EX. 雫の日記帳02 ~訓練ってスパルタねぇ~
雫は現在進行形で悩んでいるわ。
今は、ウォーカー商会のお風呂を借り終わって、蒼ちゃんは一階にお水をもらいに、雫はベッドで日記を書き終わったところ。
最近ずっと、蒼ちゃんが魔術訓練で悩んでいるから、雫もなにかお手伝いできないかなって思っているの。
そうだ日記があったわ! リエラちゃんとの訓練に、なにか解決法があるかしら。ちょっと読み返してみましょう。
午前はこの世界の知識や魔術の勉強、午後は魔力制御の訓練。そんな日々をすごして何ヶ月か経ったわ。
リエラちゃんはスパルタで、毎日とっても大変。でも雫の魔力制御もやっと及第点になったみたい。初めての頃よりも魔力をかなり薄く、より広げられる様になってきた。
そうして広げた魔力で今日のご飯の野生動物や魔物を探すの。こっちは魔力感知ね。魔力感知は蒼ちゃんより上手ねってリエラちゃんに褒めてもらっちゃった。
蒼ちゃんは生物がいるのはわかるけど、見分けがつけられないみたい。
雫は今日も魔力制御の訓練かなって思って、蒼ちゃんといつも通り家の前の広場に向かうと、リエラちゃんが今日は違うって言ってきた。
「シズクもアオイも、だいぶ魔力制御に慣れてきたしの。今日から魔術の実践じゃ」
「はぁい」
「わかった」
新しいことって嬉しいわぁ。わくわくしてきちゃった。
蒼ちゃんもちょっと顔がにんまりしている。嬉しいわよねぇ。
「今日使うのはシズクはプロテクション、アオイはウォータージェイルだけじゃ」
また獲物を狩るのかしら。前に実践した時は、レッドタイラントバッファローをプロテクションとアイスジェイルで追い詰めて捕まえたけど、今日は蒼ちゃんの使う魔術が違うのねぇ。
そう思っているとリエラちゃんが説明を続けてくれる。
「レッドタイラントバッファロー程度の魔物狩りはもうできておるからの。普通の使い方としては及第点じゃ。つまり、瞬間の発動は問題ないということじゃ。今日からやるのは、威力を強化し、そして発動時間を伸ばすことじゃの」
「はぁい」
「どうやるの?」
「まぁ慌てるでない。二人とも移動するぞ、こっちじゃ」
そうしてリエラちゃんは森の奥へ歩いていく。リエラちゃんについて行くこと十数分。すると……滝だわ。
「滝だ……」
「滝ねぇ……」
突然現れた滝を見ながら歩いていた雫たちが、そばについたのを確認して、リエラちゃんが説明を始める。
「二人は滝に打たれないように、プロテクションとウォータージェイルでガードじゃ。ずっと発動し続けるんじゃよ」
「え? 一瞬の発動じゃだめなの?」
蒼ちゃん、それじゃあ……。
「一瞬じゃと滝に流されるぞ」
「あ……そう、だね……」
「あとたまに、わしが上から物を落とすから、魔力供給をサボったら当たるぞ。常に多めに魔力を流しておくのをお勧めするの」
「それ、当たったらどうするの……」
「ヒールはするから任せるのじゃ」
それじゃ早速やるかの、ほれほれと、リエラちゃんは雫たちに滝に当たれとせっついてくる。
とっても大変そうだけど、面白そうねぇ。
入る前から発動した方が濡れずに済むぞ。と教えてくれたので、雫は魔術を詠唱する。『聖 障壁 身辺』……。乳白色の魔術陣が足元に現れたので、雫は魔術を発動する。
『プロテクション』
すると、雫の身の回りに光の障壁が現れる。それから、雫は滝に向かう。本当、水が弾かれていって濡れないわぁ。
雫が滝に向かう姿を見て蒼ちゃんも諦めたのか、その足元に青色の魔術陣が現れて『ウォータージェイル』を発動したらしい。水の鳥籠に入った蒼ちゃんが、滝に向かって歩く雫の後ろをついてくる。
二人して滝の落下地点にある大岩まで、川から飛び出た小さい岩を渡って歩いていく。
大岩に到着して、二人でせーので滝行を始める。
「よしよし、そのままキープじゃよ。おっと、そうじゃ、わしがなにもしなくても、木が落ちてくるから油断するでないぞ」
「いっっったぁぁぁぁーー!!!」
「蒼ちゃん?!」
「木が落ちてきたぁ……」
「ほれ、魔力供給が少ないからウォータージェイルの水をすり抜けるんじゃ。もっと魔力を込めないと、また当たるぞ」
蒼ちゃんのウォータージェイルを木がすり抜けて、頭に当たったらしいわ。魔術の解除まではしなかったから流されなかったけど、魔力供給が弱いとウォーターケイジの水は木を弾いてくれないのね。
雫の張ったプロテクションにも、水以外に石や木の枝が当たって反応するのがわかる。
「シズクも、そのままじゃとプロテクションがすぐ割れてしまうぞ」
プロテクションが弱くなったら魔力を供給して強化するだけじゃだめみたい。リエラちゃんに言われたように、もっと魔力を込めていく。これ、すごく大変だわぁ。
「今度は込めすぎじゃ。それじゃすぐにバテてしまうぞ」
「難しいわリエラちゃん!」
「簡単だったら訓練にならんの」
それから、おっとそうじゃ、とリエラちゃんが追加で言ってくる。
「プロテクションもウォータージェイルも、二重に張れるならその方が楽じゃよ。わしからのヒントじゃ」
「そんなのできないよぉー!」
「わからないわリエラちゃん!」
「そういえば見せておらんかったの」
リエラちゃんは一旦休憩と言って雫たちを岸に上げ、それから魔術の講義では話したが、と雫たちに前置きしてから教えてくれる。
「まず多重詠唱について見せる」
リエラちゃんの足元に乳白色の魔術陣が現れる。『聖 障壁 身辺』……プロテクションの詠唱ね。
「これが普通の魔術陣じゃの。この魔術陣に、同じ言葉をさらに加えていく」
それから魔術陣に『聖 障壁 身辺』それぞれの単語がどんどん加えられていき、その度に魔術陣の輝きが増していく。
魔術陣に書き込める隙間がないくらいぎっしり言葉が詰まったら、リエラちゃんが『プロテクション』を発動した。
「これが多重詠唱、魔力制御や必要魔力が段違いになるが、その分堅さも段違いじゃ」
円錐状の大岩を、『ロックコーン』で頭上に作り出すリエラちゃん。雫や蒼ちゃんの防御魔術じゃ、まったく防げないであろうその巨岩をそのまま落下させて自身にぶつける。
激しい衝突音とともに土煙が舞い、リエラちゃんの姿が見えなくなる。
「リエラ!」
「リエラちゃん!」
土煙が晴れると、リエラちゃんの姿は無事で、プロテクションも硬度を保ってそのまま存在していたわ。
「大丈夫じゃ、プロテクションもまったく問題ない」
「すごい……けど、びっくりするよ!」
「なにもなくてよかったわぁ」
「と言うわけで、これが多重詠唱じゃ」
驚嘆している雫たちをよそに、リエラちゃんはプロテクションを解除して続ける。
「次に並列詠唱について説明する」
リエラちゃんの足元に、青色の魔術陣が現れる。『水 鳥籠 束縛』……ウォータージェイルね。
でもなにが違うのかしら。と思っていると、リエラちゃんの周囲に青い魔術陣がさらにいくつも現れる。
リエラちゃんが『ウォータージェイル』を発動すると、鳥籠が何重にもなってリエラちゃんを囲っていく。
「普通の魔術じゃが、このようにいくつも出して重ね掛けする。こっちも魔力制御や必要魔力が当然増えるが、手の内が増えるの」
さっきと同じようにリエラちゃんは頭上に『ロックコーン』を作り出して落下させる。
ロックコーンの先端がウォータージェイルに当たると、その鳥籠の水の激流が岩を削って弾いていく。
バシャンと音がして一番表層にあったウォータージェイルが水溜まりになって消えていった。
ロックコーンは、二つ目のウォータージェイルにぶつかり、先ほどと同じように削られていく。
三つ目……四つ目とウォータージェイルが水溜りになったところで、ロックコーンでできた岩は跡形もなく消え去った。
リエラちゃんの周囲には、二枚のウォータージェイルが残っていた。よかった、無事みたい。
「これが並列詠唱じゃ」
雫と蒼ちゃんが多重詠唱と同じように驚嘆していると、リエラちゃんが続ける。
「いいところは、互いを同時に使えること。多重詠唱した魔術を並列詠唱で二つ同時に使うといったことじゃ。あとは違う魔術を並列詠唱で同時に発動できる。それから、多重詠唱の最も素晴らしい点は、二つ以上の魔術を混ぜられることじゃの。味方を守りたいなら習得は必須じゃ。シズクは起死回生の一手が打てるし、アオイは絶体絶命の突破口を拓ける。ちなみに違う属性でも混ぜられる。アオイは基本四属性じゃ、特殊な使い方じゃが、混ぜられるようになった方がいいの」
「どうやるの……?」
「とにかく魔力制御かのう。初めは魔力を少なめにの。ちなみに悪いところは、求められる魔力量と魔力制御能力のハードルが高いことじゃ!」
さて、講義は終わりじゃ。と雫たちは再び滝行を迫られる。
雫は『プロテクション』、蒼ちゃんは『ウォータージェイル』を発動して滝に飛び込んでいく。
使えるなら、多重詠唱をしてみたかったけど、雫にはまだ難しいみたい。魔術陣に書き加えるのができないわ。二重に詠唱する方が簡単かしら?
とりあえず、普通にプロテクションを発動して、魔力を流して落下物を耐えていく。
初めのうちはなんとか、プロテクションを補強しながら耐えていたのだけど、本当にじわじわと厳しくなってくるわぁ。
魔力制御で、魔力を全力でできる限り厚く、最大範囲まで広げているような錯覚を覚える。
そしてリエラちゃんがいつのまにか流したらしい大岩が、雫のプロテクションに当たる。あ、これだめだわぁ。
パリンと音がして雫のプロテクションが割れる。大岩はなんとか逸らしたけど、膨大な水が一気に雫に襲いかかる。
「お姉ちゃーん!!」
「あお……」
蒼ちゃんの名前を呼びきれずに雫は川に流される。
泳ぐの得意じゃないし、足がつかないわぁ、どうしましょうなんて考える余裕はまったくなく、あわあわと溺れながら川を流されていると、リエラちゃんが空間属性魔術の『フロート』で雫を浮かして川から救い上げてくれた。岸に上がって、リエラちゃんは雫に怪我がないのを確認すると、服を乾かしてくれる。
そしてへとへとになりながら蒼ちゃんのいる滝のそばまで一緒に戻って、リエラちゃんは笑顔で告げる。
「さぁ、もう一度じゃよシズク」
雫は鬼ってみんな笑顔なのかしらねって思っわぁ。
顔を引き攣らせながらなんとか笑顔で答えて、再び『プロテクション』を張って滝に戻る。
少しして、今度は蒼ちゃんが流される。
「蒼ちゃん!」
「おねえちゃ……!」
プロテクションをなんとか維持しつつ、流されるままの蒼ちゃんを目で追う。よかった、リエラちゃんが引き揚げてくれたみたい。
蒼ちゃんにはどうやら木の枝が当たったらしく、ヒールされて戻ってきたわ。
そして雫と同じことを笑顔で告げられたのか、顔が引き攣ったまま滝に戻ってきた。
戻ってきた蒼ちゃんが雫に言う。
「リエラと戦うことがあったら絶対手加減しない……!」
雫も同意とばかりに強く頷いたわぁ。
その後も、互いに何度か流されて、ぼろぼろになって今日の訓練を終える。
「よく頑張ったの二人とも、初めてにしては上出来じゃ」
「やったわぁ」
「よかった……」
雫たちはほっとして笑顔になり、喜びの声を上げる。しかし無情にもじゃが……、と続けるリエラちゃん。
「まだ川に流されておるし、わしも物を落とし足りない。不完全燃焼じゃ! なにより多重詠唱も並列詠唱もできておらん。しばらくはこれを継続じゃな」
昨日までと変わらない地獄の日々は、明日からも続くみたい。
評価、ブクマ、いいね、誤字報告いつもありがとうございます。
今回も楽しんでいただけたら幸いです。




