四話 現実はいつも無情 ①
今回も二分割。
よろしくどうぞ。
後半は一時間後に。
二匹の灰色毛のコボルドが穴を掘っていた。
「なんで、こんなこと」
文句をいいながらも、木のスコップで淡々と掘り進めていく。
「狩りが下手なんだ、仕方ないだろ。雑用しないと群から追い出されるからな」
「そりゃあ、そうだけどよ」
「こいつよりマシだろ?」
コボルドがしゃくり示す先、地面には乱雑に骨の数々が転がされている。焼却あとの亡骸。
「で、誰なんだ? 誰か死んだか?」
「いや、群ではいなかったと思ったが……。まあ、しくじった阿保がいたらしいな」
「わかんねぇのか。って、死んだ奴なんてどうでもいいか。それより聞いたか? そろそろ新しい狩猟長を決めるみたいだぞ」
「本当か? まあ、欠員がいたからな。アザミ様だろ? 長の娘だからな」
「いや、ゲルグドって噂だ」
「ほう、ん? だが、あの身勝手さは苦労しないか?」
「おい! 口が過ぎるぞ。誰が聞いてるかわからねえだろ」
「悪い、ついな。でも、長は何も言わないのか?」
「さあね。上のことは知らねえな」
「下々は、下々らしくへいこら働くか。十分掘ったし埋めるか」
「おう」
二匹のコボルドは、スコップを地面に刺して、骨となった亡骸を穴へと放り込んでいく。
「キシャ! のろま、のろま」
スパルクの背に乗る黒もじゃは今日もうざい。
俺は二匹のコボルドから、視線を外し再び歩きだす。
昨日、死際に立ったばかりだというのに休ませて欲しいものだ。
「ああ、生きてるだけ儲けものか」
「ギシャ! 走れ、走れ」
追走劇の結末は頭を潰されかけた所をコボルドの彼女が剛毛猿の腕を斬り落とし、間もなく首から上が転がっていた。
油断大敵だと注意を添えられ助けられていた。
結局、あれはなんだったのか、あの怖いコボルドは何者なのか、彼女も語らず有耶無耶なまま。
ただ、走れということか。
そう、無理やり無心になれば時が経つのは早く気付けば昼時。本日はそこで解散となった。剛毛猿に追い掛けられた疲れに今まで休日なく朝晩、走り続けたと理由をつけて休ませてくれと懇願した。
足を止めると身体にも心にも疲弊があったのか、動くことができなくなっていた。
食事を済まし、集落に戻り解散したわけだが、集落内をむやみやたらに練り歩くわけにもいかない俺は川へと足を運んでいた。
いける場所など厩舎と川辺ぐらいしか残されてなく、狭苦しい場所よりかはとここを選んだ訳だ。
それに運良く話し相手もいた。
「スキルだか? 聞いたことないだで」
隣の座るハモは顔をくしゃくしゃにしてしかめっ面を作り怖い顔がより恐ろしい。
スキルというか、それと同じ意味の固有名詞はないみたいだ。
「なら、今までできなかったことが突然できるようになったことはあるか? 周りにはいなかったか?」
「んだな。修練せずってことだか?」
「ああ、そうだ」
「んーんーんーん……」
「ないか……」
「いや、あるような、ないような」
「ほんとか!」
わずかな希望に思わず、身を乗り出してしまう。
「お、おう、でもやっぱり違うような気もするだが……」
「いいから、聞かせてくれ!」
「わかったで、お、落ち着くだよ」
いつの間にか、両肩を鷲掴みにしていた。恐ろしい顔がこんな近くに。
「えっとだな──」
ハモの話によるとハモの属していたリザードマンの群には成人の儀式みたいなものがあり、その儀式を終えたものが晴れて一人前と認められるようなのだが、その後に何人かが腕力を数時間だが向上できるようになることがあるとのこと。ゲーム的に考えると腕力アップエンチャントと言ったところか。
「スキルっぽいな」
「おお、そだか!」
役に立つことが嬉しいのか、ハモは大きな口を開けて喜んでくれる。顔は怖いがいい奴だ。
やはり、モンスターもスキルは持っている可能性が高い。後天的に与えられた能力のため俺達はそれをスキルとして呼んでいるが、モンスター達はあくまで身体的な特徴の一部と捉えてるのかもしれない。
人だって、歌が上手かったり、空手が強かったり、計算が得意でもそれを歌唱スキルだの体術スキルだの算術スキルだのとわざわざデータ化してなかった訳であるし鑑定のようなスキルもなくできなかった訳でもあるしな。
それに、後天的に与えられた俺達人間はスキルを感覚的に捉えてるがそれは違和感からできていて、モンスターはそういった違和感がないのかもしれない。
「いや、こうやって仮説を立てても切りがないな」
「どうしただ?」
「いや、何でもない。それよりもその儀式は俺でもできるか?」
「うむぅ……この辺りの植生なら材料はなんとか揃えられそうだが……でも、うむぅ、いんや! やってみなければわからないべな」
「それは、できるってことか?」
「そだな、やれるべ」
もし、これでスキルなんかを得られるのなら、戦闘スキルを手にするのも夢じゃないかもしれない。
この5年もの間誰も新たなスキルを得られていない現状すら打破できるかもしれない。
そう、希望に胸を高鳴らしていると、ハモがむくっと立ち上がる。
「早速、準備でもしてくれるのか?」
「珍しいべ、縄張りの中に入ってきただか」
「え?」
「敵だべ」
「え? あ? 敵? 敵!」
慌てて立ち上がる。
「逃げな──」
「大丈夫、一匹だで」
駆け出そうとしたら、平然とするハモに腕を掴まれていた。
「ちょっ!?」
ほどこうともがくがびくともせず、ハモの太い足を蹴り引き抜こうとしても一ミリも動かない。尻尾さえ踏んだが無駄のよう。
そうこうしていると、対岸の森の草陰が蠢き、がさがさと草木に擦れる音が近づいて、
「ウォッヴ!」
吠えて飛び出してくる。
威嚇してきたのは黒い大型犬。一目見てわかるのさそれだけ。
脚が速く身体がぶれて明確に捉えられない。近づくにつれ、身体がわずかに光沢があり毛がないのか蛙の皮膚のようであることはわかる。
そう気付けた時には、小川の半分を踏破し目前まで近づいていた。脚が完全に沈んでいるというのにスピードが落ちることなく水の抵抗などお構い無しだ。
だと言うのに、腕がハモの呪縛から一向に解放されない。
「来てる! 来てる! やばいやばいやばお」
そして、川岸間際、まっすぐ向かって来た黒犬が右側に逸れ、斜めに飛び掛かってきて──
狙いは俺か!?
戸惑いに声も出せなかった。
気付いた時には犬歯剥き出しに噛み付こうとする顔が目の前にあった。
逃げも隠れもできない俺は、慌てて空いた腕で顔を庇いしゃがむことしかできなかった。
…………痛みが……こない。
疑問に思い、確認しようとするが身体が硬直していたため腕がすんなり下ろせない。指から順に動かし解してやっと下ろしてから顔を上げる。
眼前には大きな壁、ではなくてハモのゴツゴツとした背があった。
その背越しに呻き声が耳に届いてくる。いつの間にかハモの手から逃れていた俺はそれがなんなのかとハモの背から顔を覗かせる。
そこには泡を吹く黒犬の姿があった。
黒犬はハモに抱きつかれ痙攣している。プロレス技でいうベアハッグという奴だ。
ミシミシと骨が砕かれる音まで聞こえてきて、ついには首は項垂れ息絶えた。
「大丈夫だったべよ?」
自慢気に歯を並べ笑うハモは事も無げな様子で、その腕から黒犬を荷物のようにぞんざいに川原に落とす。
モンスターは恐ろしいが味方になるとなんと頼もしいのか、四つ目のこの黒犬がなんと哀れでならない。
「四つ目!?」
「どうしただ?」
「いや……ちょっと気分が悪くなっただけだ」
「大丈夫だか? 怖かっただか?」
「いや、それはそうなんだが。こっちは心配することでもないさ」
「うん? そうだか」
ハモは納得いってなさそうな様子だったがそらよりもこの横たわる黒犬だ。
まさか、四つ目の正体がぬるっとした黒い犬とは……。恐る恐る触ってみると見た目同様蛙のように粘りがある肌触りをしている。瞼の閉じられていない瞳は黄色一色。正直な感想を言えば気持ち悪い。
これを食べていたのかと思うと複雑だ。見た目が犬に似通っているのもあるのかなんとも言えない感情がこみ上げてくる。
罪悪感? 悪寒? 不味くなかったと思っていた申し訳無さか?
いや、これ以上は考えず飲み込むことにしよう。
決別にと、四つ目に手を合わせ黙祷を捧げた。
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