15. 馬車はのんびり進む
目が覚める。ぼんやりと明るいけど、日差しを感じない。曇りかな……?
周りを見ると布が見えた。そうだ、テントの中だからだ。えっと、昨日はお姉ちゃんが起きないからって結局私も寝ちゃったんだっけ。
見張りを放り出したことにちょっと反省するけど、起きないお姉ちゃんが悪いんだからね……!
「ん……ふぁぁ……」
「あ、起きた? お姉ちゃん」
お姉ちゃんも起きたかな。ここはビシッと叱らないと。
「おはよぉ、蒼ちゃん」
「お姉ちゃん、おはよう。早速ですが、私はお姉ちゃんに怒っています」
「えぇ、どうしてぇ、雫ずっと寝てたよ?」
「寝てたからだよ! 見張りの交代! 忘れて寝てたでしょ!」
「あぁ! ごめんねぇ」
「もぅ、今日は気をつけてね」
「でも、結界三重にしてるから、多分なにも来れないよぉ」
「え、そんなに重ねてたの?」
「うん、魔物排除と、自動発動の魔力障壁と、物理障壁。これなら、こないだの魔族くらいじゃないと越えられないと思うし、越えてきたら雫も起きるよぉ」
「それなら安心なのかな……」
「だから雫は寝ていたいわぁ、蒼ちゃん?」
「う……。わかった、あとでペーターさんに相談しよ」
「やったぁ」
私はお姉ちゃんに甘いらしい。でも三重防壁って普通は王都とかの守りで、聖女や聖属性魔術を使える魔術師が大人数で張るんじゃなかったっけ? 一人でできるんだ……。お姉ちゃんは聖属性と空間属性しか使えないけど、その分称号の力も相まって聖属性の能力がものすごく高い。ちょっとすごいな。
そんなことを思いながら私はお姉ちゃんと身だしなみを整える。
テントから出ると、アンナさんが焚き火の前でお湯を沸かしていた。
「シズクさん、アオイさん、おはようございます」
「アンナさん、おはようございます」
「おはようございます。疲れや体調はどうですか?」
「おかげさまで、とてもいいです。今、お茶を淹れますね」
「あ、私が淹れますよ」
「いえ、させてください。淹れるのが好きなので」
「そうですか。では、お願いします」
「アンナさんのお茶、楽しみ」
アンナさんは微笑みながらお茶を淹れてくれる。聖母みたいな人だ。お母さんになる人って、こんな風になるのかな。
私とお姉ちゃんはお母さんの記憶がないからよくわからないや。
しみじみ考えていると、アンナさんがお茶の入ったカップを渡してくれる。
「いただきます……。わ、甘い」
「おいしいわぁ。アンナさん、これなにが入ってるの?」
「蜂蜜です。甘くて体にいいとも聞きますので」
「でもこれ、高いんじゃ……」
「ふふ、商品からこっそり。主人には内緒ですよ」
私たちは三人で見つめてくすくすと笑い合う。それから談笑していると、ペーターさんが馬さんのいる方からやってきた。馬さんにご飯と手入れをしていたみたい。
「「おはようございます」」
「おはようございます。シズクさん、アオイさん」
「お疲れさま、あなた」
「見張りをせずに休ませていただいて、ありがとうございます。お二人は休めましたか?」
「あぁ……。それなんですが……」
私とお姉ちゃんは夜に張っていた障壁の説明をする。魔物避けはわかりやすいけど、防壁はわかりにくいので、小さく張った結界にファイアボールと石を、投げつけて実演した。
ふむ……。と考えていたペーターさんが口を開く。
「私たちに、特にアンナに危険がないようでしたら構いません」
アンナさんもそれに頷く。
「「ありがとうございます」」
お礼を言って話がひと段落したところで、私は朝食を作ることにした。昨日多めに作ったスープに、ハムを追加で入れて温める。あとスライスしたバゲット。ストレージに入れてるから焼きたてと変わらないよ! それに合わせる果実ジャム。今日はベリーにしようっと。簡単だけど完成。召し上がれ。私もいただきます。
スープもジャムもとても好評いただいた。ごちそうさまでした。
ペーターさんには、バゲットが焼き立てと変わらない柔らかさで出たのが驚きだったらしく、食後のお茶を手に持ちながら、私のかばんをじっと見つめてくる。そんなに見たら照れちゃうよ、かばんが。
「しかし、魔術具のかばんとはいいものですね。いつでも新鮮できたての食事ができる。高かったですか?」
ペーターさんが前傾姿勢で食い気味に尋ねてくる。商人だと欲しいよね。商品も入るし、旅の荷物も入るからね。
「実はこれもらいもの……」
「これ、本当は魔術なのよぅ」
「ちょっと、お姉ちゃん! それは言わないって……」
「いいじゃない、多分言っておいた方がいいわ」
「えっと、つまり魔術具じゃなくて魔術ということですか?」
「あぁもぅ。……そうです。空間属性魔術のストレージと言いますが、あんまり知られたくないので、普段は魔術具と言っています」
「そうですか、確かに知られると大変そうですね。実は売ってもらえないか聞こうと思っていたのですが、魔術であれば無理ですね」
「適性はなかったですか?」
「えぇ、私もアンナも、少々の生活魔術が使えるくらいの魔力しかないのです。これも便利なのですが、水を出す程度しかできなくて……」
「そうですか」
ペーターさんが少し寂しそうに言う。魔術に憧れとかあったのかな。憧れるよね。私だってテンション上がったもん。なんかいい方法ないかな、と考えていると。
「それなら生活魔術をもっと覚えればいいのよぅ! 雫が道中お二人に教えるわ!」
「お姉ちゃんそんな勝手に……」
でもそれはいい手だ。ストレージは売れないし適性がないなら教えられないけど、生活魔術なら教えられるし、日常生活が楽になる。
「ですが、魔術は学園に通ったり、高い授業料を払わないと教えてもらえません。生活魔術でさえ、庶民には最低限しか伝わらないのです。私たちにそんな授業料は……」
「お金なんていらないわ! 道中楽しい方が大切よぅ」
「えっと、実は私たちの師匠が生活魔術を考えた人物なんです。彼女も多くの人が使えることを望んでるはずですので、お金はいりません」
驚くペーターさんとアンナさん。まさか生活魔術が急にそんな身近になるなんて思わないよね。少し葛藤したペーターさんが言う。
「では、ありがたく……。アンナ、私は御者をしなくてはいけないから、君が教えてもらいなさい」
「えぇ、わかりました。よろしくお願いします」
頭を下げるアンナさん。しかし私はせっかくだから、できれば二人に教えたい。
御者ができればいいのか……。御者はやったことないから教えてもらえば……。誰に? ペーターさんは生活魔術の授業があるから、あとは馬さんに? あ。
「あの、御者ですが、多分私たちできます。実際にやった経験はないですが」
「蒼ちゃん、いつの間にそんなことできるようになってたの?」
「お姉ちゃん、私たち、馬さんと会話できるよね? お願いすればいいんじゃないかなって」
「あぁ、そうねぇ。やってみましょ」
「ちょっと失礼しますね」
不思議に私たちを見つめるペーター夫妻を尻目に、馬さんに近づく私たち。馬さんは私たちに気づいてヒヒィンと鳴き声をあげる。その鳴き声を聞いた私の頭に馬語? が流れ込んでくる。すごい、いけるとは思ってたけど、動物の言葉も理解した。
『おはよう、私は雫っていうの。あなたのお名前は?』
『に、人間が喋った?!』
『元々喋るわよ。通じてるみたいだね。私は蒼』
『最近の人間はすげぇな、俺はシルバーだ。よろしくな、嬢ちゃんたち』
『多分喋れるのは雫たちだけよぅ』
『それで、なんの用だ?』
『いつもペーターさんがあなたの御者でしょう? でも彼に魔術を教えたいから、代わりに私たちのどちらかが御者をしたいの』
ふんふんと頷くシルバー。ペーター夫妻はぽかんとしてこっちを見ている。私たち今「ヒヒィン」とか言ってるのかな。それはちょっと恥ずかしいかも。
『で、やったことないからシルバーが教えてくれると嬉しいんだけど、いいかな?』
『おう、ペーターにはよくしてもらってるしな。アンナも楽になるんだろう? いいぞ』
『『ありがとうシルバー。よろしくね』』
私たちはシルバーの首を軽く叩いて、ペーター夫妻の前に戻る。
「ということで話がまとまりました。御者は私ができます」
「……えっと、どういうことで?」
私たちはまったく話についていけずぽかんとしていたペーター夫妻に、シルバーとのやり取りを説明する。
半信半疑だったけど、私たちが馬の鳴き真似をするのを聞いてたみたいで、信じてくれた。でも聞かれたのは恥ずかしい。
焚き火を消して、荷物をまとめる。私たちはストレージにしまうだけなので、ペーター夫妻の手伝いをした。
「それじゃあ、蒼ちゃん。よろしくねぇ」
「わかった。出発します」
私は御者台に座る。三人は授業のため荷台だ。御者台は思ったよりも高くて、前が開いて見える。この景色気持ちいい。手綱を握って、シルバーに声をかける。
『よろしくね。シルバー。まずは道なりに東に進みましょう』
『昨日の続きだな、任せろ。おっと、手綱はゆったりと持ってくれ、俺の首が引っ張られないようにな』
『わかった』
今日も、馬車はのんびり進む。
荷台ではお姉ちゃんが生活魔術を教えている。二人は思ったより魔力があるみたい。それなら結構な生活魔術が覚えられるはずだ。
そうこうするうちに、お昼の休憩ポイントに着いた。
私はシルバーにお礼を言って、ご飯とおやつのりんごをあげる。それからお昼ご飯を作る。パスタにしようかな。アスパラとベーコンのトマトソースにしよう。
この世界のパスタは、平打ちのものが一般的だ。長いのもあるけどあんまり細くない。大鍋に水を入れてヒートで沸騰させて麺を茹でる。
その間にソースを作る。茹で上がったらソースに絡めて完成っと。召し上がれ。私もいただきます。
地球ではブラウスを着てる日には、トマトソースが跳ねないように、かなり気をつけてたけど、ここならウォッシュがあるから、ちょっとはしたないけどそこまで気にせず食べられる。とは言っても私も女子なので跳ねないように気にはしてるよ。お姉ちゃん、口にソースが付いてますよ。私は笑いながら教えてあげる。
トマト、酸味があっておいしかったな。今度マイヤの街に行ったらまた買っておこう。ごちそうさまでした。
「お姉ちゃん、二人の魔術はどう?」
「イメージができれば大体使えると思うよぉ。あとは生活魔術によく使う魔術言語の習得と、実践と応用かしら」
「魔術を教わるのって楽しいですね。年甲斐もなくわくわくしてしまいます」
「えぇ、私も楽しいです、子供の頃に楽しく勉強していたのを思い出しました」
「よかったわぁ。道中まだあるし、のんびりやっていきましょうねぇ」
「アオイさん、御者も料理も全て任せてしまってすみません」
「私も楽しいですし、いいんですよ」
お姉ちゃんがアンナさんにヒールを掛けて、馬車にそれぞれ乗り込んで出発する。
よろしくね、シルバー。
馬車はのんびり進む。
道中では、一日一回くらい出てくる魔物、それと休憩時間に鳥や野生動物を取って食材にする。狩りは色々なお肉が食べられるので、特にペーターさんが喜んでくれた。
魔術の方も、ペーターさんは洗濯と乾燥、アンナさんはそれに加えて食器と体の洗浄ができるようになってきたらしい。
お姉ちゃん、意外と教える才能あったんだね……。「えいってやってばーんと唱えればいいのよぅ」とか言うと思ってひやひやしててごめんね。言わないけど。
そんな感じに順調に、馬車は今日ものんびり進む。
評価、ブクマ、いいね、誤字報告いつもありがとうございます。
今回も楽しんでいただければ幸いです。




