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20. 瘴気の浄化に行こう

「おはよう! 蒼ちゃん」


 ぼんやりと目が覚めて、覚醒しきっていない私の脳に、お姉ちゃんが軽快な声で朝の挨拶を伝えてくる。

 私はあくびをしながら目を、声がした方向に向ける。


「ふふぁ……。おはようお姉ちゃん。珍しいね。まさか、寝てないの?」

「寝たわよぅ。気になって目が覚めちゃったの」


 なにが? とは聞かずに私もベッドから起き出す。ここはウォーカー商会二階の客間。さすが大店。このベッド、とても寝心地がよかったです。

 一度窓辺で伸びをしてから、着替えて身繕いをする。すると。


「おはようございます」


 ノックとともにそんな声がして、お姉ちゃんが返事をして少しだけドアを開けて対応する。

 扉を閉じてからお姉ちゃんがこっちに近づいて私に教えてくれる。


「朝ご飯ができたみたいよぅ」


 にやにやしながら、お待ちかねの、という枕詞を付けてきたので枕を投げてやった。

 けど朝ご飯は嬉しいので、私たちは揃って一階の食堂へ降りて行く。

 食堂に入るとペーターさんをはじめ、従業員のみなさんは着席していて、私たちに挨拶をしてくれる。

 私たちが最後だったらしい。


「おはようございます。お待たせしてすみません」

「いえ、お休みになれましたでしょうか?」

「はい、とっても寝心地がよかったです」

「お風呂も気持ちよかったわぁ」


 それはなによりです、とペーターさんが言ったところで見習いの少年が給仕をしてくれる。

 ご飯はドライフルーツも入ったオートミールに、別添えでベーコンだ。男性にはさらにパンがついている。ペーターさんに勧められたけど、私はオートミールだけで十分なので遠慮した。いただきます。

 オートミールは単品だと食べにくいイメージがあるけど、これはドライフルーツとミルクが入っているので食べやすい。グラノーラに近いかな。日本でよく食べてたし、なんだか懐かしい。おまけに、ドライフルーツがおいしい。ベリーにオレンジ、それとイチジクかな? 砂糖を使っていないはずなんだけど、とっても甘い。また、ベーコンは脂がほとんどなくてさっぱりとしている。朝には重たくなくていい感じ。

 舌鼓を打っていると、ペーターさんが話しかけてきた。


「今日お二人は、冒険者ギルドの依頼をなさるんでしたっけ?」

「そうです。ちょっと山まで」

「瘴気を浄化してくるわぁ」

「南の街道を塞いでいる件ですね」


 さすが商人、耳が早い。


「あの影響で、山から取れる原石の流通が滞っているようでして、宝飾品の価格が上がると言われています。しかし、お二人が対処されるなら大丈夫そうですね。買い付けはやめましょう」


 さすが大店の商人。やり手である。


「そういえば……大変失礼なのですが、ウォーカー商会の規模ってどのくらいなんですか?」

「雫も気になってたのよぅ。聞いてもいいかしら?」


 お姉ちゃんも、昨日アンナさんに言われたことが気になってたみたい。

 そういえば、説明していませんでしたね、と前置きしてペーターさんが話し出す。


「各商店の規模は小さいですが、アルメイン王国の領地の半分に支店があります」

 

 ちなみに、マイヤ領にはこれから支店を出す予定なんですよ。とアンナさんが続ける。


「支店を出してたら一緒に旅ができなかったわねぇ」

「お姉ちゃんそうじゃないよ! 私たちそんな偉い人に失礼なことばかりを……」

「アオイさん、私も妻も、なにも失礼なことなどされていませんよ」

「す、すみません……」

「ふふ、それにお二人とはお友達ですしね」


 アンナさんが笑顔で告げてくれて、ペーターさんもその通りと頷いてくれる。

 そんな商会に援助は惜しまないって言われて……いいのかな。

 するとアンナさんがこっそりと私に向かってウィンクをしてくれた。どうやら、いいらしい。ありがとうございます。


「さて、すみませんが私どもは仕事をしなくては、お二人はごゆっくりと。例の瘴気の塊ですが、近づくと暴れるという話を聞いていますので、お気をつけてください」

「はい、ありがとうございます。お姉ちゃん、私たちも出よっか?」

「そうだねぇ。ごちそうさまでした」


 私もごちそうさまをして、ペーターさんたちに見送られて商会を出る。

 目的の山は、ここから南だったね。私たちは並んで歩き出す。

 川沿いを歩いて行くと、街の南門に到着した。初めて会うけど、門番さんに挨拶をして、街を出る。

 石畳の道から、踏み固められた土の道に移り、山がだんだん近くになってきた。


「お姉ちゃん、そろそろだね」

「そうねぇ、ちょっと嫌な気配がするわね」


 お姉ちゃんはすでに魔力感知で気づいていたらしい。私も魔力感知を発動してみる。魔力を広げられるけど、あまり感知がうまくないので普段は発動してないんだよね。


「本当だ、なんか気配がある」

「でもこれ変ねぇ……」

「変? どういうこと?」


 近づいたらわかるわよ、とお姉ちゃんが先に行く。

 道を進んで行くと、次第に勾配がついてきた。山道に入ったみたい。馬車がすれ違えるほどの道幅から、段々と馬車一台分くらいの道幅に細くなっていく。


「もうすぐねぇ」


 お姉ちゃんが言う通り、曲がりくねった道の先に、黒のような、紫のような色の瘴気の塊があった。


『――。――――――――――――――――!!』


 叫び声が聞こえる。瘴気の塊が発しているみたい。叫び声ってことは、コミュニケーション取れるかな。


「なんか叫んでるみたい。聞いてみようか」

「そうしましょう」


 私とお姉ちゃんは瘴気の塊に近づいて、話しかけてみる。


「どうしたの? 話せますか?」


『――――。――――――――! ――――――――――――――――――――!!』


 今度は叫び声が聞こえた途端、頭に言語が流れ込んでくる。何語かわからないけど、とにかく言語らしい。


『どうしたの? 大丈夫?』

『痛い、苦しい。だが、我が子は守らねば』

『我が子? 子供がいるの?』


「やっぱり、間違いじゃなかったみたい。大きいのと小さいのと、魔力の塊が二つあるわ」

「瘴気の塊が二つってこと? それなら両方とも浄化して助けないと。お姉ちゃん、できそう?」

「やってみるわねぇ」


 お姉ちゃんが魔術を唱え始め、足元に濃い乳白色の魔術陣が現れる。


『ホーリー!』


 瘴気が少しだけ晴れる。しかし瘴気の塊だった生物は、ホーリーを攻撃と理解したのか、暴れ出す。


『おのれ、まだ我に術をかけるか!』

『待って! 雫たちは、あなたを助けるために魔術を使っているのよ!』


 しかしお姉ちゃんの呼び声は通じず、巨大な鞭状の攻撃がお姉ちゃんに襲いかかってくる。


「お姉ちゃん危ない!」


 攻撃がぶつかる直前、光り輝く障壁がお姉ちゃんを守った。

 プロテクションを発動してたみたい。よかった。


『許さんぞ! 我が子は、我が子だけは守る!』


 暴れたことで、瘴気の黒い影からその巨大な姿が少し浮き彫りになっていく。どうやら、さっきの攻撃は鞭じゃなくて尻尾みたい。

 大きな翼に、角のある頭、それに真っ白いトカゲのような肌。これ……。


「お姉ちゃん! これドラゴンじゃん!」

「そうねぇ。蒼ちゃん、動きを止めてくれるかしら? もう少し浄化してみるわ」

「わかった!」


 私は魔術を詠唱する。私の周囲を五つの淡く茶色い魔術陣が囲う。『岩 過重 束縛』。足が大きいから、多重詠唱も使って魔力をかなり多めに込める。


『ロックグラスブ!』


 発動すると、ドラゴンの足四本と尻尾に、岩の枷がかかる。魔力もしっかり込めて重くしたし、これで動きが遅くなるはず。すると思った通り、暴れていたドラゴンの動きがゆっくりになり、そして小さくなった。重しが効いて動きにくくなったみたい。


「ナイスよ、蒼ちゃん!」


 お姉ちゃんの足元に乳白色の魔術陣が浮かび上がり、再びホーリーを詠唱しているのが見えた。


『ホーリー!』


 ホーリーの光に包まれたドラゴンは、さらに周囲に撒き散らしている瘴気を減らしていく。しかし、その動きは収まることはなく、ドラゴンは再び激しく暴れ出した。それは岩の枷を今にも外しそうなほどだ。


「お姉ちゃん、まだ浄化が足りない感じ?」

「もう十分過ぎるほどやってるのよ」

「え? でも暴れてるよ?」

「そうなのよねぇ……」


 動きを止めて落ち着かせるにはどうしたものか、と二人で考えていると、私たちの元へ小さく光り輝く白い球が飛んできた。なんだろう。


『お母さんは、僕を守るために暴れている』


 小さな光り輝く白い球が、姿を現して喋り出す。白い翼に角のある頭、白い皮膚……。この子ってあのドラゴンの子供……?


『あなた、あのドラゴンの子供なの?』

『そう』

『瘴気はもう平気なの?』

『君たちが浄化してくれたから』

『そう、よかったわぁ。お母さんドラゴンは?』

『お母さんの生命はもう消滅している』

『消滅しているのに、まだ動いているの?』

『今は意志だけで動いている。僕が近づけば、きっと目を覚ます』

『あなたが今、近づいたらやられちゃうわよぅ?』

『だから、手伝ってほしい』

『それって、あのお母さんドラゴンをやっつけるってことだけど、いいの?』

『もうあれは、邪悪になったものだから』

『……』


 私とお姉ちゃんは顔を見合わせる。つまり、もう魔物と変わらないってことかな。

 まだよくわかってないけど、あのまま放ってはおけない。私たちは子供ドラゴンの頼みに従うことにした。


『手伝ってくれる?』

『わかった』

『わかったわぁ』


 私たちは再びお母さんドラゴンに向き直る。相変わらず暴れていて、そろそろ岩の枷も外れそうだ。だいぶ魔力込めたのに、ドラゴンって規格外なんだね。


「蒼ちゃん、足と胴体にもっとダメージ与えられるかしら?」

「もちろん、お姉ちゃんはそれから浄化だよね?」

「えぇ、魔力残量には気をつけるわぁ」


 それってリヒャルトの時と同じことするつもりなの? とは問いかけずに私も魔術を詠唱し始める。私がこれから詠唱する魔術も、お姉ちゃんのこと言えないからね。

 私が右手を左から右に振りかざすと、お母さんドラゴンの上空周囲に、青緑色の巨大な魔術陣が五つ現れる。『氷塊 氷柱 突風 疾風 砲撃』。お姉ちゃんとリエラにヒントをもらって、やっとできるようになった、複合魔術。

 神様にご褒美をもらって、だいぶ魔力が増えたはずなのに、体内の魔力が一気に吸われていく。それでもやめないよ! お姉ちゃんばかりに負担はかけさせないんだから!

 私は多重詠唱でさらに魔術陣に言葉を紡いでいく。でも、まだ二重が限界みたい。

 発動の前準備とばかりに、魔術陣から巨大な氷柱が現れ始める。照準は、四本の足と、胴体。氷柱の尖端をそちらに向ける。

 あとは発動するだけ……。氷柱が撃てるのは、今発動している分だけだ。私は慎重にタイミングを図る。お母さんドラゴンが枷を破ろうと力を溜める刹那……今!


『アイシクルカノン!』


 風切り音がとどろき、その轟音とともに、巨大な氷柱が矢のような速さで飛んで行く。狙いは大丈夫そう。

 まず氷柱二本が、最初に両前足に刺さった。

 それからお母さんドラゴンのけたたましい叫び声がした。

 次に、後ろ足に向かって別の氷柱が二本飛んで行った。

 その内の一本は、枷を壊した尻尾の薙ぎ払いで砕け散った。

 もう一本は、右後ろ足に刺さった。

 前の膝が折れて、お母さんドラゴンの体が沈み込む。

 

「これで最後……!」


 そこへお母さんドラゴンの上から最後の氷柱が、風の勢いと自由落下で他の氷柱以上に加速してその体を貫く。そして合計四本の氷柱で貫かれ、地面に縫い付けられた体は動かなくなる。

 

「蒼ちゃんさすがよぅ!」


 お褒めの言葉がお姉ちゃんからやってきた。私だってできるんだからね! あとで頭撫でてもらおうかな。

 そのお姉ちゃんが魔術を詠唱している。魔術陣が純白のように真っ白で、ホーリーを多重詠唱で何重にも重ねたみたい。そんな魔術陣がお姉ちゃんの足元を三重に、円の幾何学模様を描いて回っている。そんなに魔力制御できてたっけ? と私が思っていると、魔術が発動した。


『ホーリー!』


 お姉ちゃんの右手から出現した三つの光の球がお母さんドラゴンへ飛んで行き、くるくるとその頭上を回りながら三つの白い恒星のように燦々と輝き出す。

 光で照らされたところから、お母さんドラゴンの体の瘴気が、さっき撃ったホーリーよりも早いペースで浄化されていくのがわかる。

 やがて見る限りすべての瘴気が浄化され、氷柱の砲撃によって体も動かすことができなくなったお母さんドラゴンが倒れるのが見えた。


『子ドラゴンちゃん、今よぅ』

『わかった』


 お姉ちゃんに言われて、お母さんドラゴンの元へ飛んで行く子ドラゴン。

 私たちもそのあとをついて行く。


『お母さん』


 子ドラゴンに呼ばれたお母さんドラゴンが、目を開ける。もう目をかろうじて開く力くらいしかないみたい。でも邪悪な感じも、暴れそうな気配もなくなって、意識が戻ったみたいね。


『坊や……。無事でよかった』

『この人たちが助けてくれたよ』

『そうか、人間に助けられるとは』

『人間になにかされたんですか?』

『……我と坊やを瘴気の渦に沈めたのだ』

『人間にそんなことが……』

『しかし事実だ』

『でも、この人たちは違うよ』

『そうだね、坊や。どうやら違うようだ』

『あなたはこれからどうなるの?』

『我の魂はもう消える、人間の少女たちよ、坊やを守ってくれないか』

『もちろんよぅ』

『感謝する。骸は好きにするがよい』

『お母さん』

『坊や、ドラゴンの意志は繋がっている。なにも心配することはない』

『わかった』


 話が終わったのか、子ドラゴンはしばらくそこでお母さんドラゴンを見ながら佇んでいた。

 やがてお母さんドラゴンの目が閉じていき、それからもう目を開くことはなかった。


評価、ブクマ、いいね、誤字報告いつもありがとうございます。

今回も楽しんでいただけたら幸いです。

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