17. ディオンに向かってのんびり進む
「んう……」
目が覚めるとそこはベッドの中だった。
もそもそと上半身を起こすと、寝息が聞こえてきた。お姉ちゃんが隣で寝ている。
私は、はだけてしまったシーツをお姉ちゃんにかけ直す。
部屋を見回してみると、どうやら宿屋の一室のような寝室だった。
調度品はないけど、青い花が一輪生けてあって、窓からは日が射している。
えっと、昨夜宴会になって、最後にお姉ちゃんと一杯だけ飲んで、それからどうしたっけ……?
「うぅん……」
お姉ちゃんも起きたらしい。のそのそと動いたあと、目を開けて私を見つめてくる。
「おはよう、お姉ちゃん」
「蒼ちゃんおはよぉ」
「この部屋に来た記憶がないんだけど、お姉ちゃん覚えてる?」
「二人でお酒を飲んでて雫が寝ちゃったでしょう? そのあとアンナさんに起こされたんだけど、蒼ちゃんも寝ちゃってたの。それから蒼ちゃんを起こしたんだけど、起きないから寝ぼけたままなんとかここまで運んで、雫も力尽きちゃったのよぅ」
「そう、ありがとう。それで、隣にベッドがあるのに、同じベッドに入っているのは?」
「それは、雫のごほう……疲れちゃってたのよぅ!」
私はさらに追求しようとするけど、お姉ちゃんがベッドから起き出す。
「あら、もう日も高いわぁ。寝過ごしちゃったかもしれないから急ぎましょう!」
「もぅ、調子いいんだから……」
「昨日の蒼ちゃん、可愛かったな。お姉ちゃん大好きって……」
「ん? なんか言った?」
「なんにもぉ」
私とやたらにこにこしているお姉ちゃんは、さっと身支度を整える。『ウォッシュ』で衣服、『バスタイム』で全身を洗浄し、『ブラシ』で髪を梳かす。
かばんは部屋にあるテーブルに置いてあった。それを持って部屋を出る。右手に階段があり、私たちは降りていく。
一階に降りると、フリッツさんが迎えてくれた。
「おはようございます。シズク様、アオイ様。昨日はさぞお疲れだったのでしょう、よくお休みになられたようでなによりです」
「フリッツさん、おはよぉ」
「おはようございます、フリッツさん。ご迷惑をおかけしました」
「とんでもありません。ペーターさんとアンナさんはもう食堂にいますよ。こちらです」
フリッツさんが食堂へ先導してくれる。食堂に入ると、紅茶を飲んで話しをしているペーターさんとアンナさんがいた。
「ペーターさん、アンナさんおはようございます」
「おはようございます。遅くなってしまって、すみません」
「いえ、大丈夫ですよ。あれほどの治療をしたのですから、お疲れだったのでしょう」
「おはようございます。主人もついさっき起きたところですよ。ふふ、きっと飲みすぎですね」
「ア、アンナ……」
先日までの引いた感じとは違って、アンナさんが尻に敷いている意外な一面を見てしまった。
「ま、まぁアンナの体調もありますし安全に行きましょう。ですが、昨日の宴で荷物が減ったので馬車も多少速度が上がると思います」
「では皆様、食事をお持ちしますね」
フリッツさんが、奥さんと一緒に料理を運んできてくれる。
あ、昨日のポテサラだ! それに根菜と干し肉のスープと、ライ麦パンの素朴な感じだ。私たちも席について、いただきます。
ポテサラは昨日も食べたけどやっぱりおいしい。絶対作ろう。スープは干し肉の味がよく出てて、根菜がとっても柔らかくなっていた。一口大が大きめだったけど、柔らかいから食べやすかった。ライ麦パンは案の定硬いけど、酸味があって味が濃い。いわゆるドイツパンの感じ。サワー種だっけ? ごちそうさまでした。
フリッツさんは食後に、と紅茶も振る舞ってくれた。全員に配膳して、フリッツさんも席についてから、真面目な顔をしてこっちを見る。
「それでですね、シズク様、アオイ様。遅くなってしまいましたが、治療代の件についてお話したく……」
「いらないわよぅ」
「は?」
「私もお姉ちゃんも、お金をもらう気はありません」
「で、ですが……。村人全員です。治療師に頼めば多額になります。そんな金額を無償でなどと……」
「お金のために治療した訳じゃないしねぇ」
「本当に、よろしいのですか……?」
「「はい」」
「ならせめて、救っていただいたこの村の村長として、なにかお二人のご恩に報わせていただきたいです」
「あ、ならあれねぇ」
「はい! なんなりと」
「昨日ペーターさんが出したお酒と食料の分は払ってちょうだい。それでいいわぁ」
「わかりました」
「シズクさん、私も別にお金をいただく気は……」
「だめよぅ。これからアンナさんと生まれてくるお子さんにお金がかかるわ」
「そうだね、村で出すのが厳しいなら私たちが出しますよ」
「む……」
「あなた、ここは品物を売ったことにさせていただきましょう?」
「わかった……。ではみなさん、ありがとうございます」
どんどんお礼が積み重なっていきますね。と苦笑しながらペーターさんが頷いてくれた。
さて、お茶もいただいたし、この村でやることも無くなった。私たちはフリッツさんに挨拶をして出発する。フリッツさんの家を出て、集会所前に停めていた馬車の元に行くと、シルバーが待ちくたびれていた。
『今日はゆっくりだなお前ら!』
『ごめんね、今出発するから、今日もよろしくねシルバー』
『任せとけ!』
今日も私が御者台、三人が荷台だ。お姉ちゃんが交代したがってたけど、教師を変えない方がいいからって納得してもらった。
本当は御者台が楽しかったから、というのは内緒だ。ごめんね。
そうして馬車はのんびり進み出す。
集会所から村のメインストリートを通って、来た時と反対側の門へ向かったけど、通りかかる村人たちが挨拶やら歓声やらを上げてくれる。「女神! シズク様!」はわかるけど、「肉女神アオイ!」ってなに? もうこの村に来てもお肉あげないよ。あとお姉ちゃん、「酒神シズク」とも呼ばれてたな……。二日酔いはどうしたんだろ、キュアしてないはずはないよね……?
村を出て、馬車はのんびり進む。
シルバーは、荷が軽くなって快適そうに馬車を引いていた。スピードアップもできるみたい。
生活魔術の授業は、ヒートの習得に手こずっているようだね。熱くなるってイメージが難しいんだよね。私は分子の熱運動で考えたけど、お姉ちゃんは火にかけた薬缶やお鍋をイメージするって言ってた。
ただ、ヒートができると便利だからね。がんばって二人とも。
昼休憩をして、それからおやつ休憩をして夜は停めて一夜を明かす。
休憩の合間にお姉ちゃんと狩りをして食材を確保する。やっぱり私の分は昨日出さないでいてよかったよ。野菜無くなっちゃうもん。
そうして馬車をのんびり進ませて三日が経った。
やがて景色は、並木道から、森の中を切り拓いた道へ変わっていく。道幅は馬車がすれ違うことができるほどで、村からここまでと比べてかなり広い。
ペーターさんが言うには、ここまでくれば明日にはディオンの街につくって。
ただ森の中は隠れやすく、街にも近いので盗賊が出やすいらしい。
私とお姉ちゃんは魔力感知を広範囲に広げて、周囲を警戒しながら進む。生活魔術の授業もほとんど終わったようだし、ここまでで終了だ。
すると周囲に魔力を感じた。しかし近づいて来ず、一定の距離を保っているので気にせずに馬車を進める。
しかし十数分も馬車を進ませると、停めざるを得ない状況になった。道の前に、木が何本も倒れてバリケードのようになっていたからだ。
馬車はのんびり進めない。
相変わらず魔力は、近づきもせず一定の距離を保っている。これは恐らく……。
「お姉ちゃん、これは人間だよね」
「えぇ……。八人ね。盗賊かしら」
私よりも、魔力感知が上手なお姉ちゃんが人数を数えて教えてくれる。
「魔力はあまり強くないね」
「そうね、多分使えても初級魔術くらいよぅ」
「じゃ、お姉ちゃんは二人の守りをお願いしていい? 倒して来ちゃうよ」
「わかったわ。補助魔術いるかしら?」
「ん、劣勢になったら防御魔術と一緒にちょうだい」
「はぁい」
そんな打ち合わせをして、私は御者台を飛び降りて馬車に被害が出ない後方に行く。
すると私の正面に、薄汚れた服を着て剣や短剣を持った男が三人現れた。
真ん中で一番立派な剣を構えているのがリーダーかな。両隣にいる二人が喋り出す。
「嬢ちゃん、ここは危ないから助けてやんよ。他に女がいるなら一緒になぁ」
「お礼はその馬と荷物でいいぜ」
もちろん嬢ちゃんには奉仕してもらうけどなぁ、と続けてきた。まったく、下品ね。
私は男たちと目を合わせないように、周囲を見回して無視をする。
すると今度はリーダーっぽい男が喋り出す。
「おい、無視してんじゃねぇよ。助けてやるって言ってんのが聞こえねえのか?!」
「これが見えるだろ? 大人しくこっち来いって!」
それじゃもう助けじゃなくて脅しだよ。左にいる男が私に短剣を向けながら近づいてきて、私を捕まえようとする。今だ! 私は詠唱破棄のスキルを使って、声にも文字にも出さず、多めに魔力を込めて『風 波動』を発動する。
『ウィンドウェーブ』
私は正面から空気の波動を生み出して、男へ向かってぶつける。男は風に弾かれて、一瞬で他の男たちがいる遥か後方十メートルくらいに飛ばされる。
「ぐあぁ!」
「おい! てめぇ、なにをした!」
「アニキ! きっと魔術だ! こいつ魔術師だ!」
「おめぇら! 全員でかかれ! 魔術師なら詠唱を止めちまえば弱いはずだ!」
リーダーの合図にがさがさと音がして、両サイドの木の茂みからも他の男たちが現れ、私を取り囲む。
姿が見えたならこっちのものだ。魔術感知で探らなくていいしね。私は詠唱破棄と並列詠唱を使って、『土 鳥籠 束縛』を複数、一瞬で同時発動する。
『アースジェイル』
アイスジェイルと同様、敵を鳥籠に閉じ込める魔術だ。この魔術のいいところは、魔力が切れても氷と違って土の鳥籠が残るところかな。魔力を多めに込めたから、ベテラン冒険者のハンマーの一撃で壊せるくらいの強度だと思う。振りかぶるスペースは許してないけどね。
一つ、二つ……六つ。あれ? 二つは対象が見つからなかったみたい。あと二人はどこだろう。
すると、馬車の方から声がした。
「人質に捕っちまえばこっちのもんさ!」
「見た限り女と商人だしな!」
それは悪手。あーぁ。ご愁傷様。
「ぐはっ!」
「ぐえっ」
光の障壁が馬車に突っ込んだ男たちを弾き飛ばしたみたい。お姉ちゃんの障壁魔術かな。
「ごめんごめん、大丈夫?」
「大丈夫よぅ。自滅しわたぁ」
駆けつけると、伸びてる盗賊が二人。お姉ちゃんたちも大丈夫みたい。私は他の盗賊と同じように『アースジェイル』に閉じ込める。
さて、この人たちをどうしようかな。放置か連れていくか、それとも……。するとペーターさんが、ディオンの街で門番に言えば捕らえに来てくれると教えてくれた。なら、このまま放置がいいかな。出られないと思うし、連れて歩きたくないし。
お次は……正面の木かぁ。また随分と丁寧に積み上げたもので、道の端から端まできっちりとバリケードが作られていた。私は周りの木を燃やさないように、魔力の調節に気をつけて火属性魔術を詠唱する。『火炎 円 範囲』でいいかな。
『フレイムサークル』
積み上げられた木が、道の中心からじわじわと燃えていく。私は木の端が少し残るくらいで魔力を流すのを止め、『ウォーターボール』を使って木の火を消した。
こうして道の両端に、片側だけが焼けた切り株がいくつも残される。あとは『フロート』を使って切り株を森の中にぽいってしちゃえばいいかな。
これで、燃え殻が道に残ってるけどだいぶスッキリした。
私は三人に終わったと伝え、馬車に乗り込んでシルバーに合図をして馬車を進める。
「なぁ、俺たちなんで捕まってるんだ?」
「気づいたらこの檻の中だったっス」
「魔術師って、こんなことができるのか?」
「知り合いの婆ちゃんは料理に使う鍋の水を出してたっス」
「ばっか、それは生活魔術だろ、戦闘魔術を見たことないのか?」
「じゃあ、ないっス」
「リーダー、後ろにいたあいつらも、突っ込んだらいきなり吹っ飛んでましたね」
「あぁ、俺も見てたよ。魔術ってあんなことができるのか?」
「ダチの冒険者は、『アースバレット!』とか叫んで石飛ばして獲物にぶつけてましたね」
「それは、手で石投げるのとどう違うんだ?」
「「……わかんねぇ」」
「っス」
そんな会話はつゆ知らず、馬車はのんびり進む。
盗賊を捕まえてからは、何事もなく馬車を進めることができて翌日になった。
その日も馬車はのんびり進む。
昼休憩してから少し馬車を走らせると、高く横に広がる石造りの壁と立派な門、その左右に立つ門番の人が見えてきた。
「ペーターさん、門が見えましたよ。ディオンの街でしょうか?」
「そうです、お疲れ様です。休憩せずに入ってしまいましょうか」
「わかりました」
「楽しみねぇ」
「ぜひお二人をおもてなししたいですわ」
このまま馬車を進める。シルバーも心なしか常歩から速歩になってる気がする。私は落ち着いてね、とシルバーに話しかけると、やっぱり街が見えてわくわくしたんだって。可愛い。
門について、門番さんたちがこっちを訝しげに見てくる。初めて見る人間で、しかも御者が女って、それは珍しいよね。私は槍をクロスさせてる門番さんの前で馬車を停める。
ペーターさんが降りて、門番さんたちに気さくに話しかける。さすが商人のコミュ力。とはいえ門番さんたちとは知り合いだったみたいで、笑い混じりの会話が聞こえる。
すると門番さんたちが警戒を解いて道をあけてくれた。ペーターさんが馬車に戻ってきて告げる。
「これで大丈夫です。盗賊の件も伝えておきました。それで、一度私どもの家に行きたいのでよろしいですか?」
「はい、もちろんです」
「いいわよぉ」
背後からお姉ちゃんの声もした。
「では、御者を代わりましょう」
私が了承して、御者台に乗り込んだペーターさんに手綱を渡して場所を空ける。
ディオンの街は伯爵領で、ちょうど東西南北の四方に門がある。ほぼ南から街の中心近くを通り、北西に抜けるように川がある街で、中心に領主邸、街の北西に工業区、南東に商業区、北東と南西は住民区になっている。にぎやかなのが好きな領主らしく、中心の広場のすぐ側に領主邸があるんだって。産業は、街の南にある山から採れる鉱物と宝石、その加工品の販売。周囲を囲む森の木から作った日用品や家具の販売。領主の性格を反映しているのか、街は活気に溢れてにぎやかなんだって。
私たちは、西の門から入り、領主邸へ向かって中央の道を進む。
途中ペーターさんが、ここが領主邸と教えてくれた。さすが伯爵邸、マイヤの街も伯爵領だったけど、負けず劣らず広い。
領主邸をすぎたら右に、つまり南に曲がって道なりに進むとペーターさん夫妻の商店があるんだって。
守護する門番も、物々しい感じはしなかった。通りかかる街の人と挨拶したり話をしたりしている。街の雰囲気もいいようだ。
南へ曲がって少しすると、左手に大きな木造りの商店が見えた。ここが目的の商店かな。ペーターさんは馬車を店の前に停めて、中に入って行った。すると中から二人の男性が出てきて、荷物を降ろし始めた。どうやら従業員さんらしい。
夫婦で旅するくらいだから、小さな商店だと思ってたのに、意外と大店だったんですね。
ペーターさんがアンナさんをエスコートして馬車から降ろす。そのあとでお姉ちゃんが馬車から飛び降りる。私もシルバーにお礼を言って御者台を降りた。
「せっかくですので、我が家でお茶でもいかがですか? お話したいこともありますので」
「もちろんよぉ!」
「ちょっとお姉ちゃん!」
お姉ちゃんをたしなめるけど、私たちも話さなきゃいけないことがある。それに、アンナさんにも是非にと言われてしまったので、お茶をいただくことにした。
私たちはペーターさんに応接間へと案内された。中に入ると、色調が統一された落ち着いた感じの調度品の数々が並んでいる。今まで見た部屋の中で一番豪華かもしれない。豪華とは言っても嫌味な感じはなく、ペーターさんの人柄のいい落ち着いた雰囲気を表している様だと思った。
「綺麗な部屋ねぇ」
「ありがとうございます」
お姉ちゃんが賞賛し、私もそれに同意する。座りながら部屋をキョロキョロと見ていると、着替えたアンナさんが少年を連れて入ってきた。まさか、給仕?! そしてお茶が私とお姉ちゃん、夫妻の前にも置かれ、給仕の少年が一礼して部屋を出ていった。
私とお姉ちゃんはペーターさんに促され、いただきますとお茶を飲む。スモーキーな香りが広がる。これ、ラプサンスーチョン? 珍しい、と思って見ているとペーターさんが教えてくれる。
「驚かれましたか? この辺りは木がたくさんありますので、その中で香りづけに向いた木で燻された茶葉です。癖がありますが、私はこれが好きでして。お気に召されない様でしたらすぐに違うものに変えますが?」
「いえ、私も好きです。ただ、久々に飲んだので驚きました」
「雫もこれ好き! 焚き火してるような気になって、のんびりするのよねぇ」
「よかったです」
添えてあるクッキーにも手を伸ばす。こっちは甘くて、地球で食べたクッキーと遜色ない。お姉ちゃんは早くも三枚目を食べている。それを楽しそうに見て微笑んでいるアンナさんも、クッキーが好きみたいで手を伸ばして口に運ぶ。
みんながそれぞれ落ち着いて、カップを置いたところで、さて、とペーターさんが口を開く。
「シズクさん、アオイさん、今回は本当にありがとうございました。旅の護衛だけでなく、大変多くのことでお世話になりました。いくら感謝してもしきれません。心からお礼を申し上げます」
ペーターさんとアンナさんが立ち上がって、私たちに頭を下げる。
「頭を上げてください。そんな大袈裟なことをしたつもりは、私もお姉ちゃんもないです」
「そうよぅ。道中安全に楽しくできたならよかったって思うの」
ペーター夫妻が頭を上げてこっちを見る。
「ありがとうございます。それでは、報酬のお話をさせていただきますね」
「わかってます。道中馬車に乗せていただきましたし、いくらお支払いすればいいでしょうか?」
「はい?」
「ごめんなさい、ペーターさん。雫たち、馬車に乗せてもらうの初めてで相場を知らないの」
「い、いえ……そうではなくてですね……」
なんか話が噛み合っていない気がする。すると助け舟を出してくれたのはアンナさんだ。
「シズクさん、アオイさん、お二人には馬車を護衛していただきましたから、報酬をお支払いするのは私たちですよ。それに、道中の食料とその調理、生活魔術の授業に、魔術での回復などがあります。まだたくさんありますが、読み上げましょうか?」
「い、いえ……結構です……」
ふふふ、と笑いながらメモを読み上げるアンナさん。私は尻込みしてなんとか回答する。
「でもそうすると困っちゃうわぁ」
そう、お姉ちゃんが言う通り、私もお姉ちゃんも困ってしまう。だって支払う気しかなかったんだから。
「あ、そうだわぁ」
お姉ちゃんが妙案を思いついたらしい。でもお姉ちゃんの妙案……。不安だ。
「雫たちとペーターさんとアンナさんはお友達よ! お友達からお金なんてもらえないわ!!」
「っ……! そうだね! お姉ちゃん!!」
まさかの良案だ。すごい、あとで褒めてあげよう。
「で、ですが……。お二人には護衛以上のことをしていただきました」
「お友達だから当然です!」
「雫たちとお友達は嫌かしら?」
たじろぐペーターさん。お姉ちゃんの聞き方は本当にずるい。こんなの、この状況で断れる訳がない。でも支払いを受けないためにはこれしかないんだ、ごめんねペーターさん。
私も、二人と友達になるのはもちろん嫌じゃないから、いい解決法だと思う。
「あなた、私たちの負けですよ、諦めましょう」
アンナさんがペーターさんを諭して、これで最後です、と告げて再び頭を下げ、ペーターさんも続いて頭を下げる。
私たちはわかりました、と言って今度はお礼を受け取った。
「じゃぁ、お友達なら妊娠祝いを渡さないとねぇ」
「だね! なにがいいかな!」
「「それはさすがにいただきすぎです……!」」
というペーターさんとアンナさんの仲のいい異口同音を無視して、私とお姉ちゃんは相談を始める。
互いのストレージの中身を相談すると、プレゼントできるものって食料、薬草、薬、肉、肉、肉、酒、酒……。え、まって私たちのストレージ女子力低すぎない?
あ、宝石がある。例の神様にもらったアレ……。これはさすがにだめだね。売ったらこの街が傾く。
うーん……と悩んで、薬に落ち着いた。体力回復用にポーションとハイポーション、それに魔力ポーションと赤ちゃんも飲める状態回復薬に風邪薬。
赤ちゃんが飲める薬は珍しくて高いらしく、アンナさんが大層喜んでいた。私たちはこれしか作り方を知らないけど。
薬を渡してお茶も飲み終わったし、さて出発するかと、お姉ちゃんと二人で散らかした荷物をまとめる。
「おや、お出かけですか?」
「はい、そろそろ出発しようかと思って、ペーターさん、この街のいい宿屋さん知りませんか?」
「お風呂があるといいわねぇ」
「それなら我が家にお泊まりください。もてなせる客間もありますし、お風呂もあります」
「え、でも街に帰ってきたばかりで忙しいですよね?」
「その通りですが……」
するとアンナさんが微笑みながらこう告げる。
「シズクさん、アオイさん、お友達を家に泊めるのに理由なんていらないでしょう?」
どうやら最初からアンナさんの思うつぼだったらしい。諦めて、お姉ちゃんとお世話になることにした。
評価、ブクマ、いいね、誤字報告いつもありがとうございます。
今回も楽しんでいただければ幸いです。