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91. バイゼル領って楽しい!

 ミリアリア様御一行の馬車から少し距離を取って、私たちもバイゼル領都を目指す。

 それほど距離はなく、一時間くらいで門に到着した。

 バイゼル領都の外壁は他の町に比べて非常に距離が長くなっていて、この町の大きさと発展具合が見て取れる。

 門の前に馬車を停め、私は御者台を降りて門番さんへ挨拶をする。


「こんにちは。門を通る許可が欲しいです」

「かしこまりました。失礼ですが、身分証か紹介状はございますか?」


 貴族が乗るような馬車だからか、対応が実に丁寧だね。見習いなよディオンの門番!

 私は首に下げているリインフォース家の紋章が入ったペンダントを掲げて、門番さんに見せる。


「リインフォース子爵のご一族の方ですね。どうぞお通りください」

「ありがとうございます」


 さすがペンダント、もはや顔パスレベルですぐに許可が降りた。

 さて中に入ろうと、私が馬車に戻ろうとすると、それより早く馬車から降りてやってきたお姉ちゃんが門番さんに話しかける。


「教えて欲しいのだけれど、馬と馬車を預けられる貴族向けの宿はあるかしら?」


 おっと、そうだね。それを聞かないと。


「そうだった。ありがとうお姉ちゃん。えっと、私たちは市場とウォーカー商会に用事があります。簡単なものでいいので地図はありますか?」

「少々お待ちください。おい、頼む」

「はい!」


 後ろに控えてた人が駆け足で詰所に入っていき、木板と紙と木炭を持ってきた。


「地図は防衛上差し上げられませんので、簡単なものを今お書きします」

「ありがとう。助かるわ」

 

 走って筆記具を持ってきた若い男性門番さんに、お姉ちゃんがウィンクする。

 照れながら、私たちを対応してくれる中年の門番さんに筆記具を渡す。

 女子力、これか!!

 一方で慣れているのか、気にも留めずに中年の門番さんが、サッサと紙に地図を書く。


「ここが今いる門です。西門になります。ここから大通りをまっすぐ進むと港があります。途中噴水がありますが、そこを左に曲がると左手に宿が見え、右手に領主邸があります。噴水に一番近い宿が貴族様がよくご利用になる宿屋です。一方で、噴水を右に曲がると商業区になります。市場もこちらにあります。右に進む道は広いものと狭いものが二本あり、広い方は市場へつながっています。狭い方を進むと、お探しのウォーカー商会などの商会が集まった場所へとつながっています」

「詳しくありがとうございます。行ってみます」


 私はブラウンタイラントバッファローの燻製肉をお礼に渡して、お姉ちゃんと一緒に馬車に戻る。御者台に乗り、ほぼ同時に馬車内に入ったお姉ちゃんとリリムちゃんに声を掛ける。


「じゃ、宿屋に向かうね」

「よろしくね」

「よろしくお願いします」


 門番さんが手を振りながら私たちを見送ってくれる。門番さんに教えて貰った大通りをまっすぐ進む。少しして、噴水が見えた。

 左に曲がると宿屋だね。私はロッソに話して左に曲がって貰う。

 お、ちょっと豪華な宿屋発見。


「門番さんの紹介だし、ここでいいよね?」

「いいわよぅ」


 私はロッソを操って、馬車を宿屋の前に停める。すぐに建物から人が出てきて、出迎えてくれる。

 御者台から降りたのが女性だった事にちょっとびっくりしていたけど、丁寧に頭を下げてくれる。


「ようこそいらっしゃいました。馬車をお預かりいたします」

「はい、丁寧にしてくれると嬉しいです」

「勿論でございます」


 ロッソに説明して馬車を預け、私たちは宿屋に入る。

 支配人にとりあえず三泊滞在したい事、更に数日伸びるかもしれない事を伝える。


「お部屋はいかがなさいますか?」

「三人部屋はあるかしら?」

「ございます」

「じゃ、それで。リリムちゃんもいいよね?」

「恐れ多い事ですが……」

「ならよし」


 三人部屋って多分家族向けだよね。宿の意図とは違うだろうけど、リリムちゃんは家族だからよし。

 前金で全額払って手続きをして早速、宿屋を出て噴水を挟んで反対側の商業区へと向かう。

 他の町に負けず劣らず、地理の教科書で紹介されている海外のマーケットのように、いや、それ以上に賑やかな市場がそこにはあった。


「大きいわねぇ」

「うん。一日で回るのは無理かな」

「お目当てのものがあるといいですね」

「とりあえずお昼ご飯を食べ歩きながら、気になったお店を見ていこうか」

「賛成」

「分かりました」


 市場に入って早速いい匂い。

 魚介類の焼ける匂いがする……。それに、この香ばしい匂いは醤油!


「蒼ちゃん、あそこに出所があるわよ」

「何で分かって……だけど行く!」


 私たちは入り口でいい匂いをさせている露店に行く。

 すると、お店のおばさんが話しかけてくれた。


「いらっしゃい。今朝の獲れたてだよ!」

「貝に魚に、イカ?」

「そう、嬢ちゃんバイゼルの町は初めてかい?」

「はい。さっき着いたんです。魚がおいしいと聞いていて、ずっと来てみたくて」

「ならバイゼルに来て正解だね。うちの店で売ってるのは魚の塩焼きか貝のショウユ焼きだよ」


 魚は……えっ?! 鯵?!


「私これにする! 鰺の塩焼き!」

「はいよ!」

「雫は貝焼きにするわぁ。リリムちゃんは?」

「あたしも魚焼きにします〜」

「魚二本に貝一本だね。ちょょうど焼けてるのがある。はいよ、熱いから気を付けな」


 おばさんが私たちそれぞれに串を渡してくれる。

 私たちはお礼を言ってお金を払う。


「蒼ちゃん、丁度いいからあそこに座りましょうか」


 市場も一部に座るスペースがあり、座って食べられるようになっている。

 私たちはそこに座って、ゆっくりと食べる事にする。


「「「いただきます」」」


 身はふわっふわ……あぁ……鯵……鯵の味だ……美味しい。塩が身にいい塩梅に塩味を乗せているし、内臓も丁寧に処理してあるから食べにくかったり、苦かったりする事もない。幸せ……。


「シズク様、アオイ様は大丈夫ですか?」

「あれは四年ぶりくらいの鯵に感動して語彙力が減っている顔ね。『鯵の味がいい』とか考えてるわ。さて、雫も食べよっと。リリムちゃんも食べるのよ」

「はい!」


 私が意識を戻すと、なんか二人がニヤニヤしながら私の事見てたんだけど?!

 変な事してないよね?! あ、ごちそうさまでした。

 食べ終わって、引き続き市場を歩いて進む。市場は長方形に区切られていて、何列も綺麗に整列しながら思い思いのところでそれぞれ商売に励んでいる。

 なんとなくグループ分けされていて、この辺りは食材ゾーン。

 豆、野菜、チーズ……。鮮度もいいけど、今日の目当てはそれじゃない。

 そしてもう少し進んでいくと……。

 あった……!


 えっ?! うそっ?!



「お姉ちゃん! 魚が、いっっっっっっぱい!」

「そうね! これはテンション上がるわねぇ。蒼ちゃん、右と左でいいかしら?!」

「うん! 情報収集もしといて!」

「分かったわ、漁港の事ね!」

「うん」

「リリムちゃんは蒼ちゃんの方について行って」

「かしこまりました!」


 お姉ちゃんが右手の店に突撃していく。

 私とリリムちゃんはも左手の店に突撃していく。


「あ、勢いに流されちゃいましたけどわたし護衛です?! シズク様!!」

「お姉ちゃんのアイギスを破れる人間なんてこの町にいないから大丈夫だよ」

「ですが……」

「むしろ同じくらいのペースで並行する方が互いの距離が近づいて安全。だから、私たちも立ち止まらないで行くよ!」

「分かりました!」


 そんな訳で私たちもお店に突っ込んでいく。まずは果物のお店。みかんを見つけたので買っておく。

 次のお店はアクセサリ。今はいらないかな。

 そして三店目……。


 あった。


「全部ください!」

「アオイ様?!」

「お嬢ちゃん、全部だって?!」

「あ……」


 ここの住民もいるんだし、全部はやめようねってさっき三人で話したばかりなのに……自重……自重……じ、ちょう……。


「この鯛と、そっちのサンマと、後おばさんのおすすめを全て買います……」

「はいよ! 結構量があるけど大丈夫かい?」

「かばんが大きいので大丈夫です」


 鮮度が命! と言う事で私は支払いを済ませてすぐにかばんにしまっていく。


「そのかばん魔術具かい? いいねぇ」

「はい。特別製なので」

「はいお釣り。またおいでね」

「ありがとうございます」


 隣のお店は貝やイカかぁ。私は開口一番。


「全部ください!」

「アオイ様!!」

「もう、注文はリリムちゃんに任せる……」


 すると前のお店で対応してくれたおばさんが話しかけてくれた。


「嬢ちゃんたち、バイゼルは初めてかい?」

「はい、魚料理が好きで、ずっと来てみたかったんです」


 今し方全部と注文したお店のおじさんも会話に加わる。


「そりゃ嬉しいねぇ。この町の魚は間違いなくアルメイン王国一だからね。たくさん食べて、たくさん買っていっておくれ」

「はい!」


 結局そのお店ではリリムちゃんが全種類を少量ずつ注文して、お会計を済ませる。私はひたすらかばんにしまう。

 そうして十店をゆうに超えるお店を回った頃、レーンの反対側の出入り口に着いた。

 先に終わったのか、店を見ているお姉ちゃんに声を掛ける。


「お姉ちゃん、お待たせ」

「待ってないから大丈夫よう」


 それで? とお姉ちゃんが聞いてくるので私は答える。


「結構買えたけど、やっぱり量が……」

「そうよね。雫もそこまで買えなかったわ」


 二人合わせたら数十日分にはなるという事実を、私とお姉ちゃんは棚に上げ、リリムちゃんは呆れてたんだけど。でも! 私たちは! 魚が! たくさん欲しい!


「港はどうだった?」

「町の販売許可証がないと買えないみたいねぇ」

「こっちも同じ回答だった。町に住んでないと難しいね」

「あの……」


 どうしたものかと考えていると、リリムちゃんが右手を小さく上げて話しかけてくる。


「何かしら? リリムちゃん」

「先にウォーカー商会に向かうのはどうでしょうか? もしかしたら漁港と直接繋ぎがあるかもしれません」

「それだ!」

「それよ! そうと決まれば早速いくわよぅ!」

「うん」


     ◇


 私たちは一旦喧騒を離れて、噴水に戻り、門番さんが教えてくれた狭い道の方を進む。

 石積みの建物が並んでいて、商業区と言うだけあってどれもお店っぽい。

 何店か通り過ぎると、同じく白っぽい石積みの建物にウォーカー商会と看板が掲げてある建物を見つけた。


「ここがウォーカー商会だね」

「行きましょ」


 私とお姉ちゃんは、リリムちゃんを連れて早速店番している人に告げる。


「お邪魔するわね! こちらの店長とお話をしたいのだけれど、繋いでくれるかしら」


 そう言って、私とお姉ちゃんはペンダントを見せる。

 店番していた青年は「少々お待ちください」と告げてすぐに奥へ入って行った。


「お姉ちゃん、これ、ぶっちゃけほぼ『店長だせ』に等しいよねぇ」

「そうねぇ。でも他に方法が……」

「仕方ないと思います」


 数分もしないで、先程の青年が戻ってきて私たちを奥に案内してくれる。

 廊下を進み、最奥の扉をノックする。


「店長、お連れしました」

「どうぞ」


 青年が扉を開けて、私たちを通してくれる。

 中に入ると、日に焼けた健康的な肌で、シンプルなドレスに身を包んだ黄色いショートカットの女性が迎えてくれた。


「シズク・リインフォース様、アオイ・リインフォース様。ウォーカー商会バイゼル支店にようこそいらっしゃいました。支店長を務めておりますミモザと申します」


 ミモザさんは丁寧なお辞儀をして、私たちに挨拶してくれる。

 私とお姉ちゃんも挨拶を返して、それぞれ自己紹介する。


「雫・リインフォースよ」

「妹の蒼・リインフォースです。それから侍女の」

「リリムです」

「みなさまの事はペーターから聞き及んでおります。どうぞおかけください」


 それから彼女は案内してくれた青年に声を掛ける。


「今日は暑いから、冷やした飲み物をお願い」

「かしこまりました」


 青年が部屋から出て行くのを見届けて、ミモザさんが話しかけてくる。


「魚を買いにバイゼル領へ来るだろう、と定期連絡であったのでいつかお目にかかれると思っていたのですが、こちらへはいつ頃到着されたんですか?」

「今朝ね。宿を取って市場でお昼ご飯と、少し買い物をしたわ」

「ただ、相談事が出来たので先にこっちへ来たんです」

「なるほど」


 私たちは、まずは雑談をしながら親交を深めていると、先程の青年がお茶を持ってやってきた。

 私たちの前に透明なグラスを置いてくれる。


「ありがとう、ポール。あなたも座ってちょうだい」

「ですが」

「この方たちはウォーカー商会の庇護者で最大の取引相手よ。一人じゃ失礼だわ。シズク様、アオイ様。こちらはポール。副支店長です。同席してもよろしいですか?」

「勿論よぅ」

「はい」

「ありがとうございます。ポール、座って」


 唯一空いていたミモザさんの隣に座る。

 引き続き、口を開いたのはミモザさんだった。


「それで、今日の話は収支報告と、東方の食材の入手状況、それから先程おっしゃっていた相談事、でしょうか?」

「収支報告は心配していないわ。赤字で困ったら相談してちょうだい」

「あ、でも私たちが提供したものの販売状況は気になるね」


 すると「少々お待ちください」とポールさんが立ち上がり、奥の書類棚から書類を一束持ってくる。それを私たちの前に置き、何枚か捲る。

 ふんふん。販売は開始しているみたいだね。

 読み解こうとしていると、ミモザさんが教えてくれた。


「バイゼル領ではお菓子、美容品ともに販売を開始しました。ただ職人の数が用意出来ず、少量販売からとなっています。お二人のご希望通り価格優先で販売していますが、それでも利益的にはいい数字を出しています」

「あ、お菓子の話をするのにお菓子がないのもあれだね」


 私は『ストレージ』からおはぎを取り出してテーブルに置く。


「見た事のないお菓子ですね……」

「じゃあまだアンナさんは教えてないのかな。『おはぎ』って言うんだけど、陛下も喜んで食べてた」

「それは売れます! レシピを!」

「後から届くだろうから、待ってて欲しいかな」

「かしこまりました」


 お菓子部門の長はアンナさんだ。多分教えても許してくれるけど、何か考えがあるかもしれないしね。


「美容品は本当に少量なのね」

「はい。面目ないです」

「責めてる訳じゃないのよ。これだと領主一族と商人だけで終わっちゃうでしょう?」

「そうなんです」

「耐え時ねぇ」


 美容品はなかなか難しいよね。材料も採集に行かないと手に入らないし。作るのにもスキルがいるから。

 お姉ちゃんがかばんから通常グレードの美容品をそこそこの数取り出して、ミモザさんに渡す。


「はいこれ。そのまま売ってもいいし、取っておいて何かあったら使ってもいいわ」

「ですが……」


 お姉ちゃんが唇に人差し指を当てて、ミモザさんの黙らせる。


「数が作れなくても、売り出せなくても品質が落ちるのだけは避けてね」

「はい。かしこまりました。ありがとうございます」


 販売物の確認はこんなものかな。私は今日ここにきた目的を話す。


「それで、今日ここにきたのは二つの目的があります。一つ目は漁港で漁業組合の紹介をして欲しいです」

「魚を大々的に買い付けたいと言う事ですね?」

「そうです」

「量はどの程度を考えていますか?」

「買えるだけ、全て、です。ただこの町の需要もあるはずなので、漁師さんに多めに獲って貰って、その余剰分を買い取る形にしたいです」

「滞在は三日の予定でしたよね。では三日間だけ売買契約をした方がいいと思います。予算の程は?」

「ありません。全て買います。量が多く、質もよければ割り増しも考えています」


 ミモザさんは脇に置いていた文机から紙とペンを取り出してさっと走らせる。


「ポール。お願い」

「かしこまりました」


 ポールさんがその手紙を受け取り、ミモザさんが紙を取り出すタイミングで準備していた封蝋を押して、扉を開いて外にいた人に渡す。


「これで漁業組合に話が通るはずです。購入許可証の関係で話をスムーズにするため、ウォーカー商会の名前で進めますがよろしいですか?」

「はい」

「はーい」

「では明日、締結のために早朝にご足労いただく事になります」

「はい。ありがとうございます」

「ありがとう、ミモザちゃん!」


 お姉ちゃんのキラキラした瞳にちょっと照れながら、ミモザさんが筆記具を片付ける。


「それで、もう一点は……?」

「ウォーカー商会で、東方の食材の仕入れを担当しているのはミモザさんたちですよね? いくつか探している食材があって、東方の商会を紹介して貰えませんか?」

「勿論です。実は丁度よかったです。その件でちょっとお願いしたい事がありまして……」

「「お願い?」」

 

 ミモザさんが居住いを正して、私たちを見て答える。


「東方の国、ヤマトから支店を出している商会を『ミト商会』と言うのですが、どうやら我々が買い付けているモチゴメの他にもライスに種類があるようなのです」


「だけど、売って貰えない?」


 ミモザさんがコクンと頷く。


「おそらくそれがアオイ様が探しているものだと思っているのですが……」

「なるほどね、私たちに交渉させて貰えるって事だ」

「お手を煩わせて大変申し訳ないのですが……」

「全然! むしろ頼ってくれて嬉しいよ」

「じゃあ、蒼ちゃん、早速行っちゃう?」

「うん、案内をお願い出来るかな?」


 という訳で、私たちはミト商会に行く事になった。


    ◇



 東方の国、ヤマトに本店のあるミト商会は、ウォーカー商会のある道から港側に一本ずれた通りにあるらしい。

 ミモザさんに案内して貰うと、一軒だけ、木造の建物があり、漢字で「大和 ミト商会」と書いてあった。


「漢字だ……」

「漢字ねぇ……」


 まさかこの世界で漢字を見る事になるとは思わなかったので、びっくりする。


「看板はヤマトの文字で書かれているそうです。お二人は読めるのですか?」

「えぇ、ちょっと事情があってね」

「そうですか」


 ミモザさんはそれ以上尋ねてくる事はなく、では、入ります。と引き戸を開けて中に入っていく。私たちも続いて敷居を跨いで入る。


「ごめんください」

「はいよ。ちょっと待ってな」


 奥から勢いがあるが嗄れた声のそろそろ老年にさしかかりそうな、細身の白髪まじりの女性が出てきた。


「おや、ウォーカー商会のミモザさんじゃありませんか。今日はどうしましたか?」

「私は案内人で……今日は後ろにいるご令嬢、ウォーカー商会を庇護してくださっているシズク様とアオイ様を紹介させていただきに参りました」

「それはご丁寧に。アタシはミト商会のカチョウだ」

「初めまして、雫・リインフォースです」

「妹の蒼・リインフォースです」


 私たちはカーテシーをして、カチョウさんに挨拶をする。ミトにカチョウ……。花鳥か、課長か……。


「お貴族様かい」

 

 しかし口調や態度は一切改める事なく、カチョウさんが話を続ける。


「それにリインフォースと言ったね。あの件かい?」


 私は一呼吸おいて、口を開く。


「あの件、は分かりませんが、実は私たちは『うるち米』を探しにきました」

「そうだ。その件だ。うるち米は売らな……待ちな、『うるち米』と言ったね。なぜその名前を知っている? あたしはミモザさんにゃ一度も話した事はないよ」

「東方の料理を作るのにどうしても必要だからです。探しているのは『うるち米』、『味噌』、『鰹節』です。こちらで取り扱いはあるでしょうか?」


 ふむ……。と言いながら黙ってしまったカチョウさん。

 そして目を伏せ、息を一度吐き出してから大きく吸うと、早口で声を張り上げる。


「ハジメチョロチョロ!」


 え? えっと……。私は慌てて言葉を続ける。


「中ぱっぱ?」


「アカゴナイテモ!!」


 続いてお姉ちゃんが続ける。


「ふた取るな、ねぇ」


「ちょっと待ってな」


 カチョウさんは隣にいた男性に指示を出すと、男性はすぐに大袋を持ってくる。


「答えられた人間にだけ売るつもりで本国から持ってきているんだ。この国に住んでる奴らもいるからね」

「じゃあこれって……」

「お前さん方が望んでいるうるち米だよ」


「え……や、やったー!」

「やったわね! 蒼ちゃん!」


 これで一汁三菜の和食が食べられる……!


「もみの状態もある。どうする?」

「ぜ、全部……」

「蒼ちゃん、ダメよ、市場が壊れるわ!」

「うぅ……。三俵ください……」

「分かった」


 カチョウさんは先程の男性に再び指示を出す。


「しかしこの国の貴族のお嬢ちゃんがこの話を知っているとはねぇ。誰に聞いた?」


 カチョウさんに内心で謝りながら、私はあらかじめお姉ちゃんと考えておいた作り話をする。

 幼少の頃に、お世話をしてくれたメイドに教えて貰ったと。


「そのメイドの名前は?」

「……藍華」


 日本の、おばさんの名前だけど許してくれるよね。


「ふむ、知らないねぇ。まぁ全員把握してる訳じゃないからね。味噌もあるよ。米味噌だけどね。それだけ詳しいなら鰹節も使い方を分かっているだろう?」

「はい。魔術でやるので削り器はいりません」

「分かった。そうそう、ついでに海苔と昆布も……」

「いります!」

「かっかっか。この店のもん全部無くなりそうだねぇ。ところで酒は飲むかい?」

「まさか……お米で作ったお酒もあるんですか?」

「大和の事をこんなに知っている貴族がこの国にもいたとはね。純米吟醸と純米大吟醸がある」


 これにはお姉ちゃんが即答した。


「両方欲しいわ!!」

「分かった」

「そうだ、ウォーカー商会には……」

「前にミモザさんから聞いたけど、あんたらが庇護している商会だろう。これからは喜んで納めさせて貰うさ。ただなにぶん長い航海だ、量が運べない。大々的な取引はまだ無理だ」

「はい、内輪で使う分に留めます。あ、ちゃんと利益は取ってくださいね」


 カチョウさんが笑いながら答える。


「勿論さ」


 ところで、と珍しくお姉ちゃんが真剣な顔でカチョウさんに尋ねる。


「どうして雫たちをすぐに信用してくれたんですか?」

「ふむ……米の炊き方の話もそうだが、アタシが気にしたのは敷居の跨ぎ方だね。一瞬目礼してわざと大きく作った敷居も跨いだだろう。あれは本当に大和を知らないと出来ない」

「あ……」

「あんたらがどういう育ちか興味はあるが聞きはしないよ。でも信用するには十分さね」

「ありがとうございます」


    ◇


 するすると大荷物をかばんに入れるのを驚かれながら、私たちはお暇する準備をする。

 出ようとしたところで、男性がカチョウさんにツボを渡す。


「こいつはお近づきの印に、あたしからのプレゼントさ」


 私とお姉ちゃんが何かなと、ふたを開けて覗き込むと……。


「「梅干し!!」」

「あたしが漬けたんだ」

「嬉しいです! 海苔もいただきましたし、これで完璧なおにぎりが作れる……」


 するとカチョウさんが神妙な顔をして私たちに尋ねる。


「形は何だい?」


 私とお姉ちゃんは少し悩んで、はっきりと答える。


「「三角!」」

「残念。あたしは俵だ。そこは相容れなかったね」


 ふふふ、と三人で笑いあって無事、ミト商会との商談は完了した。

こんばんは


ついに来ましたバイゼル領都

ついに、お米が手に入りました。

私は海鮮丼が食べたいです。


楽しんでいただければ幸いです。

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