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27. 杖を受け取ろう

 おはようございます。今、一の鐘が鳴りました。朝です。ここはアルデナ領の宿屋さんです。

 私は今しがた起きて、身支度を整えた所です。お姉ちゃんは隣のベッドですやすやしています。

 タルトもまだ寝ています。うとうとしているだけなのかは分かりません。

 私はお姉ちゃんたちがまだ寝ていて、一人だけ起きているこの瞬間が嫌いではありません。二人が幸せそうな姿を見る事が出来るからです。

 でも、お腹が空いたのでお姉ちゃんを起こします。


「すぅー…………お姉ちゃん! 朝だよ! 起きて!」


 タルトがびっくりして目を開ける。

 お姉ちゃんはもそもそと動いて、起きたように見せかけてまた寝息を立て始めた。フェイントなんて小癪ね。


「お姉ちゃん、あーさー! 私、お腹空いたよ!」

「んん……。蒼ちゃん……おはよぅ……すやぁ」


 ここまで起きないのも珍しい。前日疲れてても、もっと早く起きていたのに。私は最後の手段を使う。


「置いてっちゃうよ! 一日ずっと一人だよ!」

「……起きるわぁ」


 相談した上での一人行動は問題なく出来るんだけど、置いていかれるのは嫌らしいお姉ちゃんが、のっそりとベッドから起き出す。


『眠いなら寝てればいいのに』

「寝てたいけど、置いていかれるのは嫌なのよぅ」

「おはよう、お姉ちゃん」


 おはようと三人で挨拶して、お姉ちゃんが身支度を始める。起こしちゃったし、『ブラシ』で髪を梳いてあげるね。

 ありがとう、と言いながら着替え出すお姉ちゃん。

 支度が終わって、二人でお互いを確認してから一階へ降りる。食堂に入ると、カールさんが座ってお茶を飲んでいた。

 私たちが挨拶すると、相席を勧められたので喜んで頷く。


「昨日はお疲れ様でした。ゴブリン討伐したんですって?」

「さすが、耳が早いですね」

「自分も一応商人ですので」


 そんな話をしていると、朝食が運ばれてきた。パンとベーコンエッグだ。いただきます。

 パンが焼きたてだ。ちょっと固いけど、ライ麦パンだからかな。半熟の黄身をつけて食べる。おいしい。ベーコンのしょっぱさが、パンを更においしいものにしてくれる。ごちそうさまでした。


「みなさんは本日どうしますか?」

「んー、どうしようかしら? また依頼する?」

「お姉ちゃん、私訓練したい。いい?」

「そうねぇ、雫もタルトちゃんに言われた事をやってみたいし、タルトちゃん、教えてくれる?」

『いいよ』

「そういう訳で、私たちは森で訓練します」

「分かりました。それでは、よろしければ夕飯は一緒に」

「はい」

「はぁい」


 私たちはカールさんと別れて森へ向かう。昨日ゴブリンがいた辺りだ。ここなら人もまず来ないし、落ち着いて訓練出来るでしょう。




 訓練の成果は、芳しくなかった。

 お姉ちゃんは、聖属性魔力を集束して光線として打ち出す練習。細い線では出せるけど、すぐに拡散しちゃってただの懐中電灯になっていた。

 私は昨夜の続き。手のひらを合わせる事は出来るようになった。けど、一分も持たないで手のひらが爆ぜる。その度にお姉ちゃんが治療してくれるので、二人共訓練効率がとても悪い。

 結局、魔力操作をもっと鍛えないとダメだねっていう結論になって本日は終了。

 でもこれ以上、魔力操作を鍛えるって、どうしたらいいんだろう。




 お姉ちゃんと相談しながら、とぼとぼとアルデナの街に帰る。門を通ったら、昨日も挨拶した門番さんが、何も持ってない私たちを見て獲物が取れなかったと勘違いしたのか、くよくよすんな次がんばれ! って励ましてくれた。嬉しかったので、レッドタイラントバッファローの燻製をあげた。

 ウォーカー商会アルデナ支店に寄って、カールさんに声を掛ける。

 カールさんがお店から出てきて、レストランに一緒に向かう。朝にした夕飯の約束だ。どうやら昼間のうちに予約していてくれたみたい。ありがとうございます。

 レストランは、中央通り沿いの産業区にある、瀟酒な小料理屋といった雰囲気だった。

 ドリンクを聞かれたので、カールさんにおすすめを聞く。するとおいしい白ワインを教えて貰ったので、お姉ちゃんと二人でそれにする。タルトは葡萄ジュースだって。

 グラスを軽く合わせて乾杯をする。いただきます。

 口に近づけてグラスを傾けると、葡萄の芳醇な香りが広がる。一口含んでみると、甘口でとても飲みやすい。ワインは飲み方とかあるって聞いたけど、気楽に飲んでもいいらしく、作法を知らない私には助かる。

 それから料理が運ばれてくる。あ! 魚の燻製だ。魚!!


「魚だ! この国に来て初めて!」

「魚なんて何年振りかしら? 嬉しいわぁ」

「お二人の国では魚が食べられるんですね。お好きですか?」

「大好きです!」

「大好物よぅ」


 どうやら海に面したバイゼル領の隣領だからなのか、たまに燻製が運ばれてくる事があるんだって。このお店はそれが食べられるとの事。私たちは早速いただく。

 身を取って、玉ねぎを乗せて食べる。あぁ、魚の味だぁ。ニシンかな? 噛めば噛む程味が出てくる。じわっと来るじっとりとした脂の味。それから燻製の香り。一緒に食べた玉ねぎはレモンが掛けてあって酸味が余計なしつこさを省いてくれてとてもいい。


「おいしい……」

「とってもおいしいわぁ」

『しょっぱいのがおいしい』

「とても満足していただけたようで、よかったです」


 どうやら顔にも出ていたらしい、カールさんが笑って言ってくる。ちょっと恥ずかしいけど、このおいしさの前では仕方ないよね。

 タルトも満足している。君、なんだか酒飲みみたいだね。

 それから勧められて魚の燻製のお代わりを貰って、他の料理にも舌鼓を打っておいしくいただきました。ごちそうさまでした。




 日が変わって翌日。いよいよ今日! 杖が完成!

 なんとお姉ちゃんも楽しみなのかぱっちり目が開いている。タルトは眠そうだけど。

 私は普段通りの時間に目が覚めたよ。一瞬で起きれたけど。

 朝食を食べている間も二人でそわそわしてて、カールさんに突っ込まれました。部屋でもタルトに浮き足立ちすぎって言われたばかりなのに。

 でも仕方ない。私とお姉ちゃんは朝食を食べ終わって早速、ゲルトさんの工房へ向かう。

 

 ……。ここを曲がって……。


 工房に着いた。お姉ちゃんを先頭に中に入る。


「ゲルトさん、来たわよぅ」

「おはようございます」


 どたどたと足音がして、奥からゲルトさんがやってくるのが分かる。杖はどんな長さかな? どんな色かな……? 楽しみだなぁ。


「二人共すまねぇ!!!!!」


 ゲルトさんが大声とともに頭を下げる。


「え?」

「はい?」

「杖が、出来てないんだ……」

「えぇ!!」

「どういう事なの?! 蒼ちゃん! 場合によってはこの工房滅ぼすわよ!」

「待って! お姉ちゃん! 話を聞いて……」

「話を聞いてから滅ぼすわよ!」

「そうじゃない! 聞いたら落ち着いてよ!」


 荒ぶるお姉ちゃんを抑えて、私はゲルトさんの方を見る。タルトはお姉ちゃんの肩から私の肩に避難してきた。


「実はノアドラゴンの加工に使った刃でいけると思ったんだが、微塵も削れない」

『ノアドラゴンと一緒にされるなんて心外だね。ホワイトドラゴンの角は竜種で最も硬いと言われているのを知らなかったのかい?』

「面目ねぇ。だから刃を一から作り直して、やっと角を削れる刃が出来そうな所だ。本当にすまないが、もう少し時間が欲しい」

「仕方ないわねぇ……。分かったわぁ」

「お姉ちゃんが納得してくれてよかった。分かりました」

「すまねぇ。助かる」

「その代わり、いい杖にしてちょうだいよ!」

「それは勿論だ! お前ら、杖が出来るまでこの街にいるか?」

「いえ、私たちはこれからリインフォース領に行きます。冒険者ギルドには顔を出すつもりなので、ギルド経由で連絡をくれれば時間は掛かりますが通じると思います」


 冒険者ギルドには伝言を頼めるシステムがある。伝言を伝えたい相手がどこかの冒険者ギルドに顔を出したときにメッセージを伝えて貰えるシステムだ。遠方のギルドにも連絡する事が出来るので、遠方の友人冒険者や時間の合わない冒険者同士の連絡に使われている。スマホみたいにすぐ連絡とはいかないけどね。それに、料金も掛かるけど、こっちは必要経費と思って貰うしかないね。


「分かった。出来たらすぐに連絡する。後、対応が俺の弟子だったり、お前らが代理人を立てたとき用に引換証を渡しておく。無くすなよ」

「はい。それから、加工用の刃の料金は必要ですか?」

「いらねぇ。これは俺のミスだし、この程度で工房が潰れる程落ちぶれてもいねぇ。それより早く作りたい。この後もまた作業する」


 と告げ終わったら、そわそわしているゲルトさん。本当に早く作業に戻りたいみたいだね。

 私たちはゲルトさんによろしくと伝えて工房を後にする。扉を閉めるより先に、どたどたと音がしたから、本当にすぐに作業に戻ったみたい。


「残念ねぇ……」

「仕方ないよ。でも、作ってはくれるんだし、のんびり待とう?」

「そうねぇ。この街でやる事が無くなっちゃったわね」

「そうだね。早速立つ?」

「カールさんに相談しましょ。それから冒険者ギルドに顔を出さないと」

「だね。行こう」


 私たちは冒険者ギルドに足を向ける。タルト、頭はちょっと重いよ。


「タルトごめん、乗るのは肩にして」

『座りがよかったんだけど、仕方ないね』


 一度飛び上がって肩に再び止まるタルト。

 細い道を抜けて中央通りに出れば、すぐに冒険者ギルドだ。この道にも慣れてきたなぁ。

 早速中に入る。モニカさんが受付カウンターで暇そうにしているので、そこに向かってロビーを歩く。

 こっちに気づいたモニカさんが手を振ってくれる。


「おはようございます。シズクさん、アオイさん、タルトさんも」

「おはようモニカちゃん」

「モニカさんおはようございます」

『おはよう』

「ゴブリン討伐の報酬で贅沢三昧、たんまり稼いだ冒険者の方々は、昨日も今日もお休みですよ。みなさんはまさか依頼ですか?」

「そろそろリインフォース領に立とうと思って、お別れに来たのよぅ」

「えぇ! そうなんですか! それは寂しいですぅ……」

「また会えるから、杖も取りに来ないとだし」

「杖がどうかしたんですか? そういえばお二人共持ってないですよね?」

「この街で杖を作って貰う予定だったんだけど、思ったより時間が掛かるみたいなのよぅ」

「だから、出来たらギルドに伝言して貰って、私たちは目的地に行く事にしたの」

「なるほど」


 私たちはゲルトさんの名前を伝える。

 うんうんと頷いているモニカさんが、あっ、と声を上げる。


「さっき気づいたんですけど、お二人、ゴブリン討伐の報酬受け取ってませんよね? 持ってきますぅ」


 席を立って駆け出すモニカさん。精算カウンターにいる同僚に話しかけてから、小袋を持ってとてとてとこっちに戻ってきた。


「こちらになります。討伐報酬と指揮報酬、お二人分併せて小金貨四枚が入っています。シズクさん、ギルドカードをお願いします」

「はぁい」


 お姉ちゃんがギルドカードを取り出してモニカさんに渡す。今ギルちゃんって言った? 気のせい?


「はい、こちらで精算処理も完了です。カードをお返ししますね」

「ありがとうモニカちゃん」


 気のせいか……。

 それじゃぁ退散しようかなと思ったら、なんだかモニカさんがもじもじしている。そして意を結したように言葉を発する。


「あ、あの。お願いしたい事があるんです」

「何かしら?」

「でも本当に厚かましいお願いで……」

「いいよ、モニカさんとは友達だし、聞くよ。何かな?」

「友達……あ、ありがとうございます。ちょっと待っててください!」


 物凄い勢いでギルドの奥に行くモニカさん。そして机の中から取り出したのか、紙の束を持ってあっという間にカウンターに戻ってきた。


「これを、ソフィア先輩に渡して欲しいんです……」

「なぁに? ラブレター?」

「そんな大層なものじゃないんです! でも、ソフィア先輩に宛てた手紙です!」

「そうなんだ。自分で出さないの?」


 郵便というシステムはないけど、手紙はある。この国では商人や旅人経由で手紙を届けて貰うのが一般的だ。


「知らない人を介すると恥ずかしくて……。でも、お二人なら任せられますので!!」

「マイヤ領には、まだしばらく戻らないと思うけど、それでもいい?」

「勿論です! もし会ったら、お願いします」

「分かったわぁ」

「任せて」


 手紙を受け取ってかばんにしまう。


「そういえば、ロイさんにも挨拶したいんだけど……」

「あの飲んだくれなら、二日酔いで休みですよ、けっ」

「モニカちゃん、可愛い顔が台無しよぅ」

「気をつけます……」


 なら仕方ない、という事でモニカさんに別れを告げて冒険者ギルドを後にする。

 今日は冒険者ギルド静かだったな。いつもこれくらい注目されなければいいのに……。

 タルトとそんな事を話しながら、お姉ちゃんと三人でウォーカー商会アルデナ支店に向かって歩き出す。

「ちょっと早いけど、露店でお昼食べちゃおうかしら?」

「カールさんが泣いちゃうかもね」


 露店に吸い込まれそうなお姉ちゃんの手を引いて、商会へ向かって歩く。

 この街はそこまで広くないから、すぐに目的の場所には到着した。

 店先で荷を確認しているカールさんに挨拶をする。


「おかえりなさい。シズクさん、アオイさん、タルトさん。杖の出来はどうでしたか?」

「それがねぇ……」

「出来てなかったんです」

「それはそれは……契約不履行で鍛治師ギルドに注意をお願いしますか?」

「そんなつもりはないです。私たちが珍しい素材を持ち込んだのが原因なので、気長に待ちます」

「それで、しょうがないからリインフォース領に向かう事にしたのよぅ。カールさん、いつなら立てるかしら?」

「今日にでも立てますよ」

「え、早い……。荷物とか大丈夫なんですか?」

「元々三日と聞いてましたので、準備してました。この荷を積めば立てます。自分としても、この街でやる事がもうないので立ちたいですね」

「思い立ったが吉日よぅ! 出ましょう!」

「そんな言葉があるんですね。機を読む商人にはいい言葉です」

「故郷の慣用句ですね」

『出発する? その前にこないだのお店のケーキだけ食べたい』

「はいはい、持ち帰りで買ってくるよ」


 という訳で、ケーキだけ買って、タルトがもう一つ! と、おねだりしたので多めに四ホール買い込んで、商会に戻る。

 荷馬車は店先にあって、カールさんは従業員の人と話をしていた。メールみたいな連絡手段がないから、たまに支店に顔を出して状況を確認するのはとても大切らしい。基本は独立採算で、情報や多量に買った品物の斡旋の代わりに売上の一部を本店で貰ってるんだって。フランチャイズってやつなのかな?

 お姉ちゃんはカールさんと一緒に店先で従業員さんと話しながら待ってた。何を話してたかは怖くて聞いてない。ただ、カールさんの冷や汗がすごかった。

 荷物の最終確認も済んだので、私たちは荷台へ、カールさんは御者台へ乗り込む。

 シルバー今回もよろしくねって挨拶したら、従業員の人たちがとても驚いていた。あ、話せるのを知らなかったんだっけ。

 私たちの事は、従業員の人たちになんて伝わってるんだろうか。肉女神はやだなぁ。

 後でカールさんに聞いてみよう。

 私たちは荷台から顔を出して、商会の従業員さんに向けて手を振る。

 リインフォース領に向けて、今日も馬車はのんびり動き出す。

評価、ブクマ、いいね、誤字報告いつもありがとうございます。

今回も楽しんでいただけたら幸いです。

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