19. ウォーカー商会にお世話になろう
冒険者ギルドで山沿いの街道の瘴気浄化の依頼を受けたあと。
お姉ちゃんと冒険者ギルドを出て、ペーターさんの商店へ向かう。あ、商店じゃなくてウォーカー商会だっけ。なんかペーターさんって、物腰柔らかいし、大店の商会長って感じがしないんだよねぇ。
日はそろそろ傾き始めていて、川では夕日が反射して橙色に輝いている。道が石畳でしっかりしているけど、なんとものどかな風景だなぁ。
なんてお姉ちゃんと話しながら歩いていると、商会の前に着いた。
中に入ると、出掛ける時に挨拶した商会の従業員さんがこっちに気づいてくれる。
「シズク様、アオイ様。お帰りなさいませ。こちらへどうぞ」
奥へ案内してくれる。案内された部屋にはペーターさんがいた。なにやら書類とにらめっこしていたけど、こっちに気づいて笑顔を向けてくれる。
「お二人とも、おかえりなさい。いかがでしたか?」
「えぇ、無事に話ができたわぁ」
「ですが、依頼を受けることになってしまいまして……」
「そうですか、今日はもう私も終わりにします。ご一緒に夕飯はいかがですか?」
「はぁい。雫お腹すいちゃったわぁ」
「お姉ちゃん、ちょっとは遠慮して……」
そこでぐーと盛大に鳴る私のお腹……。お願い、殺して。
間もなくできますからね。と笑いながら立ち上がって様子を見に行くペーターさん。
すると部屋を出て行く前に給仕の少年がやってきて、ペーターさんになにか告げて行く。
「アオイさんがお待ちかねのご飯が、ちょうどできたようですよ」
「お願い、忘れてください……」
かーわいい! と私に抱きついてくるお姉ちゃんを引っ張りながら、ペーターさんについて一緒に食堂へと向かう。
食堂に入ると、十人は座れる大きなテーブルにアンナさんと、他の従業員さんが四人座っていた。先ほど店頭で挨拶してくれた従業員さんもいる。
「お待たせみんな。改めて紹介する。こちらが道中で私とアンナを助けてくれた、シズクさんとアオイさん姉妹だ。粗相のないように」
一斉に立ち上がって私たちに向かって頭を下げる従業員のみなさん。
「よろしくねぇ」
「よろしくお願いします」
「数日は滞在すると思うから、よろしく」
一斉にわかりました、と返事をする従業員のみなさん。さっきのお辞儀といい、綺麗に揃っていて、さすが商会といった感じだ。
次にペーターさんが、従業員のみなさんを紹介してくれた。さっき挨拶してくれたのは、副会長で弟のカールさん。従業員さんと言っちゃったけど、実際はペーター夫妻と弟夫妻でやってるんだって。弟夫妻は通い。と言ってもすぐ近くとのこと。それからここのお隣の寮で暮らしている従業員さんが二人と、給仕をしてくれた見習いの少年が一人。あとは通いの料理人さんでやっているんだって。
紹介が終わると見習いの少年が料理の給仕をしてくれる。料理はサラダとポタージュ、それにお肉のソテーかな。いただきます。
サラダはシャキシャキしてて、朝一番に市場で買ってきたのがわかる。ポタージュはコーンで、とうもろこしの甘さがよく出ててするすると飲めてしまう。クルトンもおいしい。
それでソテーはというと、多分豚かな。脂身が少なくてあっさりしている。すごい柔らかいわけじゃないけども、一口噛むと肉汁が溢れ出して口の中を満足させてくれる。
ごちそうさまでした。
ペーターさんが、お二人の出してくれた料理には及びませんが、と言うので、とてもおいしいと私は返したよ。料理って比べるものじゃないしね。食後のお茶が来て、ペーターさんが旅でのご飯の話を始める。
「慌てていて、食材を買い忘れてしまいまして。どうしたものかと思っていたのだけど、お二人の食材と料理に助けられました。あの料理は本当においしかったです」
「本当に、見たことのない食材でしたね。道中でもお二人に狩りをしていただきましたし、普段からなさってるんですか?」
アンナさんも話を継いで私たちに問いかけてくる。
「依頼や探索で魔物が出た時はだいたい狩って、食べられる箇所は極力売らないで保存しています」
「お店で売ってたおいしい食材も保存しておくわねぇ」
「魔術具のかばんに入れておけば劣化しないので、重宝していますね」
周りからおぉ、と言った声がする。魔術具のかばん、やっぱりみんな注目するんだね。
「かばんは断られてしまいましたが、珍しい食材などは、売っていただけたりしますか?」
するとペーターさんがそんな問いかけをしてくる。かばんは、狙っていたであろう従業員のみなさんが、ペーターさんが断られたって聞いて諦めたのが見て取れた。助かりました。
食材かぁ……。珍しいのはまだあるけど、どうしようかな。私はお姉ちゃんを見る。お姉ちゃんもこっちを見てきて、なにか考えてるな、今。
「珍しいのはあるわ。蒼ちゃんが持ってるわよ」
え? ちょっとお姉ちゃん、私に丸投げ?! 周りの人が一斉に私を見る。……うーん。
「商売をする気はないので、みなさんが食べる分だけなら、ペーターさんに売ります。ですが、条件があります」
「な、なんでしょうか……?」
緊張して尋ねてくるペーターさん、そんな身構えなくても大丈夫ですよ?
「まず、路銀が欲しいので、申し訳ないですがお金で買って欲しいです。それと、リインフォース領の街か、その近くに行く知り合いの馬車に繋いで欲しいです。あと、絶対に他の人には言わないこと。この三つです」
「あとおいしいお酒が欲しいわぁ」
「お姉ちゃん……」
路銀がそろそろ心もとないんだよね。ほとんど宿と服に使っちゃったんだけど。
「それくらいでしたらもちろんです」
ペーターさんの回答を聞いてわいわいと騒ぎ出すウォーカー商会のみなさん。アンナさんが、あなたのお小遣いで買うんですよ。商会のお金はだめですからね、と釘を刺している。しっかりしているなぁ、アンナさん。
あ、肝心なことを聞いていなかった。
「ところで、どんなお肉が食べたいですか?」
私を見つめてくる商会のみなさん。
「「ど、どんな……?」」
「色々ありますよ? 魔物の肉ですよね? メジャーなのだとカレルシープやタイラントバッファローでしょうか」
「ちなみに、タイラントバッファローの色は……?」
「え? 全色あるに決まってるじゃないですか。気分で味変させるんですから」
「は……?」
呆然としているペーターさんと、ヒソヒソ話を始める従業員のみなさん。アンナさんは右手を頬に当てて微笑んでいる。お姉ちゃんはドヤ顔だ。
「あの、ところで、珍しい魔物とは……?」
私たちと同じ歳くらいの従業員の青年が尋ねてくる。恐れ知らずだな君。
「……フェロシティベアはどうでしょうか?」
あ、固まっちゃった。今度はさっきまで固まってたペーターさんが復活して叫び出す。
「ちょ、ちょっと料理人呼んできてくれ!」
見習いの少年に指示を出す。見習いの少年が厨房へと駆けて行く。その雰囲気に驚いたのか、慌ててやってくる料理人さん。
ペーターさんと二人で会話を始めてしまった。なになに……どの材料が料理できるか、なにを料理したいか、かぁ。なるほど。料理人さんのスキルレベルも結構上がるだろうし、大事な話だね。私はお姉ちゃんとのんびり食後のお茶を飲んで待つ。
そして相談が終わったペーターさんがこっちを見て言う。
「よろしければですが、タイラントバッファロー全色を少しずつと、フェロシティベアをいただけますか?」
「はい、わかりました。ここの従業員分って言うとこれくらいですかね」
私はそれぞれのお肉を、両手大の塊で二つずつかばんから取り出してテーブルに置いていく。
「いくらでしょうか……」
「相場知らないんですよね……。料理人さんは知ってます?」
全力で首を左右に振る料理人さん。ですよね。どうしたものか……。
「蒼ちゃん、前にハンスさんが置いていったお金が参考にならないかしら?」
「お姉ちゃん、ナイス!」
「ハンスさんとはどなたですか?」
「冒険者仲間です。前にハンスさんに一塊だけ売ったことがあるんです。その時の金額を参考にしていいですか?」
「他に手がかりがありませんしね。わかりました。ちなみにおいくらでしたか?」
「ここまで高くなくていいと思っていますが……その時はインディゴ一塊で小金貨四枚です」
ペーターさんが呆然自失になるのがわかった。
そしてどうやら、全額ペーターさんのお小遣いから、食べたい人は出すって方式に変えたみたい。全員出してたけどね。それから、融資をアンナさんに相談するペーターさん。やはり紐を握っているのはアンナさんか……。
値段は、インディゴ以下は各色小金貨一枚、ブラックは三枚、ベアーは四枚と提案したら安すぎるとペーターさんと料理人さんに言われてしまった。
え、でもペーターさん、お小遣い余裕ないでしょ、と突っ込むと唸り出すペーターさん。
安く買えるのは嬉しいけど、知り合いから安く買いたくないんだよね。わかります、その気持ち。
そこへ助け舟とばかりにお姉ちゃんが言う。
「一部ならお酒と物々交換でもいいわよぅ」
まぁ、多分全部お金にするほどの路銀はいらないしね。お酒には詳しくないし、おいしいお酒を薦めてくれたら私も嬉しい。
それは助かります、とペーターさんがおそらく弟さんと飲むつもりだったであろうお酒を出してきた。そういうお酒ならきっとおいしいからウィンウィンだよね!
というわけで、結果的に値段を譲り合い、ペーターさんが社員の福利厚生に尽力してアンナさんから融資を受けた結果、私たちの手元には小金貨七枚とおいしいお酒数本が手に入ったのでした。
おいしく食べてくださいね。
肉争奪の騒ぎが収まったので、アンナさんに客間に案内してもらう。客間は二階で、お風呂も同じ階にある。ちなみにペーター夫妻の部屋は三階だ。
私たちは先にお風呂をいただくことにした。久々の! お風呂!
お姉ちゃんお先にどうぞと言ったんだけど、お姉ちゃんが一緒に一緒にとせがんでくるので、入る前にお風呂の中を覗いてみた。すると、二人で入っても充分な広さだった。残念ながら諦めるしかない。
「わかった……。広いし一緒に入ろう」
「わぁい! 背中流してあげるからねぇ!」
「お願いね」
服を脱いで脱衣籠に入れる。先に洗っちゃうか。『ウォッシュ』をして服を綺麗にする。
お姉ちゃんは先に入って行った。服くらいちゃんと籠に入れようね……。ついでにお姉ちゃんの服も籠に入れて『ウォッシュ』で綺麗に……あれ、嘘……嘘よ、蒼……双子なのに、下着のサイズが……違うなんて……。
ぐぬぬってなりながら私も浴室に入る。いいもん、お肉食べても太らないスレンダーだもん。
お風呂は大きなお宅のお風呂って感じで、流し場も湯船も二人並んで足を伸ばせるくらいの立派な広さだ。
浴室に入ると、お姉ちゃんがこっちこっちと手招きしてくるので、私はお姉ちゃんの前に用意された椅子に座る。
「蒼ちゃんの背中流すの久しぶりだわぁ」
「そうだっけ? リエラの家でたまにやってたじゃない」
「それだけ旅したってことよぅ」
「そうかな。でもまだそんなに経ってないよ」
「楽しくてあっという間ねぇ」
「そうだね」
はいおしまい。と声を掛けられたので今度はお姉ちゃんの背中を流す。
これが下着のサイズが変わった背中……。でもお腹もスッキリしてるんだよな、お姉ちゃん。どういうことだろ。
私は現実に目を背けつつお姉ちゃんの背中を流す。
そして終わったとお姉ちゃんに告げ、二人で入る時には必ず聞いていることを聞く。
「髪はどうする?」
「おねがーい」
頭に『ウォーター』で出したお湯を掛け、わっと言うお姉ちゃんを無視して、『ストレージ』から取り出したシャンプーを髪に垂らしてぐしぐし洗う。
「汚れてないね、いつ見ても綺麗なんだよね。双子なのにどうしてこうも違うのか」
「あら、蒼ちゃんのだって綺麗よぅ。さらさらなの知ってるわ」
「そりゃあれだけ人の頭撫でてたら知ってるでしょう……」
お湯を再び『ウォーター』で出して髪を流す。次にトリートメントを付けて、今度はさっと流す。これで終わりっと。
蒼ちゃんは? って聞かれたので、自分でやると答えておいた。残念だわぁ、と言いながら湯船に入るお姉ちゃん。
私もさっきお姉ちゃんにしたみたいに髪を洗って、トリートメントを流して湯船に入る。
お姉ちゃんは足を伸ばしてくつろいでいたから、私も隣に並んで同じようにくつろぐ。
「いいお風呂ねぇ」
「立派だよね。アンナさんの趣味かな?」
「かしらねぇ。雫もこんなお風呂を作るわぁ」
「ほどほどにがんばってね……」
ゆっくり肩まで浸かって百秒、は数えてないけど、のぼせてきそうなので二人で上がる。
タオルを借りたので、それを使って体を拭く。
服は綺麗にしたけど、街だし着替えるかな。私はストレージから別の服を出す。そうだ、お姉ちゃんに言い忘れていた。
「お姉ちゃん、服綺麗にしといたよ。ちゃんと籠に入れようね」
「ありがとう蒼ちゃん。はぁい」
『ドライヤー』で互いの髪を乾かして、お風呂を出る。お姉ちゃんは先に部屋へ行った。
私はお水をもらいに一階の食堂に行って、ついでにアンナさんがどこにいるか教えてもらう。
アンナさんは三階の自室にいるとのことだったので、水をもらってから三階に上がる。
三階は落ち着いた雰囲気で、あまり豪華な感じではない。私は一つだけあるドアをノックをする。すると、中からアンナさんが答えてくれる。
「はい」
「蒼です」
「どうぞ、お入りください」
許可を得たので中に入ると、椅子に座ったアンナさんが書類を見ながらお茶を飲んでいる。部屋は素朴な感じでまとまっていて、端の方にベビーベッドと山のように積まれた赤ちゃん用品があった。
「なんでしょうか?」
「あ、お風呂いただきましたので、それを言いにきました」
「わざわざありがとうございます。いかがでしたか、我が家のお風呂は」
「はい、とてもゆっくりできて、久々お姉ちゃんと入れたので嬉しかったです」
「よかったです」
すると私が山になった赤ちゃん用品を見ているのがわかったのか、笑いながら話してくれる。
「これですか? ふふ、まだ性別もわからないのに、主人と義弟、義妹が買ってくるんですよ」
「それだけ嬉しいんですよ」
「えぇ、私もとても楽しみなんです。なので、今回の旅でお二人にしていただいたことは本当に感謝しています」
「私たちはそんな大したことは……」
「生活魔術、シズクさんが、育児ではきっと大変になるであろう家事のことから教えてくださいました」
「お姉ちゃんが……」
「アオイさんも、道中の食事は、私のことを最優先にしてくださいましたね」
「私もお姉ちゃんも、出会った人と楽しくしたいだけなんですよ」
ありがとうございます。と言ったアンナさんが言葉を続ける。
「この商会が続く限り、お二人への援助は惜しみません。これは、商会長夫人の言葉として受け取ってください」
もちろん、お金はいただきますけどね。と言うアンナさんの顔はとても綺麗だった。
アンナさんの部屋を辞して二階に戻り、あてがわれた客室へ入ると、お姉ちゃんが日記を読んでいるところだった。
「日記はもう書いたの?」
「うん、今は昔のを見直してたの。今日も面白かったねぇ」
そうだね、と頷きつつ、さっきのアンナさんとの会話をお姉ちゃんにも伝える。
「すごい仰々しく言われたからびっくりしちゃったよ。でもよく考えたら、この商会の大きさ知らないんだよね」
「そうだねぇ。実は他領にも支店があるほどだったりして」
「だったらびっくりだけど、それは関係なしに、いい人と知り合いになれて私は嬉しい」
「雫もだよ」
それから私は、やたらスキンシップしたがるちょっかい出しのお姉ちゃんをなんとか退けつつ、魔術訓練をする。
するとお姉ちゃんがそうだ、と話しかけてくる。
「明日は山だねぇ」
「瘴気の塊って言ってたけど、どんなのだろうね」
「浄化できるといいけど、やってみないとわからないわねぇ」
「あんまり大きな被害は出てないみたいだし、簡単に済むといいね」
明日のことも不安だけど、とりあえず今日はゆっくり休もう。
と、魔術訓練を終えて、私とお姉ちゃんはベッドに入るのでした。
評価、ブクマ、いいね、誤字報告いつもありがとうございます。
今回も楽しんでいただけたら幸いです。




