婚約解消と言われても、そもそも結婚できないのですが?
よくある婚約やめたい王子と、巻き込まれた二人の話です。会話多めです。楽しんでいただけたら幸いです
「ヘレナ嬢、僕はこのアイリーン嬢と結婚する。だから婚約を解消してほしい」
王城の広間で行われる舞踏会の喧騒とは距離を置いたテラスで、一人の男が婚約者を乗り換えると宣言している。
大勢の前で行わないだけまし、と考えるべきなのだが。
そもそもこの舞踏会は王立の学園を卒業する生徒達のための卒業記念と銘打って、これまでパーティーの参加を禁じられていた若者のために初めての社交場として用意されたものであり、同時に己の婚約関係もお披露目と今後人間関係を学園時代から一新する機会を与えるための場である。
ようするに、社交を気にしていなかった学生の気持ちを引き締めるための舞台である。
特に王族ともなれば婚約関係は注目され、下手をすればゴシップとなる。
お披露目する婚約者を土壇場で取り替えます、など庶民が見ても愚の骨頂と分かる行動だった。
恐らく明日の新聞の一面を飾るだろう。
「殿下、私の容姿はどう思いますか?婚約云々の契約は一先ず横に置いて、男として率直に」
腰まで伸びる紫の髪を持つ、黒いドレスの麗しい美人に問われて、それが今婚約解消を突きつけた相手にも関わらず本気で悩んでいる。
それも、結婚したいと横につれてきたアイリーンと見比べて。
「そうだな・・・魅力的だと思う。色気がある、というか。夜の女神の化身のようだと。アルトの声色も素敵だ。」
「あら嬉しい。それなのにどうして婚約解消を言い渡されたのか理解できません」
「アイリーンの方が愛らしく、彼女の笑顔は癒しを与えてくれるからだ。なあアイリーン」
「はあ・・・?」
「まったく、あきれました」
ヘレナは扇で口元を隠しながらため息をついた。
なぜ王子が婚約解消を申し出たのか分からない、と言われることが推測される艶やかな雰囲気をまといながら。
パシッと音を立てて扇を閉じ、ヘレナは王子を見据えた。
少し殺気のこもった目で。
「まず殿下に申し上げなければならないことがあります。私は殿下の婚約者ではありません」
「は!?しかし僕の横にいつも居たではないか!側近の子息達に混ざれる女性は婚約者だけだろう。ああ、婚約者候補筆頭か。では二位は誰だ?他にも出入りしている令嬢もいただろう。」
「私は婚約者候補筆頭でもありません。そもそも殿下とは結婚できませんから。あと、殿下の婚約者候補はいったん見直しとなっておりますので、二位も居ません。残念ですね。」
「そうなのか・・・では何の障害も無くアイリーンと結婚できるのだな」
「・・・・殿下、アイリーン嬢を呼び捨てにするのはおやめください。貴方の婚約者ではありません。そもそも、なぜ候補者が見直しになったのかお考えになってください」
「僕に問題はない。そうか!ヘレナ、貴女が何かしたのだな。それと、アイリーンとは婚約発表をすれば問題ないだろう?婚約者同士が名前を呼び合っているだけなのだから。」
「っだから、私は婚約とは関係ないと申しているでしょう。それから、候補者が見直しになったのは貴方が婚約者の居る女性に交際、結婚を迫ったからです。アイリーン」
王子の横にいたアイリーンは、王子に癒しを与えるといわれた笑顔を王子ではなくヘレナに向け、王子から逃げるようにヘレナの横へと歩み寄った。
「アイリーン、なぜヘレナの横に。」
「殿下、わたくし、呼び捨ては家族と愛する人にしか許してはいません。王子だからって、気安く呼ばないでくださる?」
「けれど、君は僕のことが好きだろう?毎日生徒会に来て、手伝いやお茶の準備をしてくれたじゃないか」
「婚約者のためにしていたのです。頑張って作ったクッキーを殿下に取られた時は怒りで気絶しそうでしたわ」
「生徒会に婚約者がいるのか!?じゃあ僕が迫った女性というのは」
「アイリーンのことです、殿下。」
「・・・・どれだ。」
「側近の婚約者くらい把握した方がよろしいかと。その前に、貴方の側近は何名ですか」
「四人だが?ヘレナもそれは知っているはずだ」
「残念五人です。」
「五!?まさか宰相の息子を数に入れているのか?あの病弱で不登校の」
「宰相の息子はちゃんと登校していました。そうですね?」
「「「「そのとおりです」」」」
「お前達ッ!」
いつの間にか舞踏会の音楽は止まり、会場の視線と話題はテラスに集まっていた。
そして王子の側近とその婚約者もヘレナとアイリーンを中心に集まっていた。
「王子、貴方の側近と婚約者は?まさか覚えていないとは言わせません。」
「婚約者までは、気が回っていなかった」
「またまた残念ですね。お披露目はしていませんが、別に隠してもおりませんでしたのに。ではご紹介します。ああ、テラスの窓は全開にしてよろしいですね?折角婚約者を正々堂々お披露目できる場ですから。」
窓は開け放たれ、会場の声がテラスにも届く。この場に居るのは子供達だが、舞踏会から帰れば即座に親に話が伝わるだろう。
「まず、騎士団長ご子息のアルフレッド殿と婚約者のサマンサ公爵令嬢です。そして魔法省長官ご子息のウィリアム殿と婚約者のライザ伯爵令嬢。法務省長官ご子息のエルンスト殿と婚約者のレティシア辺境伯令嬢。法王ご子息のエルランド殿と婚約者のエヴェリーナ皇女殿下。皇女殿下はわざわざこの日のために来訪してくださったのですよ?」
四組のカップルが見事な礼を取れば、会場からは拍手が起った。
将来国を動かす面々がお披露目された瞬間である。
この瞬間、彼らは子供でも学生でもなく、貴族社会の一員と見なされた。
「・・・・・アイリーンの婚約者がいないではないか。貴女のでまかせで」
「でまかせではございません。」
ヘレナはボウ・アンド・スクレープで、アイリーンはカーテシーで完璧な貴族の礼を王子に見せ付けた。
「宰相子息ヘンドリック、ならびに婚約者のアイリーン侯爵令嬢にございます殿下。
以後お見知りおきを。」
口をぱくぱくさせ唖然とする王子を残し、会場からはこれまで姿を見せなかった宰相子息に向けて拍手が送られる。
「あ、これはもういらないですね。毎日重かった」
スカート部分を取り除くと、もうそこにヘレナはいなかった。礼服を着こなす麗しい男は頬を染めるアイリーンの手を取ると、他のカップルも引き連れ舞踏会へと向かう。
腰まで流れていた髪は婚約者の手でまとめられ、もう女性的な印象を与えるものは残っていない。
「ああ殿下、もし私に見当違いの婚約解消やアイリーンへのプロポーズをしなければ本物の婚約者が現れていたのですよ。まあ病弱で引きこもっていて、顔が知られていなかったとは言え、男の私を試金石にするような人ですから、結婚したとしても将来どうなっていたか分かりませんが。
まあ貴方の婚約者の話よりもこちらの方が重要です。
二度とアイリーンを呼び捨てにしないでくださいね」
その後、婚約者がいなかった王子は舞踏会でのゴシップもあり廃嫡され、項垂れた姿が宰相子息の結婚式で見られたとか見られなかったとか。
「あら、庶民なんて招待したのですか?」
「アイリーンが誰の隣で一番輝くのか見せつけたくてね。
何も出来ないように見張りはつけてるから安心して」
「ふふ、案外怒ってらしたのね」
「自分の愛する人を横取りしようとされて、怒らない男ではないよ」
お読みいただきありがとうございました。
誤字脱字などありましたら申し訳ありません。