならまだしも、肩に乗っているのはドラゴンである。何だあれ、ドラゴンか? などと言う声はそろそろ慣れてきた。
しかし本命はその後ろを歩いてくる綺麗系と可愛い系のメイド二人である。それは目を引きますよね。特にマリーさん。マリー様だぞ、今日も麗しい。そんな声が至る所から聞こえる。あそこの女性、倒れてない? 大丈夫?
確かに黒髪ロングに長身。スラっとしつつも出るところは出ている。目は銀色で肌は真っ白の清楚系。私が男だったら落ちてるね。今でもときめきそうなのに。
一方のリリムさんは、こっちも、リリムちゃん今日も可愛い! とあちこちから歓声が上がっている。飴色の髪に、両サイドお団子を作りつつも下まで垂らした髪型は、低めの身長と可愛らしい容姿にとても似合っている。目の色は焦茶で、こっちは白くも健康的な肌をしている。極め付けはメイド服。なんと白とパステルピンクなのだ。マリーさんが黒と白の普通の感じなのに、かなり挑戦的である。でも可愛い。
そんな四人と一頭で、好奇の目に晒されながら広場を左に曲がってウォーカー商会の店先に着くと、アランさんが迎えてくれた。
「おかえりなさい、シズクさん、アオイさん、タルトさん。その様子ですと、話がありそうですね。店先もなんですから、中へどうぞ。勿論、後ろのお二人も。今、副会長を呼んで来ます」
私たちの案内を別の人に任せて、奥へ行くアランさん。私たちは応接間に案内された。
座ると、見習いの少年がお茶を持ってやってきたけど、二人と聞いていたのか、中にいたのが四人だったのでおろおろしている。マリーさんが二人分で結構です、と対応してくれた。
少年が退室してすぐ、アランさんとカールさんが部屋に入ってくる。
「おかえりなさい。リインフォース領主とはお話出来ましたか?」
「えぇ、無事出来たわぁ」
「それで、今後の事でご報告があります」
私たちはリインフォース領主に会えた事、今後は領主邸でお世話になる事を二人に伝える。
「アオイ様、家族で、という点が抜けておられます」
しかし、マリーさんに突っ込まれた。
「どういう事ですか?」
カールさんが私たちに問う。
改めて、手紙には私たちをリインフォース領主の家族として扱うようにと書いてあって、領主も養子縁組に乗り気だったので今後そうなります、と伝える。
口をぽかんと開けて呆然とするカールさんとアランさん。
数瞬後、復活したカールさんが一度深呼吸をして口を開く。
「では今後、リインフォース家のお方として対応させていただきます。今までの非礼の数々、大変申し訳ございませんでした」
カールさんとアランさんが立ち上がって頭を下げる。
その行動を見たお姉ちゃんが、口を開く。
「すぐに頭を上げてちょうだい。そんな事をさせるために雫たちはここへ来たんじゃないわ。今まで通りがいいの。それが出来ないなら、領主の家族も、商会との友人関係もやめるわ」
「私もそう思ってます」
「……分かりました」
頭を上げてくれる二人。それを見計らって、私はカールさんに手紙を渡す。
「ペーターさんとアンナさんに、今の状況と今後の付き合いについて説明する手紙を書きました。渡してくれると嬉しいです」
「分かりました。必ず兄さんたちに渡します」
それから、ここまでの感謝の印にと、いつもの魔物の燻製肉、今回はブラウンタイラントバッファローをかばんから取り出して二人に渡した。
塊を見たマリーさんとリリムさんがちょっと驚いていた。
ギルドには連絡してくれるんだっけ? と聞くと、リリムさんがそうです、と教えてくれた。じゃあもう領主邸に戻ろう。
カールさんとアランさんにもう一度お礼を言って、商会を辞する。
そして、お姉ちゃんの右肩に乗ったタルトと、四人で来た道を戻る。
領主邸に戻ると、夕飯との事で再び食堂へ案内された。
席順は昼食と一緒で、私は同じ場所に座る。左手の奥から二番目だ。
ただし、席は一緒でもカトラリーの数は昼食と全然違う。どうしたらいいんだろうと内心あわあわしていると、ハインリヒ様とクラウディア様、それからゲルハルト様がやってきた。
外から使うんだっけ……。えっと……。
三人が食前のお祈りをする。元よりしていなかった上、冒険者や庶民でする人がいなくて久しく忘れていたけど、そう言えばこの世界の人、特に貴族はするんだっけ。リエラもしてたなぁ……。
それから、お祈りをしない私たちを見たクラウディア様が尋ねてくる。
「シズクちゃん、アオイちゃん、お祈りはしないの?」
「神様って、私たちをこの世界に連れてきた神様なんですよね……?」
「どうにも雫たちはする気になれなくて……」
「なるほどな、言われてみればその通りだ。好きにするといい。ただ、今後振りだけして貰う事もあるかもしれん。覚えておいて損はないだろう」
「分かりました」
「分かったわぁ」
とりあえず覚えるために、今後は祈る振りをして言葉は三人のを聞いて覚えよう、と言う事になった。
祈りが終わって食事だ。食事はまず、スープが運ばれてくる。コーンポタージュ。甘そうないい香りがする。えっと、スプーンは、スープだとこれかな……。
一番右の外側にある、特に深い丸みのあるスプーンを取る。いただきます。
確か、音を立てちゃダメなんだよね。
気をつけて……気をつけて……難しくない?!
ちゃんと出来てるかな……、叱責されないか気になって仕方がない。
向かいをこっそりと見ると、お姉ちゃんが難無く口にしている気がする。
タルトは……分かってたよ。大いなる親近感を覚える。
好きなお魚料理も出たと思うんだけど、味なんて分からなかった。
お肉料理でお姉ちゃんとゲルハルト様が何か話してた気がするんだけど、聞くどころでもない。
ご、ごちそうさまでした。
食後の紅茶を飲んでいるところ。叱責されると思っていたけど、ゲルハルト様から質問される。
「アオイは、食事が苦手か?」
「……いえ、食事は好きなんです。けれど、マナーが気になってしまって、全く手に付きません……それに、おいしいであろうお料理の記憶がありません……」
「蒼ちゃん、お魚どうやって食べたか覚えてる?」
「全然……」
「アオイもシズクも出来てたぞ。勿論、及第点という意味でだが」
ハインリヒ様からまさかの声がかかる。
「カトラリーの使い方は丁寧だったわね。後は、料理それぞれの食べ方や順番を覚えれば大丈夫だと思うわ。ねぇ旦那様?」
「そうだな、それに、我が家では些細な事を気にする者はいない。だから、学んで貰う必要はあるが、いきなり気にするな。そうだ、明日は冒険している時の食事を真似てみようか」
「ゲルハルトパパ! それなら雫がお肉とお酒を出します!」
「さっき父上と話してた肉だな。俺も食いたい。そうしよう」
「私も気になりますわ。ねぇアオイちゃん、どうかしら?」
「ありがとうございます。それなら私も、料理します」
それから昼間に話すと言っていた、リエラの訓練の話になった。
多くは語らず、要所だけ。リエラと私たちの三年は、これからゆっくりと話していけばいいから。
わずかに話を聞いた三人の感想は。
「我が娘ながら、鬼に育ったか……」
「昔は、俺の後を付いてきて可愛かったのになぁ……」
「あらあら、リエラちゃんはやっぱり可愛いわねぇ」
それから、疲れているでしょう、とクラウディア様の一言で解散。お風呂に入ってきなさい、と告げられた。お風呂!
この家のお風呂はさすが、領主邸らしく多いし豪華。まず領主夫妻が使うお風呂が一つ。家族が使う広めのお風呂が男女別に一つずつ。勿論領主夫妻もこっちに入ったりする。更に使用人用の大風呂が男女別で一つずつ。ゲルハルト様は、ジョセフさんと語りたくてたまに入ったりするとの事。仲がいいんですね。最後に客間には個別のお風呂が付いているらしい。広くて豪華という事は、当然あれである。
「蒼ちゃん! 一緒に入るわよ!」
「えぇ……」
「広いから、一緒に入る条件は十分よ! マリーちゃん、リリムちゃん! これからは毎日こうなるからそのつもりでね!」
「「かしこまりました」」
「ちょっと……はぁ、分かった」
でも、広いお風呂は嬉しい。
あっという間にお姉ちゃんはタルトを抱えてお風呂に入ってしまった。中から、ひっろーい! という叫び声が聞こえる。ちょっとお姉ちゃん! また服脱ぎ散らかして……。拾って『ウォッシュ』しようとしたら、マリーさんに先を越されて、これは私共の仕事ですから、と言われてしまった。これも慣れないといけないのかなぁ。
仕事を奪うつもりはないので、マリーさんにありがとうございます、と任せて、私も服に手を掛ける。けど、さすがに見られている状況で服を脱ぐのは恥ずかしい。マリーさんみたいなスタイルの持ち主だと尚更だ。うじうじしていると、リリムさんに気付かれ、マリーを気にしたら負けです。脱いでください、と言われた。確かに、気にしても仕方ないし……と私は意を決して服を脱ぎ、脱衣籠に入れる。
浴室に入ると、大きなお風呂が迎えてくれた。
「わぁ、広い……」
「広いよねぇ、蒼ちゃん、ほらここ。早く早く!」
お姉ちゃんが自分の前に椅子を用意して、座面をばんばん叩いている。私は指示に従ってその椅子に座る。
座った途端、お姉ちゃんがお湯を背中に掛けて洗ってくれる。
私はいつも通り、タルトの体をゴシゴシする。この子も洗われるのは慣れたみたいで、気持ちよさそうにしている。
そうしていつも通り洗っていたら、マリーさんとリリムさんが慌てて浴室に入ってきた。
「シズク様、それは私共が……」
「アオイ様! それは私の仕事です!」
「え? マリーちゃんもリリムちゃんも洗って欲しいの? いいよぅ。服を脱いでおいで?」
「いえ、そうではなく……」
「お姉ちゃん、多分、洗うのは二人の仕事って言いたいんだと思うよ」
「ダメよぅ。蒼ちゃんの体を洗うのは私の仕事。私の体を洗うのは蒼ちゃんの仕事。これは譲らないわぁ」
『あれ? 僕の体が抜けてるよ、雫』
「ですが、お嬢様方にそのような事は……」
「分かったわぁ! 話し合いましょう。雫の故郷には『裸の付き合い』という言葉があるわ。まずは二人共裸になってきてちょうだい! これは命令よ!」
「ちょっとお姉ちゃん?!」
「蒼ちゃん、これから長い付き合いになるし、仲良くなった方がいいわ」
「そうだけど……」
「それに……」
「それに?」
「可愛い子とお風呂に入れるなんて最高じゃない」
ダメな姉である。
この後、さすがにこの湯船には入れません、と暴れて拒否する二人を無理やり湯船に沈め込み、四人でじっくり親睦を深める事が出来た。お風呂を出る頃には話し方も少し砕けてたし、よかったと思う。
でも、私のウォーターグラスブをかわす人なんて初めて出会ったよ。
お風呂から出て体を拭いて服を着る。私たち、服って全部ストレージだから正直二人の仕事って無いんだよね……。そういうのも考えないといけないのかな。
それから髪を乾かす。今日はせっかくなのでで乾かして貰う。私はリリムちゃん、お姉ちゃんはマリーさんだ。この二人、生活魔術も完璧らしい。さすがリインフォース家だね。魔術言語は『微風 纏う 髪』で私たちと同じだけど、発動言語が『ドライ』だった。こういうところも、この世界の魔術って面白いなって思う。イメージの力って大事なんだね。
乾かした後にはヘアオイルをつけて貰った。寝る前だからか、あまり香りのするものじゃないみたい。
それから用意された部屋へ行く。お姉ちゃんと隣同士の部屋だったけど、当然一悶着あった。
「マリーちゃん、なんで雫と蒼ちゃんが同じ部屋じゃないのかしら?」
「申し訳ありません。旦那様がこうする様にと」
「何か理由があるのかしら?」
「伺ってはおりません」
「じゃあ一緒でもいいわよね?」
「……問題ありません」
「お姉ちゃん、私の意志は?」
「ほら、蒼ちゃんも『お姉ちゃんに抱きついて寝たい』って言ってるわ」
「一言も言ってない!」
「えぇー。広いお部屋だし、大きいベッドだし、いいじゃない」
「せめてベッドは別! これ以上は譲りません!」
「分かったわぁ……」
ですが、ベッドの移動が……、とマリーさんとリリムさんがどうしたものかと悩み出す。何も問題ないから大丈夫。
お姉ちゃんはあてがわれた部屋へ入り、ベッドを丸ごと『ストレージ』にしまう。そして私の部屋に来て、『フロート』で種々の家具を移動して、ベッドを置くスペースを作り、『ストレージ』からベッドを取り出して置く。ぽかんとするマリーさんとリリムさん。
「お姉ちゃんはこれくらいの事をすぐにやらかすので、慣れてください……」
「かしこまりました……」
「承知しました……。これが空間属性魔術なんですね! すごい!」
雫は窓際! とベッドにダイブするお姉ちゃん。その肩から逃げるように飛び立って窓に行くタルト。
「何かご用がございましたら、ベルでお呼びください」
「分かったわぁ」
「分かりました。なるべく鳴らさないようにします。ゆっくり休んでください……」
それから、二人と一匹の時間。
私は魔術訓練をする。お姉ちゃんは日記を書き始める。
うーん、やっぱり手を合わせてからもう一度離して、魔力を混ぜ込むところが難しい。どうしても魔力が独立して爆ぜてしまう。
また手が火傷してしまった。お姉ちゃんにヒールを……と思ったらめずらしくまだ日記に向かってる。今日は色々あったし、書く事多いのかな。
廊下を歩く二人のメイド。その会話。
「マリー先輩、今日はびっくりしましたね」
「本当にウォーカー商会の方々と知り合いだなんて」
「紅茶が手に入れやすくなるって、奥様がお喜びになりますよ」
「それに……。まさかご家族用のお風呂に入る事になるとは思わなかったわ」
「お部屋のベッドも、空間属性魔術ってあんな事が出来るんですねぇ」
「旦那様になんて説明しようかしら……」
「シズク様が希望しました、でいいんじゃないですか。旦那様も甘そうですし」
「そうだけど、ご家族用のお風呂に入ってしまったし、旦那様の命令に背いてしまったわ」
「まぁ、仕方ないですよ、でも……」
「何?」
「これから楽しそうですね」
「私はちゃんとお二人のお世話が出来るのか心配よ」
日記を書き終えたのか、顔を上げてこっちを見たお姉ちゃんが早速声を上げる。
「あー! 蒼ちゃんまた火傷してる!」
「これは……、なかなかうまくいかなくて……」
「分かってるけど……、気をつけてね」
それから『ミドルヒール』をしてくれる。手の平からじんじんとした痛みが去って、綺麗な状態に治る。
「ありがとう」
「どういたしまして」
『蒼、混ぜるイメージが出来てない?』
「そうなの、ずっと魔力が独立しちゃって」
『左右の魔力の色は何色?』
「今右手が土属性だから茶色で、左手が火属性だから赤色……あー! そういう事かぁ!」
私はもう一度魔力を手の平に込めて両手を合わせる。今まで漠然と溶岩をイメージしてたけど、それだけじゃなくて色が混ざるイメージ……。茶色と赤色……、一体となって、どろどろに溶け出して、冷める余地の無い赤茶の溶岩をイメージする。溶岩だけじゃダメ、色もしっかりイメージして、手の平をすこしずつ離していく。
……。
少し離れた手の平の間で、赤茶色の魔力の塊が蠢いている。でき、た……。
「出来た!」
『気をつけて、爆ぜるよ』
「う、うん」
『それでボールを作って』
「分かった」
しかしボールを作ろうとして魔力を捏ね始めたら、すぐに爆ぜた。
『また問題は魔力制御だね。でも、一歩進んだよ』
「うぅ……がんばります」
「蒼ちゃんの魔力制御でも出来ないのねぇ……」
それから心配して見ているお姉ちゃんに、もう一度ヒールを貰って今日の訓練はおしまいにする。
爆ぜた音を聞きつけたマリーさんとリリムさんが、お嬢様! と慌ててやってきたのは秘密だ。
寝る支度をして、私たちはそれぞれのベッドに入る。
「今日はびっくりしたね」
「ふふ、リエラちゃんが領主の娘だった事? 可愛いメイドさんが侍女になった事?」
「それもだけど、一番は」
「この家の家族として迎えられた事よねぇ」
「全く、リエラもあんな事を手紙に書くなら説明しておいて欲しいよね」
「そうねぇ、でも驚いたけど楽しかったわ。それに、とてもいい人たちみたいだし」
「そうだね。リエラの家族、みんないい人だね」
「雫たちも一員として、評判が悪くならないように気をつけないとね」
「お姉ちゃんがそれを言う? 気をつけてよ」
「はぁい。蒼ちゃんも食べてばかりじゃダメだからねぇ」
「気をつけます。じゃぁ、おやすみ! お姉ちゃん、タルト」
「うん、おやすみなさい、蒼ちゃん、タルトちゃん」
『おやすみ』
評価、ブクマ、いいね、誤字報告いつもありがとうございます。
今回も楽しんでいただけたら幸いです。




