8話 違和感と逃避
初めて一人での仕事になる。
「まあ仕事といってもただホテルで会話を聞いてるだけなんだけどな」
変な慣れなのか初めのころの追い込まれたかのような感覚は薄れておりただ最終日のことは考えないようにしていた。
ホテルに着いていつものようにパソコンを開く。今日は休みだからいつもと違う感じなのかな。そんな期待をしていたが午前中は特に何もなく、それどころかほとんど会話はなく昼になった。
私は昼ご飯を買いにホテルを出てトラックに乗った。
少し離れたところにコンビニや飲食店が並んでいるのだが今日は一人というのもあってコンビニで適当に買うことにした。
コンビニに入ると何やらレジでもめているようだった。明らかに怒っている客が何やら怒鳴っている。
「おい、俺が年齢確認のボタン押さないといけないんだよ」
今時まだいるんだなこんな奴、対応してるバイトっぽい少年はとても困っている様子で周りにもほかの店員さんはいないようだった。
私はいつもはそんなことはしないし、どちらかと言えば臆病な方だが、なぜかその時私はあの少年を助けてあげたいと強く思った。
気が付けば私はおじさんに近寄りそっと年齢確認のボタンを押して「もういいでしょ、そのぐらいにしときましょうよ」と告げ、バイトの少年にはレジをやるよう促した。
怒っていたゴミクソ親父は大きな足音を立てながら出ていった。
ちょっとすっきりしたのもあって多めにおにぎりを買ってホテルに向かった。部屋に戻りいつものように盗聴BGMを流しながらおにぎりをほおばる。
この2週間での私と飯田さんの桧山に対しての評価はかなり高いものだった。
轟仁のことは頭から消えていた。
少しずつこの桧山を轢くということを覚悟を決めながら毎日を過ごしていた。
その日の19時頃、仕事が終わり今日も変える準備をしていた。
「カチッ 今日は秋君の大好きなハンバーグよ」
「やった、いただきます」
桧山は夜ご飯か、私も早く帰って食べよう。
私はパソコンを切りその日の仕事を終えた。
家に帰り、私は何か違和感を感じた。とても気持ち悪い感じ、どこか不自然な気持ち悪い感じがしたのだ。
それについて考え、私はあることに気が付いた。
月曜日、残り2週間後にすべてを決めないといけない中、私は気が気ではなかった。いつもより早く家を出て近くの有料駐車場に止めてあったトラックに乗りこみあらかじめ聞いていた飯田さんの家まで急いで向かった。
飯田さんの言っていたように約30分で指定された住所のところに着いた。そこは一軒家なのだが、それなりに大きな家。ちゃんとしたガレージも見える。
近くで止めて待っていると飯田さんがこちらにやってきて助手席に乗る。
「おはようさん、予定よりもかなり早いな、そんなに急がなくてもいいのに」
「おはようございます、元々そんなに急ぐつもりはなかったんですけど、ちょっと気にあることがあって」
「なんだ、まあいい、走りながら話してくれ」
私はトラックを発進させて、急いでホテルに向かった。
向かう途中飯田さんに昨日の出来事を話し、私が疑問に思っていることをすべて話した。
「それはお前さんが言ってることがほんとなら妙だな、ホテルに着いたらすぐに調べよう」
ホテルに着き、私と飯田さんはすぐさまパソコンを開き今までの家での盗聴記録をすべて流し始めた。
「お前さんが気になったのは昨日の会話音声だな」
「はい、桧山の母親の台詞がなんか気になって」
「わかった、とりあえず昨日の聞いてみよう」
パソコンには今までの音声データが保存してある、日ごとに分けられていて飯田さんが昨日のを再生する。
「カチッ 今日は秋君の大好きなハンバーグよ」
「やった、いただきます」
普通に聞けば何も変哲のない会話。
しかし、飯田さんは眉間にしわを寄せる。
「確かに、俺も聞いたことあるな、気持ちわりぃ」
「ですよね、ですからもう一度今までの音声聞きなおしてみませんか」
今まで1日に数回程度の会話、それに夜、ちょうどトラックの練習していた時間帯でありデータも少なった。
1日目
なし
2日目
「カチッ 今日は秋君の大好きなハンバーグよ」
「優梨愛は」
「今日は部活で遅くなるって、だから先に食べちゃいましょ」
「わかった、いただきまーす」
「どう、おいしい」
「すっごくおいしいよ」
「そうなの、よかったわね」
「今日学校で凄い面白い授業があったんだよ」
「何がったの」
「タケルとね一緒に実験したんだけど、あいつ失敗しちゃって」
2日目
「今日のご飯はカレーよ」
「いただきまーす」
「お兄ちゃんが今日学校でね」
「やめろよ優梨愛恥ずかしいだろ」
「何があったの」
「それがねお兄ちゃん先生に怒られてたの」
「やめろよ」
「 大丈夫」
3日目
「お父さんおかえり」
「おう、アキ学校はどうだ」
「楽しいよ」
「よかったな」
4日目
「お父さんまだ帰ってないんだ」
「今日は 遅くなるって」
「そうなんだ」
「今日はあまりものだけど 大丈夫」
「全然いいよ、いただきます」
5日目
「お父さん、今日学校のテストでいい点とれたんだ、見てよ」
「よかったな」
「うん、先生に褒められたよ、お母さんも見て」
「 よかったわね」
「ありがとう」
5日までの会話データでさえ何か所か明らかに同じセリフを話している。その後の今日までの音声データを聞いていてもやはり何か所か同じようなセリフが出てきた。中でも、母親との会話が一番多く、よく使われる言葉の種類が限られているのがすぐにわかった。
つまり、同じパターンの台詞しか話していなかった。
「なんだこれ」
「正直、なにが起きてるんですかね」
「こんなの俺も初めてだ、全く気にしてなかった、そうだ、今までこいつの家族が外歩いてるの見たか」
「顔もわかりませんし、気にしてもなかったのでわかりませんとしか」
「そうだな、俺も桧山秋定の帰宅時間とかはメモ取ってたが、家に入るのを見たらカーテン閉めて音ばっかり聞いてたしな」
「ってことは、桧山秋定の家族は存在すらわかりませんね」
「ああ、元々俺たちが持っていた家族の情報は国が保有するものをベースにしている、てっきりいるものだと思ってるから考えもしなかった」
「これから見張るしかないですね」
「そうだな、それに父親や妹の存在も確認しないとな、会話の中では父親は仕事に行ってて妹は部活で桧山秋定より後に帰ってることになってるはずだ」
「朝はいつも私たち10時頃から見てるので家を出たかわかりませんもんね」
「居るものだと思って考えてきていたからな、会話の流れから帰ってきているものだと思って今まで流してたが、俺は変にこの仕事慣れちまってるから当たり前に情報通り家族がいると思ってた」
「はい、私もあの音声が気にならなかったらこのまま気が付かなかったと思います」
私と飯田さんはその日、運転の練習はせずにカーテンの隙間からずっと家の前を桧山秋定の父親と妹が帰ってくるのを待った。
23時頃
「お父さん、帰ってきてたんだ、今、何見てるの」
「これか、この番組好きなんだよ、お前も見るか」
「うん、見るよ」
桧山秋定と父親の会話が始まった。
しかし、その日、家に入ったのは桧山秋定ただ一人だった。
「狂ってる」
「ああ、こいつは狂ってる、こんな奴初めてだ、桧山秋定の家族が今どこにいるのかわからないが、家で家族の録音データ流して家族ごっこをやってるってことになる。こいつは相当いかれてる」
「飯田さん僕、手の震えが止まりません、何が起きてるのか理解できない」
「何がいい人だ、ただいい人を演じてる化け物じゃねえか、、、桧山はやめだ、こんな奴を異世界に飛ばしたら異世界が大変なことになるかもしれない」
「わかりました、桧山はどうしますか、警察に連絡とかした方が」
「いいや、それはしない、あくまで俺たちは異世界に飛ばすやつを決めるのが役目だ、正義の味方ではないんだよ」
「でも、ほっといてもいいんですかね」
「それしかないだろ、あいつの家族が今どうなってるかはわからないがもうこれ以上かかわるのはやめだ」
「そう、、、ですか」
「忘れよう、今日はいったん帰ろう、明日からもう一人の轟仁だ」
こうして私と飯田さんは家に帰ることにした。
その日の夜は毎日聞いていた桧山と家族との会話が頭から離れず、眠れなかった。
次の日寝不足のまま、飯田さんと共にトラックに乗りまずはホテルに向かった。
「昨日も言ったが桧山のことは忘れてもう一人の轟仁にターゲットを切り替える」
「わかりました、手の震えも収まってきたので忘れるようにします」
「そうしてもらえると助かる。正直俺も完全に切り替えできていないが、時間がない、全部終わった後に今回の桧山の件、会社に相談してみる」
「お願いします、僕も切り替えます」
ここで私と飯田さんは桧山の件をいったん忘れることにした。
「おう、まず轟仁の行動パターンを探るぞ」
「行動パターンですか、なんで」
「普通なら、持ってるスマーフォンの位置情報から行動パターンを絞り異世界に飛ばず日とタイミングを決める。だが轟仁はスマートフォンを持ってない」
「だから、今どこにいるのかとかどこに行きやすいとかわからないんですね」
「そうだ、それに盗聴もできていないからどんな奴なのかいまだによくわかってない」
「じゃあ、どうするんですか」
「最初の方にも行ったが、こればもう直接会って話をするしかない」
「直接会って話すなんて凄く難しそうですね」
「ああ、それをお前さんやってくれないか」
「え、私ですか」
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