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16. 蒼ちゃん、女神だって!

 馬車がのんびりディオン領へ向かって進んで五日目の昼。昼休憩してしばらく進んだら、村が見えてきた。


「ペーターさん、村が見えてきました」

「思ったより早かったですね。いつもあそこの村で商売と補給するんです。疲れも溜まっているでしょう、今日はあそこに泊まろうと思います」

「わかりました」


『シルバー、村までよろしくね』

『よしきた! 安全確実に運ぶぜ!』


 シルバーにお願いして村まで進んでもらう。

 村は一メートルほどの簡易な木の柵で囲まれていたけど、門はないのでそのまま入る。

 中に入ると、道の両サイドに赤や茶の色調で統一された家やお店が、少しの間隔を開けて順々に建っていた。例えるなら商店街だ。ぎゅうぎゅうじゃないけど。

 だけど、道に村人は一人もおらず、閑散としている。


「変ですね……いつもはもっと子供が遊んでいたり、お店の喧騒が聞こえて賑やかなんですが」

「そうなんですか」

「なにかあったのでしょうか」

「魔物なんかの気配はないわねぇ」


 そんな話しをながら馬車を少し進めると、小太りの壮年の男性が、走ってこっちにやってきた。


「ペ、ペーターさん! こんにちは」

「これはフリッツさん。こんにちは。シズクさん、アオイさん、こちら村長のフリッツさんです」


 私たちが挨拶をしようとすると、フリッツさんが言う。


「そ、それどころじゃないんです! 住民が大人も子供も次々に病気になっていて、もしかしたら疫病かもしれない! できるだけ急いで村を出た方がいい! それから、ディオンの街にこの状況を伝えて欲しい!」

「村が静かですが、それが原因ですか?」

「そうなんだ!」


 私とお姉ちゃんは顔を見合わせて頷く。


「フリッツさん、私は雫よぅ。聖属性魔術で治療できるわ。重症な村人のところから連れて行ってちょうだい」

「私は妹の蒼です。病気と調合にも多少心得がありますから、お願いします」

「そ、それは神の助けでしょうか……! お願いします! 村人を! お礼は可能な限りいたしますから!」

「それより早く行きましょう」

「ペーターさんとアンナさんは、ここで待っていてください! お姉ちゃん、一応障壁お願い」

「えぇ」


『ピュリフィケーションフィールド』


 お姉ちゃんが聖属性魔術を唱えて馬車の周りに結界を張る。瘴気やよくないものの侵入を防ぐ魔術だ。病気にも有効だからこれで大丈夫かな。

 それから、フリッツさんの案内で私たちは一軒の家に入る。寝室に行くとそこには男性と子供が寝ていて、女性が体調を悪そうにしつつも懸命に立ち歩いて二人を看病をしているのが見えた。

 女性がフリッツさんに話しかける。


「フリッツ村長、その方たちは?」

「この村に治療師が来てくれた。順番に治療する」

「……っ! 子供を……! 子供だけでも! うちにはそれで精一杯です」

「村人全員治す! 私が必ず、村の仲間のために支払いする!」


 私もお姉ちゃんもお金を取る気はない。だけどそんな問答より今は治療だ。

 お姉ちゃんが子供の前に座って、魔力感知で容体を診る。私はその間にフリッツさんたちに症状を聞く。段々悪化してきて下がらない高熱と、全身麻痺のような倦怠感と体力低下。うん、わかった。


「お姉ちゃん、これ……」

「そうねぇ、白百合熱ね」

「うん」


 白百合熱は、瘴気で突然変異した白百合が撒き散らす花粉を吸うと発症する。森に入った時に村人の誰かが吸っちゃったのかな。瘴気があるところなんて少ないし、そもそも滅多に突然変異することがないから、発現するのはかなり希だ。

 発症したら徐々に上がる高熱と全身倦怠。そして個人差はあれど二週間ほど後に、高すぎる熱で死に絶える残酷な病だ。おまけに、発症したら他の人にもうつすし、かなり厄介である。ただ治療法はキュアも効くし、特効薬もあるから発見しても正しいスキルや知識がある人さえいれば治る病である。


「とりあえず体力回復と治療ね、それで問題ないわぁ」


『ミドルヒール』『キュア』


 お姉ちゃんが家族三人に、子供から順番に魔術を掛ける。家族それぞれが順番に乳白色の魔術の光に包まれ、顔色がよくなってくる。


「ん……お母さん?」

「うぅ……俺は、治ったのか?」

「コーリー! あなた! ……私も体が軽いわ」

「三人とも大丈夫そうですね」

「よかったわぁ」


 三人は無事に治ったようで、それぞれ立ち上がって驚いたように体を見ている。


「ありがとうございます……! ありがとうございます……!」


 そして奥さんが泣きながら私たちにお礼を言ってくれる。さて、まだ次があるよ!


「フリッツさん、次の重症者のところへ連れて行って。それと、二人が動けるなら軽症者を一箇所にまとめて欲しいわ。できるかしら?」


 お姉ちゃんが夫婦に聞いてみると、二人とも承諾してくれた。病み上がりだけど、お姉ちゃんのミドルヒールだから大丈夫だろう。


 私とお姉ちゃんは、フリッツさんの案内で次の重症者の家に入り、同じように治療を施していく。私はやることないな、魔力をあげるの禁止されてるしなぁ……。と思っていると、お姉ちゃんが仕事を振ってくれた。


「蒼ちゃん、治療薬作ってくれるかしら」

「わかった。そうだ、魔力足りそう?」

「お願いねぇ。魔力は、魔力ポーションもあるし大丈夫よぅ」


 私は頷いてお姉ちゃんとフリッツさんを見送り、そして治療した家で台所を借りて調合を始める。

 材料は、薬草と、普通の白百合の花弁と、マグワートだね。それぞれ細かく刻んで弱火で煮込む。沸騰しないように火力に気をつけながら、魔力も流して撹拌する。

 鍋に白緑色の魔術陣が現れて、同じ色の液体になっていく。これを濾して、『微風 冷却』……。生活魔術の『クール』を使って急速冷却する。そして小瓶に詰めていくと、二十本できた。とりあえずこれでいいかな。私はストレージに治療薬をしまい、お礼を言って家を出る。

 すると広場に集められた軽症者に、お姉ちゃんがまとめて治療を施すところだった。


『エリアヒール』『エリアキュア』


 集まった人を取り囲む大きな乳白色の二重の魔術陣。綺麗だな。

 村人たちが驚きの声をあげるのがここからでも聞こえる。すると、お姉ちゃんが告げる。


「すぐに効いてくるから、慌てずにしばらく動かないでねぇ」


 今度は魔術陣への驚きではなく、治った、体力が回復したなどの喜びの叫び声が聞こえる。

 私はお姉ちゃんに近づく。


「お疲れ様、薬もできたよ」

「ありがとう! 蒼ちゃん」

「フリッツさん、これで全員ですか?」

「え、えぇ……。まさか、本当に全員を治していただけるとは……」

「ぶい! 蒼ちゃん、褒めてぇ」

「はいはい、がんばったねお姉ちゃん」


 一番がんばったのはお姉ちゃんだ。甘えてくるお姉ちゃんの頭をなでてあげる。


「フリッツさん、これ、薬です。念のために持っていてください」

「なにからなにまで、ありがとうございます」

「この病気は、人から人へうつるので、もしまた発症したらその人を隔離して、すぐに薬を飲ませてください」

「さっき村は浄化したから、多分大丈夫だと思うわぁ」


 いつのまにそんなことまで。製薬に集中してたから、気づかなかったな。


「お姉ちゃん、魔力大丈夫?」

「んー……。まだ大丈夫よぅ」

「魔力量どうなってるの」

「蒼ちゃんもだけど、強くなってるわよ」

「え? それ知らないよ」

「こないだ神様に会った時からかしらね」

「えぇ!? まさか、神様が言ってたご褒美って魔力のこと? まぁ困るものじゃないからいいけど……」

「それじゃ、ペーターさんたちの所に戻りましょう」

「あ、うん」


 私たちはペーターさんたちの所に戻る。二人は馬車に座って休んでいた。結界もそのままだし、大丈夫そう。でもこれ、護衛対象を放置しての勝手な行動なんだよね。謝らないと。


「ペーターさん、村人さんたちの治療は全員終わりました。あの……。勝手に動いてすみませんでした」

「そんなことはいいんですよ。この村には私もお世話になっていますし、私からもお礼を言わせてください」

「そう言っていただけて、助かります」

「アンナさんは大丈夫ぅ?」

「えっと、はい、大丈夫で……あ」

「「え?」」

「大丈夫かアンナ!?」

「今、子供が動きました」


 喜び叫ぶペーターさんと、それを喜ぶ私たちの声がこだました。


「ところで今日は、当初の予定通りここで泊まることでいいですか?」

「村全体が病み上がりですしね。アンナだけでも休ませたかったですが、馬車とテントにしましょうか」

「いえ! それなら是非村で歓待させてください! 奥さんも妊娠中とのこと、我が家にお泊まりください」

「え、でも病み上がりで大丈夫なんですか?」

「シズク様のヒールで全員回復しましたので! 村も快気祝いムードになっていますし、是非にでも」


 フリッツさんが是が非にでもと言ってくる。これは断れないやつかな。


「わかりました。おっしゃる通りアンナは身重なので助かります。シズクさんとアオイさんもよろしいですか?」

「もっちろんよぅ。ごっはん~ごっはん~♪」

「お姉ちゃん! それじゃあ、お世話になります」

「ありがとうございます。こちらへどうぞ」


 私たちはフリッツさんに案内されて、村の集会所に向かう。ペーターさんはアンナさんを乗せた馬車を走らせて後ろからついてくる。

 集会所の前に着くと、もうすでにテーブルに料理が置かれ始めていて、飲み始めてる人もいるみたい。

 ペーターさんは馬車を集会所の脇に停める。シルバーはここで休憩だね。

 集会所の中に入ると、村の各仕事のリーダー格の人たちが集まっていた。その人たちが一斉に、お姉ちゃんの方に向かって頭を下げる。


「「シズク様! アオイ様! この度はありがとうございました!!」」

「あらぁ」

「みなさんが頭を下げるようなことでは」

「そんなことはありません! 村の恩人、いえ、女神です!」


 そう言ってフリッツさんまで頭を下げる。


「蒼ちゃん、女神だって! どう? 可愛い?」

「なにそのポーズ」


 お姉ちゃんが両手の人差し指と中指を使ってハートマークを作る。それを見た村の人たちから歓声が聞こえる。おじさんたちばかりなのに、なぜか黄色い声がする……。


「そうじゃなくって! あの、本当に頭を上げてください。困っている人を助けただけですから」

「そうよぅ、それよりいっぱい治療したからお腹すいちゃったわぁ。ご飯にしましょ!」


 私とお姉ちゃんの声に、一人また一人とお礼を言いながら頭を上げる人たち。


「シズク様もそうおっしゃることですし、食事にしましょう。アオイ様も、ペーターさんにアンナさんもお座りください」


 そう言ってまとめてくれるフリッツさん。そして座った私たちの前にジョッキが置かれ、お酒が注がれていく。アンナさんはもちろんお茶だ。


「では、僭越ながら私が……。コホン。この度はシズク様とアオイ様の寛大なるお心のおかげで……」

「村長なげーぞ!」

「そうよ! そうよぅ!」


 お姉ちゃんが突っ込むのおかしくない? 私は慌ててお姉ちゃんを止めようと袖を引っ張るけど、他の人たちと一緒にフリッツさんを野次るお姉ちゃん。もぅ。


「で、では、この辺で、皆様……」


「「かんぱーい」」


 その声とともに、ジョッキを少し傾ける私と、一気に煽るお姉ちゃん。お姉ちゃんの飲みっぷりに周りの人が感嘆して、早速お代わりを注いでいく。

 あれ、周りの人がお姉ちゃんのジョッキにどんどん注いでいくのは見えるけど、周りの人が合わせて飲んでいく姿がまるでない。どちらかというと見ている人の方が多い。疑問に思っていると、お姉ちゃんも気づいたのか鋭い一言を言う。


「お酒と料理が少ないわね」


 言い方! もう酔ってるの!? するとフリッツさんが返す。


「すみません、しばらく動けなかったもので、狩りもできなかったのです。それに、備蓄で食いつないでいたため、その量も減っていて……」

「そうなんですね……。お姉ちゃん、飲むのここまでにしよう? これはこの村の人たちの分だよ」


 私はお姉ちゃんをたしなめるけど、お姉ちゃんは私たちを見て全然違うことを言う。


「こんなのお祝いじゃないわ! 蒼ちゃん! たんまり貯めたお肉を出すのよ! ペーターさんも、雫が全部買うからお酒も食料も全部出すのよ!」

「は、はい!」


 ペーターさんが驚いて返事をする。いや全部って、このあとの旅どうするの……。


「お姉ちゃん、このあとの旅どうするの?!」

「そんなのその場で狩ればいいのよぅ!」

「私たちはいいけど、それじゃこの先のペーターさんとアンナさんの健康が保てないでしょ!」

「……やるわね蒼ちゃん。わかったわ、蒼ちゃんのはいいわぁ。でもお肉は一部出してちょうだい!」

「それならいいけど……」


 久しぶりに言い合いらしい言い合いをした。けど、一番がんばったのはお姉ちゃんだし、落とし所よくまとまったので、私はもうヤケだと思って、言うことに従う。


「お姉ちゃんがお酒と食料を出して、私がお肉を出します。ペーターさんはお酒でいいですか?」

「わかりました」

「で、ですが……村人の分となると、そんな量は……」


 馬車の積載量と、私たちが肉一つも持てない軽装だったのを知っているフリッツさんが狼狽える。

 だから私は、じっとして話を聞いている村人さんたちに向けてかばんを掲げて種明かしをする。


「魔術具のかばんなので、いっぱい入ってますよ。お肉」


「「うおおおおぉぉぉぉ!!!!」」

「女神様! 女神様じゃ!」

「俺今日から女神様を信仰する!」

「なんだと!? それなら俺は毎朝シズク様とアオイ様に祈る!」

「お前抜け駆けすんなよ! 俺も祈るぞ!」


 なんかテンションがおかしい。でもみんな笑顔だ。お姉ちゃんも笑ってるし、私もつられて笑っちゃう。


「それじゃお肉出しますからね。外に出てそこで焼きましょう」


 私たちは外に出て、食材をテーブルの上に置いていく。ペーターさんとお姉ちゃんは馬車にお酒を取りに行った。

 なんだなんだと、外にいた村人さんたちは最初見ていたけど、集会所の中にいた誰かに話を聞いたのか、率先して支柱を立て始める。

 じゃあお肉を出して驚かせちゃいましょうか!

 一角ウサギにレッドタイラントバッファロー、どうせ村の備蓄にできるならビーターディアーの番も出しちゃうか。私は次から次へと出していく。

 一角ウサギで歓声、レッドタイラントバッファローで驚きの声が聞こえ、ビーターディアーの番を出す頃には驚きとも叫びともつかない声が聞こえた。ふふふん。早速料理に取り掛かる人たち。

 お姉ちゃんとペーターさんはお酒を取ってきたのか、みんなに振る舞っている。子供や女性にはお姉ちゃんがジュースを出したみたい。

 お肉の第一陣が焼き上がる頃に、みんながジョッキやグラスを持ってお姉ちゃんを見る。それを見たお姉ちゃんが、フリッツさんに促されて話し出す。


「今日は楽しみましょうねぇ」


「「かんぱーい」」


 お姉ちゃんの乾杯の合図に合わせて、ジョッキを傾ける男性陣と、我先にとお肉に走り出す別の男性陣と子供たち。女性陣はあらあらと笑いながら他の料理に手をつけているみたい。この短時間で作ってくれてありがとうございます。私もいただきます。

 お肉も気になるけど、リタちゃんのところで食べたのとマッシュ具合が違って気になってたんだよね、ポテトサラダ。近くにいた女性に取り分けてもらって口にする。じゃがいもが甘い。それに、マヨネーズの味がとっても濃くて、胡椒は入ってないけど十分満足できる。一緒に入っているたまねぎとにんじんが食感のアクセントになって楽しい。これおいしいな。

 他の料理も食べながら近くにいる人たちと会話する。最初すごい畏まっていたけど、ただの冒険者ですって必死に説明したから、だんだん砕けて話してくれるようになった。さっきのポテトサラダの作り方も教えてもらったし、今度作ってみよう。

 ペーターさんは男性陣とお肉を食べながら談笑している。私もあとでそっちに行きますからね。待っててねお肉。

 お姉ちゃんは……。飲み比べしてる。え、酒樽転がって……倒れてる人いるんだけど大丈夫? お水も飲んでね。

 アンナさんは、お茶を飲みながら近くの人たちと話してるみたい。食事大丈夫だったかな、ちょっと聞いてみよう。

 私は話していた人に一言告げてアンナさんのいる方へ向かう。


「アンナさん、疲れてませんか?」

「えぇ、ありがとうございます。大丈夫ですよ、アオイさん」

「お姉ちゃんが、騒がしくしちゃってすみません」

「ふふ、楽しいですね。主人も楽しそうでよかったです」

「それなら嬉しいです。ご飯食べられましたか?」

「はい、ここにいるみなさんが、妊娠中だと聞いて色々作ってくださったり、教えてくださったりしています」

「私らみんな子供がいるからね。手ほどきしてたのさぁ」


 周りにいるお母さんズが頼もしそうにアンナさんに声をかける。


「そっか、よかったです」

「アオイさんはお食事しましたか?」

「はい、でもこれからお肉に行かないといけません」

「では早く行った方がいいですね。ここは大丈夫ですよ」

「ありがとうございます。行ってきます」


 私はアンナさんにお礼を言って、お肉へ向かう。子供たち! それは私のよ!

 お肉の近くにいたペーターさんとフリッツさんが、私のお肉を取り分けてくれる。私はお礼を言って一口食べる。この脂の少なさは、ビーターディアーかな。柔らかくて赤身の味が強い。噛むと肉汁がどんどん溢れ出してくる。赤身の味とはいえ、野生味のようなクセはほとんどない。

 そうして舌鼓を打っていると、フリッツさんが話しかけてきた。


「アオイ様も、治療薬と食事をありがとうございます」

「いいんですよ、お姉ちゃん言い出したら聞かないですし、楽しいですし」


 治療薬と聞いて、そうだと思い出す。


「治療薬ですが、調合スキルを持っている人はいますか?」

「え、えぇ。村に一人薬師がいますが……」

「えっと、その人に白百合熱、今回の治療薬の作り方を教えますので、会わせてください」

「わかりました。本当にありがとうございます。お二人はまさに天がこの村に遣わした女神でしょう」

「……ただの冒険者です」


 私はお肉も堪能したし、食事はここまでとごちそうさまをした。そして、フリッツさんに薬師さんを紹介してもらい、治療薬の作り方を教える。


「お姉ちゃんが浄化したので、多分大丈夫だと思いますが、念のため」

「ありがとうございます。必ず、村のために調合します」


 それからお姉ちゃんの様子を見に行く。まさか倒れてないよね。するとそこには、死屍累々とした光景が広がっていた。

 

「お姉ちゃん、なに……これ……?」

「あ、蒼ちゃぁん、見てぇ、雫の勝利よぅ」


 どうやらずっと飲み比べをしていたらしく、さっきちらっと見た時よりも転がる酒樽と倒れる人ははるかに増えている。地面に向かって話している人たちは負けた。


「さすがに飲みすぎだよ。ほら、お水飲んで、ここまでね」

「えぇ、まだ飲めるよぅ」


 私は空になっていたお姉ちゃんのジョッキに『ウォーター』で水を注いで飲ませる。


「もうお酒も、飲み比べする人もいないじゃない」

「蒼ちゃんはぁ?」

「私は十分いただきました」

「じゃぁ最後に一杯だけ」

「……。わかった。一杯だけね」


 お姉ちゃんはストレージから一本の酒瓶と小さなグラスを取り出してテーブルに置く。そして透明に近い赤味がかった茶色いお酒が、私の前のグラスに注がれる。ブランデーかな? あ、思い出した。


「これ、リエラの秘蔵のお酒じゃない」

「もってきちゃったぁ」

「きちゃったって……。あーぁ、リエラ怒ってるよ」

「うそうそ、本当はちゃんと言ってもらってきたやつだから大丈夫ぅ」

「そうなんだ」

「楽しい日に、蒼ちゃんと一杯ずつだけ飲んでいくならあげるってねぇ」

「ふぅん。じゃ、いただきます」

「かんぱーい」


 私は香りを確かめる。すごい芳醇なりんごの香りがする。熟したりんごに埋められたみたいな感じ。なめると、口の中にもりんごの香りと甘みが広がり、それから灼くようなアルコールが喉を通っていく。


「りんごの香りと甘さがすごくて最初ジュースみたいだけど、私にはアルコールがちょっときつい」

「それがいいのよぅ。おいしいでしょう?」

「そりゃおいしいけどね」


 お姉ちゃんも私も、無言でちびちびと飲んでいく。さすがにお姉ちゃんも、このお酒は一気に飲まない。

 グラスに入れたお酒がほとんど無くなった時、向かい合ってたお姉ちゃんが隣に座ってきて、私の方に頭を置いて寄っかかりながら口を開く。


「今日は大変だったけど楽しかったわぁ。役に立てたし」

「そうだね、お姉ちゃんがんばってたよ」

「ありがとう、嬉しいわぁ」

「偉いよ。それにすごい、自慢のお姉ちゃんだね」

「えへへ、蒼ちゃんにいっぱい褒められちゃった」

「いつも褒めてるじゃない」

「うそ、いつも照れて褒めてくれない」

「そんなことないって、ちゃんと褒めますよぅ」

「あ! 雫の真似してる。もぅ」

「あはは、ごめんごめん。でもすごいと思ったのは本当だよ」

「ありがとう。いつも雫は攻撃の役に立たないから、こうして役に立てると嬉しい」

「お姉ちゃんはいつも助けてくれるよ。私知ってるんだからね」

「そっかぁ、それなら嬉しい……」

「お姉ちゃんは……」


 お姉ちゃんを褒めようと口を開いたけど、隣から静かな寝息が聞こえる。

 走り回って、あれだけの人たちを回復したんだから、疲れたよね。

 私はお姉ちゃんの髪をなでながら呟く。普段は恥ずかしくて言わない一言。


「お疲れ様。おやすみ、大好きなお姉ちゃん」


評価、ブクマ、いいね、誤字報告いつもありがとうございます。

今回も楽しんでいただければ幸いです。


==============================

2022/03/22 状況説明に不足があったため加筆修正しました。(治療一件目の奥さんとフリッツさんの会話です)



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